「まり……いまり!」
「いまり、起きて」
「ん……」
 伸びをして、目を開ける。咲と令奈が私の顔を覗き込んでいた。もう朝?全然寝た気しない。
「今何時?」
「まだ夜の十一時だけど。ねえ、寝てる場合じゃないでしょ」
 突然令奈がバッと私の布団を引き剥がした。なにすんの、寒いでしょ!布団を取り返そうと勢いよく飛び上がっだところで、咲が私の肩を正面から掴んだ。
「ねえ、グッチー、いまりのことウソつき呼ばわりしたんでしょ」
ドキリとする。
「え……あ、うんーー」
「最っ低!絶対許せないあのクズ男」
 普段は冷静な咲が食い気味に叫んだ。怒りに任せて、自分のメガネケースを押入れに投げつける咲。あまりの剣幕に、声が少し掠れる。
「え、な……なんで知ってるの?」
 今度は令奈が身を乗り出して来た。
「だって、SNSに書いてたじゃん。すごい勢いで拡散されてるよ」
「え……」
 令奈のスマホの画面を恐る恐る覗き込む。
ドキッと、心臓が跳ね上がる。

 五十、百、千ーー普段ならありえない勢いで拡散されている。

「これって……」
「許せないよ。何があったかはよく分かんないけど、私たち絶対いまりの味方だからね!」
 熱い言葉とは裏腹に、咲の目に光はない。両手をガシッと掴まれる。
 骨がメキメキ言うほどの強さで握ってくる。
「ちょ……どうしたの、咲」
「岸田さん!」
 背後から名前を呼ばれ、パッと振り返る。部屋のドアは全開、令奈と高橋先生が並んで立っていた。
「え、令奈……ん?」
「高橋先生呼んできたから、もう大丈夫だよ!」
なんで。なんで、先生呼んできたの……?
「大丈夫?山口先生に何かされたんでしょ」
 部屋に上がりこんで来た高橋先生は、口調こそ切羽詰まっているけれどほとんど無表情だった。
 みんな、一体どうしたというのだろう。
「え、いや……私は……」
「私も確認したのよ。岸田さんがあんなに怒るってよほどでしょ。山口先生には帰ってもらった方がいいわね。教頭にも話して来ます」
「そんな、ちょ、ちょっと待って下さい!」
 咲の手を振り払い、高橋先生の袖を掴むけれど、まるで聞く耳を持たない。
「こういう問題は放っておいちゃダメなのよ」
 私の顔を見る先生の瞳も、やっぱりどこかアンドロイドみたいだった。
 喜びも怒りも何も感じていない無機質なこの目、どこかで見たような気がする。
「先生、私たちも行きます」
「そうね、二人もついてきて」
 先生は咲と令奈をつれて部屋を出て行こうとした。
「ちょっと、待ってよ!」
 ねえ、なんで止まらないの。聞こえてないの?
 私は慌てて廊下に飛び出たけれど、もう三人の姿はなかった。転びそうになりながら階段を駆け下りる。夜の十一時だというのに、廊下は生徒で溢れていた。耳に入る会話全てが、グッチーと私のことだった。
「グッチー、クソ教師やん」
「ほんっと。岸田さんかわいそう」
「修学旅行で怒鳴るとか、山口空気読めなすぎ」
「まだ新米教師のくせに調子乗ってんなよ」
「もう、死んじゃえばいいのに」
 そして、ロビーに着く。ガラス窓の外に広がる光景に、絶句した。