数十、いや、数百人もの人々が小さな旅館の窓に張り付いていた。なにやら口をパクパクさせながらガラスを叩く姿は、さながらゾンビ。 
 耳をすますと、言葉が聞き取れた。

 ころせー。ころせー。
 山口悠介を、殺せ!

「なにこれ……誰か!」
 叫んで辺りを見回すけど誰もいない。
 電気が、薄暗い。
「やだ……やだやだやだやだ!」
 ほとんどパニック状態のままかろうじて携帯を開き、言葉を失う。
 百万件の拡散――。
 まだ増える。増え続ける。
 止まれ、止まれ、止まれ!
 せめてもと投稿を削除するけれど、ゾンビみたいな人たちはどんどん増えていく。きっとこいつらみんな、私の投稿を見たんだ。
 息をするみたいな気軽さで文字にした情報。それが、自分でも歯止めの効かない速度で広がっている。

 サソリの毒が、全身に廻るみたいに。

 どうしよう、このままじゃグッチーが殺されちゃうかもしれない。知らせなきゃ。確か先生たちの部屋は二階。駆け上がり、辺りを見回す。グッチーの部屋はーー。
「……いまり」
 掠れた声に恐る恐る振り返る。
 息を飲む。
「い……まり」
 顔面蒼白で汗だくのグッチーが、壁にもたれかかっている。呼吸は、マラソンのあとみたいに荒い。
「先生……え?先生……」
 ドサっと床に崩れ落ちたかと思うと、盛大に血を吐いた。血まみれのままゆっくりとこちらに向かって這ってくる。
 濁った目には、なんの感情もない。
 私は、金縛りのように指一本も動かせない。声にならない声で叫んだ。
 来ないで。
 こないでこないでこないで。
「大きいサソリに……腕噛まれて……」
 腕から血液が溢れ、手の平にまで滴っている。
「どくが……」
 紫色の唇。焦点の定まらない目。
「……助けてくれ」
 ぺた、ぺた、と床に赤い手形が増えてくる。
 こちらに向かって、増えてくる。

「たす、けて」