ラヴファンタジッ!

「あの子、アーマだっけ? よくわからないけど、絶対何かある!
お願い、アモル。わたしの言うことを信じて!」

保健室でラヴが、アモルに必死に訴えかける。
アモルもさすがに、ラヴの必死さに心が動くが……。

「わかった、わかったけどさ、ラヴ。
今からここを追い出すなんて、それはそれで酷くない?」

学園に連れてきたのはアモル自身だ。
それをいきなり追い出すのは当然ためらわれる。

「……そうね。アモルの言うこともわかるわ。なら!」

ラヴがアモルにビシッと指差した。

「アモル、ちゃんとあの子を見張ってて! わたしも協力するから!」

「う、うん」

「これは妥協だからね! 本当は追い出したいんだから!」

そう言うとラヴはベッドに横になった。
少しすると寝息が聞こえてくる。
それを確認するとアモルはアーマやシオンたちの所へ戻るため駆け足で行く。

(でも、ラヴがあそこまで気にするなんて、アーマ、彼女は一体……)

校舎近くで待機しているアーマを見ながら、アモルは冷や汗をかいていた。



だがそれからしばらく、ラヴの不安もアモルの心配も杞憂なほど、何も起きなかった。
アーマは、アモルの説得で学園側が入学を許可し、アモルと同じクラスになった。
モンスターの襲来での休校も無事に解除され、アモルたちはまたいつもの日常を過ごしていた。

「ねえ、アモルくん。ここ教えてくれな~い?」

「ちょっと、アーマ! アモルに変な近づき方しないで!」

「そ、そう! そういうの良くない……!」

アモルに近づくアーマと、それを止めるシオンとエレテ。
それを少し離れた所から睨むラヴ。と、さらに離れた場所から見つめる4属性姉妹。
一見、平和な時間が過ぎているように見えた。

そんな中、アモルたちの学園の長期休日が近づいてきた。
学園から離れ実家に帰ることもできる長期休日。
アモルとシオンも家に帰ることになっていた。

「そうですか。アモルくんとシオンも帰るんですね」

エレテは学園に残る組なので、少し寂しそうにする。
そんな時、アーマがある提案をした。

「ねえ、じゃあ休日前にみんなでパーティーしない?」

「パーティーを?」

アーマの提案にアモルが反応する。

「そう! 皆でパーティーをして長期休日前を盛り上げるの!」

「それは……」

アモルはラヴをちらっと見る。
ラヴはアモルに近づくと小声で囁いた。

「わたしも彼女を見張ってるから、アモルも油断しないならいいよ」

「そう? なら、アーマ。シオン、エレテも。パーティーする?」

「する!」

「……したい」

シオンとエレテが頷く。と、いきなり教室の扉が開き。

「オレ等も参加していいか!?」

「いいよね、アモルくん!」

「……パーティー参加」

「混ざっても構わないかな」

4姉妹が雪崩れ込んできた。

「先輩たちも……。まあ、いいですけど」

「ありがとう!」

そして長期休日の前日にパーティーが行われることになった。



パーティー前日、調理室。
調理室では女子たちが、パーティーのために料理やお菓子を作っていた。
4姉妹たち、ラヴはシオンと。そしてアーマはエレテと協力して料理をしている。
ラヴは時々、アーマの方を確認しながらも、基本的には料理に集中していた。
ラヴもシオンもエレテも4姉妹も、それぞれがアモルのために。

「エレテちゃん、これちょっと味薄くない?」

「え、そ、そうですか?」

味見をするアーマがエレテに呟く。
エレテは別の料理に取り掛かっていたので、アーマの方を見れずに言った。

「じゃ、じゃあ砂糖をスプーン一杯だけ足してもらっていいですか?」

「ん、わかった」

アーマは言われた通りに、砂糖を少しだけ足していった。

「ところで……」

砂糖を足したアーマがエレテの耳元で囁く。

「みんなもそうだけど、この真剣さ……。やっぱりエレテちゃんもアモルくんが好きなの?」

「……! ケホッケホッ! な、なんですか急に」

「こらこら。大声出すと他に聞こえちゃうよ?」

大人のお姉さん的対応で、アーマはそっと指でエレテの口を押える。

「そ、それは……。でもラヴちゃんやシオンちゃんがいるし……」

「フフ、関係ないわ。自分の思いが全てよ」

まるで大人の女性のような対応にエレテは思わず「は、はい」と頷いていた。



翌日のパーティーは大きな盛り上がりをみせていた。
お酒……は飲めないので皆ジュースで乾杯し、作ってきた料理を摘まむ。

「おらー、アモル飲め飲め!」

「飲んでますよ、 ヒノ先輩!」

「どう~、アモルくん楽しんでる~」

「楽しんでますけど、なんでスイ先輩酔ってるみたいになってるんですか!」

「……美味しい」

「フウ先輩も飲んでますね!」

「アモル。そんなに大声を出さなくてもいい……ヒック」

「アス先輩まで何で酔ってるみたいなんですか!」

「ねえ……アモル。わたしのこと好き~?」

「シ、シオンまで酔ってるの?」

「ね、ねえ、アモルくん。これ食べて?」

「エ、エレテ? 頂きます。……美味しい!」

「! よ、よかった」

皆それぞれ盛り上がり、アモルは油断していた。
ラヴとアーマがその場にいないのに気づかないほど……



学園校舎裏でラヴとアーマが対峙する。

「ラヴちゃん、こんなところに私を呼び出してどうしたんですかあ?
今頃、アモルくんも皆も料理食べ始めてますよ?」

茶化すように言うアーマだが、ラヴの表情は真剣そのものだった。

「アーマ。貴女はいったい何者なの?」

「何者って……アモルくんに助けられた一人の家出少女ですけど?」

「そんなわけない!」

ラヴの怒声が校舎裏に響く。

「みんなは感じてないみたいだけどわたしにはわかる。
貴女の奥にある禍々しい魔力。それは一体なんなの?」

「……」

アーマはその質問に少し間を置くと、口元を釣り上げた。

「さすが、見習いでも女神様は誤魔化せないわね」

アーマの声が突如、大人めいた女性の声に変る。
ラヴはとっさに臨戦態勢をとった。

「フフ……可愛い女神様。でもそんな構えじゃあ……」

アーマが指を鳴らす。突如現れた魔法陣がラヴを囲んだ。

「これは? うあっ!?」

「フフ、しばらくおとなしくしてて頂戴ね。ラヴちゃん?」

魔法陣に身動きを封じられたラヴ。
それを見るとアーマは高笑いしながら消えていく。
パーティー会場は静けさに包まれていた。
皆、飲み食いが終わり、それぞれ眠ってしまっていたからだ。

「う……ん……?」

そんな中、アモルがいち早く目を覚ますと気がつく。

「……やけに暗いな……? それに外が騒がしい?」

アモルは皆を起こす前に窓から様子を見る。

「……な」

そこは地獄のような光景だった。

モンスターの群れが生徒を襲い、対抗しようとした教師もやられていく。
魔法によるものか、嵐が校舎を襲い生徒たちを薙ぎ払っていく。

「み、みんな、起きて!」

アモルは皆を揺すり起こすが、皆、なかなか目を覚まさない。

(……おかしい。ボクも頭がくらくらする。眠り薬でも入れられたみたいな……)

頭が上手く回らない中、なんとか皆起き上がり、外の光景に恐怖する。

「な、なんだよ、これ……」

「この前のモンスター襲撃よりも多い……」

「……これは」

「本当に『大災厄』……」

4姉妹が以前の出来事に恐怖する。

「ア、アモル……」

「アモルくん……」

そしてシオン、エレテも恐怖でアモルに抱き着いた。

「二人とも、先輩たちも。まずは避難しましょう。ここにいつ来るかも――」

そこでアモルは気づいた。

「ラヴは? アーマもいない……?」

周りを見渡すが、シオンとエレテ、4姉妹以外誰もいない。

「アモル、あれ!」

シオンが空を指す。
禍々しい色の空の一角に魔法陣に磔にされたラヴの姿が見えた。

「ラヴ!」

アモルは皆を置き、窓から飛び出す。

「あ、待って、アモル!」

シオンたちも駆け出した。



校舎の屋上にアモルがたどり着く。
そこには磔のラヴ。そしてその前には……。

「あら、よく来たわね。ボーヤ?」

「誰だあなたは!」

そこには黒の装束を着た謎の女性がおり、ラヴの前に陣取っていた。

「あー、この姿だとわからないわよね。じゃあ――」

女が指を鳴らすと、瞬時に姿が小さくなる。

「これならわかるでしょ? アモルくん?」

「アー……マ?」

小さくなってアモルの前に立つのは、紛れもなくアーマであった。

「ア、アーマちゃん!?」

「アーマ…ちゃん?」

追いついてきたシオンとエレテも驚きを隠せない。
大人の女性が目の前で、少し前に仲良くなった少女に変貌したからだ。

「アモル、今のアーマからは……」

「アス先輩……わかっています。今のアーマからは禍々しさしかない」

アモルは覚悟を決め臨戦態勢で前に出る。
その後ろに4姉妹も立ち、シオンとエレテも覚悟を決める。

「あら、みんなして怖い怖い。ですが……」

アーマが再び指を鳴らす。

「今度は何を……うっ!?」

アモルが急に前のめりになる。
アモルだけでない。4姉妹もシオンとエレテも。

「これは……いったい……?」

「知りたいですか?」

アーマが懐からひとつの小瓶を取り出した。

「これは……まあ簡単に言うと、あなたたちを眠らせた薬です。
ですが眠らせるだけではありません。時限式であなたたちの力を弱める効果もあるのです」

「まさか……パーティーの料理に……?」

「ええ、そうです」

それを聞いてヒノが割り込んだ。

「ま、待てよ。いくらオレたちでもそんな怪しい薬、見逃すはずが……」

「ええ、普段ならそうでしょうね。
小娘とはいえ、有名な4属性姉妹を出し抜けるとは思いません。だから彼女に協力してもらいました」

アーマが指をさす。そこにいるのはエレテ。

「え……わ、わたし?」

「ええ、そうです」

アーマは小瓶を手で遊ばせながら語りだす。

「シオンちゃんとエレテちゃんがアモルくんの気を引こうと頑張ってるのは明白でした。
だから、ちょっと片方を手伝ってあげたんですよ。ね、エレテちゃん?」

エレテは思い出す。料理の最中、ちゃんとアーマを見ずに砂糖の追加をお願いした時を。

「あの時……」

「そう、その時です!」

「そ、そんな……」

力が抜けていくのと、自分のせいでアモルを苦しめたショックでエレテは後ろに倒れこむ。

「エ、エレテちゃん、大丈夫?」

シオンが手を出すが、エレテはショックで動けない。

「フフ……ありがとうございます。エレテちゃん」

「お前っ!」

ヒノが精いっぱい力を込め、炎魔法を放つ。
他の姉妹たちもそれぞれ魔法をアーマに放つが、アーマは軽々と手で払いのけた。

「無駄ですよ。万全の貴女たちならまだしも、弱体化している貴女たちでは――」

だがアーマはすぐに気付く。目前にいたアモルが消えている。

「おおおっ!」

「!」

背後に飛んでいたアモルが魔法弾を至近距離で放つ。
アーマも反応するが間に合わない。

「うぐっ……。弱体化しておきながらここまでの魔法を。ですが!」

傷を負ったが、アーマは構わずアモルを掴み投げ捨てる。

「いいでしょう。ここで一気にお終いにしてあげます!」

アーマが両手を掲げると、凄まじい魔力が収束していく。

「!」

アモルたち全員が気づく。
あれを撃たれたら皆、ひとたまりもないと。

「みんな、逃げ……うっ」

アモルが叫ぼうとするが薬の影響でふらついてしまう。
他の皆もそれぞれふらついたり倒れたりして動けない。

「死になさい!」

アーマの魔力が開放される。
逃げれない。誰もがそう思い、目を瞑るが……。

「……?」

轟音が聞こえる。だがまだくらってはいない。そう思いアモルが目を開けると――。

「ラ、ラヴ!?」

魔法陣に捕らわれていたはずのラヴが、アモルの前に立ち魔法を防いでいた。

「な、なにっ、いつの間に!?」

アーマも驚きを隠せない。

「さっきアモルが、あなたに魔法弾を当てたおかげでね!」

「あの時! ……だけど」

防いでいるラヴだったがジワジワ押され始めている。

「ラヴ、捕らわれていたあなたも全力ではないわね!」

「う、ううっ……」

どんどん下がっていくラヴに、アモルが近づこうとするが……。

「来ないでアモル!」

「な、なんで!?」

「アモルが来ても防ぎきれない。だから――」

ラヴは小さく呟く。
ラヴの声はアモルには聞こえなかった。しかし何を言っているのかはわかった気がした。

「ごめんね、アモル」

「え……?」

ラヴが力を込める。ラヴの全身が魔力で輝き始める。

「な、何をする気だ!? そんなことをすれば!」

アーマも驚きで声をあげるがもう遅い。
魔力を放っているのはアーマ自身なのだから。

「ラヴー!!」

アモルの叫びと同時に、ラヴを中心にアーマの魔力が拡散する。
それはまるで閃光のように。


生徒たちは成すすべなく、モンスターに蹂躙されていく。
助けに来た教師たちも嵐に飲まれる。
その日、学園はモンスターと嵐と魔力の光を受け崩れ去った……。
学園、そして大陸を巻き込んだ大災厄から三年……。
空は闇に覆われ、地上はモンスターが跋扈し、人々は脅かされていた。

「ううっ……ラヴ……」

とある海辺の村の家の一室。ベッドの上でアモルはうなされていた。
それを見守る一組の老婆と青年。

「なあ、婆さん。まだこいつを見てやるのか? もう三年も目を覚まさずうなされ続けてるんだぜ?」

「しかしねえ。見捨てるわけにもいかないでしょう?」

老婆は、アモルの額に置いている濡れた布を取り換える。

「それに……私の勘だとそろそろ目覚めてくれる気がするんだよ」

「それも言い続けて二年くらいだけどな……」

青年はやれやれと首を振った。
そこに、駆け込んでくる別の男性。

「二人とも、またモンスターの群れが来たぞ。早く避難穴へ!」

「ちっ、またかよ。婆さん!」

「はいはい。わかってますよ」

青年たちがアモルを担ぎ、老婆はゆっくりと避難穴へ向かもうとする。しかし――

「グアアアッ!」

「げっ、もうこんな所までモンスターが!」

青年たちと老婆は別の道に向かおうとするが……。

「ガアアアッ!」

「うわっ、こっちにも!?」

「おいおい、囲まれてるぜ……」

モンスターの群れはいつの間にか村中に入り込んでいた。

「おいおい、こんなに入り込んでるなんて聞いてないぞ……」

「……婆さん。あんたは嫌がるだろうが手段がないこのガキを……」

「まさか……囮にする気かい!?」

「それしか……ねえだろ!」

青年二人は勢いをつけると、モンスターの群れの一角にアモルを投げ捨てる。

「ガアッ?」

モンスターの群れがアモルに気を取られている隙に、青年たちは老婆を担ぎ走り出した。

「グルル!」

モンスター数匹がアモルを喰らおうと近づいていく。
その手がアモルに伸びようとしたところで、光が走った。

「な、なんだ!?」

その光に、逃げていた青年たちも振り向いて驚く。
光が収まると、そこにはモンスター数匹を蹴散らすアモルの姿があった。

「……ここは? 『僕』はいったい……」

アモルの姿は三年で成長。背は大きくなり、声は少し低くなっていた。

「お、お前さん。目が覚めたのかい?」

背負われている老婆が声を掛ける。
しかしアモルには何のことかわからない。

「この婆さん、ずっと眠っていたお前の面倒を見てたんだぜ? 三年もな」

「三年……」

「そ、それより!」

青年が周りを指す。
そう、モンスターの群れはまだ残っている。

「わかっています。貴方たちはそこに」

青年たちの前から、アモルの姿が消える。
消えた、と思った数秒後には、モンスターの群れは崩れ去っていた。

「な、なんだ……? お前、何者だ?」

戻ってきたアモルに、青年たちは驚きながら質問する。

「僕は……アモル。学園の生徒です」



モンスター騒動が収まり、老婆の家でアモルは自身の事情を話すとともに、
この三年で起きたことを聞いていく。

「三年前、お前の言う学園で事件が起きた。それはわかるな?」

「モンスターの襲来。嵐の猛威。ですか?」

「それだけじゃない。ものすごい魔力の大爆発が起きたんだ」

「魔力の……大爆発……?」

アモルはすぐに思い出し気づく。
アーマの攻撃から自分を守ろうとしたラヴ。
そのラヴの防御とアーマの攻撃がすさまじい爆発を引き起こしたのだと。

「そ、その後は? どうなったんですか?」

「学園は崩壊した。……したんだが」

「だが?」

「これは見た方が早いだろ。ちょっと来い」

青年の片方がアモルを呼び、家の屋根に登る。
そこから大陸中央に見える景色にアモルは驚いた。

「あれは……!?」

遠くのはず。
なのに『それ』ははっきりと見えていた。

「あれは……いったい……?」

「わからん。だがあそこが、お前の言う学園だった場所だ」

「な……?」

地図はないのであそこが本当に学園かはわからない。
だがこんな状況で青年や老婆が嘘を言う理由はない。

「戻るぜ」

青年が先に家に戻っていく。

「……あそこが学園……」

アモルに三年前の思い出が浮かんでいく。
ラヴが、シオンが、エレテが、ヒノが、スイが、フウが、アスが、頭に浮かんでは消えていく。

「でだ。学園が崩壊して『あれ』が出現して以来、この大陸はモンスターが大量発生」

「ここだけじゃなく、いろんな町、村が襲われてるってわけだ」

「そんなことが……」

これもアーマの仕業なのだろうか、と考えつつ、アモルは別の話に移る。

「あの、お婆さん。あなたが僕を助けてくれたって聞きましたが」

「ああ、そうだよ。川に洗濯に行ったらね、ボロボロのお前さんが流れてきたんだよ」

「助けてくれてありがとうございます。それで、あの、他にはいませんでしたか? 女の子が」

「ううん、残念だけどお前さんだけだねえ」

「そうですか……」



「もう行くのかい?」

「はい。お礼もできずに申し訳ないですが、僕はみんなを探しに行かなきゃならないんです」

そうかい、と老婆は頷くとひとつの袋を差し出した。

「これは?」

「食料と薬だよ。お前さんが強いのは昨日でわかってるけど、食料がないとね」

「お婆さん……。ありがとうございます! みんなを見つけたらお礼をしにきます」

「ほっほっ、待ってるよ」

老婆に手を振り、アモルは村を旅立つ。



いきなり学園跡に乗り込むのはさすがのアモルもしなかった。
老婆に教えてもらった道を頼りに、村と町を巡りみんなを探すのを最初の目的とした。

「いやあ、すまないね。助けてもらって」

「いえ。こちらも乗せてもらってありがとうございます」

途中、モンスターに襲われていた行商人を助け、
お礼に馬車に乗せてもらい、アモルは一番近い村にたどり着いた。

その村の人たちに聞いて回るも、村には誰も来ていない。
だが一人の村人がアモルに声を掛ける。

「あんた、アモルって言うんだって? 何日か前にいたよ。『アモルを探してる』って子」

「本当ですか!?」

「ああ。町に向かったはずだからもしかしたら追いつけるかもね」

「ありがとうございます!」

アモルは村を駆け出ていく。

「あの小僧……生きていたのか……」

それを見ている謎の人物に気が付かずに。
普通なら三日かかる道を一日半で駆け抜けたアモルは、
息を切らしながらも大きな町にたどり着く。

「ここに誰かが……」

アモルはまず町を見て回る。
大きな町だが、やはりモンスターの影響は大きいのであろう。
所々家屋が崩れ、町の人たちの活気もあまりない。

「すみません、人を探してるんですが――」

「……いえ、見てないねえ、君以外によそ者は」

「すみません人を――」

「う~ん見てないなあ。宿の人か酒場の人に聞くのがいいんじゃないかい?」

アドバイスに従い、アモルは酒場をのぞいてみる。
昼から酒を飲む酔っぱらいが主な客で質問は出来なかったので、有能そうな酒場のご主人に話を聞くことにする。

「あの、人を探しているんですが……」

それを聞いて酒場の主人の眉がぴくっと動く。

「もしや貴方はアモル殿?」

「え?」

「そのようですな。先程一人の女性が聞いてきました。
見かけたら宿に来るよう言伝を頂いておりました」

「あ、ありがとうございます! 宿に行ってみます!」

すぐさま酒場を出て走り、宿の扉を勢いよくを開けた。

「お客様、扉はゆっくりお開けください」

「あ、すみません……」

そっと扉を閉めると、宿の主人に質問する。

「アモルといいます。ここに僕を探している人が来ていませんか?」

「アモル……。ああ、そういえば」

宿の主人はカギをチェックしながら呟いた。

「二階の奥の部屋に行きなさい。おそらくまだ部屋にいるはずです」

「あ、ありがとうございます!」

アモルは二階に上がると、一番奥の部屋をノックする。

「はい?」

アモルの耳に聞いたことのある、しかし成長した声が届く。

「あ、アモル……だけど」

それを聞くと、扉が勢いよく開いた。

「アモル!?」

「え……も、もしかしてシオン?」

開いた扉の中にいるシオンの姿を、アモルは一瞬わからなかった。
三年前よりも背が伸びたのはもちろんだが、短かった髪が大きく伸びていたからだ。
可愛かった見た目も、美人と言える容姿になっている。

一方、扉を開けたシオンもアモルをすぐにわからず驚いていた。
シオンの記憶では、アモルと背丈はそこまで変わらなかったから。
それが自分を大きく上回る背丈と、声の低さ、カッコよさで驚きを隠せない。

「あ、でもその目。本当にアモル。……アモルなんだね!」

シオンは嬉し涙を浮かべながら、アモルに抱き着いた。

「シオン……!」

アモルも嬉しさで抱き返そうとして、一瞬戸惑いやめた。
シオンを軽くなでるが、すぐに引き離し、本題に入る。

「シオン。ラヴやエレテ、先輩たちはどうなったか知らない?」

その質問にシオンは寂しさと怒りで複雑な表情になる。

「……わかるよアモル。みんなが心配なのは。でも!」

シオンはアモルを押し飛ばすと、嬉し涙から怒りの涙で叫んだ。

「もう少し私との再会を喜んでもいいじゃない!」

そう言うと勢いよく扉を閉めた。

「あ……」

アモルはただ扉の前で立ち尽くすしかなかった。



「おや、どうしました? 何やら大声が聞こえましたが……」

宿の主人が心配そうに、しかしわかっているように様子を聞いてくる。

「ええまあ……怒らせてしまって」

そう言うとアモルは自分も宿に泊まれるか聞いてみるが、部屋はもう空いていなかった。

「仕方ない……野宿でいいか」

さっきシオンを怒らせた罰だな、と思いつつアモルは宿を出て町の外へ向かおうとする。
そして町の近くでたき火を付け、眠ろうとした時だった。

「アモル」

「……シオン?」

シオンがいつの間にか町の外まで追いかけて来ていた。

「なんでここに……」

「……さっきは怒り過ぎた。ごめん」

「いや、こっちこそ、ごめん」

アモルは改めてシオンに近づくと、そっと抱き寄せた。

「僕も、シオンと再会できて嬉しい。本当だよ」

「うん……うん……!」

シオンは再度、嬉し涙を零しながら、アモルに強く抱き着いた。



その後、シオンがどうしてもと言うので、アモルはシオンの部屋にお邪魔することにする。

「で、皆の行方だったよね」

「うん、僕は三年間、眠っていたらしいから。シオンなら知ってるかなと思って」

しかしそれを聞いてシオンも困った表情をする。

「ごめんねアモル。実は私もまだ特に情報がないの。
私が目覚めたのは一年前。遠くに飛ばされてて、この辺りに戻って来たのもつい最近で」

「そう……か」

「あ、でもね!」

シオンは荷物から地図を取り出すと机に置いて一か所を指差した。

「私たちがいる町はここなんだけど……。こっち。ここを見て」

シオンの案内通りに地図を見る。
シオンの指の先には、ひときわ大きな屋敷の図が書かれている。

「ここは、もしかして」

「そう、先輩たち、エレメント家の屋敷。アモルは行ったことあるでしょ?」

エレメント家の屋敷。
アモルが予言を聞くために、ヒノ、スイ、フウ、アスの4属性姉妹とともに行った姉妹たちの実家。

「確かに……。先輩たちの母親、エリスさんなら何か知っているかもしれない」

「それに先輩たち自身も戻ってるかもしれないよ」

「うん、じゃあ明日は屋敷に向かおう」

目標が決まり、アモルたちは眠ることにするが……。

「シオンはベッドで寝ていいよ。僕はこっちの椅子で眠るから」

そう言って椅子にもたれ掛かるアモルに、シオンは緊張しながら提案した。

「アモル……一緒に寝ない?」

「!?」

驚きでアモルは椅子から崩れ落ちる。

「シ、シオン? 僕たちも大きくなったんだし、そんなことは……」

「アモルとなら……一緒に寝るくらい平気だよ?」

「っ……」

成長したシオンの表情がすごく妖艶に見えて戸惑うアモル。
しかしゆっくりとベッドに近づくと、シオンの横にそっと座った。

「ね、寝るだけだからね!」

「うん。それでいいよ」

アモルはすぐに布団に潜るとシオンの方を見ずに目を閉じる。
最初は緊張していたアモルだったが、疲れていたのかすぐに眠りに落ちた。

寝息を立てるアモルにシオンがそっと近づく。
そしてそっとアモルの頬に口づけした。

「生きていてくれて……ありがとう。アモル」

そう言ってシオンもアモルの隣で眠りに落ちるのだった。
翌朝、アモルとシオンは早々と宿を後にし、エレメント家の屋敷に向かおうとする。
しかしその道は近いようで遠かった。

「アモル、この道……」

「モンスターの巣か……」

アモルたちが屋敷に向かおうとしていた最短の道。
そこにはモンスターの群れが砦を作っていた。

「どうする? この道が通れないとかなり大回りになるけど……」

「う~ん、でもモンスターの数もかなり多そうだしな……。ここは無理をせずに回り道を――」

そう言って道を変えようかと思案していると……。

「うおおおっ!!」

モンスターの砦から凄まじい声が響き渡る。

「な、なに!?」

「この声……まさか!?」

響く声にアモルは聞き覚えがあった。

「シオン、手伝ってくれる?」

「え? ……もちろん!」

アモルが一人で突撃せず、自分を頼ってくれることがシオンはとても嬉しかった。
シオンはアモルに頷くと一緒に走り出す。



「うおおっ!」

砦で轟音を響かせモンスターを薙ぎ払っていたのは、4属性姉妹の父、ゴンノスケであった。
モンスターをもビビらせるその剛腕で、次々と薙ぎ払っていく。
だがやはり多勢に無勢、モンスターはじわじわとゴンノスケに迫る。

「ぬううっ……この砦を壊さねばエレメント家は……」

「ゴンノスケさん!」

ゴンノスケの背後に迫っていたモンスターを吹き飛ばし、アモルとシオンが着地する。

「君は……アモルくんか! 行方不明と聞いていたが……」

「説明は後です。こっちは僕とシオンがやります。ゴンノスケさんはそっちを!」

「心得た!」

背後を守られたゴンノスケは、正面から来るモンスターを次々と蹴散らしていく。
アモルとシオンも、二人協力しながらモンスターを倒していく。

(でもさすが、先輩たちの父親だ。モンスターを難なく片付けている。
先輩たちのことで認められてなかったら大変だっただろうな……)

そんなことを考える余裕を持ちながら、アモルはモンスターの最後の一匹を吹き飛ばした。



「なるほど……。学園でそんなことが……」

アモルとシオンはこれまでの経緯を説明し、屋敷に向かおうとしていたことを話す。

「そうだ、ゴンノスケさん。着いてから聞いてもいいんですが、屋敷に先輩たちは?」

その質問にゴンノスケは、先程までモンスターを蹴散らしていた者とは思えない、涙を浮かべる。

「娘たちは……ヒノとアスは行方不明のままだ。
スイは三年前、運よく屋敷の近くに飛ばされてきたのだが未だ目を覚まさない。
そんなスイのために、戻ってきていたフウが薬草を探しに行ったのだが、半月経っても戻ってこないのだ」

「フウ先輩が……」

「そしてな、エレメントの屋敷にモンスターが攻めてくるのもこの砦からだと調べてな。
フウはモンスターに襲われたのではないかと思い攻め返しに来たのだ。貴殿らと会えるとは思っていなかったが」

「ゴンノスケさん……」

アモルはシオンの方を見る。シオンもわかってるというように頷いた。

「ゴンノスケさん。フウ先輩はどこに行ったか、だいたいの方角を教えてください」

「私たちがフウ先輩を探します」

「い、いいのか?」

「もともと、皆を探すつもりでしたから。ゴンノスケさんは屋敷に戻ってください。
……スイ先輩とエリスさんだけ残すのは危険でしょう?」

それを聞いてゴンノスケはハッとした。

「すまぬ、アモルくん。フウを見つけてくれ。
この近辺に向かったのは間違いないのだが……」

「わかりました。フウ先輩を見つけて屋敷に向かいます!」

「頼む……」

そう言うとゴンノスケは砦を去っていく。

「……でもアモル。どこを探す? この近辺って言っても漠然としてるよ?」

「フウ先輩は薬草を探しに行ってる、って言ってた。この辺りで薬草が取れる場所を調べるしかないよ」

アモルとシオンは協力して、薬草が取れる場所を調べていく。
しかし、どこを探してもフウの姿は見つからない。

「おかしいな……これだけ探しても見つからないなんて」

「……ねえ、アモル。あそこ」

シオンがアモルの耳元で囁く。内緒話をするように。
そしてシオンが指さす方向を見て、アモルは理由に気が付いた。

見えにくい岩陰に洞窟があり、そこに怪しげな男がコソコソと入っていく。

「怪しいね……」

「怪しいよね……」

二人は頷き合うと、怪しい男を追いコッソリとつけていく。

「こんなに広い洞窟が隠れていたなんて……」

「あ、アモル、あそこ」

シオンが目配せした先には、先程の怪しい男の他に複数人の悪漢たちがたむろしていた。

「盗賊たちのアジトみたいだね……」

「こんな時代に盗賊なんて……!」

シオンが憤りを見せる。
落ち着いてシオンをなだめるアモルだったが、
盗賊たちの後ろに見える宝の横にいる人たちを見て驚いた。

「あれは……!」

「アモル?」

落ち着いたシオンが今度はアモルの様子を見る。
アモルの視線の先を見てシオンも気が付いた。

「フウ先輩……!」

盗賊に捕らわれている数人の中に、フウの姿が見えたのだ。

「シオン、後ろを見張ってて。行ってくる」

「わ、わかった」

シオンが頷くのを見て、アモルは堂々と盗賊たちの前に姿を現した。

「な、なんだ、てめえっ!?」

「お、親分。こいつ、この辺をうろついてた奴ですぜ!」

「なにいっ!? 嗅ぎつけられたか!」

盗賊たちの戯言を無視し、アモルは魔法弾を構えた。

「親分、こいつやる気ですぜ!」

「おもしれえ! この人数差で勝てる気でいるかよ!」

盗賊たちが一斉にアモルに襲い掛かる。
モンスターの群れではない。アモルは殺さないように魔法弾で吹き飛ばしていく。
だがやはり多勢に無勢、徐々に追い詰められていく。

しかしアモルも考えなしに出てきたわけではない。
魔法弾での爆音が響く中、しばらくするとアモルは盗賊たちではない方向に小さめの魔法弾を撃った。

「どこ狙ってやがる!」

盗賊の親分が武器を振り上げアモルに迫った時だった。

「うおっ!?」

「な、なんだっ!?」

盗賊たちの背後から謎の暴風が吹き荒れる。
そこには捕まっていたフウが解放され立っていた。

「なにいっ!? いつの間に!」

「さっきの魔法弾、なんでそっちに撃ったかわかったでしょ?」

そう、アモルの魔法弾は、捕らわれていたフウのロープを切っていたのだ。
魔法弾の爆音は、気絶していたフウを目覚めさせていた。

「……助かった。ありがとう。アモル」

フウは得意の風魔法で、盗賊たちをまとめて吹き飛ばす。
アモルも協力してそれに追撃していく。ものの数分で盗賊たちは撃沈した。

「……改めて、ありがとう」

盗賊を縛り、他に捕まってた人たちを解放する中、フウがアモルに改めて礼を言う。

「いえ、先輩が見つかって何よりです」

「……その言い方、父様に頼まれた?」

「そうです。ゴンノスケさん、心配してましたよ」

フウは苦笑いをした。
ゴンノスケの喜び泣き叫ぶ様子が目に浮かぶからだろう。

「アモルー! フウ先輩! 行くよー!」

シオンが洞窟の入口で呼んでいた。

「シオン、 今行くよ」

アモルが向かおうとした時だった。

「アモル」

「はい? なんですかフウせんぱ――」

フウがそっとアモルの頬に口づけした。
アモルはぽかんとし、シオンは声にならない叫びをあげる。

「……ありがとう」

そう言ってフウは顔は赤いまま無表情に戻ると、走ってシオンの横を通りすぎた。



フウは盗賊に捕まっていたものの、薬草は無事に回収できていた。
これで一件落着、とアモル、シオン、フウは、エレメント家の屋敷に向かっていく。
そこにすごい勢いで向かってくる影。

「……父様」

「ゴンノスケさんだ。おーい! フウ先輩見つかりましたよ!」

だがゴンノスケからは別の重大事が叫ばれていた。

「アモルくん! フウ! スイがさらわれたー!」
「アモルくん! フウ! スイがさらわれたー!」

屋敷から駆けてくるゴンノスケの発言にアモルたちは驚く。
今しがた、フウを助けてきたと思ったら今度はスイがさらわれたと聞けば誰でも驚く。

「ゴンノスケさん、どういうことですか。スイ先輩がさらわれたって」

「……スイは屋敷で介抱されていた。父様と母様がいたのにさらわれたの?」

フウがもっともな点を付く。
姉妹の父、ゴンノスケはモンスターをも蹴散らす猛者。
姉妹の母、エリスもフウによると高い魔力を持つはずとのことだ。
そんな二人がいる屋敷からさらうのはそうそうできるものではないはずだが……。

「それが……。奴は突然、スイを寝かせていた部屋に現れたのだ。
 ワシが気配を感じず、我が妻エリスの屋敷防衛システムにも反応せずにな」

「そ、それで、スイ先輩は?」

「スイをさらったあの者は、スイを抱えたまま消えてしまった。
 ……この手紙を残してな」

ゴンノスケは懐から一通の手紙を取り出す。

「アモルくん。君にだ」

「僕に……?」

アモルは手紙を受け取り、それを読み始める。
そしてすぐに、手紙を鋭く睨みつけた。

「アモル、大丈夫?」

「……その様子。もしかして」

シオンとフウの方を向いてアモルは呟く。

「スイ先輩をさらったのは……アーマだ」

「アーマ!」

「……やっぱり」

アモル、シオン、フウはそれぞれ思い出す。
少女の姿でアモルに近づき、『大災厄』を起こした張本人。

「そ、それでアモルくん。そのアーマとかいう奴は手紙になんと?」

ゴンノスケの問いに、アモルは屋敷からも見える学園を見つめた。

「な、なんと。あの学園跡にスイは連れ去られたと……?」

「手紙が罠じゃなければそうです。……ゴンノスケさん」

「お、おう」

「僕は今からあそこに向かおうと思います。屋敷に戻っていてくれませんか」

「し、しかし、スイの救出ならワシも――」

「エリスさんを一人残す気ですか?」

「む……」

アモルの言葉にゴンノスケは頷くと、屋敷の方へ引き上げていく。

「シオン。フウ先輩も。行くよね?」

「もちろん」

「……スイは姉妹。もちろん行く」

「よし」

三人は学園跡に向かい駆け出す。
その後ろに一人、別の人影が付いて行っていることに気づかずに。



数日後、アモルたちは学園跡に無事ついていた。

「無事、モンスターには襲われずに来れたけど……」

三人は改めて、目の前の学園跡を見上げる。
元の学園の面影はほぼない。あるとしたら見上げるほどの建物くらいか。

「校舎だったところがほとんど闇に包まれてる……」

その威容にさすがのアモルもわずかに怯む。
その時だった。

「よく来たわね。アモルくん?」

アーマの声が響く。その声は大人の女性の声にも、アモルたちを騙していた少女の声にも聞こえる。

「アーマ! どこだ! スイ先輩を返してもらうぞ!」

「フフッ、どこって――」

アモルの背筋に悪寒が走り、瞬時に振り向く。
アモルたちの背後に、先程まではいなかったはずのアーマが、空中から見下ろしていた。

「あら、気づいちゃった。気づかないまま冥府に送ろうかと思ったのに」

アーマの両腕には死神のような大鎌が握られ、もう少しでアモルたちは背後から刈られるところであった。

「アーマ……!」

「……」

シオンとフウもアーマを強く睨む。
アモルはアーマに対するように戦闘の構えをとるが……。

「あら、いいの? 私ばかり見ていて」

「何? ……っ!?」

アモルの目がアーマの後方を見つける。

「スイ先輩!」

「「えっ!?」」

シオンとフウも、アモルの視線の先を追う。
そこには、磔にされモンスターに囲まれているスイの姿があった。

「ほーら、早く助けに行かないとスイちゃんはあの子たちにやられちゃうぞ?」

「!」

アモルは瞬時に動いていた。
アーマの横を抜き、一気にスイの元へ……とはならなかった。

「残念」

「なにっ!?」

アーマの囁きと同時に、アモルは落とされていた。
アーマの持つ大鎌が一瞬で鎖に変形し、アモルを振り落としたのだ。

「こんなもの!」

アモルは足に絡みつく鎖を解くと、シオンとフウに合図する。
二人が頷くのを確認すると、アモルは再度、跳躍した。

「同じことを……」

アーマも再び、アモルに鎖を飛ばす。
鎖がアモルの足に絡まろうとした時、その鎖は弾かれた。

「アモルばかり見てないで!」

シオンが魔法で鎖を撃ち落としたのだ。
さらにそこにフウが魔法を唱える。

「……行って、アモル!」

フウが魔法で突風を起こす。
その風の勢いに乗り、跳躍したアモルは一気にスイの方へ飛んでいく。

「くっ……アモルを逃がしたか」

素の喋り方が出ているアーマ。

「一回、アモルを撃ち落としたくらいで調子に乗るから!」

「……わたしたちいるのに油断した。だからアモルに抜かれた」

シオンとフウが追撃の言葉を入れる。
だがアーマは構わず二人を見下ろし囁いた。

「いいわ。貴方たちを餌に、アモルくんに戻ってこさせればいいのだから」

アーマが鎖を構える。シオンとフウもそれぞれ杖を構えるのだった。



「うおおおおっ!?」

アモルは突風に乗り一気に近づいていた。
だが、フウがどれくらいの出力で魔法を唱えたか知らないが、勢いが強くアモルも止めきれない。

「ど……けえええっ!」

勢いのまま、アモルはスイを囲むモンスターたちに突っ込んでいく。

「ガアッ!?」

モンスターたちも、凄まじい勢いで迫るアモルを避けきれず吹き飛んでいく。

「スイ先輩!」

アモルはモンスターたちが壁になったおかげで、丁度よくスイの前に降り立った。
アモルはすぐにスイの拘束を外すと、急ぎつつも慌てずスイを起こす。

「スイ先輩! 目を覚ましてください!」

「う……ん……」

スイがゆっくりと目を開ける。

「スイ先輩!」

「アモル……くん?」

「はい!」

スイは起き上がりつつ周りを見渡す。

「わたしは……」

「すみません。説明は後です。シオンとフウ先輩と合流しないと――」

「その必要はないわよお?」

「っ!?」

アモルとスイが振り向くと、そこにはアーマが見下ろしていた。
シオンとフウを鎖に捕らえた状態で……。

「シオン! フウ先輩!」

アモルの呼びかけに二人は小さく呟く。

「……ごめん、アモル」

「……この人、強い」

「そういうこと」

アーマは鎖の一部を再度大鎌に戻しシオンとフウに突きつける。

「そっちのスイちゃんを助けるためとはいえ、
 実力もわからない相手に女の子二人だけにしちゃダメよぉ?」

「くっ……」

確かにと、アモルは自分の判断を後悔する。
スイがモンスターに捕らわれていたとはいえ、冷静にアーマを抑えてから行くべきだったと。

「……アーマ。お前の望みはなに」

「うん?」

アモルが問いかける。

「学園をこんなにして、スイ先輩や、今もシオンやフウ先輩を捕まえて、いったい何がしたい?」

「……そうねえ」

アーマはゆっくりと考えてそして言った。

「アモルくんの苦しむ表情を見たいから……かしら?」

「……! 真面目に――」

「真面目よお。信じなくてもいいけど」

アーマは歓喜の表情で話し出す。

「さっきのスイちゃんを見て飛び出す必死さ。今のこの状況で困っているアモルくん。いいわよお?」

「っ……」

「さて、でもこの状況のままじゃダメよねえ。じゃあそろそろやっちゃいましょうか」

アーマが大鎌を持つ手に力を入れる。

「アモルくん? いくら貴方が素早くてもそこからの跳躍より――」

大鎌が振り上げられる。

「――こっちの方が速いわ!」

アモルは間に合わないながらも跳ぼうとする。
だがそのアモルに別の存在が目に入った。

金属同士のぶつかり合う音がし、アーマの大鎌は後方に飛ばされる。

「なにっ!?」

アーマ、そしてアモルとスイも何が起きたかわからない。
だがすぐにアーマに謎の人物が斬りかかる。

(速い!)

すぐにその人物に気づいたアモルは驚いた。
自分と同等……いやそれ以上の速さに。

「くっ……なんなの。なんなのよアンタは!」

激昂したアーマの手刀が謎の人物のフードを掠める。

フードが落ち顔が露になったのはショートヘアの女性だった。
フードが落ち、顔が露になった女性。
シオン、フウ、スイ、そしてアーマもその女性が誰かわからない。
だがアモルだけは気が付いた。

「……エレテ?」

「「「えっ」」」

「なにっ?」

スイも、いまだ鎖に捕らわれているシオンとフウも驚き、
またアーマも驚き、しかし笑い出した。

「フフフ……ハハハ! エレテ? あの恥ずかしがり屋の?」

アーマの記憶の中での、アモルに対し恥ずかしがり屋の眼鏡の少女が思い出される。
アーマの前に剣を構え立つ女性は、ショートヘアこそ似ているものの、眼鏡はなく、
その雰囲気は恥ずかしがり屋とは違う暗い雰囲気に満ちている。

その女性は誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。

「……アモルくん。こんなになっても気づいてくれるんだ。でも――」

女性は剣を構えると、アーマに再度突撃する。

「――だからこそ、私は自分を許せない!」

女性が突撃するのが見えると、アーマは咄嗟に鎖を引っ張った。

「うあっ!?」

捕まえているシオンとフウを壁にするように前に出す。

「それは読めてる」

女性は鎖が来るのをわかっていた動きで速度を落とすと、剣で鎖を切り裂いていく。

「なっ!?」

アーマの驚きは二つあった。
自分の行動が読まれたこと、そして自慢の鎖が斬られたことだ。
さらにアーマが驚いている隙を付くように、女性はシオンとフウを抱えアモルの方に跳ぶ。

「二人を。そして退いて」

女性はシオンとフウをアモルの前に下ろすと、再び剣を構えアーマに向かっていく。

「二人とも、大丈夫?」

アモルはシオンとフウを介抱しながら、女性の様子を確認する。
女性はスピードでアーマを押しているように見えた。

(確かに、シオンもフウ先輩も、特にスイ先輩は疲弊している……。
 エレテ?の言う通り、退くなら今しかない……か?)

アモルは三人に退くことを告げると、一番疲弊しているスイを抱えようとする。
その時だった。

「いいの? このまま退いて?」

女性の攻撃を防ぎながら、アーマはアモルの方を向き邪悪の笑みを浮かべる。

「……どういうことだ」

アモルはつい、意味深なアーマの言い方に反応してしまう。

「アモル、聞いちゃダメ!」

「そう、スイは助けた。今は退いても問題ない」

シオンとフウが先に退こうとするが、アモルは足が動かせない。

「フフ、スイちゃんのためだけにここに招待したと思ってる?」

「なに?」

「あの時のラヴちゃん、どうなったか知りたくない?」

「!」

目覚めたアモルがずっと気にしていたことだった。
三年前、自分を守ったラヴがどうなったのか。

「ラヴはどうなった! 答えろアーマ!」

「フフ……」

アーマは左手で女性の攻撃を防ぎながら、右手で校舎跡の塔の一番上を指した。
そこには――

「ラヴ!」

禍々しい塔の屋上。
そこには三年前にアーマに捕まっていた時以上の魔法陣で拘束されているラヴが見えた。

「ラヴ!!」

再度、大声でラヴを呼ぶアモルだが、塔の一番上にまで声は届かない。
並みの人には見えているだけでもすごい高さだ。声が届くわけがなかった。

「スイ先輩、すみません」

アモルは抱えようとしていたスイを降ろすと塔の方へ駆けていく。

「うおおおっ!!」

アモルは一気に駆けて、学園跡の塔に登ろうと飛び上がる。
しかし――

「ぐあっ!?」

塔に近づいたところで、アモルは障壁に弾かれた。
弾かれ地面に落下するアモル。

「アモルくん!」

今までアーマへの攻撃に集中していた女性が、初めて大声でアモルに叫んだ。

「フフ。さっきは信じられなかったけど、その心配の仕方。
 確かにエレテちゃんかしら……ね!」

女性がアモルに気を取られた一瞬の隙に、アーマの大鎌が逆襲の一撃を放つ。

「っ!」

攻勢から一転、女性は大鎌を防いだものの大きく吹き飛ばされる。
飛ばされた位置は偶然にも、アモルが落下した位置だった。

「くっ……」

「だ、大丈夫? エレテ……」

アモルは先に起き上がると、女性に手を伸ばす。

「私はいいの、アモルくん。
 ラヴちゃんのことはわかるけどここは退いて」

「だけど……!」

「アモルくんも感じてるはず。
 ここにはそこのアーマ以上の何かが潜んでいるって」

「!」

確かにアモルも感じていた。
学園跡の禍々しい雰囲気。それはアーマとは比べ物にならない邪悪な気配だった。

「ならエレテも!」

アモルが再び手を出すが……。

「私はダメ。ここであいつを……アーマを仕留める!」

エレテはその手を振り払い、剣を取りアーマに突撃していく。

「エレテ……」

エレテの剣とアーマと大鎌がぶつかり合う。

「エレテはあの時のこと気にしてるんだよ……」

アモルの元にいつの間にかシオン、フウ、スイが駆けつけていた。

「あの時って……」

「……パーティーの時のお菓子」

「あの時のお菓子に薬を盛られたのをエレテちゃんは自分の責任だと感じてる」

「そんな。あの時のお菓子はみんなで――」

シオンがアモルの言葉を遮る。

「結果的に薬を入れられたタイミングはエレテの時だったから……」

「っ……。エレテ……」

軽々しく「気にしてない」とはアモルに言えるはずもない。
気にしていなくても結果的に、あの時アーマをの猛威を止めれなかったのは事実なのだから。



「うあっ!」

圧倒的スピードで優位だったはずのエレテが少しずつ押され始める。

「はあ……はあ……」

「フフ。息が上がってきてるわよエレテちゃん?」

「黙れっ!」

エレテの突撃をアーマはあっさり回避すると、大鎌を再び鎖に変化させエレテを拘束する。

「うあっ……!」

「無茶はダメよぉ、エレテちゃん。
 以前の貴女はそんなスピードが出せるような運動能力はなかった。
 いつ目覚めたかは知らないけど、相当無理をしてるんじゃない?」

「っ……!」

エレテは必死にもがくが、アーマの鎖による拘束は外れない。

「フフ……。そこまであの時の私を恨んでいるのね。それは――」

アーマは舌を回し、愉悦の表情を浮かべる。

「――嬉しいわね!」

アーマが鎖を引っ張る。エレテの拘束が強くなっていく。

「うあああっ!」

「やめろぉっ!」

アモルの拳による一撃がアーマを吹き飛ばす。
すぐにアモルはエレテの拘束を解き地面に下ろした。

「ケホッ……ケホッ……。アモルくん、退いてって言ったのに……」

「わかってる、退くよ。でも、エレテも一緒にだ」

アモルはエレテを抱えると、シオン、フウ、スイのいる方へ跳ぶ。
そしてすぐにスイも抱えると、シオンとフウに合図し走り出した。

「ダメ! 私はまだ、あいつを! アーマを!」

エレテが必死にアモルを止める。
アモルは走りながらエレテの方を向き、叱るように叫んだ。

「エレテ!」

ただ名前を叫ぶだけの一喝。
だがその一喝にはアモルの様々な感情が乗っていた。

「っ……」

その感情たちを感じ取ったエレテは力を抜き、アモルに身を任せ眠るように意識を失った。
学園跡から無事に離脱できたアモルたち。
満身創痍ながらある程度距離が離れたところで、偶然通りがかった馬車に助けられつつ、
エレメント家の屋敷まで戻ってくることができた。

「おおー! スイ! 無事だったかぁ!」

屋敷に着いて早々、ゴンノスケの大声が響き渡る。

「お、お父さん。頭に響くから」

「……父様。スイは目覚めて間もない。それにみんな疲れてる」

「お、おう。すまん……」

ゴンノスケが慌てて声を小さくする。

「すいません。ゴンノスケさん。部屋をお借り出来ますか。
 みんなも……それにエレテを寝かしてあげたいんです」

アモルがそう言うと、ゴンノスケはすぐに屋敷の一部屋を開放した。



それから数刻、エレテはシオンたちが交代で看護し、
アモルも時々様子を見ながら、自身も休息を取っていた。

「アモル、今、大丈夫?」

休息中のアモルにシオンが声を掛ける。

「シオン? 今、エレテを見ていてくれてるんじゃ……」

「スイ先輩とフウ先輩が代わってくれたの。それよりもね……」

シオンは少しためらいつつ、アモルに語り掛ける。

「アーマの言っていた通り、エレテはかなり無理をしてたみたいなの。
 エレテの身体ね、傷は少ないけど、肉体の内側……神経系は酷い損傷らしいの」

「神経系って……どうやってそこまで?」

アモルの記憶では、シオンも、スイ、フウもそこまで医療知識はないはずだった。

「エリスさんよ」

「え、エリスさんが出てきてくれたの?」

エリスは奥の『予言の間』からめったに出てこないのは以前のことで知っていた。
エレテの様子を見てくれるためだけに出てきたとは考えづらかった。

「すごい人ね、エリスさんって。私たちじゃわからなかった箇所までテキパキと応急処置をしてくれたわ」

(エリスさん、予言もできて医療も出来て、先輩たちの話だと魔法にも精通してるって……)

その凄さに圧倒されつつ、だからこそあの素の性格を隠しているのかとアモルは感じた。

「あ、それでね。エリスさんが後で予言の間に来てほしいって」

「僕だけ?」

「ううん。特にそこは何も言われなかったけど」

アモルは「わかった」と頷くと、再度、少しだけ休息を取ってから皆を集めた。
エレテはゴンノスケの任せ、フウ、スイの案内で予言の間へと向かっていく。

「アモルくん。もしかして予言の間の場所、忘れた?」

スイは後ろにいるアモルに問いかける。アモルの目がわずかに泳いだ。

「……忘れてる」

その泳いだ目をフウは見逃してくれなかった。

「で、でもこの屋敷広いし、私も覚えれてないから!」

シオンがフォローになっているかわからない言い方でアモル側に付く。

「ふふっ、いいよ。私たちも昔はよく迷子になってたもんね、フウ?」

「……うん」

笑い合いながらそのまま四人は予言の間へと向かっていく。



予言の間に着くと、既に戸は開かれていた。

「エリスさん? 失礼しますよ……」

戸が開いたままなことが気になりつつ、アモルを先頭に四人は予言の間に入る。
エリスはいた。だが瞑想に集中しているのか、アモルたちにまるで気が付かない。

「エリスさ――」

アモルはエリスの肩に手を伸ばそうとし――とっさに後ろに下がっていた。

「あ、アモルか。すまぬ……」

エリスの持つ札が、まるで剣のような切れ味でアモルの髪を掠めていた。

「い、いえ……」

アモル、後ろにいたシオン。そして娘であるフウとスイも、エリスの一瞬の速度に驚いた。

(あそこで下がらなかったら、僕の顔に斬り跡ができるところだった……)

アモルは斬られた自分の髪を触りながらそんなことを考える。

「すまない。私が呼んでおきながら……」

「だ、大丈夫です。それより呼ばれた理由を聞きたいのですが」

アモルはすぐに本題を聞いた。

「うむ。先程見せてもらったエレテという子の話だ」

「シオンから聞きました。肉体内、神経系まで損傷していると」

「……それだけならまだよかったのだが」

エリスは辛そうに顔を背ける。

「エ、エレテに他に問題が?」

「あの子には……呪いが掛かっておる」

「呪い!?」

アモルだけでなく皆が反応する。

「呪いって……エレテは誰かに呪われているんですか!?」

「もしかしてアーマとの戦いで!?」

アモルとシオンが次々とエリスに質問する。
だがエリスは首を横に振った。

「言い方が悪かった。呪いが掛かっている、ではない。
 あの子自身が呪いを己にかけているのだ」

「己に呪いを……かけている?」

「うむ。古の魔法の一種にある。
 己に呪いをかけ、それと引き換えに莫大な能力を得る術だ。
 あのエレテという子はそれを自身にかけているのだ」

アモルは思い出す。
アーマの言う通り、以前のエレテにあれほどの速度や身体能力はなかった。
それに加え、あの時のエレテは時間がないかのように鬼気迫る勢いでアーマへ向かっていた。
全ては呪いのダメージを気にしていてのことだとしたら……と。

「エ、エレテの呪いは解けるんですか?」

心配するアモルに、エリスは希望ともいえる笑顔を浮かべる。

「それを知るためについ先程まで祈っていたのだ」

エリスは札を掲げ、術を詠唱し床に叩きつけた。
白紙の札に言葉が浮かび上がってくる。

「エリスさん、何て書いて……?」

「慌てない。今、読みます」

札を拾い、それを見てエリスは戸惑った表情を浮かべる。

「……スイ、フウ」

「は、はい!」

自分たちに声がかかるとは思っておらず、スイは裏声で返事をし、フウも驚きの表情を隠せなかった。

「すまないが、ゴンノスケをここに」

「え……? お父さん……を?」

「……うむ」

エリスも自身の予言の札を信じれていない様子で頷く。
数分後、予言の間にゴンノスケが現れた。

「おお! 我が愛妻エリス! ここに呼んでくれるとは珍しい!」

「ゴンノスケ。声を」

「む、すまぬ……」

またも大声を咎められるゴンノスケ。

「し、しかしエリス、我が愛妻。貴女がここに入れてくれるとなるとワシも驚くというものだが?」

「そ、そうだよお母さん。ここ予言の間はお父さんも私たちもめったに入れてくれなかったじゃない」

スイがゴンノスケを擁護すると、隣でフウも頷いた。

「……そうでしたね。いえ、私も動揺しているのです」

「動揺?」

エリスは札をゴンノスケに向ける。

「我が夫ゴンノスケよ。エレテ殿を救うには貴方の力が必要とのことです」

「「「「えっ」」」」

アモルたち四人の驚きが重なる。そして――

「なんとお!?」

ゴンノスケが一番の大声で驚いた。
「なんとお!?」

ゴンノスケの驚きが屋敷に響き渡る。

「ゴンノスケ。驚くのはわかりますが声を。アモルたちがクラクラしています」

「す、すまん」

ゴンノスケは腕を組みながらエリスをじっと見る。

「しかし、我が愛妻エリス。ワシがエレテ殿を救うとは一体……?」

エリスは札を見ながら困った表情をする。

「実は解呪の方法は札に出なかったのです。
 ただ我が夫ゴンノスケとエレテ殿本人を連れ、黄金の森に向かうべし、と」

「黄金の森?」

アモルは聞きなれない地名にオウム返しする。

「この屋敷からも見える森だ。常に木々が美しい黄金色の葉をつけていることからそう呼ばれている」

ここからでもわずかに見える、とゴンノスケはアモルを廊下に連れ出し窓を開ける。
確かに少しだけ、輝く木々がアモルにも見えた。

「でも……黄金の森は確かに綺麗な場所だけど、呪いを解く方法なんてあったかな?」

スイが疑問を口にする。しかし一方フウは。

「……でも母様の予言は外れたことがない。きっと何かある」

「うん、そうだね」

フウの言葉にスイも頷いた。

「でも……」

「……うん」

フウとスイが、父、ゴンノスケを見る。

「「お父さん(父様)が一緒で呪いが解ける?」」

二人は不思議そうに父を眺め続けた。



「ゴンノスケさん。エレテは僕が――」

「いやいや、アモルくんもスイを助けてくれた時の疲れがまだ残っておるだろう。
 エレテ殿はワシが運ぶ。心配無用!」

ゴンノスケはエレテを背負い、力強い足踏みで黄金の森へ向かっていく。
アモルとシオンはその後ろを遅れないように付いて行く。
スイは救出されて間もないので、フウと屋敷に残ることになった。

黄金の森はゴンノスケやスイの言ったとおりの絶景であった。
木々に生い茂るまさに黄金色の葉は美しく形状も様々であった。

「すごい……」

シオンは足を止めその景色にわずかに見入った。

「すごいであろう? ここの木々たちは大災厄が起きても変わらずこの葉を維持しておる。
 ……確かに生命力という意味なら、この森は呪いを何とかするかもしれん。
 ただ……」

「ええ……」

アモルとゴンノスケが顔を見合わせる。

「ワシが呪いを解くのに必要、というのがさっぱりわからん」

「僕も聞きたいです……」

アモルとゴンノスケは頭を抱えながら森を進んでいく。
森は山になり登り坂になっていく。
アモルもシオンも疲れが出てきたが、ゴンノスケは平気で登っていく。

「ゴンノスケさん……すごい体力ね」

(転生してラヴの契約もある僕もこんなに疲れてるのに……)

そう考えながらアモルがゴンノスケの背中を見ると、ゴンノスケの足が止まった。

「ゴンノスケさん? 何かありましたか――」

「しっ……」

ゴンノスケは急にしゃがみ、アモルたちにも伏せるよう合図をする。
アモルとシオンはしゃがんだままゆっくりゴンノスケに近づいた。
ゴンノスケが指をさした方向には、現実世界の神社によく似た建物が見える。

(神社……? この世界にもあるのか……?)

そう考えていたアモルにゴンノスケは予想外のことを呟いた。

「神社か……懐かしいのう」

(えっ……!?)

アモルは声にこそ出さなかったが、驚きを隠せなかった。

「ゴンノスケさん、今のは――」

「しっ。また出てきおった」

ゴンノスケが見つめる先、神社らしき建物からモンスターが二、三体現れる。

「何か話しておるな……」

ゴンノスケ、アモルもシオンも、集中しモンスターの様子を見る。

「ケッ、アーマ様も人使いが荒いぜ」

「全くだ。解呪法を求めて人が来るから妨害しろ、なんて」

「こんな所までそんな方法探しに来るかねえ?」

愚痴を言いながら、モンスターの一体が神社を武器で殴りつける。

「そもそもなんだ、この建物は?」

「さあな。でも妨害しろって言うくらいだし、壊してもいいんじゃないか?」

他二体のモンスターも武器を構え神社を壊そうとする。
そこに――

「やめんかぁっ!!」

ゴンノスケが立ち上がり一番の大声でモンスターを一喝する。

「ゴ、ゴンノスケさん。エレテが起きちゃうから」

「む、すまん。ならアモルくん。エレテ殿を頼む。ワシは――」

ゴンノスケは大きく跳び上がり、モンスターたちの前に着地した。

「――この不敬な輩を成敗してくれる!」

突如、勢いよく現れたゴンノスケにさすがのモンスターたちも怯んだ。

「な、なんだこいつ!?」

「アーマ様の仰った、解呪法を探しに来た奴かもしれん、やるぞ!」

モンスターたちは一斉に、ゴンノスケに向け武器を突きつける。
だがゴンノスケは人間とは思えない怪力でモンスターの武器を受け止め投げ飛ばした。

「こ、こいつ……化け物か!?」

「化け物ではないっ! 男、ゴンノスケ。昔もこの世界に来ても変わらぬ日本男子よ!」

叫びながら振るわれるゴンノスケの拳にモンスターたちは成すすべがなかった。



ゴンノスケがモンスターを退かしている中、アモルたちも追いついてくる。

「ゴンノスケさん……」

「おお、すまなかったなアモル。ワシが運ぶと言っておきながら急に押し付けて」

「いえ、それはいいんですが……」

それよりも聞きたいことがアモルにはあった。もちろん『日本』という単語のことだ。
だがそれを聞く間もなくゴンノスケは神社を調べ始める。

「うーむ。ここまで登ったことがなかったとはいえ、こんなところに神社があったとは……」

「ゴンノスケさん。『ジンジャ』って?」

シオンが初めて聞く言葉のような質問の仕方をする。

(やっぱり……シオンの聞き方的にこの世界に『神社』はないんだ……)

アモルは改めて確信した。
ゴンノスケはこの世界の住人ではないと。

「ん? ああ『神社』とは……ワシの故郷にある神様の……なんて言うのか。家のことだ」

「へえ……」

頷きながら、シオンが急にアモルの方を向く。

「アモル。ラヴにもあったの? 『ジンジャ』」

「え?」

「だって神様の家なんでしょ『ジンジャ』。ラヴも女神様なんでしょ?」

アモルは思い出す。
ラヴはいつも突然現れていたから、アモルはよく考えなくても彼女の家を知らなかった。

(そういえば知らない。それと……)

アモルは神社を改めて見る。

(シオンは普通に神社を知らなかった。ならこの神社は一体……)

「おーい!」

アモルが考えている中、ゴンノスケが呼ぶ声がした。

「ゴンノスケさん? 何かありました?」

シオンが返事をするとゴンノスケは一本の棒のようなものを持ってくる。
アモルもそれは見覚えがあった。

(えっと……名前が分からないけど神社の人がお祓いの時とかに使う棒だ)

「アモルくん。エレテ殿をそこに寝かしてくれないか」

「え? あ、はい」

言われるがまま、アモルはエレテをゴンノスケの前に下ろす。
するとゴンノスケは目を閉じ精神を集中し、棒をエレテの上で振るう。

「我、ゴンノスケが祈り奉る。少女エレテに憑く呪いよ。消え去りたまえ――」

そして大きく目を開いた。

「――喝!!」

ゴンノスケの一喝とともに、エレテの身体から禍々しい何かが消えていくのをアモルは感じた。

「これでエレテは……」

「うむ。呪いが解けているはずだ。しかし……」

ゴンノスケは祓串を見ながら懐かしんだ。

(昔、元の世界で神社や寺の修行に混ぜてもらったのが役に立つとはのう)



エレメント家への帰路、シオンが少し先を歩いているタイミングでアモルは質問しようとした。

「ゴンノスケさんは……」

「む?」

しかし思いとどまる。
自分はここでは現実世界の『護』ではなく『アモル』なのだと。
余計なことを言って混乱させるべきではないと。

「……いえ、なんでもありません。あ、エレテを背負うの変わります」

心の内に秘めたまま、アモルはシオン、ゴンノスケと屋敷に帰っていくのだった。