服の袖口をフィルター代わりにして恐々と空気を吸い込む。全身がそれを体内に取り込むことを拒む。
涙目になりながら嗅覚が無くなった鼻を擦っていると、名前も知らない男の子が私に気が付いた。
「合コン初めて?なんかつまんなそうだから、俺達だけでこっそり抜け出さない?」
面倒臭いなあ。
「遠慮しておきます」
「えー、そんなこと言わないでさ。カラオケとかどう?」
拒む気持ちを一切汲み取ろうとしない男の子のせいで、ギリギリのところで保っていた緊張の糸がぷつりと途切れてしまいそうになる。
たじろぐように上体を後ろに逸らす。これ以上踏み込まないでほしいというサインを送ってみるけれど、当然彼には届かない。それどころか、彼は私の目をじっと見つめてくる。
親しくもないのに正面から目を合わせるのなんて、失礼にも程がある。だってそれは威嚇の合図だから。
だんだん腹が立ってきた。今すぐこいつの顔にひと掻き入れてここを抜け出してしまいたい。
けれどそんなことをしてしまえば、始まったばかりの大学生活を自らの手で壊してしまうことになる。それだけは絶対に避けないと。
「お待たせいたしました。つくね串二人前とお茶漬け五人前です。お兄さん、一旦受け取ってもらえます?」
湧き上がる殺気を必死に抑えていたら、突然大きなお盆を持った定員さんが私達に声をかけた。
さっき私を口説こうとしていた男の子はお茶漬けの入ったお椀を渋々受け取ると、文句を言いながら沙耶達のいるテーブルの方にそれを持って行った。
テーブルの上に散乱している空のお皿をお盆の上にテキパキと集めている店員さんの顔は、どこかでみたことがある気がする。
眠そうな表情をしているのに、お皿を重ねる手際は良く、まるで早送りをしているみたいだ。動きの早いものはずっと目で追ってしまう。
「お姉さん、良ければ扉を開けてもらえませんか?」
「あ、はい」
チャンス。
いそいそとショルダーバッグを肩にかけて立ち上がり、扉を開けてそのまま店員さんと外に出る。
心の中で沙耶に謝りながらも、ようやく解放される安堵に身を包まれながら、そっと扉を閉める。拍子抜けするほどあっけない脱出劇だった。
相当身体が無理をしていたのだろうか、外に出るや、ふっと緊張の糸が切れたように身体が重くなった。
部屋の外に出る時に沙耶達の方を見たけれど、誰も私に気が付いていなかった。私を口説こうとしていた男の子も、既に沙耶達のグループに溶け込もうとしている。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、私の方こそありがとうございます。外の空気が吸いたかったんですけど、タイミングが無くて」
「大人数での飲み会って、途中から収拾がつかなくなることの方が多いから、しれっと帰ってもバレないよ。それに、ずっと何も食べてなかったよね。三宅さん」
「どうして私の名前を?」
「注文品を持って行った時、みんなの前で自己紹介してたよね。俺、記憶力だけは良いから、君が三宅瑠璃さんだっていうことをすぐに覚えてしまったんだ。それにーー」
”西祥也”と名乗る彼は、同じ大学に通う同級生だった。
「俺、もうバイト上がるけど、一緒に帰らない?無理にとは言わないけど」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「じゃあ外で少し待ってて。すぐに着替えて行くから」
ついさっきまで誘ってくる人間に対しては嫌悪感を抱いていたのに、この変わりよう。でも、居心地の悪いこの場所を無事に抜け出せたのは、紛れもなく西君のおかげでもある。
涙目になりながら嗅覚が無くなった鼻を擦っていると、名前も知らない男の子が私に気が付いた。
「合コン初めて?なんかつまんなそうだから、俺達だけでこっそり抜け出さない?」
面倒臭いなあ。
「遠慮しておきます」
「えー、そんなこと言わないでさ。カラオケとかどう?」
拒む気持ちを一切汲み取ろうとしない男の子のせいで、ギリギリのところで保っていた緊張の糸がぷつりと途切れてしまいそうになる。
たじろぐように上体を後ろに逸らす。これ以上踏み込まないでほしいというサインを送ってみるけれど、当然彼には届かない。それどころか、彼は私の目をじっと見つめてくる。
親しくもないのに正面から目を合わせるのなんて、失礼にも程がある。だってそれは威嚇の合図だから。
だんだん腹が立ってきた。今すぐこいつの顔にひと掻き入れてここを抜け出してしまいたい。
けれどそんなことをしてしまえば、始まったばかりの大学生活を自らの手で壊してしまうことになる。それだけは絶対に避けないと。
「お待たせいたしました。つくね串二人前とお茶漬け五人前です。お兄さん、一旦受け取ってもらえます?」
湧き上がる殺気を必死に抑えていたら、突然大きなお盆を持った定員さんが私達に声をかけた。
さっき私を口説こうとしていた男の子はお茶漬けの入ったお椀を渋々受け取ると、文句を言いながら沙耶達のいるテーブルの方にそれを持って行った。
テーブルの上に散乱している空のお皿をお盆の上にテキパキと集めている店員さんの顔は、どこかでみたことがある気がする。
眠そうな表情をしているのに、お皿を重ねる手際は良く、まるで早送りをしているみたいだ。動きの早いものはずっと目で追ってしまう。
「お姉さん、良ければ扉を開けてもらえませんか?」
「あ、はい」
チャンス。
いそいそとショルダーバッグを肩にかけて立ち上がり、扉を開けてそのまま店員さんと外に出る。
心の中で沙耶に謝りながらも、ようやく解放される安堵に身を包まれながら、そっと扉を閉める。拍子抜けするほどあっけない脱出劇だった。
相当身体が無理をしていたのだろうか、外に出るや、ふっと緊張の糸が切れたように身体が重くなった。
部屋の外に出る時に沙耶達の方を見たけれど、誰も私に気が付いていなかった。私を口説こうとしていた男の子も、既に沙耶達のグループに溶け込もうとしている。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、私の方こそありがとうございます。外の空気が吸いたかったんですけど、タイミングが無くて」
「大人数での飲み会って、途中から収拾がつかなくなることの方が多いから、しれっと帰ってもバレないよ。それに、ずっと何も食べてなかったよね。三宅さん」
「どうして私の名前を?」
「注文品を持って行った時、みんなの前で自己紹介してたよね。俺、記憶力だけは良いから、君が三宅瑠璃さんだっていうことをすぐに覚えてしまったんだ。それにーー」
”西祥也”と名乗る彼は、同じ大学に通う同級生だった。
「俺、もうバイト上がるけど、一緒に帰らない?無理にとは言わないけど」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「じゃあ外で少し待ってて。すぐに着替えて行くから」
ついさっきまで誘ってくる人間に対しては嫌悪感を抱いていたのに、この変わりよう。でも、居心地の悪いこの場所を無事に抜け出せたのは、紛れもなく西君のおかげでもある。