ラヴファンタジッ!

学園跡から無事に離脱できたアモルたち。
満身創痍ながらある程度距離が離れたところで、偶然通りがかった馬車に助けられつつ、
エレメント家の屋敷まで戻ってくることができた。

「おおー! スイ! 無事だったかぁ!」

屋敷に着いて早々、ゴンノスケの大声が響き渡る。

「お、お父さん。頭に響くから」

「……父様。スイは目覚めて間もない。それにみんな疲れてる」

「お、おう。すまん……」

ゴンノスケが慌てて声を小さくする。

「すいません。ゴンノスケさん。部屋をお借り出来ますか。
 みんなも……それにエレテを寝かしてあげたいんです」

アモルがそう言うと、ゴンノスケはすぐに屋敷の一部屋を開放した。



それから数刻、エレテはシオンたちが交代で看護し、
アモルも時々様子を見ながら、自身も休息を取っていた。

「アモル、今、大丈夫?」

休息中のアモルにシオンが声を掛ける。

「シオン? 今、エレテを見ていてくれてるんじゃ……」

「スイ先輩とフウ先輩が代わってくれたの。それよりもね……」

シオンは少しためらいつつ、アモルに語り掛ける。

「アーマの言っていた通り、エレテはかなり無理をしてたみたいなの。
 エレテの身体ね、傷は少ないけど、肉体の内側……神経系は酷い損傷らしいの」

「神経系って……どうやってそこまで?」

アモルの記憶では、シオンも、スイ、フウもそこまで医療知識はないはずだった。

「エリスさんよ」

「え、エリスさんが出てきてくれたの?」

エリスは奥の『予言の間』からめったに出てこないのは以前のことで知っていた。
エレテの様子を見てくれるためだけに出てきたとは考えづらかった。

「すごい人ね、エリスさんって。私たちじゃわからなかった箇所までテキパキと応急処置をしてくれたわ」

(エリスさん、予言もできて医療も出来て、先輩たちの話だと魔法にも精通してるって……)

その凄さに圧倒されつつ、だからこそあの素の性格を隠しているのかとアモルは感じた。

「あ、それでね。エリスさんが後で予言の間に来てほしいって」

「僕だけ?」

「ううん。特にそこは何も言われなかったけど」

アモルは「わかった」と頷くと、再度、少しだけ休息を取ってから皆を集めた。
エレテはゴンノスケの任せ、フウ、スイの案内で予言の間へと向かっていく。

「アモルくん。もしかして予言の間の場所、忘れた?」

スイは後ろにいるアモルに問いかける。アモルの目がわずかに泳いだ。

「……忘れてる」

その泳いだ目をフウは見逃してくれなかった。

「で、でもこの屋敷広いし、私も覚えれてないから!」

シオンがフォローになっているかわからない言い方でアモル側に付く。

「ふふっ、いいよ。私たちも昔はよく迷子になってたもんね、フウ?」

「……うん」

笑い合いながらそのまま四人は予言の間へと向かっていく。



予言の間に着くと、既に戸は開かれていた。

「エリスさん? 失礼しますよ……」

戸が開いたままなことが気になりつつ、アモルを先頭に四人は予言の間に入る。
エリスはいた。だが瞑想に集中しているのか、アモルたちにまるで気が付かない。

「エリスさ――」

アモルはエリスの肩に手を伸ばそうとし――とっさに後ろに下がっていた。

「あ、アモルか。すまぬ……」

エリスの持つ札が、まるで剣のような切れ味でアモルの髪を掠めていた。

「い、いえ……」

アモル、後ろにいたシオン。そして娘であるフウとスイも、エリスの一瞬の速度に驚いた。

(あそこで下がらなかったら、僕の顔に斬り跡ができるところだった……)

アモルは斬られた自分の髪を触りながらそんなことを考える。

「すまない。私が呼んでおきながら……」

「だ、大丈夫です。それより呼ばれた理由を聞きたいのですが」

アモルはすぐに本題を聞いた。

「うむ。先程見せてもらったエレテという子の話だ」

「シオンから聞きました。肉体内、神経系まで損傷していると」

「……それだけならまだよかったのだが」

エリスは辛そうに顔を背ける。

「エ、エレテに他に問題が?」

「あの子には……呪いが掛かっておる」

「呪い!?」

アモルだけでなく皆が反応する。

「呪いって……エレテは誰かに呪われているんですか!?」

「もしかしてアーマとの戦いで!?」

アモルとシオンが次々とエリスに質問する。
だがエリスは首を横に振った。

「言い方が悪かった。呪いが掛かっている、ではない。
 あの子自身が呪いを己にかけているのだ」

「己に呪いを……かけている?」

「うむ。古の魔法の一種にある。
 己に呪いをかけ、それと引き換えに莫大な能力を得る術だ。
 あのエレテという子はそれを自身にかけているのだ」

アモルは思い出す。
アーマの言う通り、以前のエレテにあれほどの速度や身体能力はなかった。
それに加え、あの時のエレテは時間がないかのように鬼気迫る勢いでアーマへ向かっていた。
全ては呪いのダメージを気にしていてのことだとしたら……と。

「エ、エレテの呪いは解けるんですか?」

心配するアモルに、エリスは希望ともいえる笑顔を浮かべる。

「それを知るためについ先程まで祈っていたのだ」

エリスは札を掲げ、術を詠唱し床に叩きつけた。
白紙の札に言葉が浮かび上がってくる。

「エリスさん、何て書いて……?」

「慌てない。今、読みます」

札を拾い、それを見てエリスは戸惑った表情を浮かべる。

「……スイ、フウ」

「は、はい!」

自分たちに声がかかるとは思っておらず、スイは裏声で返事をし、フウも驚きの表情を隠せなかった。

「すまないが、ゴンノスケをここに」

「え……? お父さん……を?」

「……うむ」

エリスも自身の予言の札を信じれていない様子で頷く。
数分後、予言の間にゴンノスケが現れた。

「おお! 我が愛妻エリス! ここに呼んでくれるとは珍しい!」

「ゴンノスケ。声を」

「む、すまぬ……」

またも大声を咎められるゴンノスケ。

「し、しかしエリス、我が愛妻。貴女がここに入れてくれるとなるとワシも驚くというものだが?」

「そ、そうだよお母さん。ここ予言の間はお父さんも私たちもめったに入れてくれなかったじゃない」

スイがゴンノスケを擁護すると、隣でフウも頷いた。

「……そうでしたね。いえ、私も動揺しているのです」

「動揺?」

エリスは札をゴンノスケに向ける。

「我が夫ゴンノスケよ。エレテ殿を救うには貴方の力が必要とのことです」

「「「「えっ」」」」

アモルたち四人の驚きが重なる。そして――

「なんとお!?」

ゴンノスケが一番の大声で驚いた。
「なんとお!?」

ゴンノスケの驚きが屋敷に響き渡る。

「ゴンノスケ。驚くのはわかりますが声を。アモルたちがクラクラしています」

「す、すまん」

ゴンノスケは腕を組みながらエリスをじっと見る。

「しかし、我が愛妻エリス。ワシがエレテ殿を救うとは一体……?」

エリスは札を見ながら困った表情をする。

「実は解呪の方法は札に出なかったのです。
 ただ我が夫ゴンノスケとエレテ殿本人を連れ、黄金の森に向かうべし、と」

「黄金の森?」

アモルは聞きなれない地名にオウム返しする。

「この屋敷からも見える森だ。常に木々が美しい黄金色の葉をつけていることからそう呼ばれている」

ここからでもわずかに見える、とゴンノスケはアモルを廊下に連れ出し窓を開ける。
確かに少しだけ、輝く木々がアモルにも見えた。

「でも……黄金の森は確かに綺麗な場所だけど、呪いを解く方法なんてあったかな?」

スイが疑問を口にする。しかし一方フウは。

「……でも母様の予言は外れたことがない。きっと何かある」

「うん、そうだね」

フウの言葉にスイも頷いた。

「でも……」

「……うん」

フウとスイが、父、ゴンノスケを見る。

「「お父さん(父様)が一緒で呪いが解ける?」」

二人は不思議そうに父を眺め続けた。



「ゴンノスケさん。エレテは僕が――」

「いやいや、アモルくんもスイを助けてくれた時の疲れがまだ残っておるだろう。
 エレテ殿はワシが運ぶ。心配無用!」

ゴンノスケはエレテを背負い、力強い足踏みで黄金の森へ向かっていく。
アモルとシオンはその後ろを遅れないように付いて行く。
スイは救出されて間もないので、フウと屋敷に残ることになった。

黄金の森はゴンノスケやスイの言ったとおりの絶景であった。
木々に生い茂るまさに黄金色の葉は美しく形状も様々であった。

「すごい……」

シオンは足を止めその景色にわずかに見入った。

「すごいであろう? ここの木々たちは大災厄が起きても変わらずこの葉を維持しておる。
 ……確かに生命力という意味なら、この森は呪いを何とかするかもしれん。
 ただ……」

「ええ……」

アモルとゴンノスケが顔を見合わせる。

「ワシが呪いを解くのに必要、というのがさっぱりわからん」

「僕も聞きたいです……」

アモルとゴンノスケは頭を抱えながら森を進んでいく。
森は山になり登り坂になっていく。
アモルもシオンも疲れが出てきたが、ゴンノスケは平気で登っていく。

「ゴンノスケさん……すごい体力ね」

(転生してラヴの契約もある僕もこんなに疲れてるのに……)

そう考えながらアモルがゴンノスケの背中を見ると、ゴンノスケの足が止まった。

「ゴンノスケさん? 何かありましたか――」

「しっ……」

ゴンノスケは急にしゃがみ、アモルたちにも伏せるよう合図をする。
アモルとシオンはしゃがんだままゆっくりゴンノスケに近づいた。
ゴンノスケが指をさした方向には、現実世界の神社によく似た建物が見える。

(神社……? この世界にもあるのか……?)

そう考えていたアモルにゴンノスケは予想外のことを呟いた。

「神社か……懐かしいのう」

(えっ……!?)

アモルは声にこそ出さなかったが、驚きを隠せなかった。

「ゴンノスケさん、今のは――」

「しっ。また出てきおった」

ゴンノスケが見つめる先、神社らしき建物からモンスターが二、三体現れる。

「何か話しておるな……」

ゴンノスケ、アモルもシオンも、集中しモンスターの様子を見る。

「ケッ、アーマ様も人使いが荒いぜ」

「全くだ。解呪法を求めて人が来るから妨害しろ、なんて」

「こんな所までそんな方法探しに来るかねえ?」

愚痴を言いながら、モンスターの一体が神社を武器で殴りつける。

「そもそもなんだ、この建物は?」

「さあな。でも妨害しろって言うくらいだし、壊してもいいんじゃないか?」

他二体のモンスターも武器を構え神社を壊そうとする。
そこに――

「やめんかぁっ!!」

ゴンノスケが立ち上がり一番の大声でモンスターを一喝する。

「ゴ、ゴンノスケさん。エレテが起きちゃうから」

「む、すまん。ならアモルくん。エレテ殿を頼む。ワシは――」

ゴンノスケは大きく跳び上がり、モンスターたちの前に着地した。

「――この不敬な輩を成敗してくれる!」

突如、勢いよく現れたゴンノスケにさすがのモンスターたちも怯んだ。

「な、なんだこいつ!?」

「アーマ様の仰った、解呪法を探しに来た奴かもしれん、やるぞ!」

モンスターたちは一斉に、ゴンノスケに向け武器を突きつける。
だがゴンノスケは人間とは思えない怪力でモンスターの武器を受け止め投げ飛ばした。

「こ、こいつ……化け物か!?」

「化け物ではないっ! 男、ゴンノスケ。昔もこの世界に来ても変わらぬ日本男子よ!」

叫びながら振るわれるゴンノスケの拳にモンスターたちは成すすべがなかった。



ゴンノスケがモンスターを退かしている中、アモルたちも追いついてくる。

「ゴンノスケさん……」

「おお、すまなかったなアモル。ワシが運ぶと言っておきながら急に押し付けて」

「いえ、それはいいんですが……」

それよりも聞きたいことがアモルにはあった。もちろん『日本』という単語のことだ。
だがそれを聞く間もなくゴンノスケは神社を調べ始める。

「うーむ。ここまで登ったことがなかったとはいえ、こんなところに神社があったとは……」

「ゴンノスケさん。『ジンジャ』って?」

シオンが初めて聞く言葉のような質問の仕方をする。

(やっぱり……シオンの聞き方的にこの世界に『神社』はないんだ……)

アモルは改めて確信した。
ゴンノスケはこの世界の住人ではないと。

「ん? ああ『神社』とは……ワシの故郷にある神様の……なんて言うのか。家のことだ」

「へえ……」

頷きながら、シオンが急にアモルの方を向く。

「アモル。ラヴにもあったの? 『ジンジャ』」

「え?」

「だって神様の家なんでしょ『ジンジャ』。ラヴも女神様なんでしょ?」

アモルは思い出す。
ラヴはいつも突然現れていたから、アモルはよく考えなくても彼女の家を知らなかった。

(そういえば知らない。それと……)

アモルは神社を改めて見る。

(シオンは普通に神社を知らなかった。ならこの神社は一体……)

「おーい!」

アモルが考えている中、ゴンノスケが呼ぶ声がした。

「ゴンノスケさん? 何かありました?」

シオンが返事をするとゴンノスケは一本の棒のようなものを持ってくる。
アモルもそれは見覚えがあった。

(えっと……名前が分からないけど神社の人がお祓いの時とかに使う棒だ)

「アモルくん。エレテ殿をそこに寝かしてくれないか」

「え? あ、はい」

言われるがまま、アモルはエレテをゴンノスケの前に下ろす。
するとゴンノスケは目を閉じ精神を集中し、棒をエレテの上で振るう。

「我、ゴンノスケが祈り奉る。少女エレテに憑く呪いよ。消え去りたまえ――」

そして大きく目を開いた。

「――喝!!」

ゴンノスケの一喝とともに、エレテの身体から禍々しい何かが消えていくのをアモルは感じた。

「これでエレテは……」

「うむ。呪いが解けているはずだ。しかし……」

ゴンノスケは祓串を見ながら懐かしんだ。

(昔、元の世界で神社や寺の修行に混ぜてもらったのが役に立つとはのう)



エレメント家への帰路、シオンが少し先を歩いているタイミングでアモルは質問しようとした。

「ゴンノスケさんは……」

「む?」

しかし思いとどまる。
自分はここでは現実世界の『護』ではなく『アモル』なのだと。
余計なことを言って混乱させるべきではないと。

「……いえ、なんでもありません。あ、エレテを背負うの変わります」

心の内に秘めたまま、アモルはシオン、ゴンノスケと屋敷に帰っていくのだった。
「う……ん……」

エレメント家の屋敷の一室で、エレテは目を覚ました。

「エレテ」

その時はシオン、フウ、スイの三人ともいたが、シオンが一番最初に気がついた。

「……シオン。私……は……」

「ちょっと待ってて、アモルを呼んでくるから」

シオンが部屋から出ていく。
代わりにスイとフウがエレテに近づき見守りながら優しくエレテを撫でる。

「大丈夫。もう少し休んでれば怪我も落ち着くって」

「……話は、アモルが来てから」

エレテは小さく頷き、布団の上でアモルを待つ。
すぐに屋敷内を走る音がし、部屋の戸が勢いよく開いた。

「エレテ!」

現れたアモルの表情は嬉しさで溢れていた。
エレテは思う。シオンや先輩たち、ラヴがいても関係ない。
アモルは間違いなく自分のことも好いていてくれていることを。

それからエレテは今までのことを語った。
大災厄の後、自分は偶然か奇跡的にか数日で目覚めたこと。
パーティーの時の事を悔いて力を求めたこと。
いろいろ試したがなかなか力は手に入らず、偶然見つけた呪いに手を出したこと。

「でも呪い、解いちゃったんだ……」

エレテは感じていた。呪いの苦しみは確かに消えた。
しかしそれと同時に呪いで手に入れていた力も消えていることに。

「……ごめん」

「アモルくんが謝らなくていいよ。助けてくれたんでしょ?」

エレテは久しぶりに微笑んだ。
ずっと力を求め笑うことなど忘れていた。
だが、アモルの前で昔の微笑みを思い出すことができた。

「……でも、力なくなっちゃったから、戦闘は足手まといになるね」

「そんなことは……」

「そんなことない!」

何と声を掛けようか悩みつつ言おうとしたアモルの後ろから、スイが声をあげた。

「「……スイ先輩?」」

アモルとエレテが同時に呟く。

「エレテちゃんの呪いの力は確かに消えたかもしれないけど、
 力を求めていろいろ調べてきたんでしょ? それはきっと役に立つ」

スイは諭すようにエレテに告げた。
しかし自身は落ち込むように最後に呟く。

「私は、つい先日まで意識が戻ってなかったから……」

「あ……」

エレテは気が付いた。
そうだ、自分は偶然早く目覚めただけで目の前のスイ先輩は先日まで目覚めていなかった。
今ここにいない、ヒノ先輩、アス先輩もどうなっているかわからないと。

「……ごめんなさい」

「ううん。責めたわけじゃないの。ごめんね、こっちも嫌味っぽい言い方で」

二人はお互いに謝り合い、スイはいったん距離を取った。
エレテが再びアモルを向く。

「アモルくん。私の今まで調べてきたことを教える。
 だから……一緒にアーマを倒してほしいの」

「エレテ……もちろん!」

エレテが出した手をアーマは力強く握り頷いた。

「……アーマを倒すことも重要。それもだけどエレテ。ヒノとアスは見てない?」

フウが質問する。しかしエレテは首を横に振った。

「……そう」

「ごめんなさい、フウ先輩。今までは力を求めることしか考えてなかったから……」

力と聞いてスイが気づいたように顔を上げた。

「力! ヒノが目覚めているなら力を上げようとすると思うの!
 エレテちゃん何か力を上げるような場所、心当たりない?」

エレテは考える。
力を求めるために研究してきた場所。

「ヒノ先輩は火属性。ならリート火山かも……」

「リート火山って……」

「はい。火属性魔法の祖であり精霊でもあるイフリートの聖地です」

魔法の四大属性『地水火風』。その内の火を司る精霊イフリート。

「確かにスイ先輩の予想通りなら、ヒノ先輩はリート火山にいるかもしれません。けど……」

「……リート火山は遠い」

フウの言葉に一同、頭を抱えた。

「確実にいるなら飛ばしてでもいきますけど……」

アモルはそう言うもののシオンは。

「いなかったら……ねえ……」

考える一同。
その時、部屋の戸が勢いよく開いた。

「なんだ、皆して。考え事か?」

「ゴンノスケさん。実は――」

アモルは経緯を説明する。
するとゴンノスケは呆け顔で言った。

「む? ヒノとアスの居場所? そのことなら我が愛妻エリスが知っておるが」

「えっ」

「なにを今更。予言者エリスを忘れてどうする」

ゴンノスケ以外の皆、顔を合わせ「あ」となっていた。



予言の間ではエリスが佇んでいた。

「エリスさん。ヒノ先輩とアス先輩の行方を知ってるって聞いたんですが……」

「……」

部屋の奥を見つめるエリスの返事はない。

「エリスさん?」

「……私を」

「え?」

瞬時にアモルたちは恐怖した。部屋の奥を向いているエリスは……。

(怒っている!!)

皆、感じ取った。
ゴンノスケが言うまで予言のことを忘れていたことなど誰の口からも言っていない。
だが既にわかっているのだと。

「エ、エリスさん、落ち着いて……」

「そ、そう。お母さんらしくない……よ?」

アモルとスイがゆっくりエリスに近づく。
瞬間、エリスが素早く振り向いた。

「私らしくない……?」

エリスは急に下を向いた。

「私だって……」

「え?」

「私だってこんな子供っぽい拗ね方、娘たちの前で見せたくはない!
 けど……忘れてるって何! つい先日エレテさんの呪いのこと予言してあげたでしょう!」 

エリスは子供のように喚いた。
以前アモルが見た子供っぽい性格のエリス。悲しくて怒って素が出た感じだろうか。

一方、素を知らないシオン、エレテ、そして娘たちであるフウ、スイも驚きの表情でエリスを見る。

「おお! 我が愛妻エリス。落ち着きたまえ。娘たちも見ているぞ!」

ゴンノスケがエリスを慰める。しばらくエリスは子供のように拗ね続けた。

「びっくりした。お母さん。素が出るとあんな感じなんだ……」

「……わたしも初めて見た。ヒノやアスも知らないと思う……」

「あはは……」

アモルは自分は知っていたことは黙って、苦笑いするしかなかった。



「コホン。……見苦しいところを見せました」

数分後、エリスはいつもの冷静な様子でアモルたちに向き合う。

「い、いえ……」

ゴンノスケに慰められたとはいえ、エリスの変貌っぷりにアモルは改めて驚く。

「ヒノとアスの居場所ですね。もちろん予言済みです。
 ……大切な娘たちのことです。予言してないわけないでしょう」

「お母さん……」

「母様……」

スイとフウは嬉しかった。
今まで予言の間での仕事姿が主で、母親らしさを感じていなかった。
それがちゃんと自分たちを心配しているとわかったから。

「さて、ヒノですが……貴方たちの予想通りです」

「ということは……」

「はい。リート火山です。ですが先にアスを見つけた方がいいかもしれませんね」

「アス先輩を?」

アモルの問いに頷くと、エリスは地図を広げ一点を指した。

「この屋敷からリート火山への途中、世界図書館にアスはいます」

その言葉にエレテが反応する。

「世界図書館なら私も行きましたけど、アス先輩いたんですか……」

「エレテさんが探していたのは力関係だからでしょう。
 アスは別の棚で何か調べものをしているようです」

「調べもの……?」

「賢いアス先輩のことだから、何か重要な調べものかも」

皆で頷き合う。

「じゃあ、ヒノ先輩とアス先輩の行方もわかったし」

アモル、そして皆エリスの方を向いて頭を下げる。

「エリスさん、ありがとうございます! そして……忘れていてすみませんでした!」

「いえ。いいのですよ。ただ……」

エリスは皆を、特にフウとスイを見ながら小さく呟いた。

「ヒノとアスには先程の私の姿、内緒にしてもらいたい……」

そのエリスは顔が真っ赤であった。



「さて、じゃあ行こうか」

アモルが屋敷を出て一歩踏み出した時だった。

「これこれ、歩いていくつもりか?」

エリスが引き留める。

「え? 今までも学園跡にも徒歩でしたけど」

「その時は間に合わなかったからのう。ほれ」

エリスが大きな布を出す。

「こ、これ!」

「……母様。完成したの」

スイとフウが驚きの反応をする。

「うむ。我が夫ゴンノスケの協力もあり先程完成した」

エリスが勢いよく布を広げた。

「伝説の書に記されし移動用道具……『魔法の絨毯』!」

「魔法の絨毯!?」

アモルも驚いた。
てっきりおとぎ話の道具と思っていたからだ。

「きちんと乗れる人数も調整済み。さあ、アモル!」

「はい!」

アモルが先頭に、そして皆順番に絨毯に乗って行く。
皆が乗り終わるとアモルは高らかと宣言した。

「アス先輩と、ヒノ先輩の元へ、出発!」
魔法の絨毯のゆっくりとした速度で、アモルたちは宙を進んでいく。

「そこまですごく速くはないね……」

アモルが小さくぼやくとシオンが笑いながら答える。

「アモルの本気が速すぎるだけ。絨毯、十分速いと思うよ?」

それに同意するように、エレテも、フウ、スイも頷いた。

「それにしてもいつからかな……」

「え?」

「アモルがこんなにすごくなったの」

シオンがじっとアモルを見つめる。

「私、小さいころからずっとアモルと一緒で育ってきた。
 なのにいつからかな。アモルはアモルなんだけど何か変わった気がするの」

「それは……」

それはそのはずだ。今のアモルはアモルだが小さいころのアモルとは間違いなく違う。
ラヴの力で、『アモル』という少年に『護』という少年の人格が混ざったのだから。

(そう考えると、ラヴは『転生』って言ったけど、少し違うのかもしれない……)

考えているアモルの表情を見て、シオンとエレテがアモルを睨む。

「アモル、今……」

「……ラヴちゃんのこと考えてる」

「えっ!?」

何で?と驚くアモルに、横からスイとフウが呟いた。

「アモルくん、前も言ったと思うけど……」

「……結構、アモルの考え、わかりやすい」

女子四人に睨まれ、アモルは後ずさりしようとするが、ここは空飛ぶ絨毯の上、逃げ場はない。

「でも確かに……」

そこでシオンが思い出したように。

「アモルが変わったのとラヴが現れたの、同じ頃だったよね」

そう呟いたおかげで、女子たちの興味はラヴの話に移っていく。

「アモル。ラヴが来た時、言ってたけど……彼女、女神様って本当なの?」

いきなり核心を突く質問。その質問の答えをアモルは正直に答えた。

「女神らしいよ。正確には『女神見習い』って言ってたけど」

その答えを聞いてスイとフウが反応する。

「ラヴちゃんって女神なの!? じゃあ……」

「……母様の予言に会った女神と契約って」

「そう、ラヴの事」

そこまで言ってアモルは言いすぎたことに気がつく。
女神との契約の話が出たということは……。

「お母さんの予言の話が出たから一緒に聞いておくね。
 『異界の記憶』って何? シオンちゃんが言う、アモルくんが変わったことと関係あるんじゃないの」

そう予言の続きの話になるのは明白だ。

「異界の記憶? 何それアモル。初めて聞くけど……」

シオンが明らかに動揺しながら質問する。

「それは……」

アモルもどう言えばいいか答えに窮する。

「アモルくん。学園で出会った私たちにはわからないことだけど、
 これはシオンちゃんにとっても重大な事。ちゃんと話してあげて」

スイはそう言うものの、アモルは答えに悩む。
きちんと正直に話す。それが正しい。だが『幼馴染のシオン』との関係が壊れることをアモルは恐れる。
確かにこの身体にも心にも『アモル』はいる。だがそれでも純粋な『アモル』ではない。
『護』という別世界の異物が混ざっているのは間違いないのだから。

「アモル」

シオンの瞳がしっかりとアモルを見つめる。

「大丈夫。どんな答えでも。確かに私の知ってる昔のアモルから変わった。
 けれど、でも、間違いなく、私が好きなのは今のアモルだから」

その言葉にアモルは顔が赤くなるのを抑えられなかった。
それだけではない、エレテも、スイも、フウも、言ったシオン自身も顔が赤くなっている。

「も、もう! ほら早く話してアモル!」

場の空気感に堪えられず、シオンはアモルに話を急かす。

「う、うん。それじゃあ……」

アモルは皆に打ち明けた。
自分の中には『アモル』だけじゃない。『護』という異世界の人間が混じったこと。
それはラヴが女神の力で、護をこの世界に転生させたから起こったことなどを。

「だから僕はシオンの言う通り、正確には昔のアモルじゃないんだ」

それを聞いてシオンは驚きつつも納得した表情になった。

「そう……なんだね。うん、話してくれてありがとう」

そう言って頷くと、シオンはアモルから顔を逸らした。
納得した表情だったが、それでもやはり思うところはあるだろう。

「それはわかったけど……アモルくんがすごく強い理由はあるの?」

エレテは呪いで力を得ていた。
アモルが強いのにも理由があるのかと思い質問する。

「えっと、それは……」

それこそアモルは答え方に悩む。

(ラヴとの契約、は言っても大丈夫。ただハーレムは言わない方がいいな……)

アモルはただ、「ラヴとの契約で……」と誤魔化そうとした。しかし……。

「……アモル。それだけじゃない」

フウが突っ込んだ。
アモルはドキッとする。また顔に出ていたのだろうかと。

「アモルくん。声にも出やすいね」

スイが少し呆れ気味に呟いた。

「え、えっと……」

もう誤魔化しようがない。アモルは溜息をついて話すことにした。

「……一応言うけど、真面目に話してるからね?」

アモルは淡々と、
ラヴは愛の女神。だから愛がいる。愛が力になる。だからみんなの事が好きだし好かれたい。
と一気に話した。

「――でも」

最後にアモルは切り出す。

「僕のみんなへの気持ちは本物だ。ラヴとの契約とは関係なく……ね」

「アモルくん……」

エレテはアモルの最後の言葉が嬉しかった。
ラヴとの契約だから好き、などと言われていたらエレテでもアモルを殴っていたかもしれない。

「もう隠し事はしないよ。他に聞いておきたいことはある?」

アモルは皆を見回す。
シオンとエレテは納得し終わったように頷いたが、
スイがアモルに質問する。

「お父さんの事なんだけど……」

「ゴンノスケさんの?」

アモルは聞き返したが、これまでの流れでゴンノスケに関わることといえば予測は出来た。

「お父さんも時々、私たちやお母さんが知らない言葉を口にするの。
 これってアモルくんなら何かわかるんじゃないかな?」

やっぱりそれかと思うアモルだが、これこそ回答が難しい。。
ゴンノスケは十中八九、アモル……いや護と同じ世界の住人だ。
先日『日本』という単語を口にしたことからそれは間違いない。

だがそれ以外のことをアモルは当然知らない。
ゴンノスケが自分と同じように転生した存在なのか、
または何らかの理由でこの世界に転移した存在なのか。

「……ゴンノスケさんは何も話してないの?」

「……うん」

「お父さんは誤魔化すだけで何も。お母さんになら何か話してるかもしれないけど」

フウとスイがそう答えると、アモルは首を横に振って言った。

「なんとなく心当たりはあるよ。でもゴンノスケさんが話していないなら、
 僕が勝手に想像して話しちゃいけないことだと思う。
 でも……」

アモルは、スイとフウの肩に手を置いた。

「ゴンノスケさんはきっと先輩たちに話してくれる。そう思いますよ」

満面の笑顔でそう言ったアモルに、スイとフウは見惚れた。

「スイ先輩」

「……フウ先輩」

シオンとエレテが、先輩二人を睨む。

「い、いいじゃない! シオンちゃんだってさっきアモルくんに――」

「わーっ! わーっ! それを蒸し返さないで!」

シオンとスイが二人で押さえ合う。
一方、エレテとフウは……。

「……」

「……」

無言で睨み合っていた。

「あはは……」

アモルは嬉しいながらも、皆を同時に愛し愛される大変さを感じるのだった。
それからまず数日。移動と休みを繰り返し……。

「……アモルくん。見えた、あれが世界図書館」

エレテが指した先、指さなくてもわかるくらいの巨大な建物が見える。
アモルの感覚では学園の巨大さにも引けを取らない。

「あれが……世界図書館……」

アモルも噂では聞いたことがあった。
叡智の宝庫と言われる伝説の図書館。
その広い空間には、人が一生かけても読み切れない本があり、調べてわからないことはないという。
ただ……。

(世界図書館の場所は謎ですぐには見つからないって話だったけど……)

そう考えていたアモルの予想通りとなる出来事が起きる。

「なにっ!?」

「えっ!?」

アモルたちの目の前で巨大な図書館の建物が消えていく。
まだ少し距離があったとはいえ、目の前で見失うような小ささではない。

「消えた……?」

「と、とりあえず建物があった場所まで行こうよ!」

スイの言う通りに空飛ぶ絨毯を建物が見えた場所に近づけるアモル。
絨毯の上からも、降りてから周りを見渡しても、どこにも巨大な図書館が見つからない。

「エ、エレテ。エレテは図書館に来たことがあるって言ってたよね。何かわかる……?」

アモルはゆっくりエレテの方を向き聞くが、エレテは勢いよく首を横に振った。

「し、知らない。私もこんなこと……」

エレテもすごく動揺して、何が起きたかわからない。

「シオン……?」

シオンも首を横に振り。

「スイ先輩……フウ先輩……」

先輩二人もまるで知らないという様子であった。



アモルたちはしばらく近辺を探したが、世界図書館の行方はわからないまま時が過ぎていた。

「どうしよう……」

全員で困り果てる。
そんな中、スイが仕方なさそうに呟いた。

「図書館が見当たらなくてここで止まっててもしょうがないし……
 先にヒノがいるリート火山に向かわない?」

「う~ん……」

アモルにも当然その考えはあった。ただ気になることもある。

「アモル……?」

「いや、エリスさんは、先にアス先輩に会えって言ってたからさ」

「それは位置関係のことじゃないの……?」

アモルも少しだけそう思った。ただその辺り詳しく聞かなかったなことを後悔する。

「……わかった。アス先輩には悪いけど、先にヒノ先輩の方へ向かおう」

そう言うとアモルたちは空飛ぶ絨毯に乗り直し、リート火山の方向へ移動を始める。
しかし少し進んだところで、エレテが声をあげた。

「アモルくん、あれ!」

エレテの声に皆が振り返る。そこには……。

「え、あ、あれ?」

少し離れた位置に巨大な図書館の建物は存在していた。

「い、行こう!」

動揺しつつも再度、絨毯で図書館の建物に向かっていく。が……。

「……あ!」

また少し図書館に近づいたところで、再び建物は幻のように消えてしまう。

「幻……か」

アモルは思いついたことがあった。
それを試すために、精神を集中しながら絨毯をゆっくりと移動させていく。

「……! ここだ」

「えっ、何が?」

皆がアモルに視線を向ける。
アモルは指で絨毯の一角を叩きながら言った。

「ここ。この辺りより向こうから微かに魔力反応が出てる。きっと結界か何かが張ってあるんだ」

アモルは思いついたことがあった。
それを試すために、精神を集中しながら絨毯をゆっくりと移動させていく。

「……! ここだ」

「えっ、何が?」

皆がアモルに視線を向ける。
アモルは指で絨毯の一角を叩きながら言った。

「ここ。この辺りより向こうから微かに魔力反応が出てる。きっと結界か何かが張ってあるんだ」

アモルはエレテのほうを向いて改めて質問する。

「エレテ。ほんとに何でもいいから、エレテが前に来た時と今での違いを言ってほしいんだ」

「え、えっと……。前は一人だった、とかでいいのかな?
 あとは……空を飛んでないから歩いてきた、とか……かな」

(一人か……地上からか……あるいはその両方か)

アモルは絨毯を結界と思われる位置から離す。
予想通り、アモルが魔力を感じた位置から離れると、図書館の建物は見えるようになった。

「本当だ」

「アモルくんの予想通り……」

(となると……)

アモルは皆を見て直感で順番を決めた。

「よし。僕が最初に行って様子を見る。
 その後から時間を空けて、エレテ、フウ先輩、スイ先輩、シオンの順番で図書館に向かってほしい」

そう言ってアモルは一番を歩き出す。
また消えないかと緊張が走るが、魔力を感じた地点を抜けても確かに図書館は残っていた。

(よし!)

アモルは後方を確認する。シオンたちも頷いているのが見える。
そして無事、アモルたちは順番に世界図書館に入ることに成功した。

「ふー。無事についた」

「アモル、どうやって分かったの?」

「予想でしかないけど……」

アモルの考えはこうだ。
エレテが言った違い。一人か複数人か、地上か空か。
そして世界図書館という重要な場所に外からの攻撃対策がしてないとは考えにくい。

「だから、一気に空から攻め込まれないよう地上を、
 しかも大人数で一気に入れないようになっている、と考えたんだ」

「その通りデス」

図書館の受付から無感情な声が響く。
ゆっくりと受付の『それ』はアモルたちの方へ向かってきた。

「……人形?」

受付から来たそれは人間のような姿をしているものの、
動きが人間のそれではなかった。眼も生気がなく、
顔はアモルたちの方を向いているが、どちらに目がいっているかまるでわからない。

「受付さん。お久しぶりです」

エレテが挨拶すると、受付人形は顔を一回転させ思い出したかのように声を出す。

「ああ、貴女はエレテさん。でしたネ」

エレテが頷くと、受付人形も頷く。
そのままエレテが本題に入った。

「受付さん。ここにアス先輩……。じゃなくてアスっていう人が来ていませんか?」

「アスさんですネ。少々お待ちを……」

受付人形の顔がグルグルと回り続ける。
しばらく回った後ピタッと止まり、エレテに向き直った。

「アスさんの場所にご案内しまス」

受付人形が図書館の奥へ向かい始める。
アモルたちも慌ててその後ろについて行く。

移動しながら受付人形は呟いた。

「アナタたちはアスさんとはどのようなご関係デ?」

「あ、私たち姉妹なんです。私とそこのフウはアスと」

スイが受付人形に答えると、人形は再び顔を回転させながら言った。

「姉妹。姉妹デスか。ワタシも昔は同型の姉妹がココでたくさん働いていましタ。
 しかし時が経ち、大半が動かなくなっていきましタ」

「受付さん……」

思いがけない返事に皆困惑する。
この受付は間違いなく人形のはず、なのにアモルが見た人形の横顔は少し寂しそうに見えた。

それからしばらく無言で皆歩き続ける。
数分……数十分……。

「……長い」

ついに小さくアモルの声が漏れた、
建物が広いのは外からでもわかっていた。
しかし広いだけでなく、受付人形は右へ左へ行くのでもはや今どこにいるかもわからない。

「あの……受付さん?」

アモルの声が聞こえたのか、エレテが受付人形に問いかける。
受付人形は無感情の声のまま

「もう少しデス」

とだけ言った。

それからさらに数分が経ち受付人形が止まる。

「こちらデス。今、開放しますネ」

受付人形の前にあるのは特に大きい扉だった。
その扉には『禁止区域』と大きく書いてある。

(『禁止区域』……? アス先輩はここにいるのか?)

どう見ても固く閉ざされている扉。
ここに本当にアスがいるのなら、前に来たエレテがアスと会わなかったのも無理はない。

「開きまス」

その言葉とともに扉が音を立てゆっくりと開いていく。

「ドウゾ」

受付人形は中を指すだけで動かない。

(案内はここまで、ってことかな)

アモルは恐る恐る中へと入る。その後ろに皆続いていく。

中は暗い。
巨大な本棚がわずかに見えるくらいの明かりしかついていない。
本当にこんな暗いところにアスはいるのかと、さすがのアモルも不安になった。

「アモル。あっち……」

暗い中シオンが指した先、他よりも明るい光が見える。

「アスせんぱーい?」

近づきながら小さくアスがいるかと呼びかける。
そこには……。

「スゥー……スゥー……」

本の山に囲まれ居眠りしているアスの姿があった。
「スゥー……スゥー……」

眠っているアスに皆でゆっくり近づく。

「アスせんぱーい」

アモルはアスの耳元で囁く。しかしアスは起きない。

「気持ちよく眠ってますね」

「これだけ気持ちよく寝ていると起こすのが申し訳ないような……」

エレテの言うこともわかると思いつつここまで来た以上はと、アモルは息を吸った。

「アス先輩! 起きてください!」

普通の図書館だったら大声を出さないで下さいと怒られる勢いで、アモルは叫ぶ。
幸いというかどうみても、この部屋にはアモルたち以外の部外者はいなさそうであった。

「うん……? アモルの声? こんなところに……?」

アスは寝ぼけた様子で、ずれていた眼鏡をかけ直す。
そしてアモルと目が合った。

「おはようございます、アス先輩」

「……っ! アモル!?」

アスは珍しく思いっきり動揺した。
勢いよくバタバタと本棚の陰に隠れると、髪や眼鏡、服を整え直し戻ってくる。

「お、おはよう。アモル」

「はい、おはようございます先輩」

アモルは軽く笑いながら返事をする。皆も。

「こ、こらアモル、笑うな! そこ! スイもフウもだ!」

「ご、ごめん。アスもそういうところあるんだなって」

「……うん。アス。そういうの気にしないと思ってた」

スイとフウも珍しいものを見たとばかりに笑い続ける。
アスは流れを断ち切るように咳払いした。

「コホン! で、アモル皆も。ここに何をしに?」

「何って……アス先輩を探しに来たんですよ」

「探しに……ああ」

言われてアスは気が付いた。

「そうか。ここに入ってだいぶ経つから気が付かなかった」

「アス先輩……。一応、聞きますけど、だいぶってどのくらいです?」

アモルはなんとなく予想ができた。

「ボクが目覚めて少ししてからだから……一年半くらいか」

「一年半!?」

皆が驚く中、アモルは呆れてため息をつく。

「それは僕らも見つけれないし、前にここに来たエレテも見つけられないね……」

エレテも頷く。
そもそもエレテもこんな奥の場所、知る由もなかった。

「というか、アス先輩は何故こんなところに? ここ『禁止区域』って書いてありましたけど……」

「うん? そうか、アモルたちはほんとにボクを探しに来ただけなのか」

「そう言ってますけど……」

アスは積んである本を動かし一冊を掘り出す。
『神々の戦争』と表題には書いてある。

「すごそうなタイトルの本ですね」

「読んでみるんだ」

アスに言われるがまま、アモルは『神々の戦争』を読んでいく。
タイトル通り、大昔に神たちの戦争があった、という話だ。
アモルはページを捲る速度を上げだんだん流し読みになっていくが、とあるページで動きを止めた。

「……世界の破滅を目論む『邪神ダーク』は邪精霊『アーマ』をスパイとして送り込み、正の神々を惑わした」

「アーマ!?」

シオンやエレテたちの声が暗い部屋に響く。

「ボクは大災厄から目覚めた後、改めて大災厄の事を知るためにここに入れてもらった。
 そしたらいろいろ興味深い情報が出てきてね」

アスは積んである本を次々と順番に並べていく。

「アモル。時間があるならここに並べた本、全部を読んでほしい」

「全部って……え?」

並べられた本は、どれも現実世界の分厚い辞書のような大きさばかりであった。

「これ……を?」

アスが無言で頷く。

「わ、わかりました。
 本当は急ぎたいんですけどアス先輩が言うなら重要な本なんでしょう?」

覚悟を決め、アモルは順番に本を開き始めた。



寝らずに一日中、アモルは本を読み続けた。
アスが並べた本等は、確かに『禁止区域』にあるにふさわしい内容ばかりであった。

(ここに出てくる『愛と生命の女神』ってラヴより大昔の女神様……ってことだよな。
 そして――)

アモルがとあるページで止まる。
そこに描かれている禍々しい悪魔のような存在。

(邪神ダーク……。数千年に一度、どこかの世界に現れ滅びをもたらす存在。
 邪精霊アーマを使い、世界に災厄を起こし滅ぼそうとする……か)

アモルの脳内に自分を騙した女の姿が浮かぶ。
大災厄を起こし、今なお学園跡でラヴを捕えて待つ存在を。

(……ということは、学園跡で感じたアーマよりも禍々しい気配。まさか邪神ダークなのか……?)

あのアーマと本に載っている存在が同一人物ならありえる話である。

(ただ、あそこに邪神ダークがいるなら何故出てこない?
 大災厄は起きた。邪神ダークが本当にいるならとっくにこの世界は滅ぼされてもおかしくないはず)

その答えも本が知っていた。

「……邪神ダークは以前の戦いで、コガネ神の命と引き換えに力の大半を失った。
 コガネ神は命を失った今も黄金の森となり世界を見守っている!」

アモルは、ゴンノスケとともに向かった黄金色の森を思い出す。
そういえばあそこには神社もあった。あそこは昔はコガネ神を祀るためのものだったのかもしれない。

そして……。

「まさか一日で読み終わるとはね……」

今度はアスが呆れていた。
確かに調べる必要があったアス自身と違い、アモルの読む本は決まっていた。
だがそれでももう少し日にちが掛かるような本の大きさと冊数ではあった。

「じゃあ次にするべきこともわかったね?」

「ええ、でもまずはヒノ先輩を見つけてからです」

それを聞きアスは今更、人数を見た。

「ああ、ヒノはまだ見つかっていなかったのか」

「気づいてなかったんですか?」

「暗いし、寝起きだったからね……」

起きてから一日経った、とはアモル言わなかった。



『禁止区域』の扉を開け、元の図書館に戻ったところで、全員が気がついた。

「アモル……」

「うん。焦げ臭いし……」

現在地からもわかった。静かだった図書館が騒がしい。

「み、皆様。お戻りになられたのデスね!」

受付人形が無表情ながら慌てた様子で向かってくる。

「何があった――」

質問しようとした時だった。受付人形が吹っ飛ばされる。
受付人形の後方にモンスターが現れたのだ。

「受付さん!」

エレテが心配するが、飛ばされた受付人形は無事着地する。

「だ、大丈夫デス。それよりもモンスターを」

「わかってる!」

アモルがモンスターに突撃しながら叫んだ。

「シオン、フウ先輩は僕に続いて! エレテ、スイ先輩、アス先輩は消火を!」

皆頷きそれぞれ飛び出していく。
モンスターは数も多いがそれよりもアモルたちに困ったことがあった。

(広すぎてどこまでモンスターが入り込んでいるかわかりづらい……!)

モンスターを倒してもまた遠くにモンスターが現れる。
消火をしてもまた別の位置が燃えている。
このままでは埒があかない。その時。

「皆様、聞こえマスか。緊急事態デス。これより一分後、緊急モードを起動させます」

「緊急モード?」

質問したいが肝心の受付人形は近くにはいない。

「緊急モード起動後、しばらく皆様は退出できなくなりマス。お急ぎの方は急ぎ退出を」

「えっ!?」

それは困る。今出れないと、アモルたちはヒノのところへ向かうのが遅くなってしまう。

「アモル。こっちだ!」

「アス先輩!?」

アスがエレテ、スイとともに戻ってくる。
そしてそのまま付いてくるようにと走り出した。

「アス先輩。どっちへ!?」

「出口に決まっているだろう」

アモルはアスについて行きながら質問した。

「出口、わかるんですか!?」

「キミたちも案内されたんだろう」

「あんな道、覚えられませんよ!」

本当に覚えているのかと考えながら走っていると、確かに出口が見えてきた。

「合ってた!?」

「キミはボクの記憶力を信じてなかったのか?」

そう言って皆、世界図書館から脱出できた。
それとほぼ同時だった。

「緊急モード、起動シマス!」

図書館の扉が閉まる。窓も何もかもが封鎖される。そして……。

「世界図書館が……」

「地中へ沈んでいく……」

確かに地中に沈めば、もうモンスターは入ってこない。
ただ、もしも取り残されたら、中で人は生きていけるのだろうかとアモルは思った。
「あらー。脱出してきたのね」

アモルたちの上空から、妖しい声が響きわたる。

「この声は……」

「アーマ!」

上空からアーマが見下ろしていた。

「久しぶりね。そうでもないかしら?」

アーマは見下ろしながら、アスに気が付いた。

「あら~。アスちゃんもいる」

「……悪いかな」

アスも眼鏡を光らせアーマを睨み返した。

「そうねえ。私にとっては悪いわねえ。
 ヒノちゃんまで戻ってくるとエレメント家の四姉妹が戻るし……
 それは面倒ねえ」

それでも余裕そうに見えるアーマに、アモルは言った。

「エレメント家の四属性がかつてのお前を滅ぼしたから」

「!?」

アモルの言葉にアーマは珍しく大きく反応した。

「な、何故それを……」

「何故って……それが知られるのを恐れて、こうして世界図書館を攻撃したんだろ?」

アーマはそれを聞き、すぐに自分が優位と言いたげな表情に戻る。

「フフ、そうよ。エレメント家からこっちに来ないと思ったら世界図書館に向かってるんですもの。
 でも昔から結界の越え方がわからなかった」

そして高笑いする。

「そしたら丁寧にアモルくんたちが攻略してくれるんですもの。こんなに笑える事はないわ!」

だがアモルの表情は崩れない。

「確かにそこは僕たちのミスだ。結果、図書館にモンスターが入り込んでしまった。けど……」

アモルが後方の、図書館があった方を指す。

「図書館がこうなること。そして僕が情報を知ってしまったことは痛手じゃないかな?」

「くっ……」

アーマの顔が怒りの表情になっていく。

「なら……ここで貴方をやればいいだけの事よ。アモルくん!」

アーマが怒りのまま大鎌を取り出し突撃してくる。
アモルも戦闘態勢を取ろうとして、アスが前に出た。

「アス先輩……?」

「アモル。ここはボクに任せてくれないか?」

以前だったら断るところだったが、アモルはアスの自信ありげな表情を信じることにし大きく頷いた。

「よし」

アスが杖を構える。だが既にアーマは接近している。

「遅い!」

アーマの大鎌がアスに振り下ろされ……なかった。

「こ、これは!?」

地面から生えた巨大な岩の手がアーマの大鎌を掴み、アスへの攻撃を防いでいた。

「いでよ、大地に宿る岩の意思……『ゴーレム』!」

アスの目の前、アーマの真下の地面が大きく膨らんでいく。
地面が割れ岩の化身『ゴーレム』が出現する!

「精霊召喚だと!?」

アーマは驚きながら、ゴーレムの巨腕に掴まれ投げ飛ばされた。

「今の内だ、アモル!」

「はい!」

アモルはすぐに魔法の絨毯を広げると皆を乗せ飛び立つ。
アーマが追おうとするが巨大なゴーレムが行く手を塞ぎ通さない。

「くっ……おのれ……!」

アーマは目の前のゴーレムを壊すまで戦うしかなかった。



絨毯の速度は一定なので変わらずゆっくりと進んでいく。

「でもアス。いつの間に精霊召喚なんて覚えたの?」

「……そう。ずっと図書館にいたって言ってた」

スイとフウがアスを睨む。
属性が違えどずっと同じくらいの実力と思っていた姉妹がいきなり大技を使えるようになっていたらこうもなろう。

「いつって……図書館の本の中にあったから習得しただけだが」

サラッと言うアスに、スイとフウが掴みかかった。

「ずーるーいー! 教えてよー!」

「……教えろー」

掴まれ揺らされ続けるアスはついに折れて

「わかったわかった。ヒノが見つかってからね」

と首を揺らし続けた。

それからしばらくかかったが、リート火山には無事何事もなくついた。

「ついた……けど……」

「あっつい!」

まだ火山の麓にも拘わらず、尋常じゃない暑さであった。

「スイ先輩、水魔法は……?」

アモルが水を求め冗談半分でスイに聞く。
しかしスイもきつそうにしながら。

「すぐぬるま湯になっちゃうよ?」

とだけ返した。

「本当にヒノはここにいるのか?」

アスが一見冷静そうな表情で呟く。しかし顔は汗だくであった。

「エリスさんが言ったので間違いはないと思いますけど……」

そう言いながら先に進んでいくアモルの前に看板が見えた。

「看板だけど……」

「左って書いてあるけど……」

「あまり綺麗じゃないね……」

アモル、シオン、エレテがそれぞれ突っ込む。
しかしそれを見て姉妹たちが「あーっ」と叫んだ。

「その汚い字!」

「……間違いない」

「ヒノの字だ」

「そ、そうなんですか……」

それから少し歩くごとに、雑な看板が置いてあり、アモルたちを案内する。
そしてついに洞窟のような穴を見つけた。

「ここみたいだ」

「そうだけど……」

火山内ということもあり、熱気がさらに増していた。
ここに入るのは骨が折れる。

「けど……行くしかない」

アモルは覚悟を決め一歩一歩洞窟へと入っていく。

「……」

暑さもありアモルたちは無言のまま洞窟内を進んでいく。
所々に溶岩が見え、とても人が入って持つ場所ではない。

「……っ。あ、あれ」

道を抜け、他より広い一角に出たアモルたち。そこには……。

「ヒ、ヒノ先輩!」

奥に見える滝でヒノが滝に打たれていた。

「ん?」

声に気づいたようにヒノが目を開ける。

「おお! アモルじゃねえか! それにみんなも!」

ヒノが水から上がってくる。

「っていうかみんな揃ってるってことは、オレが最後かよ!」

「いや普通、火山にいるなんて思いません……」

アモルは暑さで乾いた声で突っ込む。

「ああ、アモル、みんなも。水が欲しいならそっちのを飲むといいぜ」

ヒノが指した先に確かに水が湧き出ている場所がある。

「でもこれ熱いんじゃ……」

「いいから!」

ヒノが背中を勢いよく叩いたので、アモルは水に突っ込んだ。

「って冷たい!?」

「何故かわかんねえけど、ここで唯一冷たい水だ。たっぷり飲めよ」

言われるまでもなく、皆一気に水を飲む。

「ぷはぁ。生き返るー!」

「ふむ。火山のこんな位置でこれほど冷たい水が出るとは……?」

スイが水を楽しみ、アスは何故?と疑問に思う。

「ところでヒノ先輩はもしかして……」

「おう! ここで修業してたんだ!」

ヒノがグッと指を上げる。

「成果はバッチリみたいですね」

「まあな! 外に出たら見せてやるよ!」

「帰りがまた大変ですけどね……」

また溶岩だらけの洞窟内を戻ると考えると、アモルはやる気を失いそうになる。

「心配すんな! 帰りは楽だぜ!」

こっちだ、とヒノが案内する。
そこは先程ヒノが打たれていた滝であった。

「みんな! 早く入れよ!」

「えっ、このまま?」

ヒノは先程打たれていた時もそうだが、服のまま滝へ入っていく。
仕方なく、アモルや皆もそのまま滝の流れる水に入った。

「よし、みんな入ったな。息を吸っておけよ」

そう言うとヒノは滝の中にある何かを押した。

「え?」

突然、床が開き、アモルたちは流されるように落ちていく。

「なにー!?」

「ははっ、おもしれーだろ!」

その流れていく様は、現実世界のウォータースライダーがこんな感じなんだろうなとアモルは思いながら流れていく。

しばらく流れるとひとつの水溜りに流れ落ちる。
その水はちょうどいいくらいの暖かさだ。すぐにアモルは気づいた。

「温泉だ!」

アモルの言葉に皆それぞれ反応する。

「温泉? これが……?」

「聞いたことがあるよ。地中から湧く暑いお湯。それの気持ちよいくらいの温度があるって」

「へー、これ温泉って言うのか」

「気持ちいいね」

それからしばらく、皆、服のまま温泉を満喫するのであった。
「ふあー! 気持ちよかったあ!」

「……温泉。いい……」

皆それぞれホカホカになりながら温泉から上がってくる。

「でさ、ヒノ先輩。修行の成果って?」

「おう! ……ちょうどよく相手が来たみたいだぞ」

ヒノもアモルも気づいた。この気配は間違いなく。

「こんな暑いところにいたのね……」

またしてもアーマが飛んできた。
しかしさすがのアーマも暑さの影響か、いつもより覇気がない。

「よー、あの時は世話になったな」

「……っ。ついにヒノちゃんまで合流しちゃったのね」

アーマは苛ついていた。
ついにヒノまで合流していたこと。それもある。
だがそれだけではなかった。

(結局、あのゴーレムを倒すのにあの方の手を煩わせてしまった……)

そう、アスが呼び出したゴーレムはかなりの時間アーマを足止めした。
結果、アーマ、いやアーマの主が手を出したのだった。

(これ以上、あの方に迷惑はかけられない)

アーマは大鎌を展開する。そしてさらに……。

「出なさい、下僕たち!」

合図を送ると、大量のモンスターがアモルたちの周りを囲んだ。

「これは……」

「この下僕たちの数! そして私がいれば! もうあの方に迷惑はかけない!」

アーマの突撃に合わせるように、モンスターたちもアモルたちに押し寄せていく。

「へっ! まさにオレの見せ場だな!」

ヒノが杖を構える。魔力が集まっていく。
アモルとアスはすぐに気づいた。

「これは……」

「まさか!」

アスの驚きも当然だった。
ヒノがやろうとしていることは……。

「来てくれよ! イフリート!」

ヒノと皆を守るように炎が展開される。
そしてヒノの上空から火の精霊イフリートが降臨した。

「精霊召喚!」

「しかも火の精霊イフリート!?」

アスが以前呼んだ『ゴーレム』も、岩の精霊として上位の精霊だ。
しかしイフリートは四大属性の火を司る大精霊である。

「イフリート、ですって!?」

アーマも驚き動きが止まる。
だがすぐにモンスターたちに告げた。

「退きなさい! 下僕たち! 焼き殺されますよ!」

だが間に合わない。
集結しすぎたモンスターたちは勢いがありすぎて急に止まれない。

「いくぞ」

イフリートの炎が周りを焼き尽くす。
アモルたちの周りに近づいていたモンスターたちは皆、灰も残らぬほどの威力に消滅した。

「す、すごい……」

アモルたちも驚きで動けない。
周りにいたモンスターを全滅させたこともだが、
それでいて、アモルたちにはまるで熱さを感じさせなかったこともだ。

「どうだ、アモル! オレの力、すげーだろ!」

「ヒノよ、我の力だ」

ヒノが杖を掲げながら喜ぶと、イフリートが友人のように突っ込みをいれる。
まるで、長年の戦友のように。

「さて」

イフリートの巨体がアーマに向いた。

「久しいな、アーマよ」

「!」

イフリートの声に、呆然状態だったアーマが反応する。

「この程度で唖然とするとは……貴様本当にアーマか?
 昔の貴様は下僕のモンスターなど、使い捨ての物のように扱っていたろうに」

「だ、黙れ、イフリート!
 貴様こそ何故そこの小娘、ヒノに召喚されている!?」

アーマだけでなく、皆が聞きたかったことだった。

「何をおかしなことを聞く。
 我々が召喚される。それは契約したからだが?」

「っ……! そういう意味じゃない!
 何故小娘と契約していると聞いている!」

その問いにヒノが答えた。

「ここで修行してたら仲良くなったからだよ、悪いか!
 あと、小娘って呼ぶんじゃねー!」

その回答にアーマはさらに驚く。

「仲良くなったから……だと?」

アーマは苛立ちながら大鎌を構え、ヒノに突撃する。

「ふざけるな! そんなあっさりと大精霊と契約できるなど!」

それにはアスやスイ、フウも同意したが黙っておく。

「させぬ」

イフリートがアーマの大鎌を受け止める。 

「ぐっ!」

「ぬう!」

巨体のイフリートだが、アーマの実力もすごいもの。
大鎌を抑えるのにイフリートも久方ぶりに力を込めた。 
 
「なるほど、力は衰えてないらしい」

「貴様も! 小娘との契約とのわりには変わらぬ怪力を!」
 
イフリートはアーマの大鎌を押さえながらヒノを見て、すぐにアーマをの方に視線を戻す。

「忘れたかアーマよ。我ら精霊との契約の力はただ魔力で決まるのではない。
 契約者との意思疎通、相性で決まる。それで言えば我とヒノの相性は――」

イフリートが片手でアーマの大鎌を押さえこむ。

「――最高クラスだ!」

イフリートの炎の鉄拳がアーマに直撃した。

「がはっ!?」

イフリートの一撃を受けアーマは火山地帯から大きく吹き飛ばされていく。
 
「す、すごい……」
 
アモルたちは皆、吹き飛んでいったアーマの方向と、イフリートを交互に見る。
 
「……これじゃあ、前回、ゴーレムを呼んだボクの立場がないじゃないか」

冷静なアスが珍しく不貞腐れたような表情でヒノを睨む。 
 
「……そこのヒノの姉妹よ。ゴーレムも気難しい精霊。呼び出せるのはすごいことだ。誇るがいい」

「だってよ?」

イフリートとヒノがアスを見て微笑んだ。

「で、でも、これなら……」

シオンとエレテが割って入り、アスとヒノ、イフリートを見る。

「アス先輩とゴーレム、ヒノ先輩とイフリート。
 アーマも吹き飛ばせるくらいなら――」
 
「今ならラヴを救出できるかもしれない!」

アモルもイフリートを見上げ、希望の目を向ける。
だがすぐに、イフリートは巨体の首を横に振った。
 
「ど、どうして!?」

「アモル……と言ったか。我の力を頼りにしてくれるのはありがたい。
 だが我やゴーレムだけでは不可能だ。あそこにいる奴にはな」

「邪神ダークは……そこまで……?」
 
「知っていたか」

イフリートは学園跡の方角の闇を見る。

「邪神ダーク。過去の戦いでコガネ神により力の大半を封印された。それは知っているか?」

「ええ、図書館の本で」

「だがな。その力の大半を封印されていてもなお、
 過去の戦いでは我らをも上回る力を奴は持っていたのだ」
 
「で、でも、それじゃあどうやって昔は、邪神ダークを倒したんですか!?」

その問いに、イフリートはアモルを見下ろすと一言。

「わからん」

とだけ呟いた。
 
「わからん」

イフリートのその一言に、周り皆、固まった。

「な、何でわからないんですか?」

アモルが聞き返すと、イフリートは腕を組み目を瞑る。

「アモルよ。我々、精霊は普段精霊界というところにいる」

「……? はい、習いました。精霊界にいるのを契約で呼び出せるようにするって」

「そうだ。つまり契約者がいなくなると我らはこの地にはいなくなる。わかるな?」

「……! じゃあ、邪神ダークがどうなったか知らないのは……」

「そう、契約者は敗れ我は精霊界に戻っていたからだ」
 
イフリートの協力で戦力に大幅な増加が見えたところでのイフリートの情報にアモルたちは暗くなる。
それに気づき、イフリートが続けた。
 
「だが……」

「……なにかあるんですか!?」
 
「あの時の戦いは、我だけでなく他の大精霊もいた。
 水のウンディーネ、地のタイタン、風のシルフィード。
 絶対とは言えんが、あいつらならばあの時にダークがどうなったかを知っているかもしれん」

「じゃあ、次の目的は……」

 イフリートが頷く。

「我とヒノが契約したように、残る姉妹たち、スイ、フウ、アス、だったな?
 お前たちも大精霊と契約を交わすのだ」
 
「わたしたちが……」

「大精霊と……」

「契約……」

スイ、フウ、アスが顔を見合わせる。
 
 「で、できるかな?」

戸惑うスイ。

「……わからない」

フウも緊張している。
だがアスはというと……。

「そうだね! ヒノが! 勉強が一番苦手なヒノが、大精霊と契約したのに!
 ボクたちが契約できないわけがない!」

よほど自身の召喚術を上回られたのが悔しいのか、アスは熱く叫んだ。
それを聞くと、スイとフウも……。

「そうだね、ヒノだけに負けてられない!」

「……うん!」

姉妹のうち三人が結束の握手をする。

「……そんなにオレが先を越したの悔しいか?」

一人寂しく、ヒノはイフリートの下で呟いた。 
 


「……ハッ!?」
 
何もない闇の空間。そこでアーマは目を覚ました。

「目が覚めたか。アーマよ」

闇の奥から響く声。

「ダ、ダーク様……」
 
アーマは立ち上がり、ダークに頭を下げようとした。

「よい。あそこでイフリートが出てくるとはワシにも想定外であった」

「はっ……」

イフリートに吹き飛ばされたことを責められると思っていたアーマは内心ほっとした。
 
「だが奴ら……。エレメント家の姉妹たちは他の大精霊とも契約を結ぼうとしている様子。アーマよ」

「はっ! 契約が結ばれる前に、今度こそ奴らを排除してみせます!」
 
そう宣言し、アーマは闇の空間から消える。
残るは何もない闇の空間のみ。そこにダークの声のみが響く。

「アーマをここまで退かせるとは。イフリートの力もあろうが……」

闇の空間にエレメント四姉妹、エレテ、シオン、そしてアモルが映る。

「アモル……か。この小僧こそ、ワシが一番警戒すべき者かもしれん。ならば……」
 
闇の空間に、捕らえられたラヴが出現する。
 
「女神見習い……ラヴだったか。 愛と生命の女神はワシに加担する気になったか?」

「……誰が、アンタなんかに……!」

「……」

闇の空間にダークの吐息が響く。それを合図とするかのように、ラヴに闇の稲妻が落ちる。

「う、うああああっ!?」

「女神も非情よな。見習いが苦しんでいるにも関わらず、無言を貫くとは」

(……アモル)
 
稲妻の威力にラヴは気を失う。
気を失う直前も、ラヴはただアモルのことを考えていた。


 
「ラヴ!?」

直感的にアモルは空を見上げていた。 
 
「アモル?」

「アモルくん、どうしました?」
 
エレメント家の屋敷に入ろうとしていた、シオンとエレテがアモルの方に向き直る。

「い、いや。なんでもないよ。入ろう」

アモルたちは、ヒノが戻ってきて姉妹が揃ったこともあり、一度エレメント家に戻ってきていた。
休息と、他の大精霊の場所を知るためでもあった。
 
「うおおおおん! 我が娘たち、皆無事でよかったぞおおおお!」
 
四姉妹はさっそく、父、ゴンノスケの巨腕に抱きしめられている。

「さ、先に、エリスさんの所に行ってるね」
 
アモルは四姉妹とゴンノスケの様子に苦笑いを浮かべつつ、屋敷の奥へ逃げる。

「アモル。娘たちに案内されずによくここまで来れました」
 
「あれ、そういえば」

屋敷の奥、エリスの部屋にはいつも姉妹に案内されないと道がわからなかった。
それが今日はささっとエリスの部屋までたどり着いていた。
 
「ここに迷わず来れるなら、将来、屋敷の主になれますね?」

「はは、冗談を……」
 
屋敷の主になる。
それはエレメント家の誰かに嫁ぐということで、アモルは少し恥ずかしくなった。

「そ、それより。もうその話し方、やめてもいいんじゃないですか。
 スイ先輩やフウ先輩にも、この前、素を知られたじゃないですか」

「いえ、まだヒノとアスには見られていません。
 それにこの話し方は予言者としての威厳のためです」

エリスは、ヒノとアスが来ていないことを確認し、さらに姿勢服装を整える。 

(ヒノ先輩とアス先輩には、もうスイ先輩とフウ先輩が喋ってるんだけどね)
 
アモルは内心笑った。

「なんですアモル。笑みが漏れていますよ」

「いえ、なんでも。それより……」

アモルが言葉を言い終わる前に、エリスは札を取り出していた。

「もう出ておる。大精霊の場所。三体とも」
 
エリスは一枚ずつ札を置き始めた。

「水の大精霊ウンディーネ。大滝の壺に」

「地の大精霊タイタン。荒野の大岩に」

「風の大精霊シルフィード。森の澄み渡る風に」
 
そう言って、置いた札をアモルに改めて差し出した。
 
「この札は?」

「持っていきなさい。精霊との契約の際、役に立つでしょう」

アモルは頷くと、三枚の札を懐にしまう。

「それと、ヒノにはこちらの札を渡しなさい」

エリスはさらに一枚、赤い札を取り出す。

「こっちは?」

「ヒノ……いえ、イフリートが見ればわかるでしょう」

エリスは赤い札もアモルに渡すと、ゆっくりと座り直した。

「ふう。少し疲れました。アモル、戻ってよいですよ」

「はい、ありがとうございました。エリスさん」

アモルがエリスの部屋を出ると、廊下から四姉妹が駆けてきた。

「あーっ! もう話終わっちまったかぁ」

「残念。スイとフウが言ってた母様の素を見たかったのに」
 
その様子を見てアモルは思う。
ゴンノスケが四姉妹を抱いていたのは、エリスのために押さえていたのではないかと。
 
「まあいい。で、アモル。大精霊の話は聞けたのか?」

「もちろん、皆にも話すよ。戻ろう」

アモルは、いまだにエリスの部屋に入ろうとしているヒノを抑えつつ、屋敷の居間に戻っていくのであった。

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