「おう、どうしたハク」
「さっきから気になっておったが、これまた綺麗な毛並みの狼じゃなぁ。森におったのかい?」
「そうだよ。今日会ったばかりの俺の仲間だ」
おばちゃんは優しい顔でハクを撫でた。ハクもおばちゃんが良い人だと分かったのか手をペロペロ舐めている。
「これは何の種類のモンスターだね?」
「俺も分からない。本にもハクの事載ってなかったんだよね。あんまり見かけない種類なのかも」
「そうかい。この村じゃなく王都にでも行けば何か分かるかもしれないが……。アンタの事だから行く気はないじゃろ」
「そうだね。2度とあそこに行くつもりはないよ」
あんな場所に誰が戻りたいと思う。
俺を王国から追放した国王のいる城もレオハート家も王都にある。そして王都はおろかそれ以上にまで俺の事は広まっている。由緒あるレオハート家、更にはリューティス王国の面汚しとして。
王都などに行けば笑われ罵声を浴びさせられるのがオチだ。8年も経つが皆の記憶には確かに存在する出来事だろうからな。
「そう言うと思ったよ。それにしても落ち着かない日じゃの今日は。朝昼間からずっと慌ただしいのぉ」
「昼間から? 村で忙しい仕事でもあったの?」
「いやいや、そうじゃなくてな。今日は昼間に騎士団が大勢訪れたんじゃよ。このはずれの村に来るなんて誠に珍しい。しかも大勢でな」
それは確かに珍しいな。王都の騎士団がわざわざこんな所まで……。
「それ王都の騎士団だったの? 何が目的で」
「甲冑に王都の紋章が入っていたからそうじゃよ。何やら恐ろしいモンスターの討伐任務とやらで辺境の森に向かって行ったわい。森で見かけなかったかいグリム」
「いや、1人も見ていない」
「そうだったか。騎士団の皆は無事じゃろうか……。まさかこんな大火事が起こるとはのぉ。騎士団員も犠牲になってるかもしれぬ」
そんな大勢の騎士団がいたのに足音も気配も感じなかったぞ。俺が感知出来る範囲外だったか。
「お恐ろしいモンスターの討伐って、おばちゃん。誰か村の人が騎士団に依頼を出したのか?」
「誰もそんな事はしておらぬ様じゃ。そもそもアンタが森で暮らす様になってから、ここがモンスターに襲われる事は無くなったからのぉ」
そうだよな。また襲われた危ないと思って、俺がこの村にはモンスターが近づかないようにしたんだから。
それに前に聞いたおばちゃんの話じゃ、騎士団にモンスター討伐の依頼を出しても、王都の騎士団どころか最寄りに派遣されている騎士団員ですら来てくれた事が無いと言っていたよな。
それが今になって何故急に……。
しかも大人数で辺境の森まで討伐なんて、どんなモンスター狙っているんだ?
「じゃあ何でそんな騎士団が大勢来たんだろう。しかも王都の奴らがこんな所まで」
「それは分からぬ。今までまともに取り繕う事がなかった癖にのぉ。突如大勢で現れた挙句に森の大火事……。さっきは心配じゃったが、もしかすると騎士団が何か絡んでいるのかしれぬのぉ」
おばちゃんの言う通り。
俺もまさに“それ”を感じていたところ。今まで見向きもしなかった辺境の森に偶然王都の騎士団が現れ、偶然火事が起こるとは考えにくい。
偶然だって時には重なり得る事。だけどそれが重なり過ぎるならば、それは偶然ではなく誰かの手による必然に違いない。
「おばちゃん、もしかしてこの村とか周辺に待機している団員達はいる?」
「ああ、おるぞ。不思議に思っておったが、団員達はこんな事態にも関わらず何も慌てておらぬ様なのじゃ。可笑しくないかい?」
やっぱりそうか。
「分かったよおばちゃん。ありがとう。何か分からないけどやっぱ違和感だらけだ。ちょっと様子を見に行ってくる」
「待つんじゃグリムよ。今は真夜中じゃ。確かに騎士団の動きが少々気になるが、一先ず休んでおいき。そっちの子も怪我しているみたいじゃないか。別に急ぐ必要もないじゃろう」
「うん。確かに急いでる訳じゃないけどね、何か引っかかるんだ。それに俺はこの大火事の原因も知りたい。誰が何の目的でこんな事をしたのかを。だから悪いけど行ってくるよおばちゃん」
俺がそう言うと、おばちゃんは無理に引き留めようとはしなかった。それどころか俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、「気を付けて行っておいで」といつもの様に優しく言葉を掛けてくれた。
――ドンドンドンドンッ。
「「……!」」
おばちゃんの家を出ようとしたその時、突如家の扉が叩かれた。一瞬俺と目を合わせた後、おばちゃんが扉に向かった。
「誰だい、こんな夜遅くに」
「私達は王都の騎士団員である。直ぐにこの扉を開けて頂きたい」
「騎士団様が何の用じゃ。今起こってるあの火事についての事かのぉ?」
「生憎、森の火事は“過程”に過ぎない。それよりも他の団員から今しがた目撃情報が入った。白銀のモンスターを抱えた者がこの家に入っていくのを見たとな」
「白銀のモンスター?」
おばちゃんは俺の方を確認する様に振り返った。
それってハクの事かひょっとして。これまた理由が定かではないが嫌な予感がするぞ。何故騎士団がハクなんかを探しているんだ。
俺のそんな思いと同じだったのだろうか、騎士団の行動を怪しく感じたおばちゃんは俺とハクを庇ってくれた。
「そんなのいないよ。モンスターどころか、私は爺さんが死んでから長年独り身じゃ」
「だが確かに目撃情報は入っている。扉を開けて1度確認させてもらおう。
もし本当に白銀のモンスターならば非常に危険だ! 我々騎士団はそのモンスターを討伐する為に来ているのだッ!」
騎士団員はそう言うと更に強く扉を叩いた。早く開けろと言わんばかりに。それにしても、ハクを討伐ってどういう事だ。
「人ん家の扉を馬鹿みたいに叩くんじゃないよ! 壊れたら弁償してくれるんだろうね当然!」
「早く開ければそうはならん。だが開ける気がないのならこちらも力強くで開けさせてもらう」
騎士団員の発言も気になるが、それ以上に一般人にここまで威圧的な態度なのもまた異常だ。普通なら有り得ない。
「マズいな。おばちゃん、ありがとう。何か俺が面倒事を持ってきちゃったみたいだ。直ぐにここを出るよ」
「バウ」
ハクも状況を察してかは分からないが、どことなく申し訳なさそうに静かに鳴いていた。
「気にするでないグリム。それにハクもじゃ。どうやらやはり何か良からぬ事が起こっているのぉ。裏口から見つからない様に早く逃げな。気をつけるんじゃぞ」
「うん。行くぞハク。また遊びに来るよ。おばちゃんも無理しないで」
俺はハクを抱え家の裏口から一気に走り去った。
「裏から男が逃げました! 白銀のモンスターらしきものを抱えています!」
「何!? やはり目撃情報は正しかったか。直ぐに後を追え!」
「他の団員にも知らせるんだ。 絶対に逃がすな!」
相も変わらず謎だらけ。
だがどんな正当な理由があろうと、俺の家である辺境の森を焼き仲間のハクまで狙うなど見過ごせない。俺はもう、お前達を絶対に許さないからな――。
「振り落ちないように気を付けろよハク」
「バウ!」
ハクを抱えたまま走る俺の後を騎士団員達が追って来ている。数もさることながら皆物々しい空気を纏っている。思った以上に周囲に騎士団員が配置されているな。横にも前方にも団員の影がチラチラ見える。
一体何が目的なんだ。何故森を焼きハクを狙っているんだ。
――ボォン!
「ッ!?」
「バウ⁉」
逃げる俺とハク目掛けて何かが勢いよく飛んできた。衝突音が響き、若干の熱さと硝煙が残っている。見た足元の地面には抉られた様な跡があった。
「さっきから気になっておったが、これまた綺麗な毛並みの狼じゃなぁ。森におったのかい?」
「そうだよ。今日会ったばかりの俺の仲間だ」
おばちゃんは優しい顔でハクを撫でた。ハクもおばちゃんが良い人だと分かったのか手をペロペロ舐めている。
「これは何の種類のモンスターだね?」
「俺も分からない。本にもハクの事載ってなかったんだよね。あんまり見かけない種類なのかも」
「そうかい。この村じゃなく王都にでも行けば何か分かるかもしれないが……。アンタの事だから行く気はないじゃろ」
「そうだね。2度とあそこに行くつもりはないよ」
あんな場所に誰が戻りたいと思う。
俺を王国から追放した国王のいる城もレオハート家も王都にある。そして王都はおろかそれ以上にまで俺の事は広まっている。由緒あるレオハート家、更にはリューティス王国の面汚しとして。
王都などに行けば笑われ罵声を浴びさせられるのがオチだ。8年も経つが皆の記憶には確かに存在する出来事だろうからな。
「そう言うと思ったよ。それにしても落ち着かない日じゃの今日は。朝昼間からずっと慌ただしいのぉ」
「昼間から? 村で忙しい仕事でもあったの?」
「いやいや、そうじゃなくてな。今日は昼間に騎士団が大勢訪れたんじゃよ。このはずれの村に来るなんて誠に珍しい。しかも大勢でな」
それは確かに珍しいな。王都の騎士団がわざわざこんな所まで……。
「それ王都の騎士団だったの? 何が目的で」
「甲冑に王都の紋章が入っていたからそうじゃよ。何やら恐ろしいモンスターの討伐任務とやらで辺境の森に向かって行ったわい。森で見かけなかったかいグリム」
「いや、1人も見ていない」
「そうだったか。騎士団の皆は無事じゃろうか……。まさかこんな大火事が起こるとはのぉ。騎士団員も犠牲になってるかもしれぬ」
そんな大勢の騎士団がいたのに足音も気配も感じなかったぞ。俺が感知出来る範囲外だったか。
「お恐ろしいモンスターの討伐って、おばちゃん。誰か村の人が騎士団に依頼を出したのか?」
「誰もそんな事はしておらぬ様じゃ。そもそもアンタが森で暮らす様になってから、ここがモンスターに襲われる事は無くなったからのぉ」
そうだよな。また襲われた危ないと思って、俺がこの村にはモンスターが近づかないようにしたんだから。
それに前に聞いたおばちゃんの話じゃ、騎士団にモンスター討伐の依頼を出しても、王都の騎士団どころか最寄りに派遣されている騎士団員ですら来てくれた事が無いと言っていたよな。
それが今になって何故急に……。
しかも大人数で辺境の森まで討伐なんて、どんなモンスター狙っているんだ?
「じゃあ何でそんな騎士団が大勢来たんだろう。しかも王都の奴らがこんな所まで」
「それは分からぬ。今までまともに取り繕う事がなかった癖にのぉ。突如大勢で現れた挙句に森の大火事……。さっきは心配じゃったが、もしかすると騎士団が何か絡んでいるのかしれぬのぉ」
おばちゃんの言う通り。
俺もまさに“それ”を感じていたところ。今まで見向きもしなかった辺境の森に偶然王都の騎士団が現れ、偶然火事が起こるとは考えにくい。
偶然だって時には重なり得る事。だけどそれが重なり過ぎるならば、それは偶然ではなく誰かの手による必然に違いない。
「おばちゃん、もしかしてこの村とか周辺に待機している団員達はいる?」
「ああ、おるぞ。不思議に思っておったが、団員達はこんな事態にも関わらず何も慌てておらぬ様なのじゃ。可笑しくないかい?」
やっぱりそうか。
「分かったよおばちゃん。ありがとう。何か分からないけどやっぱ違和感だらけだ。ちょっと様子を見に行ってくる」
「待つんじゃグリムよ。今は真夜中じゃ。確かに騎士団の動きが少々気になるが、一先ず休んでおいき。そっちの子も怪我しているみたいじゃないか。別に急ぐ必要もないじゃろう」
「うん。確かに急いでる訳じゃないけどね、何か引っかかるんだ。それに俺はこの大火事の原因も知りたい。誰が何の目的でこんな事をしたのかを。だから悪いけど行ってくるよおばちゃん」
俺がそう言うと、おばちゃんは無理に引き留めようとはしなかった。それどころか俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、「気を付けて行っておいで」といつもの様に優しく言葉を掛けてくれた。
――ドンドンドンドンッ。
「「……!」」
おばちゃんの家を出ようとしたその時、突如家の扉が叩かれた。一瞬俺と目を合わせた後、おばちゃんが扉に向かった。
「誰だい、こんな夜遅くに」
「私達は王都の騎士団員である。直ぐにこの扉を開けて頂きたい」
「騎士団様が何の用じゃ。今起こってるあの火事についての事かのぉ?」
「生憎、森の火事は“過程”に過ぎない。それよりも他の団員から今しがた目撃情報が入った。白銀のモンスターを抱えた者がこの家に入っていくのを見たとな」
「白銀のモンスター?」
おばちゃんは俺の方を確認する様に振り返った。
それってハクの事かひょっとして。これまた理由が定かではないが嫌な予感がするぞ。何故騎士団がハクなんかを探しているんだ。
俺のそんな思いと同じだったのだろうか、騎士団の行動を怪しく感じたおばちゃんは俺とハクを庇ってくれた。
「そんなのいないよ。モンスターどころか、私は爺さんが死んでから長年独り身じゃ」
「だが確かに目撃情報は入っている。扉を開けて1度確認させてもらおう。
もし本当に白銀のモンスターならば非常に危険だ! 我々騎士団はそのモンスターを討伐する為に来ているのだッ!」
騎士団員はそう言うと更に強く扉を叩いた。早く開けろと言わんばかりに。それにしても、ハクを討伐ってどういう事だ。
「人ん家の扉を馬鹿みたいに叩くんじゃないよ! 壊れたら弁償してくれるんだろうね当然!」
「早く開ければそうはならん。だが開ける気がないのならこちらも力強くで開けさせてもらう」
騎士団員の発言も気になるが、それ以上に一般人にここまで威圧的な態度なのもまた異常だ。普通なら有り得ない。
「マズいな。おばちゃん、ありがとう。何か俺が面倒事を持ってきちゃったみたいだ。直ぐにここを出るよ」
「バウ」
ハクも状況を察してかは分からないが、どことなく申し訳なさそうに静かに鳴いていた。
「気にするでないグリム。それにハクもじゃ。どうやらやはり何か良からぬ事が起こっているのぉ。裏口から見つからない様に早く逃げな。気をつけるんじゃぞ」
「うん。行くぞハク。また遊びに来るよ。おばちゃんも無理しないで」
俺はハクを抱え家の裏口から一気に走り去った。
「裏から男が逃げました! 白銀のモンスターらしきものを抱えています!」
「何!? やはり目撃情報は正しかったか。直ぐに後を追え!」
「他の団員にも知らせるんだ。 絶対に逃がすな!」
相も変わらず謎だらけ。
だがどんな正当な理由があろうと、俺の家である辺境の森を焼き仲間のハクまで狙うなど見過ごせない。俺はもう、お前達を絶対に許さないからな――。
「振り落ちないように気を付けろよハク」
「バウ!」
ハクを抱えたまま走る俺の後を騎士団員達が追って来ている。数もさることながら皆物々しい空気を纏っている。思った以上に周囲に騎士団員が配置されているな。横にも前方にも団員の影がチラチラ見える。
一体何が目的なんだ。何故森を焼きハクを狙っているんだ。
――ボォン!
「ッ!?」
「バウ⁉」
逃げる俺とハク目掛けて何かが勢いよく飛んできた。衝突音が響き、若干の熱さと硝煙が残っている。見た足元の地面には抉られた様な跡があった。