立ち尽くす私を置いて、グッチーは部屋に戻ってしまった。
 あんなグッチー、初めてだった。
 どれくらい時間が経ったかはわからない。売店のおばちゃんが心配そうにこっちを見つめているのに気づいて、慌てて私も階段へ向かう。 
 部屋のある三階まで駆け上がったとき、岡野さんとすれ違った。
「ーー岸田さん」
 彼女から逃げるように部屋に駆け込み、一瞬にしていつもと変わりない笑顔を作る。顔の筋肉が不自然に引っ張って。
「いまりー、どぅしたの」
 令奈だ。布団に寝転がりながら、ゲームをしている。
「ん?なにが?」
「え、呼び出し。大した用じゃなかったっしょ」
「まあね!」
 声が震えないように言って、そのままトイレに入る。ポケットに入れておいたスマホを開いたら、渡月橋の写真の上に涙が落ちた。朝、私たちを送り出してくれた優しい笑顔が過る。

 気をつけて行ってこいよ。

「最っ低……」
 ウソじゃないのに。本当のこと書いただけなのに。こんなことなら、証拠写真も撮って載せておけば良かった。
 SNSを開いて、先生に言われた通り今朝の投稿を消そうとするーー消そうとして、目を閉じた。
 だんだん腹が立ってきた。グッチー、生徒に馴れ馴れしく絡んでるけど結局他の大人と同じなんだ。所詮、あいつは教師なんだ。
 今まで慕ってきた分、怒りが湧く。私の指は、ほとんどひとりでに文字を打っていた。

『Y口修学旅行で生徒うそつきよばわりとか人間性うたがうまじむり』

 投稿しようとして、画面スレスレのところで指を止める。
 ウソじゃない。今朝の投稿もこれも。事実だ。事実を書いてなにが悪い。私はウソつき呼ばわりされた。部活の顧問に、裏切られたんだ。
 そのままポチッと投稿し、トイレから出て布団に潜り込んだ。シャワーも浴びてないし着替えてもいないけれど、私の意識は眠りへとまっすぐ落ちていった。