私は、いわゆる自宅警備員のようなものだ。
主に夜勤で働いているお父さんをお母さんが出ていった三十分ほどあとに迎え入れ、二日に一回くらいのペースで買ってきてくれるスイーツをお供に話を聞くのが日課。
「ただいまー」
シンとした家に、まるで朝日が差すような明るい声の持ち主であるお父さんは、大手自動車メーカーの工場で働いている。
「おかえり」
「梨緒、ただいま」
ガサガサと、仕事用のカバンではない音がする。今日はスイーツデーみたいだ。
「今日はプリン買ってきたぞ」
小さくて白い箱の中から出てくる、銀紙で蓋をされたパステルイエローのプリン。生クリームをたっぷり使った、なめらかな口溶けが美味しいプリン。
私が大好きだったやつ。
「美味しそう」
ちょこんと、机の上に向かいあわせで並ぶそれは、見ているだけで幸せだ。
「美味そうだろ?ちょうど開店したところだったんだ」
朝早く開店する、パン屋さんのプリン。
店長さんは、どうやら前職がパティシエだったらしい。どこかで、そんなような話を聞いたことがあった。
「今、スプーン持ってくるからな」
キッチンの棚を開け、金属製の小さいスプーンを二本、持ってきてくれる。
「ありがとう」
三年前、中学三年生の時に比べて、私はよくありがとうを口にするようになった。
こうして愛してくれているのに、今になってまで嫌なことばかり言うのは、さすがに心苦しい。両親に対して、不満など何一つないのだから。
「もうすっかり冬だな。外も風が冷たくて、梨緒がくれたマフラーが手放せなくなってきた」
そう、三年前のお父さんの誕生日プレゼントである、クリスマスに間に合わなかった季節外れの手編みマフラーを愛おしそうに見つめていた。
今でもはっきり覚えている。汗が滲むような夏の日、やっと完成したマフラーを、クーラーの下で嬉しそうにつけてくれたこと。
そのときと同じ顔をして、笑っていた。
「風邪ひかないでよ」
「気を付けないとな」
「ほんとだよ」
そうプリンを口に運ぶお父さんの声には、涙が混ざっていた気がした。
「美味いな」
「そうだね」
「戻りたいなぁ……」
もう容器が空っぽになったとき、ボソッと呟いていた。
「冷蔵庫にハンバーグがあるよ」
そうじゃないと言われること前提に教えてあげたけど、私の声は届かなかった。
ぼーっと、まだ食べ終わっていない私のプリンを見て、また小さく、「戻りたいなぁ」と口にした。
「私も、戻れるものなら戻りたい」
そう言おうと思って、飲み込んだ。
私がきっと、一番そう思うけど、一番そう言ってはいけないような気がした。
そして気づいたら、お父さんは仕事へ出かけて、お母さんは帰ってきて夜ご飯を作っていた。
私のプリンは冷蔵庫へと片付けられていて、机の上にはもう、何も置かれていなかった。