「なんか、夢みたいに楽しかったねぇ」
令奈が、旅館へ向かう一本道を歩きながらしみじみと言う。あたりは大分暗くなってきたけど、心は高ぶったまんま。狂ったように写真投稿しまくっちゃった。
今日は遅刻しそうにないし、怒られる心配もなし。旅館に戻り、担当の先生に得意満面で帰還報告をした。グッチーは、他の先生たちとなにやら真面目な顔で話をしている。しょうがないから、写真を見せるのはあとにしよう。すっごく綺麗に渡月橋、とれたもんね。待ち受けにしちゃったね。
思わずニヤニヤしながら、階段を登る。
各部屋での夕食が終わった後、館内に放送が流れた。呑気に携帯をいじりながら寝転ぶ。
『生徒の呼び出しをします。二年三組岸田いまりさん、二年三組岸田いまりさん、至急一階ロビーまで来てください』
「えっ、いまり?」
令奈がギョッとしてこちらを見た。そんな裏返った声出されたら、こっちも驚く。
「いまり、なんか悪いことした?」
「え、なんで?」
咲が、カバンを整理しながら言った。
「え、だって今呼び出されたのあんだじゃん」
「え……え、うそ!聞き流してた」
なんで私が。何かを考えるひまもないまま、慌ててスリッパをつっかけ、階段を駆け下りる。
一階で、数人の先生たちがウロウロしている。グッチーは、腕組みをして壁にもたれかかっていた。なんか、変なの。
「岸田さん」
ロビーに降り立って早々、担任の高橋先生が顔をしかめて近寄って来た。普段は穏やかな先生の険しい表情に、思わず身構える。
「岸田さん。SNSの書き込み、チェックさせてもらいました」
「書き込み?」
なんで、高橋先生が私の投稿を。ぽかんとしていると、先生が自分の携帯をいじって画面を見せてきた。
今朝の、投稿。
『あき屋の部屋にサソリ的なのいるw』
「どうしてこういうこと書き込むの。旅館の風評被害に繋がるかもしれないんだよ」
「え?」
他の先生たちの顔を見ると、みんな高橋先生と同じように眉間にしわを寄せている。
私は慌て、叫ぶように言った。
「いや、でも!ウソじゃないんです、本当に私見たんです」
「見間違えでしょ。もし本当だったとしても、先生や旅館の人を呼んで対処してもらわなきゃいけないでしょ。まず、あの投稿は削除しなさい」
「いやぁ……はい」
一応頷くけど、みじんも納得いってない。私の投稿なんか同じ学校の人か、せいぜい市内の学校の人しか見ない。こんなことで呼び出すとか、いちいち大袈裟なんだよな大人って。
考えていることがそのまんま顔に出てたんだろうか。突然、学年主任が怒鳴った。
「なんだそのふてくされた態度!」
温泉に向かう人たちが、ビクッとしてこちらを見る。私を見て、ヒソヒソなにやら内緒話。
耳の後ろが、どんどん熱くなる。
なんで私、修学旅行でーー。
人の目がある場所で、先生たちは寄ってたかって私を責めた。お前はいつも態度が悪い、SNSなんかもう使うな、軽率にもほどがある。
なんで、なんで、なんで。
「とにかく、お前はもう修学旅行期間中スマホに触るな!」
主任が腕を組んだまま叫んだ。あまりの理不尽にうつむく。気を緩めたら泣きそうだった。
やがて先生たちの怒りは収まり、みんな各々の部屋へと去っていった。私も戻ろうとしたけれど、足が止まる。
私が怒られている間、グッチーは一言も発さず壁際にいた。他の先生たちはみんな私を否定したけれど、やっぱりグッチーだけは味方でいてくれたのかな。
振り返ると、グッチーはまだロビーにいる。私は、ゆっくりと近づく。一刻も早く誰かの前でこのモヤモヤを言葉にしないと、壊れそうだったんだ。
私は、黙って見つめてくるグッチーに向かって、冗談めかして言った。
「先生、あたしウソついてないのにひどくない?」
そうだよなぁ、という言葉を待った。私の期待に向かって投げつけられたのは、ドスの効いた声だった。
「何がおかしいんだよ」
世界から、音が消えた。
「何がおかしいんだよおい」
「え……」
言葉が出ない。主任に怒られたときとは対照的に、血の気が引いていくような感じがした。
「注目浴びたいのかなんなのか知らねぇけど、あんなウソ安易に書き込んでや。真に受けたヤツらが拡散を繰り返したらどうなると思う。二八〇人に、わざわざ貸し切ってくれたこの旅館、どうなると思う」
高橋先生や主任よりも何倍もこわい顔。
どうしよう、なんか答えなきゃ。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
「聞いてんだよ」
え、あ、そのーー。
「聞いてんだよ!」
旅館ごと震えるような怒鳴り声。膝から下の力が抜けて、ピクリとも動けない。
そんなの、ないよ。
令奈が、旅館へ向かう一本道を歩きながらしみじみと言う。あたりは大分暗くなってきたけど、心は高ぶったまんま。狂ったように写真投稿しまくっちゃった。
今日は遅刻しそうにないし、怒られる心配もなし。旅館に戻り、担当の先生に得意満面で帰還報告をした。グッチーは、他の先生たちとなにやら真面目な顔で話をしている。しょうがないから、写真を見せるのはあとにしよう。すっごく綺麗に渡月橋、とれたもんね。待ち受けにしちゃったね。
思わずニヤニヤしながら、階段を登る。
各部屋での夕食が終わった後、館内に放送が流れた。呑気に携帯をいじりながら寝転ぶ。
『生徒の呼び出しをします。二年三組岸田いまりさん、二年三組岸田いまりさん、至急一階ロビーまで来てください』
「えっ、いまり?」
令奈がギョッとしてこちらを見た。そんな裏返った声出されたら、こっちも驚く。
「いまり、なんか悪いことした?」
「え、なんで?」
咲が、カバンを整理しながら言った。
「え、だって今呼び出されたのあんだじゃん」
「え……え、うそ!聞き流してた」
なんで私が。何かを考えるひまもないまま、慌ててスリッパをつっかけ、階段を駆け下りる。
一階で、数人の先生たちがウロウロしている。グッチーは、腕組みをして壁にもたれかかっていた。なんか、変なの。
「岸田さん」
ロビーに降り立って早々、担任の高橋先生が顔をしかめて近寄って来た。普段は穏やかな先生の険しい表情に、思わず身構える。
「岸田さん。SNSの書き込み、チェックさせてもらいました」
「書き込み?」
なんで、高橋先生が私の投稿を。ぽかんとしていると、先生が自分の携帯をいじって画面を見せてきた。
今朝の、投稿。
『あき屋の部屋にサソリ的なのいるw』
「どうしてこういうこと書き込むの。旅館の風評被害に繋がるかもしれないんだよ」
「え?」
他の先生たちの顔を見ると、みんな高橋先生と同じように眉間にしわを寄せている。
私は慌て、叫ぶように言った。
「いや、でも!ウソじゃないんです、本当に私見たんです」
「見間違えでしょ。もし本当だったとしても、先生や旅館の人を呼んで対処してもらわなきゃいけないでしょ。まず、あの投稿は削除しなさい」
「いやぁ……はい」
一応頷くけど、みじんも納得いってない。私の投稿なんか同じ学校の人か、せいぜい市内の学校の人しか見ない。こんなことで呼び出すとか、いちいち大袈裟なんだよな大人って。
考えていることがそのまんま顔に出てたんだろうか。突然、学年主任が怒鳴った。
「なんだそのふてくされた態度!」
温泉に向かう人たちが、ビクッとしてこちらを見る。私を見て、ヒソヒソなにやら内緒話。
耳の後ろが、どんどん熱くなる。
なんで私、修学旅行でーー。
人の目がある場所で、先生たちは寄ってたかって私を責めた。お前はいつも態度が悪い、SNSなんかもう使うな、軽率にもほどがある。
なんで、なんで、なんで。
「とにかく、お前はもう修学旅行期間中スマホに触るな!」
主任が腕を組んだまま叫んだ。あまりの理不尽にうつむく。気を緩めたら泣きそうだった。
やがて先生たちの怒りは収まり、みんな各々の部屋へと去っていった。私も戻ろうとしたけれど、足が止まる。
私が怒られている間、グッチーは一言も発さず壁際にいた。他の先生たちはみんな私を否定したけれど、やっぱりグッチーだけは味方でいてくれたのかな。
振り返ると、グッチーはまだロビーにいる。私は、ゆっくりと近づく。一刻も早く誰かの前でこのモヤモヤを言葉にしないと、壊れそうだったんだ。
私は、黙って見つめてくるグッチーに向かって、冗談めかして言った。
「先生、あたしウソついてないのにひどくない?」
そうだよなぁ、という言葉を待った。私の期待に向かって投げつけられたのは、ドスの効いた声だった。
「何がおかしいんだよ」
世界から、音が消えた。
「何がおかしいんだよおい」
「え……」
言葉が出ない。主任に怒られたときとは対照的に、血の気が引いていくような感じがした。
「注目浴びたいのかなんなのか知らねぇけど、あんなウソ安易に書き込んでや。真に受けたヤツらが拡散を繰り返したらどうなると思う。二八〇人に、わざわざ貸し切ってくれたこの旅館、どうなると思う」
高橋先生や主任よりも何倍もこわい顔。
どうしよう、なんか答えなきゃ。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
「聞いてんだよ」
え、あ、そのーー。
「聞いてんだよ!」
旅館ごと震えるような怒鳴り声。膝から下の力が抜けて、ピクリとも動けない。
そんなの、ないよ。