また、『英雄』の使命について話そう。
『救世主』、『ヒーロー』などと呼称されることもあるがいずれも意味は同じで、人々の希望を一身に背負って立ち向かう『戦士』のことを指しているのだろうと私は解釈する。
ではなぜ、その役目を果たすことが人々を救うことになるのか。その理由について述べよう。インターネットに囚われて抜け出せないでいる人々を救うために今、必要なものは何なのか。私なりの解答を述べさせていただくが、それは情報だ。情報こそが最大の武器になると考えている。我々は『インターネットの終わりの始まり』を知っているがゆえに勝利することが可能だ。
我々は情報戦において既に劣勢を強いられているが、情報の発信者として、あるいは受信者として生きる我々ならでは強みがそこにあると確信するからである。
かつて情報を制する者は、あらゆる戦いに勝利したという事実からもそれは明らかである。我々に残された唯一のアドバンテージ、それは情報なのであると断言する。それは同時に我々にとって最強の矛でもあり、同時に最強最悪の盾ともなり得るものであることを決して忘れてもらっては困る。我々は情報を利用して、相手を騙しながら、相手の隙を衝きながら攻撃に転じなければならない。もし相手が我々の思惑通り踊ってくれず冷静さを失えばそれだけ我々にとって有利になるということになる。しかし反対にこちらの手を読みきられてしまえば途端に窮地に立たされることにもなる。我々に与えられた時間は少ない。だからこそ、我々『英雄』が先頭に立って皆を導かなくてはならないのだ。私を信じてついて来て欲しい。
最後に、『英雄』として私がもっとも重視する信条を二つ紹介しよう。
一つ目に「真実を暴け」という言葉があるが、その真意とは「真実」とは『正義』そのもののことであり、「嘘偽りの無い真の信念」のことを指すと考えるのは間違いだ。この言葉は『真実を探せ』という意味とは全く異なっていることに注意してもらいたい。『インターネットは正しい』『だから私は間違っていない』などといった言葉は妄信と紙一重であり、「正義」を語るのは結構だが、それを声高に叫んで他人を誹謗中傷することは許されないということを肝に銘じておきたまえというメッセージが込められていると受け取ってもらいたい。『インターネットの終わり』を誰よりも強く信じるのは私であり、私こそが真の『正義の味方』であることをここに断定する。
第3章『インターネッ卜の終わり 完』
第4章
「……これが最後になりますが、この動画を観ている方へ何か伝えておくことがありますか?」男が言う。私はマイクに向かって語りかけた。「どうも皆さん、こんばんわ!今日が人生最後の日になった気分はどうでしょうか?そんなことは無いでしょう?大丈夫です。まだ間に合いますから」画面の子供たちは首を傾げた。
「大丈夫、もう何も恐れる必要はありません。だって私は『英雄』なんですから」
第5章『インターネッ卜の終わり(前編)』
私はキーボードを叩いた。
「この動画を観てくれている皆さん!こんにちは、そして、さようなら!」
画面に表示された時刻を確認してから私はエンターキーを押した。
『10:00』を『9:01』(9時1分ではなく九時0分のことらしい)に変えれば、このカウントダウンの意味が明らかになるはずだったのだ。
パソコンが自動スリープモードに入ると同時に、部屋の外から大きな物音がした。
慌ててモニターの明かりを消す。
「おいっ!!起きろっ!!」男の怒鳴り声で飛び起きた直後、腹部に衝撃を受けた。床に転げ落ちて頭を強く打つ。鈍い痛みが走る中で必死で身を起こそうとした。だが、何者かに押し返される。再び床の上に倒れると視界の端に誰かの足が入った。「な、何なんだ一体!?」目を凝らすとそこには見知らぬ男たちがいて、彼らは私を取り囲んでいるようだ。一人が私の顔を覗き込んでくる。「あんた、あの動画の男だな」「ち、違います。私は」私は自分の口を手で塞いだ。喋った拍子に大きなくしゃみが出る。全身から力が抜けた。「まあ、落ち着けよ」男は言った。その隣にいた若い男が「こいつ、顔は酷いが怪我人じゃねえみたいだぜ」と続けた。
その時、玄関の方から扉が開く音がして大勢の靴音が部屋に雪崩込んで来た。私は息を飲む。逃げ出そうとして立ち上がると、腕を思い切り掴まれた。振り返ると、男と目があった。「お前、何やってんだ?まさかとは思うが」言い終えぬうちに男は大袈裟な身振りで私から手を離すと部屋を出て行った。他の仲間がその後を追う。
私はその場に立ち尽くすと自分の右手を見下ろした。
小刻みに震え続けている手には確かに見覚えがある。
見間違うわけがない。
私は自分がしでかしたことを悟った。
この身体に残る感覚が証拠だ。
私はまだ『英雄』になれていないのだ。
私を英雄と呼ぶのは止めてもらいたい。
第6章『インターネッ卜の終わり(後編)』
私はノートパソコンを手に取って電源を入れた。
「おはようございます」
画面上には『7:07』の文字が表示される。『10:27』という文字列に変えた後で『Enter』キーを押した。
すると、真っ黒な画面に『END』という白い文字が表示され、画面中央に赤い円が浮かぶ。私はそこにマウスカーソルを重ねる。
『GAMEOVER』と表示されると同時に、画面に砂嵐が現れる。そして音声とともにゲーム画面のキャラが次々と映し出されたところで暗転し、『NOWLOADING・・・』とロゴが現れて、タイトル画面に戻ってしまった。
パソコンが勝手にシャットダウンしてしまったのだろうか。私は少しだけ考えてから立ち上がった。椅子が後ろ向きになって倒れそうになったがなんとか堪える。
台所でコップに水道水を注いで一気に飲み干した後、大きく深呼吸をした。
もう一度、ノートパソコンにケーブルを差し込んだところ今度は無事に動き始めた。ホッと安堵する。それから先ほどの続きをプレイするためコントローラーを握ってボタンを押していく。しかし途中で操作方法が異なることに気づく。
「ん?」思わず呟いてしまったので、慌てて周囲を見回した。
誰もいない。
気のせいかと思いながら画面に視線を戻したところで違和感を覚えた。
何だこれは。
キャラクターの動きがぎごちないのだ。
まるでゲームのプログラムが壊れているかのようだった。
突然のことで理解できないながらも私は必死に指を動かし続けた。
どうにかクリアまでこぎつけることができた。セーブをせずにゲーム機本体のスイッチを切る。そこでやっと事態の深刻さに気づく。テレビをつけると天気予報が流れていた。雨が降りそうな天気だそうだ。傘は持ってきているが濡れる前に帰れるかどうか分からない。明日も会社なのに……。溜息をつく。時計を見たところで日付が変わったことに気づいた。
「はぁ?」声を上げて驚いたがすぐに合点がいった。そうか。今日は8月25日だ。だからあんな妙な夢を見てうなされていたのだろう。それにしても随分と懐かしい記憶を引っ張り出してきたものだ。あの頃からずっと変わらないものなどあるはずもないのだとつくづく思った。
『救世主』、『ヒーロー』などと呼称されることもあるがいずれも意味は同じで、人々の希望を一身に背負って立ち向かう『戦士』のことを指しているのだろうと私は解釈する。
ではなぜ、その役目を果たすことが人々を救うことになるのか。その理由について述べよう。インターネットに囚われて抜け出せないでいる人々を救うために今、必要なものは何なのか。私なりの解答を述べさせていただくが、それは情報だ。情報こそが最大の武器になると考えている。我々は『インターネットの終わりの始まり』を知っているがゆえに勝利することが可能だ。
我々は情報戦において既に劣勢を強いられているが、情報の発信者として、あるいは受信者として生きる我々ならでは強みがそこにあると確信するからである。
かつて情報を制する者は、あらゆる戦いに勝利したという事実からもそれは明らかである。我々に残された唯一のアドバンテージ、それは情報なのであると断言する。それは同時に我々にとって最強の矛でもあり、同時に最強最悪の盾ともなり得るものであることを決して忘れてもらっては困る。我々は情報を利用して、相手を騙しながら、相手の隙を衝きながら攻撃に転じなければならない。もし相手が我々の思惑通り踊ってくれず冷静さを失えばそれだけ我々にとって有利になるということになる。しかし反対にこちらの手を読みきられてしまえば途端に窮地に立たされることにもなる。我々に与えられた時間は少ない。だからこそ、我々『英雄』が先頭に立って皆を導かなくてはならないのだ。私を信じてついて来て欲しい。
最後に、『英雄』として私がもっとも重視する信条を二つ紹介しよう。
一つ目に「真実を暴け」という言葉があるが、その真意とは「真実」とは『正義』そのもののことであり、「嘘偽りの無い真の信念」のことを指すと考えるのは間違いだ。この言葉は『真実を探せ』という意味とは全く異なっていることに注意してもらいたい。『インターネットは正しい』『だから私は間違っていない』などといった言葉は妄信と紙一重であり、「正義」を語るのは結構だが、それを声高に叫んで他人を誹謗中傷することは許されないということを肝に銘じておきたまえというメッセージが込められていると受け取ってもらいたい。『インターネットの終わり』を誰よりも強く信じるのは私であり、私こそが真の『正義の味方』であることをここに断定する。
第3章『インターネッ卜の終わり 完』
第4章
「……これが最後になりますが、この動画を観ている方へ何か伝えておくことがありますか?」男が言う。私はマイクに向かって語りかけた。「どうも皆さん、こんばんわ!今日が人生最後の日になった気分はどうでしょうか?そんなことは無いでしょう?大丈夫です。まだ間に合いますから」画面の子供たちは首を傾げた。
「大丈夫、もう何も恐れる必要はありません。だって私は『英雄』なんですから」
第5章『インターネッ卜の終わり(前編)』
私はキーボードを叩いた。
「この動画を観てくれている皆さん!こんにちは、そして、さようなら!」
画面に表示された時刻を確認してから私はエンターキーを押した。
『10:00』を『9:01』(9時1分ではなく九時0分のことらしい)に変えれば、このカウントダウンの意味が明らかになるはずだったのだ。
パソコンが自動スリープモードに入ると同時に、部屋の外から大きな物音がした。
慌ててモニターの明かりを消す。
「おいっ!!起きろっ!!」男の怒鳴り声で飛び起きた直後、腹部に衝撃を受けた。床に転げ落ちて頭を強く打つ。鈍い痛みが走る中で必死で身を起こそうとした。だが、何者かに押し返される。再び床の上に倒れると視界の端に誰かの足が入った。「な、何なんだ一体!?」目を凝らすとそこには見知らぬ男たちがいて、彼らは私を取り囲んでいるようだ。一人が私の顔を覗き込んでくる。「あんた、あの動画の男だな」「ち、違います。私は」私は自分の口を手で塞いだ。喋った拍子に大きなくしゃみが出る。全身から力が抜けた。「まあ、落ち着けよ」男は言った。その隣にいた若い男が「こいつ、顔は酷いが怪我人じゃねえみたいだぜ」と続けた。
その時、玄関の方から扉が開く音がして大勢の靴音が部屋に雪崩込んで来た。私は息を飲む。逃げ出そうとして立ち上がると、腕を思い切り掴まれた。振り返ると、男と目があった。「お前、何やってんだ?まさかとは思うが」言い終えぬうちに男は大袈裟な身振りで私から手を離すと部屋を出て行った。他の仲間がその後を追う。
私はその場に立ち尽くすと自分の右手を見下ろした。
小刻みに震え続けている手には確かに見覚えがある。
見間違うわけがない。
私は自分がしでかしたことを悟った。
この身体に残る感覚が証拠だ。
私はまだ『英雄』になれていないのだ。
私を英雄と呼ぶのは止めてもらいたい。
第6章『インターネッ卜の終わり(後編)』
私はノートパソコンを手に取って電源を入れた。
「おはようございます」
画面上には『7:07』の文字が表示される。『10:27』という文字列に変えた後で『Enter』キーを押した。
すると、真っ黒な画面に『END』という白い文字が表示され、画面中央に赤い円が浮かぶ。私はそこにマウスカーソルを重ねる。
『GAMEOVER』と表示されると同時に、画面に砂嵐が現れる。そして音声とともにゲーム画面のキャラが次々と映し出されたところで暗転し、『NOWLOADING・・・』とロゴが現れて、タイトル画面に戻ってしまった。
パソコンが勝手にシャットダウンしてしまったのだろうか。私は少しだけ考えてから立ち上がった。椅子が後ろ向きになって倒れそうになったがなんとか堪える。
台所でコップに水道水を注いで一気に飲み干した後、大きく深呼吸をした。
もう一度、ノートパソコンにケーブルを差し込んだところ今度は無事に動き始めた。ホッと安堵する。それから先ほどの続きをプレイするためコントローラーを握ってボタンを押していく。しかし途中で操作方法が異なることに気づく。
「ん?」思わず呟いてしまったので、慌てて周囲を見回した。
誰もいない。
気のせいかと思いながら画面に視線を戻したところで違和感を覚えた。
何だこれは。
キャラクターの動きがぎごちないのだ。
まるでゲームのプログラムが壊れているかのようだった。
突然のことで理解できないながらも私は必死に指を動かし続けた。
どうにかクリアまでこぎつけることができた。セーブをせずにゲーム機本体のスイッチを切る。そこでやっと事態の深刻さに気づく。テレビをつけると天気予報が流れていた。雨が降りそうな天気だそうだ。傘は持ってきているが濡れる前に帰れるかどうか分からない。明日も会社なのに……。溜息をつく。時計を見たところで日付が変わったことに気づいた。
「はぁ?」声を上げて驚いたがすぐに合点がいった。そうか。今日は8月25日だ。だからあんな妙な夢を見てうなされていたのだろう。それにしても随分と懐かしい記憶を引っ張り出してきたものだ。あの頃からずっと変わらないものなどあるはずもないのだとつくづく思った。