・・・
左手に季節外れの赤いカーネーションの花束を、もう片方の手には彼女が好きなお店のケーキを持って、一ヶ月越しに彼女の家にやってきた。
ピーンポーン……。
遠くでインターホンが鳴っているのが聞こえた。小走りで廊下をかける音も、小さく聞こえた気がした。
しばらくして、ガチャっと音を立てて扉が開いた。
「来てくれてありがとう」
「いえ。今日は、梨緒の誕生日なので」
一ヶ月ぶりに会う梨緒のお母さんは、三年前に比べて少し痩せた印象だった。もちろん僕も、まだあまり食欲が戻っていなかった。
「おじゃまします」
玄関には、茶色いローファーがちょこんと、角に置いてあった。ホコリひとつ被っていなくて、常に履いているのかと錯覚してしまうような、彼女の靴。
「おばさん、これ、梨緒に。誕生日プレゼントです」
十八歳。来年は大学に行くのか、就職をするのか。そんな、少し頭の痛くなるような話をしたいと思っていた。
「本当にいいの?梨緒の部屋の片付け、手伝ってもらっちゃって」
「無理してないか?」
階段をのぼりながら、申し訳なさそうに言うおばさんと、心配そうにこちらを見るおじさん。
でも今日はこれに混ぜてもらうためにお邪魔したようなものだ。
「はい。僕にもやらせてください」
気持ちに区切りをつけるのが表面上の目的だけど、本当は一瞬でも近くで彼女を感じたいと思ったから来たようなものだけど。
「もう三年経つし、整理しようと思って」
そう二人で話す姿は、まだ吹っ切れていないのが見て取れるけど、それは僕も同じだった。赤いカーネーションを持ってくるくらいだ。梨緒への気持ちは、おばさんとおじさんと同じくらい大きい。
「なんか、さらに実感湧かないです。この部屋」
綺麗にベッドメイキングされた寝床に、壁にかけられた中学の制服。教科書も綺麗に学習机に並んでいて、この部屋に入った瞬間、時間が戻ったのかと思った。
時間が止まった、まるで静止画のような空間。
それなのに息苦しくなくて、なんなら逆に少し心地よくて。ここにいたら、また彼女に、梨緒に会えるような気がした。
「あの日のまま、触ってないの。たまに掃除するくらいで」
季節も時間も、何もかもが止まっているこの中で、その時を動かすのはきっと簡単だけど、動かすことほど勇気のいることはない。
「それじゃあ、始めようか」
何かを始めるには覇気の足りない声を合図に、僕たちは大好きな人の部屋の片付けを始めた。
本棚に立てかけられているアルバムには、僕とふたり、幼いころから三年前まで、笑顔が絶えない写真がたくさん、丁寧にしまわれていた。
ノートにはお世辞にも綺麗とは言えない、それでも愛おしい字がびっしりと並んでいた。
ひとつひとつ、たまに思い出を開きながら片付けていて、前に進んでいるとは思えなかったけど、それでいいって、目尻を下げて笑う彼女がそこにいる気がした。
左手に季節外れの赤いカーネーションの花束を、もう片方の手には彼女が好きなお店のケーキを持って、一ヶ月越しに彼女の家にやってきた。
ピーンポーン……。
遠くでインターホンが鳴っているのが聞こえた。小走りで廊下をかける音も、小さく聞こえた気がした。
しばらくして、ガチャっと音を立てて扉が開いた。
「来てくれてありがとう」
「いえ。今日は、梨緒の誕生日なので」
一ヶ月ぶりに会う梨緒のお母さんは、三年前に比べて少し痩せた印象だった。もちろん僕も、まだあまり食欲が戻っていなかった。
「おじゃまします」
玄関には、茶色いローファーがちょこんと、角に置いてあった。ホコリひとつ被っていなくて、常に履いているのかと錯覚してしまうような、彼女の靴。
「おばさん、これ、梨緒に。誕生日プレゼントです」
十八歳。来年は大学に行くのか、就職をするのか。そんな、少し頭の痛くなるような話をしたいと思っていた。
「本当にいいの?梨緒の部屋の片付け、手伝ってもらっちゃって」
「無理してないか?」
階段をのぼりながら、申し訳なさそうに言うおばさんと、心配そうにこちらを見るおじさん。
でも今日はこれに混ぜてもらうためにお邪魔したようなものだ。
「はい。僕にもやらせてください」
気持ちに区切りをつけるのが表面上の目的だけど、本当は一瞬でも近くで彼女を感じたいと思ったから来たようなものだけど。
「もう三年経つし、整理しようと思って」
そう二人で話す姿は、まだ吹っ切れていないのが見て取れるけど、それは僕も同じだった。赤いカーネーションを持ってくるくらいだ。梨緒への気持ちは、おばさんとおじさんと同じくらい大きい。
「なんか、さらに実感湧かないです。この部屋」
綺麗にベッドメイキングされた寝床に、壁にかけられた中学の制服。教科書も綺麗に学習机に並んでいて、この部屋に入った瞬間、時間が戻ったのかと思った。
時間が止まった、まるで静止画のような空間。
それなのに息苦しくなくて、なんなら逆に少し心地よくて。ここにいたら、また彼女に、梨緒に会えるような気がした。
「あの日のまま、触ってないの。たまに掃除するくらいで」
季節も時間も、何もかもが止まっているこの中で、その時を動かすのはきっと簡単だけど、動かすことほど勇気のいることはない。
「それじゃあ、始めようか」
何かを始めるには覇気の足りない声を合図に、僕たちは大好きな人の部屋の片付けを始めた。
本棚に立てかけられているアルバムには、僕とふたり、幼いころから三年前まで、笑顔が絶えない写真がたくさん、丁寧にしまわれていた。
ノートにはお世辞にも綺麗とは言えない、それでも愛おしい字がびっしりと並んでいた。
ひとつひとつ、たまに思い出を開きながら片付けていて、前に進んでいるとは思えなかったけど、それでいいって、目尻を下げて笑う彼女がそこにいる気がした。