幼稚園の頃は、お母さんに似ている部分があることが嬉しくて、耳も尻尾も隠さずに、みんなと過ごしていた。

けれど小学校に進学すると、みんなの視線が好奇なものに変わったことに気が付いて、次第に違いがコンプレックスに変わっていった。

中学に上がると、その違いによる反応がいじめとなって現れた。

休み時間だけでなく、授業中にもクラスメイトから尻尾を触られたり、突然物を投げつけられたりした。

放課後誰もいなくなった教室で四つん這いになって「猫の声で鳴いてみろ」と言われた時は、悔しくて泣きそうになった。

けれど、その時突然自分の中の我慢していた感情が堰を切らしたように溢れ出て、気が付けば目の前の女子の顔を引っ掻き回していた。

そんなトラブルを起こしては転校を繰り返していて、やがて高校に進学する頃になるといつも制服の上からパーカーを羽織い、フードを被って過ごしていた。そしたら別の意味でやばい人間の烙印を押された。

不登校にならなかったのは、人間として生きていくのであれば、きちんと学校には通いなさいというお母さんの厳しい教えがあったからだ。

お母さんはいかにも猫という感じの、プライドが高くて頑固な性格をしていた。それに、自分が猫であることを誇りに思っていた。

学校でいじめられていた時、お母さんは自分が猫であることを忘れて学校に乗り込み、私をいじめていた生徒の前で全力で威嚇していたことがあった。可愛いって言って相手にされてなかったけど。

でも、お母さんはお母さんなりに私のことを全力で護ってくれているのが伝わって嬉しかった。


私はお母さんが大好きだった。

そんなお母さんは、私が高校に入学した直後に突然姿を消した。


初めは親離れの時期が来たんだと思った。

猫は我が子が大きくなって独り立ちできると判断すると、急に突き放して独り立ちさせる。でも、親離れは基本的にお母さんが子供を追い出すのだ。

でも、あの時はお母さんの方から忽然と姿を消した。

猫は自分の死期が迫ると姿を消す。これも猫の世界の常識だ。


お母さんは、きっともういない。