「なに、ここ」
真っ白なカーテンに、真っ白な壁。目は少ししか開かなくて、視界の先には管がある。
「あなた! 真由が目を覚ましたわよ! 私、先生を呼びにいってくる」
懐かしいお母さんの声がした。もう何十年も聞いてないはずなのに、すぐに母だとわかった自分に驚いた。
「真由、わかるか?」
これはお父さんの声だ。
「うん。わかる。ここは?」
「病院だ。真由は先月に倒れて、ずっと眠ってたんだ」
先月。ズキズキと痛む頭で考える。そういえば、なんだかショックなことがあって、それで私は――
「飛び降りたんだ」
私は苦しさに耐えられなくなり、飛び降りたんだ。
「お父さん、ごめんなさい」
ポロポロと涙が流れ出す。色んな後悔と色んな懺悔。苦しい記憶が溢れ出す。
「真由はなにも悪くない。悪くないんだ。だから謝らないでくれ」
「ごめんなさい」
私のシグナにエラーが起きたのは大学での論文が落ち着いたとき。そろそろ結婚相手とのマッチングが始まるとワクワクしていたときに国内で初のサポエラーというものが発生した。
画面に『あなたは桜井真由ではありません。エラーが発生しました』という文が出続けた。
すぐに両親に報告して国にも報告をした。
それは人為的なミスだった。実は私のサポには私ではない架空の人物の情報がベースとなっていた。出生手続きの際に、打ち間違いが発生したとのことだった。
絶望した。
私ではない誰かの人生を歩んでいたのだ。そして今までの人生をサポが学習していないため、将来は予想不可となった。
大学は卒業したものの、就職先も辞退することになり、私は引きこもる生活を送るようになった。
わからない未来に不安は募るばかりで、私はついに最悪の選択をした。
「桜井!」
ドアが大きく音を立て、そのあとに懐かしい声が聞こえた。夢に出てきてた福田くんの声より低くなった男性の声。それでもすぐにわかった。福田くんだ。
「なんで、ここに?」
こんなボロボロの姿を見られたくなかった。初恋の人にこんな姿を見られたくなかった。
「福田くんはね、真由が入院してから毎日来てくれてたんだよ」
お父さんの説明に困惑する。
私たちは高校が別になってから接点はなかった。
「桜井呼びだと、誰指してるのかわからないから、真由って呼んでいい?」
初恋の福田くんに名前で呼んでもらえるなんて、そんな幸せなことはない。小さく頷くと福田くんの声が弾んだ。
「実は俺もさ、エラーが起こったんだ。真由のエラーが出た2週間後くらいかな?」
福田くんが言うにはマッチング相手とお見合いするタイミングでエラーが発生したらしい。
『マッチング相手がいません』と。
「いやー、びっくりしたよ。まさか相手がいないなんて。でもエラーの理由が最近わかったんだ。実は相手のデータベースがなくなったらしい。相手の身になにかあっても残るデータベースにデータが残らない。なんだそれと思ったら、相手側のデータベースが架空の人物だったらしい。だから相手が不明になったみたいだ」
サポが始まってから何度も調べていたエラーの数。残酷なほどまでにエラーは今まで発生していなくて、私がこうなる直前までそういった事象はなかったはず。
「俺の相手は真由だったんだよ」
そんなはずはない。だって私たちは同級生の誰からも不釣り合いって言われてた。
美女と野獣の逆パターンだよねと虐められたこともあった。
そんな福田くんの相手が私のはずがない。
これはきっと夢だ。
「俺は中学のときからずっと真由が好きだったんだ。だから真由のマッチング候補になれるように、大学だって偏差値高いとこ行けるよう頑張ったし、すごくいい企業にも就職できた。だからマッチング候補に真由が出てきたときは飛び上がるほど嬉しかった」
まだ感覚の鈍い手が、暖かいものに包まれる。
福田くんが私の手を握ってくれていた。
「でも、私」
もうサポがないのに。お任せできない人生になっちゃったのに。
「これからのことは2人で考えよう。真由の人生を支えさせてほしい。サポがマッチングしたからじゃなくて、俺が選んだことだから。結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
できることなら福田くんを選びたい。未来はわからないけど、福田くんと一緒に歩んでいきたい。
「私も福田くんがずっと好き」
私の人生が新たに始まった。
真っ白なカーテンに、真っ白な壁。目は少ししか開かなくて、視界の先には管がある。
「あなた! 真由が目を覚ましたわよ! 私、先生を呼びにいってくる」
懐かしいお母さんの声がした。もう何十年も聞いてないはずなのに、すぐに母だとわかった自分に驚いた。
「真由、わかるか?」
これはお父さんの声だ。
「うん。わかる。ここは?」
「病院だ。真由は先月に倒れて、ずっと眠ってたんだ」
先月。ズキズキと痛む頭で考える。そういえば、なんだかショックなことがあって、それで私は――
「飛び降りたんだ」
私は苦しさに耐えられなくなり、飛び降りたんだ。
「お父さん、ごめんなさい」
ポロポロと涙が流れ出す。色んな後悔と色んな懺悔。苦しい記憶が溢れ出す。
「真由はなにも悪くない。悪くないんだ。だから謝らないでくれ」
「ごめんなさい」
私のシグナにエラーが起きたのは大学での論文が落ち着いたとき。そろそろ結婚相手とのマッチングが始まるとワクワクしていたときに国内で初のサポエラーというものが発生した。
画面に『あなたは桜井真由ではありません。エラーが発生しました』という文が出続けた。
すぐに両親に報告して国にも報告をした。
それは人為的なミスだった。実は私のサポには私ではない架空の人物の情報がベースとなっていた。出生手続きの際に、打ち間違いが発生したとのことだった。
絶望した。
私ではない誰かの人生を歩んでいたのだ。そして今までの人生をサポが学習していないため、将来は予想不可となった。
大学は卒業したものの、就職先も辞退することになり、私は引きこもる生活を送るようになった。
わからない未来に不安は募るばかりで、私はついに最悪の選択をした。
「桜井!」
ドアが大きく音を立て、そのあとに懐かしい声が聞こえた。夢に出てきてた福田くんの声より低くなった男性の声。それでもすぐにわかった。福田くんだ。
「なんで、ここに?」
こんなボロボロの姿を見られたくなかった。初恋の人にこんな姿を見られたくなかった。
「福田くんはね、真由が入院してから毎日来てくれてたんだよ」
お父さんの説明に困惑する。
私たちは高校が別になってから接点はなかった。
「桜井呼びだと、誰指してるのかわからないから、真由って呼んでいい?」
初恋の福田くんに名前で呼んでもらえるなんて、そんな幸せなことはない。小さく頷くと福田くんの声が弾んだ。
「実は俺もさ、エラーが起こったんだ。真由のエラーが出た2週間後くらいかな?」
福田くんが言うにはマッチング相手とお見合いするタイミングでエラーが発生したらしい。
『マッチング相手がいません』と。
「いやー、びっくりしたよ。まさか相手がいないなんて。でもエラーの理由が最近わかったんだ。実は相手のデータベースがなくなったらしい。相手の身になにかあっても残るデータベースにデータが残らない。なんだそれと思ったら、相手側のデータベースが架空の人物だったらしい。だから相手が不明になったみたいだ」
サポが始まってから何度も調べていたエラーの数。残酷なほどまでにエラーは今まで発生していなくて、私がこうなる直前までそういった事象はなかったはず。
「俺の相手は真由だったんだよ」
そんなはずはない。だって私たちは同級生の誰からも不釣り合いって言われてた。
美女と野獣の逆パターンだよねと虐められたこともあった。
そんな福田くんの相手が私のはずがない。
これはきっと夢だ。
「俺は中学のときからずっと真由が好きだったんだ。だから真由のマッチング候補になれるように、大学だって偏差値高いとこ行けるよう頑張ったし、すごくいい企業にも就職できた。だからマッチング候補に真由が出てきたときは飛び上がるほど嬉しかった」
まだ感覚の鈍い手が、暖かいものに包まれる。
福田くんが私の手を握ってくれていた。
「でも、私」
もうサポがないのに。お任せできない人生になっちゃったのに。
「これからのことは2人で考えよう。真由の人生を支えさせてほしい。サポがマッチングしたからじゃなくて、俺が選んだことだから。結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
できることなら福田くんを選びたい。未来はわからないけど、福田くんと一緒に歩んでいきたい。
「私も福田くんがずっと好き」
私の人生が新たに始まった。