「いいぞいいぞ! やっとやる気になったかジーク! 今度こそ確実に貴様を殺してやる!」

 僕との距離を取ったグレイは次の瞬間、徐に自らの胸に手を当てる。そこにはなんとグレイの体に埋め込まれた結晶があった。しかもグレイがその結晶に手を当て何やら力を込め出すと、禍々しい黒い魔力が更にグレイの体を飲み込んでいく。

「フッハッハッハッ! 力が……力が漲るぜぇぇッ!」
「グ、グレイ! もう止めるんだ!」

 黒い魔力に蝕まれていくグレイはどんどんと姿が変わる。

 あれはもう人間じゃない。

 そう思ってしまう程に、グレイの体はみるみるうちに人間から離れた姿になってしまった。

「吹き飛べ」
「うわぁぁ⁉」

 刹那、グレイが軽く腕を払っただけで、突風の如き衝撃波が僕を襲った。

「ぐッ……!」
「ハッハッハッハッ。いいねぇ。これこそが俺の求めていた力だ! どんどん力が溢れ出てきやがるぜ!」

 高笑いしながらそう言うグレイは、体から溢れ出ていた黒い魔力が何時からか深紅の様な濃い赤色の魔力に変化していた。

 そして。

 この魔力が先程までとは比べものにならないぐらい強大である事を皆が一瞬で感じ取っていた。

「これは“魔王”の魔力か……⁉ 馬鹿なッ」
「魔王の魔力?」

 珍しくイェルメスさんは焦った様な声色でそう漏らした。

「あの悍ましく底が知れない魔力は確かにあの時の魔王と同じ……いや、それ以上の強さだ」
「あれが魔王の力? って事はもしかして、ゲノムが復活させようとしていた魔王はッ……「ヒッヒッヒッヒッ。その通りですよジーク・レオハルト。お陰様で生贄は揃って復活の結晶を完成させる事が出来ました。
後はこの強大な魔王様の力に共鳴する“人柱”だけ。そしてそれをずっと探していたのですが、それも遂に見つかったのですよ――」

 僕の言葉を遮り、不敵な笑みを浮かべながら言い放ったゲノム。

 最も起きてほしくなかった現実が突如目の前に現れてしまった。

「魔王の魔力に共鳴……人柱……? まさかグレイが魔王の力を得たと?」
「はい、そうです。ヒヒヒヒ、笑えますよね。元々この魔王を倒す為の勇者スキルだと言うのに、まさかその勇者に魔王になる素質があったのですから! 面白過ぎますよね。ヒッヒッヒッヒッ!」
「ゲノム、お前ッ……!」
「お前は手を出すなと言っただろうが! 無駄話してないでさっさとどけ!」
「これはこれは失礼致しましたグレイさッ……いえ、新たな“魔王様”――」

 ゲノムが静かにそう言って1歩下がると、真の力を解放したグレイが再び僕の前に立ち塞がってきたのだった。

「決着を着けてやる、ジークよ!」

 グレイの凄まじい魔力の圧で大地が揺れる。
 グレイは手にする剣をグッと握り直しながら構えを取った。

「気を付けろジーク君。魔王相手に生半可の攻撃では掠り傷も与えられん」
「私達も行くわよルルカ」
「ああ。レベッカちゃんは離れてて」
「2人共気を付けて下さい!」

 退いたゲノムとは対照的に、僕の傍にはイェルメスさんとルルカとミラーナが加勢すると言わんばかりに駆け寄って来てくれた。

「今度は下らん友情ごっこか? どこまで俺を舐める気だ貴様ら」

 グレイが露骨に鬱陶しそうな表情を浮かべた次の瞬間、突如僕以外の3人が地面に倒れ込んだ。

「ぐッ……!」
「な、なんなのよ急に」
「動きが速い……」
「イェルメスさんッ! ルルカ、ミラーナ!」

 3人は地面から現れたであろう赤い魔力の手によって瞬く間に拘束されていた。

「俺達の勝負に邪魔は許さんと言っているだろうがクソ共が」
「止めろグレイ、皆を離せ!」

 明らかにこれまでのグレイとは次元の違う強さ。
 
 僕は何の躊躇もなく『神速』と『必中』スキルを発動させ、グレイの胸の結晶目掛けて思い切り剣を振った。

 ――ガキィン!
「なッ⁉」

 僕の剣は見事胸の結晶を捉えたものの、余りの硬さに結晶を破壊するどころから勢いよくこちらの攻撃を弾かれてしまった。

「フハハハ! そんな攻撃では1ミリもダメージにならんわ雑魚が!」

 僕が体勢を崩した所を狙い、今度はグレイが攻撃を繰り出す。

「ぶっ飛べジーク!」

 グレイは剣に圧縮させた赤い魔力を再び衝撃波の如く僕に飛ばして来た。僕は体勢を崩しながらも何とか『無効』スキルを発動させて赤い衝撃波を斬り払った。

「防ぐので精一杯のようだな」
「くそ……」

 今のグレイは確かに強過ぎる。一撃一撃が重い。

「どんどんいくぞ! そら、そら、そら、そらぁッ!」

 勝ち誇った表情のグレイは一斉に無数の衝撃波を飛ばしてきた。

「ぐッ、ヤバい……!」

 全ての攻撃を防せぐのは無理だと判断した僕は『無効』と『連鎖』スキルを発動させてギリギリの所でグレイの攻撃を防ぎ切った。

 長期戦は不利。
 結晶を破壊して一気に勝負を決めなくちゃ。

 先程の失敗を含め、僕は自身の攻撃にもっとスピードと体重を乗せて一瞬でグレイとの距離を詰め剣を振るった。しかし、結晶を捉えるもその硬さにまた弾かれてしまった。結晶を砕くパワーが劣っている。

「無駄無駄無駄無駄ぁ! 何度やってもそんな攻撃無駄なんだよ! 貴様の引寄せとやらは確かに強力なスキルばかりだが、今の俺には通じない」
「くそぉ、どうすればいいんだ……」

 攻撃が効かない上にこちらの体力は消耗されるばかり。

「全員で同時に攻撃すれば何とかなるかもしれぬ」
「そうね。それしかないわ」

 拘束されたイェルメスさん達が僕に加勢しようと懸命に魔力の手から逃れようとしたが、それは無情にもグレイによって阻かれてしまう。

「どこまで学習能力がないんだ貴様ら。邪魔をするなと言っているだろう」
「「ぐッ……!」」

 逃れようとした皆を更に魔力の手が強く拘束する。

「み、皆ッ!」
「グレイ様! 誰も貴方とジーク様の戦いを邪魔しません。だから皆さんを解放して下さい!」
「貴様もまだいたのか。奴隷の使用人如きが偉そうな事をいうんじゃねぇ」
「……キャッ⁉」
「レベッカ!」

 グレイはレベッカまでも魔力の手で拘束し、僕を見下しながら言い放ってきた。 

「そんなにこの女が大事か? 心配するな。貴様を殺した後に全員仲良く殺してやる。一緒に地獄へ落ちろ」
「ジ……ジーク様……」
「止めろグレイ! 直ぐに離せ!」

 絶対にそんな事はさせない。
 レベッカもルルカもミラーナもイェルメスさんも皆僕の大事な仲間だ。人の道を外れたお前にそんな好き勝手はやらせないぞ。

 ――ブォォン。
「……⁉」

 次の瞬間、突如僕のブロンズの腕輪が淡い輝きを発した。
 これは今までにも何度か見た事のある輝き。
 僕がブロンズの腕輪に視線を落とすと、そこには思った通り“新しいスキル”の文字が――。

「これは……『倍増』?」

 新たに綴られた『倍増』という文字。
 何の確証もないが、僕はこれならグレイを“倒せる”と直感で感じた。

 出来る。

 僕が絶対に皆を守るんだ――。

 僕は再度『必中』、『神速』のスキルを発動させ、更に今習得したばかりの『倍増』も追加する。

 このスキルの効果の詳細は分からない。でも僕が思っている通りなら必ずグレイにも攻撃が通じる筈だ。

「フハハハハハ! そろそろ終わりにしてやるよジーク。最強は俺だ!」

 強大な魔王の魔力を纏ったグレイは、本当にこれが最後の一撃だと言わんばかりの凄まじい一振りを僕に振り下ろしてきた。その攻撃は大地をも簡単に割ってしまうであろう禍々しい殺気を放った攻撃。

 僕はそんなグレイの一振りを、『倍増』スキルの効果で倍になったスピードで一瞬で懐まで入ると、今度はそのまま『倍増』スキルの効果で倍になった攻撃力で思い切り核に剣を放った。

 ――ガキィン!
「まだまだッ!」

 更に僕は『倍増』スキルで攻撃そのものを倍増させ、グレイの一振りが下りる間に数十回の攻撃を繰り出した。

 そして。

 僕の連撃が徐々に核にヒビを入れると、遂にその瞬間が――。

「はあああッ!」

 ――パキィィン!
「な、何ッ……⁉」

 結晶を砕いた瞬間、グレイの体からどんどんと魔王の魔力が抜けていった。

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!」

 あの時と同じ様に、悶絶の表情を浮かべて地面に蹲っていくグレイ。体からは湯気の如く魔力が沸いて邪悪な気配が消えていく。

 全ての力が抜け切ったであろうタイミングで、グレイは仰向けに地面に転がったのだった――。