召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

~ガメル山脈中腹~

 突如現れたルージュドラゴンから避難した討伐隊。
 無事にルージュドラゴンを倒したと報告が入った一行は、皆のパニックを落ち着かせるために1度ここで待機しながら休息を取った。

 簡易的に組み立てられたテントが幾つも並ぶ中、ある1つのテントだけ、周りに大勢の護衛が配置されていた。言わずもがな国王がいるテント。そして周りはその国王の直属の護衛や騎士団員である。

 その国王がいる大きなテントの中に、拘束されたルカが騎士団員と共に入って来た。

 そしてそこには何故かグレイ達の姿もあった――。

(……よしよしよーしッ! ルカの奴マジで連行されてきやがった。これで俺達が国王から認られる!やっとこの状況を変えられるぞ!俺の“報告”が危険なモンスターを排除する結果となり王国を救った!ハッハッハッハッ!こりゃとんでもない報酬や地位を手に入れられるぞ!)

 そう――。
 ルカが連行される原因となった“報告”をしたのは、他でもないグレイ達であった。

♢♦♢

 遡る事数十分前……。

「あれマジでルカなのかよ……。どういう事だ⁉」
「何でルカがあんなドラゴンになってるの? グレイは知っていたの?」
「ああ。何年か前にアイツにから直接聞いた」
「そんな事を何故ずっと黙っていたんだ」
「当たり前だろ! そんな話誰が信じるんだよ!」
「まぁ確かにな……」

 ずっと溜まっていたモヤモヤが晴れ、1度はスッキリしたグレイであったが、そのプライド故、ルカ如きに助けられたという事実がグレイの怒りに再び火を付けたのだった。

(俺があの野郎に助けられただとッ……! ふざけんじゃねぇ。本当に竜神王なんかを召喚したならとんでもない事じゃねぇか!

……って待てよ。確かにとんでもなく“危ない力”だよな……? 確かにSSSランクになったとは多くの奴が話していたが、どんな力でSSSランクになったかまでは誰も知らない様な……。

いや、違う。成程……そう言う事か。俺が今思った通り、本当にあの伝説の竜神王なんかを召喚したとなれば、その力はかなりのもんだろう。
そんな危険な力を手にしてしまったからアイツはSSSランクになった。
だが“その事実”を、アイツは恐らく皆に話していない――。
その証拠にそんな話を1度も耳にした事がないからな!

ハハハハハ……そうかそうか。これはまだ俺達に最後のチャンスが残ってやがる。
散々俺達をコケにしやがったんだルカ……。だったら最後までテメーを“使って”やろうじゃねぇか――!)

 グレイが出した答えがコレであった。

「どうしたのグレイ。何か笑ってない……?」
「ハッハッハッハッ! そりゃ笑いたくもなるぜ!こりゃ俺達全員アイツに“感謝”しなくちゃいけねぇかもな!」

 突如そう言いながら大声で笑い出したグレイ。

「感謝って……。まぁ一応助けてもらったのは事実だけど……」
「確かに……。恥ずかしい話だがな」
「あぁ? 何を馬鹿な事言ってやがるんだお前ら!違うだろッ!
アイツは竜神王なんていうとんでもなく危ない化け物を召喚しやがった大罪人だぞ!!」
「竜神王って……あの伝説の?」
「おいおい、あんなのお伽噺だろ」
「いや! 間違いその竜神王ジークリートだ! 奴が確かに俺にそう言ったから間違いねぇ!」

 グレイは1人納得していたが、初めて聞かされたラミア達は直ぐには呑み込めなかった。当然の事だろう。

「アイツは恐らくその事を黙ってやがるに違いない! 自分でも危ないと分かっているから誰にも言えないんだ。だからこの事を今から国王に報告しに行く。そうすれば俺達は大いなる脅威から王国救ったとしてたちまち英雄になれるぞ!」

 ただひたすらに、グレイはプライドと欲に蝕まれていた。

「この話が本当なら、最近の事に全て辻褄が合うな……」
「そうね。そんなやばい奴を召喚したならSSSランクになったのも頷けるわ」
「皆その話はしていたが、竜神王ジークリートなんて単語は1度も聞いていないしな」
「ハハハハハ!分かってきたじゃねぇかお前らもよ! やっぱりアイツはこの事実を黙ってやがるんだ! その力を卑怯に使ってここまで上り詰めたんだよ。きっと俺達に分からない様に邪魔もしていたと考えりゃ全てに合点がいく!」

 時に偶然とは恐ろしい重なり方をしてしまう。
 グレイの言葉に、もう誰も疑う者はいなかった。それどころか、ここにきて間違った方向に意見が満場一致してしまうのだった。

 こうして、避難していた討伐隊に戻ったグレイ達は、足取り軽く、そのまま国王直属の護衛や騎士団に、ルカの件を報告したのだった。

 ルカが竜神王ジークリートの力を手にしているという事実に加え、今しがた現れたルージュドラゴンもルカの力の影響だと、あられもない事実を付け加えて――。

 そして報告を受けた騎士団員が直ぐに事実確認をする為、ルカを連行する事を決定したのだった。

♢♦♢

 こうして物語は今に至る――。

 騎士団員が連行してきたルカの姿を見て、テントで待機していたグレイ達は思わず嬉しくてニヤけが止まらない様子であった。

「モレー大団長! 先ほど報告された“危険なモンスターを召喚している”者を連れて参りました!」

 ルカを連行していた1人の団員がそう声を張って言った。大きなテントの奥には更に区切られた部屋があり、そこに国王がいるのだと分かる。護衛と騎士団員数名がその部屋の入り口で待機していた。

「そうか。何やら物騒な報告があったと、今しがた私も他の団長達から報告を受けた所だ。……で、その報告にあった者とは?」
「はい! こちらにいるルカ・リルガーデンという冒険者です! 彼は危険なモンスターを召喚し、その力を悪用していたとの報告が! 今のルージュドラゴンが現れた原因も彼だと報告が入っております!」

 この瞬間、グレイ達は心の中で思い切りガッツポーズをしていた。

(SSSランクよりも凄い称号を手に入れられるぞこれは!)
(こりゃパァと祝うしかねぇな! )
(ヤバいどうしよう! これ凄い報酬貰えるんじゃない?)
(グハハハ! これで一生生活に困らんだろう!)

 グレイ達はルカに助けてもらった事など微塵も恩を感じていなかった。それどころか自分達をこんな目に遭わせたのだから当然の報いだとさえ思っている。

「ルカ・リルガーデン……だと?」

 ルカの名前を聞いた途端、何故かモレー大団長は眉を顰め、ルカの顔をまじまじと見出した。そして、ハッと何かに気付いた表情を一瞬浮かべたモレー大団長は大声でこう言った。

「何をしているんだお前達! その者、ルカ・リルガーデンは王国きってのSSSランク冒険者! 此度の討伐においても、国王が直々にお呼びになった大事な招待者であるぞッ! 直ぐにその拘束を解くんだ無礼者共!」
「「は、はいッ……! 申し訳ございません!」」

 モレー大団長から放たれた怒号と威圧によって、場が一気にピリついた。その場にいたグレイ達は勿論、拘束していた騎士団員達や他の者達も状況を吞み込めていない。ただ並々ならぬ事態だという事だけが本能的に感知していた。

 その口ぶりから、ルカの対応に対してモレー大団長が激怒しているのは明らか。だが肝心の“理由”が分からなかったのだ。

(は……? 一体何が起こっているんだ? ルカはあの竜神王を召喚しているんだぞ……! そんなの危険に決まってッ……「早く彼から離れろ! お前達はもう下がって良い!」
「「はい……!!」」

 ルカの拘束を解いた団員達は足早にその場から去って行った。
 
 そして、ルカに近付いたモレー大団長はルカの目の前で片膝を付き、頭を垂れた。

「ルカ・リルガーデン様――。
我が王国の貴重な存在である貴方に、私の部下がとんだ無礼を働かせてしまいました。誠に申し訳ございません。心の底からお詫びをさせて頂きます。私などの謝罪では不十分でしょうが、どうかお気を戻して頂けないでしょうか」

 その場にいた者達が全員目を見開きポカンとした表情になっていた。

 それはまたルカも然りだった――。
♢♦♢

 何がどうなってこんな状況になるんだ……?

 連行された理由は今確かに騎士団員の人の報告で分かった。まさかのグレイの野郎達が密告したらしい。助けてあげたなんて恩着せがましい事は思っていなかったが、こうなると全く話は別だ。折角助けてやったのにそのお返しがコレか! お前達が本当に腐りきったゴミだという事がよ~~く分かった。

 一瞬この場でぶん殴ってやろうかと思うぐらいムカついたが、それ以上に俺はこの思いがけない展開に驚いている。

 何で……?
 何で王国が誇る気高き騎士団の方が俺の前で膝を付いている……?
 しかも“大団長”って、何百人も所属している騎士団員の中でも全てのトップに立つとんでもなく偉くて強くて凄くて威厳のある御方が何故俺の前で膝を付いて謝っているんだ――。

 突然の事に思考停止すること数秒、我に返った俺は慌てて自分も両膝を付きながらモレー大団長に声を掛けた

「ち、ちょッ……いやいやいや! や、止めて下さいよ大団長……!何をしてるんですか⁉ 早く頭を上げてください! あ、あの、俺全然……全く気にしてないですから!はい!」

 大団長様が俺に謝るなんてお門違いもいいところだ。きっと国王から招待を受けている事もあって、自分の部下の行動にも責任を感じての事なんだろうけど……。

「本当に申し訳ございません」
「いや、こちらこそ本当にもう大丈夫ですから……! 」

 俺はそう大団長に言ったが、大団長はまだ自分を許せていないのか渋々立ち上がった。

「このような無礼の後で申し上げにくいのですが、実は国王様が貴方とお話をされたいと申しておりまして、宜しければお時間を頂けますか?」
「え、国王様が……⁉ そ、それは勿論行かせて頂きますけど……」
「ありがとうございます。それでは此方へどうぞ」

 モレー大団長はそう言って振り返り歩いて行った。俺もその大団長の後ろについて歩み出した。……まさにその時、俺の背後からバタバタと複数の足音が響いてきた。

 俺はその音を聞くなり無意識に溜息を付いていた。
 わざわざ振り返らなくても分かる。だってこの足音は……。

「――待って下さいモレー大団長!」

 大声でそう叫んだのは、他でもないグレイだ。

「誰かね君は……」
「あ、あの……俺は王都のギルドに所属している冒険者のグレイと言います! ソイツは……ルカは俺の元パーティで、ルカが危険なモンスターを召喚していると俺が報告しました!」
「成程、君が発端か……。それで?彼が危険なモンスターを召喚しているという証拠は?」
「はい! 大団長も先程見たと思いますが、突然現れたもう1頭のドラゴン……あの正体がそこにるルカなんですッ! コイツは昔俺に、自分から竜神王ジークリートを召喚したと告白してきました!
竜神王は大昔に封印される程危険な存在ですよね⁉ このまま国王に会わせたら絶対に危険です!」

 ここまでくると逆に感心する。その執念と根性だけは認めざるを得ないなグレイ……。

「そ、そうです! こんな奴を国王の前に連れて行くなど危な過ぎます!何時さっきのドラゴンの姿で皆を襲うか……!」
「今すぐに捕まえて下さい! このままだと国王だけでなく、王国中の人々が危険になりますよ!」
「それにコイツはこの力を悪用しています……! FランクがいきなりSSSランクになったり、パーティを追放した腹いせに俺達のクエストの妨害までしてたんですよッ!」

 グレイに続きラミア、ブラハム、ゴウキンが立て続けにそう言い放った。

 人間というのは落ちるところまで落ちると“こうなる”のか……。実に哀れだ。最早怒りなど通り越して呆れて物が言えない。

「……そうか。君達の言い分はよく分かった」

 グレイ達の話を聞いたモレー大団長が静かにそう言った。

「あ、ありがとうございますッ! だった早くコイツを拘束しッ……「――それで、“証拠”は?」

 ――ゾクッ……!
 グレイの言葉を遮る様に再度そう言ったモレー大団長。
 静かな口調ながらも大団長から放たれているとてつもなく冷たい威圧に、グレイ達は皆それ以上言葉を発せられなかった。

 その威圧を放たれていない俺にもよく分かる……。下手に何か喋ればただでは済まないと言う恐ろしい雰囲気が――。
 
「どうやら彼が危険なモンスターを召喚していると言う事や、さっきのドラゴンが彼だと言う証拠が1つもないようだな。
本来ならば、君達のその報告は私の部下がしっかりと精査した上で調査等を始める。だが今はドラゴンが出現したという不測の事態によって、多くの者達が少々冷静さを欠いている様だ……。

確かに、逆を言えば私も彼がその危険なモンスターを召喚していないと君達に証明するのは不可能。
だが、先のドラゴンが彼だと言うならば、私や国王様は勿論、この場にいた者全員が彼に救われたと言える! 無論、その中には君達も入っている――」

 グレイ達は完全に論破されただろう。俺が言うのもアレだけど、もう諦めろよ。

「た、確かにそうかもしれませんが……!でもッ……!」
「――ならば私から説明しようかね」

 突如、透き通るような声がこの場に響いた。決して声量があったとは言えない。だが確実にしっかりと全員の耳に届いていた。穏やかながらどこか気品のあるその声がした方向へ視線を移すと、そこにはドラシエル王国の国王、ネロ・ユーテリアス・ジキルドの姿があった──。

「こ、国王様……!」

 ――ザッ!
 その場にいた護衛や騎士団員達が一斉に膝をつき敬礼をした。

 綺麗に束ねられた艶のある髪に、だらしなさを一切感じさせない整った髭。濃い青色の力強い瞳とその王たる圧巻の品格に、全員が言葉を失った。

 国王の年齢はまだ40代前半。先代の国王はモンスターによって受けた怪我により既に亡くなっており、15年以上も前から彼がドラシエル王国の唯一無二の国王である。

「――皆の者、顔を上げよ。先の出来事で皆疲れているだろう。今はもっと気軽にして良い」

 国王の人個によって、全員が緊張しつつも敬礼を解いた。

「一通りの話を聞かせてもらった。君がルカ・リルガーデンだね?」
「は、はい……」

 国王を初めてこんな近くで見た俺は、まだ現実味がまるでない。ずっとフワフワした様な感覚だ。

「そして彼が危険だと訴えているのが君達か?」

 俺と同様。
 グレイ達もただ国王に尋ねられただけなのに、その存在感からただただ小さい返事を返す事しか出来なかった。

「は、はい……」
「成程。それでは私の口からハッキリさせておこう。
彼、ルカ・リルガーデンは確かに竜神王ジークリートを召喚し、その身にジークリートの魔力を宿しているとマスターからの報告で聞いている。
だがその力が危険なものでなく、しかと本人がジークリートの魔力を使いこなしているという事までな――」

 マスターからは報告しておくと言われてたけど、実際に国王の口から聞くととても信じられない……。本当に俺なんかを認知してくれているんだ……。正確にはジークの力を持っているからだとは思うけど……。

「そ、そんな……。何故ギルドのマスターがルカなんかを相手に……。い、いや、でもッ!国王様……! 俺達冒険者はモンスターを討伐するのが目的の筈! その冒険者がモンスターの力を使っているなんて言語道断ではないでしょうか⁉

それに例え力を使いこなしていると証明されても、モンスターを体に宿している奴なんて本当に信用出来るんでしょうか⁉ しかもそのモンスターはあの竜神王ジークリートですよね……!」

 この切羽詰まった状況でよく舌が回るものだ。往生際の悪さはSSSランクだな間違いなく。まぁ信用問題を出されたら、俺ももう何も言えないけどな。

「そうか……。確かに君の言う事も一理あるな。それに私が何を言っても君は納得しなさそうだ。うん……ではこうしよう。
君と彼で“直接対決”をして、より安全だと言う事を直に私に証明してくれ――」
「「……!」」

 何とも奇妙な展開になってきた――。
♢♦♢

~王都ネオシティ~

「――凄ーい!ここが王都の中心“ネオシティ”! 私初めて来た!」

 はしゃぎながら目をキラキラさせ、レベッカは辺りを眺めている。

「俺も初めてなんだよな……。デカい街。レベッカ、取り敢えず宿に荷物置きに行くぞ」

 ルージュドラゴンの討伐から1週間――。

 まさかの国王登場から話が急展開し、俺とグレイはそれぞれ自らの力の証明の為、正式に直接対決する事が国王の元決められた――。

 明日がその決闘当日。

 正直、俺としてはいい迷惑だ。何処までアイツらに振り回さなければいけないんだ。……ともこの1週間幾度となく思っていたが、俺は俺で確かに国王に直接認めてもらういい機会だと考える様になっていた。

 マスターやジャックさんやそれ以外の多くの人が俺の為に俺の知らない所で色々協力してくれた。そのお陰で今の俺がある。俺は俺で出来る事を精一杯やってきたつもりだから、それで何となくジークの件はもう大丈夫なんだと思っていた。

 だけど1番肝心な国王には確かに直接証明出来ていない。勿論その為にマスターからのクエストや最終テストを受けて認めてもらったようだけど、やっぱり俺が直接国王に証明出来るのならば当然それが1番いい方法だよな。うん、これで本当に実力を認めてもらえば全て解決だ。

 後は決闘でグレイとも白黒はっきりさせてやろう。アイツは本当に疫病神だ。あんな奴らとパーティを組んでいた事や時間や労力も全て返して欲しい。

<――我は初めに忠告したがな。ルカが好きでやっていたのだろう>

 急に出てきたジークの言葉。だが確かに的を得ている。これもまた俺自身のせいでもあるんだよな。そこがまたムカつくんだよ自分に。でもまぁその全ての清算だなコレは。

「でも“移動”は楽になったよな」
<それも初めからこうすれば良かったのだ。何も気にせずな>

 そう。ある意味もうジークの事を隠す必要がないのではと開き直った俺は、今まで人目のつくところでは極力ジークの力を使わない様にしていたが、それももうナシ。無駄に時間掛かっていた移動はドラゴンの姿で飛べば問題ない。一瞬だ。

 レベッカにももう見られちゃったし、怖がるどころか「乗ってみたい!」と興奮気味に言ってくれたので良かった。だからこれからはクエスト行く時の移動は全部コレ。ドラゴンで飛んで行く――。


~宿~

 俺とレベッカは国王が準備してくれた宿で受付を済ませた。聞いた話だとグレイ達は街の反対側にある宿らしい。国王になんという気遣いをさせてしまっているのだろうか俺は……。

 受付で案内された部屋に着き扉を開けると、そこはとても豪華な装飾が施されている別次元の部屋だった。

「すっご……! 何だこの部屋は……。こんな部屋使っていいのかよ俺達」
「ねぇルカ見て!このベッド凄いんだけどッ!ちょーフカフカ!」 

 宿の外観からして豪華そうだとは思ったが、やはり中も凄かった……。こんなの凡人では中々泊まれない。大きなベッドが2つ完備されているし、リビングや風呂場も無駄に拾い。下手したら普通の家よりも全然広い。何に使うんだろうって物まで完備されてる。

 今までひもじい生活してきた俺にとっては済む世界が違い過ぎて全く落ち着かねぇ……。

「ルカも寝てみなよこのベッド!」
「あ、ああ」

 大興奮しているレベッカに促され、俺も大きなベッドに寝転がった。

「あぁ……何だこの感触……。まるで雲に包まれているみたいだ……」

 たかがベッドと侮った。コレはとんでもなく幸せな場所だ。味わった事の無い感覚が俺の全身を襲っている。もう何もしたくない。

<ふざけている場合か。早く明日の決闘に備えろ>
「危ね、忘れてた。そうだった」

 いかんいかん。危うく全く眠くなかったのに寝てしまうところだった。まだ済ませないといけない“用事”があったんだ。

「レベッカ、この後どうする? 俺ちょっと武器屋に行かないといけないんだけど」
「う~ん……。私はもうこのベッドから離れられない体になっちゃった……」

 フカフカベッドの凄まじい威力に、レベッカはどうやら負けたらしい。

「ハハハ、分かった。じゃあ俺1人で行ってくるからゆっくりしてろ
よ。晩飯までには戻るから」
「は~い……いってらっしゃ~い……!」

 気持ちよさそうなレベッカの声に送られ、俺は宿を出て武器屋に向かった――。

 王都自体が広い事は知っているが、この王都の中心に位置するネオシティは更に人が多く活気づいている。見た事無い店や建物があちこち並んでいる。

 レベッカの奴、余程あのベッドが気に入ったんだろうな。
 最近順調すぎて報酬も驚く程溜まってるから、今度レベッカにあのベッドでも買ってあげようかな……。そういえば誕生日いつなんだろう? 帰ったら聞いてみるか。

「それにしても、やっぱ“剣”って必要かな?」
<知らん。それは人間の武器だろう。だが我は嫌いではない。モンスターを気持ちよく斬れるからな>

 そう。俺が武器屋に向かっている理由は剣を買う為なのだが、俺は適性が剣士とかではないから大して剣は使わない。ジークと出会う前、最低限自分の身は守らねばと剣の特訓もしたし、今も何となく装備しているが、ぶっちゃけジークの力があるからほぼ剣など使っていなかった。

 でもマスターやジャックさんが、よりジークの力を幅広く使える様にと、武器の1つでも使ってみてはどうだと以前からアドバイスを貰っていた。改めてそう言われると俺も幾らかその気になったし、ジークは微妙に剣がお気に入りらしい。

 それならばと、取り敢えず剣を持つなら自分に合った物を新調しようと思ったのだ。

 そして俺が向かっている武器屋はマスターが直々に紹介してくれた所。マスターが昔からお世話になっているらしい。


~武器屋~

「――いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?」
「ちょっと剣を見に来たんですけど……」

武器屋に入るなり、感じのいい店主が声を掛けてきた。店はこの人だけと言っていたから、この人が店主だよな。マスターから宜しく伝えてくれと頼まれてるんだ。

「あ、それと、実はマスターから店主に宜しく伝えてくれと言われてまして」
「マスター? あ、ひょっとしてルカ様ですか?」

 俺がそう言うと、店主は何故か俺の名前を呼んだ。そして「ちょっと待ってて下さい」と言うなり店の奥に行ってしまった。

「――コレだコレだ!実はゼインさんから君の事を聞いていてね、待っていたんだよ。君が来たらコレを渡してくれと」
「え、コレは……?」

 店主は奥から1本の剣を持って来て、そのままそれを俺に渡した。

「この剣は『ゼロフリード』と呼ばれる古の剣でね、特殊な魔石と魔法陣によって作られている素晴らしい物なんだよ。使用者の魔力を大幅に増幅させる効果があるんだ」

 店主に説明され、渡された剣を何気なく握ってみると、今までに感じた事がないぐらいしっくりきた。
 
「何か凄そうだなコレ……」
「そりゃそうだろう。世界に1本しか存在しない超希少な幻の剣だからね! フフフ、しっかりと君に渡したよ。ゼインさんにもまた宜しく伝えておいておくれ」
「え⁉ そんな貴重な剣なんですかコレ! そんなの使えないですよ!」
「大丈夫大丈夫。普通の剣となんら変わらないから誰にでも使えるよ」

 いや、あの……そういう意味じゃ……。

「ゼインさんからもう代金も貰ってるから、それはもう君の物だ。何か困った事があれば私に何でも言っておくれ。勿論武器の事でな」
「え、代金までマスターが……⁉」
「フフフフ。余程期待されているようだね君は」

 こうして、俺は本当に貴重な剣を手にしてしまった。しかもマスターに剣の代金を出してもらって……。嬉しい事だが、これはこれで逆にプレッシャーだ――。

 そんなこんなで用が済んでしまった俺は宿に帰った。


~宿~

「ただいまー……!」

 自分の家ではないが、癖でそう言ってしまった。そして俺は部屋に入った瞬間妙な違和感を感じ取った。

「レベッカ……?」

 俺の言葉に返事1つ返ってこないどころか人の気配すらない。しかも僅かに知らない“匂い”が部屋に残っていた。

 徐にリビングまで行くと、部屋の真ん中にあったテーブルの上に1枚の置き手紙があるの見つけた。

 そこに書かれていたのは……。

『ルカ・リルガーデンよ。仲間の女は預かった。無事に返して欲しければ明日の決闘を棄権しろ。さもなくば女の命は保証しない――』

 おいおい、何だこれは……!
<攫われたか――>

 何気なく放たれたジークの一言。

 だがそれが全てだ――。

「どうやらそうらしいな……。でもだからと言って、やり方が余りに露骨すぎだろあの“クソ野郎”がッ……!」

 こんなくだらねぇ事するのはもう奴しかいねぇ。考える事無くグレイ一択だ!あのゴミカス共絶対只じゃおかねぇからなッ!

<全神経を集中させろ。まだ残り香を追えるぞ>
「そうだ、急がないとッ……!」

 俺は部屋に残る僅かな匂いを辿った。
 嗅ぎ間違える事の無いレベッカの匂いと知らない者の匂い。この2つが混ざった残り香を決して逃さない。匂いの濃さから察するに、まだそこまで遠くには行っていない筈だ……。

「くそくそくそッ、マジで許さねぇからな……!」
<そんなに焦るなルカ。ドラゴンの姿に変化しろ。そっちの方がより嗅覚が効く>

 焦っている訳ではない。早くレベッカの無事を確認しない事には落ち着けないし、グレイの野郎共にも早く制裁を下さないといけない。本当は真っ先に奴の元へ向かってぶん殴ってやりたいが、レベッカの無事を確認するまで下手に手を出せない……。

 部屋に残っていた匂いはグレイでも他の奴らでもない。恐らくグレイが金で雇った裏稼業を生業にしている腐った奴らだ。兎にも角にも第一優先はレベッカ。レベッカを早く見つけない事には何も出来ねぇ!

 ……って、これが焦ってるのか。
 そりゃジークに注意される訳だ。

<だから焦るな>
「分かってるよ!」

 宿の外に出た俺はドラゴンの姿に変化……といきたい所だったが、僅かに日が沈んで夕暮れとは言え、流石にこんな街のど真ん中でドラゴンになっていいのかと躊躇った。

「やべぇどうしよう! 急がないといけないのに流石にここでドラゴンになったら街中パニックだ。そうなったら匂いも掻き消されるし、レベッカ攫った奴らにも感づかれちまう……! おい、どうするジーク!」

 外に出ただけで案の定匂いが薄くなった。これ以上消えたらもう本当に匂いを辿れないぞ。

「あ、そうだ魔力感知なら……!」
<アホか。そんなの誰もが1番最初に思いつくだろう。感知出来ぬよう魔法や結界で遮られてるに決まっているだろう。その証拠に既に感知しているが、レベッカの魔力が何処にもない>
「おいおい、だとしたらもっとやべぇじゃねぇかッ! ジ~ク~!」
<情けない。少しは頭を使え馬鹿者。本当に人間とは面倒くさい生き物だな。そんなに周りを気にするなら部分変化で“鼻だけ”ドラゴンになれよいだろう。それならパニックも起こらない。ルカが変な目で見られるぐらいだろう>
「おー、そんな便利な事が出来たのか!」

 そこそこ長い付き合いだが初めて知ったぞ。よし、早速やろう。その部分変化とやらを――。

 俺は魔力を瞬時に練りあげ、ジークの言った通り鼻だけドラゴンに変化させた。

「お! 滅茶苦茶匂いがかぎやすくなった!あっちだ!」

 人間の鼻とはまるで性能が違う。さっきまで消えかけていると思った匂いがまだしっかりと辿れる。性能が良過ぎて関係ない匂いまで嗅げてしまうな。街ってこんな匂いが充満しているのか……。余り嗅ぎ続けていると気持ち悪くなりそうだ。

 レベッカの匂いをどんどん辿って行った俺は、宿から少し離れた人通りの少ないある場所で立ち止まった。


~とある建物前~

「ここだ――」

 明るい表の通りとは違う暗い通り。時間帯も相まってより暗く感じる。人通りの少ない道から更に中に入り組んだ場所にあったとある建物。周りはポツンポツンと数え切れる程の外灯の明かりがあるだけだ。

<やはり結界魔法が張ってあったな。これでは中にいますと言っている様なものだ>
「よし。ボコボコのけちょんけちょんにしてやる」

 俺は既に匂いと魔力感知の両方で建物内の人数と位置を完璧に捉えているからな。

 ――ズガァァァァンッ!!
「「……ッ⁉」」
「お邪魔します――」

 俺は建物の扉を開け……ようとしたが、力を入れ過ぎて周囲の壁ごと破壊して中へ入った。勿論ちゃんと“お邪魔します”と言ってな。

 突然俺が入ってきたことに驚いたのか、建物の中にいた男達は何とも言えない表情でこちらを見ていた。1人は破壊した壁の瓦礫が直撃し気絶している。

「な、何者だテメェは!」
「コイツ何だよ急に……⁉ って、おい、大丈夫か⁉」
「……」

 残った男2人は俺を睨みつけながら威嚇してきた。急な事に腹を立てているのか、それはそれは凄い剣幕。だが残念だな……。テメェらの1000倍こっちはイラついてんだよ!

「<おい。レベッカどこだコラ――>」
「「……ッ⁉⁉」」

 有無を言わさず、俺は何時ぞやにマスターから謹慎を食らったジークの覇気で男達を脅した。ここなら容赦なく使える。周りに誰もいねぇからな。

 ジークの絶対的な王者の覇気と威圧に、大抵の者は本能的に従う事しか出来なくなる――。

「あ、あ……あ、ああ、あっち、あっちです……!」
「……ルカ⁉」

 男達がレベッカのいる隣の部屋を指差したと同時に、奥から手を縛れたレベッカが姿を現した。

「レベッカ!」
「ルカ!……ゔゔッ……ありがとうッ……怖かったよ……」
「大丈夫か⁉ 怪我は⁉ 何もされなかったか⁉」

 レベッカを見た俺は一気に力が抜けてしまった。
 良かった……。本当に無事で良かった。安心したぜ。

「う、うん……。大丈夫……!」
「悪かったな。遅くなって」

 泣きながら抱きついてきたレベッカをギュっと抱き締め返し、もう大丈夫だと彼女を落ち着かせた。するとフッと俺に体重が掛かって来た。どうやら安心してレベッカの緊張の糸が切れたのか、そのまま眠りについてしまった。

 怖かったよな。もう大丈夫だから。ゆっくり休め。

 そして俺は眠ったレベッカを抱き締めながら、部屋の隅でガクガク震えている男達を再び威圧した。

 わざわざ聞かなくても分かるだろうが、一応確認しておくか……。

「<お前ら、何でレベッカを攫った?>」
「お、俺達はただ……頼まれたからやっただけで……」
「そ、そ、そう……そうです……金払う代わりに、女を攫うと……」

 男達に答える気が無くても、ジークの王の覇気で本能的に従わざるおえないのだ。まぁここまでビビっていたら普通に答えくれる気がするけどな。

「<誰に頼まれた?>」
「お、俺達は裏稼業だから……いちいち互いに名前は聞かない……。か、金が全てだからな……」
「名前……名前は知らねぇが、た、確か……明日ネオシティの闘技場で戦う奴だ……! 街中に……は、張り紙がしてある。アイツだよ……」

 男達は震えながら洗いざらい全て話した。やはりグレイの仕業か。国王が正式に取り決めたという事もあって、俺とグレイの決闘は王国中に知れ渡っているからな。最早イベント事になってる勢いだし。

「<よし分かった。これに懲りたら2度とこんな事するんじゃねぇぞ>」
「「は、はいッ! 絶対しません!」」
「<お前らは今から騎士団に行って自首しろ。そこで気絶している奴も一緒にな。だが俺と依頼してきた奴の事は一切話すんじゃねぇ。いいな?>」
 「「分かりましたッ!!」」

 こうして、レベッカを何とか救出した俺は宿へ戻った。

 お気に入りのフカフカベッドにレベッカを置き、なにやらどっと疲れが押し寄せてきた俺も、軽く晩飯を食べ明日の支度をして眠りについた。何気なく視界に入ったレベッカの寝顔を見て、本当に何も無くて良かったと思った。

 そしてその一方で、俺の中では遂にグレイ達への怒りが頂点に達していた……。




 もう1ミリも情けはかけない――。



 明日は鬼と化そう――。


♢♦♢

~ネオシティ・闘技場~

 昨日の事件から一夜が明け、遂に今日は俺とグレイの決闘日となった――。

 昨日レベッカを攫った男が言っていたが、今回の決闘は国王が取り決めたという事もあり、この1週間王国中が俺達の話題で持ち切りだ。闘技場にはこれでもかと冒険者や一般の人が決闘を観に来ていた。

 ただ単に国王が取り決めた異例の決闘と言うのもあるが、既に俺がルージュドラゴンを倒しモンスターを体に宿しているという話が広がっているらしい。それもここまで盛り上がっている理由の1つだそうだ。まぁ傍から見れば物珍しいからな……。

 そしてそんな俺の存在が危険であると証明する為に、グレイ達は俺と戦うのだ。ここでもう反則と言うか可笑しいと思うのは、俺は1人なのに対し奴らはパーティ4人で俺と戦うという事。まぁこれはジークを召喚している俺も反則みたいなものだから強くは主張出来ないし、俺からすればまとめて仕返し出来るから丁度いい。

 もうコイツらとは今日ここで全ての因縁にケリを着ける。

 俺が甘かったよ……。
 俺が舐めていた……。
 まさかお前達がここまで腐りきっているとは思わなかったから。

 もうお前達を人として見ないよ俺は――。


♢♦♢


「――それでは両者前へ! いざ……開始ッ!!」
「「おおォォォォォォ!!」」

 闘技場に響いた決闘開始の合図と共に、何万人という人の数で埋め尽くされた観客席から、凄まじい歓声が響いた。

「ルカー!頑張ってー!」

 これだけの人数が同時に声を発しているのにも関わらず、俺はレベッカの声を鮮明に聞き取れていた。すると、俺のすぐ側から不愉快極まりない声が聞こえてきた。

「――遂にこの日が来たなルカ! 今日お前をぶっ殺して俺は国王に認めてもらうんだ!覚悟しろッ!

(……何故あの女がここにいる⁉ 確かに奴らから攫ったと連絡が入っていたのに……どうなってやがるんだアイツら!
畜生ッ……!誘拐するのに幾ら金払ったと思ってやがる! 武器も防具も売って金かき集めたんだぞクソがッ!)」

 グレイは余裕そうな笑みを浮かべている。

「キャハハハ! アンタ相変わらず使えもしない剣提げてるの?マジでウケるんだけど! ランク上がってるくせに武器も防具もまともに買えないなんて有り得ないんだけど!

(ちょっとどうなってるのよ……⁉ ルカは棄権するって言っていたじゃないのよグレイ! だから仕方なく私のお金もグレイに貸してあげたっていうのにッ……!)」

 ラミアは相変わらず俺を蔑んだ目で見ているな。

「能無しの雑用がッ!もう卑怯な手を使わせねぇからな!

(おいおいッ、何やってやがるんだグレイは! 折角俺が苦労して裏稼業の奴の情報集めたのによ!
まさか金だけ取って奴らに依頼してないんじゃねぇだろうな?)」

 ブラハム、お前は昔から偉そうだ。

「グハハハ、お前相手に4人など必要ない!俺1人で十分だろう!

(何でルカの野郎がいるんだグレイ! お前が絶対大丈夫だと言うから、俺達は予備の武器も防具も全部売ってお前に金渡したんだぞッ……!
何がその道のプロに頼むだ馬鹿が! 失敗してるじゃねぇかよ!)」

 ゴウキンも変わらないみたいだな……。

<――ハッハッハッハッ! やはり数年間にこうしてハッキリさせておくべきだったな> 

 今になって本当にジークの言葉が身に染みるよ。俺が抜けてからもう数ヶ月は経つが、ここまで落ちぶれてくれるとはな。俺だけならまだ放っておいてやったが、レベッカに手を出した事は許さねぇぞお前ら――。

「ハハハ、相変わらずで安心したよ。悪いな……なんか“予定”が狂ったみたいで」
「「……⁉」」
 
 俺の発言に4人がびくりとなった。この反応を見ればもう一目瞭然。自白してるようなものだ。

「は、はぁ⁉ なに訳分からねぇ事言ってやがる!」
「もういい!さっさとコイツ始末して全て終わらせるぞ!」

 ゴウキンの言葉でハッとなった4人は一気に魔力を高め戦闘態勢に入った。

 ……だが、改めて対峙してよく分かった事がある。

 今までは一応パーティを組んでいたから、こうしてしっかり向き合う事が無かった。仲良く特訓をした事もなければ、敵として対峙するなど初めてだ。

 だからこうして今まさに分かったんだ……お前達が本当に“弱い”という事が――。

「おいおい、勘弁してくれよ。まさかと思うが、それがお前達の全力の魔力じゃないよな?嘘だよな?」
「ふざけんじゃねぇ!ちょっと強いモンスター召喚したからって余裕かましてんじッ……『――ドサドサドサッ……!』

 いきり立つグレイの言葉を遮る様に、俺は奴らの足元にオリジナルの薬草を大量に投げた。コレは昨日“思い付いて”用意したんだ。お前達の為にな。

「こ、これは……!」
「ルカの薬草?」
「へぇ。俺の薬草だって知ってるのか。まるで関心がなかったから意外だな。それ全部お前達にやるよ」
「何ッ……⁉」

 戸惑う奴らを無視して、俺は立て続けにジークの覇気を放った。勿論ちゃんとコントロールしてグレイ達4人だけに――。

「<体力と魔力が無くなったら好きなだけ使え。その薬草全て無くなるまで俺に向かって来い>」
「「……⁉⁉」」

 グレイ達は当然俺の言う事なんかに従いたくない。だが、コレは竜神王ジークリートの王の覇気。並大抵の実力ではこの力を防ぐのは不可能だ。

「な、何だッ……⁉ 体が思う様に動かない……!」
「ルカ如きにビビってるの……? 私が……?」
「ほら、早く始めようぜ皆」
「ぐッ……死ねこのクソがッ!」

 1番初めに動き出したのはグレイ。
 そしてこれが合図かの如く、王の覇気に必死に抵抗しながら、ラミア達も攻撃を仕掛けてきた――。

「俺達の連携で速攻殺すぞッ!」
「え、ええ! 食らいなさい……ファイアインパクト!」

 お決まりのパターン。
 ラミアの魔法攻撃を皮切りにゴウキンが続き、ブラハムとグレイが更に追撃を繰り出す。

 流れが全て分かっている俺はグレイ達の“余りに遅い攻撃”に暇を持て余した為、昨日手にしたばかりの新しい剣……ゼロフリードを腰から抜き、試しに魔力を流し込んだ。

「おー」

 これは凄いな。ちょっと魔力を流し込んだだけで本当に増幅してる。ジークの力と合わせたら無敵じゃないかこれ。

 おっと……。ラミアの攻撃がもう届きそうだな、同じ炎魔法で打ち消すか。

 ――ズバァン!
「「……⁉⁉」」

 俺は剣に炎を纏わせ軽く振るっただけ。ラミアの攻撃を相殺されたグレイ達は何が起こったのか分かっていない。ただ俺を驚いたように見つめながら立ち止まっていた。

「戦闘中にそんな隙見せたら死ぬぞお前ら。ほらどうした? 何時もの連携は」

 戸惑うグレイ達を煽る。得意の連携攻撃の初手を潰したものだから焦っているな。だが俺には分かるぞグレイ……。お前はプライドが高いから、こんな安っぽい挑発でも直ぐに乗ってくる。

「この野郎……! たかがルカのくせに生意気なんだよッ! 何してんだラミア!もう1発撃て早く!」
「ファ……ファイアインパクト!」
「続くぞお前ら!」

 馬鹿の一つ覚えかの様に、グレイはラミア達に指示を出し、再び連携攻撃を繰り出してきた。馬鹿にはやはり体で覚えさせるしかないみたいだ。

 俺は分かりきったグレイ達の連携攻撃を一先ず最後までやらせてあげた。そしてそのついでに1人1人軽めの攻撃を食らわせてやったんだ。

「ぐッ……⁉」
「がは⁉」
「な、何が起きた……!」
「……ゲホゲホッ!」

 準備運動にもならない攻撃。それにも関わらず、グレイ達は悶絶の表情を浮かべながらその場に蹲っていた。

「もう息が上がってるな。早く薬草でも使えよ。弱過ぎるぞ」
「ぐぐッ……畜生……! ふざけやがってルカ……ッ!」
「その威勢と聞き飽きた戯言はいい。兎に角かかって来い、ほら」

 蹲るグレイ達に対し、俺は更に煽った。皆ある意味根性だけはある。俺の挑発に血管が切れそうなぐらい苛立っているからな。

「くッ……本当にムカつくわね……! さっさとくたばりなさいよ!“ファイアキャノン”!」

 今度はラミアが1番最初に動いた――。

 この魔法攻撃はラミアの中で1番強力な魔法だ。
 本気になったのか感情をコントロール出来ていないのか分からないが、この攻撃に俺も応えるとしようか――。

 俺は剣を下ろし、持っていない反対側の掌を前に向けた。前方からはラミアの放った炎の塊が勢いよく飛んできている。そして、俺は前に出した掌でその炎の塊を受け止めた。

 ――ボウゥゥン!
「く、食らったわよ……! 皆今のうちに攻撃して!」
「よくやったラミア!」
「グハハハ! 殺してやる!」
「死ねルカー!」

 炎の塊が衝突した事により、辺りは一瞬で硝煙に包まれていた。

 自分の攻撃が“食らったと勘違い”したラミアに続いて、煙で視界が悪くなったところをグレイ達も狙って来た。

 一体何故俺に攻撃が通じると勘違いしたんだろう……?

 ――ガキィィィィン!
「「……!」」

 辺り一帯煙の中、金属の当たる音が闘技場に響き渡った。

「そんな馬鹿なッ……⁉」
「んぐッ……!」
「どうなってやがる……⁉ 俺達の攻撃を剣1本で……」

 煙が徐々に晴れていき、視界がクリアになっていく。俺達の戦いを見ている観客たちもまたザワつき始めていた。

 だがそれよりも少し早く……グレイ、ブラハム、ゴウキンの3人は、自身に起きた事に驚き動けずにいた――。

「う、嘘でしょ……⁉」
「凄い! 全員の攻撃を受け止めているぞ!」
「何が起きたんだ⁉」
「いいぞー! 一気に倒せ兄ちゃん!」

 煙が完全に晴れ、俺達の姿を捉えたラミアが驚きの声を上げていた。そしてそれとほぼ同時に、多くの観客達もまた大いに盛り上がりをみせた。

「これが全力か。情けねぇな――」

 あの煙の中、俺は3方向から同時に仕掛けてきたグレイ達の攻撃を、握っていた剣で全て捌いていた。

 そんな落ち込まなくてもいいのに。根本的にスピードが違い過ぎるんだから。俺とお前達じゃ。しかも今ので終わらせようとしたのか、渾身の攻撃だったみたいだな。弱過ぎるけど。

「くそッ……くそくそくそくそッ!! テメェは本当にムカつくなルカァァァァァ!」

 ――ボオォォォォ!
 攻撃を捌いた俺は今、自身の剣でグレイ、ブラハム、ゴウキンが振りかざしてきた武器を全て止めている、3対1の鍔迫り合いみたいな状況だ。3人は俺が攻撃を止めてからもずっと力を込めているのか、小刻みに体が揺れていた。

 そして、この鍔迫り合いの中、グレイが最後の魔力を振り絞り、再び己の剣に炎を纏わせた。

「うらァァァァァッ!!」

 グレイの雄叫びと共に、どんどん炎が強く巻き起こっていく。

「熱ッ……!」
「熱いなおいッ……!

 グレイの激しい炎に耐えられないブラハムとゴウキンはその場から慌てて距離を取る。だがグレイは更に炎を強めていく。

「ゔあァァァァァァァァァァッ!!」

 ヤケになっているのは一目瞭然。
 ただただ怒りに身を任せたその炎は次第にグレイ本人が耐えられない程熱を帯びていき、本当に限界まで上げた最大火力であろう炎を纏わせ渾身の一振りを放ってきた。

「死ねッ!ルカァァァァァァァァァァーー!!」
















「1人で暑苦しいんだよ――」


 ――ボフンッ……!
 俺はまるでゴミでも払うかの様にグレイの炎を払った。
 だって1人で五月蠅いし微妙に蒸し暑い。

「う……噓だろ……。有り得ない……」

 今ので完全にグレイは魔力切れ。戦意も喪失したみたいだ。

「<魔力切れか? じゃあ早く薬草飲めよ>」

 俺はグレイ達に再び覇気を飛ばしながら命令した。抵抗しつつも薬草を飲んだグレイ達は、体力と魔力が戻って再び威勢も取り戻した。

「ふ、ふざけんじゃねぇクソッ!」
「どこまで俺達を弄ぶ気だコイツ……!」
「こうなったら薬草使いまくって渾身の攻撃を放ち続けてやる!」

 本当に根性というか執念だけは凄まじいものを感じるな……。その勢いをもうちょっと他に向けられていれば良かったのに。まぁそんな事言っても今更だけどな。

 回復して開き直ったグレイ達は、その後怒涛の攻撃を仕掛けてきたのだった。

「「うおぉぉぉッ!!」」


♢♦♢


 もうどのぐらい時間が経った……?
 あれからというもの、グレイ達は4人で絶え間なく攻撃を繰り出していた。魔力が切れては薬草を使い、体力が切れては薬草を使う……何十回もその繰り返し。

 そして遂に、今のが最後の薬草だ――。

「ハァ……ハァ……」
「……」
「もうやりたくねぇ……」
「……グハハ……」

 全員、薬草で魔力も体力も回復しているものの、既に何時からか気持ちが折れていた。目にも生気が感じられない。まるで生きた屍の様だ。

 何十回……何百回……。何をやってもどんな攻撃をしても、一切俺にダメージになる事は無かった。傍から見ればやり過ぎかもしれない。少なからず同情する者もいるだろう。

 だが悪いがそんな事どうでもいい――。

 これは俺とグレイ達の問題なんだ――。

 それに、散々俺達にしてきた仕打ちに比べれば大したことはないだろ。

「今のが最後の薬草か……。詰まらないな。もっと用意しておけば良かった」

 グレイ達の精神はもはや崩壊寸前なのだろう。あれだけあった威勢が全員から消えている。もうまともに言い返す事も出来ないらしい。

 ここまでだな……。

「仕方ない。もう終わりにッ……「――ゔらァァァァッ!」

 本当にこれで終わりだと思ったまさにその刹那。
 消えかけの蝋燭が最後に激しく燃えるかの如く、最後の最後に突如グレイが雄叫びを上げた。本能が訴えかけているのだろう……。

「凄いよ。ほんと大した根性だ……。それだけ残念でもあるけどな」

 グレイの声に呼応する様に、他の3人も生気を取り戻し、本当に本当の最後の攻撃を仕掛けてた――。

「くたばりやがれルカーーッ!」
「――あの時、お前達に“最後に言った”だろ? ブラハム……お前は槍使いのくせに突きが甘いと」

 もう何時もの連携攻撃ではなかった。全員がただ本能的に意のまま攻撃を繰り出してきただけだった。

 最初に来たのはブラハム。相変わらず突きが甘い槍で俺を突いてきたが、俺はいとも簡単にその攻撃を躱し、剣の柄でブラハムに突きを放った。

 ――ズガンッ!
「こうやって突くんだよ」

 俺の攻撃を食らったブラハムは凄い勢いで闘技場の壁までぶっ飛び、そのまま打ちつけられた衝撃で気を失い地面に落ちた。

「くたばれクソ雑魚がッ!」
「ゴウキン……お前は攻撃が大振り過ぎて、次の動作が遅れる」

 言うだけ無駄か。得意の大振り放ってきたゴウキンに対し、俺はまたスッと攻撃を躱しながらガラ空きになった巨体の腹部目掛け、拳を打ち込んだ。

 ――ドンッ!
「そんな大振りは当たらない」

 ブラハム程飛ばなかったが、ゴウキンも殴られた腹部を悶絶するように抑えながら意識を失った。

「アンタなんか本ッッ当に大嫌い!!」
「俺も全く同じ意見だ。ラミア……お前は魔法に余計な魔力を込め過ぎだと言ってやっただろ。何でもかんでも欲張るな、尻軽女が」

 ある意味意見が最も合っていたかもな。俺もお前が凄く嫌だったよ。魔法使いだから魔法で教えてやるよ。

 ――バチバチバチッ!
「コレが魔法の使い方だ」

 俺はラミアに雷魔法を放ったが、全く当たっていない。奴の周りに撃ち込んだだけで悲鳴と共に気絶した。

 残るは……。

「ゔらぁぁぁッ! 消えろルカァァァ!」
「グレイ……お前ともこれで最後だ――」

 グレイは激しい炎を剣に纏わせ、思い切り振り下ろしてきた。俺も同様に炎を剣に纏わせ、グレイ目掛けて振り下ろした。

 ――ガキィィィィンッ!
 互いの剣が衝突した刹那、目を閉じてしまう程の光が生じた。
 そして、僅か1秒にも満たないその光が一瞬で収まると、砕かれた剣と共にグレイは気を失ってその場に倒れたのだった。

 ――キィン……。
 一呼吸吐きながら、俺は剣を鞘へと閉まった。

「――ここまでッ! 只今の攻撃によりグレイパーティ戦闘不能!よって、本日の決闘……勝者はルカ・リルガーデン!!」
「「おおぉぉぉぉぉッ!!」」

 こうして、俺とグレイ達の決闘は幕を閉じた――。
~闘技場~

 俺とグレイ達の決闘終了の合図が出されると、闘技場の盛り上がりがまだ止まない中、突如数十人の騎士団員達が入って来た。そして騎士団員達は魔力を封じる鎖でグレイ達全員の拘束を始めた。

 闘技場全体がどよめいていたが、俺は直ぐに昨夜の事が頭に浮かんだ。恐らく昨日騎士団に自首した奴らが全て白状したのだろう。その結果がこれだ。

 4人は気を失っていたが、グレイだけが辛うじて意識を取り戻した。

「うッ……。ん……な、何だッ……?」

 既に満身創痍であるがグレイだが、何故か拘束されようとしている事に抵抗し始めた。

「これはどういう事だ……! 止めろ……離せッ……!」

 しかし、グレイの抵抗は最早無意味。既に鎖で拘束された上に、どう足掻いてもこの状況は覆らなかった。

「――国王様!ご命令通りグレイとそのパーティーを……誘拐の主犯として取り押さえました!」
「ああ。ご苦労」
「誘拐の主犯……⁉ くそ……お、俺はそんな事していないぞッ!」

 往生際が悪い。
 そう思っていた次の瞬間、今度は突如国王自らが闘技場に降り立った。しかも国王が決闘を観ていた場所はここから優に4、5mの高さがある場所。その余りに軽やかな身のこなしはどう考えても素人の動きではなかった。

 もしかして、国王も元冒険者……?

 俺のそんな疑問は他所に、国王は騎士団員に押さえつけられているグレイの前に向かった。

「冒険者グレイよ――」

 国王から発せられた声は低く響き、まるで溢れ出る怒りを無理矢理押し込めている様にも感じた。その殺伐とした雰囲気に、闘技場が瞬く間に静かになってしまった。

「今しがたの決闘により、ルカが危険であると言う貴様の証明は無くなった。それに加え、貴様達は彼のパーティである女性を誘拐したという事が判明された。裏稼業の者達を金で雇ってな――」

 国王の凄まじい“覇気”によって、グレイは何も言えずただただ震えていた。

「私の命の恩人でもある彼を侮辱しただけでなく……このよう卑劣な真似をした非人道的な者を、私は絶対に許さんぞグレイよッ!」

 ジークとはまた別の王の覇気――。
 国王のこの言葉と威圧によって、グレイは完全に意気消沈した。

「貴様とその仲間達は全員本日をもって冒険者の資格を剥奪する!
そして貴様達は全員島流しの刑として“辺境の島”へ送る!そこで余生を過ごせ!以上だ――」

 グレイはもう全身の力が抜け、自力では立てなかった。騎士団員達に引きずられる様に連れて行かれ、ラミア達3人も意識がないまま全員運ばれていった。

 騎士団員によってグレイ達が連行され静まり返った闘技場。
 そこに国王の声が再び響き渡った。 

「皆の者、聞くがよい――!
ここにいる冒険者、ルカ・リルガーデンは、先に開催された王国の討伐にてルージュドラゴンを討ち取り、その場にいた私と多くの者の救った英雄である!
彼は特殊な召喚魔法によってその身にモンスターの力を宿しているが、今ここにいる皆が見た通り、その力はしっかりと彼によって掌握されている! 彼に対する安全性とその実力は十分に証明された!よって、金輪際彼の力に対する差別は私が認めない!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」
 
 静まる闘技場に国王の言葉が放たれ、この場にいた何万人もの観客達が物凄い大歓声を上げた。

「凄いな……」

 大歓声によって闘技場が揺れている。その割れんばかりの歓声に俺も気が付けば鳥肌が立っていた。

 これで本当に全部解決だよな……?

 レベッカの為に鬼と化すと決めて今日に臨んだが、正直、途中から静まり返る皆を見て、俺は逆に恐怖を与えているんじゃないかと不安だった……。いや、きっとまだこの大歓声の中にも少なからずそう思っている人もいるだろう。

 だけど……今日のこの瞬間というのは、俺とジークの存在が大勢の人に認められた特別な瞬間でもあった――。


「私に出来る事はこの程度かな――」

 大歓声が止まぬ中。国王が俺にそう声を掛けて来た。

「い、いえッ、とんでもないです……! 国王様が僕なんかを庇って頂けるなんて……。あの、本当に何とお礼を申していいのか分かりませんが……あ、ありがとうございます!」
「ハハハハ!命の恩人にそう思ってもらえたのなら何よりだ」

 国王は優しく笑っていた。
 
 俺は国王のその笑顔や皆の歓声を受けて、フッと肩の荷が下りた気がした。昨日から余分に色んな感情を込めていたせいもあるんだろうな。帰ったらゆっくりしよう。

 これで取り敢えず一段落……と、思いかけた瞬間、国王がまた俺を見るなり徐に口を開いた。

「――時にルカよ。不躾で悪いが、君は“国王団”に興味はないかね?」
「国王団……ですか?」

  国王団は特別に選ばれた者しか入ることが出来ない、言わば王国の精鋭部隊。

「そうだ。ギルドに所属するのではなく、国王団でフリーの冒険者としてやるつもりはないかね? 勿論仲間のレベッカ君も一緒にな」

 これはスカウト……されてるって事だよな? しかも国王から直々に……。ちょっとビックリした俺は一瞬言葉に詰まった。

「国王様、それは凄くご光栄なお話ですが、僕はこの世界のモンスターを全て倒すと言う目的があります。お言葉ですが……国王団に入らせて頂いたとしても、それは可能でしょうか……?」

 俺なんかがどの立場で物申しているんだと言う事は俺でも当然分かる。国王団など人生何回やり直したら入れるのかも分からない狭き門。だが俺とジークの最終目標はそこじゃない。俺達のやりたい事が出来なくなるなら、申し訳ないが無意味でしかないんだ――。

「ハハハ、流石多くの者を救った英雄だ。そんな偉大な目標があるのだね。
勿論、国王団に入ったからと言って君の志や未来を奪う気は毛頭ない。寧ろこれまでに出来なかった事を経験出来ると思う。
そして、大いに君の目標に力を貸せるだろう――」
「そうですか……。ありがとうございます。でも、返事は少し待って頂いても宜しいでしょうか。レベッカとも相談したいので」
「それは勿論構わない。返事は何時でもいいさ。気持ちが固まったらまた教えてくれ」

 この会話を最後に、国王は闘技場を去って行った。

 その後俺も闘技場を去ろうとしたが、受けた事のないこの大歓声を前にどう対応したらいいか分からず、戸惑いながら何度もお辞儀をして闘技場を後にした――。


♢♦♢

~闘技場・通路~

「――おいおい、うちの大切な冒険者を勝手に横取りしようとするなよな“ネロ”」
「ゼインさん……。ハハハ、聞こえてしまった様ですね」
「聞こえてしまったじゃないだろ。ルカはうちのギルドの冒険者だ」
「それは確かにそうですけど、あの貴重な力を1つのギルドだけでなんて勿体ないです。彼はもっと多くの命を救える存在。これでも“今は”国王なのでね、国の利益を優先させてもらいますよ」
「国や命を出されたらこっちも何も言えんな。反論出来ないじゃないか。相変わらずタチが悪いなお前は」
「何を言ってるんですかゼインさん。それはこっちの台詞ですよ。ゼインさんだって国王の俺をアゴで使うくせに……。今回だって結構協力したつもりですけど」
「ハハハハ! まぁ確かにそうだがな。でも“昔みたい”でたまにはいいだろ。お前が駆け出しの冒険者だった頃を思い出す」
「やめて下さいよ今更。ゼインさんには勿論お世話になりましたけど」
「本当に思っているのか? まぁこれで一先ず区切りにはなったが……。まだまだこれからも忙しくなりそうだな」
「ええ。そうですね――」

 俺が闘技場を後にする数分前、薄暗い通路で国王とゼインさんがそんな会話をしていた。

 だが当然、俺はそんな事知る由もない――。

~宿~ 

 遂に決闘が終わった俺達は、闘技場を出て宿へと戻っていた。そしてまだあの大歓声の余韻に浸りながら、俺はレベッカに国王団の事を相談した――。

「私はOK! 全然大丈夫。ルカと一緒に組めるなら何でもいいよ!」
<やっと強いモンスターと戦えるのならば受けるしかないな>
「あー、意外とそんな感じね……」

 今しがた国王から誘われた国王団の話をすると、意外にもレベッカもジーク乗り気だった。どうしようかと少しでも悩んでいた俺がなんだか馬鹿らしい。

 正直、国王団の話は予想外だったがとても嬉しい。実力を認めてくれた事もあるけど、やっぱそれ以上に俺達の目標への力強いサポートだからというのが1番。国王団の討伐や依頼なら、今まで以上に強いモンスターを多く倒せるだろう。

「それじゃあ本当にいいんだな? 国王団に入るって事で」
「うん」
<無論だ>

 こうして、俺達はあっさりと国王団の話を受けた。
 翌日には騎士団を通して国王に伝えてもらい、俺達は1度家に帰った。


♢♦♢

~ルカの家~

「――ルカが国王団にねぇ……。凄い話じゃねぇか本当に」
「ジャックさんには何から何までお世話になりまくってます本当に」

 あれから数日。
 国王団に入る事を決めた俺は、家の荷物をまとめて再びネオシティに出発する事になった。今まで住んでいた家はジャックさんが管理しつつ住んでくれる事に決まり、今こうして家の明け渡しを行っているんだ。

「まぁ別に近いからいいよな」
「そうですね。母さんの墓参りもしたいから定期的に顔出しますよ」
「そうか。取り敢えず頑張ってこい。ジークリートの力がありゃ余裕だと思うけどな。レベッカも頑張れよ」
「はい!ありがとうございます」
「じゃあすみませんが家宜しくお願いします」
「ああ」

 俺達はジャックさんに暫しの別れを済ませ、冒険者ギルドにも向かった――。

~冒険者ギルド~

「――あ、ルカさん! もう行くんですか?」

 ギルドに入るなり、俺を見つけたマリアちゃんが寂しそうに声を掛けてきてくれた。

「そうなんだ。もう出るからギルドの皆にも挨拶したくて。マスターいるかな?」
「勿論。マスターも他の皆さんも待ってますよ! お部屋へどうぞ」

 マリアちゃんに促され、俺はマスターの部屋に通された。するとそこにはマスターとフリードさん。それにリアーナさんとバルトさんまで集まってくれていた。

「わぁ……皆さんお集まりで……。なんか却って気を遣わせてすみません」
「何を言ってるんだよ水臭い。ルカ君の大事な門出だろう」
「そうよ。ドルファンはクエストで来られないけど、貴方に宜しく伝える様た頼まれているわ」
「頑張って来いよルカ!」

 俺なんかの為に、こんな多くの人がわざわざ動いてくれている。その事実や皆の言葉が改めて有難さを感じさせてくれた。ここにいる人達や他の色んな人達のお陰で今の自分があるんだ――。

「ルカ君、レベッカ君。君達のその力を……冒険者としてのその実力を、これからはより多くの者達の助けとして奮闘してくれる事を期待しているぞ!
何かあったら私にも声を掛けてくれ。出来る限りの事はこれからもさせてもらうからね」

 マスターはとても暖かい表情でそう言ってくれた。マスターにも本当にお世話になった。なりっ放しだ。俺とジークの事を守ってくれて、普通の冒険者として生きていける様色々と動いてくれた。それはきっと俺が知り得ない以上に大変で労力が掛かっていただろうに、マスターは決して俺の前で嫌な顔1つ見せなかった。

 鬼の様な形相は1度目にしたが……。

 あ、そう言えばまだこの剣のお礼を言っていない。

「マスター。何から何まで本当にお世話になりました! ありがとうございます!この剣も大切に使わせてもらいます!」

 マスターには頭が上がらない。感謝してもし尽せないよ。

「いやいや。これじゃあまだまだ“恩返し”には事足りんよ――」
「恩返し……? 全然そんな事ないと思いますけど……?」

 マスターが俺に恩返しって……可笑しくないか……? 俺何もしてないぞ。寧ろこっちが恩返ししまくらないといけないぐらいだ。

「ハハハ。まぁそれよりも、国王団での活動はきっと大変なものだと思うが、君達ならば乗り越えられるだろう。何時でも帰っておいで。活躍を期待しているぞ――!」
「「はい!」」

 こうして、俺達はギルドを出発し、国王団のあるネオシティに向かった。


♢♦♢


~王都ネオシティ・国王団基地~

 国王特別特殊任務隊――。

 国王団の基地へと訪れた俺とレベッカは、事前に伝えられていた通り国王直属の国王団……“国王特別特殊任務隊”に配属された――。

 この隊に命令権があるのは勿論国王のみとなっているそうで、他のギルドや組織の命令は受け付けないそうだ。そして俺達が配属されたこの隊には現在、俺とレベッカ以外に8名のフリー冒険者が所属している。

 ここにいる冒険者達は俺とレベッカの様に特殊な力を持っているらしく、皆相当の実力者だそうだ。

 そして、特殊隊は何時でも動ける様に基地内の寮に入る決まりとなっている。

 これに関しては俺とレベッカも全く問題ない。レベッカとの共同生活は楽しかったし不満もないけど、以前の様な物騒な事もまた起こり得るし、つい先日も“ハプニング”に襲われたからある意味寮は丁度良かったのかもしれない。お互いに……。

 だって“あれ”は大事件だ――。
 思い返しただけでヤバい……。もうレベッカに絶対“酒”は飲ませない方がいい。俺も羽目を外して幾らか飲み過ぎた……。間違いが起こらなくて本当に良かった。

 基地の中を見渡しながらそんな風に思っていると、基地の入り口で待機していた俺達の前に、1人の男の人が現れた。

「……待たせたな。お前達がルカ・リルガーデンとレベッカ・ストラウスか。
俺はこの特殊隊の隊長であるダッジ・マスタング! これからお前らの上官となる。命令は絶対だからそのつもりでいてくれ――」
「「宜しくお願いします!」」

 凄ぇ威圧感だな。これが俺達の隊長となるダッジさんの第一印象。

 ぱっと見ただけでも190㎝はあるであろう長身と、盛り上がった色黒の屈強な筋肉。それに相まってスキンヘッドとサングラスがより威圧感を醸し出している……。

 見た感じそのままの感想を言おう……。怖い――。

「よし。じゃあこのまま寮に案内する。国王団は所属ごとに建物が分かれている。お前達はそっちの建物だ」

 ダッジ隊長に説明されながら基地内を歩く事数分、俺達が入る特殊隊の建物に入った。すると直後にダッジ隊長が大声で誰かを呼んだ。

「おいクレーグ!」
「は、はいッ……! ってあれ、もしかしてもう新人ですか?」

 クレーグと呼ばれた男の人。ダッジ隊長に呼ばれるなり慌て様子で姿を現した。彼の周りのテーブルには、何やら幾つもの武器が散乱している。

「あれだけ時間守れと言っておいただろうが。毎度毎度武器ばっか改造しやがって」
「シッシッシッ、すみません。どうも周り見えなくってしまって」
「全くお前は……。もういいからこっち来て挨拶してくれ。今日から入る新人だ」

 ダッジ隊長に促され、その男の人はゆっくりと俺達の元に近付いてきた。

「僕はクレーグ。この特殊隊で副隊長やらせてもらってます。武器が大好きでずっと弄っているから、武器の事で何かあったら何時でも聞いてね。よろしく!」
「俺はルカ・リルガーデンと言います。一応体の中にモンスターを召喚してます。宜しくお願いします」
「あ、私はレベッカ・ストラウスです。魔法使いでえすが、魔力イーターという特殊体質を持っています。宜しくお願いします」

 俺とレベッカの自己紹介を聞くなり、副隊長のクレーグさんは急にニコニコ割り出した。

「うは~、こりゃまた凄く面白い人材を仕入れてきたみたいだね」

 ちょっと変わった人みたいだけどとても優しそうだな。ダッジ隊長マジで怖いから何かあったらクレーグ副隊長に言おうかな……。

「俺はまだ作業が残っているから後は頼むクレーグ。他の奴らにも紹介してくれ。後“遊び”は程々にしておけよ。初日だからな」
「了解です、任せて下さーい!よし、それじゃあ皆のところに行こうか」

 そう言うと、クレーグさんはテーブルに置かれた長剣を徐に手にすると、「こっちこっち」と案内を始めてくれた。

 うん。可笑しいだろ。

 その長剣を手にした事もそうだが、その前のダッジ隊長の“遊び”というワードも引っ掛かる。そしてまたややテンションが上がった様に見えるクレーグさんも怪しい。

 まぁ何となく察しは付くけどな。

 “同じ様な事”をマスター達にもやられたし――。

~特殊隊の寮・訓練場~
 
 クレーグさんに案内された俺達は、とある広い部屋に招き入れられた。この部屋に入る際、入り口に記された文字を確認すると、確かに“訓練場”という文字が……。

 この先に起こりそうな俺の嫌な予感は、どうやら的中しそうです――。

 俺のそんな思いを他所に、クレーグさんは寮の中を簡単に説明してくれていた。この訓練場に限らず、他の場所も基本的に使用は自由らしい。

 そして今いるこの訓練場とやらは、Sランク以上の冒険者しかいない俺達特殊隊の者達でも壊れないよう、なにやら特殊な結界が張られているらしいので、思う存分暴れていいよと最後にクレーグさんが言った。

<ほぉ。どれだけ暴れても問題ないと。ならば我の力とどちらが上か後でハッキリさせようか――>

 ……と、この訓練場に1番興味を抱いたのはジークだったが、俺のこの嫌な予感が当たるとするならば、後でハッキリさせなくても“今すぐ”そうなるぞジーク。

「――おーい、全員集まってー!!」

 クレーグさんのその掛け声によって、新たなに4人の冒険者達が集まってきた。男2人に女2人。そして集まった4人に対し、クレーグさんが俺達を紹介した。

「皆いい?今日から新しくうちの特殊隊の仲間となる、ルカ・リルガーデンさんとレベッカ・ストラウスさんです。って事で、皆も順番も挨拶してくれるかな」

 クレーグさんにそう言われ、最初に口を開いたのは右端にいた男の人。どこか幼さの残る少年の様な見た目。歳いくつだろう……? 彼はニコニコと人懐っこそうな笑顔を浮かべながら自己紹介をしてくれた。

「俺の名前はピノ・コールだ。特殊隊に来てまた半年ぐらいだけど宜しく!」

 彼に続いて口を開いたのは横にいた女の人。ロングの金髪を掻き上げながらキリっとした目で俺達を見て口を開いた。

「私はエレナ・マーライン。一応料理が得意だ。宜しくね」
「何でもかんでも焼くのは料理と言わないのよ」
「余計な事言わないでよ。それよりアンタも挨拶しなさい!」

 エレナと言う人に横槍を入れたのは直ぐ隣にいたもう1人の女の人。青い髪と大きな瞳が印象的な可愛いらしい感じの女の子。だがその胸元はとても立派。男なら思わずたわわな胸に視線がいってしまうだろうが、俺は何とか一瞬で逸らした。

 何故逸らせたかって……?

 それはな、何故か俺が彼女の胸に視線を奪われた刹那、隣にいたレベッカから突き刺さる様な気配を感じ取ったからだ。気のせいだと思い確認したが、確かに俺を睨みつけていた……気がする。

「アハハハ!私はジェニー・シトラスって言うの。宜しくね!主に情報収集や諜報活動を任されてるわ。この“魔眼”でね――」

 ジェニーと名乗った豊満な女の子は、そう言いながら俺達に不思議に輝く瞳を見せつけてきた。

 凄いな……。魔眼なんて初めて見た……。

 彼女の吸い込まれそうな魔眼に目を奪われていると、まだ紹介をしていなかった男の人が凄く静かに口を開いた。

「……ジルフ・レイン。魔法を使う……」
「「……」」

 ん?

 今ので終わりか……?

 思わずきょとんとしていたであろう俺とレベッカの反応を見て、エレナさんが直ぐにフォローに入った。

「ああ、ゴメンね。ジルフは人見知りで物静かなの。慣れたら大丈夫だから大目に見てあげて。これでも可愛いところあるから。それと他の冒険者は今任務中でいないんだ。まぁこんな感じだけど宜しくね」

 成程、ジルフさんとやらは人見知りなのか。良く見ると凄いイケメンじゃないか……?

「よし、皆終わったね。そしたら次は君達も簡単に自己紹介してくれるかな?」
「はい。俺はルカ・リルガーデンと言います。えっと、一応体の中にモンスターを召喚してます。宜しくお願いします」
「私の名前レベッカ・ストラウスです。魔法使いで、魔力イーターという特殊体質です……。宜しくお願い致します」

 俺達が自己紹介を終えると、4人は「やっぱ国王って物好きだよね――」みたいな会話をしていたが、真意はまだ俺達には分からなかった。

「あー、そう言えば、隊長以外は敬語なしでいいからね。仲良く名前も呼び捨てで。みんなそんな感じだからさ」

 クレーグさんが優しくそう言った。俺が思っていた以上にいい人達ばかりみたいだ。堅苦しい感じもない。

「さて、それじゃあそろそろ“自己紹介本番”といこうか――」

 は……?

「OK! じゃあレベッカはこっちね!私達と裸の付き合いするよ!」
「えッ……⁉ は、裸⁉ え、ちょッ、どういう……えぇぇぇ⁉」

 訳も分からず、レベッカはエレナとジェニーに強制連行され訓練場から出て行った……。

 そして残された俺は――。

「よし、早速“始めよう”か!」

 やはり悪い予感が的中した。全く嬉しくないけどな。持って来た長剣の意味もやっぱりそうか。マスターとの最終テストを思い出すよ。

「あのー、クレーグさん……。一応確認なんですけど……」
「敬語なしでいいって言ったでしょ? さん付けも要らないよ。それに、何か確認する必要あるかな?」

 クレーグさん……じゃなかった。呼び捨てでいいんだよな。

 クレーグはもう分かってるだろと言わんばかりに俺に微笑みかけてきた。手にしている長剣を見せつけながら。

「やっぱりそうか……。冒険者って強ければ強い程変わり者が多いよな」

 小さく呟いた俺の声は誰にも聞こえていないだろう。

「よし! 俺からいこうかな!」

 張り切って先陣を切ってきたのはピノ。そして何やら此処にはルールがあるらしく、戦う当事者同士以外の観覧は無しとの事だ。

 つまり、訓練場には俺とピノだけとなっていた――。

「手加減なしな! 本気でいくぞ!」

 始まりの合図は決まっていない。早くもやる気満々のピノはそう言うなり突如手を大きく振りかぶった。よく見るとその手には何やら棒のような物が握られており、長さは20㎝程。優に数メートルは離れていた俺とピノの距離ではとても届くとは思えない。

 一瞬魔法を放つ杖やランスの類かと思ったが、俺のそんな予想は瞬く間に消し飛ばされた。

 ――ビシュン!
「これは……!」

 ピノが棒を振るった瞬間、風を切る音が聞こえた。奴が手の棒を振る度に、訓練場にシュンシュンという鳴り響く音。よく見ると、ピノが手にする棒からは水の様に揺らめきながら反射する透明なロープが伸びていた。いや、もっと分かりやすく言うならアレは鞭と言った方が近いだろうか……。

「どう?ビックリしたでしょ! この鞭はちょっと変わった武器なんでね、コレは“水の錬成師”って言う特殊適性の俺だから出来る技なんだ」「水の練成師……?」

 確かに聞いた事無いな。

「ルカの力も教えてもらったからさ、俺も教えてあげる。俺は水ならどんな形でも自由に操作出来るんだ」
「成程。じゃあこれは鞭であって鞭では無いって事か」
「そんなとこ」

 これは結構面倒な技だな。でも、水なら雷に相性悪いだろ。

「わざわざ教えてくれてありがと。じゃあ次は俺から攻撃するぞ」
<よしよし、やっと来たか! 早くやれルカ!>

 珍しくジークがノってるな。それだけここにいる人達が強いんだろう。

 そんな事を思いながら、俺は雷魔法をピノ目掛けて放った。

「“トール”!」
水成の防壁(アクアシールド)

 俺が雷魔法を放った直後、ピノは直ぐに水で防御壁を繰り出した。相性の悪い雷を防いだし反応速度も速い。

 流石国王団の特殊隊……。そこらの冒険者とはレベルが違う。

「トール!……10発でどうだ」

 俺は先程のトールを10発放った。強い落雷撃が一斉にピノに降りかかる。

「“オールリフレクション”!」

 ピノもすかさず魔法を繰り出し、水の周りを全て覆った。それにより俺の放った落雷全てをガードされ雷を打ち消されてしまった。

 だが……。

「もらった!」

 防がれる事を想定していた俺は既にピノの後ろに回り込み、マスターから貰ったゼロフリードに雷を纏わせながら既に攻撃モーションに入っていた。

 ――ズバァァンッ!
 ドーム状にピノを覆っていた水の壁ごと、俺は剣で斬り裂いた。

「容赦ないねぇ……!」
「手加減なしっていったのはそっちだろピノ」

 本当は今の一振りで決めようと思っていたのに、予想以上に水の壁が厚かったな。

 防壁を破られたピノは即座に剣を持っていた俺の手に蛇の如く水を巻き付けてきた。縄の様に丈夫な水によって完全に腕が捕まった。これで次の動作に入るのも遅れる。

 ……と、そう思ったであろうピノは俺の予通り次の攻撃を放とうしてきた。だが残念だピノ……。コレはお前ではなくて、俺にとって願ってもない1番いいチャンス――。

「“放雷《エレクトリック》”!」

 水は当然電気を伝う。
 俺は巻き付いていたピノの水に、雷魔法を流した。

「しまッ……⁉」

 ピノも瞬時にヤバいと勘づいた様だが、時すでに遅し。ビリビリっと感電したピノはそのまま倒れてしまった。

 勿論雷の威力は抑えたから気を失っているだけだ。