苦節15年――。
どういった因果かは分からないが、俺はあれだけ特訓してもスライム1体出せなかった召喚魔法を、人生の最後で何やら使えたらしい。
しかも召喚したのは伝説の竜神王ジークリートときた。
冒険者としてのランクも最低のFランク。そして召喚士であるのにどれだけ特訓しても召喚出来ない。加えてモンスター軍の敵襲により母さんは死に、俺ももう死ぬ直前だ。
何とも言い難い人生であったが、最後の最後で奇妙な物語が生まれたな。
まさかあのジークリートを俺が召喚出来るなんて……。
それもジークリートも何やら訳アリそうでモンスターを恨んでるらしい。本当に丁度良かったよ。唯一の無念を晴らしてくれる相手に死ぬ間際で出会えた。
これでもう心置きなく死ぬだけッ……<――何をしている>
え……?
今のはジークリートの声?
何だ、まだ何か俺に用があるのか……。俺はもう死ぬんだぞ。疲れてるんだから最後ぐらい静かに眠らせてくッ……<そんなに死にたいのか主は。だが目を覚ませ馬鹿者!>
俺は何故かジークリートにそう怒られた。
「何だよッ! よく分かんない状況にも関わらず、最後の最後で召喚魔法使ってあげただろ! それでお前を召喚した筈だ! 何か初めてボワっと魔力の輝きみたいの出たし、初めて召喚の手応えもあった!
俺はもう疲れたんだ。死ぬだけなんだから静かにしてくれ。そしてもう好きにしてくれ」
<いや、まだ好きに出来ぬから目を覚ませと言っている>
ジークリートの言葉は予想外のものだった。正確には今までの会話ずっと予想外なんだけど……。
「どういう事なのかさっぱり」
<これは呆れる。主、冒険者であり召喚魔法の使い手にも関わらず、本当に分かったおらぬのか>
「だから何が? しかもさっきも言ったけど、俺召喚出来たの多分今が始めたぞ。もっと分かりやすく言ってくれよ」
もしかして召喚したのはいいけど、俺が死ぬから折角召喚出来たジークリートもまた消えちゃうって事? だから好きに動けないって事なのかひょっとして。
<結論から言うと、召喚“自体”は成功している。だがダメなのだ。主に余程召喚の才能がないのか、はたまた逆にセンスがあったと言うべきか>
ジークリートは心なしか口籠った後、ハッキリと俺にこう言った。
<何故かは知らぬが、我は“主の体”に召喚されてしまっているようだ――>
「は……?」
ジークリートの発言に対し、また俺は直ぐに理解出来なかった。だってもう頭の中も状況もぐちゃぐちゃ。
<成程。既に我の肉体が滅び、魔力の魂のみとなっていたのも原因かもしれぬな。それでも実力のある冒険者ならば、召喚の際に体もセットだがな大抵>
これは遠回しに文句を言われてるのだろうか。
「それは何かゴメンな……。え、でもちょっと待って。それだとやっぱお前もまた消えるって事だよね。俺もう死ぬから」
何時からか体の感覚がもうない。母さんを抱いていた筈の腕も、酷い怪我の箇所も。もう何も感覚がなかった。
<それは違うな。主にとっては致命傷だったかも知れぬが、我にとってはあれしき問題ない。寧ろ掠り傷にも入らぬわ。その証拠に、既に我の治癒力によって主の体が治っているだろう>
え?
そんな馬鹿な……って、おいおい、本当に何か感覚を感じるんだけど。数秒前まで一切感じなかったのに。
暗闇だった視界も戻って来てるし、母さんを抱いてる腕の重みもしっかり感じる。それに何より、焼ける程扱った傷口が一切痛くない――。
「凄ぇ……。マジで治ってるよ……」
痛みがないどころか傷口も完全に塞がり元通り。服が破けて血が付いていたが、体からは一滴も流れていない。
<主に死なれたら我も今度こそ本当に終わりのようだ。それだけは絶対に避けねばならぬ。意地でも生きていてもらおう>
色んな意味で怪我の功名とでも言うべきか――。
絶望して死を受けれたのに、まさかこんな展開になるとは。
「つまり、俺はまだ死なず、寧ろお前が俺の体に入りながら生きてゆくと?そう言う事になったのか?」
<まぁそうであろう。幸い我の魔力は変わらず残ったまま。肉体がないのならば主の体を使うしかない>
「そんな事有り得るの……?」
<自分の召喚魔法の実力だ。どの道我はまだ死ねない。主も我に頼むのではなく、自分の力でモンスター共を殺せばよい。ドラゴンの王の我の魔力を思う存分使ってな。
どうだ、互いにメリットがあるであろう?>
成程。これはごもっともな意見だ。
「よし分かった。お前は俺の体を使え。その代わり魔力を貸してくれよ。俺Fランクだから」
<何処までも情けない者だ。だが我の封印を解いたのもまた事実。この数奇な運命を楽しむとしようか。そして時に、主の名は?>
「俺はルカ。ルカ・リルガーデン」
<ルカか。承知した。では行くとするか……ルカよ>
「ああ。なんか凄い流れになったが兎に角そうしよう。外ではまだモンスター達が暴れてるみたいだからな」
こうして、俺は竜神王ジークリートを己の体の中に召喚したらしい。勿論こんな事は見たことも聞いた事もない。実に奇妙な出来事だが、コレも何かの運命だろう――。
♢♦♢
~王都~
避難所である大聖堂を出た俺は、王都の更に中心部へ来ていた。街中のそこかしこから人々の叫び声が聞こえている。
国を守っていた冒険者達も随分やられてしまった様子。モンスターの数に対して冒険者の人手が足りていないのだろう。
「――なぁ“ジーク”、モンスター共の動きを止められる?」
<愚問である。そんなもの朝飯前だ。それより、ジークというのは……我の事であるか?>
「ああ。他に誰がいるんだよ。ジークリートって長いだろ」
<そうか。まぁ呼び方など何でも良いが……>
ジークは微妙に何か言いたそうな雰囲気であったが、今はそれどころではない。
「それで? どうやって止める?」
<簡単だ。もうルカは我であり、我もまたルカ。何も考えずに魔法を使ってみよ>
ホントに? そんな感じでホントに大丈夫?
全く信用出来なかったが、俺は兎に角思い付きで魔法を繰り出した。
――ブワァァァン。
俺は魔法で己の姿をジークリートへと変えた。
<おお、何だか懐かしい感覚>
「本当に出来たよ……。凄いなお前の魔力」
物は試しで本当に出来てしまった。浅はかな思いつきだが、全種族のトップに立つドラゴン、しかもその中の更に王であるジークの姿ならば、モンスター軍を一斉に威嚇出来るのではないかと考えたんだ。
漆黒の鱗に金色の瞳。1枚1枚が剣になりそうな鱗を身に纏い、全長70mは優に超えるであろうその神秘的且つ威厳のあるジークの姿になった俺はそのまま空高く舞い上がり、実に2000年ぶりであろう竜神王の雄たけびを上げた――。
『――ヴオォォォォォォォォッ!!』
その響きにより、王国中を襲っていた無数のモンスター達の動きがピタリと止まった。
俺が瞬時に思い描いたイメージでは、ジークのこの威嚇によってモンスター軍があわよくばビビッて撤退してくれたらと思ったのだが、現実は甘くない。モンスター軍は退くどころか一斉に俺の元へと集まってきた。
「げッ、マジかよ! ジークの声でビビッて逃げるかと思ったのに」
<明らかに格下でもモンスターはモンスター。敵だと察知すれば本能で向かってくる。勿論、来奴らが束になっても我には勝てぬがな>
「予定が狂った。どうしよう!?」
<慌てるな。我は王であるぞ。他の人間達を消したくないのならば、このまま王国から距離を取り、集まった奴らを一網打尽で片づけろ>
ジークに言われるがまま、困惑中の俺はその提案をしっかり参考にさせてもらった。
王都の上空にいた俺は数キロ離れた何もない荒野まで移動。そして狙い通り、モンスター軍は俺を追ってぞろぞろ集まってきた。
<後はまとめて蹴散らせ>
「簡単に言うなよ。まだ完全にこの力使いこなせてないんだから。見ろよ、いつの間にかジークのドラゴンの姿から元の俺に戻ってる」
そう。ここまで移動する間の僅かな時間で、俺はいつの間にか元に戻っていた。
<まだまだ魔力のコントロール不足だ。自分で感覚を掴むしかない>
「冷たい言い方だな」
<来るぞ>
ジークとそんな会話をしていたら、大量のモンスター達が直ぐそこまで迫って来ていた。
「おいおい、どうすりゃいいのコレ」
<騒ぐなみっともない。言ったであろう。考えず魔法を使え。コレはもう感覚的な話しである。兎に角やるしかないのだ>
そう言われた俺は、もうどうにでもなれといった気持ちで、モンスターを一気に吹っ飛ばすイメージで魔法攻撃を繰り出した。
――ズバァァァァンッ!!
「いッ!?」
俺の……いや、正確にはジークの一撃によって、数百体以上いたモンスターの4分の3が一瞬で葬られた。
何て言う危ない力……! 少しズレたら王国1つ余裕で消し飛ぶぞコレ。
運良く生き残ったモンスターの残党は、ビビったのか瞬く間に逃げ消えた。
「無理もない。俺が1番ビビってるからな」
<よし。片付いたな。この調子で残りのモンスター共を蹴散らせ>
放心状態の俺は無意識にジークの言葉に頷いていた。
~ドラシエル王国~
モンスター軍を全て退けた俺とジーク。王国はモンスターによって受けた甚大な街の被害の復興作業に追われていた。
大勢の命までも奪われてしまったドラシエル王国は、国中悲しみと絶望感で溢れ返ってしまっていた。
俺も気持ちは分かる。大切なたった1人の家族の母さんを失ったから……。でも、残された俺達はこれからまだ生きていかなければいけない。
俺は幼馴染でパーティーのリーダーでもあるグレイを探していた。連絡を取れない状況だったから、街中で行われている復興作業を手伝いながらグレイも探し、遂に見つけた。
「あ、グレイ……! 良かった、やっと見つけた!」
「は……ルカ? お前生きてたのかよ!?」
どちらとも取れる物言いだった。
だが俺は当然疑って等いない。Fランクの俺があの騒動の中生き残る訳ないとグレイは思っていたんだろう。気持ちは分かるさ。実際死にかけてたしね。
「う、うん、まぁ辛うじて……。それよりグレイも無事で良かったよ!」
「まぁな。ハハハ、取り敢えず……無事で何よりだなお前も。俺は当然だけどさ」
何処となく、俺が生きていて嬉しそうじゃないのは気のせいか?
いや、そんなの考え過ぎか。もしかしてグレイも誰か大切な人が襲われたのかな……。どこの復興作業も大変だから、それで疲れている様にも見える。
「そう言えばグレイに話しがあるんだけどさ。今時間大丈夫?」
「んー……まぁ。少しなら」
やっぱり作業が忙しかったみたいだ。
グレイは自分の持ち場を横目で確認しながらそう言ってくれた。丁度作業が一区切りでもしていたのだろうか皆座って休憩しているみたい。俺とグレイは少し場所を移した。
「ルカ、どこまで行く気だよ。この辺でいいだろ?」
「うん、そうだね、ここら辺ならもういいかな……」
別にやましい話とかではないけど、なんとなく公に話す内容でもない。俺が話そうとしている内容を全く知る由もないグレイは「早くしろ」と、気怠そうに壁にもたれ掛かりながら言ったきた。
これからはグレイやパーティの皆の役にもっと立てる――。
俺はグレイにそう伝えられる喜びを噛みしめつつ、話が話だけに少し慎重に伝えた。
「あのさ、唐突な話なんだけど……竜神王ジークリートって知ってるだろ? あの伝説の」
「まぁ名前は確かにな。でもあんなの大昔のお伽話だろ。それが何だ」
「ああ、実はこの間のモンスター軍の襲撃で俺死にかけたんだ。でも、その時にあのジークリートを召喚出来てさ、命も助かった挙句に相当強い力まで手に入れたんだ――」
グレイは一瞬驚いたような表情を浮かべ、俺をジッと見た。そして深い溜息と共にこう言った。
「はぁ~……。ルカ、お前さ、この大変な時にわざわざそんな下らない冗談言いに来たのかよ」
「え、いや、そうじゃなくてさ! 確かに信じ難いかもッ……「――しつこいぞ。お前本当に今の状況理解してるか? こっちは忙しいんだよ! 面白くもねぇし笑えもしねぇ。仮にジークリートとやらが存在していたとしても、お前なんかが召喚出来る訳ねぇだろ。スライム1体召喚出来ないんだからよ! モンスターに襲われて頭だけは更に可笑しくなったみてぇだな。用が済んだらとっとと帰れ」
グレイは吐き捨てるようにそう言い、元の作業場所へと行ってしまった。
「ち、違うんだよッ……! グレイ!」
話を信じてもらうどころか怒らせてしまった。まぁこんな話しいきなり信じろなんて言うほうが無理あるもんな……。それにしても、何もあんなに怒らなくてもいいだろ。忙しいのはグレイだけじゃなくて王国全部なのにさ。
<ほお。主、仲間に信頼されていないのか>
突然放たれたジークの一言。しかも何故か心をグサッと抉られた気がした。
「そんな事無い! グレイだって疲れているだけだ。他の皆だってしっかり話せば分かってくれる。仲間なんだから」
そうだよ。まだ王国中が大変の時なんだ。俺の個人的な話なんて後でいい。どの道俺達の最終目標はモンスター共の殲滅だ。俺がジークを召喚出来た事よりも、パーティとしての成果が最も重要なんだから。
<そうか。まぁ我の知った事でない。だが今の……いや、ルカが今まで通りの生き方をすればよい。死にさえしなければ我も無事だからな>
「ありがとう。皆には色々落ち着いてからもう1度話すよ」
この時はそう思っていた。
それから数ヶ月が経ち、王国中の復興が徐々に終わりに近づいた頃、久々にドラシエル王国の冒険者達が皆一斉にクエストを受け始めた。
暫く本業からは離れていた事もそうだが、俺達冒険者……いや、王国中の人々が、モンスターの殲滅を今まで以上に強く願っていた。
多くの冒険者達は毎日クエストを受けまくり、モンスターを狩って狩って狩りまくっていた。王国を襲った事、大切な人を殺された事、皆の平和を脅かした事。
大半の者達がきっと恨みや憎しみを上乗せしていた事は言うまでもないだろう。
「――行くぞッ!」
「「おお!」」
そんな中で、俺達のパーティーもモンスターを討伐しまくっていた。
初めてグレイにジークの話をしてから数日して、パーティ全員が集まった日があったが、俺は皆が集まる前にもう1度グレイにジークの事を話していた。だがやはり信じてもらえなかった上に、「何時までもそんな事言ってるならパーティを抜けてもらう」とまで言われてしまった。
だから俺は他の仲間にも一切話をしなかったし、もうどっちでも良かった。だって俺達の目的はモンスターを倒す事だから。そして、久々にクエストを受け始めた日から、俺は徹底して皆のサポートに回ったんだ。
この時の俺達のパーティランクはまだE。俺がサポートを始めてからというもの、俺達はモンスターの討伐に失敗しなくなった。毎日毎日モンスターを狩りまくり、パーティランクも順調に上がっていったんだ。
「めちゃくちゃ調子いいな俺達!」
「キャハハ。調子が良いだけじゃなくて元々強いのよ」
「最近は強いモンスターばかりと戦っているが、余裕で勝てるもんな!」
「当たり前だろ。この俺がいる限り、負けは有り得ねぇ」
モンスターを倒す程、皆の士気も勢いも高まっていた。
「おいルカ、後頼んだぞ!」
そう言って、今日も無事1つのクエストを終えたグレイ達は眠りについた。
サポートの俺は何時も野宿の準備をする。
寝床を見つけ火を起こし、ご飯の準備をしてその後片付け。そして皆が寝ている間の見張り役もサポートの俺の仕事になっていた。
最初は色々手間取ったが、今となっては結構上達している。それに見張りはジークの魔力で周囲を威圧しておけば、弱いモンスター達は全く襲ってこないから楽だった。
「ねぇグレイ! 今日は凄い報酬だからアレ買ってもいいわよね!」
「ああ、全員で好きに使え!」
クエストで収穫した薬草や素材も、ジークのお陰で鼻が利くのか今までより短時間で効率良く回収出来ていた。しかもジークは強さだけでなく知識も凄くかなり助けられていたんだ。
そして……。
「――ハッハッハッ!とうとう俺達がSランクパーティになったぞ!」
「いやっほーう!」
「グハハハ、俺達が1番だ!」
「もう最高!ねぇグレイ~、今日も私を激しく抱いてぇ」
「あぁ? 当たり前だろ。立てなくなるまで犯してやるよ」
俺達は遂にSランクパーティにまで上り詰めた。
俺も嬉しかったし、何より皆の喜ぶ姿が最高に嬉しかった。皆のサポートを出来て本当に良かった――!
……と、思っていたのは数時間前の話だがな――。
♢♦♢
~霊園~
モンスターもグレイ達ももう許さねぇ。
俺が一体何をした……? そんなに俺から全てを奪いたいのか……。
なら俺がお前達の全てを奪ってやるよ。
「ジーク、サポートはもう止めだ。俺はここから好き勝手に生きる事を決めた」
<やっとか……。遅すぎるわ。グレイとか言うあの小僧、初めて見た時から信用ならん奴だと思ったがやはりだったな。他の連中も同様だ。
まぁルカが本物のアホじゃなくて我も救われた>
一から始める為にこの王国を出よう――。
その為には旅の支度が必要だな。討伐のクエストで金を稼ごう。今の自分の実力も気になるし、一旦冒険者ギルドに行くとするか。
「そう言えば“今の状態”で診断受けたらどうなるんだろう?」
ふと頭を過ったが、考えても分からない。
最後に俺は母さんの墓に触れて誓いを経てた。
『母さん、少しの間来られないかもしれないけど、待っててくれよ。俺がこの世界のモンスター駆逐したやるからな。見守っててくれ――』
静かに心に誓い、俺は冒険者ギルドへ向かった。
**
俺はつい今しがた去ったばかりの冒険者ギルドに再び戻った。扉を開け中に入った瞬間、気まずそうに視線を逸らされた。
無理もない。ここには俺達以外の冒険者も多く出入りしてるんだから、さっきのを見ていた人も多くいるだろう。まぁ俺はもうどうでもいいと思っているから全く気にならない。
「すみません。魔力値の再診断をしたいんですけど」
周りの視線な無視し、俺は受付のお姉さんにそう言った。
「え、再診断ですか?」
「はい」
「それは勿論大丈夫ですが……。でも“余程”の事がないと変化はありませんよ?」
分かっていますよお姉さん。もう3年前に既に余程の事が起きていたんです実は。
「ちゃんと分かっていますよ。それでもお願いしたいんです」
受付のお姉さんは若干戸惑いつつも、再診断の手続きを進めてくれた。
冒険者は皆、晴れて冒険者になった時に適性の診断を受けると同時に、冒険者の証である“タグ”を貰う。これにはランクや適性職や名前等の個人情報は勿論、受けたクエストの実績や報酬の入金、パーティメンバー同士でお金の受け渡し等も行える、冒険者にとっては欠かせない必須の物だ。
このタグは色でランクが直ぐ分かる様になっている。全冒険者の僅か0.1%しか存在しないと言われるSSSランクは黒色。当たり前だが珍し過ぎて見た事はない。因みに俺はFランクで白色。コレもある意味珍しいんだよな……。
「――ルカ・リルガーデン様」
首に掛かる自分の真っ白なタグを見ていると、ギルドの奥から係りの人に名前を呼ばれた。案内に付いて行くと診断用の部屋に通され、中では既に診断をする係りの人が準備を終えていた。
「ルカ・リルガーデン様ですね。どうぞ、そこにお掛けになって下さい」
「お願いします」
部屋を入って直ぐに置いてあった椅子へと促され、俺はそこに腰を掛けた。
「今日は魔力値の再診断との事で宜しいですね?」
「はい」
「ではこちらに手をかざしてみて下さい」
係りの人に言われ、俺はテーブルに置かれていた真四角の石に手を置いた。コレはその人の魔力値を測定できる魔石。魔力を流し込めばここにランクが映し出される。
さて、ジークの魔力ってどれくらいのものなんだろう。
そんな事を思いながら、俺は置いた手から石へと魔力を流し込んだ。
『ルカ・リルガーデン 魔力値:SSSランク』
映し出されたランクに、見ていた係りの人が固まった。数秒フリーズした後に1度俺の顔を確認すると、何も言わずにまた映し出されているランクに視線を落とした。
「あのー……何か魔石が上手く反応しなかったみたいですね……。すみませんがもう1度お願いしてもいいですか?」
「え、ああ……はい」
なんとも言えない空気が漂っている。
俺も流石にちょっと驚いた。まさかSSSランクが出るとは……。やっぱジークの魔力は半端じゃないな。
<当たり前だ。人間レベルで我を測るなど無礼極まりない>
止めろ。今は話せないから喋りかけるな。
「では再度こちらでお願い致します」
再びテーブルの上に用意された別の魔石に、俺は手かざして魔力を流し込んだ。
『ルカ・リルガーデン 魔力値:SSSランク』
結果は同じ――。
診断していた係りの人は見間違いでも魔石の不具合でもないと理解したのか、慌てた様子で他の人を数人呼び出し、皆で俺の診断結果を確認し合っていた。
「嘘でしょ……?」
「でもコレ見て下さいよ」
「SSSランクなんて有り得ないぞ……」
「しかも元がFですよね?」
「直ぐにマスターに確認を取ってくれ」
一気に慌ただしい様子になっちゃったな……。ジークの魔力のお陰で基本的な身体機能も向上してるから、少し意識を集中させただけで小声の会話も聞こえてしまう。
まぁそりゃ驚かれるよな。元々Fランクの野郎がまさかSSSランクになるなんて普通なら有り得ない。
わざわざギルドのマスターまで呼ばれて何を聞かれるんだろう……。俺は普通にクエストを受けられればいいんだけどな。ジークの事話すのめんどうだし、どうしよう。
「ルカ様!お待たせして申し訳ありません。再三お手間を取らせてすみませんが、より詳しく診断を行いたいのでこちらの精密魔石でもう1度だけ診断させて頂いて宜しいでしょうか」
係りの人にそう言われ、仕方なく俺はまた診断を受ける事にした。コレはさっきよりより詳しい数値や能力を測れる魔石らしい。これ以上大事にならないでくれと願いながら、俺は魔石に魔力を流し込んだ――。
『ルカ・リルガーデン 魔力値:SSSランク
適性:召喚士(覚醒)
使用魔法:古魔法
身体・特殊:全身体能力値上昇(+100%)
魔力感知(S) 治癒能力(S) 状態異常無効
性質:王の資質 王の魔力 王の知恵 王の覇気』
結果を目の当たりにしたギルドの人達は完全に言葉を失っている。
無理もない。
俺からすれば当然の結果だけどね。この3年でジークの凄さは俺が1番良く理解しているし体感しているから。
召喚士が覚醒してるのにはちょっと驚いたな。それでジークを召喚出来たのか?それに性質って、王の資質とかも出てくるんだ。へぇ~。って、そんな事より話を進めてくれないかな皆。俺は旅用の資金を稼ぎたいんだけなんだけど。
俺が「すみません」と固まっている係りの人達に声を掛けると、正気に戻った皆がまたバタバタと動き始めた。
「ル、ルカ様。何度も診断を受けて頂きありがとうございました。それでですね、すみませんがSランク以上の冒険者の方にはギルドのマスターと1度面談をして頂く決まりになっておりまして……。今からお時間大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
そう返事をして、俺は冒険者ギルドの責任者であるマスターのいる部屋へと案内された。
**
~冒険者ギルド・マスターの部屋~
ドラシエル王国の王都にある冒険者ギルド。ここのマスターを務めているのは、元冒険者でありかつて“雷槍の英雄”と呼ばれたSSSランクのゼイン・シルバーという男だ。
年齢は50歳過ぎであり、ここのマスターをもう10年以上務めている。現役の時は鬼の様に恐れられていたと聞くが、実際に見るととても優しくいつも穏やな雰囲気を纏っている。多くの人から尊敬され信頼される人格者だ。
「――君がルカ・リルガーデン君だね。最近Sランクまで上がったグレイと同じパーティ“だった”子だねぇ」
「え、ええ、まぁ……」
マスターは穏やかな笑顔を浮かべそう言った。そう言えばこの人がグレイに俺をパーティーに誘うよう頼んでくれたんだよな? 確か。
それに過去形って事は俺が追放されたのをもう知っているのか……。こんな俺を気にかけてくれていたのに何か申し訳ないな。
「そんなにかしこまる必要はない。楽にしてくれ。私は定められた規則に従って面談を行っているだけだからね」
「はい……。それで、一体俺は何の面談をすれば……」
「ハハハ。簡単な質問に答えてくれれば終わるよ」
なんだ、そんな感じなのか。
「え~と、これはもう5年前の結果だけど……あれからかなり成長しているの様だね。何かあったか?」
別に悪い事をしていないが、一瞬ドキッとした。ジークを召喚した事はグレイ以外に話したことがなかったから。
「いえ、特にコレと言った事は何も……。毎日のがむしゃらな特訓が実ったんですかね……ハハハ」
負い目はないが嘘を付く事に少なからず抵抗がある。まぁ話してもどうせ信じてもらえないだろう。
「そうかそうか。ではちょっと質問を変えよう。君は古来より伝わる、竜神王ジークリートを知っているかね?」
余りにピンポイントな質問に、俺は驚いて思わず咳込んだ。
マズいな……。我ながら分かりやす過ぎだ。今の絶対バレたぞ……。
ゆっくりと呼吸を落ち着かせ、俺はマスターの顔を見た。すると、今までずっと穏やかだったマスターの空気が一変していた。
――ゾクッ。
一瞬で体中の鳥肌が立った。目の前に座るマスターから発せられる凄まじい殺気に……。
「どうやら知っているね?」
嘘を言ったら殺される――。
直感でそう思った俺は正直に話した。
そもそも悪い事何もしてないけどな……。
「あの、知ってるというか、その……。ジークリートを召喚しました――」
「何……?あの竜神王ジークリートを召喚しただって?」
「はい。なんか黙っててすみません……」
気が付いたら俺は謝っていた。……なんで?
「ほぉ。その召喚したジークリートは何処に?」
「ここです」
俺は自分の体を指差しながら言った。
すると次の刹那、マスターから発せられていた殺気が更に濃く鋭くなり、俺に向けられた。
おいおいおい……! 何故そうなる。やっぱ何か面倒な事なのか? 俺はただ普通にクエスト受けてモンスター討伐したいだけだぞ。
「いや、ちょっと待って下さい! 一旦落ち着いて話を整理させてもらってもいいですか?」
「……うむ、確かにそうだな。1度事態を把握しようか」
危ない人だなぁ。なんとか話を聞いてくれるみたいだけど、まずその殺気を向けないでくれ。
「ありがとうございます。えーと、じゃあ俺から説明させてもらいますね……。事の始まりは3年前のモンスター軍襲撃の日です――」
俺は当時の事をマスターに話した。母が死んだ事、自分が死にかけた事、そしてジークを召喚した事からさっきの追放まで……。思い出したくない事も多々あったが、嘘を付いてしまったお詫び代わりに俺は全てをマスターに話した。
♢♦♢
「――成程……。ルカ君、君の話はよく分かった。先ずは一言謝らせてくれ。あのモンスター軍の襲撃、当時私にもっと力があれば、被害を抑えられたに違いない……。
私の実力不足で辛い思いをさせてしまった様だ……。誠に申し訳ない」
話を聞き終えたマスターは、さっきまでの殺意が嘘かの如く俺に深く頭を下げた。
3年前……確かにあの戦いで全ての指揮を取っていたのはマスターであるゼインさんだ。そんな事は俺も当たり前に知っている。だがマスターのせいだなんて微塵も思った事はない。
「え!? や、止めて下さいよ! マスターは何も悪くないですから!
寧ろあんな数のモンスターの侵略なんて誰も止めきれません。その中でも貴方は多くの人を守ったじゃないですか!」
この人が頭を下げるなど以ての外だ。王国中の人々に調査したって誰1人マスターを責める人なんていない。それにマスターだってあの時奥さんを亡くしてる筈……。確か娘さんを守る為に犠牲になったとか……。
あのモンスター軍の侵略で被害に遭わなかった人の方が少ないって言うのに。
憎むべきはどう考えてもモンスターのみ――。
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。でもまさか本当にあのジークリートを召喚するとはな。しかも体の中に」
「ええ、初めは俺も驚きました」
「話を聞いた限り、どうやらジークリートの力を上手くコントロールしている様だが……。私も冒険者を最低限管理するマスターとして、王国等に報告する際の確かな“証明”が欲しいところだ――」
「と、言いますと?」
「試すような事をして悪いが、君が確実にジークリートの力をものにしているか証明してもらいたい。
だからその為のクエストを1つ受けてくれんか?」
そりゃマスターも大変な仕事だからな。それで証明代わりになるなら、俺にとっても都合のいい話だ。
「分かりました。勿論お受けします。ただ……」
「どうした?」
「言いづらいんですけど、その……お恥ずかしながら生活費が底をついてまして、そのクエストって報酬貰えます……?
「ああ、それは勿論さ。グレイのパーティから追い出されてしまった事も聞いていたからね。
今回のクエストは先に前金で3割渡すつもりだ。残りは成功してからでどうかな?
おっと、思いがけない破格の条件。前金自体珍しいのに3割も貰えるのか。
「前金で3割も? それってもし失敗しても前金は……」
「返す必要はない」
マジか! なんと素晴らしい条件だ!こんな好待遇初めてだ。
「もし失敗した場合は、君とジークリートを葬らねばならんからね――」
怖っっわ。
急に寒気がしてきた。
「それは当然さ。主が操れない竜神王の魔力など、王国にとっても人々にとっても危険極まりないからね。それなりの対応は取るさ」
凄い優しい顔して言う事じゃないですよマスター。この人本当に恐ろしいな。
<我を殺すとな? たかが人間の分際で小癪な>
マスターには聞こえないのが功を奏したな。
「分かりました。そのクエスト受けます」
「そうか。期待しているよ」
こうして、俺はマスターからのクエストを受ける事にした。
流石と言うべきか、マスターの力によってもう今回のクエストの手続きは済んでいるらしい。
俺はギルドの受付でクエストの内容が記された紙と前金、3,000,000Gを受け取った。
「嘘……これで前金?」
3割で300万。一般的な年収分ぐらいあるぞ。
急に怖くなった俺は、渡されたクエスト内容を慌てて確認した。すると、その内容はモンスターの討伐……。しかもSランク指定の危険モンスターだった――。
ちょっと待て。確かにランクも内容も確認しなかった俺が悪い。だけどコレは酷くないか? いきなり1人でSランクのクエストなんて前代未聞だぞ。
「って、今更もうしょうがない。一応薬草も多めに……非常用の食料も多めに用意しておこう」
俺はクエストの準備の為、ギルドを出て買い出しに向かった――。
♢♦♢
~冒険者ギルド~
俺がギルドを後にした数分後、マスターはギルドで働くある1人の女性と話していた――。
「お疲れ様」
「あ、マスター、 お疲れ様です! ルカさんはどうなりました?」
「ああ、彼かい? 彼にはSランクのクエスト受けてもらったが、彼の実力なら問題ない。私だって大事な冒険者に無理をさせるつもりはないからね」
「そうですよね。安心しました」
「君は確か以前、ルカ君に助けてもらったと言っていたね」
「はい! もうかれこれ4年程前になりますが、モンスターに襲われていた所を助けてもらいました」
「そうかそうか。成程、それが“4年前”の話しか。じゃあやはりジークリートを召喚する前の事だな――」
「え? 何か言いました?」
「いやいや、私の独り言だ。ハハハハ、ジークリートの力か……。君はその力に頼らなくても、こうして人を救っている強い人間だよ――。
(グレイのパーティの報告内容を良く見れば、彼らではない別の力が働いていたことは明らか。彼らの実力だけではSランクなど到底不可能だからな……。
グレイ本人達に悟られる事無く、ルカ君は3年という歳月でパーティーランクをSまで上げた。しかも前線ではなくサポートとしてだから尚驚きだ。
己を犠牲に出来る強さや危険察知能力に判断力……。そして常に動くメンバー達を相手に的確なバックアップをする魔力コントロールや洞察力に観察力。
これら全てが紛れもない彼自身の強さであり、努力の賜物――。
幾らジークリートの魔力を持っているからと言って、同じSSSランクの私でもそこまで出来るかな……?)」
「――どうしたんですかマスター。急に黙り込んでしまって……」
「いやいや、何でもない。年を取ると独り言も増えるし考え事も増えてしまっていかん。
それより、ルカ君が戻ってきた時の為に新しい冒険者タグを用意しておいてくれ。勿論“黒色”のな――」
「分かりました!」
「それと、ジークリートの件は君しか知らない。だからね“マリア”君、この件は絶対に他言してはならない。分かってくれるね?」
「は、はい!勿論です! ルカさんにご迷惑が掛かるなら尚更言うつもりはありません!」
「ハハハハ、ありがとう。では私は部屋に戻るよ」
「お疲れ様です!」
部屋に戻ったマスターは1人、当時の事を思い出していた。
(やはりあの時空に現れた黒龍、あれがルカ君であったか……。
突如響き渡ったあの雄叫びによって、私もまた“彼に救われた”な――。
あの瞬間、雄叫びでモンスターの意識が逸らされていなかったら間違いなく私も殺されていただろう。
同じ冒険者の私には直ぐに分かった。あれが単なるモンスターの雄叫びではないと。そしてあの正体が竜神王ジークリートだと分かり、大聖堂の封印が解かれている痕跡を見つけた時はまさかと思っていた……。あれから行方を追っていたが、こんな近くにいるとはな。
本部や国王への報告は彼が戻ってきてからにしなくてはならん――。
それまでにどう報告するか手を打たねばな……。正直に伝えたらルカ君に及ぶ危険は計り知れない。それはだけは絶対に避けなければいかん。
マスターとしては間違っている。
だが私もまた、あの3年前の悲劇で彼に命を救われた1人だからね。
彼は命の恩人……。私は出来る限り彼に恩を返したいのだ――。)
~ロック山脈~
「――でっっけーー岩!」
ジークの力をちゃんと扱えるかの証明の為、俺はマスターから言い渡されたSランククエストの内容である“グリフォン”の討伐に来ている。
グリフォンはモンスターの中でもSランクに指定されてる危険で強力なモンスター。獅子のような大きな胴体に頭部は鳥、鋭い鉤爪と翼まで生やした大きな化け物だ。
そんな奴の住処が此処、馬鹿デカい岩が山の様な形で聳え立っているロック山脈と呼ばれる山。
標高8000mを超えるとんでもなく大きい山。色んな種類のモンスターが生息している為、多くの冒険者が足を踏み入れる場所でもあるが、山自体が険しく強いモンスターも多いせいで、冒険者も結構犠牲になる事が多いんだ。
「さっと魔力感知しただけでも凄い数のモンスターだな。まぁこれだけ広ければごく自然な事か」
<雑魚はどうでもいいからグリフォンを探せ>
「分かってるよ。見た事ないからグリフォンの魔力知らないけどさ、多分山頂辺りで動いてる1番濃い魔力のやつがそうだろ」
今の俺ならこのロック山脈なんて余裕で登頂出来る。でも一般的な登山道を通れば他の冒険者に見られるから面倒だな……。
「仕方ない。別に急いでる訳じゃないし、誰も通らないようなルートで行くか。ついでに他のモンスターでも討伐して小遣い稼ぎしよう」
山頂を目指す道中、遭遇したモンスターは片っ端から倒し、珍しい素材や金になりそうな部位は回収した。ジークのお陰で使えるようになったこの空間魔法がめちゃくちゃ便利なんだ。どれだけ大きいモンスターを討伐しても全く手荷物にならない。俺は勝手に収納魔法とも呼んでいる。
『ウキウキィィィィッ!』
「お、ソンモンキーだ」
甲高い鳴き声を上げて襲い掛かってきたのはAランク指定されているソンモンキー。
ロック山脈の中腹から山頂にかけて生息しているが、麓にも降りてくる事のある厄介な危険モンスター。見た目は熊のような大型な猿。性格は獰猛で攻撃的、加えて足場の悪い山でも極めて俊敏だから普通の冒険者では結構難敵だ。
『ウキキィィィィ!』
「当然、俺の相手ではないけどな」
――ズドンッ!
岩壁から飛び掛かってきたソンモンキーの攻撃を軽く躱し、俺は魔力で強化した右拳で奴の脇腹に一撃を食らわした。
「今までで1番強い奴だったな。コイツは耳と尻尾が素材になるから回収していこう……ん? 」
気が付けばもう山頂付近。
目の前のソンモンキーの素材を回収していた俺の視界の端で何かが動いた。
「そっちから出向いてくれたか、“グリフォン”――」
討伐しまくっていたせいで気が付かなかった。いつの間にかコイツも動いていたみたいだな。まぁそりゃそうか。モンスターだって生きてるんだから。
<人間はこんなのをSランクなどにしているのか。何とも下等な>
「竜神王のお前からしたらな。普通なら超危険モンスターだぞコイツ」
<早よしろ>
「せっかちだなぁ」
突如姿を現したグリフォン。だが奴は捕食に夢中なのか、獲物を貪っておりまだ俺に気が付いていない。ボス戦が1番呆気なかったな。
「“落雷撃《トール》”!」
――ピシャャャンッ!
『ギギッ……⁉』
俺の繰り出した雷魔法によって、空から一筋の雷がグリフォン目掛けて落雷した。
「これで終わりッ……<――ルカ、上だ>
雷で痺れて動けないグリフォンに止めを刺さそうとした瞬間、ジークの声で反射的に上を向くと、いつの間にか炎の玉が眼前に迫っていた。
「うお、危ねッ……⁉」
間一髪躱した俺は態勢を立て直し、突如炎の玉が飛んできた上空方向を確認すると、そこには攻撃したグリフォンとは別のもう1体のグリフォンがいた。
「え、 2体いたの?」
<何を言っている。ルカが感知した1番濃い魔力がコイツだ。さっき攻撃したのはまた別ぞ>
「うわ、ホントだ。こっちの奴微妙に違う魔力だ。マジか」
思わぬ落とし穴。先入観って怖いよね。ちゃんと感知すれば明らかに今攻撃してきたグリフォンがここの主だ。
「まぁ2体まとめてもう大人しくしてくれよ。“落雷撃《トール》”!」
さっきのトールの3倍増しの威力で放った雷魔法が直撃し、グリフォンは丸焦げで地面に倒れた。
「ちょっとやり過ぎたか……?」
<弱過ぎる。早く帰るぞ>
無事に討伐目的であるグリフォンを倒した俺はそのグリフォンを空間魔法で収納し、ロック山脈を下山した。
♢♦♢
~冒険者ギルド~
「――すみませーん。クエスト終了の手続きお願いします。マスターにもお会いしたいんですけど」
ギルドに戻った俺は受付でそう言って手続きを進めてもらった。
「あ、忘れてた。この素材の買取手続きもお願いします」
俺は空間魔法で討伐したモンスターの素材を取り出した。勿論かなりの量と大きさだから迷惑かけないように外にね。
――ドサドサドサッ!
「え……!?」
思った以上にあったな。係りの人を驚かせてしまった。
「な、何だコレ……!
ジャッカルの毛皮が2枚にロックジカの角が6本……。それにこっちはソ、ソンモンキーの耳と尻尾!? って、うわぁぁぁぁ! グッ、ググ、グッ……グリフォン!?」
「そんな驚かせるつもりはなかったんだけど……。買取宜しくお願いしますね。食堂にいるんで」
震えあがっている係りの人を横目に、討伐でお腹が空いた俺はギルドの食堂へ向かった。
あー、腹減った。今までのひもじい生活とは違い金がある。今日は豪勢に食うとしよう!
「――あれ、ルカじゃねぇか」
「ん、ジャックさん! ご無沙汰してます!これから夜勤ですか?」
食堂のメニューを眺めていた俺に声を掛けて来たこの人はジャックさん。
なにやらジャックさんは俺の父さんに恩があるらしく、昔から俺なんかを気にかけてくれる母さん以外の唯一の理解者だ。本当にお世話になってる。
「まぁな。面倒くせぇが今週俺の担当だからよ」
「ハハハハ、大変そうですね相変わらず」
ジャックさんはSランク冒険者。何時もなにかと忙しそう。ギルドは一日中開いているから交代制になっていて、夜は万が一の時に対応出来るSランクの冒険者がこれまた交代でやる事になっている。
「丁度良かった。ルカに頼みがあるんだけどさ」
「何ですか?」
ジャックさんは俺が冒険者になってからも度々仕事を回してくれていた。家の事情も知っていたから心配してくれていたんだと思う。
「またモンスターの調査を頼みたくてな。ロック山脈のソンモンキーなんだけど……」
「え、それならついさっき討伐しましたよ」
「マジで? どうだった? 」
「どうって言われても……。特に変わった様子もなく、指定通りのAランクって感じでしたけど」
「ハハ、なぁんだ。やっぱそうか。いや、それならいいんだ。ルカがそう言うなら間違いねぇ」
ジャックさんは笑いながら「今の話は忘れてくれ」と言った。
何だったんだろう……? まぁ別に大した事なさそうだけど。
「それよりルカ、お前再診断受けたらしいじゃねぇか」
「何で知ってるんですか?」
「え、本当に受けたのかよ!おもしろ」
何だそのカマかけは。あり得るかそんなの。
「まだ正式にタグは貰ってないですけど、一応SSSランクが出ましたよ」
「おー、やっぱりそうだったか!」
この人は昔から勘が鋭いと言うか鼻が利くと言うか、兎に角俺はジャックさんに見抜かれる。ジークの事もそうだった。流石Sランクの実力者。
「ルカさん! お待たせしました。マスターがお待ちですよ」
ジャックさんと話していると、ギルドで働くマリアちゃんに呼ばれた。彼女を見ると当時の事を思い出す。まだジークを召喚していないFランクの俺が、よく人1人を守れたものだ本当に。
まぁ相手もFランクモンスターだったからギリだったけど……。
「ありがとうマリアちゃん。直ぐに行くよ」
「あら、ジャックさんもご一緒だったんですね。お疲れ様です!」
「お疲れさん」
「それにしても丁度良かったです。ジャックさんもマスターが呼んでましたので」
「……何で俺?」
全く思い当たる節がないジャックさんは眉を顰めていたが、俺と一緒に取り敢えずマスターのところへ向かった。
ルカを追放したグレイと仲間達。
物語りはその日に遡る――。
♢♦♢
~ロック山脈~
今しがたルカを追放したグレイパーティーは、その後モンスター討伐のクエストを受けていた。今回のクエストの目的地はロック山脈。そして討伐対象となるモンスターが、ロック山脈に生息するソンモンキーであった。
「――くそッ、またモンスターじゃねぇかよ!」
「此処ちょっと多過ぎじゃない?こんなただの雑魚に構ってる暇ないんだけど私達。邪魔しないでよね!」
「おいッ、ブラハム!こんな奴ら1撃で片付けろよな!」
「チッ……うるせぇな! お前こそダメージ喰らってんじゃねぇぞゴウキン!」
今日はやたらとモンスターと遭遇して、グレイ達はなかなか前に進めずにいた。何とか討伐はするものの、また次から次へと襲われる始末。
「ファイアショット!」
「おらッ!」
ラミアが魔法で仕留めそこなったモンスターをブラハムが槍で止めを刺し、今回の戦闘は無事終了。
「なんだラミア、お前調子悪いのか?」
今まではこの程度のモンスターなど1発で仕留めていたのに、今回の討伐ではまだ1度も倒しきれていなかった。グレイは自分の女であるラミアを心配して優しく声を掛けた。
「そんな事ないと思うけど……何でだろう? 昨日寝るのが遅かったからかもね」
甘ったるい声と上目遣いでグレイに言うラミア。
「ハハハ、そうか。それは俺にも責任があるな。ごめん」
「もうグレイったら、何時も激しいんだから。しょうがないから許してあげる。その代わりクエストが終わったらしっかりお返ししてね」
「勿論だ」
「う~~わッ、また始まったよ。勘弁してくれ」
「全くだ。こんなんだから注意力も足りていない。目の前のモンスターに集中してほしいもんだ」
甘い空気を出し始めたグレイとラミアに、ブラハムとゴウキンは迷惑そうにしていた。確かにグレイはパーティのリーダーであるが、時と場所をわきまえず甘い世界に入る2人に対して、ブラハムとゴウキンはただただ不快であった。
そしてモンスターにとって、そんな事情などお構いなし――。
モンスター達は容赦なくグレイパーティに襲い掛かった。
「お前らいい加減にしろ!」
「モンスター共が来たぞ!」
ブラハムとゴウキンは一足先に戦闘へと入り、僅かに遅れながらグレイとラミアも慌てて参戦したのだった。
♢♦♢
「ハァ……ハァ……ったく、どうなってんだよ……!」
グレイは乱暴に荷物を地面に投げつける。
ルカが抜けた事によって荷物持ちは勿論、野宿や飯の準備は担当制となっていた。今回はその担当がブラハムだ。
密林を抜け、何とかロック山脈の麓までは辿り着いたが、グレイ達は最早時間と体力を使い切り、それ以上進むことは出来なかった。
何時もなら今頃、モンスターを討伐した後で余裕を持ってご飯を食べ眠りについていた。
「ねぇグレイ、今日のモンスターの遭遇率絶対可笑しいわよ」
ラミアが心配そうな顔でそう言った。そしてその言葉に他の者達も頷く。
「確かに今日は多すぎたな」
「まさかと思うが、またどっかでモンスター軍が暴れてるんじゃないだろうな?」
「それは有り得ねぇだろ。3年前に王国が襲われたばかりだ。周期も早過ぎる」
ゴウキンの言葉にブラハムがすかさず否定した。
ドラシエル王国を襲ったモンスター軍襲撃。あれは通常10~15年程の周期で起こるとされている、この世界の厄災の様なもの――。
毎回場所も決まっていない、世界各地で突発的に起こるものであるが、周期だけは変わらない。
「まぁいい。兎に角ギルドに戻ったら報告しよう。明らかにいつもと様子が違うのは確かだからな」
グレイはそう言って眠ろうと横になった。ルカがいない為夜の火の番も交代制である。誰かが寝ている時は他の誰かが番をするのだ。
日中絶え間なくモンスターと遭遇し、全員が久しぶりにいつも以上に疲れていた。最初に火の番を担当していたゴウキンも、疲れと慣れない番に、いつの間にか強い睡魔に襲われた。
そして、深い眠りにつくグレイ達の元へ影が忍び寄る……。
緑色の瞳が光り、鋭い牙の生える口から涎が滴り落ちている。体が骨だけのなのが最大の特徴であるハイエナの様なモンスター。スカルフルだ。
眠りにつくグレイ達は勿論、火の番をしているゴウキンもうたた寝をしていて気が付いていない。グレイ達の周囲は瞬く間にスカルウルフの群れで囲まれた――。
「う、ううん……」
ふと寝返りをうったグレイは、虚ろながらに一瞬目を開けた。そしてグレイは再び眠りにつこうとしたが、それが夢か現か……。ぼやけた視界の中で見たその無数の緑の光が、あってはならぬ“異様”なものだと気がついたグレイは、飛び跳ねる様に起きたのだった。
「なッ……⁉ おい、起きろお前らッ!(ヤバい……!)」
突如響いたグレイの大声に、仲間達も反射的に体を起こした。
「なんだ!どうした……⁉」
「ちょっとどうなってんのよ⁉ なにこれッ!」
「くそがッ!何でこんな事に⁉」
グレイはイラつきながら辺りを見渡すと、自分達がスカルウルフに囲まれた理由がはっきりと分かった。
「おいコラ、ゴウキン!お前何寝てやがるんだ馬鹿野郎!」
「はッ……⁉ お、や、やべぇ……!早く倒さねぇと……ッ!」
」
本調子ではない中、グレイ達は兎に角応戦しまくった。疲労と苛立ちと焦りで皆がイライラしている。
「もう本当に嫌だ! 早く倒してよッ!」
「騒いでる暇があったら魔法出せ!」
「お前もコイツら倒す事だけに集中しろクソが!」
「あぁ? 元はと言えばゴウキンのせいだろうがよ!」
互いに罵声を浴びせながら無我夢中でスカルウルフの群れと戦ったグレイ達。全てを倒し終えた頃にはうっすらと日が昇り始めていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「もう無理……」
「寝させてくれ……ハァ……」
一難去ってまた一難。グレイ達が寝られたのはほんの2時間程だろうか。元からの疲労に寝不足も加わったが、その回らない頭で必死にグレイは考えていた。
(可笑しい……。何時もと明らかに何かがと違うだろコレ……。
こんなのただの討伐クエストだろ。しかも高ランクでもないんだぞ。何がどうなってる?くっそ……。折角邪魔だったFランクのルカを追い出して、これから更に上のSSSランクパーティを目指さなきゃいけねぇのに……!何かまだ情報の入っていない異変が起きてるのか?
待てよ――。
それならそれで、このままクエスト進めながら明らかに可笑しいこの異変の原因を突き止めて、誰よりも早くギルドに報告すれば俺の名声が上がるんじゃねぇか?
そうだ……。絶対にそうした方がいい。つまらんクエストが思いがけない運を呼び寄せたかもしれねぇ。 やっぱりルカがいなくなって正解だ。幸先良いぜ)
良くか悪くか、考えのまとまったリーダーのグレイによって、今後が決められた――。
「皆、これはモンスターに何か起きてるに違いない。明らかな異変だ。だからこのクエストのモンスターをさっさと討伐して、異変の原因も調査もするぞ! そうすれば伝説のSSSランクパーティーに俺達が最も近づく!」
「え?このままモンスターを討伐しながら……?」
「だいぶ面倒くせぇな……」
「でも、SSSランクパーティーになったらもうクエストなんか受けなくても一生遊んで暮らせるぜ」
ゴウキンの一言で、数秒前まで生気を失っていた全員にやる気が漲っていた。
「確かにそうよね」
「見張り怠ったお前が偉そうに言う事じゃないけどな」
「どっちみちクエストは達成しないと帰れない」
これも疲労で頭が回っていないせいか……。かなり間違った勘違いに気が付かないグレイ達。ソンモンキー討伐と更なるプラスアルファの評価の為、ロック山脈を更に進むのであった――。
グレイ達一行はソンモンキーの生息する山の中腹まで順調に来ていた。ソンモンキーは指定ランクがAランクと強いモンスターであったが、“本来”のグレイパーティならば余裕で倒せるモンスターだ。
しかし、昨日からの不運なモンスターとの連戦に加え、睡眠もままならず夜通しスカルウルフと戦ったせいで万全の状態ではない。それでもグレイ達を突き動かしていたのは、SSSランクパーティーになるという野望と各々の目がくらんだ欲望であった――。
「準備はいいかお前ら!(俺はSSSランクパーティーのリーダーとなって全てを手にしてやる!)」
「おお、何時でもイケるぜ!(SSSランクになったら金も酒も好き放題!)」
「聞くまでもねぇだろ!(俺はSSSランクになったら世界中の女抱いてやるぜ!グハハハハ!)」
「さっさと倒すわよ!(とっととSSSランクになってこんな怠いクエストなんて行かず、毎日買い物しまくるんだから!)」
欲望のまま気の向くまま。
未だに自分達の取っている行動が的確ではないと気付かないグレイ達は、ソンモンキーとの討伐に備えていた。ソンモンキーを倒すにはそれ相応の実力が必要となる。何度も言うが、本来であれば全く苦にならない相手であるが、今のグレイ達は果たして――。
そのまま少し進んだグレイ達は、遂に目的のソンモンキーと遭遇するのだった。
「――出たぞ、ソンモンキー! 」
グレイの掛け声で、一気に緊張感が高まった。
「ラミア!炎魔法だ!」
「任せて……ファイアショット!」
続けざまのグレイの号令で、ラミアはソンモンキーの弱点である炎魔法の攻撃を放った。無数の炎の弾丸がソンモンキーに見事直撃。巻き上がった硝煙の中、ゴウキンの渾身の一撃で大ダメージを狙いに行った。
「オラァァッ!」
視界が煙で覆われて見づらいが、鈍い音が響いた事によってゴウキンの攻撃が当たったと分かった。煙の中で動きの止まるソンモンキーを更にブラハムが槍で急所を狙う。
「食らえッ!」
そして最後はグレイの剣――。
何百回と重ねて来たこの連携攻撃の流れに、一切の狂いはなかった。何時も通りグレイの攻撃でフィニッシュだ。
……かに思われたが……。
「何ッ!? 倒れていない……!」
確かに手応えは何時も通り。
グレイはソンモンキーが倒れるどころか、全くダメージを受けていないことに驚きを隠せずにいた。それは他のメンバーもまた然り。
「噓でしょ!?」
「どうなってんだよッ!」
瞬く間に全員の顔が青ざめた。
「有り得ねぇ!あれだけ俺達の連携攻撃をまともに食らってダメージすら無いだとッ⁉」
『ウキキ?』
ソンモンキーはまるで「何かしたか?」とでも言いたそうな表情でグレイ達を見た。
そして、グレイがヤバいと思ったその瞬間には時すでに遅し……。グレイはソンモンキー強烈な尻尾攻撃を受け勢いよくぶっ飛ばされた。
「ぐはッ!?」
「「グレイ!」」
凄まじい勢いで木に叩きつけられたグレイはそのまま地に落ちた。
「がッ……!ぐッ、クソ……。ハァ……ハァ……どうなってんだこりゃ……!」
「大丈夫かグレイ!」
思い返せばここ数年、まともに攻撃を食らった事すらなかった。そしてそれが結果仇となり、受け身もままならなかったのだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
歯を食いしばるグレイ。
何とか全身に力を込め、よろけながらと立ち上がった。フラフラの肉体と混乱する頭で必死に状況を整理しようとしている。
だが幾ら頭をフル回転させても到底答えが分からない。
(あの連携攻撃を受けてノーダメージは有り得ねぇだろ……! 俺達はSランクパーティだぞ。やはり可笑しいのは俺達じゃない……。そもそも昨日から既に違和感だらけなんだからよ!
だが例えその分を差し引いたとしても……。此処までの差があるか?本当にこのソンモンキーはAランクなんだよな?
でもだったら何故倒せない……。俺達の実力なら余裕で倒せるモンスターだぞ。それが何故ダメージすらまともに食らっていないんだ。……待てよ。もしかしてギルドの指定ランクが間違ってんじゃねぇかコレ……?)
「グレイ、これ飲んで!」
駆け寄ったラミアがグレイに回復薬を飲ませた。だがグレイの胸中はそれどころではない。今浮かんだまさかの可能性に、全身に鳥肌が立っていた。
「退くぞ――」
「……え?」
もしかしたらコイツはAランクより上かもしれない。もしSなら俺達でもギリギリだ。だがここまで攻撃が通じない事を踏まえれば、突然変異の個体でもっと危険かもしれない。だとすれば余計に早く逃げないとヤバい。
「おい……撤退だ!」
「は? いきなり何言ってんだよ」
「いいから逃げるぞ!全員撤退しろ!」
「冗談でしょ?ここまで来てのに」
「冗談じゃねぇ!見れば分かるだろ!俺達の攻撃でノーダメージなんて有り得ねぇ!あのモンスターAランクじゃないんだよ!早くギルドに戻って報告だ!」
グレイの鬼気迫る言葉で、全員の顔が一気に青ざめた。
グレイ達は確かにSランクパーティー。だが個人の能力はそこまで高くない。得意の連携攻撃でダメージが与えられないとなるとこれ以上戦う手段は残されていなかった。
「早くしろ!逃げるぞ!」
グレイ達は全力でその場から走り去った。後ろから響くソンモンキーの声に恐怖を煽られたが、振り向きもせず全員が必死に山を下った。
♢♦♢
~冒険者ギルド~
「ハァ……ハァ……ハァ……」
あれから全力で帰ったグレイ達は、必死の思いでギルドに戻った。既に夜も更け日付が変わろうとしている。
ロック山脈の下山中もモンスターに襲われたが、必要最低限だけ相手にし、ひたすら走って逃げた。
この時間帯、ギルドはSランク冒険者が担当している。今日の当番はジャックであった。
「――おいッ!!」
グレイはギルドに着くなり荒い息遣いの中声を荒げて受付のジャックを呼んだ。怠そうに足を組んで頬杖をつくジャックに、余計グレイは腹が立っていた。
「一体どうなってやがる!ロック山脈のソンモンキー、あれ絶対Aランクじゃねぇだろ! Sランクか突然変異のモンスターじゃないか⁉ あぁ?」
何やら必死なのは分かる。
だがジャックもまた、余りに傲慢で偉そうな物言いのグレイが癇に障った様だ。
「なんだお前……。1人で賑やかみたいだが、酔っ払ってんのか?」
「酔っ払ってなんかねぇッ! いいからソンモンキーのランク調べ直せよ!」
(マジでこのアホなんだ……?ソンモンキーがSランクなんて言う冒険者初めて見たぞ。って、どっかで見かけた面だと思ったら、確かコイツはルカと一緒だったグレイとか言う奴じゃねぇか)
ジャックは既に昨日の追放を知っていた。その為今このパーティにルカがいない事が分かったのだ。それも相まって余計にジャックとグレイの間に温度差が生まれていた。
「じゃあ逆に聞くけどよ、ソンモンキーがSランクだったという証拠は?」
「Sランクパーティーの俺達の攻撃が全く効かなかった! あんなの絶対Aランクじゃねぇ!」
「それだけ?(ぶっちゃけSランク冒険者の話ならまともに取り合うが、コイツ金色だからAランクか……。どうしよっかな~、聞いた感じめっちゃ微妙。確かにごく稀に突然変異で強くなるモンスターがいるんだよな)」
ジャックの中で判定は際どかった。だが、ソンモンキーが突然変異してないと言い切れないが、少なからずSランク冒険者のジャックには、目の前のグレイがそもそも強いと感じられなかったのだ。
「それだけで十分だろう! 俺達Sランクパーティなんだぞ!」
「分かった分かった。調べ直しておくよ」
「頼むぞ! こっちは命懸けだったんだからな!」
そう吐き捨て、グレイはギルドを出て行った。
そしてやはりジャックは確信した。
グレイの何気ない一連の動作や癖、動きがまるで隙だらけである事に。
(アイツあれでAランクなのか……? 隙だらけで何時でも攻撃出来たぞ。……後で奴の調査も頼んでおくか――)
こうして、グレイ達はソンモンキーの討伐は失敗に終わった。
♢♦♢
~冒険者ギルド・訓練場~
俺とジャックさんはマスターの部屋……ではなく、ギルドを出て直ぐ隣にある訓練場に案内された。
「マリアちゃん、何で訓練場に?」
「――来たようだね」
俺の質問に答えたのはマリアちゃんではなくマスター。しかもマスターの直ぐ側には2人の“冒険者”が――。
「あれ? バルトにリアーナじゃねぇか。何してるんだこんな所で」
やはりそうだったか。
マスターの横にいる人達が冒険者だと分かったのは、その2人が余りに有名だから。
風魔法を得意とする“風撃のバルト”と“氷の魔法使いリアーナ”。両者ともジャックさんと同じSランク冒険者。実力も折り紙つきだ。
「2人共私が呼んだのだ。一先ずグリフォン討伐ご苦労だったねルカ君。予想以上に早い帰りだったな」
「いえいえ、とんでもないです」
まぁロック山脈なんて普通の冒険者なら1週間は最低でも掛かるからな。これも実力の証明になるだろう少しは。
それにしても……何か妙に“嫌な感じ”だなさっきから。
「約束通りのクエスト達成見事だ。君には新たに冒険者タグを渡さなくてはならんのだが……。これはその“最終確認”とでも言おうか――」
おいおい……。もしかしてまだ俺の実力を試す気か?しかもバルトさんとリアーナさんはまだしも、何故貴方が“槍”を持っているんだマスターよ。
今俺の脳裏に駆け巡った“最悪”が現実となるならば、それはそれは考えてただけで恐ろしい――。
「ルカ君。今から君には、最後のテストとして“我々”と戦ってもらう!」
やっぱりかッ!
この空気感、もうそれしか答えがないもんなッ!
しかも……。
「待って下さいよマスター!急に戦うって……しかも我々って……」
「勿論、私とバルトとリアーナ……そして君もこちらだジャック」
そう言ったマスターの顔はいつの間にか鬼と化していた。
「成程、そう言う事ね。じゃあ早速やろうじゃねぇかルカ!」
「いや、吞み込み早過ぎだし、切り替えも早過ぎですよジャックさん……!」
「君は今から我々の攻撃を30分防ぎきってもらおうか」
「――⁉」
なにぃ⁉ Sランク3人とSSSランク1人の攻撃を防ぎきれだと⁉ しかも30分も! 幾らジークの力があるからってイジメもここまでくると酷いぞマスター!
<ほぉ、まぁ絶対に我が勝つが、さっきのグリフォンよりはいい退屈凌ぎになりそうだ>
「マリア君、時間を見ててくれ」
「あ、はい! 分かりました!」
「もう始めるんですか?」
「無論」
一言そう言うなり、マスターは本当に魔力を高め出し、それに続きバルトさんもリアーナさんも、そして当たり前かの如くジャックさんまで魔力を高め戦闘態勢に入った――。
「マジかよ……」
せめて気持ちの準備ぐらいさせてくれ!
「行くぞ」
俺の思いも虚しく、訳の分からん最終テストという戦いの火蓋が切って落とされた――。
「よっしゃぁぁぁ!」
「……⁉」
開始早々1番に攻撃を仕掛けて来たのはバルトさん。
風撃と呼ばれるだけあって見るからに風魔法の使い手。体に風の刃を纏い繰り出す連撃は、敵を一瞬で蹴散らすと言う……。
――ズバンッ!ズバンッ!ズバンッ!
「速ッ……!」
俺は連続で繰り出された突きと蹴りを何とか躱した。
攻撃が速い。しかも風圧が凄くて当たってもいないのに体が持っていかれそうだ。
<心地よい風だ>
吞気な事を言ってるジークは無視。
この状況だと近距離タイプのバルトさんとジャックさんが先ず攻撃を仕掛けてくる。バルトさんを上手く躱せたとしても次に来るのが……。
「竜神王の本気を見せてみろルカ!」
――ガキィィンッ!
「ぐッ、ジャックさん……!」
やはり連続で仕掛けてきた。
ジャックさんが振り下ろしてきた剣を、俺は魔力で超強化した腕で防いだ。
「ハッハッハッ、俺の剣を腕で防ぐとはな」
「熱ッ!」
炎魔法の使い手でもあるジャックさんの剣は業火に包まれている。この火力は幾ら魔力で防御していても近くにいたら熱過ぎだ。俺は何とか鍔迫り合いで払いのけ、一旦ジャックさんとバルトさんから距離を取った。
何故なら……。
「――“氷の追撃”!」
氷の魔法使い、遠距離タイプのリアーナさんの魔法がやはり飛んできた。バルトさんとジャックさんを同時に相手しながらコレを防ぐのは難しい。
――シュバンッ!
「よし、一先ず躱しきった。次はこっちの番……っておいおい」
無事リアーナさんの氷も躱したかと思ったのも束の間。躱した筈の氷塊が空中で方向を変えまた俺目掛けて飛んできた。
マジですか……。この氷まさかの追跡機能付きじゃん。
「うらうらうらぁぁぁッ!」
「余所見してんなよ!」
「げッ……!」
空中の氷塊に視線を移していた僅か一瞬の間に、地上では既にバルトさんとジャックさんがまた俺に攻撃を仕掛けて来ていた。
やばいッ!
頭では瞬時にそう思っていた。
だが、俺はこの3年間徹底してパーティの裏方に回っていた。雑用は勿論戦闘のサポートまで。
これは良くも悪くも……無意識の内に俺がジークの力を自由自在に扱える特訓にもなっていた――。
「「……⁉⁉」」
僅か一瞬の出来事。
考えるよりもまず体が動いていた。
俺は眼前まで迫っていたバルトさんの蹴りとジャックさんの剣をいなしながら軌道を変え、それぞれ2人の攻撃を飛んできていた氷塊へと向け相殺させた――。
――ズガァァンッ!
「なッ⁉」
「やるじゃねぇか……!」
ジャックさん達の攻撃を防いだ俺は今度こそ反撃しようと攻撃態勢に入ろうとしていたが、どうやらまだまだダメらしい。
今の攻撃の衝撃で氷塊が割れ爆炎が巻き起こった事により、視界一杯に煙が広がっている。全く姿を目視出来ないが、その中で静かだが確実にマスターの足音が俺へと近づいてきていた。
そしてその足音が一瞬消えたかと思った刹那、背後の煙の中から鬼の形相をしたマスターが槍の切っ先を俺に向けていた――。
「死ねッッ!」
「ええッッ⁉」
足音に一早く気付けた俺は、間一髪マスターの槍を躱せた。雷槍の英雄と呼ばれた伝説のSSSランクだけあって凄まじい一撃だった。
だが俺が気になったのはそこじゃない。これ確かテストだよな……? 聞き間違いでなければ、今マスター“死ねッッ!”って言ったよな……?
しっかり俺目掛けて――。
「――そこまで!」
時間を測っていたマリアちゃんの掛け声が響き、無事に最終テストは幕を閉じたらしい。
俺は正直、マスターの最初の攻撃時の死ね発言からその言葉がずっと気になり、残りの29分の戦いを全く思い出せずにいた。
「よくやったなルカ。流石だったぜ」
「凄い子が現れましたね」
「ここまで強いとは驚いた」
複雑な心境だったが、ジャックさんもリアーナさんもバルトさんもとても俺を褒めてくれた。これは素直に嬉しい。
「ご苦労だったねルカ君。これで見事君の実力は証明された。改めて……この冒険者タグを君に渡すよ」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って俺にタグを渡すマスターの表情は、皆が良く知るとても優しくて穏やかな顔だった。
さっき俺が見たアレは一体……。
そこまで考えた瞬間、俺の本能がそれ以上の詮索を止めたのだった。
アレはなにかの間違いだ。本気の戦闘だったからマスターも思わず気合いが入っていたんだろう。絶対そうだ。
こうして、俺は無事にSSSランクの証明である、黒色の冒険者タグを手に入れた。
「よっしゃー! 本物の黒色タグだ!白じゃない!」
嬉しくて俺はつい大声を上げてしまった。心の底から嬉しいのは何年振りだろうか。
「ではルカ君。無事力を証明出来た所で“次のクエスト”を頼むよ――」
「え……?」
話の流れが急過ぎて、俺はそのままただただ流された。そして気が付けばまたSランククエストの手続きが進められ、いつの間にかギルドの表へ出ていたのだった。
<――じゃあまた行くとするか>
「は?」
こうして、俺は新たなクエストへと向かった。
後にある1人の女の子と出会う運命だとは、全く知る由もなく――。
♢♦♢
~ペトラ遺跡~
「――なぁジーク、ベヒーモスってどんな感じ?」
<知力の低い単細胞だな。後は吐く炎が鬱陶しい>
成程。Sランク指定のモンスターだが大丈夫そうだ。寧ろ先日のマスター達の総攻撃に比べれば最早何とも思わん。グリフォンも余裕だったしな。
「じゃあ今回も楽だな」
<何だか雰囲気が変わったのルカよ>
「そうか?」
ジークの言った事は一理あるかもしれない。俺はあれ以来恐らく開き直っている。色んな意味で。
ジャックさん達に褒められたのは本当に嬉しい。自信にもなったからな。でもマスターと出会ってからというもの展開が早過ぎる。しかもこっちの気持ちの準備はまるで出来ていないのに。
今回のこのベヒーモス討伐のクエストもそうだ。
俺は折角ジークの力をしっかり自分のものにしていると、約束通りグリフォンを討伐したのにも関わらず、まさか最終テストと名目され総攻撃を仕掛けられた。でも無事に認めてもらって黒色のタグを貰えた。
だから俺はソロ冒険者として自由気ままにクエストを受けようと思ったのに……。何故俺の意志も選択肢もないままベヒーモスの討伐に来ているんだ俺は――。
「まぁいいけどね。どうせ最終的な目標は全モンスターを駆逐する事だから」
<何を1人でブツブツ言っている>
「それでも何でSランクのベヒーモス何かがペトラ遺跡で目撃されてるんだろう?」
<そんな事は知らぬ。早くあのデブを始末しろ>
ジークはかなり博識だ。これまでもかなり助けられた。
だがジークはモンスターの事となると最小限の事しか教えてくれない。コイツも俺と同じで相当モンスターが憎いんだろうな。裏切られる気持ちもよく分かる……。だから俺はそれ以上ジークに詮索するつもりはない。
「ベヒーモスってやっぱ肥えてるのか」
<たるんだ肉の塊だあんなものは>
ペトラ遺跡周辺に生息しているモンスターの平均指定ランクはB。本来ならSランクのベヒーモスがいるのは有り得ないから、今回は何らかの原因で迷い込んだか突然変異個体のどっちかじゃないかな。
「ん――?」
遺跡に向かっていたその時、数キロ先から人の叫び声が聞こえた。全く関係ないが何やら揉めているようだ。
「……いい加減にしろッ!」
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」
聞き耳を立てる訳じゃないが、こんな場所だと人がいる方が珍しいから静か過ぎて逆に聞いちゃう。クエストで来た冒険者パーティだろうな。
「お前のせいで魔法が使えないぞ!」
「勘弁してよね全く!」
「ごめ……んなさい……」
「もうダメだ!こんな奴置いて行こう!こっちが危険だ!」
「そうだな、お前はもう要らねぇ!このパーティから出ていけ!」
やっぱり聞くんじゃなかった。嫌な記憶がフラッシュバックしてきたよ。どうしよう? 今追放されたのは女の子っぽいな……。鳴き声が聞こえるし本当に他の奴らは去っちまった。
「どうするジーク」
<知らぬ。人間の事を我に聞くな>
そう言うと思った……。困ったなぁ。泣いてる女の子なんてどう接したらいいんだろう……。
散々悩んだが、ここはモンスターがそこら辺にいる地帯。後で変に負い目を感じるのも嫌だから仕方ない。取り敢えず安全な場所まで連れて行ってやるか。
**
「――いた」
俺は泣いている1人の女の子を見つけた。
「あ、あの~、大丈夫……?」
「――⁉」
泣いている女の子に声を掛けると、その子は涙を流しながら驚いた表情で俺の方へ振り返った。突然声を掛けられた事とこんな所に何故人がいるのだろうと色々困惑しているようにも伺える。
俺の顔を見た彼女は慌てた様子で涙を拭い、平静を装いながら笑顔で返事を返してきた。
「え、いや、何かごめんなさい……! 私は全然大丈夫です」
必死で笑顔を取り繕っているのはバレバレ。他人の俺に気を遣わせない様にしているんだろうな。
「そう……? もし良ければ安全なところまで送るけど」
そこまで口にしたと同時に気が付いてしまった。彼女のタグが金色である事に。アレはAランクの色だ。
「え、本当ですか⁉ 実は地図を持っていなくて道が分からないんです……。なので道だけ教えて頂いて宜しいでしょうか? 余計なご迷惑はお掛けしたくないので、道だけ分かれば後は何とか1人で帰れるかと……」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。
まぁ確かにAランクの冒険者ならモンスターの心配は大丈夫か……。でも道を教えるって言っても、到底口で説明出来ないほど複雑なんだよなここら。
「教えたいんだけど、ここら辺凄い入り組んでて俺もクエスト途中なんだ。だから速攻でモンスター討伐するから少しだけ同行してもらってもいいかな? そうすればその後直ぐに送り届けるからさ」
Aランクなら側にいるぐらい大丈夫だろう。俺も一瞬で片付けるつもりだし。
と、思っていたのだが、彼女の返事は余りに予想外だった。
「ご、ごめんなさいッ! 貴方に“同行”するのは絶対に無理です!」
ええーー⁉ 嘘、何で?
もしかして下心ある変態野郎だとでも思われたか俺……⁉
「え、いッ、いや……あのさ、別に俺変な下心がある不審者とかじゃなくて……!その、此処からだとさ、安全な場所まで行って戻るのに俺も時間掛かっちゃうしッ、だからその……直ぐに討伐終わらせて帰った方が都合がいいかな~と思ったんだけどッ……! 変な下心とかじゃなくて!ホントに! 全然離れて同行してもらって構わないしさ……!」
何してるんだよ俺。これじゃあ余計に怪しまれるぞ。逆に下心ありますと言ってるようなものだ。
「え? あの~違うんですッ……! そうじゃなくて……」
「ん、違うの?」
「勿論です。全然そんな風には思ってません……。ただ、同行したら絶対に貴方に迷惑を掛けてしまうので」
「ああ、それなら俺は大丈夫だよ。気にしないで」
「い、いえッ!“そう”ではなくて……あの、実は私……近くの人の魔力を吸ってしまう“特異体質”持ちで……」
魔力を吸う特異体質……?
何だそれ、初めて聞いたな。
「魔力を吸うって、何もしなくても近くにいるだけで……?」
「はい、そうなんです……。昔から自分でもコントロール出来なくて……。だから私が同行したら 絶対貴方にッ「――別にそんな感じ全くしないけどな」
俺の体に特別変わった様子もなければ彼女の言うように魔力を吸われて感じも全くない。俺は自分の体を確かめながら何気なく呟いただけだが、彼女は何故かとても驚いていた。
「え……⁉ 本当ですか? いや、でもそんな事有り得ない……」
「そうなのか? でも実際俺は大丈夫だぞ。ほら、何ともない」
「嘘……」
彼女は俺をまじまじと見ている。彼女にとっては余程信じられない光景なのだろうか。
「コレが理由って事なら、一先ず同行してもらうのはOK?」
よく分からんが同行自体が嫌でなければ俺も助かる。直ぐに討伐して帰ればいいだけだからな。
「も、勿論です!」
お、急に元気になった。取り敢えず良かった良かった。
「あの!貴方のお名前は⁉」
「ん、そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はルカ・リルガーデン。宜しく」
「私はレベッカと言います!レベッカ・ストラウスです」
お互いに自己紹介し、じゃあ行こうかと俺が言おうと思ったまさに次の瞬間、彼女の口から今日1番の驚きの言葉が発せられた――。
「あ、あの……ルカさん! 突然で失礼ですが、是非私と“パーティを組んで”下さい! お願いします!」
「――丁寧にお断りします」
心の底から出た混じりけの無い一言だった。
「え、そんな即答!? お……お願いします! 確かに突然で失礼ですが、私この体質のせいで、もう何十回もパーティから外されてしまってるんですッ……!
私の近くにいて魔力が吸われない人はルカさんが初めてでッ……!今までにこんな事なかったから……。
折角冒険者になったのにまだ1度もクエストを達成出来た事がないんです。だから無理を承知で……失礼を承知で言ってます。どうかお願いします!私とパーティを組んで頂けませんか⁉」
彼女の言葉もまた、混じりけの無い本心だった――。
涙ぐみながら頭を下げる彼女を見て、俺はそんな彼女と何時かの自分が重なって見えたんだ……。
彼女も俺と同じ。
信じていた仲間に捨てられ追放された。しかも単純に彼女は俺よりその回数が多いだろう。同じ俺にはよく分かる。
「そこまで言うならいいよ。パーティ組もうか」
無意識の内に、俺はそう言っていた――。