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 9月3日
 今日から日記をつけようと思う。
 ……のだがとりあえず最初に、過去のことを一通り振り返ることにする。

 俺は最初、妻の早苗(さなえ)と二人で暮らしていた。
 しかし年々早苗への不満が募っていって、こんなことなら百合(ゆり)を選ぶんだったな、と悔やんでいた。
 早苗との間に子供が出来なかったことも後悔している理由だった。俺はすっかり騙された気分になって、毎日早苗に怒っていた。

 そんなある日。俺は帰宅途中に、田中(たなか)に刺された。
 田中とは幼馴染みで、ずっと仲良くやっていた。
 あいつが昔早苗を好きで、俺と早苗が結婚した直後、ちょっとギクシャクしたけど、それも時間が経つにつれて解決したと思っていたのに。
 俺が「やっぱ百合と結婚すれば良かった。二股してた頃に戻って選び直したいよ」とかこぼしたのが良くなかったのか。

 田中は俺を刺した後、「やった! 移してやった! これで早苗は俺のところに!」とかヤバい目で高笑いしていた。
 死にたくない! と思った時、独身時代のことが頭に浮かんだ。人は死の淵に立った瞬間、一番満たされていた時期を思い出すらしい。

 早苗と百合。どちらと結婚するか迷っていたあの頃――。
 あの頃に戻って、人生をやり直したい。百合を選べばきっと幸せになれる。
 結婚相手を、選び直したい――。
 そう強く渇望した時、身体がふっと軽くなった。

 気が付いたら、俺は独身時代に住んでたアパートで、百合と抱き合っていた。
 少しして、自分がタイムリープしたことを理解した。
 とんでもないラッキーが起こった。
 俺は飛び上がって喜んだ。
 これで幸せな家庭を築ける。さっさと早苗を切って、百合と結婚しよう。

 その日の内に俺は早苗に別れ話を告げて、百合にプロポーズした。
 予想通りオーケーをもらえて、それからはトントン拍子で結婚準備が進んでいった。
 そろそろ終業時間なので、続きは明日にしよう。


 9月4日
 かくして百合と結婚して、充実した日々を送っていたある日、田中から便りが来た。
 早苗と結婚したという報せだった。
 それを聞いて、タイムリープ直前、田中が俺を刺した時の発言を思い出した。
 あいつは俺を刺して、『移してやった』と言ってた。
 田中が持ってたタイムリープ能力を俺が授かったということらしい。
 ここでタイムリープ能力について、俺が立てた予想を並べていく。

 1 能力は人に移すことができる
 2 瀕死の状態にすることで、その人物に能力を譲渡できる
 3 能力の保有者の願望に反応し、その願いを成就できる時期に、リープできる
 4 能力を使える回数は、限られている

 といった感じだ。
 田中の発言と行動から立てた予想だ。
 わざわざ俺を殺さなくても、自分で願った過去に戻れば良いのに、あいつは俺に移した。
 田中はもうタイムリープできないから、俺のぼやきを聞いて、俺に過去を変えてもらおうとしたんだろう。
 タイムリープは何回使えるんだろうか。一人一回きりなのか?
 疑問に思った俺は、試してみることにした。


 9月5日
 結果。何度あの頃に戻りたいと念じても、一回も遡れなかった。
 思いの強さが足りてないのかもしれない。死を迫られてもいないし。
 まあ、こんな素晴らしい能力、一人一回きりなのが妥当なのかもな。
 今の生活に満足しているから、別にいいか。もうやり直す必要なんてない。

 そう結論付けて、それきり俺は、タイムリープ能力についての解析をやめた。
 それから数年後に襟人が生まれて、家庭内はてんやわんやになった。すぐに理人も生まれたから、俺と百合は忙しく幸せな日々に、没頭していった。
 俺は、思い描いていた幸福を手にした。
 だからこの不思議な出来事も忘れようとしていたのだが、事情が変わったのだ。


 10月11日
 過去の話が一段落ついたことで少し満足して、しばらく書くのを休んでしまった。
 どうして今さらタイムリープのことについて記そうと思ったのか。
 俺がこれからすることへの決意を、より強固にするためだ。説明調な文体も、自分の心に言い聞かせるように、と考えてのことだ。
 日記を書き始めたのは先月。こんなに時間が経ってもまだ、俺は日和っている。
 息子を殺すなんてこと、ためらって当然だ。


 10月12日
 理人を殺す。
 もちろんタイムリープ能力を移すためだ。

 何度願っても、過去には戻れなかった。どうやら一人一回きりらしい、と気付いて、それならば田中が俺を襲ったように、俺も理人を死に追い込めばいいのだ、と考えた。
 理人は二ヶ月前から学校に行ってない。友達と喧嘩したとか、いや、いじめっ子に目をつけられた、だったか? まあどうでもいい。とにかく人間関係のトラブルだ。
 そんな感じで学校に行かなくなったそうだ。くだらない。我が息子とは思えんほど恥ずかしい奴だ。
 理人は学校でトラブルが起こる前に戻りたいはずだ。やり直して全部なかったことにすれば、また問題なく通い出す。

 理人はよく聞く引きこもりではなく、普通に外出するし、食卓で笑顔を見せることもあった。勉強もしている。
 だから落ち込んでるとかじゃなくて、普通に学校に行くのが気まずいだけなんだろう。そうに違いない。
 だからちゃんと学校に行けと助言してやってるのに、百合も襟人も賛同してくれない。
 理人も、俺に嫌な顔をするようになった。

 ふざけるな。正しいのは俺なのに。あいつら全員、一回懲らしめないと気が済まない。
 そうだ。どうせ元に戻るんだから、あいつらをズタズタにして憂さ晴らししよう。
 理人の不登校がなくなれば、俺は父親としての威厳を保てる。
 いつ実行するのが良いだろうか。


 10月22日
 襟人も俺がタイムリープしなければ、生まれなかったんだよなぁ。
 あと7日経てば、襟人の誕生日、というわけで、そんなことをしみじみと考えた。
 もっとも祝ってやるつもりなんてないが。

 今日襟人に文句を言われた。理人の話を聞いてくれ、だの理人としっかり向き合え、なんてことをぬかしてきた。
 何を言ってるんだか。俺が悪いってのか。そんなわけないだろう。理人が全面的に悪い。
 百合も俺を悪者にしてくる。ふざけんな!
 悩むのはもうやめだ。明日にでも計画を実行に移す。

 ちょうど明日は、みんな家にいる予定だしな。
 よし。まずは百合から殺そう。それから襟人、最後に理人を殺してタイムリープ能力を移す。
 この日記のおかげで、決意することができた。やはり書くことは目標を実現する力になるんだな。
 明日が来るのが今から楽しみだ。あいつらをズタズタにできるし、これで人生をやり直せる。