それにしたって、バスケをする慎一郎くんの姿は今日も輝いている。
ついさっきもダンクシュートを決めたばかりだ。体育の授業でも一切手加減をしないのが沢田慎一郎の流儀らしい。
「はぁー、やっぱりかっこいいなあ、慎一郎くんは」
そして、私は幽霊なのをいいことに特等席でそれを眺めている。どれだけゴールに近付いたって、誰も私を怒る奴なんていない。
だって私の姿は誰にも見えないのだから。慎一郎くんだけはちらちらと私のほうを気にしているけど、それでも試合への集中力が途切れることはない。
やがて試合終了のホイッスルが体育の松本先生によって鳴らされた。結局、慎一郎くんのチームが大量リードして勝利したようだ。
「お疲れ様、慎一郎くん!」
バスケットボールのコートから戻ってきた慎一郎くんを、私は満面の笑みで迎える。
「ああ……、ちょっとひまりのことが気になってミスしそうになったけど」
「えー、そんなことないでしょ。かっこよかったよ、慎一郎く――」
私がそう言いかけた瞬間だった。慎一郎くんの背後から、にゅるりとツインテールの女の子が現れた。
「せんぱーい! お疲れ様で~す。はいこれ、タオルです~」
「え? あ、ありがとう……。というか、なんで西村さんがここに?」
そこにいたのはどうやら後輩の女の子のようだ。……あれ、というか、私もこの子のこと見たことあるような。
ああ、そうだ。一週間ほど私と同じ吹奏楽部に仮入部して、結局「あたしには向いてなかったみたいですー」とか言って辞めていった子だ。
初日で辞めるならまだ分かるけど、まさかフルートを自分で買ってきたあとに辞めるとは思わなかった。
私が買ったのはトランペットだけど、10万円くらいするやつだった。決して安くない買い物だ。
それをこうもあっさり辞められるなんてと、驚いた記憶がある。
確か西村まゆって名前だったかな。しかし、それにしても合同授業でもないのに、何故後輩の彼女が体育館にいるのだろう。
「日本史の授業がつまんなかったんで、体調不良の振りして抜け出して来ちゃいました~。
テストに出るわけでもない島村先生のうんちく話なんてマジ興味ねぇって感じです。
それで先輩の教室を覗きに行ったら誰もいなかったんで、体育の授業かなーって」
「いや、駄目でしょ、西村さん」
うん、さすがに私も同じツッコミをするよ、慎一郎くん。
短い付き合いの中でも無茶苦茶な子だと思ったけど、こんなにも破天荒(――誤用なのは知ってる)な子だったのか。
「それだけまゆは先輩のことが気になってるってことですよ~。
そろそろお返事聞かせてもらってもいいかと思うんですけど、どうですかぁ?
先輩もまゆのこと、好きになってきたんじゃないですか~?」
「あー、その話ね……。やっぱりまだ気持ちの整理がつかないから――」
慎一郎くんが困ったような、それでいて決して満更でもないような顔で何かを言いかけたとき、別の生徒の様子を見ていた松本先生が振り返った。
「ん? なんだ、そこの女子生徒!
お前の授業はここじゃないだろう! さっさと自分のクラスに戻れ!」
うわっ、一瞬私のことかと思った! でも、すぐにそれは西村さんのことだと気付いた。
やっぱり松本先生も、西村さんも私の姿は見えていないようだ。
西村さんは松本先生の大声にも悪びれる素振りもなく、ふわりと一回転しながらスカートをなびかせておどけてみせた。
「ごめんなさ~い。すぐ退散します~。
それじゃあ、先輩。まゆはお返事聞かせてもらえるまで何度でも来ますからね~?」
「あ、ああ……。それじゃまたね」
うーん、やっぱりすごい子だな、西村さん。でも慎一郎くんも決して彼女のことを嫌っているわけではなさそうだった。
私は体育館から出ていく西村さんの背中を見送ってから、慎一郎くんに訊ねた。
「知り合いだったんだね、西村さんと」
「うん、彼女はチアリーディング部の子でね。前にバスケの試合に応援しに来てくれたんだよ。
あれ、そう言うひまりも知ってるんだ、彼女のこと?」
「吹奏楽部に一週間だけいた子だからね」
今はチアリーディング部なのか。飽きっぽい子なのかと思ったけど、そちらの活動は熱心にやってるらしい。
フルートの演奏も初心者にしては飲み込みが早いほうだったけど、本当に向いてないと思って辞めただけなのかな。
「実はひまりが亡くなったあとすぐに、彼女に告白されてね」
「えっ!?」
なんとなくそんな話かとは思ったけど、突然慎一郎くんが語り始めたので驚いてしまった。
そうか、きっと彼女はバスケの試合でかっこよく汗を流す慎一郎くんに一目惚れしたのだろう。
「でもすぐには返事できなかった。彼女のこともよく知らなかったしね。
そしたら『それじゃ、これからまゆのこと好きになってもらいますね?』とか言われちゃってさ」
「……でも、嫌ならその告白断っちゃえばいいじゃん。
それをしないってことは、オーケーしてもいいかなって悩んでるんだよね?」
私は彼の困ったような表情の中に、ほんの少しだけ西村さんへの好意の感情を見た。
きっと彼は今、悩んでいるだけなのだ。その告白を受け入れるべきか否か。
「そう、だね……。悪い気はしてないんだ。
ちょっと変な子だけど、かわいくて健気なところはあると思うから」
「だったら付き合っちゃえばいいじゃん。悩むことなんてないよ。
『真剣な気持ちじゃなきゃ付き合っちゃいけない』とか考えてるんだったら真面目過ぎだよ。
もし別れることになったとしても、お互いいい経験になると思うしさ。人生何事もチャレンジ! ……なーんちゃってね☆」
と、彼氏いない歴=年齢の私が申しております。いや、変な締め括りになっちゃったけど、彼の後押しをしたい気持ちに嘘はない。
本当は私も慎一郎くんが好きだ。嫉妬する気持ちがないわけじゃない。
けど、私はもう死んでしまったのだから、彼には別のいい人を見つけて幸せになって欲しい。それが私の今の願いだった。
「うーん、そうは言ってもなあ……」
「ほらほら、悩んでばっかじゃ男らしくないよ?
きっちりしっかりはっきりと、彼女の気持ちに応えてあげないと!」
「だけど、俺はひまりのことが好きだったんだよ!」
「ふぇっ!?」
と、突然そんなこと言われても!? 大胆な告白は未成年の特権かー!?
『言ってしまった』みたいな赤い顔して俯くんじゃないよ、慎一郎くん! 急に大声を出すから周りも何事かとこちらを見ているし……。
ひとりで突然故人への愛を叫び出した怪しい人だよ、慎一郎くん? いつからここは世界の中心になったんだー!?
あたふたと手足をばたばたするばかりの私に、慎一郎くんは追撃を加える。
「俺は中学の頃から、ひまりのことが好きだった。でも気楽に友達として会える、今の関係を壊したくなくて、告白する勇気が出なかった。
お前が電車の事故で亡くなったと聞いたとき、『なんで想いを伝えなかったのか』って、激しく後悔した。
ついさっきもダンクシュートを決めたばかりだ。体育の授業でも一切手加減をしないのが沢田慎一郎の流儀らしい。
「はぁー、やっぱりかっこいいなあ、慎一郎くんは」
そして、私は幽霊なのをいいことに特等席でそれを眺めている。どれだけゴールに近付いたって、誰も私を怒る奴なんていない。
だって私の姿は誰にも見えないのだから。慎一郎くんだけはちらちらと私のほうを気にしているけど、それでも試合への集中力が途切れることはない。
やがて試合終了のホイッスルが体育の松本先生によって鳴らされた。結局、慎一郎くんのチームが大量リードして勝利したようだ。
「お疲れ様、慎一郎くん!」
バスケットボールのコートから戻ってきた慎一郎くんを、私は満面の笑みで迎える。
「ああ……、ちょっとひまりのことが気になってミスしそうになったけど」
「えー、そんなことないでしょ。かっこよかったよ、慎一郎く――」
私がそう言いかけた瞬間だった。慎一郎くんの背後から、にゅるりとツインテールの女の子が現れた。
「せんぱーい! お疲れ様で~す。はいこれ、タオルです~」
「え? あ、ありがとう……。というか、なんで西村さんがここに?」
そこにいたのはどうやら後輩の女の子のようだ。……あれ、というか、私もこの子のこと見たことあるような。
ああ、そうだ。一週間ほど私と同じ吹奏楽部に仮入部して、結局「あたしには向いてなかったみたいですー」とか言って辞めていった子だ。
初日で辞めるならまだ分かるけど、まさかフルートを自分で買ってきたあとに辞めるとは思わなかった。
私が買ったのはトランペットだけど、10万円くらいするやつだった。決して安くない買い物だ。
それをこうもあっさり辞められるなんてと、驚いた記憶がある。
確か西村まゆって名前だったかな。しかし、それにしても合同授業でもないのに、何故後輩の彼女が体育館にいるのだろう。
「日本史の授業がつまんなかったんで、体調不良の振りして抜け出して来ちゃいました~。
テストに出るわけでもない島村先生のうんちく話なんてマジ興味ねぇって感じです。
それで先輩の教室を覗きに行ったら誰もいなかったんで、体育の授業かなーって」
「いや、駄目でしょ、西村さん」
うん、さすがに私も同じツッコミをするよ、慎一郎くん。
短い付き合いの中でも無茶苦茶な子だと思ったけど、こんなにも破天荒(――誤用なのは知ってる)な子だったのか。
「それだけまゆは先輩のことが気になってるってことですよ~。
そろそろお返事聞かせてもらってもいいかと思うんですけど、どうですかぁ?
先輩もまゆのこと、好きになってきたんじゃないですか~?」
「あー、その話ね……。やっぱりまだ気持ちの整理がつかないから――」
慎一郎くんが困ったような、それでいて決して満更でもないような顔で何かを言いかけたとき、別の生徒の様子を見ていた松本先生が振り返った。
「ん? なんだ、そこの女子生徒!
お前の授業はここじゃないだろう! さっさと自分のクラスに戻れ!」
うわっ、一瞬私のことかと思った! でも、すぐにそれは西村さんのことだと気付いた。
やっぱり松本先生も、西村さんも私の姿は見えていないようだ。
西村さんは松本先生の大声にも悪びれる素振りもなく、ふわりと一回転しながらスカートをなびかせておどけてみせた。
「ごめんなさ~い。すぐ退散します~。
それじゃあ、先輩。まゆはお返事聞かせてもらえるまで何度でも来ますからね~?」
「あ、ああ……。それじゃまたね」
うーん、やっぱりすごい子だな、西村さん。でも慎一郎くんも決して彼女のことを嫌っているわけではなさそうだった。
私は体育館から出ていく西村さんの背中を見送ってから、慎一郎くんに訊ねた。
「知り合いだったんだね、西村さんと」
「うん、彼女はチアリーディング部の子でね。前にバスケの試合に応援しに来てくれたんだよ。
あれ、そう言うひまりも知ってるんだ、彼女のこと?」
「吹奏楽部に一週間だけいた子だからね」
今はチアリーディング部なのか。飽きっぽい子なのかと思ったけど、そちらの活動は熱心にやってるらしい。
フルートの演奏も初心者にしては飲み込みが早いほうだったけど、本当に向いてないと思って辞めただけなのかな。
「実はひまりが亡くなったあとすぐに、彼女に告白されてね」
「えっ!?」
なんとなくそんな話かとは思ったけど、突然慎一郎くんが語り始めたので驚いてしまった。
そうか、きっと彼女はバスケの試合でかっこよく汗を流す慎一郎くんに一目惚れしたのだろう。
「でもすぐには返事できなかった。彼女のこともよく知らなかったしね。
そしたら『それじゃ、これからまゆのこと好きになってもらいますね?』とか言われちゃってさ」
「……でも、嫌ならその告白断っちゃえばいいじゃん。
それをしないってことは、オーケーしてもいいかなって悩んでるんだよね?」
私は彼の困ったような表情の中に、ほんの少しだけ西村さんへの好意の感情を見た。
きっと彼は今、悩んでいるだけなのだ。その告白を受け入れるべきか否か。
「そう、だね……。悪い気はしてないんだ。
ちょっと変な子だけど、かわいくて健気なところはあると思うから」
「だったら付き合っちゃえばいいじゃん。悩むことなんてないよ。
『真剣な気持ちじゃなきゃ付き合っちゃいけない』とか考えてるんだったら真面目過ぎだよ。
もし別れることになったとしても、お互いいい経験になると思うしさ。人生何事もチャレンジ! ……なーんちゃってね☆」
と、彼氏いない歴=年齢の私が申しております。いや、変な締め括りになっちゃったけど、彼の後押しをしたい気持ちに嘘はない。
本当は私も慎一郎くんが好きだ。嫉妬する気持ちがないわけじゃない。
けど、私はもう死んでしまったのだから、彼には別のいい人を見つけて幸せになって欲しい。それが私の今の願いだった。
「うーん、そうは言ってもなあ……」
「ほらほら、悩んでばっかじゃ男らしくないよ?
きっちりしっかりはっきりと、彼女の気持ちに応えてあげないと!」
「だけど、俺はひまりのことが好きだったんだよ!」
「ふぇっ!?」
と、突然そんなこと言われても!? 大胆な告白は未成年の特権かー!?
『言ってしまった』みたいな赤い顔して俯くんじゃないよ、慎一郎くん! 急に大声を出すから周りも何事かとこちらを見ているし……。
ひとりで突然故人への愛を叫び出した怪しい人だよ、慎一郎くん? いつからここは世界の中心になったんだー!?
あたふたと手足をばたばたするばかりの私に、慎一郎くんは追撃を加える。
「俺は中学の頃から、ひまりのことが好きだった。でも気楽に友達として会える、今の関係を壊したくなくて、告白する勇気が出なかった。
お前が電車の事故で亡くなったと聞いたとき、『なんで想いを伝えなかったのか』って、激しく後悔した。