いつも窮屈に過ごしているから、誰もいないとわかった途端、反動が来るように動きたくなるんだ。

私は大きく伸びをしてから、目の前にある駐車場の車止めの上にぴょんと飛び乗る。

別に危なくなんてない。尻尾があるからへっちゃらだ。これくらいのところなら、わざわざ尻尾を出すまでもない。

平均台の上を歩くように駐車場の車輪止めの上を歩く。

普通の人なら両手を広げてバランスを取ろうとするけれど、私にはそんな必要もない。ロングスカートの中に隠れる尻尾に少しだけ力を入れば、無意識にバランスをとってくれるのだ。

今度はガードレールの上を歩いてみようか。さすがに今度は尻尾を頼らないといけなさそう。

実はロングスカートのプリーツの内側には切れ込みが入っていて、そこから尻尾が出るようになっている。それに、この季節になると上からロングコートも羽織っているから、尻尾を出してもあまり目立たない。

「よっと……!」

「お待たせ」

勢い良くガードレールに乗ってバランスをとろうとしていたら、背後から突然西君の声がした。

「ぎゃっ!」

その拍子に盛大に足を滑らせ、ガードレールから落下してしまった。

普通の人だったら怪我をするかもしれないけれど、私の場合は考えるよりも早く身体が着地態勢を取ってくれる。ただ、私の手に肉球は無いから、アスファルトの上に思い切り手を着くと結構痛い。

「大丈夫?」

「来ないで!」

駆け寄ってくれた西君の足元に落ちていたのは、さっきまで被っていたお気に入りのベレー帽だった。

私は咄嗟に両手で頭を抑えながら、急いで街路樹の幹に身を隠す。

「い、今の、見た?」

「ええと、暗くて見えなかった」

自分でも驚いてしまうほど声を荒げてしまったのは、決して西君を警戒しているからではない。頭にある自分の両耳を見られたくなかったからだ。

多分西君は大丈夫な人なんだろうとは思うけど、これまで散々好奇な目を向けられて来たから、やっぱり怖い。

デフォルトで備わっているものを付け耳だって痛い目向けてくる人の視線はきつい。もちろん沙耶にだってこの姿を見せてはいない。

「急に大きな声出してごめん。できれば帽子をそこに置いて、あっちを向いていて欲しいんだけど」

「OK。わかった」

西君はすんなり私の言うことを聞いてくれたから良かった。

少しだけ安心した私は、口の周りをぺろりと舐めた。緊張を和らげるために無意識にしてしまう猫の癖だ。いつの間にか尻尾はスカートの中に隠れてしまっていた。

「ごめん、もう大丈夫」

「ん、了解」

帽子を深く被り直してそう言うと、西君はまだ私の方を見ないように気を遣いながら、駐輪場の方へと歩いていった。