駅までの時間が短く感じたのは、単に自転車に初めて乗るからという理由だけじゃない。

誰かがコントロールするものに身を委ねるのは勇気がいる。

段差を乗り越える衝撃や、スピードの変化。全ての動きに受動的に反応する必要があるから常に気を張っていなければいけない。

誰かと一緒にいる時も一緒。だから一人で居る方が楽なんだ。

でも、時折無性に人恋しくなる時がある。だからと言って無理矢理心を許せる人を探すのはなんか違う。

彼の運転する自転車に揺られながら、合コンはこれっきりにしようと、そっと小さく決意をする。

「じゃ、気を付けて」

「ありがとう」

もう少しだけ話していたい。そう思ったけれど、今まで自分から誰かを引き留めたことなんてない私には、そんな術も勇気も備わっていない。

ぐだぐだとそんなことを考えていたら、突然西君は自転車を停めて、駅の建物の隣にある植木の方へと向かった。

「おーい、ミケ」

西君は沙耶が私に付けたあだ名を口にした。

もちろん私のことを呼んでいるわけではないけれど、妙にくすぐったい気持ちになる。

「どうしたの?」

「野良猫が住み着いているんだ」

西君はカゴに入れていたリュックからプラスチックのパックを取り出した。

「それって、お店から持ってきたの?」

「そう。居酒屋のメニューの鶏皮。帰る時に少し分けてもらうんだ。店長にはあまり良い顔されないけど」

そう言って植木の根本に向かって鶏皮を二、三個投げ置くと、奥からか細い鳴き声と共に子猫が姿を表した。

生後数ヶ月程度のキジトラの子は、鶏皮の一つをすんすんと匂いを嗅いで咥えると、すぐに植木の方に戻っていった。

しばらくすると、また子猫はこちらの方にやってきて、もう一つを咥えて植木の向こう側へ帰って行った。きっと向こうに母猫がいるのだろう。

私にはわかる。あの子猫は自分が子供であることを自覚していて、人間から餌を恵んでもらう仕事を買って出ているんだ。孤独な子猫を装って人間から餌を貰うという親子の計画的犯行。

ただ、これは危険な行為でもある。