召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

♢♦♢

~ネオシティ・闘技場~

 昨日の事件から一夜が明け、遂に今日は俺とグレイの決闘日となった――。

 昨日レベッカを攫った男が言っていたが、今回の決闘は国王が取り決めたという事もあり、この1週間王国中が俺達の話題で持ち切りだ。闘技場にはこれでもかと冒険者や一般の人が決闘を観に来ていた。

 ただ単に国王が取り決めた異例の決闘と言うのもあるが、既に俺がルージュドラゴンを倒しモンスターを体に宿しているという話が広がっているらしい。それもここまで盛り上がっている理由の1つだそうだ。まぁ傍から見れば物珍しいからな……。

 そしてそんな俺の存在が危険であると証明する為に、グレイ達は俺と戦うのだ。ここでもう反則と言うか可笑しいと思うのは、俺は1人なのに対し奴らはパーティ4人で俺と戦うという事。まぁこれはジークを召喚している俺も反則みたいなものだから強くは主張出来ないし、俺からすればまとめて仕返し出来るから丁度いい。

 もうコイツらとは今日ここで全ての因縁にケリを着ける。

 俺が甘かったよ……。
 俺が舐めていた……。
 まさかお前達がここまで腐りきっているとは思わなかったから。

 もうお前達を人として見ないよ俺は――。


♢♦♢


「――それでは両者前へ! いざ……開始ッ!!」
「「おおォォォォォォ!!」」

 闘技場に響いた決闘開始の合図と共に、何万人という人の数で埋め尽くされた観客席から、凄まじい歓声が響いた。

「ルカー!頑張ってー!」

 これだけの人数が同時に声を発しているのにも関わらず、俺はレベッカの声を鮮明に聞き取れていた。すると、俺のすぐ側から不愉快極まりない声が聞こえてきた。

「――遂にこの日が来たなルカ! 今日お前をぶっ殺して俺は国王に認めてもらうんだ!覚悟しろッ!

(……何故あの女がここにいる⁉ 確かに奴らから攫ったと連絡が入っていたのに……どうなってやがるんだアイツら!
畜生ッ……!誘拐するのに幾ら金払ったと思ってやがる! 武器も防具も売って金かき集めたんだぞクソがッ!)」

 グレイは余裕そうな笑みを浮かべている。

「キャハハハ! アンタ相変わらず使えもしない剣提げてるの?マジでウケるんだけど! ランク上がってるくせに武器も防具もまともに買えないなんて有り得ないんだけど!

(ちょっとどうなってるのよ……⁉ ルカは棄権するって言っていたじゃないのよグレイ! だから仕方なく私のお金もグレイに貸してあげたっていうのにッ……!)」

 ラミアは相変わらず俺を蔑んだ目で見ているな。

「能無しの雑用がッ!もう卑怯な手を使わせねぇからな!

(おいおいッ、何やってやがるんだグレイは! 折角俺が苦労して裏稼業の奴の情報集めたのによ!
まさか金だけ取って奴らに依頼してないんじゃねぇだろうな?)」

 ブラハム、お前は昔から偉そうだ。

「グハハハ、お前相手に4人など必要ない!俺1人で十分だろう!

(何でルカの野郎がいるんだグレイ! お前が絶対大丈夫だと言うから、俺達は予備の武器も防具も全部売ってお前に金渡したんだぞッ……!
何がその道のプロに頼むだ馬鹿が! 失敗してるじゃねぇかよ!)」

 ゴウキンも変わらないみたいだな……。

<――ハッハッハッハッ! やはり数年間にこうしてハッキリさせておくべきだったな> 

 今になって本当にジークの言葉が身に染みるよ。俺が抜けてからもう数ヶ月は経つが、ここまで落ちぶれてくれるとはな。俺だけならまだ放っておいてやったが、レベッカに手を出した事は許さねぇぞお前ら――。

「ハハハ、相変わらずで安心したよ。悪いな……なんか“予定”が狂ったみたいで」
「「……⁉」」
 
 俺の発言に4人がびくりとなった。この反応を見ればもう一目瞭然。自白してるようなものだ。

「は、はぁ⁉ なに訳分からねぇ事言ってやがる!」
「もういい!さっさとコイツ始末して全て終わらせるぞ!」

 ゴウキンの言葉でハッとなった4人は一気に魔力を高め戦闘態勢に入った。

 ……だが、改めて対峙してよく分かった事がある。

 今までは一応パーティを組んでいたから、こうしてしっかり向き合う事が無かった。仲良く特訓をした事もなければ、敵として対峙するなど初めてだ。

 だからこうして今まさに分かったんだ……お前達が本当に“弱い”という事が――。

「おいおい、勘弁してくれよ。まさかと思うが、それがお前達の全力の魔力じゃないよな?嘘だよな?」
「ふざけんじゃねぇ!ちょっと強いモンスター召喚したからって余裕かましてんじッ……『――ドサドサドサッ……!』

 いきり立つグレイの言葉を遮る様に、俺は奴らの足元にオリジナルの薬草を大量に投げた。コレは昨日“思い付いて”用意したんだ。お前達の為にな。

「こ、これは……!」
「ルカの薬草?」
「へぇ。俺の薬草だって知ってるのか。まるで関心がなかったから意外だな。それ全部お前達にやるよ」
「何ッ……⁉」

 戸惑う奴らを無視して、俺は立て続けにジークの覇気を放った。勿論ちゃんとコントロールしてグレイ達4人だけに――。

「<体力と魔力が無くなったら好きなだけ使え。その薬草全て無くなるまで俺に向かって来い>」
「「……⁉⁉」」

 グレイ達は当然俺の言う事なんかに従いたくない。だが、コレは竜神王ジークリートの王の覇気。並大抵の実力ではこの力を防ぐのは不可能だ。

「な、何だッ……⁉ 体が思う様に動かない……!」
「ルカ如きにビビってるの……? 私が……?」
「ほら、早く始めようぜ皆」
「ぐッ……死ねこのクソがッ!」

 1番初めに動き出したのはグレイ。
 そしてこれが合図かの如く、王の覇気に必死に抵抗しながら、ラミア達も攻撃を仕掛けてきた――。

「俺達の連携で速攻殺すぞッ!」
「え、ええ! 食らいなさい……ファイアインパクト!」

 お決まりのパターン。
 ラミアの魔法攻撃を皮切りにゴウキンが続き、ブラハムとグレイが更に追撃を繰り出す。

 流れが全て分かっている俺はグレイ達の“余りに遅い攻撃”に暇を持て余した為、昨日手にしたばかりの新しい剣……ゼロフリードを腰から抜き、試しに魔力を流し込んだ。

「おー」

 これは凄いな。ちょっと魔力を流し込んだだけで本当に増幅してる。ジークの力と合わせたら無敵じゃないかこれ。

 おっと……。ラミアの攻撃がもう届きそうだな、同じ炎魔法で打ち消すか。

 ――ズバァン!
「「……⁉⁉」」

 俺は剣に炎を纏わせ軽く振るっただけ。ラミアの攻撃を相殺されたグレイ達は何が起こったのか分かっていない。ただ俺を驚いたように見つめながら立ち止まっていた。

「戦闘中にそんな隙見せたら死ぬぞお前ら。ほらどうした? 何時もの連携は」

 戸惑うグレイ達を煽る。得意の連携攻撃の初手を潰したものだから焦っているな。だが俺には分かるぞグレイ……。お前はプライドが高いから、こんな安っぽい挑発でも直ぐに乗ってくる。

「この野郎……! たかがルカのくせに生意気なんだよッ! 何してんだラミア!もう1発撃て早く!」
「ファ……ファイアインパクト!」
「続くぞお前ら!」

 馬鹿の一つ覚えかの様に、グレイはラミア達に指示を出し、再び連携攻撃を繰り出してきた。馬鹿にはやはり体で覚えさせるしかないみたいだ。

 俺は分かりきったグレイ達の連携攻撃を一先ず最後までやらせてあげた。そしてそのついでに1人1人軽めの攻撃を食らわせてやったんだ。

「ぐッ……⁉」
「がは⁉」
「な、何が起きた……!」
「……ゲホゲホッ!」

 準備運動にもならない攻撃。それにも関わらず、グレイ達は悶絶の表情を浮かべながらその場に蹲っていた。

「もう息が上がってるな。早く薬草でも使えよ。弱過ぎるぞ」
「ぐぐッ……畜生……! ふざけやがってルカ……ッ!」
「その威勢と聞き飽きた戯言はいい。兎に角かかって来い、ほら」

 蹲るグレイ達に対し、俺は更に煽った。皆ある意味根性だけはある。俺の挑発に血管が切れそうなぐらい苛立っているからな。

「くッ……本当にムカつくわね……! さっさとくたばりなさいよ!“ファイアキャノン”!」

 今度はラミアが1番最初に動いた――。

 この魔法攻撃はラミアの中で1番強力な魔法だ。
 本気になったのか感情をコントロール出来ていないのか分からないが、この攻撃に俺も応えるとしようか――。

 俺は剣を下ろし、持っていない反対側の掌を前に向けた。前方からはラミアの放った炎の塊が勢いよく飛んできている。そして、俺は前に出した掌でその炎の塊を受け止めた。

 ――ボウゥゥン!
「く、食らったわよ……! 皆今のうちに攻撃して!」
「よくやったラミア!」
「グハハハ! 殺してやる!」
「死ねルカー!」

 炎の塊が衝突した事により、辺りは一瞬で硝煙に包まれていた。

 自分の攻撃が“食らったと勘違い”したラミアに続いて、煙で視界が悪くなったところをグレイ達も狙って来た。

 一体何故俺に攻撃が通じると勘違いしたんだろう……?

 ――ガキィィィィン!
「「……!」」

 辺り一帯煙の中、金属の当たる音が闘技場に響き渡った。

「そんな馬鹿なッ……⁉」
「んぐッ……!」
「どうなってやがる……⁉ 俺達の攻撃を剣1本で……」

 煙が徐々に晴れていき、視界がクリアになっていく。俺達の戦いを見ている観客たちもまたザワつき始めていた。

 だがそれよりも少し早く……グレイ、ブラハム、ゴウキンの3人は、自身に起きた事に驚き動けずにいた――。

「う、嘘でしょ……⁉」
「凄い! 全員の攻撃を受け止めているぞ!」
「何が起きたんだ⁉」
「いいぞー! 一気に倒せ兄ちゃん!」

 煙が完全に晴れ、俺達の姿を捉えたラミアが驚きの声を上げていた。そしてそれとほぼ同時に、多くの観客達もまた大いに盛り上がりをみせた。

「これが全力か。情けねぇな――」

 あの煙の中、俺は3方向から同時に仕掛けてきたグレイ達の攻撃を、握っていた剣で全て捌いていた。

 そんな落ち込まなくてもいいのに。根本的にスピードが違い過ぎるんだから。俺とお前達じゃ。しかも今ので終わらせようとしたのか、渾身の攻撃だったみたいだな。弱過ぎるけど。

「くそッ……くそくそくそくそッ!! テメェは本当にムカつくなルカァァァァァ!」

 ――ボオォォォォ!
 攻撃を捌いた俺は今、自身の剣でグレイ、ブラハム、ゴウキンが振りかざしてきた武器を全て止めている、3対1の鍔迫り合いみたいな状況だ。3人は俺が攻撃を止めてからもずっと力を込めているのか、小刻みに体が揺れていた。

 そして、この鍔迫り合いの中、グレイが最後の魔力を振り絞り、再び己の剣に炎を纏わせた。

「うらァァァァァッ!!」

 グレイの雄叫びと共に、どんどん炎が強く巻き起こっていく。

「熱ッ……!」
「熱いなおいッ……!

 グレイの激しい炎に耐えられないブラハムとゴウキンはその場から慌てて距離を取る。だがグレイは更に炎を強めていく。

「ゔあァァァァァァァァァァッ!!」

 ヤケになっているのは一目瞭然。
 ただただ怒りに身を任せたその炎は次第にグレイ本人が耐えられない程熱を帯びていき、本当に限界まで上げた最大火力であろう炎を纏わせ渾身の一振りを放ってきた。

「死ねッ!ルカァァァァァァァァァァーー!!」
















「1人で暑苦しいんだよ――」


 ――ボフンッ……!
 俺はまるでゴミでも払うかの様にグレイの炎を払った。
 だって1人で五月蠅いし微妙に蒸し暑い。

「う……噓だろ……。有り得ない……」

 今ので完全にグレイは魔力切れ。戦意も喪失したみたいだ。

「<魔力切れか? じゃあ早く薬草飲めよ>」

 俺はグレイ達に再び覇気を飛ばしながら命令した。抵抗しつつも薬草を飲んだグレイ達は、体力と魔力が戻って再び威勢も取り戻した。

「ふ、ふざけんじゃねぇクソッ!」
「どこまで俺達を弄ぶ気だコイツ……!」
「こうなったら薬草使いまくって渾身の攻撃を放ち続けてやる!」

 本当に根性というか執念だけは凄まじいものを感じるな……。その勢いをもうちょっと他に向けられていれば良かったのに。まぁそんな事言っても今更だけどな。

 回復して開き直ったグレイ達は、その後怒涛の攻撃を仕掛けてきたのだった。

「「うおぉぉぉッ!!」」


♢♦♢


 もうどのぐらい時間が経った……?
 あれからというもの、グレイ達は4人で絶え間なく攻撃を繰り出していた。魔力が切れては薬草を使い、体力が切れては薬草を使う……何十回もその繰り返し。

 そして遂に、今のが最後の薬草だ――。

「ハァ……ハァ……」
「……」
「もうやりたくねぇ……」
「……グハハ……」

 全員、薬草で魔力も体力も回復しているものの、既に何時からか気持ちが折れていた。目にも生気が感じられない。まるで生きた屍の様だ。

 何十回……何百回……。何をやってもどんな攻撃をしても、一切俺にダメージになる事は無かった。傍から見ればやり過ぎかもしれない。少なからず同情する者もいるだろう。

 だが悪いがそんな事どうでもいい――。

 これは俺とグレイ達の問題なんだ――。

 それに、散々俺達にしてきた仕打ちに比べれば大したことはないだろ。

「今のが最後の薬草か……。詰まらないな。もっと用意しておけば良かった」

 グレイ達の精神はもはや崩壊寸前なのだろう。あれだけあった威勢が全員から消えている。もうまともに言い返す事も出来ないらしい。

 ここまでだな……。

「仕方ない。もう終わりにッ……「――ゔらァァァァッ!」

 本当にこれで終わりだと思ったまさにその刹那。
 消えかけの蝋燭が最後に激しく燃えるかの如く、最後の最後に突如グレイが雄叫びを上げた。本能が訴えかけているのだろう……。

「凄いよ。ほんと大した根性だ……。それだけ残念でもあるけどな」

 グレイの声に呼応する様に、他の3人も生気を取り戻し、本当に本当の最後の攻撃を仕掛けてた――。

「くたばりやがれルカーーッ!」
「――あの時、お前達に“最後に言った”だろ? ブラハム……お前は槍使いのくせに突きが甘いと」

 もう何時もの連携攻撃ではなかった。全員がただ本能的に意のまま攻撃を繰り出してきただけだった。

 最初に来たのはブラハム。相変わらず突きが甘い槍で俺を突いてきたが、俺はいとも簡単にその攻撃を躱し、剣の柄でブラハムに突きを放った。

 ――ズガンッ!
「こうやって突くんだよ」

 俺の攻撃を食らったブラハムは凄い勢いで闘技場の壁までぶっ飛び、そのまま打ちつけられた衝撃で気を失い地面に落ちた。

「くたばれクソ雑魚がッ!」
「ゴウキン……お前は攻撃が大振り過ぎて、次の動作が遅れる」

 言うだけ無駄か。得意の大振り放ってきたゴウキンに対し、俺はまたスッと攻撃を躱しながらガラ空きになった巨体の腹部目掛け、拳を打ち込んだ。

 ――ドンッ!
「そんな大振りは当たらない」

 ブラハム程飛ばなかったが、ゴウキンも殴られた腹部を悶絶するように抑えながら意識を失った。

「アンタなんか本ッッ当に大嫌い!!」
「俺も全く同じ意見だ。ラミア……お前は魔法に余計な魔力を込め過ぎだと言ってやっただろ。何でもかんでも欲張るな、尻軽女が」

 ある意味意見が最も合っていたかもな。俺もお前が凄く嫌だったよ。魔法使いだから魔法で教えてやるよ。

 ――バチバチバチッ!
「コレが魔法の使い方だ」

 俺はラミアに雷魔法を放ったが、全く当たっていない。奴の周りに撃ち込んだだけで悲鳴と共に気絶した。

 残るは……。

「ゔらぁぁぁッ! 消えろルカァァァ!」
「グレイ……お前ともこれで最後だ――」

 グレイは激しい炎を剣に纏わせ、思い切り振り下ろしてきた。俺も同様に炎を剣に纏わせ、グレイ目掛けて振り下ろした。

 ――ガキィィィィンッ!
 互いの剣が衝突した刹那、目を閉じてしまう程の光が生じた。
 そして、僅か1秒にも満たないその光が一瞬で収まると、砕かれた剣と共にグレイは気を失ってその場に倒れたのだった。

 ――キィン……。
 一呼吸吐きながら、俺は剣を鞘へと閉まった。

「――ここまでッ! 只今の攻撃によりグレイパーティ戦闘不能!よって、本日の決闘……勝者はルカ・リルガーデン!!」
「「おおぉぉぉぉぉッ!!」」

 こうして、俺とグレイ達の決闘は幕を閉じた――。
~闘技場~

 俺とグレイ達の決闘終了の合図が出されると、闘技場の盛り上がりがまだ止まない中、突如数十人の騎士団員達が入って来た。そして騎士団員達は魔力を封じる鎖でグレイ達全員の拘束を始めた。

 闘技場全体がどよめいていたが、俺は直ぐに昨夜の事が頭に浮かんだ。恐らく昨日騎士団に自首した奴らが全て白状したのだろう。その結果がこれだ。

 4人は気を失っていたが、グレイだけが辛うじて意識を取り戻した。

「うッ……。ん……な、何だッ……?」

 既に満身創痍であるがグレイだが、何故か拘束されようとしている事に抵抗し始めた。

「これはどういう事だ……! 止めろ……離せッ……!」

 しかし、グレイの抵抗は最早無意味。既に鎖で拘束された上に、どう足掻いてもこの状況は覆らなかった。

「――国王様!ご命令通りグレイとそのパーティーを……誘拐の主犯として取り押さえました!」
「ああ。ご苦労」
「誘拐の主犯……⁉ くそ……お、俺はそんな事していないぞッ!」

 往生際が悪い。
 そう思っていた次の瞬間、今度は突如国王自らが闘技場に降り立った。しかも国王が決闘を観ていた場所はここから優に4、5mの高さがある場所。その余りに軽やかな身のこなしはどう考えても素人の動きではなかった。

 もしかして、国王も元冒険者……?

 俺のそんな疑問は他所に、国王は騎士団員に押さえつけられているグレイの前に向かった。

「冒険者グレイよ――」

 国王から発せられた声は低く響き、まるで溢れ出る怒りを無理矢理押し込めている様にも感じた。その殺伐とした雰囲気に、闘技場が瞬く間に静かになってしまった。

「今しがたの決闘により、ルカが危険であると言う貴様の証明は無くなった。それに加え、貴様達は彼のパーティである女性を誘拐したという事が判明された。裏稼業の者達を金で雇ってな――」

 国王の凄まじい“覇気”によって、グレイは何も言えずただただ震えていた。

「私の命の恩人でもある彼を侮辱しただけでなく……このよう卑劣な真似をした非人道的な者を、私は絶対に許さんぞグレイよッ!」

 ジークとはまた別の王の覇気――。
 国王のこの言葉と威圧によって、グレイは完全に意気消沈した。

「貴様とその仲間達は全員本日をもって冒険者の資格を剥奪する!
そして貴様達は全員島流しの刑として“辺境の島”へ送る!そこで余生を過ごせ!以上だ――」

 グレイはもう全身の力が抜け、自力では立てなかった。騎士団員達に引きずられる様に連れて行かれ、ラミア達3人も意識がないまま全員運ばれていった。

 騎士団員によってグレイ達が連行され静まり返った闘技場。
 そこに国王の声が再び響き渡った。 

「皆の者、聞くがよい――!
ここにいる冒険者、ルカ・リルガーデンは、先に開催された王国の討伐にてルージュドラゴンを討ち取り、その場にいた私と多くの者の救った英雄である!
彼は特殊な召喚魔法によってその身にモンスターの力を宿しているが、今ここにいる皆が見た通り、その力はしっかりと彼によって掌握されている! 彼に対する安全性とその実力は十分に証明された!よって、金輪際彼の力に対する差別は私が認めない!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」
 
 静まる闘技場に国王の言葉が放たれ、この場にいた何万人もの観客達が物凄い大歓声を上げた。

「凄いな……」

 大歓声によって闘技場が揺れている。その割れんばかりの歓声に俺も気が付けば鳥肌が立っていた。

 これで本当に全部解決だよな……?

 レベッカの為に鬼と化すと決めて今日に臨んだが、正直、途中から静まり返る皆を見て、俺は逆に恐怖を与えているんじゃないかと不安だった……。いや、きっとまだこの大歓声の中にも少なからずそう思っている人もいるだろう。

 だけど……今日のこの瞬間というのは、俺とジークの存在が大勢の人に認められた特別な瞬間でもあった――。


「私に出来る事はこの程度かな――」

 大歓声が止まぬ中。国王が俺にそう声を掛けて来た。

「い、いえッ、とんでもないです……! 国王様が僕なんかを庇って頂けるなんて……。あの、本当に何とお礼を申していいのか分かりませんが……あ、ありがとうございます!」
「ハハハハ!命の恩人にそう思ってもらえたのなら何よりだ」

 国王は優しく笑っていた。
 
 俺は国王のその笑顔や皆の歓声を受けて、フッと肩の荷が下りた気がした。昨日から余分に色んな感情を込めていたせいもあるんだろうな。帰ったらゆっくりしよう。

 これで取り敢えず一段落……と、思いかけた瞬間、国王がまた俺を見るなり徐に口を開いた。

「――時にルカよ。不躾で悪いが、君は“国王団”に興味はないかね?」
「国王団……ですか?」

  国王団は特別に選ばれた者しか入ることが出来ない、言わば王国の精鋭部隊。

「そうだ。ギルドに所属するのではなく、国王団でフリーの冒険者としてやるつもりはないかね? 勿論仲間のレベッカ君も一緒にな」

 これはスカウト……されてるって事だよな? しかも国王から直々に……。ちょっとビックリした俺は一瞬言葉に詰まった。

「国王様、それは凄くご光栄なお話ですが、僕はこの世界のモンスターを全て倒すと言う目的があります。お言葉ですが……国王団に入らせて頂いたとしても、それは可能でしょうか……?」

 俺なんかがどの立場で物申しているんだと言う事は俺でも当然分かる。国王団など人生何回やり直したら入れるのかも分からない狭き門。だが俺とジークの最終目標はそこじゃない。俺達のやりたい事が出来なくなるなら、申し訳ないが無意味でしかないんだ――。

「ハハハ、流石多くの者を救った英雄だ。そんな偉大な目標があるのだね。
勿論、国王団に入ったからと言って君の志や未来を奪う気は毛頭ない。寧ろこれまでに出来なかった事を経験出来ると思う。
そして、大いに君の目標に力を貸せるだろう――」
「そうですか……。ありがとうございます。でも、返事は少し待って頂いても宜しいでしょうか。レベッカとも相談したいので」
「それは勿論構わない。返事は何時でもいいさ。気持ちが固まったらまた教えてくれ」

 この会話を最後に、国王は闘技場を去って行った。

 その後俺も闘技場を去ろうとしたが、受けた事のないこの大歓声を前にどう対応したらいいか分からず、戸惑いながら何度もお辞儀をして闘技場を後にした――。


♢♦♢

~闘技場・通路~

「――おいおい、うちの大切な冒険者を勝手に横取りしようとするなよな“ネロ”」
「ゼインさん……。ハハハ、聞こえてしまった様ですね」
「聞こえてしまったじゃないだろ。ルカはうちのギルドの冒険者だ」
「それは確かにそうですけど、あの貴重な力を1つのギルドだけでなんて勿体ないです。彼はもっと多くの命を救える存在。これでも“今は”国王なのでね、国の利益を優先させてもらいますよ」
「国や命を出されたらこっちも何も言えんな。反論出来ないじゃないか。相変わらずタチが悪いなお前は」
「何を言ってるんですかゼインさん。それはこっちの台詞ですよ。ゼインさんだって国王の俺をアゴで使うくせに……。今回だって結構協力したつもりですけど」
「ハハハハ! まぁ確かにそうだがな。でも“昔みたい”でたまにはいいだろ。お前が駆け出しの冒険者だった頃を思い出す」
「やめて下さいよ今更。ゼインさんには勿論お世話になりましたけど」
「本当に思っているのか? まぁこれで一先ず区切りにはなったが……。まだまだこれからも忙しくなりそうだな」
「ええ。そうですね――」

 俺が闘技場を後にする数分前、薄暗い通路で国王とゼインさんがそんな会話をしていた。

 だが当然、俺はそんな事知る由もない――。

~宿~ 

 遂に決闘が終わった俺達は、闘技場を出て宿へと戻っていた。そしてまだあの大歓声の余韻に浸りながら、俺はレベッカに国王団の事を相談した――。

「私はOK! 全然大丈夫。ルカと一緒に組めるなら何でもいいよ!」
<やっと強いモンスターと戦えるのならば受けるしかないな>
「あー、意外とそんな感じね……」

 今しがた国王から誘われた国王団の話をすると、意外にもレベッカもジーク乗り気だった。どうしようかと少しでも悩んでいた俺がなんだか馬鹿らしい。

 正直、国王団の話は予想外だったがとても嬉しい。実力を認めてくれた事もあるけど、やっぱそれ以上に俺達の目標への力強いサポートだからというのが1番。国王団の討伐や依頼なら、今まで以上に強いモンスターを多く倒せるだろう。

「それじゃあ本当にいいんだな? 国王団に入るって事で」
「うん」
<無論だ>

 こうして、俺達はあっさりと国王団の話を受けた。
 翌日には騎士団を通して国王に伝えてもらい、俺達は1度家に帰った。


♢♦♢

~ルカの家~

「――ルカが国王団にねぇ……。凄い話じゃねぇか本当に」
「ジャックさんには何から何までお世話になりまくってます本当に」

 あれから数日。
 国王団に入る事を決めた俺は、家の荷物をまとめて再びネオシティに出発する事になった。今まで住んでいた家はジャックさんが管理しつつ住んでくれる事に決まり、今こうして家の明け渡しを行っているんだ。

「まぁ別に近いからいいよな」
「そうですね。母さんの墓参りもしたいから定期的に顔出しますよ」
「そうか。取り敢えず頑張ってこい。ジークリートの力がありゃ余裕だと思うけどな。レベッカも頑張れよ」
「はい!ありがとうございます」
「じゃあすみませんが家宜しくお願いします」
「ああ」

 俺達はジャックさんに暫しの別れを済ませ、冒険者ギルドにも向かった――。

~冒険者ギルド~

「――あ、ルカさん! もう行くんですか?」

 ギルドに入るなり、俺を見つけたマリアちゃんが寂しそうに声を掛けてきてくれた。

「そうなんだ。もう出るからギルドの皆にも挨拶したくて。マスターいるかな?」
「勿論。マスターも他の皆さんも待ってますよ! お部屋へどうぞ」

 マリアちゃんに促され、俺はマスターの部屋に通された。するとそこにはマスターとフリードさん。それにリアーナさんとバルトさんまで集まってくれていた。

「わぁ……皆さんお集まりで……。なんか却って気を遣わせてすみません」
「何を言ってるんだよ水臭い。ルカ君の大事な門出だろう」
「そうよ。ドルファンはクエストで来られないけど、貴方に宜しく伝える様た頼まれているわ」
「頑張って来いよルカ!」

 俺なんかの為に、こんな多くの人がわざわざ動いてくれている。その事実や皆の言葉が改めて有難さを感じさせてくれた。ここにいる人達や他の色んな人達のお陰で今の自分があるんだ――。

「ルカ君、レベッカ君。君達のその力を……冒険者としてのその実力を、これからはより多くの者達の助けとして奮闘してくれる事を期待しているぞ!
何かあったら私にも声を掛けてくれ。出来る限りの事はこれからもさせてもらうからね」

 マスターはとても暖かい表情でそう言ってくれた。マスターにも本当にお世話になった。なりっ放しだ。俺とジークの事を守ってくれて、普通の冒険者として生きていける様色々と動いてくれた。それはきっと俺が知り得ない以上に大変で労力が掛かっていただろうに、マスターは決して俺の前で嫌な顔1つ見せなかった。

 鬼の様な形相は1度目にしたが……。

 あ、そう言えばまだこの剣のお礼を言っていない。

「マスター。何から何まで本当にお世話になりました! ありがとうございます!この剣も大切に使わせてもらいます!」

 マスターには頭が上がらない。感謝してもし尽せないよ。

「いやいや。これじゃあまだまだ“恩返し”には事足りんよ――」
「恩返し……? 全然そんな事ないと思いますけど……?」

 マスターが俺に恩返しって……可笑しくないか……? 俺何もしてないぞ。寧ろこっちが恩返ししまくらないといけないぐらいだ。

「ハハハ。まぁそれよりも、国王団での活動はきっと大変なものだと思うが、君達ならば乗り越えられるだろう。何時でも帰っておいで。活躍を期待しているぞ――!」
「「はい!」」

 こうして、俺達はギルドを出発し、国王団のあるネオシティに向かった。


♢♦♢


~王都ネオシティ・国王団基地~

 国王特別特殊任務隊――。

 国王団の基地へと訪れた俺とレベッカは、事前に伝えられていた通り国王直属の国王団……“国王特別特殊任務隊”に配属された――。

 この隊に命令権があるのは勿論国王のみとなっているそうで、他のギルドや組織の命令は受け付けないそうだ。そして俺達が配属されたこの隊には現在、俺とレベッカ以外に8名のフリー冒険者が所属している。

 ここにいる冒険者達は俺とレベッカの様に特殊な力を持っているらしく、皆相当の実力者だそうだ。

 そして、特殊隊は何時でも動ける様に基地内の寮に入る決まりとなっている。

 これに関しては俺とレベッカも全く問題ない。レベッカとの共同生活は楽しかったし不満もないけど、以前の様な物騒な事もまた起こり得るし、つい先日も“ハプニング”に襲われたからある意味寮は丁度良かったのかもしれない。お互いに……。

 だって“あれ”は大事件だ――。
 思い返しただけでヤバい……。もうレベッカに絶対“酒”は飲ませない方がいい。俺も羽目を外して幾らか飲み過ぎた……。間違いが起こらなくて本当に良かった。

 基地の中を見渡しながらそんな風に思っていると、基地の入り口で待機していた俺達の前に、1人の男の人が現れた。

「……待たせたな。お前達がルカ・リルガーデンとレベッカ・ストラウスか。
俺はこの特殊隊の隊長であるダッジ・マスタング! これからお前らの上官となる。命令は絶対だからそのつもりでいてくれ――」
「「宜しくお願いします!」」

 凄ぇ威圧感だな。これが俺達の隊長となるダッジさんの第一印象。

 ぱっと見ただけでも190㎝はあるであろう長身と、盛り上がった色黒の屈強な筋肉。それに相まってスキンヘッドとサングラスがより威圧感を醸し出している……。

 見た感じそのままの感想を言おう……。怖い――。

「よし。じゃあこのまま寮に案内する。国王団は所属ごとに建物が分かれている。お前達はそっちの建物だ」

 ダッジ隊長に説明されながら基地内を歩く事数分、俺達が入る特殊隊の建物に入った。すると直後にダッジ隊長が大声で誰かを呼んだ。

「おいクレーグ!」
「は、はいッ……! ってあれ、もしかしてもう新人ですか?」

 クレーグと呼ばれた男の人。ダッジ隊長に呼ばれるなり慌て様子で姿を現した。彼の周りのテーブルには、何やら幾つもの武器が散乱している。

「あれだけ時間守れと言っておいただろうが。毎度毎度武器ばっか改造しやがって」
「シッシッシッ、すみません。どうも周り見えなくってしまって」
「全くお前は……。もういいからこっち来て挨拶してくれ。今日から入る新人だ」

 ダッジ隊長に促され、その男の人はゆっくりと俺達の元に近付いてきた。

「僕はクレーグ。この特殊隊で副隊長やらせてもらってます。武器が大好きでずっと弄っているから、武器の事で何かあったら何時でも聞いてね。よろしく!」
「俺はルカ・リルガーデンと言います。一応体の中にモンスターを召喚してます。宜しくお願いします」
「あ、私はレベッカ・ストラウスです。魔法使いでえすが、魔力イーターという特殊体質を持っています。宜しくお願いします」

 俺とレベッカの自己紹介を聞くなり、副隊長のクレーグさんは急にニコニコ割り出した。

「うは~、こりゃまた凄く面白い人材を仕入れてきたみたいだね」

 ちょっと変わった人みたいだけどとても優しそうだな。ダッジ隊長マジで怖いから何かあったらクレーグ副隊長に言おうかな……。

「俺はまだ作業が残っているから後は頼むクレーグ。他の奴らにも紹介してくれ。後“遊び”は程々にしておけよ。初日だからな」
「了解です、任せて下さーい!よし、それじゃあ皆のところに行こうか」

 そう言うと、クレーグさんはテーブルに置かれた長剣を徐に手にすると、「こっちこっち」と案内を始めてくれた。

 うん。可笑しいだろ。

 その長剣を手にした事もそうだが、その前のダッジ隊長の“遊び”というワードも引っ掛かる。そしてまたややテンションが上がった様に見えるクレーグさんも怪しい。

 まぁ何となく察しは付くけどな。

 “同じ様な事”をマスター達にもやられたし――。

~特殊隊の寮・訓練場~
 
 クレーグさんに案内された俺達は、とある広い部屋に招き入れられた。この部屋に入る際、入り口に記された文字を確認すると、確かに“訓練場”という文字が……。

 この先に起こりそうな俺の嫌な予感は、どうやら的中しそうです――。

 俺のそんな思いを他所に、クレーグさんは寮の中を簡単に説明してくれていた。この訓練場に限らず、他の場所も基本的に使用は自由らしい。

 そして今いるこの訓練場とやらは、Sランク以上の冒険者しかいない俺達特殊隊の者達でも壊れないよう、なにやら特殊な結界が張られているらしいので、思う存分暴れていいよと最後にクレーグさんが言った。

<ほぉ。どれだけ暴れても問題ないと。ならば我の力とどちらが上か後でハッキリさせようか――>

 ……と、この訓練場に1番興味を抱いたのはジークだったが、俺のこの嫌な予感が当たるとするならば、後でハッキリさせなくても“今すぐ”そうなるぞジーク。

「――おーい、全員集まってー!!」

 クレーグさんのその掛け声によって、新たなに4人の冒険者達が集まってきた。男2人に女2人。そして集まった4人に対し、クレーグさんが俺達を紹介した。

「皆いい?今日から新しくうちの特殊隊の仲間となる、ルカ・リルガーデンさんとレベッカ・ストラウスさんです。って事で、皆も順番も挨拶してくれるかな」

 クレーグさんにそう言われ、最初に口を開いたのは右端にいた男の人。どこか幼さの残る少年の様な見た目。歳いくつだろう……? 彼はニコニコと人懐っこそうな笑顔を浮かべながら自己紹介をしてくれた。

「俺の名前はピノ・コールだ。特殊隊に来てまた半年ぐらいだけど宜しく!」

 彼に続いて口を開いたのは横にいた女の人。ロングの金髪を掻き上げながらキリっとした目で俺達を見て口を開いた。

「私はエレナ・マーライン。一応料理が得意だ。宜しくね」
「何でもかんでも焼くのは料理と言わないのよ」
「余計な事言わないでよ。それよりアンタも挨拶しなさい!」

 エレナと言う人に横槍を入れたのは直ぐ隣にいたもう1人の女の人。青い髪と大きな瞳が印象的な可愛いらしい感じの女の子。だがその胸元はとても立派。男なら思わずたわわな胸に視線がいってしまうだろうが、俺は何とか一瞬で逸らした。

 何故逸らせたかって……?

 それはな、何故か俺が彼女の胸に視線を奪われた刹那、隣にいたレベッカから突き刺さる様な気配を感じ取ったからだ。気のせいだと思い確認したが、確かに俺を睨みつけていた……気がする。

「アハハハ!私はジェニー・シトラスって言うの。宜しくね!主に情報収集や諜報活動を任されてるわ。この“魔眼”でね――」

 ジェニーと名乗った豊満な女の子は、そう言いながら俺達に不思議に輝く瞳を見せつけてきた。

 凄いな……。魔眼なんて初めて見た……。

 彼女の吸い込まれそうな魔眼に目を奪われていると、まだ紹介をしていなかった男の人が凄く静かに口を開いた。

「……ジルフ・レイン。魔法を使う……」
「「……」」

 ん?

 今ので終わりか……?

 思わずきょとんとしていたであろう俺とレベッカの反応を見て、エレナさんが直ぐにフォローに入った。

「ああ、ゴメンね。ジルフは人見知りで物静かなの。慣れたら大丈夫だから大目に見てあげて。これでも可愛いところあるから。それと他の冒険者は今任務中でいないんだ。まぁこんな感じだけど宜しくね」

 成程、ジルフさんとやらは人見知りなのか。良く見ると凄いイケメンじゃないか……?

「よし、皆終わったね。そしたら次は君達も簡単に自己紹介してくれるかな?」
「はい。俺はルカ・リルガーデンと言います。えっと、一応体の中にモンスターを召喚してます。宜しくお願いします」
「私の名前レベッカ・ストラウスです。魔法使いで、魔力イーターという特殊体質です……。宜しくお願い致します」

 俺達が自己紹介を終えると、4人は「やっぱ国王って物好きだよね――」みたいな会話をしていたが、真意はまだ俺達には分からなかった。

「あー、そう言えば、隊長以外は敬語なしでいいからね。仲良く名前も呼び捨てで。みんなそんな感じだからさ」

 クレーグさんが優しくそう言った。俺が思っていた以上にいい人達ばかりみたいだ。堅苦しい感じもない。

「さて、それじゃあそろそろ“自己紹介本番”といこうか――」

 は……?

「OK! じゃあレベッカはこっちね!私達と裸の付き合いするよ!」
「えッ……⁉ は、裸⁉ え、ちょッ、どういう……えぇぇぇ⁉」

 訳も分からず、レベッカはエレナとジェニーに強制連行され訓練場から出て行った……。

 そして残された俺は――。

「よし、早速“始めよう”か!」

 やはり悪い予感が的中した。全く嬉しくないけどな。持って来た長剣の意味もやっぱりそうか。マスターとの最終テストを思い出すよ。

「あのー、クレーグさん……。一応確認なんですけど……」
「敬語なしでいいって言ったでしょ? さん付けも要らないよ。それに、何か確認する必要あるかな?」

 クレーグさん……じゃなかった。呼び捨てでいいんだよな。

 クレーグはもう分かってるだろと言わんばかりに俺に微笑みかけてきた。手にしている長剣を見せつけながら。

「やっぱりそうか……。冒険者って強ければ強い程変わり者が多いよな」

 小さく呟いた俺の声は誰にも聞こえていないだろう。

「よし! 俺からいこうかな!」

 張り切って先陣を切ってきたのはピノ。そして何やら此処にはルールがあるらしく、戦う当事者同士以外の観覧は無しとの事だ。

 つまり、訓練場には俺とピノだけとなっていた――。

「手加減なしな! 本気でいくぞ!」

 始まりの合図は決まっていない。早くもやる気満々のピノはそう言うなり突如手を大きく振りかぶった。よく見るとその手には何やら棒のような物が握られており、長さは20㎝程。優に数メートルは離れていた俺とピノの距離ではとても届くとは思えない。

 一瞬魔法を放つ杖やランスの類かと思ったが、俺のそんな予想は瞬く間に消し飛ばされた。

 ――ビシュン!
「これは……!」

 ピノが棒を振るった瞬間、風を切る音が聞こえた。奴が手の棒を振る度に、訓練場にシュンシュンという鳴り響く音。よく見ると、ピノが手にする棒からは水の様に揺らめきながら反射する透明なロープが伸びていた。いや、もっと分かりやすく言うならアレは鞭と言った方が近いだろうか……。

「どう?ビックリしたでしょ! この鞭はちょっと変わった武器なんでね、コレは“水の錬成師”って言う特殊適性の俺だから出来る技なんだ」「水の練成師……?」

 確かに聞いた事無いな。

「ルカの力も教えてもらったからさ、俺も教えてあげる。俺は水ならどんな形でも自由に操作出来るんだ」
「成程。じゃあこれは鞭であって鞭では無いって事か」
「そんなとこ」

 これは結構面倒な技だな。でも、水なら雷に相性悪いだろ。

「わざわざ教えてくれてありがと。じゃあ次は俺から攻撃するぞ」
<よしよし、やっと来たか! 早くやれルカ!>

 珍しくジークがノってるな。それだけここにいる人達が強いんだろう。

 そんな事を思いながら、俺は雷魔法をピノ目掛けて放った。

「“トール”!」
水成の防壁(アクアシールド)

 俺が雷魔法を放った直後、ピノは直ぐに水で防御壁を繰り出した。相性の悪い雷を防いだし反応速度も速い。

 流石国王団の特殊隊……。そこらの冒険者とはレベルが違う。

「トール!……10発でどうだ」

 俺は先程のトールを10発放った。強い落雷撃が一斉にピノに降りかかる。

「“オールリフレクション”!」

 ピノもすかさず魔法を繰り出し、水の周りを全て覆った。それにより俺の放った落雷全てをガードされ雷を打ち消されてしまった。

 だが……。

「もらった!」

 防がれる事を想定していた俺は既にピノの後ろに回り込み、マスターから貰ったゼロフリードに雷を纏わせながら既に攻撃モーションに入っていた。

 ――ズバァァンッ!
 ドーム状にピノを覆っていた水の壁ごと、俺は剣で斬り裂いた。

「容赦ないねぇ……!」
「手加減なしっていったのはそっちだろピノ」

 本当は今の一振りで決めようと思っていたのに、予想以上に水の壁が厚かったな。

 防壁を破られたピノは即座に剣を持っていた俺の手に蛇の如く水を巻き付けてきた。縄の様に丈夫な水によって完全に腕が捕まった。これで次の動作に入るのも遅れる。

 ……と、そう思ったであろうピノは俺の予通り次の攻撃を放とうしてきた。だが残念だピノ……。コレはお前ではなくて、俺にとって願ってもない1番いいチャンス――。

「“放雷《エレクトリック》”!」

 水は当然電気を伝う。
 俺は巻き付いていたピノの水に、雷魔法を流した。

「しまッ……⁉」

 ピノも瞬時にヤバいと勘づいた様だが、時すでに遅し。ビリビリっと感電したピノはそのまま倒れてしまった。

 勿論雷の威力は抑えたから気を失っているだけだ。
~特殊隊の寮・お風呂場~

「――ちょ、ちょっと待って下さい!まだ心の準備が……!」

 エレナとジェニーに強制連行された連れてレベッカは、訓練場からある場所へと移動していた。レベッカの前には1つの扉が……。突然の事で本能的に自己防衛をしていたレベッカは、当然その扉の奥が何の部屋なのかは分からないが、必死でそこに入る事を拒み踏ん張っていた。

 だが、エレナとジェニーも実力者。レベッカも流石に2人相手では敵わなかった。

 ――ガチャ……。
「アハハハ! さっきから何そんなに怖がってるのよ。 言ったでしょ?“裸の付き合い”だって。女同士仲良くお風呂に入るだけよ」
「そうそう。今日はここに来るだけでも疲れただだろう?堅苦しい挨拶も終わったし、後はのんびりくつろぎましょう」
「え……? 本当にただのお風呂……なの……?」

 レベッカが逆に戸惑ってしまう程、そこはごく普通のお風呂だった。「早く早く」と言うエレナとジェニーは既に服を脱いでいたのだ。

「な、なんだぁ。ただのお風呂か……。あの国王団だから気を張っていたけど、思ってたより皆ラフな感じで良かったぁ。エレナさんとジェニーさんもいい人そう――」






 ……なんて、レベッカが思ったのは湯船に浸かるまで数分であった。

「それでぇ? ルカとはどんな関係なのよレベッカ」

 体を洗っている時は他愛もない話をしていたレベッカ達であったが、湯船に入るなりジェニーが何とも主張の強いフワフワな胸を押しつけて、レベッカの片腕をギュっとホールドしながら聞いた。反対側の腕はエレナ。

 ニヤニヤしながら腕を絡めてくる2人、レベッカは最早逃げられなかった――。

「どんな関係って……あの、ただ同じパーティだけど……」

 少し恥じらいながら言うレベッカに、すかさず切り込んで来る2人。

「いやいや、だって健全な男と女が何か月も一緒に暮らしてるのにさ、何もない訳ないでしょ!」
「そーだよレベッカ!よく見たらそこそこ顔も悪くないし、レベッカも全然ありなんでしょ?さっきルカが私の胸見た時一瞬で殺意放ったもんね!」
「い、いやッ、私そんな事……⁉」

 レベッカ本人は勿論そんなつもりはなかった。ただジェニーが言う様に、一瞬胸に視線を奪われたルカに対して何とも言えない気持ちをしていたのは嘘ではない。

 そしてそれをジェニーにまんまと見透かされたのが余計にレベッカは恥ずかしかったのだ。

「フフフ、素直じゃないねぇ。で、2人はどこまで“した”のよ?」

 レベッカの初心な反応をみたエレナが悪戯っぽく耳元で囁いた。

 それに対し、レベッカはつい先日の出来事が頭を過っていたのだ――。

「どこまでも何も……な、何もしてないよ……!」
「アハハハ!レベッカって隠し事出来ないタイプだ」
「しょうがない。口を割らないなら“出番”だよジェニー!」
「了解!レベッカ、私のここ見て」
「ここ……?」

 ジェニーは自分の額を指差しレベッカに見せた。

 すると次の瞬間、うっすらとジェニーの額に線が見えたかと思いきや、それがグワっと開き突如“眼”が現れた。

「きゃッ⁉」

 思わず声を上げるレベッカ。ジェニーとエレナは変わらずニヤニヤしている。そして……。

「魔眼……“真実を晒す眼(ヴァールハイト)”!」

 
 古来より、魔眼に見られた者は魔眼の力に絶対抗えないと語られていた――。

 そして、ジェニーの魔眼はまさにその言い伝え通り。

 魔眼に見られた者の意図とは反して、レベッカはつい先日のルカとの出来事を話し出していたのだった――。


 ♢♦♢

~ルカの家~

 話しは遡る事3日前――。

 一通り身支度を済ませ、後はネオシティに出発するだけとなったルカとレベッカは、これまでの事とこれからの事を総じ、2人で初めて一緒にお酒を飲みながら楽しい時を過ごしていた――。

「ん~! このお酒飲みやすくて美味しいね」
「そうか? なら良かった。お店の人のオススメだったんだ」
「うん、凄い美味しい。ありがとうルカ。これならたくさん飲めるかも!」
「ハハハ、別にたくさん飲まなくてもいいんだよ」

 何気ない会話をしながら、2人はお酒と共に楽しい時間を過ごしていた。

 身の回りの事も一段落して気持ちに余裕も出来ていたのだろう。

 確かに楽しい時間を過ごす中で唯一、ルカは勿論の事、レベッカは本人も忘れていたのだ……。

 自身がお酒に“弱い”事を――。




「ルカ~!一緒に寝よ!」
「レベッカ、お前酒弱かったんだな……」
「早く一緒に寝よ~!」

 いっそ酒が弱いなら記憶も全部なくなれば良かったのにと思うレベッカであったが、生憎この夜の出来事は覚えていた様だ……。

「一緒に寝られる訳ないだろ。酔ってるならもい寝た方がいいぞ」

 ルカは苦笑いしながらそう言ったが、レベッカはまだ寝ないと言い張っていた。だがルカは何とか2階まで連れて行き、レベッカを寝室に寝かせたのだった。

 しかし、納得いかなかったレベッカはとりあえず寝たふりし、ずっと聞き耳を立てながらルカが寝静まったのを確認していた。

 そして物音が完全にしなくなったところを見計らいレベッカはルカの部屋に侵入。ルカもお酒が入って気持ちよく寝ているせいか、全く気付く様子がなかった。

 まだ酔いが回っているレベッカは寝ているルカの顔をつねったり触ったりと悪戯していたが、少しだけ空いた窓から入ってくる夜風が肌寒く、それに相まって睡魔にも襲われたレベッカはルカの布団に入り込んだのだった。

「寒いなぁ……。しかも急に眠くなってきたし、このまま此処で寝ちゃ……」

 皆まで言いかけ、レベッカはいつの間にか深い眠りについていた――。











「――ん……」

 窓から差し込む日差しによって、レベッカは重い瞼をゆっくり動かした。

(あれ……もう朝……?)
 
 朧げな意識の中、眩しい日差しに再び瞼を閉じると、突如レベッカの真横で声が響いた。

「レベッカ、起きたか?」

 その声でレベッカはパッと目が覚めた。

(え、ちょっと待って……⁉ ここ“私の部屋”だよね……? 何でルカの声が聞こえるの……⁉ そ、それに……何か私以外の人肌を感じるんだけどッ!ううん、って言うか体が接触してない……⁉ 何でッ⁉)

 一瞬にして頭が正常化していく――。

 酔いも寝ぼけも完全にすっ飛んだ。

 レベッカはどうしようもない程抑えきれない恥ずかしさを必死で抑え、自分の“胸”に感じる暖かさを恐る恐る確認したのだった。

「……ル、ル、ル……ルカ……⁉」

 視線を自らの胸に落とすと、そこには紛れもないルカの頭部があった。しかもレベッカの胸に顔を埋めている状況だ。しかもレベッカ本人が自らホールドしている形になっていた――。

 状況を理解すればするほど顔が青ざめるレベッカ。

 自分でも全く状況が整理出来ない。そもそも自分の部屋ではなくルカの部屋。しかも自ら胸に抱きしめているルカの顔は、何故か直接肌感を感じている……。

 つまり、レベッカは服を着ていないという事実が新たに判明された。そして更に顔からは血の気が引いて行く……。

「レベッカ……?」
「あ……お、おはようッ! ルカ!」

 困惑し過ぎて声が裏返るが、最早レベッカはそれどころではない。一刻も早くこの状況を打破したかったのだ。

「やっと起きたみたいだな……。取り敢えず俺はこのまま目瞑ってるから、早く服着てくれる?」
「わ、わッ、わ、わ……分かりました~ッ!!」

 そうしてレベッカは超慌てて服を着るや否や、自分の部屋に猛烈ダッシュで戻っていった。

 これがつい3日前の出来事である――。

 ♢♦♢

~特殊隊の寮・お風呂場~

 そして話は再びお風呂場へ戻る――。

「えぇ⁉ その状況でルカは何もしなかったの⁉」
「あり得ないんだけど! 女に恥かかせて」

 話を聞き終えたエレナもジェニーも何やら怒っている様子。レベッカ本人も恥ずかしさが先行していたが、改めて冷静に思い返すと、あの状況で何も無かったという事は……そういう事なのだろうと思い知らされた。

 そう思ったレベッカはふと切なさが押し寄せていた……。


「魔眼なんてズルいよ……。本当に恥ずかしい事なのに……」
「ねぇエレナ、今の泣きそうなレベッカ更に可愛くない?」
「確かにコレは破壊力があり過ぎる! これでよくルカは耐えたな……。あいつ聖人か何かか?」
「私が男なら間違いなく襲うね。それに乙女としては、その状況で何も無いって事が逆に傷つくわよ」
「そこよ! ここぞと言う時にはちゃんと手を出してくれないとなぁ」
(あれ、何か恥ずかしいだけじゃなく頭がフラフラする……。これお風呂から上がらないとまずいかッ……『――ザプンッ!』
「「レベッカ⁉」」

 その刹那、レベッカは湯に沈んだ。

 どうやらのぼせた様である――。
♢♦♢

~訓練場~

 ピノと勝負が着き、倒れたピノをクレーグが運んで行った。そして次はどうやらジルフらしい……。

「ジルフ……さん。宜しく」
「……さんは要らない……」

 ジルフは静かに一言だけそう言った。

 うん、よし。慣れるまで時間が掛かりそうだけど、この人はこういうタイプの人なんだよな。取り敢えず堂々と立ってるという事は、やっぱりピノみたいに俺と戦うつもり……だよな? 攻撃していいのかな?

<早くしろ>

 迷っている俺にジークが声を掛け、俺は一先ず雷魔法を放った。

「“トール”!」
「……“光の相壁(フォース・タクト)”……」

 俺の雷とはまた違う輝きを放った光が、突如ジルフの前に現れ雷をを防いだ。しかもかなりの魔力コントロール。さっきのピノの防御とは違い、俺の攻撃に対して余計な魔力を使わない“確実な相殺”。

 今の1回でジルフも只者ではない事が分かった。

「かなりの高等技術だ……。魔法が得意なら恐らく中、遠距離タイプだろう。接近戦で勝負だ!」

 ――ガキィィンッ!
 雷を纏わせた俺の一太刀を、ジルフは手から放った風魔法の風圧で遮った。そしてジルフは更に反対の手から光魔法を出し、両手の風と光の魔法を融合させ攻撃を放ってきた。

 ――ズガァァンッ!
「危ね……!」

 俺はジルフの攻撃を間一髪で回避した。壁に衝突したジルフの攻撃は激しく弾けて消えていった。

<これはなかなかセンスのある奴だ。初めて人間相手に関心したわ。まさか違う属性のものを融合せるとは>

 ジークが相手を褒めるなんてマスターやジャックさんの時以来だろう。それぐらいジルフも実力者という事だ。

「でも、近づけさせたくない感じだから、やはり接近戦なら俺に分があるよな」
<分かってるならやれ>

 そう。魔法を繰り出すのも早いジルフに対抗するには、それを上回るスピードで一瞬で距離を詰める……と、俺とジークの意見はまとまっていたのだが、どうやら戦闘は人見知りではないらしいジルフが既に次の攻撃魔法を放っていた。

「“氷炎の流星(フレイスメテオ)”……」

 氷と炎の弾丸が無数に上空に放たれ、それが俺を追跡するかの如く降り注いできた。

 ――ズガガガガガガッ!
 広い訓練場を駆け回りながら避ける。やはり追跡式なのか全て的確に俺を狙ってくる。それに1発1発威力が強い。数も多いし。

 俺はジルフの攻撃を躱しつつ距離を詰めるタイミングを見計らっていた。だが、そこまで予測していたであろうジルフは、攻撃魔法を繰り出しながら更にまた防御壁を出し身を守ろうとしていた。

<ほぉ、やはり相当のセンス。2つを融合させるだけでなく複数同時魔法も扱うとは>
「褒めてる場合じゃねぇ……させるかッ!」

 俺は即座にドラゴン化し、ジルフが防御壁を出し切る前に一瞬で距離を詰めた――。

 流石のジルフも驚いた表情を浮かべ、直ぐに何か魔法を放とうとしたが、間に合わないと判断したのかスッと手を下ろして小さく「降参……」と呟いた。

 その言葉を聞いた瞬間、俺も反射的に攻撃を止めていた。

「強過ぎだね……」
「いや、ジルフもかなり魔法センスあるよ。俺が出会った中で1番だ」

 俺がそう言うと、ジルフは少し口元を緩め、嬉しそうな表情をした。

 成程……。可愛いとこがあるとはコレか。確かにその通りだ。ギャップがある上にやはりこの整った顔面。羨ましい……。

「……クレーグ呼んでくる」

 可愛いらしい表情を見せたのは一瞬。ジルフはまた無表情戻ってクレーグを呼びに行った。

「――なかなかやるねルカ。2人を瞬殺なんてさ」

 この流れはやはり全員と戦うみたいだな。最後はクレーグか。基本的に他の観覧は無しとの事だが、クレーグが許可してピノとジルフも訓練場に入って来た。さっきの戦いで気絶させてしまったピノもどうやら大丈夫そうだ。

 良かった……。ちょっと心配だったんだよな。一先ず安心だ。

「ピノもジルフも確かに強かった。だけど、申し訳ない……。俺は更に上を目指している。なにせこの世界のモンスターを全て駆逐しなきゃいけないからな――」
「クククク、それはまた面白い事を言うね。だとしたら僕にも余裕で勝たないとね」

 そう言うと、クレーグは重そうな長剣をいとも簡単に振り回した。ダッジ隊長と違って特別ガタイが良い訳でも筋肉が凄いある様にも見えないのにな。

 この人も強い……。先手必勝だ。

「“炎の龍撃(ドラフレイム)”!」

 俺は掌から炎の龍を出し勢いよくクレーグに放った。

 ――ブワァァンッ!
 クレーグが炎の龍を長剣で受け止めた瞬間、炎がみるみるうちに小さくなっていった。

「“ブラックホール”――」

 気が付けば炎の龍は吸い込まれる様に消え去ってしまった。

「なんだ……? 相殺された?」
<違うな。今のは吸収された。どうやらあの剣の力か何かだろう>
「そんな武器あるのかよ。ならこっちも剣でいくッ……『――ガキィィン!』

 刹那、一瞬で距離を詰めてきたクレーグが長剣を振り下ろしてきた。ギリギリ俺は剣で受け止めたが攻撃が重い。軽々振っている見た目に反して、体の芯まで響いてくる。

「“トール”!」
「“ブラックホール”!」

 炎がダメならと雷を放ったが、さっきと同じ様に全て長剣に吸い込まれた。続け様に2撃3撃と放ったが結果は変わらず――。

 俺は一旦クレーグと距離を取った。

「厄介だなーアレ。どうしよう」
<造作もない。我の魔力とこの剣を合わせれば魔力量はほぼ無限だ。気の済むまで吸わせてやれ>
「確かに。そうするか」

 攻撃手段も決まり、俺は再びクレーグに剣を振り下ろす。すると当然のごとくクレーグは長剣で受け止めた。

 よし。ここからだ。

「これじゃずっと同じだよ?」
「心配ご無用」

 余裕な笑みを浮かべるクレーグに対し、俺もニヤリと笑った。そして魔力が吸い込まれていく事を確認した俺は一気に魔力を注ぎ込んだ。
 
「わッ……⁉ コレは凄まじい魔力だね。でも、こんな勢いで放出したら持たないよ?」
「心配ありがとう」

 吸い込み続ける長剣に対し、更に魔力を注ぎ込んだ。

「おいおい……! 無理しないでそろそろ止めた方がいいんじゃない?」

 魔力を注ぎ込む程クレーグの笑みが消えていく。焦ってるみたいだな。それにしても……もうかなり出してるのに何処まで吸い込むんだコレ。

「ゔゔッ……⁉」
「大丈夫かクレーグ?」
「余裕だよ! まだイケるね……!」
「そりゃ凄いな。俺はもう3分の1は吸い込まれてるからどっちが持つか勝負だな」
「なッ⁉ さ、3分の1だって⁉ クソッ……これはもうヤバいッ……“解除”!」

 遂に限界がきたのか、目の色を変えて焦り出したクレーグは突如長剣の形を変え球体をにした。そしてその球体を慌てて頭上にぶん投げた。

 ――ボォォォン!
 空中に投げられた球体は激しい轟音と共に爆発したのだった。

「危なかったぁ!」
「いや……こっちの台詞だよ! 限界だったなら早く止めろよな!」
「副隊長のプライドさ!」
「何だそれ。武器よりそのプライドを投げ捨てた方が……」

 どうやらこの勝負も俺の勝ちで終わったみたい。

「凄いなルカ!」

 見ていたピノとジルフが駆け寄って来た。

「俺クレーグが負けたの初めて見たな」
「隊長依頼……」
「ホントだよ。まさかこんなデタラメな魔力量だとは」

 やっぱクレーグも只者じゃなかったな。それよりあの武器何だ?

「クレーグの長剣、アレって何?」
「ああ。アレは僕の特殊適性である“金操作”だよ。金属を自在な形に変化させられるんだ」

 へぇ~。これも初めて聞いたな。この特殊隊って本当に珍しい力持った人ばかりなんだ。

「クレーグは武器マニアだから、ルカも何かあったらイジってもらいなよ」
「ああ、ありがと。でも俺はこのままで大丈夫かな。それよりレベッカの杖見てやってほしいんだけど」
「レベッカの杖? OK!後で聞いてみる」

 そんなこんなで“遊び”は終わったらしい。俺は部屋に案内され、軽く荷物を整理した。クレーグから「ご飯になったらまた呼ぶよ」と言われたのからそのまま部屋で休んでいると、レベッカも疲れた様子で部屋に来た。

「お、レベッカ。そっちはどうだった?」
「え……うん!大丈夫。仲良くなったよ!ルカは?」
「俺も取り敢えず大丈夫かな。ちょっと疲れたけど」
「そうだね……本当に疲れたよ。私も休むからまた後でね……!」


 こうして俺達の新たな生活がスタートしたのだった――。
♢♦♢

「――北東の地域ですよね?グランマル街って」

 国王団の特殊隊に入った翌日、俺とレベッカは早くも任務の要請とやらで朝からダッジ隊長に呼ばれていた。

「ああ。その国境付近でAランク指定されている“ギガントオーク”が20体出現してるそうだ。北のギルドのSランク冒険者が撃退している様だが如何せん数が多く苦戦を強いられている」

 成程。ギガントオークはAランクだがその数はヤバいな。幾らSランクでも同時に相手出来るの精々は3、4体だろう。

「俺達も応援に行くって事ですね?」
「ああ、そうだ」
「でもギガントオークが20体って……。普通じゃないですよね」
「そうだ。だからその原因も調べてきてくれ」
「分かりました!」

 ダッジ隊長に任務を告げられ、俺とレベッカは直ぐに向かおうと隊長の部屋から出ようとした時、ダッジ隊長に呼び止められた。

「そういえばルカ。先日お前と決闘をし、辺境の島へ送られたグレイとか言う奴だがな、何やら島の収容所から突然姿を消したと報告が入った。恐らく逃亡の類だと思うが原因は調査中らしい。もう関係ないだろうが一応伝えておくぞ」
「そうですか……。ありがとうございます」

 久しぶりに奴の顔を思い出した。
 姿を消したって……収容所から脱獄でもしたのかアイツは……? 仮にそうだとしても、収容所の警備は厳重の筈。一体どうやって――。

 幾らかの疑問が芽生えたが、俺はもう興味がなかった。考える時間も勿体ないと思った俺は直ぐにレベッカと共に北東のグランマル街に向かった。

♢♦♢

~グランマル街~

「――ルカ~!レベッカ~!」

 グランマル街に着くと、ルージュドラゴンを討伐した時にいたSランク冒険者の人が出迎えてくれた。確か名前はキャンディスさん。尻尾を切り落としてやると豪快に攻撃していた斧使いの美女だ。

「キャンディスさん、久しぶりですね。お元気そうで」
「ルカもね。それより貴方特殊隊に入ったんだって? 凄いじゃない!」

 キャンディスさんはそう言って背中をドシドシ叩いてきた。相変わらず勢いのある人だな……。

「レベッカも久しぶり!魔力コントロール上手くなった?」
「お久しぶりですキャンディスさん! コントロールはまだまだ未熟ですが、皆さんの協力のお陰で着実に進歩はしてます!」
「それは良かった。そうしたら2人共こっちに来て。マスターが待ってるから」

 キャンディスさんが言ったマスターとは勿論ここの北の領地のギルドマスターである。ゼインさんとはまた別だ。当然マスターだから強いし、名前も知ってる有名人。

 “風神の双剣士”と呼ばれた疾風の槍神と呼ばれたウイング・ウィングさんだ。

「――おお!よく来てくれたな! お前が噂のSSSランク!」

 凄い大きな声。
 これが第一印象だ。

 キャンディスさんが所属するギルドのマスターだからと言えば納得も出来るが、ここのギルドは皆こういった豪快な人ばかりなのだろうかと少し心配……。

「ルカ・リルガーデンと言います。宜しくお願いします」
「私はレベッカ・ストラウスです。宜しくお願いします」
「ああ、2人共宜しくな!」
「早速ですみませんが、状況を教えてもらってもいいですか?」
「分かった!一先ず座ってくれ」

 椅子に腰かけた俺達はウイングさんから状況を伺った。

 聞いたところによると、ギガントオークは元々このグランマル街から程近い、国境付近にある山が生息地との事。これまでも年に数回ギガントオークの被害が出ていたそうだ。

 ここまでは俺が知っている情報通り、十分対応出来たとウイングさんも言っていた。

 そうなるとやはり気にいなるのが……。

「――じゃあ今回の様に20体近くの群れで出て来たのは初めてなんですね?」
「ああ。流石に数が多くて手を焼いている」
「分かりました。じゃあオーク達は一先ず討伐して、その後原因の調査を行ってきます」
「頼んだぞ。キャンディス!彼らの案内頼む!」
「了解!」

 こうして、俺達はキャンディスさんの案内でオークが出没している場所に向かった。


「――凄ッ! 速ッ!」

 ドラゴンの姿で移動している為、俺の背には当然レベッカとキャンディスさんが乗っている。レベッカはもう慣れた様だが、初めて乗ったであろうキャンディスさんは終始興奮している様子だ。

「これは移動が楽で便利だなぁ!」
「そうですよね。速いし交通費も掛かりませんよ」
「……あの、ギガントオークはどこに……?」

 背で盛り上がってるところ悪いが、本題はそこじゃない。

「そうだった。あっちあっち!この先で奴らが群れを作っているんだよ!」

 キャンディスさんの言う通りに、俺は山の中を移動していった。


~山の中腹~

「――あそこだよ」

 案内通り山道を進んで行くと、結構深い崖の上に出た。

 キャンディスさんが崖の下を指差しているので恐る恐る下を確認すると、そこにギガントオークの群れがあった。

 確かに数が多い。だがここに集まっているなら上から攻撃魔法を放てば一網打尽だ。でもそれだと簡単過ぎるから、レベッカの魔力コントロールの練習にでもなってもらうか。

「よし、2人共。ここから飛び降りるからまた背中に乗ってくれ」
「「えッ⁉」」

 俺の突然の申し出に、レベッカもキャンディスさんも驚いている。流石に垂直に近いこの崖を下ると思っていなかった様だ。そこそこ高さもあるし。

「いやいや、大丈夫なの?」
「大丈夫です!早く乗って下さい」

 俺は再びドラゴン化し、早く乗ってくれと2人を促した。キャンディスさんは開き直った様に乗ったが、レベッカはまだ不安そうな顔をしていた。

「じゃあ行くぞ」

 そう言って、俺達は崖から飛んだ――。

「キャァァァァァァァァァァッ!!」
「アッハッハッハッハッ!」

 飛ぶと言うよりこれはもう落下に近い角度だ。笑うキャンディスさんと悲鳴を上げるレベッカ。反応が両極端。

 瞬く間に地上にいるギガントオーク達との距離が縮まり、俺はレベッカに指示を出した。

「今だレベッカ! 出来る限り広範囲で攻撃するんだ!」
「えぇぇぇ⁉ こ、この状況で……⁉ もうッ……“アイスブレイク”!」

 レベッカは半ば投げやりで魔法を繰り出した。
 放たれた大きな氷の結晶は勢いよくギガントオークの群れのど真ん中を直撃。そして瞬く間に地面やオーク達を凍り漬けにした。

「“プロメテウス”!」
 
 レベッカの一撃で仕留めそこなった3体のギガントオークは俺が炎魔法で掃除し、無事全て討伐完了。

「こりゃ凄い!あれだけ私達が苦戦したのをこうもあっさり片付けちゃうなんて……。立場がないねこれは」

 討伐したギガントオークの素材を全て回収した俺は空間魔法に収納し、そのまま今度は調査に入った。

 今回のイレギュラーな事態の原因はなんだろうか……?

「ルカ、匂いって辿れる? もしかしたらコイツらが来た方向に何か手掛かりがあるかも」
「確かにそうですね。寧ろそれしか調査のしようがないかも」

 俺は再び2人を背に乗せ、ギガントオークの匂いを辿った。そして暫く進むと、山の奥にある洞窟を見つけた。

「匂いはあの奥に続いてるな」
「行ってみよう」
「こんな洞窟に何かあるのかな……」

 洞窟の中に入ろうと入り口まで近づくと、そこには何故か結界魔法が張られていた――。

「何でこんなところに結界魔法が……」
「ねぇルカ、あそこ見て!」

 徐にレベッカが洞窟の奥を指差した。すると、入り口からの明かりが辛うじて届くぐらいの位置で“何か”が動いたように見えた。

「あれは何だ……?」
「ただの鳥かな?」
<違う。奴は確か聖霊“不死鳥”だ――>
「不死鳥って……フェニックス⁉」

 薄暗くてしっかりと姿を確認出来ない俺達にジークがそう言った。

「フェニックスって、あの聖霊の……?」

 なんと、そこに倒れるのは聖霊と呼ばれる珍しいモンスターのフェニックスであった――。
♢♦♢

~辺境の島・収容所~

「――トロトロしてんじゃねぇ! またお前達か!さっさと動いて働け!終わらねぇぞ!」

 辺りに鳴り響く怒号の先に、グレイ達の姿があった……。

「ぐッ……! ハァ……ハァ……」
「ハァ……ハァ……待ってくれ……」
「畜生ッ……ハァ……ハァ……」

 辺境の島――。

 此処は罪を犯した罪人達が送られ収容される場所である。

 先の一連において、国王に罪人と言い下されたグレイ達は、この辺境の島の収容所でも特に厳しい環境だとされる重警備収容所に送られていた。

 重警備収容所は罪人の中でも重い罪を犯した者達が行きつく場所。警備も当然厳しい事ながら、与えられる労働も極めて辛く厳しいものであった。

 グレイ達の主な労働は採掘場での魔石採掘。勿論全員が魔力封じの鎖を付けられている為、魔法など一切使用出来ない。全てが手作業であり肉体作業。いつ崩れるか分からない恐怖と暗く狭い場所での休みない労働……。

 いっそもう死んでしまった方が楽だとさえ思う程の過酷な労働環境に、グレイ達は早くも心身共に腐りきっていた。

 一方、女のラミアは担当労働が違い、グレイ達と同じ採掘場ではなかったが、ラミアもラミアでその採掘された魔石の仕分け等の労働を与えられ、炎天下の中や強い雨風に晒された労働に酷く疲れ切っているのであった。

「休むんじゃないノロマ共ッ! 懲罰房に入れるぞ!」
「「ゔゔッ……!」」

 グレイ達は完全に怯えていた。
 収容所の警備員達によって何時間も働かされ、いざ動きを止めようものなら魔法攻撃で体罰を受ける。そんな毎日を送っていた。

 今日という日もそんな1日。
 やっとの思いで労働が終わったグレイ達は房に戻った。重罪として独房に入れられていたグレイ達は皆部屋がバラバラ。狭く薄暗い部屋で常に1人だった。

「畜生ッ……何でだ……!何で俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよクソッ!
あの野郎……。ルカにさえ、ルカにさえ出会っていなければ……こんな事になっていなかったんだよクソ野郎ォォォ……!!」

 この過酷な極限状態の中でも、グレイを最後に支えていたのはルカへの怒りと恨み……そして消える事の無い殺意であった――。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!絶対あの野郎殺してやるッ!」
『――いい殺意だね』

 行き場の無い感情を吐き出しているグレイの後ろから、突如声が響いてきた。グレイは幻聴かと思いながらも反射的に振り返ると、そこにはグレイ以外にいる筈のない1人の人間の姿があった。

「だ、誰だ……?」

 この独房にグレイ以外の人物がいるなど有り得ない。ましてや此処は重警備の独房だ。グレイは疲れ過ぎて幻覚を見ているのだと思ったが、その幻覚は再びグレイに話し掛けたのだった。

『私の名前は“オロチ”。質の良い魔石を頂戴しに来たら、君の魅力ある殺意を感じてね。ちょっと見に来たのさ――』

 話し出した幻覚は幻覚でない。
 白銀の長い髪に吸い込まれそうな漆黒の瞳……。色白の綺麗な肌をした美しい青年が確かにそこに存在していた。

「オロチ……だと? 何だお前は」
『いい目つきだね。そこまで憎い敵がいるなら、私が殺してあげようか?』
「なんだと……⁉ ルカを、あの野郎を殺してくれるのか⁉」

 既にまともな思考回路ではにグレイは、この者が何者かという事や何故こんなところにいるのかという事が最早気になっていなかった。ただただルカを殺すと言う思いがけないオロチの言葉に飛びついたのだ。

 細かい事などどうでもいい。
 ただただルカを殺したいという一心しか存在しないグレイは、何時しか正気を完全に失い、殺意と言うエネルギーだけが彼を動かしていたのだった――。

『君が望むなら殺してあげるよ。ただし条件が1つ』
「何でもいい!言ってみろ!」
『君の“仲間の命”を私にくれないかい?』
「それだけでいいのか⁉ そんなの幾らでもくれてやる!」

 オロチの出した条件に、グレイは一切の迷いなくそう答えた……。

『よし。契約成立だね。じゃあここから出ようか――』

 その日の夜、グレイとラミア達は収容所から忽然と姿を消したのだった。


♢♦♢

~辺境の島・森林~

「――何処まで行くつもりなのグレイ!」

 収容所から脱獄したグレイ、ラミア、ブラハム、ゴウキンの4人は、収容所を取り囲む様に広がる森林の中へと逃げ込んでいた。

「うるせぇ! 俺のお陰で逃げられたんだから黙ってついて来い!
(確かオロチに言われた場所はこの辺りだ……)」

 オロチと契約したグレイは、オロチの力によって収容所から脱獄。あの時、オロチがグレイの影に入り込んだ瞬間、いつの間にかグレイ達は外に出られていた。

 グレイ以外の3人はずっと驚いているが、これがオロチの力だと認識したグレイはどんどん森林の奥へと突き進んでいた。そして訳も分からないまま取り敢えずラミア達も着いて行く。

 そしてオロチに言われた場所までグレイ達は辿り着いたのだった。

『お疲れ様。待っていたよ』

 オロチはまた突然姿を現した。
 彼を初めて見たラミア達は、その余りの美しさに言葉を失っている。まるで神を崇めているかの様にさえ思えたラミア達は、ただオロチに見とれていたのだった。

「おい、オロチ! これで条件は満たしただろう!早く俺の望みをかなえてくれよッ!」
「条件って……一体なんの話しなの……?」
「それよりこの人は誰だ……?」

 状況が理解出来ないラミア達は困惑していたが、グレイはもう皆の事など眼中にない。あるのはルカに対する純粋な殺意のみだ。

『そうだね。ルカはしっかり私が殺そう。ああ、イケない。その魔力封じの鎖を取ってあげないとね。“楽しめないから”』

 オロチはそう言い、グレイ達の鎖を壊した。

「嘘!やった、外れたわ!」
「マジかよ!これで自由だ!ありがとう!」

 心の底から喜ぶラミア達に対し、オロチは背筋の凍るような冷酷な視線を飛ばした。

『フフフ。楽しそうで何より……。無事に“逃げ延びたら”本当の自由だよ――』
「「……⁉」」

 刹那、オロチは白色の蛇の様なモンスターを召喚した。

「何アレ⁉」
「知らねぇよ……! どうなってんだグレイ!」
「あんなモンスター見た事ねぇぞ……」

 シュルルっと不気味に長い下を出している白蛇のモンスター。オロチと白蛇の異様な雰囲気に、ラミア達には一瞬で恐怖が植え付けられていた。

『じゃあ好きに逃げなよ。直ぐ終わったら詰まらないからさ、3時間後にこの子達を放つよ』

 微笑みながら言うオロチであったが、目は一切笑っていなかった。そんなオロチを見て、本能的にヤバいと察したラミア、ブラハム、ゴウキンの3人は、気が付けば全速力でその場から走り去っていた――。

 3人共既に日々の労働で体は疲れ切っていた。だが本能が察知した危険と自由への欲望が3人を一心不乱に突き動かしていたのだ。

 そして3時間後……。

『さぁて、3時間経ったね。行っておいで』

 オロチの言葉で、召喚された2体の白蛇はラミア達を追って行った。凄まじい速さで地を這う白蛇達。3時間というハンデがあったにも関わらず、この白蛇の速さならばものの10分程度で追いつかれてしまうだろう……。

「おいッ、もういいだろ!早くルカの野郎を殺せよッ!」
『せっかちだね。君には1番の席で見せてあげるよ』

 そう言ったオロチは突如青い炎に包まれ、その炎が一瞬で消え去ったと同時、オロチは10の頭を持つ白銀の大蛇へと姿を変えていた――。

「お、お前は……」
『フフフ』

 ――バクンッ……。
 それがグレイの最後の言葉となった。
 
『成程ね……。ジークリートの奴が人間に召喚されたと聞いたが……こんなの何が使えるんだろうか?
まぁ奴は魔力の魂として人間の中にいる様だから、私もこの人間の“抜け殻”を使ってみるか。これから案外役立ちそうだし。フフフフ』

 誰もいなくなった森林で、オロチは不気味に笑った。

「――……ァァ……ッ……!」

 風音に消されそうな程遠くから“叫び声”が僅かに響いた。

『“そっち”も片付いたみたいだね。案外呆気なかったな。残念』

 静かに呟いたオロチは、夜空に輝く満天の星空へ向けて10の頭を仰いだ。

『あぁ……早く君に逢いたいよジークリート……。次こそ必ず、“現竜神王”の私が君が葬ってあげるからね――』