レオハルト家を出たはいいものの、僕には当然これと言って行く当てもない。名のあるレオハルト家だけあって僕の噂が王都中に広まるのもあっという間だろうな。

 もう王都を出るしかない、そんな事を思っていると突如背後から声が響いた。

「お待ちください、ジーク様!」
「え、レベッカ……⁉ 何でこんなところに」
「私もお供します!」

 駆け足で僕の元に来たのは使用人のレベッカ。彼女は呼吸を整えると、綺麗な桜色の髪を靡かせながら真っ直ぐ僕に言い放ってきた。

「お供しますって、僕はたった今レオハルト家を追い出された身だぞ。もし僕を庇ってくれた事で居辛くなったなら、何処か他の貴族や王家に雇ってもらった方がいいよ。レオハルト家での実績があればきっと直ぐに見つかるから」
「いえ。私はジーク様にお仕えしたいのです。他では意味がありません」

 レベッカは決して気を遣ってくれている訳じゃない。本心で言ってくれているのだと分かった。

 でも、だったら尚更ダメだ。君まで路頭に迷わせる訳にはいかない。

「レベッカありがとう。その気持ちだけで十分嬉しいよ。でも僕なんかに付いて来てはダメだ」
「ジーク様は私がいたら邪魔ですか?」
「い、いや、そんな訳ないだろ! レベッカの事を邪魔だなんて思った事は1度もない。寧ろ感謝しかしていないんだから」

 さっきだって君は唯一僕の味方でいてくれた。平気な振りをしていたけど正直結構辛かったんだ。

「なら私をジーク様と一緒にいさせて下さい」
「何でそうまでして僕なんかに」
「ジーク様は“奴隷”として売り飛ばされそうだった私を助けてくれました。本来なら由緒ある名家の方が奴隷に関わるなどあり得ません。
それどころか奴隷の私を使用人としてジーク様に仕えさせて下さるなんて、私の御恩は一生懸けても返しきれないんですよ」

 やば。
 レベッカの偽りない笑顔に思わず涙が零れそうになった。

「ありがとう、レベッカ」
「それはOKの返事という事で宜しいですね?」
「うん。宜しく」
「こちらこそ宜しくお願いしますジーク様。私の『空間魔法』スキルは物を入れるぐらいしか役に立ちませんが、必要とあれば何時でも頼って下さいね」

 レベッカの優しさをしかと受け取った僕にはもう気を落としている暇はない。彼女の為にもしっかりしないと。

 そんな事を思いながら僕とレベッカは一緒に歩き始めた――。

♢♦♢

 辺りはすっかり日が沈み、夜空には綺麗な星が輝いている。

 あれから僕達は先ず今後の生活費を稼ごうと色々考えた結果、商売の経験や知識も特にない為、自分が出来る最低限の剣術を活かせる“冒険者”登録しようという結論に至った。

 案の定僕が呪いのスキルを引き当てたという情報は早くも王都中に広まっており、道を歩けば刺さる様な視線を向けられ、買い物しようと入った商店でも明らかに感じの悪い対応をされる始末。これは王都ではもうダメだと判断した僕達は王都から少し離れたクラフト村に向かっている途中だ。

「ふッ、はッ――! よし、こんなもんか」
「お疲れ様です」

 クラフト村に向かう道中で野宿の準備をした僕とレベッカ。もうレオハルト家の人間ではないが、こうして剣を振るのは僕の日課。レベッカの空間魔法のスキルのお陰で野宿に必要な道具も簡単に出し入れ出来ている。

 本当にレベッカには助けられてばかりだ。

 僕はレベッカから差し出された飲み物を受け取ると、徐にレベッカが口を開いた。

「それにしてもジーク様のそのスキル、本当に呪われたスキルなんでしょうか?」
「どうかな。確かに書物にはそう書かれていたし、ある意味勇者のスキルより珍しいから詳しい事が分からないんだよね。
まぁ家を追い出されたから早くも呪いの効果が出てるのかも。ハハハ」

 レベッカと話しながら不意に腕輪に視線を落とす。
 
 僕の知る限りではこの『引寄せ』というスキルはモンスターや災いを引寄せるもの。この言い伝えは一般的に皆が1度は聞いた事があるぐらいだ。引寄せの力の持ち主やその周りでは次々に災いが起こり、結果破滅すると言われている。

 だけどそれがどこまで本当なのかは分からない。逆に情報がそれぐらいしかないから。

 それにスキルの種類は多種多様。スキルが進化する事もあるし、新しく習得する事も出来る。

 言わば“伸びしろ”を現す1つの形がこの腕輪だ。

 とは言っても僕の腕輪は最も下のランクのブロンズ。もしかしてこの『引寄せ』のスキルがこれから進化したり、新しいスキルを習得出来ると考えるのは、まだ現実を受け入れられていない僕のただの願望なのかもしれない――。

「ジーク様なら絶対に大丈夫です。私はジーク様が誰よりも強く優しく、日々鍛錬を積んできた事を知っていますから。ジーク様ならきっと呪いの力なんて打ち破れますよ」
「そうかな……まぁ不安しかないけど、レベッカを守る強さだけは手に入れないとな」

 勿論意識して言った訳じゃない。
 自然と口から出た言葉だったけど、なんだか“レベッカを守る”なんて口にしたらちょっと恥ずかしさが込み上げてきた。

「ありがとうございます、ジーク様」

 レベッカの綺麗な笑顔が月明かりに照らされた。と、その次の瞬間……。

『ウオォォォォッ――!』

 澄み渡った静寂を破るかの如く、突如雄叫びが響いた。

 今のはもしかしてゴブリンの……⁉ いや、だとしても普通のゴブリンではない。

 まさか――。

 反射的に立ち上がった僕とレベッカは雄叫び響いた方向を見る。そこは木々が生い茂る林だったが、もう暗くて奥まで全く見えない。だが“そこ”から間違いなく気配を感じていた。

 パキパキと小枝の折れる音が数回した後、木々の間から緑色の巨体を揺らした大型のゴブリンが姿を露にした。

「くそッ、やっぱりゴブリンか。しかも……」
『ウオォォッ!』
「やばい! 逃げるぞレベッカ!」

 僕は咄嗟にレベッカの手を取り一目散に走り出した。

 あれは普通のゴブリンではなくてギガントゴブリン。
 奴は普通のゴブリンとはまるでレベルが違うと前に父上が言っていた。実力者でもパーティを組んで倒すモンスターだと。

 無論、「もし単独で遭遇したら迷わず退け」と――。

「安心しろレベッカ! ギガントゴブリンは確かに危険だけど、アイツは動きが遅いからこのまま走れば逃げ切れッ……!」

 振り返りながらレベッカにそう伝えた刹那、既に少し距離が取れていたギガントゴブリンは突如腰を低くし、あろう事かそのままジャンプしてこちらに跳んできた。

「なッ……⁉」

 ――ズドォン!
 強い地響きと共に視界の上から姿を現したギガントゴブリン。奴は一瞬にして僕達の目の前に立ち塞がった。

 更に待ったなしで、奴はその手に持つ大きな棍棒を僕達に振り下ろしてきた。

「離れろレベッカ!」

 咄嗟に僕はレベッカを後方へ突き飛ばし、迫り来る棍棒を剣で防いだ。

 だが、凄まじい勢いで振られた奴の攻撃を受け止めきれなかった僕は瞬く間にぶっ飛ばされてしまった。

「ぐはッ……!」
「ジ、ジーク様!」

 勢いよく木に打ちつけられた衝撃で一瞬呼吸が止まった。飛びそうになった意識を必死で保ち何とか剣を構える。

 ぐッ……なんでギガントゴブリンの動きがこんなにッ……!

 思うところはあったけど、今はそんな余裕はない。奴の視線は次にレベッカに向いていた。

「そうは……させるか……!」

 無意識に剣を握る手に力が入る。
 レベッカだけは絶対に守らなくちゃ。
 僕の藁にも縋る思いに呼応するかの様に、ブロンズの腕輪が淡く輝き出す。

 呪いの力でも何でもいい。レベッカを守る力をくれ――。

 無我夢中でギガントゴブリン目掛けて剣を振り上げる。さっきのダメージが思ってる以上に残っているな。全身が痛い。どの道コイツを倒すにはこの一撃……モンスターの弱点である“核”を狙うしかない。

「はあああッ!」

 自分の中でも最速の剣術を繰り出し、一直線にギガントゴブリンの核を狙った。

 だが、僕の最速の攻撃を更に上回る速さで剣を躱した奴は、躱すとほぼ同時に今度は僕目掛けて棍棒を振り下ろしてきたのだった。

 死ぬ――。

 そう悟った次の瞬間、突如ブロンズの腕輪が強く輝き出し、直後空を切った筈の僕の剣の切っ先にギガントゴブリンの巨体がまるで“引寄せ”られるかの如く寄ってきた。

 そして僕の剣はなんとギガントゴブリンの胸に存在した核を勢いよく砕いたのだった。

 ――パキン!
「ッ⁉」
『ヴガァァッ!』

 核を破壊されたギガントゴブリンはそのまま地面に倒れ込むと、全く動かなくなった。