召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

~冒険者ギルド~

 レベッカの元パーティがドラシエル王国から追放されて早3ヶ月が経っていた――。

 俺は1週間の謹慎期間が終わった後、再びレベッカとクエストを受け続ける日々を送り、これ以上なく順調にパーティランクを上げていった。
 
 その一方で、どうやらグレイ達はクエストを失敗し続けているらしいと小耳に挟んだが、やはりもう何とも思わなかった。


「――そう言えばルカのパーティーもうAランクに上がったってよ」
「マジで⁉ つい最近Bに上がったばかりじゃ……?」
「やっぱりSSSランクの実力は本当なのかも」
「確かにな。ルカが抜けた途端グレイのパーティーはAランクに落ちしたらしいし」
「その情報古いわよ。グレイ達は今Bランクだから」

 ギルドの食堂でもこの話題で持ちきりだったとさっきレベッカが言っていた。

 あれからグレイ達の姿を見掛けていないが、どうやら原因はそれも関係しているんだろう。プライドの高いグレイの事だから、心中穏やかじゃない状態だと手に取る様に分かる。

 この間見かけた時もなにか揉めていたみたいだし、パーティランクも落ちて皆イライラしてるんじゃないかな……?

 まぁ俺には関係ないしどうでもいいんだけど、流石Bランクまで落ちてしまうとクエストを受けなきゃ生活も出来ないだろう。Sランクなら1回のクエストで暫く困らない報酬を受け取れるけど、最近失敗してるみたいだし貯金もほぼない筈。

「――ま、そんな事どうでもいいか」
「何がどうでもいいの?」

 俺が無意識で呟いた独り言をレベッカに聞かれてしまった様だ。

「いや、何でもないよ。ただの独り言」
「そう? ならいいけど」

 何時ものようにクエストを受けるべくレベッカと話していると、突然後ろから誰かに声を掛けられた。

「君達がルカ君とレベッカさん?」
「「――!」」

 振り返ると、そこには1人の男の人がいた。
 金色の髪がさらりと伸び、とても端正な顔立ち。まるで貴族や王子のような外見をしたイケメンのお兄さん。

 そう。この人はドラシエル王国に住む者なら誰でも知っている有名人。Sランク冒険者のフリード・スターマンさんだ――。

「あ、貴方はSランク冒険者の……」
「フフフ。僕を知っていてくれて光栄だが、君がルカ君とレベッカさんで間違いないかい?」
「はい、そうですけど……」
「やっぱりそうか。じゃあ“コレ”どうぞ」

 そう言って。フリードさんは俺に封書を渡してきた。裏を見ると宛名は確かにルカ・リルガーデンとレベッカ・ストラウスと、俺達の名前が記されていた。

 封をしているラベルを何気なく確認すと、そのラベルには見覚えのある紋章が描かれていた。

 大きな盃と剣。そしてドラゴンがあしらわれたこの紋章は……。

「それ“国王”からの招待状だから――」
「「え……?」」

 やはりそうだ。見覚えがあるも何も、コレはドラシエル王国の紋章だ。見た事あるのは当然。寧ろあり過ぎて逆に直ぐ吞み込めなかった。しかも国王からなんて余計に理解不能だ。

「国王からですか⁉」
「なんで俺達に……」
「え、君達マスターから聞いてないの? 2人はマスターの推薦で、国王が毎年開催しているモンスター討伐隊に参加する事が決まっているんだよ。
ほら、ギルドの案内板にも大きく張り紙がしてあるだろう」

 そう言って指を差すフリードさんの先には、確かに案内板と“モンスター討伐隊募集”という文言の張り紙がしてあった。これは毎年開かれる、王国でも大きな行事の1つ。

 王国の行事だからしっかりと報酬は出るものの、通常のクエストよりも報酬は少ない。確かにモンスターを討伐する大事な行事ではあるが、誰でも参加出来る言わば一種のお祭りの様なものだ。

 その為参加者もそれ程多くはない。危険な討伐という訳でもないからただ経験を積みたい冒険者や王国の騎士団に入りたい者が率先して参加する。

「参加する事が決まったって……え?強制ですか?」
「そう。招待状は確かに渡したし、出発は明後日。だからしっかり準備しておいてね~宜しく」

 フリードさんはそう言って風のように去って行った。

「おいおい、嘘だろ……」

 フリードさんがこんな冗談を言いに来る訳ないと分かってはいるが、俺は一応開封して中身を確認した。すると、よく見れば恐らくこれは直筆……。まさか国王がわざわざ? しかもちゃんと討伐に参加と書かれているし。

「これはまたややこしい事になったな……」
「本当に参加なんだね」
「マズいぞレベッカ……。討伐に参加するまでに魔力コントロールを完璧にしないと」
「あ、そうだ! え……ちょっと待って、でももう時間が……!」
「それは分かってるけどやるしかない。なにせ国王直々の招待だからな」

 こうして、突然の招待により討伐に参加する事になった俺達は、何よりも先ずレベッカの魔力イーターの力のコントロールに専念した。

♢♦♢

~訓練場~


<詰めが甘い。魔法を放つ最後までするんだレベッカ>
「ごめんなさい!もう1回お願い致します!」
「余所見するなよルカ!」
「あ、はい!すみません!」

 ここはギルドの訓練場。マスターに頼み、特別に俺達の貸切にしてもらった。理由は勿論レベッカの魔力コントロール……の筈だったが、何故か俺もジャックさんに訓練されている。

 何で?

「ほら、集中しろってルカ!」
「は、はい!」

 どのタイミングだろう?気が付いたら既にこうなっていた。
 討伐隊に参加する事になったのもあるが、どうせならと、まるで暇つぶしの如く俺の訓練が始まった気がする。

 レベッカの訓練には確かに魔力の高い人達がいた方がいい。ジャックさんみたいなSランクなら多少吸われても問題ないし、いればいる程レベッカの訓練には持ってこい。

 だが今はいればいるだけ余計だ――。

 俺がジークを召喚したと知ったSランク冒険者の皆々様が物珍しそうに俺を攻撃しているからな!

 くそ……。ずっとジークの事を言えずに悩んでいた時期が馬鹿みたいだ。マスターやジャックさんは然ることながら、他のSランク冒険者の人達は皆ジークの話を聞いて驚くどころかあっさり受けれたそうじゃないか……。

 ある意味反応も実力もグレイとはまるで違う。これがSランク冒険者の実力か……。まぁ恐ろしく思うと同時に、心の何処かで嬉しさもあるのが正直な気持ち。

 だがしかし!
 今のこの特訓はあんまりだ!
 レベッカより俺の方が酷いじゃないか!

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!ジャックさんもリアーナさんもッ!それにフリードさんも会ったばっかりですし、ドルファンさんに至ってはまだ数十分前に初めましてなんですけどッ……!」
 
 そう。
 今まさに俺に攻撃を仕掛けているのは4人の猛者達。ジャックさんとリアーナさんは何時かの最終テストでも同じような目に遭わされたが、フリードさんとドルファンさんはまだ会ったばかり。しかもこっちの2人はジークの力を見たいという物珍しさだけで攻撃してきている。

 何なんだこの人達は……。

「本当にジークリートの封印を解いたとは」
「ジャックばかり攻撃していないで、僕にもやらせてくれよ」
「ダメだ。ルカは俺の弟みてぇな存在だからな。俺が1番に攻撃する」
「私も試したい超上級魔法があるので、次は変わって頂きます」

 意味が分からん――。

 もう1度言っておこう。アンタ達、マジで意味分からん事を言ってるぞ。

「じゃあ間を取って全員好きに攻撃すると言う事でいいね?」
「「OK!」」
「何もOKじゃないですよッ⁉ 頭大丈夫ですか⁉」

 お世話になっているジャックさん達に思わず暴言を吐いてしまった。だがこれは俺が正しいと思う。マスターがレベッカの訓練に付きあってるのがマジで不幸中の幸い。ジークもレベッカの方に魔力を集中させてるから何時もより俺はしんどい気がする……!

 しかもフリードさんはSランクの中でもトップの実力。マスターの次に強いんだぞ。ドルファンさんだって当たり前の如くな。これは本当に止めないとヤバい。

「皆さんちょっと落ち着いて下さッ……「――“唸れ、エクスカリバー”!」
「“炎の一閃(イグニス)”!」
「“土蛇の捕食(ソイルスネーク)”!」
「“絶対聖氷(コールド・ゼロ)”」


 俺の思いも虚しく、アホみたいな超攻撃魔法が同時に放たれた――。
♢♦♢

「レベッカ……大丈夫か?」
「う、うん……なんとか。これもルカのオリジナル薬草のお陰だね……」
「よーし……。じゃあギルドに向かうか……」

 あれから訓練は日付が変わるまで続き、少ない睡眠時間を経た俺達はこれから招待された討伐隊に参加する為、集合場所のギルドに向かった。

 体調を万全に整えるどころかもう最悪……。訓練に体力を使い過ぎて憔悴している。

 俺とレベッカはこれから討伐するとは思えない程に疲労した状態でギルドに着いた。今回の討伐は国王もいるが冒険者もそれなりに多い。全員で集合し、此処から目的地までは転移魔法で飛ぶ予定となっている。

 ギルドに到着すると、既に結構な数の人が集まっていた。ざっと200人ぐらいはいるだろうか。人混みの中で俺はフリードさんを見つけた。この討伐は国王もいるから当然Sランク冒険者が数人担当している。護衛の騎士団も然りだ。

「おはようございます……。フリードさんも参加するんですか?」
「おはようルカ君!そうだよ、今年は僕が担当だからね。後はリアーナとドルファンもいるよ」
「あ、そうですか」

 つい数時間前に俺を攻撃してきた人達がこれでもかと集まってますね。こんな早くまた顔を見るとは。申し訳ないですがちょっと距離を置きたいです。はい。

 そんな事を思っていると、もう集合時間になっていた。そこへグレイ達が小走りでやってきた。

「……! おい、何でお前がいるんだよルカ!」

 グレイは俺を見た瞬間、嫌悪感を露にしながらそう吐き捨てた。横にいるラミア達も何か言いたそうに俺を睨みつけていた。

 本当に気分を害する奴らだ。

「そんな事を言われる筋合いはねぇ。俺は国王に招待されたからいるだけだ。お前達に関係ないだろ」
「なに? 何だよお前その態度! 国王からなんてまた嘘付きやがって!最近ランクまで上げてるらしいが、一体どんな卑怯な手使ってやがるんだコラッ!」

 余程俺の事が気に入らないのか、グレイの怒りのボルテージは早くも最高潮の様子。

「嘘じゃないさ。僕がしっかりとルカ君に招待状を渡したからね」

 俺が呆れて黙っていると、フリードさんが仲裁に入ってくれた。グレイも当然この人を知っている。まだ物申したそうな顔つきであったが、諦めた様に舌打ちをしながら去って行った。

「すみません、フリードさん。助かりました」
「いや。別に僕は何もしてないよ。ただ事実を言っただけだし」

 優しく微笑んでくれたが、俺は訓練の時のあの恐怖を暫く忘れられないだろう……。

 そんなこんなで俺達討伐隊は出発したのだった――。

♢♦♢

~サンクス街~

 大人数の転移魔法はかなりの魔力を消費する為、今回の討伐の目的地である所から1番近い街に先ずは転移した。ここで1泊し、明日再び転移で目的地へと飛ぶ、他の街から向かっている別の討伐隊と合流する予定だ。

 決して大きな町ではないが、多くの商店がありとても活気づいている。討伐に参加した冒険者達はそれぞれ買い物したり観光したりと、明日の討伐前にリラックスした様子で過ごしていた。

 そんな中、俺とレベッカは俺のオリジナル薬草を補給しつつ宿で休んだ。皆と違って体調が最悪だからだ。疲れがまるで取れん。

 本当にあの人達さ、手加減って事を知らないのかな? 実力あるSランク冒険者なのに。ジークも意外と面倒見が良いというかスパルタというか……。レベッカも限界まで追い込まれたらしいからな。

 俺が宿のベッドで横たわっていると、凄い勢いで部屋の扉が開いたかと思いきや、突如リアーナさん駆け込んで来て俺を叩き起こした。

「――ねぇルカ君!ちょっと起きくれる!ねぇってば!」
「え……?な、何ですかリアーナさん……」
「こ、これッ! この“薬草”って君がオリジナルで作ったって本当なの⁉」

 凄い勢いのリアーナさんは薬草をぐっと俺の目の前まで突き出しそう聞いてきた。確かに彼女の持っているのは俺が作った薬草。訓練に付き合ってもらった皆にせめてものお返しにとあげた物だ。

「え、確かにそうですけど……それが何か? 俺疲れてるんですけど」
「どうやって作ったのコレ!」

 別に珍しくもないけど、何やら凄い知りたそうな顔をしていたので、俺は作り方を教えてあげた。

「へぇ~。その調合でこの薬草が……」
「では、おやすみなさい」

 本当に疲れていた俺は倒れる様に寝た。


~サンクス街・某所~

「――これは凄い……。普通の回復薬よりも数倍の効果があるわね。しかも状態異常も回復出来るなんて……」
「へぇ。これをルカって言う昨日の少年が作ったのか? ジークリートの召喚でも驚いたが、薬草の知識まであるとは秀才だな。もっと早く教えてくれれば今日の討伐でも用意したのにな」
「本当にルカ君はとんでもない逸材だわ……!さっき作り方は聞いたので、明日までに出来る限り私が作っておきます。手の空いている魔法使いを集めて下さい」

 眠りについた後、リアーナさんとドルファンさんがこんな話をしていたなんて、俺には当然知る由もない。

 そして……。


(――何だとッ……⁉ 普通の回復薬の数倍効果がある物だって? しかもそれをルカの野郎が作っただと⁉

どこまで有り得ない手を使ってやがるんだあのクソ。しかもこうやってSランク冒険者の奴らに媚びを売ってやがったか。どうりでルカ如きがAランクパーティまで上がった訳だ……!

畜生。あの野郎パーティを抜けても尚、俺達の邪魔をするのか。何処までイラつかせれば気が済むんだッ……!クソクソクソクソッ!

アイツさえいなければ俺達がこんな醜態を晒す事だってなかったのによッ――!!)
「今の話本当なの……?」
「有り得ねぇだろうがよ……。あのルカだぜ?」

 たまたまリアーナさんの話を聞いてしまったグレイ達が、俺のオリジナルの薬草の正体を知ったらしい。

 だが当然、寝ている俺にはこんな事態を知る由もなかった。

♢♦♢

 翌日――。
 雲1つない晴天に恵まれながら、俺達は遂に討伐の出発時間を迎えた。休んだお陰で調子も大分戻っている。討伐隊である冒険者と騎士団が皆集まり、出発直前に国王から最後の説明と激励が言い渡された。

 今年の討伐対象は“ガーゴイル”だ。
 人間の似た体つきでありながら、肉体は強靭であり悪魔の様な顔をしている。大きな翼を携え、その魔力の高さと鋭い牙と鉤爪が特徴であるSランク指定のモンスター。

 ランクの低い冒険者にとっては大変だが、Sランク冒険者が3人もいるとなれば余裕だ。他を庇いながらでも戦えるだろう。

 ガーゴイルはガメル山脈の頂上付近にある深い洞窟に生息している。
 転移魔法で山の中腹まで一気に飛んだ俺達は、そこから綺麗に隊列を組みながら山頂の洞窟を目指し進んで行った。そしてその途中で他の街から招集していた他の討伐隊とも合流。

 “本来”であれば、コレは余裕のクエスト――。

 毎年開催される王国の催し物でもあるから、命の危険に晒される事などあってはならないし、誰も望んでいない。そんなの当たり前だ。

 だが……この世に“絶対”など存在しない。

 不測の事態が起こってしまうのもまた、自然の摂理と言えようか――。





「ドッ、ドラゴンだッ……!!」





 予想だにしていなかったこの一言によって、場が一気に緊張感に包まれた。

「どうなってるんだ⁉」
「討伐するのはガーゴイルじゃないのかよ……!」
「な……何でこんな所にドラゴンがッ⁉」

 山頂を捉え、これから洞窟に入ろうとしていた俺達の行く手を阻むかの如く、誰も予想していなかったであろう“ドラゴン”が突如飛来した――。

<ほう。奴は紅翼の“ルージュドラゴン”ではないか>

 静かにそう口にしたジーク。
 全長20mは優に超えるであろう大きさと、何とも言えぬ存在感。硬そうな鱗と鋭い牙が並ぶ口元からは度々炎が漏れ出ている。全身が紅色に包まれたルージュドラゴンは天に向かって激しい雄叫びを上げた。

「あ、あれってドラゴン……だよね? 私初めて見た……!」
「俺もだ……」

 モンスターが蔓延るこの世界において、そのモンスターの中でもドラゴンはまた異質な存在だった――。

 僅か数十頭しかいないとされるドラゴン。それは存在自体が希少であり中々遭遇する事がないのだ……。

 その場にいた多くの者がドラゴンの姿に圧倒されている。

「――マズい! 全員下がれッ!!」

 ルージュドラゴンが僅かに仰け反った動きを見せた瞬間を、フリードさんは決して見逃さなかった。そして次の刹那、ルージュドラゴンから“来る”と直感で感じ取ったフリードさんは、既に反射的に大声を上げていたのだ。

 フリードさんの直感は正解。
 大声で撤退の指示を出した瞬間、ルージュドラゴンが俺達目掛けて炎の咆哮を放ってきた――。
 ――ブオォォォォッ!
「「うわぁぁぁッ⁉⁉」」

 突如現れたルージュドラゴン。そして突如放たれた凄まじい炎の咆哮。

 場は瞬く間にパニック状態となったが、一早く攻撃に反応していたフリードさんが自身の持つ魔剣エクスカリバーでその咆哮を一刀両断し、攻撃を遮った。

「今のうちにSランク以外は全員避難しろッ! 騎士団は何が何でも国王を死守! 絶対に被害者を出すなッ!」

 これがSランク冒険者の実力。不測の事態でも素早く的確な判断を下す。フリードさんはドラゴンの攻撃を遮り直ぐに皆に指示を出した。

「どうするルカ!」
「俺達も残ろう。相手がドラゴンだからって逃げたら意味がない!」
<安心しろ。主にはそのドラゴンの王がついているのだからな>

 確かに。それにしても不思議な感覚だ。ジークの言う通り、俺はドラゴンの王ともう何年も一緒にいるのに、人生でちゃんとドラゴンを見たのはこれが初めてだ。

「よし! 集まった僕達で奴を止めよう」

 この場にいたSランクは全員で6人。俺達王都から来たフリードさん、リアーナさん、ドルファンさんの3人に加え、他の街から合流した3人のSランク冒険者の人達。

 王都の俺達が1番冒険者の数も多くSランクが3人いた。王都以外の大都市3つからそれぞれSランクが1人ずつ。これがドラシエル王国が誇るSランク冒険者の面々だ。勿論まだ何人かいるが当然この場にはいない。

「1番人数の多い僕達王都組が前方から攻撃をしよう。君達は後方から頼む。そしてルカ君とレベッカさんも僕達と一緒に前方から来てくれ。いいかな?」
「「はい!」」
<それにしても“妙”だな――>

 今から攻撃を仕掛けるという瞬間に、ジークが何やら意味深な発言をした。

「どうしたジーク」
<確かに奴はルージュドラゴンに似ているが……。魔力が微妙に違うな>
「魔力が違う……?それは突如こんな所に現れたのと関係しているのかな?」

 先の訓練のお陰だろうか、ジークはフリードさんや他の人達ともいつの間にか馴染んでいた。

<もしかすると“竜石”を取り込んで進化したモンスターかもしれぬな――>
「竜石だって?」

 ジークの言葉に皆が驚いた。
 今ジークが言った竜石とは、とても珍しい石である。それを使うと大幅に魔力が増幅するし、武器に取り込む事でより強力な武器とする事も可能だ。そして何より、その竜石を稀にモンスターが体内に取り込む事案が確認されているのだが、竜石を取り込んだモンスターは進化する事も確認されている。

<元の魔力を探った感じ、アレはガーゴイルが竜石を食べたな。うむ、間違いなくガーゴイルだ>
「成程。それならこの状況にも合点がいくね」
「でも竜石なんて何処から口にしたのかしら? ここら辺で確認はされた情報はありません」
「まぁたまたま見つかっていなかったか、もしくは誰かが故意に与えたとか? それは考え過ぎか」

 ドルファンさんの何気ない発言に数秒の沈黙が流れた。
 確かに考え過ぎかもしれないが、可能性はあると皆が思っている様だ。

「一先ず詮索は後にしよう」
「そうね。奴が来るわ」

 皆が一斉に戦闘態勢に入った。
 
『ギギャャャャ!』

 再び雄叫びを上げたルージュドラゴン……正確には竜石を飲み込んだであろうガーゴイルが上げた雄叫びが合図かの如く、皆が瞬く間に魔法を放った――。

 リアーナさんの氷魔法、ドルファンさんの土魔法。そして他の人達もそれぞれ一斉に攻撃を放ち、フリードさんも奴の大きな体目掛けて斬りかかった。

 ――ガキィィンッ!
「ぐッ、硬いな!」

 フリードさんの斬撃でも奴の鱗に僅かな傷しかついていなかった。

「でも十分だ……。食らえ!」

 皆に続いて俺も雷魔法をルージュドラゴン目掛けて放った。直撃した落雷によりルージュドラゴンは全身が痺れて動けずにいる。この隙をついて後方に回っていた他の街のSランク冒険者達も一斉に攻撃を仕掛けた。

 偽物とはいえかなり頑丈だ。余計な被害を出さない為にも一気に止めを刺そう。

「フリードさん!このドラゴン、討伐しても問題ないですよね?」
「え、討伐……⁉ ハハハハ。いいよ、ルカ君の好きにして。その代わり確実に頼むよ」
「はい、ありがとうございます!」

 訓練を経て俺の実力を少しは認めてくれたのか、フリードさんは俺に任せてくれた。期待に応える為にも、そして国王や他の人達全員を守る為にも、久しぶりにちょっと本気で攻撃しよう。竜石の力とは言え、目の前のコイツはドラゴンだ。

<偽物だが久々に骨があるな>
「ああ。何時も以上の力で行く……⁉」

 魔力を練り上げ威力の魔法を放とうと思った瞬間、風に乗って僅かな匂いが運ばれてきた――。

 ちょっと待て……。
 もう他の冒険者達は既に離れている筈だ。

しかもこの匂いはッ……! おい、嘘だろ? 何故“お前達”がそこにいる! 避難したんじゃなかったのかよ……“グレイ”――!

「フリード!あっちに誰かいるぞ!」
「何だって⁉」
『ギギャャャャャッ!!』

 ルージュドラゴンが痺れから意識を取り戻した。その間に与えていた皆の攻撃のダメージが一気に押し寄せて来たのか、雄叫びと共に暴れ出した。

 そしてルージュドラゴンは怒り狂うままに、再び炎の咆哮を放つべく口を大きく開いていた。

<ドラゴンブレスが来るぞ>

 ジークの声に全員が身を護る態勢に入った。
 奴の口から放たれた豪炎はあっという間に山の一角を焼き焦がし、跡形も無く消えていた。真っ黒に焦げた跡と臭いだけを残して。

「危なかった……」

 痺れから動き出したルージュドラゴンと、まさかのグレイ達に呆気を取られ攻撃魔法を打ち込むタイミングを逃してしまった。

 何やってるんだアイツら! もしかして倒せるとでも思ってるんじゃないだろうな……⁉

 視線をルージュドラゴンから少し離れた岩場に移すと、その岩陰に隠れるグレイ達を見つけたのだ。しかもルージュドラゴンは事もあろうか既に次の攻撃態勢に入っていた。しかも標的は俺達ではなくグレイ達だ――。

「くそ……」

 一瞬でこれまでの事がフラッシュバックした。

 反射的にアイツらを助けようと体が反応したが、助けてもいいのかという迷いが俺の体を止めていた。

 アイツらは俺を毛嫌いしている。仮に助けたとしてもまた文句を言われるのがオチだ。それに今となっては俺もアイツらと関わりたいと一切思っていない。

 だが……。

 フラッシュバックした中で、俺はマスターの言葉も思い出していた――。



『……私の管理下で最も重い罪は、仲間や家族を裏切り見捨てる事だ!そんな奴らは冒険者を名乗るでないッ――!』


 
 もう仲間や家族だなんて到底思っていない。お互いにな。だがやはり見殺しにも出来ない……!

 覚悟を決めた俺は魔力を一瞬で練り上げ、ドラゴンの姿に変化した――。

 もうこれじゃないと間に合わねぇ。

「フリードさん! 奴の注意を引きつけて下さいッ!」
「了解!」

 咄嗟の事にも関わらず、察したフリードさんは援護に回ってくれた。
 ドラゴンの姿になった俺はバチバチと音を鳴らしながら雷の如き速さで瞬く間にグレイ達の所に向かった。

 ――バチバチバチバチッ!
「うわッ……!」
「な、何だ⁉」
「またドラゴン……⁉」

 突如目の前に現れたドラゴンの俺に、グレイ達は目を見開いて驚いていた。このドラゴンの正体が“俺”だとは分かっていないだろう。

「何してるんだ!ここから離れるからしっかり捕まってろ!」 

 俺はグレイ達を直ぐに背中に乗せ、ルージュドラゴンの咆哮が放たれたとほぼ同時にその場を離れ回避した。

♢♦♢

「――よし。ここならもう大丈夫だろ。直ぐに皆の所へ行けよ」

 間一髪奴のドラゴンブレスを躱した俺はそのまま山を下り、安全な所でグレイ達を降ろした。既に避難していた討伐隊はもう目と鼻の先だからグレイ達はもう大丈夫。フリードさんが相手してくれているから俺も早く戻らないと。

「……じゃあな“グレイ”」

 俺は無意識にそれだけ言い残し、急いでフリードさん達の元へ向かった――。


~ガメル山脈~

 時間は少し遡り、転移魔法でガメル山脈に着いた頃――。

 グレイ達はガーゴイル討伐の為組まれていた隊列の半分から後ろにいた。この隊列は1番先頭と最後尾に実力のある者が配置されており、フリードや他の街のSランク冒険者、そしてルカとレベッカはこの先頭グループに配置されていた。最後尾も同様にリアーナや他の街のSランク冒険者が配置している。

 そして、それ以外の討伐隊は特に決まりはないが、自然と実力順に並んでおり、グレイ達は半分よりも後ろの隊列に配置されていたのだ。

(畜生ッ、何で俺達がこんなに後ろに配置されてるんだよ……!しかも何故ルカがあんな先頭にいるんだ! アイツは一体何をしてやがるッ!)

 グレイはもう全てが気に入らなかった。ルカの事も今の自分達の現状も……。何故こうなったと考えると、いつも最終的に辿り着く答えがまたルカだ。そこでまたイライラが募る、余りに見当違いな負の無限ループにハマっていたのだ。

 そんな調子でも一行はどんどん山を登っていき、頂上を捉えた辺りで当然先頭の方が何やら騒がしくなったのに気付いた。

 覗き込む様に前方を確認するグレイ達。
 すると、紅色に輝く大きな物体が動いているのを僅かに視界に捉えた。

「ド、ドラゴンだ……⁉」
「――マズイ!全員下がれッ!!」

 先頭からフリードの声が響き渡った。それと同時に聞こえた“ドラゴン”という言葉。場は瞬く間に戸惑いと困惑が生まれ、状況を瞬時に悟った皆が一斉に避難を始めるのだった。

「うわぁぁぁぁ!」
「ドラゴンが現れた⁉」
「早く下がれぇぇ!逃げるんだ!」

 ドラゴンの相手などSランク冒険者でも非常に困難。最早ほぼ全員が逃げると言う選択肢以外なかったのである。だが……グレイは全く逃げる素振りを見せなかった――。

(コレは願ってもないチャンスじゃねぇか……!あのドラゴンを討伐すれば一気にランクアップも夢じゃない!それどころか、国王がいるこの場で実力を認めさせれば、直属の護衛や騎士団に入る事も出来るぞきっと!)

 ピンチはチャンスなどとはよく言ったものだ。これは決して都合の良い言葉ではない。ピンチという逆境を乗り越えられる力がなければ、時にそれはただの無謀であり、勘違いも甚だしい滑稽な話となる――。

「おい、お前ら! あのドラゴンを俺達で討伐するぞ!」
「は⁉ 何言ってるんだよお前」
「そうよ、相手はドラゴンなのよ⁉ 勝てる訳ないでしょ!」
「それは無謀過ぎるぞグレイ!」

 グレイ以外の3人の判断はこの時確かに正しかった。いや、グレイの判断が可笑しいのだ。その証拠に、他の者達は全員が避難しよう今まさに慌てて下っている最中。

「それは俺も分かってる!だがよく考えろ、ここでもし俺達がドラゴンを討伐すれば、一気に俺達の実力が知れ渡り、地位も名声も戻るんだぞ!
しかも今は国王もいる。もし認められれば一生遊んで暮らせる未来がまってるんだ!俺達なら絶対に出来る!」
「それはそうかもしれないけど……相手はあのドラゴンだぞ……⁉」
「ドラゴンだから認められるんだろうが! お前らは逆にこのままでいいのかよ? ギルドに戻る度に笑われたり避難されてよ。ずっとこの状況で生きてくのか?」

 グレイの言葉もまた正しかった。
 ラミア達も今の自分達の状況から一刻も早く抜け出したかった。他の冒険者達から白い目で見られ、肩身の狭い思いをしていたからだ。クエストも失敗続きでもう本当に余裕がない。こんな現状を打破するには確かに一発逆転の大チャンスをものにしなくては到底不可能。

 そして……。

 逃げ一択から葛藤が生まれ。グレイの言葉に心が揺らいでしまった――。

「……くそ、分かったよ。行けばいいんだろ……」
「お前まで行く気になったのか? だったらしょうがねぇ。俺も行くぞ」
「え、本当に皆行くの?なら私も行くわよ」
「決まりだな! なら直ぐに行くぞ。幸い身を隠せる岩場が多い。ギリギリまで近づいて奇襲を掛ける――」

 こうしてグレイ達はルージュドラゴンの元へと向かった。

 そしてその事に気付く冒険者は誰もいなかったのだ……。

「……よし。かなり近づいたぞ」

 上手く身を隠しながらルージュドラゴンに近づいたグレイ達。もう自分達の目の前という所まで来たが、ドラゴンはその大きな巨体と岩場が相まって完全に死角の位置だった。

 今はSランク冒険者達が総攻撃を仕掛けている。

 ルカの攻撃で痺れているルージュドラゴンを見たグレイは、それが誰の攻撃かは知る由もなかったが、動けないそのドラゴンの姿を見て“攻撃が通じる”と思っていた。

「近づいたはいいが、ここだとドラゴンのケツ部分しか攻撃できないな」
「やっぱ一撃で仕留めるなら頭狙わないと」
「取り敢えず攻撃出来る場所狙えばいいんじゃない? 私が遠距離から攻撃してこっち向かせるわよ」
「よし、じゃあ奴がこっち向いた瞬間を狙って何時もの連携ッ……『――ブオォォォォッ!』

 グレイ達が作戦を練っていると、突如猛烈な熱波が4人を襲った。
 焼ける様なルージュドラゴンの炎がすぐ側を通り過ぎ、辺り一帯を消し飛ばしてしまった。

「「……ッ⁉⁉」」

 圧倒的な格の違い――。
 見せつけられてしまった余りの恐怖に、最早グレイ達は言葉を失い動けずにいた。ただひたすらガクガクと小刻みに体が震えている。

 今のドラゴンブレスによって隠れる岩場が何もなくなってしまったグレイ達は、突如暴れ出したルージュドラゴンに見つかった。だが当の本人達は呆気に取られそれにすら気付いていない。

 次の瞬間何とか我に返ったグレイであったが、時すでに遅し……。

 グレイ達を見つけたルージュドラゴンは大きな口を開け、既に次のドラゴンブレスを放つ直前であった。



(やべ……。死ぬ――)




 グレイはそう悟るのが精一杯だった。

 諦める1秒すら与えられない。

 もう何も考える事すら出来なかったグレイ達。

 ただ死を受け入れるしかなかったまさにその刹那、ルージュドラゴンの炎より先に“何か”が突然目の前に現れたのだった。



「――何してるんだ!ここから離れるからしっかり捕まってろ!」 



 これは夢だろうか……。
 奇しくもグレイ達は全員が同じ事を思っていた。

 突然現れたのは光り輝くドラゴン。しかも人の言葉を話したかと思いきや直ぐに腕で捕まれドラゴン背に乗せられた。

 そして、グレイ達は気が付いたら山の何処かにいた――。

♢♦♢


「――よし。ここならもう大丈夫だろ。直ぐに皆の所へ行けよ」

 突如現れたドラゴンはそう言うなり、グレイ達を背から下ろした。

 未だに状況を理解出来ない4人は茫然としている。
 徐に辺りを確認したラミアは、視界の上の方でルージュドラゴンの姿を見つけた。反対方向には多くの冒険者達の後姿が。

「……じゃあな“グレイ”」

 ドラゴンは静かにそう呟いた瞬間、バチバチと音を鳴らしながら一瞬で消え去ってしまった。

「ルカ……?」

 ドラゴンの正体は当然知らない。だがグレイの口からは自然とルカという名前が零れていた。そして無意識ながら自分で口に瞬間、今までグレイの奥底で引っ掛かっていたモヤモヤがスッと解消された――。




『あのさ、唐突な話なんだけど……竜神王ジークリートって知ってるだろ?あの伝説の』
『まぁ名前は確かにな。でもあんなの大昔のお伽話だろ。それが何だ?』
『ああ、実はこの間のモンスター軍の襲撃で俺死にかけたんだ。でも、その時にあのジークリートを召喚出来てさ、命も助かった挙句に相当強い力まで手に入れたんだ――』




 グレイの脳裏に過る、あの日のルカとの会話……。

(あれは本当の事だったのか……? アイツは本当にあの竜神王ジークリートを召喚していたのかよ……。スライム1体召喚出来ない召喚魔法でか……? 嘘だろ……)

 信じ難いが、そう思うとどんどんモヤモヤが晴れていく感覚を感じたグレイ。

「何でかしら……。あのドラゴンが何でかルカに思えたんだけど私……」
「お、俺もッ……!ハハ、でも有り得ないだろ」
「俺も何故か感じたぞ。しかもアイツ最後にグレイの名を……」

 ラミア、ブラハム、ゴウキンの3人もルカを感じていた。理由も根拠も全く無い。仮にそうだと言われても逆に信じられないが、確かにそう思った。

 そしてこの3人が抱いた違和感を、グレイが一蹴するのだった。

「間違いねぇ。あれはルカだ――」

 全てを理解したグレイが、まるで付き物が落ちたかの如くそう言った。自分でも受け入れて口にした事で、今までのモヤモヤが解消されスッキリとした表情になっていた。

 そして――。

「俺達冒険者はモンスターを討伐する事が目的……。なのにあのルカの野郎、討伐どころかあのジークリートを召喚して、まるで自分の力の様に使ってやがるじゃねぇか……!」

 様々な感情が全てリセットされたグレイ。スッキリとした彼の心に新たに芽生えたのは、ルカに対する“怒り”であった――。
♢♦♢

~ガメル山脈山頂付近~

「――ありがとうございましたフリードさん!」
「おお、ルカ君! 良かった良かった……。久々にテンション上がる相手だったけど、流石に偽物でもドラゴンを相手にするのは少々骨が折れる」

 俺がグレイ達を安全な所に送っている間、フリードさん達が懸命にルージュドラゴンの相手をしてくれていた。フリードさんや他の人達の呼吸が少し荒くなっているのが分かる。俺の勝手ですみません皆さん……。

「リアーナさん! 俺が教えた薬草作ったんですよね? 後は俺に任せて、皆離れて体力を回復して下さい!」

 事は一分一秒を争う状況。話している間にも時間は止まることなく皆が必死にルージュドラゴンと攻防を繰り広げている。

「フリードさんも急いで下さい。後、なるべく離れる様皆に伝えてもらえますか」
「よし、分かったよ。ジークリートの攻撃がどれ程の物か見学させてもらうとしよう」

 そう言って、フリードさんの号令で皆が一斉に最後の攻撃を放った後、皆は急いで山を下って行った。

<さぁ、久方ぶりに火力を出そうか――>

 少し不謹慎だが、ジークは久々に力を出せる相手で嬉しそうだ。俺はドラゴンの姿のままルージュドラゴンの長い首に噛み付き、奴が怯んだ一瞬を見計らい練り上げていた魔力で魔法を放った。

「“天雷の裁き(ライジング・ドーズ)”――!」

 ルージュドラゴンの巨体を上回る大きい雷が天空から放たれた。
 迸るい稲妻が轟音を響かせながら、一瞬でルージュドラゴンに直撃し、丸焦げになった奴は完全に動かなくなった。

「よし。上手く決まったな」
<我の力なら余裕であるが、久方のこの威力は気分が良い>
「ハハハ、それなら良かった」

 ルージュドラゴンを倒した俺は人間の姿に戻った。

 さぁ~て、本当の問題はここからだ――。

「状況が状況なだけに思わずドラゴンの姿にまでなってしまったが……。今からどうしよう? 俺とは分からないまでも結構な人数に見られたよなきっと……」

 例え一部の人達がジークの事を理解してくれているとしても、それが大勢の人に知れ渡って不安を抱いてしまうという事になれば、当然話は変わってくるだろうな。

 体にドラゴンがいるなんて、普通から見れば怖いし不気味なそんざいだよな……。急に意見が翻って俺も王国から追放とかなったらどうしよう……。いや、それならまだマシか。下手したら死刑かもしれない。

「――ルカ!!」
「レベッカ……」

 慌てた様子でこちらへ走ってくるレベッカ。

 そうだ。レベッカもジークの事は知っているけど、俺があんな化け物みたいな姿になるところを見たんだから嫌われたかもしれなッ……『――ギュ……!』

 息を切らしながら走って来たレベッカは、そのまま何故か俺に抱きついてきた。

 ええぇぇぇぇッ……⁉
 お、俺今抱きつかれてる……⁉ レベッカに……⁉

 予想外過ぎる出来事に体が硬直した。

「あ、お、おいッ……レ、レベッカ……」
「無事で良かったルカ! 凄いよ! ドラゴン倒しちゃうなんて!」

 大きな瞳を更に大きく見開き、レベッカは笑顔で俺にそう言ってきた。可愛く整った顔が眼前にまで迫り俺はとても恥ずかしかったが、数秒前に抱いた一抹の不安はいつの間にか消え去っていた。

 レベッカに続き、フリードさん達も皆集まって来た。

「驚いたよ。まさかドラゴンを一撃で倒すとはね」
「流石ですねルカ君」
「本当に凄かったよ! 君が噂の少年だったのか」
「王都のギルドにはとんでもない子がいるわね」

 皆が俺を賞賛してくれている。良かった……。避けられり怖がられたらどうしようかと心配だったけど……。俺は周りの人達に恵まれているようだ。

 そう思えた瞬間、うっすらと視界が滲んだ。

 俺はきっと、自分で思っていた以上に自分に蓋をしていたんだろうな……。グレイ達との長い時間で、いつの間にかそれが当たり前になったいたんだ。

 笑いながら話す皆の顔を見て、俺はとても穏やかな気持ちになっていた。

「よし、ルージュドラゴンの素材を回収して、僕達も皆の所に戻ろう」
「――ルカ・リルガーデンというのは誰だ?」
「「……!」」

 フリードさんがそう言った矢先、俺達が話している場所とは少し離れた所か声が響いてきた。視線を移すと、そこには甲冑を着た騎士団員が4人程おり、何やら物々しい雰囲気を纏っていた。

「あ、あのー、ルカは俺ですけど……?」
「貴様がルカ・リルガーデンか!」

 俺を認識した途端、騎士団員の人達は声を荒げ更に顔つきが険しくなった。俺は勿論、フリードさん達もこの状況に全くピンときていない。

「ルカ・リルガーデン! 貴様が危険なモンスターを召喚し、その力を“悪用しているとの報告”が入った。直ちに我々と共に来てもらおう」
「「――⁉」」

 唐突な騎士団員の言葉に、俺達は驚いて目を見合わせていた。そして呆気に取られているそんな俺達を他所に、騎士団員は俺に近付き無理矢理拘束しようとしてきた。

「え、ちょっと……どういう事ですか⁉」

 この時、俺の背筋に嫌な汗が流れた。
 もしかして今のドラゴンの姿を見た多くの人達が恐怖を覚えたのではないかと――。

 急な展開に勿論驚いているが、心の何処かで落ち着きもあった。やはり“こういう反応”が正しいのではと、少なからず抱いていたからだ……。

「――お待ち下さい」

 騎士団員が俺を拘束しよとした瞬間、フリードさんがそれを止めた。

「僕は王都のギルドに所属しているフリード・スターマン。何故彼を拘束するのですか? その報告は一体誰からのものでしょうか」
「お前達に事情を話す必要はない。兎も角連行しろとの上からの指示だ。さぁ、早く我々と来るんだ!」
「何言ってるんですか! ルカは今ドラゴンを倒して皆を助けたんですよ!」
「ああ、その通りだ! お前達もそれで今助かってるんだろう。間違いなく命の恩人である彼に何の文句がある」

 フリードさん達が俺の為に騎士団の人達を説得してくれている。しかし少なからず騎士団も組織。上から命令されていると言う彼らもまた引く訳にはいかない様子だ。

「……それは確かにそうであるが、先程も言った通り我々も命令の元動いているのだ。お前達が何と言おうと彼は連行する!」
「だからそれが納得いかないと言っているだろう!」

 折角ルージュドラゴンを倒して皆無事だったのに、何でこんな無意味な争いを……。

「――分かりました! 取り敢えず俺は貴方達一緒に行きます。なのでもう言い争いはやめて下さい!」

 俺はこの場を鎮めようとそう言った。だってこんなの誰も得しない。

「ル、ルカ君ッ……⁉」
「大丈夫ですよ。 いざとなったら余裕で逃げ出せますから」

 俺はフリードさんの耳元で静かにそう言い、心配そうに見つめるレベッカにも“大丈夫だ”と頷いて伝えた。皆の気持ちは嬉しかった。でもこんな争いはやめてほしい。どの道これは何時かきっちり向かい合わないといけない俺の問題でもある。

 ……と、格好つけた事を言いたいが、もし本当にヤバい状況になったら悪いが俺は本気で逃げ出す!

 勿論正当な理由があったなら、それは俺の運命だから受け入れる。だがもし納得いかない曖昧な理由で処罰されそうになったら、申し訳ないが逃げさせてもらいます。当然皆さんに被害は与えませんが、しっかり逃げさせて頂きます。

 騎士団員に連行されながら、俺はある程度気持ちの整理が付き覚悟を決めていた。俺にも非があるからな。

 そう思っていたのだがこの後……。

 これまた誰もが予想だにしていなかったであろう方向に、話は進んでいくのであった――。
~ガメル山脈中腹~

 突如現れたルージュドラゴンから避難した討伐隊。
 無事にルージュドラゴンを倒したと報告が入った一行は、皆のパニックを落ち着かせるために1度ここで待機しながら休息を取った。

 簡易的に組み立てられたテントが幾つも並ぶ中、ある1つのテントだけ、周りに大勢の護衛が配置されていた。言わずもがな国王がいるテント。そして周りはその国王の直属の護衛や騎士団員である。

 その国王がいる大きなテントの中に、拘束されたルカが騎士団員と共に入って来た。

 そしてそこには何故かグレイ達の姿もあった――。

(……よしよしよーしッ! ルカの奴マジで連行されてきやがった。これで俺達が国王から認られる!やっとこの状況を変えられるぞ!俺の“報告”が危険なモンスターを排除する結果となり王国を救った!ハッハッハッハッ!こりゃとんでもない報酬や地位を手に入れられるぞ!)

 そう――。
 ルカが連行される原因となった“報告”をしたのは、他でもないグレイ達であった。

♢♦♢

 遡る事数十分前……。

「あれマジでルカなのかよ……。どういう事だ⁉」
「何でルカがあんなドラゴンになってるの? グレイは知っていたの?」
「ああ。何年か前にアイツにから直接聞いた」
「そんな事を何故ずっと黙っていたんだ」
「当たり前だろ! そんな話誰が信じるんだよ!」
「まぁ確かにな……」

 ずっと溜まっていたモヤモヤが晴れ、1度はスッキリしたグレイであったが、そのプライド故、ルカ如きに助けられたという事実がグレイの怒りに再び火を付けたのだった。

(俺があの野郎に助けられただとッ……! ふざけんじゃねぇ。本当に竜神王なんかを召喚したならとんでもない事じゃねぇか!

……って待てよ。確かにとんでもなく“危ない力”だよな……? 確かにSSSランクになったとは多くの奴が話していたが、どんな力でSSSランクになったかまでは誰も知らない様な……。

いや、違う。成程……そう言う事か。俺が今思った通り、本当にあの伝説の竜神王なんかを召喚したとなれば、その力はかなりのもんだろう。
そんな危険な力を手にしてしまったからアイツはSSSランクになった。
だが“その事実”を、アイツは恐らく皆に話していない――。
その証拠にそんな話を1度も耳にした事がないからな!

ハハハハハ……そうかそうか。これはまだ俺達に最後のチャンスが残ってやがる。
散々俺達をコケにしやがったんだルカ……。だったら最後までテメーを“使って”やろうじゃねぇか――!)

 グレイが出した答えがコレであった。

「どうしたのグレイ。何か笑ってない……?」
「ハッハッハッハッ! そりゃ笑いたくもなるぜ!こりゃ俺達全員アイツに“感謝”しなくちゃいけねぇかもな!」

 突如そう言いながら大声で笑い出したグレイ。

「感謝って……。まぁ一応助けてもらったのは事実だけど……」
「確かに……。恥ずかしい話だがな」
「あぁ? 何を馬鹿な事言ってやがるんだお前ら!違うだろッ!
アイツは竜神王なんていうとんでもなく危ない化け物を召喚しやがった大罪人だぞ!!」
「竜神王って……あの伝説の?」
「おいおい、あんなのお伽噺だろ」
「いや! 間違いその竜神王ジークリートだ! 奴が確かに俺にそう言ったから間違いねぇ!」

 グレイは1人納得していたが、初めて聞かされたラミア達は直ぐには呑み込めなかった。当然の事だろう。

「アイツは恐らくその事を黙ってやがるに違いない! 自分でも危ないと分かっているから誰にも言えないんだ。だからこの事を今から国王に報告しに行く。そうすれば俺達は大いなる脅威から王国救ったとしてたちまち英雄になれるぞ!」

 ただひたすらに、グレイはプライドと欲に蝕まれていた。

「この話が本当なら、最近の事に全て辻褄が合うな……」
「そうね。そんなやばい奴を召喚したならSSSランクになったのも頷けるわ」
「皆その話はしていたが、竜神王ジークリートなんて単語は1度も聞いていないしな」
「ハハハハハ!分かってきたじゃねぇかお前らもよ! やっぱりアイツはこの事実を黙ってやがるんだ! その力を卑怯に使ってここまで上り詰めたんだよ。きっと俺達に分からない様に邪魔もしていたと考えりゃ全てに合点がいく!」

 時に偶然とは恐ろしい重なり方をしてしまう。
 グレイの言葉に、もう誰も疑う者はいなかった。それどころか、ここにきて間違った方向に意見が満場一致してしまうのだった。

 こうして、避難していた討伐隊に戻ったグレイ達は、足取り軽く、そのまま国王直属の護衛や騎士団に、ルカの件を報告したのだった。

 ルカが竜神王ジークリートの力を手にしているという事実に加え、今しがた現れたルージュドラゴンもルカの力の影響だと、あられもない事実を付け加えて――。

 そして報告を受けた騎士団員が直ぐに事実確認をする為、ルカを連行する事を決定したのだった。

♢♦♢

 こうして物語は今に至る――。

 騎士団員が連行してきたルカの姿を見て、テントで待機していたグレイ達は思わず嬉しくてニヤけが止まらない様子であった。

「モレー大団長! 先ほど報告された“危険なモンスターを召喚している”者を連れて参りました!」

 ルカを連行していた1人の団員がそう声を張って言った。大きなテントの奥には更に区切られた部屋があり、そこに国王がいるのだと分かる。護衛と騎士団員数名がその部屋の入り口で待機していた。

「そうか。何やら物騒な報告があったと、今しがた私も他の団長達から報告を受けた所だ。……で、その報告にあった者とは?」
「はい! こちらにいるルカ・リルガーデンという冒険者です! 彼は危険なモンスターを召喚し、その力を悪用していたとの報告が! 今のルージュドラゴンが現れた原因も彼だと報告が入っております!」

 この瞬間、グレイ達は心の中で思い切りガッツポーズをしていた。

(SSSランクよりも凄い称号を手に入れられるぞこれは!)
(こりゃパァと祝うしかねぇな! )
(ヤバいどうしよう! これ凄い報酬貰えるんじゃない?)
(グハハハ! これで一生生活に困らんだろう!)

 グレイ達はルカに助けてもらった事など微塵も恩を感じていなかった。それどころか自分達をこんな目に遭わせたのだから当然の報いだとさえ思っている。

「ルカ・リルガーデン……だと?」

 ルカの名前を聞いた途端、何故かモレー大団長は眉を顰め、ルカの顔をまじまじと見出した。そして、ハッと何かに気付いた表情を一瞬浮かべたモレー大団長は大声でこう言った。

「何をしているんだお前達! その者、ルカ・リルガーデンは王国きってのSSSランク冒険者! 此度の討伐においても、国王が直々にお呼びになった大事な招待者であるぞッ! 直ぐにその拘束を解くんだ無礼者共!」
「「は、はいッ……! 申し訳ございません!」」

 モレー大団長から放たれた怒号と威圧によって、場が一気にピリついた。その場にいたグレイ達は勿論、拘束していた騎士団員達や他の者達も状況を吞み込めていない。ただ並々ならぬ事態だという事だけが本能的に感知していた。

 その口ぶりから、ルカの対応に対してモレー大団長が激怒しているのは明らか。だが肝心の“理由”が分からなかったのだ。

(は……? 一体何が起こっているんだ? ルカはあの竜神王を召喚しているんだぞ……! そんなの危険に決まってッ……「早く彼から離れろ! お前達はもう下がって良い!」
「「はい……!!」」

 ルカの拘束を解いた団員達は足早にその場から去って行った。
 
 そして、ルカに近付いたモレー大団長はルカの目の前で片膝を付き、頭を垂れた。

「ルカ・リルガーデン様――。
我が王国の貴重な存在である貴方に、私の部下がとんだ無礼を働かせてしまいました。誠に申し訳ございません。心の底からお詫びをさせて頂きます。私などの謝罪では不十分でしょうが、どうかお気を戻して頂けないでしょうか」

 その場にいた者達が全員目を見開きポカンとした表情になっていた。

 それはまたルカも然りだった――。
♢♦♢

 何がどうなってこんな状況になるんだ……?

 連行された理由は今確かに騎士団員の人の報告で分かった。まさかのグレイの野郎達が密告したらしい。助けてあげたなんて恩着せがましい事は思っていなかったが、こうなると全く話は別だ。折角助けてやったのにそのお返しがコレか! お前達が本当に腐りきったゴミだという事がよ~~く分かった。

 一瞬この場でぶん殴ってやろうかと思うぐらいムカついたが、それ以上に俺はこの思いがけない展開に驚いている。

 何で……?
 何で王国が誇る気高き騎士団の方が俺の前で膝を付いている……?
 しかも“大団長”って、何百人も所属している騎士団員の中でも全てのトップに立つとんでもなく偉くて強くて凄くて威厳のある御方が何故俺の前で膝を付いて謝っているんだ――。

 突然の事に思考停止すること数秒、我に返った俺は慌てて自分も両膝を付きながらモレー大団長に声を掛けた

「ち、ちょッ……いやいやいや! や、止めて下さいよ大団長……!何をしてるんですか⁉ 早く頭を上げてください! あ、あの、俺全然……全く気にしてないですから!はい!」

 大団長様が俺に謝るなんてお門違いもいいところだ。きっと国王から招待を受けている事もあって、自分の部下の行動にも責任を感じての事なんだろうけど……。

「本当に申し訳ございません」
「いや、こちらこそ本当にもう大丈夫ですから……! 」

 俺はそう大団長に言ったが、大団長はまだ自分を許せていないのか渋々立ち上がった。

「このような無礼の後で申し上げにくいのですが、実は国王様が貴方とお話をされたいと申しておりまして、宜しければお時間を頂けますか?」
「え、国王様が……⁉ そ、それは勿論行かせて頂きますけど……」
「ありがとうございます。それでは此方へどうぞ」

 モレー大団長はそう言って振り返り歩いて行った。俺もその大団長の後ろについて歩み出した。……まさにその時、俺の背後からバタバタと複数の足音が響いてきた。

 俺はその音を聞くなり無意識に溜息を付いていた。
 わざわざ振り返らなくても分かる。だってこの足音は……。

「――待って下さいモレー大団長!」

 大声でそう叫んだのは、他でもないグレイだ。

「誰かね君は……」
「あ、あの……俺は王都のギルドに所属している冒険者のグレイと言います! ソイツは……ルカは俺の元パーティで、ルカが危険なモンスターを召喚していると俺が報告しました!」
「成程、君が発端か……。それで?彼が危険なモンスターを召喚しているという証拠は?」
「はい! 大団長も先程見たと思いますが、突然現れたもう1頭のドラゴン……あの正体がそこにるルカなんですッ! コイツは昔俺に、自分から竜神王ジークリートを召喚したと告白してきました!
竜神王は大昔に封印される程危険な存在ですよね⁉ このまま国王に会わせたら絶対に危険です!」

 ここまでくると逆に感心する。その執念と根性だけは認めざるを得ないなグレイ……。

「そ、そうです! こんな奴を国王の前に連れて行くなど危な過ぎます!何時さっきのドラゴンの姿で皆を襲うか……!」
「今すぐに捕まえて下さい! このままだと国王だけでなく、王国中の人々が危険になりますよ!」
「それにコイツはこの力を悪用しています……! FランクがいきなりSSSランクになったり、パーティを追放した腹いせに俺達のクエストの妨害までしてたんですよッ!」

 グレイに続きラミア、ブラハム、ゴウキンが立て続けにそう言い放った。

 人間というのは落ちるところまで落ちると“こうなる”のか……。実に哀れだ。最早怒りなど通り越して呆れて物が言えない。

「……そうか。君達の言い分はよく分かった」

 グレイ達の話を聞いたモレー大団長が静かにそう言った。

「あ、ありがとうございますッ! だった早くコイツを拘束しッ……「――それで、“証拠”は?」

 ――ゾクッ……!
 グレイの言葉を遮る様に再度そう言ったモレー大団長。
 静かな口調ながらも大団長から放たれているとてつもなく冷たい威圧に、グレイ達は皆それ以上言葉を発せられなかった。

 その威圧を放たれていない俺にもよく分かる……。下手に何か喋ればただでは済まないと言う恐ろしい雰囲気が――。
 
「どうやら彼が危険なモンスターを召喚していると言う事や、さっきのドラゴンが彼だと言う証拠が1つもないようだな。
本来ならば、君達のその報告は私の部下がしっかりと精査した上で調査等を始める。だが今はドラゴンが出現したという不測の事態によって、多くの者達が少々冷静さを欠いている様だ……。

確かに、逆を言えば私も彼がその危険なモンスターを召喚していないと君達に証明するのは不可能。
だが、先のドラゴンが彼だと言うならば、私や国王様は勿論、この場にいた者全員が彼に救われたと言える! 無論、その中には君達も入っている――」

 グレイ達は完全に論破されただろう。俺が言うのもアレだけど、もう諦めろよ。

「た、確かにそうかもしれませんが……!でもッ……!」
「――ならば私から説明しようかね」

 突如、透き通るような声がこの場に響いた。決して声量があったとは言えない。だが確実にしっかりと全員の耳に届いていた。穏やかながらどこか気品のあるその声がした方向へ視線を移すと、そこにはドラシエル王国の国王、ネロ・ユーテリアス・ジキルドの姿があった──。

「こ、国王様……!」

 ――ザッ!
 その場にいた護衛や騎士団員達が一斉に膝をつき敬礼をした。

 綺麗に束ねられた艶のある髪に、だらしなさを一切感じさせない整った髭。濃い青色の力強い瞳とその王たる圧巻の品格に、全員が言葉を失った。

 国王の年齢はまだ40代前半。先代の国王はモンスターによって受けた怪我により既に亡くなっており、15年以上も前から彼がドラシエル王国の唯一無二の国王である。

「――皆の者、顔を上げよ。先の出来事で皆疲れているだろう。今はもっと気軽にして良い」

 国王の人個によって、全員が緊張しつつも敬礼を解いた。

「一通りの話を聞かせてもらった。君がルカ・リルガーデンだね?」
「は、はい……」

 国王を初めてこんな近くで見た俺は、まだ現実味がまるでない。ずっとフワフワした様な感覚だ。

「そして彼が危険だと訴えているのが君達か?」

 俺と同様。
 グレイ達もただ国王に尋ねられただけなのに、その存在感からただただ小さい返事を返す事しか出来なかった。

「は、はい……」
「成程。それでは私の口からハッキリさせておこう。
彼、ルカ・リルガーデンは確かに竜神王ジークリートを召喚し、その身にジークリートの魔力を宿しているとマスターからの報告で聞いている。
だがその力が危険なものでなく、しかと本人がジークリートの魔力を使いこなしているという事までな――」

 マスターからは報告しておくと言われてたけど、実際に国王の口から聞くととても信じられない……。本当に俺なんかを認知してくれているんだ……。正確にはジークの力を持っているからだとは思うけど……。

「そ、そんな……。何故ギルドのマスターがルカなんかを相手に……。い、いや、でもッ!国王様……! 俺達冒険者はモンスターを討伐するのが目的の筈! その冒険者がモンスターの力を使っているなんて言語道断ではないでしょうか⁉

それに例え力を使いこなしていると証明されても、モンスターを体に宿している奴なんて本当に信用出来るんでしょうか⁉ しかもそのモンスターはあの竜神王ジークリートですよね……!」

 この切羽詰まった状況でよく舌が回るものだ。往生際の悪さはSSSランクだな間違いなく。まぁ信用問題を出されたら、俺ももう何も言えないけどな。

「そうか……。確かに君の言う事も一理あるな。それに私が何を言っても君は納得しなさそうだ。うん……ではこうしよう。
君と彼で“直接対決”をして、より安全だと言う事を直に私に証明してくれ――」
「「……!」」

 何とも奇妙な展開になってきた――。
♢♦♢

~王都ネオシティ~

「――凄ーい!ここが王都の中心“ネオシティ”! 私初めて来た!」

 はしゃぎながら目をキラキラさせ、レベッカは辺りを眺めている。

「俺も初めてなんだよな……。デカい街。レベッカ、取り敢えず宿に荷物置きに行くぞ」

 ルージュドラゴンの討伐から1週間――。

 まさかの国王登場から話が急展開し、俺とグレイはそれぞれ自らの力の証明の為、正式に直接対決する事が国王の元決められた――。

 明日がその決闘当日。

 正直、俺としてはいい迷惑だ。何処までアイツらに振り回さなければいけないんだ。……ともこの1週間幾度となく思っていたが、俺は俺で確かに国王に直接認めてもらういい機会だと考える様になっていた。

 マスターやジャックさんやそれ以外の多くの人が俺の為に俺の知らない所で色々協力してくれた。そのお陰で今の俺がある。俺は俺で出来る事を精一杯やってきたつもりだから、それで何となくジークの件はもう大丈夫なんだと思っていた。

 だけど1番肝心な国王には確かに直接証明出来ていない。勿論その為にマスターからのクエストや最終テストを受けて認めてもらったようだけど、やっぱり俺が直接国王に証明出来るのならば当然それが1番いい方法だよな。うん、これで本当に実力を認めてもらえば全て解決だ。

 後は決闘でグレイとも白黒はっきりさせてやろう。アイツは本当に疫病神だ。あんな奴らとパーティを組んでいた事や時間や労力も全て返して欲しい。

<――我は初めに忠告したがな。ルカが好きでやっていたのだろう>

 急に出てきたジークの言葉。だが確かに的を得ている。これもまた俺自身のせいでもあるんだよな。そこがまたムカつくんだよ自分に。でもまぁその全ての清算だなコレは。

「でも“移動”は楽になったよな」
<それも初めからこうすれば良かったのだ。何も気にせずな>

 そう。ある意味もうジークの事を隠す必要がないのではと開き直った俺は、今まで人目のつくところでは極力ジークの力を使わない様にしていたが、それももうナシ。無駄に時間掛かっていた移動はドラゴンの姿で飛べば問題ない。一瞬だ。

 レベッカにももう見られちゃったし、怖がるどころか「乗ってみたい!」と興奮気味に言ってくれたので良かった。だからこれからはクエスト行く時の移動は全部コレ。ドラゴンで飛んで行く――。


~宿~

 俺とレベッカは国王が準備してくれた宿で受付を済ませた。聞いた話だとグレイ達は街の反対側にある宿らしい。国王になんという気遣いをさせてしまっているのだろうか俺は……。

 受付で案内された部屋に着き扉を開けると、そこはとても豪華な装飾が施されている別次元の部屋だった。

「すっご……! 何だこの部屋は……。こんな部屋使っていいのかよ俺達」
「ねぇルカ見て!このベッド凄いんだけどッ!ちょーフカフカ!」 

 宿の外観からして豪華そうだとは思ったが、やはり中も凄かった……。こんなの凡人では中々泊まれない。大きなベッドが2つ完備されているし、リビングや風呂場も無駄に拾い。下手したら普通の家よりも全然広い。何に使うんだろうって物まで完備されてる。

 今までひもじい生活してきた俺にとっては済む世界が違い過ぎて全く落ち着かねぇ……。

「ルカも寝てみなよこのベッド!」
「あ、ああ」

 大興奮しているレベッカに促され、俺も大きなベッドに寝転がった。

「あぁ……何だこの感触……。まるで雲に包まれているみたいだ……」

 たかがベッドと侮った。コレはとんでもなく幸せな場所だ。味わった事の無い感覚が俺の全身を襲っている。もう何もしたくない。

<ふざけている場合か。早く明日の決闘に備えろ>
「危ね、忘れてた。そうだった」

 いかんいかん。危うく全く眠くなかったのに寝てしまうところだった。まだ済ませないといけない“用事”があったんだ。

「レベッカ、この後どうする? 俺ちょっと武器屋に行かないといけないんだけど」
「う~ん……。私はもうこのベッドから離れられない体になっちゃった……」

 フカフカベッドの凄まじい威力に、レベッカはどうやら負けたらしい。

「ハハハ、分かった。じゃあ俺1人で行ってくるからゆっくりしてろ
よ。晩飯までには戻るから」
「は~い……いってらっしゃ~い……!」

 気持ちよさそうなレベッカの声に送られ、俺は宿を出て武器屋に向かった――。

 王都自体が広い事は知っているが、この王都の中心に位置するネオシティは更に人が多く活気づいている。見た事無い店や建物があちこち並んでいる。

 レベッカの奴、余程あのベッドが気に入ったんだろうな。
 最近順調すぎて報酬も驚く程溜まってるから、今度レベッカにあのベッドでも買ってあげようかな……。そういえば誕生日いつなんだろう? 帰ったら聞いてみるか。

「それにしても、やっぱ“剣”って必要かな?」
<知らん。それは人間の武器だろう。だが我は嫌いではない。モンスターを気持ちよく斬れるからな>

 そう。俺が武器屋に向かっている理由は剣を買う為なのだが、俺は適性が剣士とかではないから大して剣は使わない。ジークと出会う前、最低限自分の身は守らねばと剣の特訓もしたし、今も何となく装備しているが、ぶっちゃけジークの力があるからほぼ剣など使っていなかった。

 でもマスターやジャックさんが、よりジークの力を幅広く使える様にと、武器の1つでも使ってみてはどうだと以前からアドバイスを貰っていた。改めてそう言われると俺も幾らかその気になったし、ジークは微妙に剣がお気に入りらしい。

 それならばと、取り敢えず剣を持つなら自分に合った物を新調しようと思ったのだ。

 そして俺が向かっている武器屋はマスターが直々に紹介してくれた所。マスターが昔からお世話になっているらしい。


~武器屋~

「――いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?」
「ちょっと剣を見に来たんですけど……」

武器屋に入るなり、感じのいい店主が声を掛けてきた。店はこの人だけと言っていたから、この人が店主だよな。マスターから宜しく伝えてくれと頼まれてるんだ。

「あ、それと、実はマスターから店主に宜しく伝えてくれと言われてまして」
「マスター? あ、ひょっとしてルカ様ですか?」

 俺がそう言うと、店主は何故か俺の名前を呼んだ。そして「ちょっと待ってて下さい」と言うなり店の奥に行ってしまった。

「――コレだコレだ!実はゼインさんから君の事を聞いていてね、待っていたんだよ。君が来たらコレを渡してくれと」
「え、コレは……?」

 店主は奥から1本の剣を持って来て、そのままそれを俺に渡した。

「この剣は『ゼロフリード』と呼ばれる古の剣でね、特殊な魔石と魔法陣によって作られている素晴らしい物なんだよ。使用者の魔力を大幅に増幅させる効果があるんだ」

 店主に説明され、渡された剣を何気なく握ってみると、今までに感じた事がないぐらいしっくりきた。
 
「何か凄そうだなコレ……」
「そりゃそうだろう。世界に1本しか存在しない超希少な幻の剣だからね! フフフ、しっかりと君に渡したよ。ゼインさんにもまた宜しく伝えておいておくれ」
「え⁉ そんな貴重な剣なんですかコレ! そんなの使えないですよ!」
「大丈夫大丈夫。普通の剣となんら変わらないから誰にでも使えるよ」

 いや、あの……そういう意味じゃ……。

「ゼインさんからもう代金も貰ってるから、それはもう君の物だ。何か困った事があれば私に何でも言っておくれ。勿論武器の事でな」
「え、代金までマスターが……⁉」
「フフフフ。余程期待されているようだね君は」

 こうして、俺は本当に貴重な剣を手にしてしまった。しかもマスターに剣の代金を出してもらって……。嬉しい事だが、これはこれで逆にプレッシャーだ――。

 そんなこんなで用が済んでしまった俺は宿に帰った。


~宿~

「ただいまー……!」

 自分の家ではないが、癖でそう言ってしまった。そして俺は部屋に入った瞬間妙な違和感を感じ取った。

「レベッカ……?」

 俺の言葉に返事1つ返ってこないどころか人の気配すらない。しかも僅かに知らない“匂い”が部屋に残っていた。

 徐にリビングまで行くと、部屋の真ん中にあったテーブルの上に1枚の置き手紙があるの見つけた。

 そこに書かれていたのは……。

『ルカ・リルガーデンよ。仲間の女は預かった。無事に返して欲しければ明日の決闘を棄権しろ。さもなくば女の命は保証しない――』

 おいおい、何だこれは……!
<攫われたか――>

 何気なく放たれたジークの一言。

 だがそれが全てだ――。

「どうやらそうらしいな……。でもだからと言って、やり方が余りに露骨すぎだろあの“クソ野郎”がッ……!」

 こんなくだらねぇ事するのはもう奴しかいねぇ。考える事無くグレイ一択だ!あのゴミカス共絶対只じゃおかねぇからなッ!

<全神経を集中させろ。まだ残り香を追えるぞ>
「そうだ、急がないとッ……!」

 俺は部屋に残る僅かな匂いを辿った。
 嗅ぎ間違える事の無いレベッカの匂いと知らない者の匂い。この2つが混ざった残り香を決して逃さない。匂いの濃さから察するに、まだそこまで遠くには行っていない筈だ……。

「くそくそくそッ、マジで許さねぇからな……!」
<そんなに焦るなルカ。ドラゴンの姿に変化しろ。そっちの方がより嗅覚が効く>

 焦っている訳ではない。早くレベッカの無事を確認しない事には落ち着けないし、グレイの野郎共にも早く制裁を下さないといけない。本当は真っ先に奴の元へ向かってぶん殴ってやりたいが、レベッカの無事を確認するまで下手に手を出せない……。

 部屋に残っていた匂いはグレイでも他の奴らでもない。恐らくグレイが金で雇った裏稼業を生業にしている腐った奴らだ。兎にも角にも第一優先はレベッカ。レベッカを早く見つけない事には何も出来ねぇ!

 ……って、これが焦ってるのか。
 そりゃジークに注意される訳だ。

<だから焦るな>
「分かってるよ!」

 宿の外に出た俺はドラゴンの姿に変化……といきたい所だったが、僅かに日が沈んで夕暮れとは言え、流石にこんな街のど真ん中でドラゴンになっていいのかと躊躇った。

「やべぇどうしよう! 急がないといけないのに流石にここでドラゴンになったら街中パニックだ。そうなったら匂いも掻き消されるし、レベッカ攫った奴らにも感づかれちまう……! おい、どうするジーク!」

 外に出ただけで案の定匂いが薄くなった。これ以上消えたらもう本当に匂いを辿れないぞ。

「あ、そうだ魔力感知なら……!」
<アホか。そんなの誰もが1番最初に思いつくだろう。感知出来ぬよう魔法や結界で遮られてるに決まっているだろう。その証拠に既に感知しているが、レベッカの魔力が何処にもない>
「おいおい、だとしたらもっとやべぇじゃねぇかッ! ジ~ク~!」
<情けない。少しは頭を使え馬鹿者。本当に人間とは面倒くさい生き物だな。そんなに周りを気にするなら部分変化で“鼻だけ”ドラゴンになれよいだろう。それならパニックも起こらない。ルカが変な目で見られるぐらいだろう>
「おー、そんな便利な事が出来たのか!」

 そこそこ長い付き合いだが初めて知ったぞ。よし、早速やろう。その部分変化とやらを――。

 俺は魔力を瞬時に練りあげ、ジークの言った通り鼻だけドラゴンに変化させた。

「お! 滅茶苦茶匂いがかぎやすくなった!あっちだ!」

 人間の鼻とはまるで性能が違う。さっきまで消えかけていると思った匂いがまだしっかりと辿れる。性能が良過ぎて関係ない匂いまで嗅げてしまうな。街ってこんな匂いが充満しているのか……。余り嗅ぎ続けていると気持ち悪くなりそうだ。

 レベッカの匂いをどんどん辿って行った俺は、宿から少し離れた人通りの少ないある場所で立ち止まった。


~とある建物前~

「ここだ――」

 明るい表の通りとは違う暗い通り。時間帯も相まってより暗く感じる。人通りの少ない道から更に中に入り組んだ場所にあったとある建物。周りはポツンポツンと数え切れる程の外灯の明かりがあるだけだ。

<やはり結界魔法が張ってあったな。これでは中にいますと言っている様なものだ>
「よし。ボコボコのけちょんけちょんにしてやる」

 俺は既に匂いと魔力感知の両方で建物内の人数と位置を完璧に捉えているからな。

 ――ズガァァァァンッ!!
「「……ッ⁉」」
「お邪魔します――」

 俺は建物の扉を開け……ようとしたが、力を入れ過ぎて周囲の壁ごと破壊して中へ入った。勿論ちゃんと“お邪魔します”と言ってな。

 突然俺が入ってきたことに驚いたのか、建物の中にいた男達は何とも言えない表情でこちらを見ていた。1人は破壊した壁の瓦礫が直撃し気絶している。

「な、何者だテメェは!」
「コイツ何だよ急に……⁉ って、おい、大丈夫か⁉」
「……」

 残った男2人は俺を睨みつけながら威嚇してきた。急な事に腹を立てているのか、それはそれは凄い剣幕。だが残念だな……。テメェらの1000倍こっちはイラついてんだよ!

「<おい。レベッカどこだコラ――>」
「「……ッ⁉⁉」」

 有無を言わさず、俺は何時ぞやにマスターから謹慎を食らったジークの覇気で男達を脅した。ここなら容赦なく使える。周りに誰もいねぇからな。

 ジークの絶対的な王者の覇気と威圧に、大抵の者は本能的に従う事しか出来なくなる――。

「あ、あ……あ、ああ、あっち、あっちです……!」
「……ルカ⁉」

 男達がレベッカのいる隣の部屋を指差したと同時に、奥から手を縛れたレベッカが姿を現した。

「レベッカ!」
「ルカ!……ゔゔッ……ありがとうッ……怖かったよ……」
「大丈夫か⁉ 怪我は⁉ 何もされなかったか⁉」

 レベッカを見た俺は一気に力が抜けてしまった。
 良かった……。本当に無事で良かった。安心したぜ。

「う、うん……。大丈夫……!」
「悪かったな。遅くなって」

 泣きながら抱きついてきたレベッカをギュっと抱き締め返し、もう大丈夫だと彼女を落ち着かせた。するとフッと俺に体重が掛かって来た。どうやら安心してレベッカの緊張の糸が切れたのか、そのまま眠りについてしまった。

 怖かったよな。もう大丈夫だから。ゆっくり休め。

 そして俺は眠ったレベッカを抱き締めながら、部屋の隅でガクガク震えている男達を再び威圧した。

 わざわざ聞かなくても分かるだろうが、一応確認しておくか……。

「<お前ら、何でレベッカを攫った?>」
「お、俺達はただ……頼まれたからやっただけで……」
「そ、そ、そう……そうです……金払う代わりに、女を攫うと……」

 男達に答える気が無くても、ジークの王の覇気で本能的に従わざるおえないのだ。まぁここまでビビっていたら普通に答えくれる気がするけどな。

「<誰に頼まれた?>」
「お、俺達は裏稼業だから……いちいち互いに名前は聞かない……。か、金が全てだからな……」
「名前……名前は知らねぇが、た、確か……明日ネオシティの闘技場で戦う奴だ……! 街中に……は、張り紙がしてある。アイツだよ……」

 男達は震えながら洗いざらい全て話した。やはりグレイの仕業か。国王が正式に取り決めたという事もあって、俺とグレイの決闘は王国中に知れ渡っているからな。最早イベント事になってる勢いだし。

「<よし分かった。これに懲りたら2度とこんな事するんじゃねぇぞ>」
「「は、はいッ! 絶対しません!」」
「<お前らは今から騎士団に行って自首しろ。そこで気絶している奴も一緒にな。だが俺と依頼してきた奴の事は一切話すんじゃねぇ。いいな?>」
 「「分かりましたッ!!」」

 こうして、レベッカを何とか救出した俺は宿へ戻った。

 お気に入りのフカフカベッドにレベッカを置き、なにやらどっと疲れが押し寄せてきた俺も、軽く晩飯を食べ明日の支度をして眠りについた。何気なく視界に入ったレベッカの寝顔を見て、本当に何も無くて良かったと思った。

 そしてその一方で、俺の中では遂にグレイ達への怒りが頂点に達していた……。




 もう1ミリも情けはかけない――。



 明日は鬼と化そう――。