「あそこの居酒屋、高校生の頃からずっと働かせてもらっているんだ」

「西君は地元がこの辺りなんだ」

「そう。生まれてからずっとここにいるんだ」

「地元が好きなんだね」

「お袋の体調が悪いから、できるだけ近くにいたいんだよね。三宅さんは、この辺の人じゃないよね」

「大和町。この辺の人からすると、多分びっくりするくらいに田舎だと思う」

「それじゃ、随分環境が変わったんじゃない?」

「う、うん……」

昼間は目がチカチカするし、音も大きくてしょっちゅう頭が痛くなる。息抜きに散歩をしたいと思っても、日中は人通りが少ない場所を探すのは至難の業だ。

なんて、生まれてからこの街に住んでいる人の前で言えるわけがない。

初対面に人と会う時は、いつも警戒から始まる。

沙耶と出会った時も、初めはとにかく目を合わせず、よそよそしい態度を向けていた。

大概の人にそれをすると、そこから関係が発展していくことはない。だから沙耶と仲良くなれたのは、奇跡に近いと思う。そういう意味では感謝をしなきゃいけない。

曖昧な返事をしたのに、西君は何も追求しないまま年季の入った自転車に跨ると、「後ろに乗りなよ」と言った。

「そんな、悪いよ。それに二人乗りなんて危ないし、違反じゃないの?」

「見つかったら降りれば良いよ。三宅さんは運動神経良さそうだから、落ちても大丈夫そう」

「落ちるのが前提なんだ……」

「あははっ。もしもの時はだよ。さっきガードレールに登ってたじゃん。三宅さん、新体操とかしてたの?」

うわっ。

ちゃんと見られてた。

「あ、これは……生まれつきというか、才能というか、無意識にできちゃうというか」

「猫だから?」

「えっと……」

まずい。

動揺しすぎて上手く言葉が出て来ない。

「も、もしかしてさ」

私は酸欠になった金魚のように口をぱくぱくさせながら、自分の頭を指を指した。

「うん。気付いてた。もしかして、正体がバレたらいけないとか。そういう決まりでもあるの?」

「い、いや、別に、だ、駄目ってわけじゃないけど、み、みんなと違うのってさ、ほら、おかしいじゃん。だ、だから極力隠しているというか……今まで変な目で見られることのが多かったから……」

「そっか。とりあえず、乗りなよ」

「あ、う、じゃあ、お願いします」

西君は執拗以上に私を詮索することをせず、さっきまでと変わらない少し気の抜けた笑顔を私に向けた。

一瞬目が合ったけれど、不思議と逸らしたいとは思わなかった。目、光ってなかったかな。