気づくべきだった。病気で入院している年の離れた女の子と知り合う機会なんて普通はない。同じ病院に入院でもしていない限りは。
椿の病名は麗と同じドルミーレ病。徐々に体が動かなくなり、やがては植物状態に陥る。希少難病の症状に詳しかったのも当たり前だ。それはいずれ椿自身にも起こることだと覚悟していたのだから。
椿は劣等感に悩んでいるとは言ったけれど、それが学校に行かなくなった理由だとは一言も言っていない。本当は治療のために戻ってきていたのだ。転ぶことが増えたと言っていたことを思い出す。
最初に入院した時に麗と出会い、小康状態となって一時退院する際に麗からお願いを聞き、僕を頼った。椿はあの日、どんな思いで僕にDVDを見せたのだろうか。あれは身辺整理の一環だったのだろうか。
「私、これからは弱っていく一方だからさ、そういう姿は陸に見られたくないなって。ばいばい、陸」
そう言って椿は病室から僕を追い払おうとした。
「ばいばい、なんて今生の別れみたいなこと言うなよ」
椿は無敵じゃなくなった僕に会いに来たじゃないか。いきなり会いに来て、僕の心をかき乱してさよならなんてそんな話があるか。
「僕が会いたいから明日も明後日も会いに来る」
これ以上何を言っても泣いてしまいそうだった。僕は一言だけ絞り出して病院を後にした。
「またな、椿」
翌日、朝一で僕は椿の病室を訪れた。
「来るなって言ったのに」
苦笑されたが、強くは拒絶されなかった。
「来るよ、毎日来る」
「それは、私が死ぬまで?」
「椿が治るまでだよ」
「治らないよ」
ドルミーレ病に治療法はない。だから僕たちは強硬手段をとらざるを得なかった。そんなことは分かっている。
「でも、麗は死んでないだろ」
死んでいない。眠っているだけだ。現代医学で目覚めさせるすべがないだけだ。でも、医療が進歩すればいつか治療法も見つかるかもしれない。
「でも、私が目覚めるころには陸の方が先に死んじゃうよ。そう簡単に治療法なんて見つからない」
「だったら、それまで長生きしてやる。僕の将来の夢、知ってるだろ。ドラゴンみたいに何千年も長生きして、ずっと椿のこと待ってる」
「ばか……」
そう呟くと椿は静かに泣き始める。僕は椿の手を強く握った。。
「絶対治る。僕はそう信じてる」
僕にできることは椿の病気が治るのを信じることだけだ。僕は昔、人間がドラゴンになることを信じていた。そんな夢物語に比べたら、病気が治る確率の方が遥かに高い。面会時刻終了まで、僕は椿を励まし続けた。
「ばいばい、陸」
僕はさえぎるように訂正した。
「また明日な、椿」
家に帰って一人で泣いた。椿の前では泣かなかった。いつか日常は必ず戻ってくる。奇跡は起こる。椿には希望を持ってほしかったし、僕もそう信じたかった。
だから僕はずっと笑顔で、楽しかったころの思い出話をした。椿もその時だけは笑ってくれた。その甲斐あって「ばいばい」ではなく「また明日」と言ってくれるようになった。また明日、が永遠に続くのならば、僕は他に何もいらない。
だが、この世に神様なんていない。病魔は椿を蝕んでいった。
「そろそろかな」
椿がある日、ぽつりと呟いた。
「何が?」
僕はわざととぼけた。
「ねえ、最期だから言うね。陸に銀行強盗のお願いしに行ったの、半分は陸ならなんとかしてくれるんじゃないかって信じてたからだけど、もう半分はただ最期に会いたかっただけなの」
「最期なんて言うなよ! 頼むよ、僕は椿が好きなんだ!」
僕は叫んだ。言わないつもりだったのに。告白をしてしまったら、もう僕たちに時間は残されていないと認めてしまうような気がしたから。
「あはは、やっぱり私たち最強の相棒だね。私も同じこと言おうとしてた。私も、ずっと陸が好きだったよ」
かすれた声で椿が言う。僕は今にも泣きそうなのに、椿はぎこちなく微笑んでいる。
「生きてたら色々あるかもしれないけどさ、陸は私にとってはずっとドラゴンみたいに強くてかっこいい男の子だったよ。私の最期の願いをかなえてくれた時も。初めて助けてくれた時も」
椿と二人で麗の願いを叶えた日、僕は少しだけ自分のことを好きになれた気がした。誰かのために本気になれる自分も、ドラゴンになれると無邪気に信じていた過去の自分も悪くないと思えたのだ。
「それは、椿が、いたから」
僕は必死で声を絞り出した。
「だから、これからも陸は陸らしく生きてほしいな。ずっと、私が好きになった陸のままでいてね、約束だよ」
僕が握りしめた椿の手には全く力が入っていなかった。椿の声が消えそうに小さくなっていく。
「ばいばい、陸」
その言葉を最後に、椿は目を閉じた。
「椿、おい、椿!」
大声で呼び掛けても揺すっても椿はピクリとも動かなかった。僕は泣いた。泣きながら何度も椿の名前を呼んだ。
すぐに医師が来て、僕は病室を追い出された。僕はこれが最期だなんて認めない。
「またな、椿」
これは別れの言葉じゃない。再会の約束だ。
椿の病名は麗と同じドルミーレ病。徐々に体が動かなくなり、やがては植物状態に陥る。希少難病の症状に詳しかったのも当たり前だ。それはいずれ椿自身にも起こることだと覚悟していたのだから。
椿は劣等感に悩んでいるとは言ったけれど、それが学校に行かなくなった理由だとは一言も言っていない。本当は治療のために戻ってきていたのだ。転ぶことが増えたと言っていたことを思い出す。
最初に入院した時に麗と出会い、小康状態となって一時退院する際に麗からお願いを聞き、僕を頼った。椿はあの日、どんな思いで僕にDVDを見せたのだろうか。あれは身辺整理の一環だったのだろうか。
「私、これからは弱っていく一方だからさ、そういう姿は陸に見られたくないなって。ばいばい、陸」
そう言って椿は病室から僕を追い払おうとした。
「ばいばい、なんて今生の別れみたいなこと言うなよ」
椿は無敵じゃなくなった僕に会いに来たじゃないか。いきなり会いに来て、僕の心をかき乱してさよならなんてそんな話があるか。
「僕が会いたいから明日も明後日も会いに来る」
これ以上何を言っても泣いてしまいそうだった。僕は一言だけ絞り出して病院を後にした。
「またな、椿」
翌日、朝一で僕は椿の病室を訪れた。
「来るなって言ったのに」
苦笑されたが、強くは拒絶されなかった。
「来るよ、毎日来る」
「それは、私が死ぬまで?」
「椿が治るまでだよ」
「治らないよ」
ドルミーレ病に治療法はない。だから僕たちは強硬手段をとらざるを得なかった。そんなことは分かっている。
「でも、麗は死んでないだろ」
死んでいない。眠っているだけだ。現代医学で目覚めさせるすべがないだけだ。でも、医療が進歩すればいつか治療法も見つかるかもしれない。
「でも、私が目覚めるころには陸の方が先に死んじゃうよ。そう簡単に治療法なんて見つからない」
「だったら、それまで長生きしてやる。僕の将来の夢、知ってるだろ。ドラゴンみたいに何千年も長生きして、ずっと椿のこと待ってる」
「ばか……」
そう呟くと椿は静かに泣き始める。僕は椿の手を強く握った。。
「絶対治る。僕はそう信じてる」
僕にできることは椿の病気が治るのを信じることだけだ。僕は昔、人間がドラゴンになることを信じていた。そんな夢物語に比べたら、病気が治る確率の方が遥かに高い。面会時刻終了まで、僕は椿を励まし続けた。
「ばいばい、陸」
僕はさえぎるように訂正した。
「また明日な、椿」
家に帰って一人で泣いた。椿の前では泣かなかった。いつか日常は必ず戻ってくる。奇跡は起こる。椿には希望を持ってほしかったし、僕もそう信じたかった。
だから僕はずっと笑顔で、楽しかったころの思い出話をした。椿もその時だけは笑ってくれた。その甲斐あって「ばいばい」ではなく「また明日」と言ってくれるようになった。また明日、が永遠に続くのならば、僕は他に何もいらない。
だが、この世に神様なんていない。病魔は椿を蝕んでいった。
「そろそろかな」
椿がある日、ぽつりと呟いた。
「何が?」
僕はわざととぼけた。
「ねえ、最期だから言うね。陸に銀行強盗のお願いしに行ったの、半分は陸ならなんとかしてくれるんじゃないかって信じてたからだけど、もう半分はただ最期に会いたかっただけなの」
「最期なんて言うなよ! 頼むよ、僕は椿が好きなんだ!」
僕は叫んだ。言わないつもりだったのに。告白をしてしまったら、もう僕たちに時間は残されていないと認めてしまうような気がしたから。
「あはは、やっぱり私たち最強の相棒だね。私も同じこと言おうとしてた。私も、ずっと陸が好きだったよ」
かすれた声で椿が言う。僕は今にも泣きそうなのに、椿はぎこちなく微笑んでいる。
「生きてたら色々あるかもしれないけどさ、陸は私にとってはずっとドラゴンみたいに強くてかっこいい男の子だったよ。私の最期の願いをかなえてくれた時も。初めて助けてくれた時も」
椿と二人で麗の願いを叶えた日、僕は少しだけ自分のことを好きになれた気がした。誰かのために本気になれる自分も、ドラゴンになれると無邪気に信じていた過去の自分も悪くないと思えたのだ。
「それは、椿が、いたから」
僕は必死で声を絞り出した。
「だから、これからも陸は陸らしく生きてほしいな。ずっと、私が好きになった陸のままでいてね、約束だよ」
僕が握りしめた椿の手には全く力が入っていなかった。椿の声が消えそうに小さくなっていく。
「ばいばい、陸」
その言葉を最後に、椿は目を閉じた。
「椿、おい、椿!」
大声で呼び掛けても揺すっても椿はピクリとも動かなかった。僕は泣いた。泣きながら何度も椿の名前を呼んだ。
すぐに医師が来て、僕は病室を追い出された。僕はこれが最期だなんて認めない。
「またな、椿」
これは別れの言葉じゃない。再会の約束だ。