召喚出来ない『召喚士』は既に召喚している~ドラゴンの王を召喚したが誰にも信用されず追放されたので、ちょっと思い知らせてやるわ~

~ドラシエル王国・王都~

「――それじゃあラミア、取ってきた薬草と素材の仕分け頼むな」
「うん、わかったわ。任せて」
「取り敢えず次は3日後だな。じゃあまたギルドでな」
「全く……。じゃあな」

 王都に戻ってきたグレイ達はギルドに報告し後、兎に角休もうと直ぐに解散したのだった。パーティを組んで初めてとも言っていい予想外の出来事に皆限界だったらしい。

 翌日――。
 十分に睡眠を取ったラミアは回収した薬草や素材の仕分けを行う為、ギルド近くの作業場に来ていた。

 此処は冒険者達がクエストで回収してきた薬草や素材の仕分けをしたり、買取前に綺麗に洗浄したりする場所だ。

 昨日のクエストでブラハムが野宿の準備をし、トラブルを招いたがゴウキンが火の番を担当した。だから回収した薬草と素材の仕分けはラミアが担当となっていた。

「ふぅ。こんなの直ぐに終わらせて次のクエストまででのんびりしようっと」

 ラミアはこの時、疑うことなく余裕だと思っていた。仕分けなど誰にでも出来る雑用作業だと――。

 ラミアには薬草や素材の知識が最低限は備わっていた。だから回収した素材だって魔法が得意だからすぐに仕分けや洗浄もお手の物だと。だが……。

「ちょっと!これ何⁉ さっきから似たようなのばっかり……。アイツら人がやると思って雑に入れ過ぎなのよ!信じられない!」

 今回ラミア達が回収した薬草や素材は、量だけで見ても平均より少なめ。勿論討伐がメインの為、目的の素材以外はおまけの様なものだ。そして特別貴重な物も無ければ、扱いや洗浄が難しい素材は何もなかった。

 しかし慣れていないラミアは思った以上にこの作業に手を焼いた。途中で心が折れかかってしまう程であったが、薬草や素材は当然汚れている。買取の前にしっかりこの作業をしないと売値が物凄く低くなってしまうのである。

 そうとはしっかり分かっていたが、疲れて集中力のなくなったラミアは作業が雑になった。
 
「あー疲れた、もうこれぐらいでいいでしょ。薬草は大して汚れていないし、このまま売っちゃえばいいわ。後はこっちの素材ね……。これなら――」

 薬草の仕分けが終わり、次に素材に手を付けたラミアだったが、回収の仕方が雑だったせいかこちらも先ずは洗浄が必要だった。モンスターの血や泥がこびり付いていて到底売り物にならない。

 ラミアは素材を綺麗にするのにこれまた時間を要した。

「もうッ……! 何で?全然取れない。私、水魔法が1番得意なのに……!」

 作業場で同じように作業をしている他の冒険者達はいとも簡単にやっている。そもそもラミア達程素材の汚れが酷くもなければ、ラミアと同じ水魔法が得意な者達が手際よく処理していた。

(何でこんなに差が出るの……? ぶっちゃけ頼みたいけど私はSランクパーティーの冒険者。あんな底辺の奴らに絶対お願いなんてしたくない!)

 自意識過剰なプライドが邪魔をし、ラミアは仕方なく1人で作業を進めたのだった。

 そして、全ての素材の処理を終えるのに、結局夜まで時間が掛かってしまった……。



~グレイとラミアの家~

「――ただいま……」

 ラミアが疲れ切って家に帰ると、同棲しているグレイがソファでくつろいでいた。

「おかえりラミア。どうしたんだよ、随分遅かったな」

 そう言いながらグレイは帰ってきたばかりのラミアを抱き寄せ、軽いキスをした。そしてそのまま激しい接吻をしながら、グレイの手はいやらしい動きでスッとラミアの身体を触っていた。

 勿論グレイは“その気”であったが、如何せんラミアは違った様だ。

「ちょっと止めて。先にお風呂に入りたいし凄い疲れたんだから。そんな気分じゃないのよこっちは」
「風呂なんて気にするなって。ラミアはいつもいい香りだから、そのまましようぜ」
「だから止めてって!ほぼ立ちっぱなしで疲れてるの。ゆっくり休ませてよ」

 そういう事ではないと、ラミアは若干イライラした様子でそう言った。一日中くつろいでいたグレイにはそこまで気が回らない。若さ故の欲が勝っているのだろう。

「ただの仕分け作業だろ?誰にでも出来るじゃねぇかあんなの。何そんなにイライラしてるんだよ。それなら俺がその気にさせてやるって、な」

 そう言ったグレイはラミアの服の中にグッと手を入れ、彼女の豊満な胸をいやらしく揉み始めた。

「ねぇちょっと!嫌だって言ってるじゃないッ!」

 ――バチンッ!
 しつこいグレイに対し、ラミアは思わず平手打ちを食らわせた。

「痛ってーな!何すんだよ!手ぇ出す事ねぇだろうが!」

 思い通りにならない事と急な平手打ちによってグレイも怒りをあらわにし、ラミアに怒鳴りつけた。

「先に手ぇ出したのはグレイでしょ⁉ 自分勝手もいい加減してよね!アンタは何もしてないから無駄な体力ばっか残ってんのよ!」
「はぁ? いい加減しろよラミア!俺はリーダーとしての役目を果たしてるだろうがッ! 全員で順番に担当なんだから当たり前だろ!」
「何がリーダーの役目よ! 自分が面倒な事したくないだけでしょ!」
「何言ってんだ!昨日のスカルウルフの襲撃だって最初に気が付いたの俺だろ!」
「あんなの思いっ切りたまたまでしょ!」

 
 結局、グレイとラミアの口論は夜中まで止まらず、散々言い合った2人は喧嘩したまま眠りについたのだった。

 だが次の日の朝。
 一晩明け冷静になったのか、2人は仲直りをするなりまた甘い世界へと入り込んでいくのだった――。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

 前回の解散時から約束の3日後。
 この日は次のクエストを受けるべくギルドに集合する予定だった。しかし、前夜に甘い世界でラブラブしていたグレイとラミアはかなり遅刻。既に待っていたブラハムとゴウキンは呆れた顔でギルドに来た2人を見ていた。

 だがブラハムとゴウキンがそんな顔をしていたのには他にも理由があった――。

「悪いな遅れて」
「ふん、そんな事は“もうどうでもいい”」
「ああ。それよりも……」

 次のゴウキンが発した言葉に、グレイとラミアは固まった。

「は? ルカがSSSランク……?」

 驚くというより、何を言っているんだといまいち吞み込めていないグレイ。ルカがFランクという事はここら辺の冒険者界隈でも当然知れ渡っている。今ブラハムとゴウキンと話している他のパーティの者達もそうだ。

 Fランクはある意味SSSランクぐらい珍しいとも言えるから。

 グレイは胸の奥底で一瞬嫌な感じをしたが、それには気にも留めず話を進めた。

「そうらしいぜ。何か受付で黒色のタグ出しててよ、係りの人に聞いたら確かにSSSランクって言ったんだよ」
「いやいや……。どうやったらそんなにランク上がるんだよ。つうかそもそもあのルカだぞ!何かの間違いだろ!」
「俺達だってそう思ってるけどな」
「そりゃそうだ、だってあのルカだからな! 多分お前らのとこのレベッカより使えないだろ」
「そうなのか?まぁこっちはこっちでルカの事より、そのレベッカが何より問題なんだけどさ……」

 グレイが1ミリも納得出来ない中、ブラハム達の雑談はいつしか話題がルカから他の冒険者へと切り替わっていた。

 ただグレイのモヤモヤは全く消えていない。

(一体どういう事だ?あのルカがSSSランクなんて絶対有り得ねぇぞ……⁉︎ 完全に人違いだ。受付の奴が何か勘違いして言ってやがるに違いない。

ルカとはこれでも幼馴染。俺が冒険者になった時からずっと知っているが、アイツは間違いなくFランクだ。しかも雑用しか出来ない。

考えれば考える程、絶対間違いの他ない。万が一そんな天変地異が起こったとしても、アイツが俺達のパーティを抜けたのはほんの数日前……。

この僅かな時間でFランクがSSSランクなんて死んでも有り得ねぇ!)

 絶対に有り得ない筈なのに、グレイは何故か苛立ち収まらなかった。

「無駄話してないで行くぞお前ら!」

 グレイパーティは前回のソンモンキー討伐の失敗を取り戻すべく、新たな討伐クエストを受けるのだった──。
 グレイ一行は、新しく受けた討伐クエスト目的地である、王国からほど近いウォール湖に来ていた。

「――ハァ……ハァ……。もう追って来てねぇか……?」
「ええ……もう大丈夫みたい……」

 グレイ達は徐に後ろへと振り返り、モンスターの存在を確認していた。
 
 前回の経験から、無駄な体力を極力使わない様、最低限のモンスターだけ討伐しながら前へ前へと進んでいた。今回の討伐目的であるチャイルドベアーはAランクの中でも下位クラスと弱めである。今度こそ大丈夫だと誰もが思っていた――。

「くっそ、また結構体力使っちまったな……。誰か回復薬持ってないか?」
「全く……これでも飲んでおけ」

 皆より一回り図体がデカいせいだろうか。中でも1番体力を消耗していたゴウキンがそう言い、ブラハムが持っていた回復薬を渡した。

 ――ゴクゴクゴクゴクッ……。
 余程疲れていたと見えるゴウキンは回復薬を一気に飲み干し、機嫌が悪そうに口を開く。

「この間から思っていたけどよ、何か最近回復薬の効き目が妙に悪くないか?」
「それは俺も思ってたぜ。ちょっと前までの回復薬は平気で半日以上効果があったのに……」

 これに関してはグレイも疑問に思っていた。ここ最近、どうも回復薬の効果がいまいち。1度飲んでも余り効果がない為また直ぐに使うしかなかったのだ。

「でもおかしいわね……。普通に商店で買っているのに」
「回復薬の質が下がったのかな? まぁでもそれは他の冒険者も同じだろ。今まで以上に多く持って行くしかないよな。売ってる回復薬はコレしかないんだから」

 ルカが特別仕様で作っていた回復薬だとは当然まだ知る由もないグレイ達。パーティから追放した際にルカ本人から言われていたにも関わらず、今は誰もそんな事覚えていないのだ。

 これが身に染みて分かるのはもう少し先のお話――。



「……おい、見つけたぞ!チャイルドベアー!」

 討伐の対象であるチャイルドベアーを見つけた。
 チャイルドベアーは普通の熊よりももっと大きく攻撃的な性格のモンスターだ。遭遇した時、冒険者達がまるで赤ちゃんに思えてしまう程の体格差と存在感からその名が付けられたと言われている。

「サクッと終わらせるぞ。何時も通りの連携だ。いけ、ラミア!」
「ええ。ファイアインパクト!」

 前回は疲労とイレギュラーで攻撃が甘かった為、今度こそ確実に仕留めようとラミアは自身の中でもトップクラスに威力のある攻撃魔法を放った。

 見事命中したラミアの攻撃に続き、今度はゴウキンの重い一撃で敵の動きを更に鈍くさせる。

 そして間髪入れずブラハムの槍攻撃が炸裂し、お決まりのパターンでグレイが止めの一撃を振り下ろした。

「食らえッ、チャイルドベアー!」

 グレイ達の得意の連携攻撃は完璧に決まった。 

 だがしかし……。
 前回のソンモンキー同様、チャイルドベアーは倒れていなかった。

「なッ……⁉」

 唯一ソンモンキーと違うのは、辛うじてダメージは与えられていた事。だが仕留めるまでには及んでいなかった。ふらつきながらも体勢を立て直したチャイルドベアーはそのまま正面にいたグレイに攻撃を仕掛けた。

「畜生、またじゃねぇか! 何で俺達の攻撃で倒れない⁉」

 動揺しながらも何とか攻撃を躱したグレイは、剣を振りかざし応戦した。他の者達も最後の止めを刺そうと必死に応戦する。

 だが如何せん、中々決定打に恵まれなかった。

「おい、回復薬よこせ!」
「俺は持ってねぇぞ!さっき渡したので最後だ! お前らは持ってねぇのか!」
「冗談だろ……!俺は持ってねぇぞ。ハァ……ハァ……それに体力が ヤバい……!」
「嘘でしょ⁉ このままだと討伐どころか全滅の危険性があるじゃない!」

 思いがけない数時間に及ぶ戦いで、回復薬も切れ全員が満身創痍の状態であった。この状況を見たグレイは思い切り歯を食いしばって指示を出すのだった。

「くそくそくそッ……! 全員、撤退だッ!!」

 グレイパーティーはまたしてもクエストに失敗した――。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

「――え、モンスターの再調査?」
「だからそうだって言ってるだろッ!」

 ドラシエル王国の王都にある冒険者ギルド。今ここで、深夜にも関わらず怒号が聞こえていた。

「……? 確認しますけど、チャイルドベアーで間違いないですよね?Aランクの」
「そうだッ!この前もソンモンキーが間違っていたんだぞ!何してるんだよお前らは!いい加減してくれ!」

 グレイが怒鳴り散らしている相手は、この日ギルドの夜勤担当であったSランク冒険者のリアーナ。

 何やら必死で訴え掛けているグレイを見て、リアーナは少し悩んでいる様子である。それはジャック同様、モンスターが本当にランク違いなのか否かだ。確かに稀に突然変異の個体が現れるし、グレイはAランクの冒険者。普通の見解であれば確かにチャイルドベアー程度なら倒せるランクだ。

 僅かに疑問を抱いたが、グレイの顔をしっかり見たリアーナは、何か腑に落ちた様なスッキリした表情になり、優しく微笑みながらグレイに聞き返した。

「分かりました。再調査の手続きはしておきましょう。それともう1つ確認ですが、確か貴方はルカ・リルガーデンが元いたパーティの御方ですよね?」
「――! ん?それは確かにそうだけど……。今はそんな事関係ねぇだろ!」
「フフフ、やはりそうでしたか。では今回の件はしっかり報告させて頂きます」

 リアーナの言葉に納得したグレイはそのままギルドを後にするのだった。

「アレでAランクですか……。初めて見ましたが納得ですね。あの程度の度量ではルカの真価に気付けないのも頷けます。
調査はあの方に頼めば色々面白いことが分かりそうですね。フフフ」

 リアーナは凍りつくような視線と微笑みでギルド出ていくグレイを見ていたが、グレイ本人は当然知らなかった――。


~ギルド横の作業場~

 建物内ではラミア達が集まって素材等の整理をしていた。机の上には今回回収した薬草や素材が置かれている。

「――私は今回薬草を回収しながら進んだから、コレの後作業は全部グレイでいいと思うんだけど」
「そうだな。今回は日帰りだったけど、俺回復薬とか野宿用の準備もしてたし」
「俺も素材を回収した。後は何もやってねぇグレイに任せるか」

 ラミア達は意見が一致。今回の後作業はグレイに決まったようだ。今回も疲れている皆は早く帰りたそうである。そこへギルドに文句を言いに行ったグレイが戻ってきた。

「ここにいたのか。で?今回は誰が当番なんだ?」

 呑気に声を掛けたグレイ。自分は全く関係ないと言わんばかりの態度だ。この態度が余計に皆を苛立たせた。

「私は薬草これだけ集めたから今日はもう帰るわ」
「俺も次のクエストの準備とか補充があるからパス」
「素材は俺が全て回収した。今日分の働きは終えたから帰る」

 ラミア達はそう言って作業場を出て行こうとしたが、グレイが納得いかない表情で呼び止めた。

「は?何言ってんだよお前ら。 だったら誰がこの処理するんだよ!」
「「――お前がやれッ!!」」

 予想外の態度と言葉に、グレイは驚いて言葉が出なかった。そしてその間にラミア達は堂々と帰って行くのであった。

「おいおい……ふざけんじゃねぇぞ。何でリーダーの俺がこんな雑用しなくちゃいけねぇんだ!クソが!」

 文句を言ったがもう誰もいない。
 目の前に散らかった薬草と素材を見て更にイライラしたが、これをやらなければ全くお金にならない。グレイは渋々作業をやり始めたが薬草や素材の知識もなければ当然やり方も分からなかった。

 散々馬鹿にしていた雑用すらも出来ないと思わず悟ってしまったグレイは余計にイラついた。だからと言って誰かに教えてもらうなど到底プライドが許さない。

「チッ、面倒くせぇからもうこのままでいいだろ」
 
 グレイは結局何もせずにそのまま全て袋に詰め、雀の涙程の料金で買い取りに出し、イライラが収まらないグレイはその金で酒を買い、朝まで飲んでいたのだった――。                
~ルカの家~

「――おはよう」
「あ、ルカ!おはよう」

 昨晩の出来事から一夜明け、目が覚めた俺は既に起きてリビングにいたレベッカに声を掛けた。

 何か微妙に気まずい……。
 柄にもなく人前で泣いてしまった。しかも結構がっつり。それも女の子の前で。

 全く気にしていない様子のレベッカは朝から変わらず元気だが、正直俺は滅茶苦茶恥ずかしくてこの場にいるのがちょっと嫌だ……。と、思っていたのだが、よく見るとレベッカも些か顔が赤く見えた。

 ひょっとしてレベッカも気まずいのか……? やばい。余計に俺まで意識し始めちゃったけど、流石に無視する訳にはいかねぇぞ……。

「レベッカ、今日クエストに行こうと思うんだけどどう?」

 俺は精一杯普段の自分を取り繕って、何気なく声を掛けた。

「え、クエストに? 勿論大丈夫だよ。寧ろ行きたいな!」

 一瞬恥ずかしそうに見えたけど、自然に返事を返してくれた。
 取り敢えず大丈夫だよな。意識する方が余計可笑しくなるし……。

「それじゃあ朝飯食べたらギルドに行こうか」
「うん、分かった!」

♢♦♢

~冒険者ギルド~

「――あ、ルカさん!実はちょっとご相談が……」

 クエストを受け様と受付に行くなり、マリアちゃんが俺達にそう声を掛けてきた。

「どうしたの?」
「あの、昨夜リアーナさんから調査の依頼が入りまして……。調査と言っても問題なければそのまま討伐してほしいと。対象はウォール湖のチャイルドベアーで、リアーナさんから是非ルカさん達にお願いしたいと頼まれているんですけど」

 マリアちゃんは事情を説明しながらクエスト内容が記された紙を見せてくれた。

「リアーナさんって……あのSランク冒険者の? この間初対面でマスター達と一緒に俺を攻撃してきたあのリアーナさん……?」

 勿論その名前は知っている。氷の魔法使いリアーナと呼ばれる有名な人だから。しかも既に会うどころかまともに挨拶する間もなく攻撃されるという特殊な出会いをした関係だからな。

「そうです。そのリアーナさんが是非ルカさんにと依頼をされているのですが、どうでしょうか?」

 正直理由が全く分からない。確かに先日の件で面識はあるが、何でわざわざ俺なんかにお願いしてくれたのだろうか?

 とても疑問に思ったが別に断る理由も無い。
 寧ろクエストを受けに来た訳だし、幾ら個人のランクがSSSであってもパーティを組んだのはつい最近。肝心のパーティランクはFのままだからどの道Fランクのクエストしか受けられなかった。だからある意味ラッキーだなコレは。

「その話し受けさせて下さい。あ、勿論報酬とかは貰えるよね?」
「本当ですか! ありがとうございます、助かります!勿論報酬は出ますよ」
「了解。じゃあこのクエスト行ってきます」

 こうして、ひょんな事から俺はリアーナさんから頼まれたクエストを受ける事にした――。

(流石ルカさん、頼りになりますね。リアーナさんにも早速報告しなくちゃ。え~と、確か依頼を受けて貰ったらルカさんのパーティーランクを一気にDまで上げる様にとの事だったよね……。

よし。これで登録完力っと!
 
それにしても、さっきはリアーナさんが止めにきてくれて良かった。グレイさんに、朝から調査したモンスターの結果はどうだったかと詰め寄られて大変だったから凄く助かった……。

事情はよく分からないけど、リアーナさんからももうグレイさんの言う事は無視していいと言われたから、もしまた同じ様な事があったら早めにマスターにでも助けてもらわなくちゃ――)


♢♦♢

~ウォール湖~

 綺麗な湖として知られるウォール湖。王国から割と近い位置の湖だが、ここは辺りの森が結構入り組んでいる。そこまで危険なモンスターはいないが、唯一ここらを縄張りに生息しているチャイルドベアーだけが厄介な存在だろう。

「――全然魔獣が寄ってこない。これもルカの力なの?」
「まぁな。正確にはジークだけど」
<よく分かっているな。我の魔力ならば大抵の雑魚は寄ってこぬ>

 ジークの力は本当に使い勝手が良い。コレもドラゴンの王の力なんだろう。本来なら当たり前に出るモンスターが本当に出て来ない。虫除けみたいな効果があってとても便利。

「凄いね! 流石伝説の竜神王」
<まだまだ我の力はこんなものではない>

 機嫌がいいジークは珍しくずっと話している。
 コイツは結構単純な所がある。勿論本人にはそんな事言えないけどな。それにレベッカの自然な反応もまた良いんだろう。

「――うるせぇな! リーダーは俺だろ!」

 森に入って直ぐ、俺とレベッカではない聞き覚えのある声が不意に響いてきた。

 うわぁ……。この声は間違いない。でも、会いたくねぇな。


「は⁉ 何だその言い方!」
「だったらお前は何するんだグレイ!」
「また何もしないつもり⁉ 私だって今日はもう何もしないからね!」

 やっぱりグレイ達か――。
 何でこんな所で言い争っているのか知らないけど、会ったら絶対面倒だな……どうしよう。

<ルカ、こっちからも奥に進めるぞ>

 俺と同じ事を思ったのか、ジークが別の道を教えてくれた。

「本当に? それならこっちから行こう。レベッカ、こっちだってよ」
「う、うん。もしかしてあの人達って……」
「そう。あれが俺の元パーティーの奴ら。そんなのどうでもいいから早く行こうぜ」

 見るだけで気が滅入る。
 正直何時か顔を合わせた時、俺はどういう気持ちでいるんだろうと思ったが、実際にそうなると何でもない。どうでもいいし関わりたくもなかった。

 俺にはジークがいるし、レベッカもいるんだから――。


♢♦♢


~ウォール湖・湖前~

「着いたな。じゃあ一先ず、今日は1人で任せてもいいかレベッカ」
「え⁉ 1人で……?」
「ハハハ、勿論俺もフォローはするよ。ジークとも話したんだけど、レベッカのその魔力イーターって言う体質、先ずはやっぱりそれをコントロール出来た方がいいんじゃないかと思ってさ」

 話はやはりここからだと思う。
 俺は勿論の事、魔力イーターをコントロール出来ればレベッカ自身が1番助かるし、悩みも無くなるんだから。それにこの能力は自在に扱えればかなり強力だ。

「魔力イーターの力をコントロール……」
<そうであるレベッカ。主は元の魔力量が高い事に加え、他の者の魔力も吸い込み取り込んでしまう。故に人並み以上にコントロールが難しい。
だがそのコントロールが出来れば、主の1番の強みとなろう>
「そっか……分かったよルカ、ジーク“ちゃん” ! 私やってみる」
<なッ……⁉>

 レベッカはやる気になったらしく元気よく返事をした。だが気になったのはそのすぐ後――。
 
 レベッカがまさかのジークをちゃん付けで呼んだ事に、ジークは勿論俺も一瞬驚いた。だが……。

「ハッハッハッハッ!」

 気が付けば俺は笑っていた。

<な、おいッ……笑うでない! それにレベッカよ! 今の呼び方は何だ!>
「呼び方って……もしかして嫌だった? 私は可愛いと思うんだけど。ジークちゃんって!」
「ハ~ハッハッハッ!」
<コラッ! 笑うなでないぞルカ!>

 思いがけない話の流れによって、レベッカの中で呼び方はジークちゃんになったらしい――。

<もうよい! 早くあの熊を倒せ!>

 口調は荒いが本当に怒っている訳ではない。これは恥ずかしくて照れ隠しをしている。俺にはそれが直ぐに分かった。

「うん、やってみるね!」
「あっちにいるなチャイルドベアー。魔力を感じる」
「よーし……」

 目的でったチャイルドベアーは目と鼻の先。岩陰に隠れていたが、魔力感知でレベッカも位置を捉えた様だ。そしてレベッカは集中した表情で魔力を高めると、魔法攻撃を繰り出した。

 ――ズガァァァンッ!
「わッ⁉」

 レベッカが放った攻撃は岩を砕き、そのままチャイルドベアーを直撃。1発で倒してしまった。

「な、何今の威力……⁉ 何時も通りに打っただけなのに凄いの出ちゃった……」
<今は我の力も反映されている。そんなに力まずもっと楽に放てば良い>
「そうなんだね……。分かった!次は気を付ける」
<じゃあついでに向こうにいるモンスターを狙ってやってみろ>
「うん!」

 その後レベッカの魔力コントロールの為に暫しモンスター討伐をした後、俺達はギルドへと戻った――。

~冒険者ギルド~

「――おい、聞いたか? ルカの野郎、あの使えない奴と組んだらしいぜ?」
「え、それってこの間話していた子? なんか人の魔力吸って使えなくしちゃうとかいう……」

 チャイルドベアーの討伐が失敗に終わったグレイパーティは、また新たなクエスト受けるべく冒険者ギルドに集まっていた。

 グレイは昨日のイラつきと二日酔いが相まって、朝から冒険者ギルドに来るなり受付にいたマリアに当たっていた。何やらツブツと文句を言っていたが、リアーナが帰る時にたまたま居合わせ、困っていたマリアはリアーナに助けられたのだった。

 そしてリアーナが上手く話を済ませると、納得したグレイは大人しく離れた椅子に腰を掛け、そのまま眠りについていた。

「グハハハ! 雑魚は雑魚同士で引き寄せ合うものだ!」
「確かに、間違いないわね」
「雑用と訳アリでパーティ組んで何するんだよな全く!」

 ギルドに集まったラミア達はゆっくり休めたのかいつも通りのテンションだ。ルカとレベッカの噂話をして盛り上がっている。何時しか眠っていたグレイもその話し声で目が覚めラミア達の元に行ったが、どうも話しに入るテンションではない様子である。

 その時、ギルドにいた他の冒険者達の話がグレイ達に聞こえた――。

「なぁ、お前も聞いたか⁉」
「何がだよ」
「あのFランクのルカって言う冒険者がここ最近、グリフォンとベヒーモスを連続で討伐したらしいぞ!」
「え⁉ グリフォンとベヒーモスを⁉ そんなの何かの間違いだろ……。しかもルカってFランクの奴だろ?」
「ああ、そうだよ!しかもコレ本当の話らしいぜ!再診断でSSSランクになって黒色のタグをマスターから貰ったらしいんだよ! しかも更に驚け!何とどっかのSランクパーティが倒せなかったソンモンキーの突然変異個体を、いとも簡単に倒したらしい!」
「は⁉ 凄いなそりゃ!」

 会話を聞いたグレイ達は互いに目を見合わせていた。

「嘘でしょ……?」
「いやいや、そんな訳ないって。有り得ない」
「だったら今の話はなんなんだ?」
「それは分からねぇけど……」
「討伐したのはヤバい子の方じゃない?」

 グレイ達もまるで理解が追い付かない。彼らにとってはとても信じられない話だからだろう。

 徐にギルド内を見渡すと、よくよく見ればギルド中の冒険者達がルカ達の話題で持ちきりであった――。

「絶対有り得ねぇだろそんなの……!どんな卑怯な手を使ったんだ」
「そうよね。ルカは討伐どころかまともに戦える訳がないわ! 雑用しか出来ないんだから!」
「グハハハ、遂に何やら姑息な手を使い出したか」
「じゃなきゃ有り得ないわよ。……ってグレイ、何時まで黙ってんの?」

 終始黙っていたグレイにラミアが声を掛けた。
 だがグレイはまだ話す調子ではない。昨日の事と優れない体調のせいで体が重かった。しかもまだグレイは昨夜の薬草や素材の処理が出来なかった事にモヤモヤしている。

(くっそ……。俺だってあの程度本来なら出来るんだよ……。今までずっとやる機会がなかっただけだ。俺はパーティのリーダーで皆をまとめていたからな。
あんな雑用直ぐに覚えられる。役立たずのルカと違って俺は何でも出来るんだからよ……!)

 一心不乱に雑念を取り払ったグレイは、開き直ったお陰で何時も通りの調子を取り戻した様だ。勝手に傷ついたプライドも修復したらしい。

「悪い悪い、ちょっと酒が残っていてな。もう大丈夫だ!
なぁに、ルカの事は絶対に何かの間違いさ。お前らの言うようになにか卑怯な手を使ったんだろう。追い込まれればネズミも知恵を絞るからな。
普通に考えろよ、あのルカだぜ? ずっと俺達の雑用しかしてこなかったアイツが、どうやってモンスター討伐するんだよ。スライム1体召喚出来ない無能の召喚士がよ!」

 本調子に戻ったグレイの言葉に、ラミア達もすっかり納得した表情を浮かべていた。

「だよな! あのルカが倒せる訳ねぇ。一瞬でも疑った俺が馬鹿だったぜ!」
「キャハハ、全くだわ! 」
「他の奴らはルカの実力をまともに知らない。だからこんな根も葉もない噂に泳がされてるんだ」

 グレイ達はこれ以上ないくらい頷いて納得していた。

「その通りだ。俺達が倒せなかったソンモンキーを、どうやったらついで感覚で倒せるんだよ。しかもやっぱり突然変異の個体“らしい”じゃねぇか!
全く……誰だよこんな噂広めたのは? でたらめもいい所だぜ」
「下らない時間を使ったな。早く次のクエストに行こうぜグレイ」

 グレイ達はこの事実を信じる訳がなかった……。
 そして、この確かな噂を広めた者がリアーナである事も、当然グレイ達は知る由もないのだ――。

「次は確実に仕留めるぞ。回復薬も大量に持ってモンスター除けも買おう。万全の状態でクエストに行かねぇとな。もし失敗すればAランクへ“降格”になっちまうぞ」

 そう。
 パーティーランクはギルドで定められた基準値に沿ってランク付けされている。クエストの達成数や討伐実績などがパーティランクに反映される決まりになっているのだ。クエストを成功させればポイントが付与され、失敗すればポイントは減る。この獲得したポイントによってパーティランクも上がったり下がったりするのだ。

 グレイ達はSランクパーティになったものの、最近のクエスト失敗の連続でポイントはギリギリ。まさにこれから受けようとしているクエストで失敗してしまうと、Aランクパーティに降格してしまうのだ――。

 良くも悪くもSランクパーティは目立つ存在。
 もしAランクパーティに降格するような事になれば、たちまち今のルカ達の話題同様、ギルドや他の冒険者達の注目の的となってしまうだろう。

「今日は何がなんでもこのAランククエスト成功させるぞ!」

 こうしてグレイ達は目的のモンスターを討伐するべく、昨日同様ウォール湖へと足を運んだ――。

♢♦♢

~ウォール湖~

「――何やってんだお前ら!真剣にやれッ!」

 綺麗な湖を前に、突如グレイの怒号が響いた。

 今回の討伐対象はウォール湖に生息する“ネッシーマン”であった。
 湖の中に生息するネッシーマンは首の長いAランク指定のモンスター。

 湖まで辿り着き、目的のネッシーマンを見事見つけたグレイ達は何時もの連携攻撃を仕掛けた。そしてしっかりと攻撃は決まったのだが、またして倒しきるまでには至らなかった――。

 反対に、今度は攻撃されたネッシーマンが魔力を高め陸にいるグレイ達に突っ込んで行った。

『ギヴォォォォ』
「クソがッ! だから何で倒せねぇんだよッ! 真面目にやれ馬鹿共!
「何が馬鹿だ! こっちは真面目にやってるだろうがよ!」
「俺だっていつも以上に魔力を込めているぞ!」
「そうよ! アンタこそちゃんと止め差しなさいよグレイッ!」

 今回は回復薬も多く持ってきた。
 余計な出費だがモンスター除けも買った。
 ここまで来るのに体力も消費しなかった。

 それなのに倒せない現状に皆はただ焦り困惑し、その後も闇雲に必死で攻撃し続けた。暫く経って不意に冷静になったグレイが気付く。 

「おい、皆の攻撃がバラバラだ! もう1度しっかり連携を取って確実に決めるぞ!」

 グレイの指示で最後の連携攻撃を繰り出した一行は、これまで何百回とやってきた得意の連携攻撃を今度こそネッシーマンに決めた――。

「よし!これでどうだッ!」

 いつの間にか回復薬も使い切り、最後の魔力を振り絞って繰り出した連携攻撃。確実に攻撃は命中しネッシーマンにダメージを与え、その巨体は湖に静かに沈んでいった。

 ……かに思われたが、突如湖面がバチバチと光り出した。

『ギヴォォォォ!』
「なにッ……⁉」

 湖の中から勢いよく姿を現したネッシーマンは、倒されるどころか得意の雷攻撃を口からグレイ達に放つのだった。

「に、逃げろぉぉッ……!!」

 全員がその場から走り去った。全員が我先にと……。

 途中で誰かが躓いたが立ち止まらない。

 事もあろうか、リーダーであるグレイは誰よりも自分の命が大事であったのだ――。









 こうして、グレイパーティーはまたもクエスト失敗。

 Aランクへの降格が決まった――。

♢♦♢

~冒険者ギルド~

 リアーナさんの依頼を達成した俺達はギルドに戻った。
 受付のマリアちゃんに「特に変わった様子は無かった」と調査結果を報告していると、突如ある男がレベッカに声を掛けてきた。

「――おい、レベッカ! お前Sランクになったと言うのは本当か?」

 ニヤニヤしながら急に現れたこの男。何処かで聞いた事のある声だと思ったら、レベッカの元パーティの奴だ。話し掛けられたレベッカも一瞬で不快そうな顔つきになっていた。

「何ですか?」

 口調と雰囲気から怒ってるのが分かる。
 そりゃそうだ。レベッカに幾らか非があるとは言え、あんな場所で急に捨てられたんだからな。

「それが本当ならパーティーに戻って来い! 歓迎してやるぞ」
「……結構です」

 馬鹿なのかこの男は……。自己中にも程がある。不愉快だな。

「ガハハハ! そんな奴とパーティー組んだって良い事ないだろ。俺達はAランクパーティなんだからよ」
「例え貴方達がSSSランクでも私は戻りません。そもそもそういう問題じゃないんです。私はルカとしか組みませんから、もう話し掛けないで下さい」

 おー。凄い怒ってるなレベッカ。こんなに怒れる子なんだ……。って言うか俺としか組まないってヤバいな。嬉しくて思わず顔が緩みそうだ。

「なんだお前ッ! 急に偉そうになりやがったな! 強気な女も嫌いじゃない。リーダーの俺が戻って来いって命令してるんだから大人しく戻れよ!」

 ――ガシッ……!
「……⁉」

 男がレベッカの腕を掴もうと手を伸ばしたが、俺はそれよりも早く男のゴツイ腕を掴んでいた。

「てめぇ、何レベッカ触ろうとしてるんだコラ――」
「あぁ?」

 気が付いたら反射的に手が出ていた。今更引っ込める訳にもいかないし、そのつもりも毛頭ない。

「俺のパーティに手を出すな」
「お前には関係ねぇだろうがッ! 離しやがれ!」

 怒る相手に対し、俺も相当怒っているが妙に落ち着いた気分でもあった。
 男は俺が掴んでいる手を思い切り振り払うと、再びレベッカへと手を伸ばした。

「<――触るんじゃねぇ>」
「「……ッ⁉⁉」」

 男の態度にキレた俺は、無意識にジークの覇気を放っていた――。

 簡単に言えばこの力は竜神王ジークリートの“威圧”。コレを向けられた相手はその圧倒的な威圧から恐怖が生まれ、動けなくなるのだ。

 凄い力業だから余り好きじゃない。滅多に使わないし、人に向けたのも始めてだ多分……。案の定、俺より遥かに図体のデカいこの男も全身が震えている。

「あ、あぁ……⁉」

 俺を見ながらどんどん顔も青ざめていく。
 ジークの覇気の影響を受け、コイツだけでなく周囲にいる者達にも影響が出てしまっていた。

「次レベッカに手を出したら殺す――」

 最後に一睨みしながら奴を脅すと、男は膝から崩れ落ちその場で失禁したのだった。

「ル、ルカ! もう私は大丈夫だから、ね、落ち着いて……?」

 無意識に周囲に覇気を放っていた俺だったが、レベッカには向けていなかった様だ。1人だけ無事であったレベッカがそっと俺の手を掴み鎮めてくれた。

 彼女の温もりによって俺もハッと我に返った。


「あ、ああ……ごめんレベッカ。大丈夫か?」
「私は大丈夫! ルカももう平気?」

 微笑みながら言うレベッカを見て、俺は一瞬我を忘れてキレてしまった事に急に恥ずかしさが生まれた。

 しまった。コイツだけならまだしも、関係ない人にまで影響を与えてるじゃないか……。何やってんだよ俺!

「俺も大丈夫だ。ありがとう」

 一先ず事なきを得た様だが、この雰囲気は余りにも気まずいな……。
 そんな事を思っていた俺に救いのヒーローが現れた。

「――よーし、ここらでお開きだ。皆自分のクエストに集中してくれ! それと漏らしてるお前! 事の経緯は見させてもらった。取り敢えずマスターに報告するからこっち来い」

 場を何時もの雰囲気へと戻してくれたのはジャックさんだった。
 ギルドにいた人達をそそくさと促し、まるで今の出来事が無かったかの如く対応してくれた。

「ありがとうございますジャックさん! なんとお礼を言えば良いか!」
 
 思わず俺はジャックさんにハグしながらお礼を言った。

「止めろ、くっ付くな。それにルカ。お前もマスターの所に来い。横のお嬢ちゃんもな」
「え、俺達もですか――?」


♢♦♢

~マスターの部屋~


 取り敢えずクエストの報告と処理を終えた後、俺とレベッカはジャックさんに言われた通りマスターの部屋に訪れていた。

 そして、部屋に入るなり何故か4人の者達がマスターの前で正座をしていた。コレは何か見てはならぬものを見てしまったのでは……と思いながら恐る恐る部屋に入り状況を確認すると、正座していた1人はさっきひと悶着あったレベッカの元パーティのリーダー男だった。

「――先ずはリアーナの依頼を受けてくれてありがとうルカ君。それにレベッカ君もね。その話を聞きたい所だが、先に“こっち”を処理しようか」

 マスターはそう言うと、俺達をソファへと座るよう促した。

「疲れている所申し訳ないね。早速だが、レベッカ君……。もし嫌でなければ、君がパーティーから外された時の事を詳しく聞かせてほしい。

彼らから聞いた話だと、何やら君が魔力を吸い取った後に、勝手に森の奥へと走っていなくなってしまい、姿が分からなくなったと言っておるのだが……。コレは事実かな?」

 成程。さっきのひと悶着でレベッカの元パーティの奴らが事情聴取でもされたのか。そしてその事実を確認する為に俺達も呼ばれたと。

「いえ、違います……。確かに皆さんの魔力を吸い取ってしまいましたけど、私は自分で走り去ったのではなく、森の中で突如追放されてしまい、あのばに置いて行かれました……」
「成程ね。では、今しがたの受付前の騒ぎはどういった経緯だったかね? 分かる範囲で聞かせておくれ」
「あ、はい。私とルカがクエストの報告をしていると、当然彼にパーティーに戻って来いと言われました。なのでお断りをしたら無理矢理腕を掴まれそうになり、それをルカが止めてくれたんです」

 マスターはジャックさんに「事実かね?」と目配せで確認を取る。

「そうですね。それにさっきこのお漏らしを連れて行く際、気が動転していのか知りませんが、彼女を力尽くで自分の女にするつもりだったとも呟いていましたよ」

 覇気の影響で意識が朦朧としたのか、ジャックさんの言葉に男は目を見開いて茫然としていた。

「成程成程。ではルカ君は仲間を助けようと“力を使った”訳だね?」
「はい……すみません」

 俺は何故か謝っていた。
 マスターの何処か棘のある言葉が無意識にそうさせたのだろう……。だが今回は俺も悪い。無暗に人に使う力ではないんだから。

「うむ、よく分かった。それでは“処分”を言い渡そう――」

 マスターは突如冷たくそう言い放った。

「君達はメンバー全員、このドラシエル王国より追放とする。金輪際王国に立ち入る事を私が許さない」
「そ、そんなッ……⁉」
「そしてルカ君――。
君は仲間の為とは言え、不用意に関係ない者達にまで危害を加えた。よって1週間の謹慎処分を言い渡す」
「……分かりました」

 これでも罰にしては軽過ぎる。俺は無関係の人を傷付けてしまったんだから……。今回の事は猛省しなくちゃいけない。

「王国から追放なんて噓ですよね⁉」
「そ、そうですよ! 私には普通に家族がいます……!」
「責任はリーダーのコイツ1人だろう!何故俺達まで⁉」

 当たり前かの如く、レベッカの元パーティの奴らは納得していない。

「ハハハ、面白い事を聞く者達だ。自分が捨てたのならば、それはまた自分も誰かに捨てられるという事だ。
逆に何故自分達は捨てられぬと思った?勘違いも甚だしい。私の管理下で最も重い罪は、仲間や家族を裏切り見捨てる事だ!そんな奴らは冒険者を名乗るでないッ!
当たり前の事が出来ぬ自己中な冒険者など、いればいる程迷惑でしかないわ――」

 マスターの言葉に、もう誰も反論する者はいなかった――。



~冒険者ギルド~

 レベッカの元パーティがドラシエル王国から追放されて早3ヶ月が経っていた――。

 俺は1週間の謹慎期間が終わった後、再びレベッカとクエストを受け続ける日々を送り、これ以上なく順調にパーティランクを上げていった。
 
 その一方で、どうやらグレイ達はクエストを失敗し続けているらしいと小耳に挟んだが、やはりもう何とも思わなかった。


「――そう言えばルカのパーティーもうAランクに上がったってよ」
「マジで⁉ つい最近Bに上がったばかりじゃ……?」
「やっぱりSSSランクの実力は本当なのかも」
「確かにな。ルカが抜けた途端グレイのパーティーはAランクに落ちしたらしいし」
「その情報古いわよ。グレイ達は今Bランクだから」

 ギルドの食堂でもこの話題で持ちきりだったとさっきレベッカが言っていた。

 あれからグレイ達の姿を見掛けていないが、どうやら原因はそれも関係しているんだろう。プライドの高いグレイの事だから、心中穏やかじゃない状態だと手に取る様に分かる。

 この間見かけた時もなにか揉めていたみたいだし、パーティランクも落ちて皆イライラしてるんじゃないかな……?

 まぁ俺には関係ないしどうでもいいんだけど、流石Bランクまで落ちてしまうとクエストを受けなきゃ生活も出来ないだろう。Sランクなら1回のクエストで暫く困らない報酬を受け取れるけど、最近失敗してるみたいだし貯金もほぼない筈。

「――ま、そんな事どうでもいいか」
「何がどうでもいいの?」

 俺が無意識で呟いた独り言をレベッカに聞かれてしまった様だ。

「いや、何でもないよ。ただの独り言」
「そう? ならいいけど」

 何時ものようにクエストを受けるべくレベッカと話していると、突然後ろから誰かに声を掛けられた。

「君達がルカ君とレベッカさん?」
「「――!」」

 振り返ると、そこには1人の男の人がいた。
 金色の髪がさらりと伸び、とても端正な顔立ち。まるで貴族や王子のような外見をしたイケメンのお兄さん。

 そう。この人はドラシエル王国に住む者なら誰でも知っている有名人。Sランク冒険者のフリード・スターマンさんだ――。

「あ、貴方はSランク冒険者の……」
「フフフ。僕を知っていてくれて光栄だが、君がルカ君とレベッカさんで間違いないかい?」
「はい、そうですけど……」
「やっぱりそうか。じゃあ“コレ”どうぞ」

 そう言って。フリードさんは俺に封書を渡してきた。裏を見ると宛名は確かにルカ・リルガーデンとレベッカ・ストラウスと、俺達の名前が記されていた。

 封をしているラベルを何気なく確認すと、そのラベルには見覚えのある紋章が描かれていた。

 大きな盃と剣。そしてドラゴンがあしらわれたこの紋章は……。

「それ“国王”からの招待状だから――」
「「え……?」」

 やはりそうだ。見覚えがあるも何も、コレはドラシエル王国の紋章だ。見た事あるのは当然。寧ろあり過ぎて逆に直ぐ吞み込めなかった。しかも国王からなんて余計に理解不能だ。

「国王からですか⁉」
「なんで俺達に……」
「え、君達マスターから聞いてないの? 2人はマスターの推薦で、国王が毎年開催しているモンスター討伐隊に参加する事が決まっているんだよ。
ほら、ギルドの案内板にも大きく張り紙がしてあるだろう」

 そう言って指を差すフリードさんの先には、確かに案内板と“モンスター討伐隊募集”という文言の張り紙がしてあった。これは毎年開かれる、王国でも大きな行事の1つ。

 王国の行事だからしっかりと報酬は出るものの、通常のクエストよりも報酬は少ない。確かにモンスターを討伐する大事な行事ではあるが、誰でも参加出来る言わば一種のお祭りの様なものだ。

 その為参加者もそれ程多くはない。危険な討伐という訳でもないからただ経験を積みたい冒険者や王国の騎士団に入りたい者が率先して参加する。

「参加する事が決まったって……え?強制ですか?」
「そう。招待状は確かに渡したし、出発は明後日。だからしっかり準備しておいてね~宜しく」

 フリードさんはそう言って風のように去って行った。

「おいおい、嘘だろ……」

 フリードさんがこんな冗談を言いに来る訳ないと分かってはいるが、俺は一応開封して中身を確認した。すると、よく見れば恐らくこれは直筆……。まさか国王がわざわざ? しかもちゃんと討伐に参加と書かれているし。

「これはまたややこしい事になったな……」
「本当に参加なんだね」
「マズいぞレベッカ……。討伐に参加するまでに魔力コントロールを完璧にしないと」
「あ、そうだ! え……ちょっと待って、でももう時間が……!」
「それは分かってるけどやるしかない。なにせ国王直々の招待だからな」

 こうして、突然の招待により討伐に参加する事になった俺達は、何よりも先ずレベッカの魔力イーターの力のコントロールに専念した。

♢♦♢

~訓練場~


<詰めが甘い。魔法を放つ最後までするんだレベッカ>
「ごめんなさい!もう1回お願い致します!」
「余所見するなよルカ!」
「あ、はい!すみません!」

 ここはギルドの訓練場。マスターに頼み、特別に俺達の貸切にしてもらった。理由は勿論レベッカの魔力コントロール……の筈だったが、何故か俺もジャックさんに訓練されている。

 何で?

「ほら、集中しろってルカ!」
「は、はい!」

 どのタイミングだろう?気が付いたら既にこうなっていた。
 討伐隊に参加する事になったのもあるが、どうせならと、まるで暇つぶしの如く俺の訓練が始まった気がする。

 レベッカの訓練には確かに魔力の高い人達がいた方がいい。ジャックさんみたいなSランクなら多少吸われても問題ないし、いればいる程レベッカの訓練には持ってこい。

 だが今はいればいるだけ余計だ――。

 俺がジークを召喚したと知ったSランク冒険者の皆々様が物珍しそうに俺を攻撃しているからな!

 くそ……。ずっとジークの事を言えずに悩んでいた時期が馬鹿みたいだ。マスターやジャックさんは然ることながら、他のSランク冒険者の人達は皆ジークの話を聞いて驚くどころかあっさり受けれたそうじゃないか……。

 ある意味反応も実力もグレイとはまるで違う。これがSランク冒険者の実力か……。まぁ恐ろしく思うと同時に、心の何処かで嬉しさもあるのが正直な気持ち。

 だがしかし!
 今のこの特訓はあんまりだ!
 レベッカより俺の方が酷いじゃないか!

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!ジャックさんもリアーナさんもッ!それにフリードさんも会ったばっかりですし、ドルファンさんに至ってはまだ数十分前に初めましてなんですけどッ……!」
 
 そう。
 今まさに俺に攻撃を仕掛けているのは4人の猛者達。ジャックさんとリアーナさんは何時かの最終テストでも同じような目に遭わされたが、フリードさんとドルファンさんはまだ会ったばかり。しかもこっちの2人はジークの力を見たいという物珍しさだけで攻撃してきている。

 何なんだこの人達は……。

「本当にジークリートの封印を解いたとは」
「ジャックばかり攻撃していないで、僕にもやらせてくれよ」
「ダメだ。ルカは俺の弟みてぇな存在だからな。俺が1番に攻撃する」
「私も試したい超上級魔法があるので、次は変わって頂きます」

 意味が分からん――。

 もう1度言っておこう。アンタ達、マジで意味分からん事を言ってるぞ。

「じゃあ間を取って全員好きに攻撃すると言う事でいいね?」
「「OK!」」
「何もOKじゃないですよッ⁉ 頭大丈夫ですか⁉」

 お世話になっているジャックさん達に思わず暴言を吐いてしまった。だがこれは俺が正しいと思う。マスターがレベッカの訓練に付きあってるのがマジで不幸中の幸い。ジークもレベッカの方に魔力を集中させてるから何時もより俺はしんどい気がする……!

 しかもフリードさんはSランクの中でもトップの実力。マスターの次に強いんだぞ。ドルファンさんだって当たり前の如くな。これは本当に止めないとヤバい。

「皆さんちょっと落ち着いて下さッ……「――“唸れ、エクスカリバー”!」
「“炎の一閃(イグニス)”!」
「“土蛇の捕食(ソイルスネーク)”!」
「“絶対聖氷(コールド・ゼロ)”」


 俺の思いも虚しく、アホみたいな超攻撃魔法が同時に放たれた――。
♢♦♢

「レベッカ……大丈夫か?」
「う、うん……なんとか。これもルカのオリジナル薬草のお陰だね……」
「よーし……。じゃあギルドに向かうか……」

 あれから訓練は日付が変わるまで続き、少ない睡眠時間を経た俺達はこれから招待された討伐隊に参加する為、集合場所のギルドに向かった。

 体調を万全に整えるどころかもう最悪……。訓練に体力を使い過ぎて憔悴している。

 俺とレベッカはこれから討伐するとは思えない程に疲労した状態でギルドに着いた。今回の討伐は国王もいるが冒険者もそれなりに多い。全員で集合し、此処から目的地までは転移魔法で飛ぶ予定となっている。

 ギルドに到着すると、既に結構な数の人が集まっていた。ざっと200人ぐらいはいるだろうか。人混みの中で俺はフリードさんを見つけた。この討伐は国王もいるから当然Sランク冒険者が数人担当している。護衛の騎士団も然りだ。

「おはようございます……。フリードさんも参加するんですか?」
「おはようルカ君!そうだよ、今年は僕が担当だからね。後はリアーナとドルファンもいるよ」
「あ、そうですか」

 つい数時間前に俺を攻撃してきた人達がこれでもかと集まってますね。こんな早くまた顔を見るとは。申し訳ないですがちょっと距離を置きたいです。はい。

 そんな事を思っていると、もう集合時間になっていた。そこへグレイ達が小走りでやってきた。

「……! おい、何でお前がいるんだよルカ!」

 グレイは俺を見た瞬間、嫌悪感を露にしながらそう吐き捨てた。横にいるラミア達も何か言いたそうに俺を睨みつけていた。

 本当に気分を害する奴らだ。

「そんな事を言われる筋合いはねぇ。俺は国王に招待されたからいるだけだ。お前達に関係ないだろ」
「なに? 何だよお前その態度! 国王からなんてまた嘘付きやがって!最近ランクまで上げてるらしいが、一体どんな卑怯な手使ってやがるんだコラッ!」

 余程俺の事が気に入らないのか、グレイの怒りのボルテージは早くも最高潮の様子。

「嘘じゃないさ。僕がしっかりとルカ君に招待状を渡したからね」

 俺が呆れて黙っていると、フリードさんが仲裁に入ってくれた。グレイも当然この人を知っている。まだ物申したそうな顔つきであったが、諦めた様に舌打ちをしながら去って行った。

「すみません、フリードさん。助かりました」
「いや。別に僕は何もしてないよ。ただ事実を言っただけだし」

 優しく微笑んでくれたが、俺は訓練の時のあの恐怖を暫く忘れられないだろう……。

 そんなこんなで俺達討伐隊は出発したのだった――。

♢♦♢

~サンクス街~

 大人数の転移魔法はかなりの魔力を消費する為、今回の討伐の目的地である所から1番近い街に先ずは転移した。ここで1泊し、明日再び転移で目的地へと飛ぶ、他の街から向かっている別の討伐隊と合流する予定だ。

 決して大きな町ではないが、多くの商店がありとても活気づいている。討伐に参加した冒険者達はそれぞれ買い物したり観光したりと、明日の討伐前にリラックスした様子で過ごしていた。

 そんな中、俺とレベッカは俺のオリジナル薬草を補給しつつ宿で休んだ。皆と違って体調が最悪だからだ。疲れがまるで取れん。

 本当にあの人達さ、手加減って事を知らないのかな? 実力あるSランク冒険者なのに。ジークも意外と面倒見が良いというかスパルタというか……。レベッカも限界まで追い込まれたらしいからな。

 俺が宿のベッドで横たわっていると、凄い勢いで部屋の扉が開いたかと思いきや、突如リアーナさん駆け込んで来て俺を叩き起こした。

「――ねぇルカ君!ちょっと起きくれる!ねぇってば!」
「え……?な、何ですかリアーナさん……」
「こ、これッ! この“薬草”って君がオリジナルで作ったって本当なの⁉」

 凄い勢いのリアーナさんは薬草をぐっと俺の目の前まで突き出しそう聞いてきた。確かに彼女の持っているのは俺が作った薬草。訓練に付き合ってもらった皆にせめてものお返しにとあげた物だ。

「え、確かにそうですけど……それが何か? 俺疲れてるんですけど」
「どうやって作ったのコレ!」

 別に珍しくもないけど、何やら凄い知りたそうな顔をしていたので、俺は作り方を教えてあげた。

「へぇ~。その調合でこの薬草が……」
「では、おやすみなさい」

 本当に疲れていた俺は倒れる様に寝た。


~サンクス街・某所~

「――これは凄い……。普通の回復薬よりも数倍の効果があるわね。しかも状態異常も回復出来るなんて……」
「へぇ。これをルカって言う昨日の少年が作ったのか? ジークリートの召喚でも驚いたが、薬草の知識まであるとは秀才だな。もっと早く教えてくれれば今日の討伐でも用意したのにな」
「本当にルカ君はとんでもない逸材だわ……!さっき作り方は聞いたので、明日までに出来る限り私が作っておきます。手の空いている魔法使いを集めて下さい」

 眠りについた後、リアーナさんとドルファンさんがこんな話をしていたなんて、俺には当然知る由もない。

 そして……。


(――何だとッ……⁉ 普通の回復薬の数倍効果がある物だって? しかもそれをルカの野郎が作っただと⁉

どこまで有り得ない手を使ってやがるんだあのクソ。しかもこうやってSランク冒険者の奴らに媚びを売ってやがったか。どうりでルカ如きがAランクパーティまで上がった訳だ……!

畜生。あの野郎パーティを抜けても尚、俺達の邪魔をするのか。何処までイラつかせれば気が済むんだッ……!クソクソクソクソッ!

アイツさえいなければ俺達がこんな醜態を晒す事だってなかったのによッ――!!)
「今の話本当なの……?」
「有り得ねぇだろうがよ……。あのルカだぜ?」

 たまたまリアーナさんの話を聞いてしまったグレイ達が、俺のオリジナルの薬草の正体を知ったらしい。

 だが当然、寝ている俺にはこんな事態を知る由もなかった。

♢♦♢

 翌日――。
 雲1つない晴天に恵まれながら、俺達は遂に討伐の出発時間を迎えた。休んだお陰で調子も大分戻っている。討伐隊である冒険者と騎士団が皆集まり、出発直前に国王から最後の説明と激励が言い渡された。

 今年の討伐対象は“ガーゴイル”だ。
 人間の似た体つきでありながら、肉体は強靭であり悪魔の様な顔をしている。大きな翼を携え、その魔力の高さと鋭い牙と鉤爪が特徴であるSランク指定のモンスター。

 ランクの低い冒険者にとっては大変だが、Sランク冒険者が3人もいるとなれば余裕だ。他を庇いながらでも戦えるだろう。

 ガーゴイルはガメル山脈の頂上付近にある深い洞窟に生息している。
 転移魔法で山の中腹まで一気に飛んだ俺達は、そこから綺麗に隊列を組みながら山頂の洞窟を目指し進んで行った。そしてその途中で他の街から招集していた他の討伐隊とも合流。

 “本来”であれば、コレは余裕のクエスト――。

 毎年開催される王国の催し物でもあるから、命の危険に晒される事などあってはならないし、誰も望んでいない。そんなの当たり前だ。

 だが……この世に“絶対”など存在しない。

 不測の事態が起こってしまうのもまた、自然の摂理と言えようか――。





「ドッ、ドラゴンだッ……!!」





 予想だにしていなかったこの一言によって、場が一気に緊張感に包まれた。

「どうなってるんだ⁉」
「討伐するのはガーゴイルじゃないのかよ……!」
「な……何でこんな所にドラゴンがッ⁉」

 山頂を捉え、これから洞窟に入ろうとしていた俺達の行く手を阻むかの如く、誰も予想していなかったであろう“ドラゴン”が突如飛来した――。

<ほう。奴は紅翼の“ルージュドラゴン”ではないか>

 静かにそう口にしたジーク。
 全長20mは優に超えるであろう大きさと、何とも言えぬ存在感。硬そうな鱗と鋭い牙が並ぶ口元からは度々炎が漏れ出ている。全身が紅色に包まれたルージュドラゴンは天に向かって激しい雄叫びを上げた。

「あ、あれってドラゴン……だよね? 私初めて見た……!」
「俺もだ……」

 モンスターが蔓延るこの世界において、そのモンスターの中でもドラゴンはまた異質な存在だった――。

 僅か数十頭しかいないとされるドラゴン。それは存在自体が希少であり中々遭遇する事がないのだ……。

 その場にいた多くの者がドラゴンの姿に圧倒されている。

「――マズい! 全員下がれッ!!」

 ルージュドラゴンが僅かに仰け反った動きを見せた瞬間を、フリードさんは決して見逃さなかった。そして次の刹那、ルージュドラゴンから“来る”と直感で感じ取ったフリードさんは、既に反射的に大声を上げていたのだ。

 フリードさんの直感は正解。
 大声で撤退の指示を出した瞬間、ルージュドラゴンが俺達目掛けて炎の咆哮を放ってきた――。
 ――ブオォォォォッ!
「「うわぁぁぁッ⁉⁉」」

 突如現れたルージュドラゴン。そして突如放たれた凄まじい炎の咆哮。

 場は瞬く間にパニック状態となったが、一早く攻撃に反応していたフリードさんが自身の持つ魔剣エクスカリバーでその咆哮を一刀両断し、攻撃を遮った。

「今のうちにSランク以外は全員避難しろッ! 騎士団は何が何でも国王を死守! 絶対に被害者を出すなッ!」

 これがSランク冒険者の実力。不測の事態でも素早く的確な判断を下す。フリードさんはドラゴンの攻撃を遮り直ぐに皆に指示を出した。

「どうするルカ!」
「俺達も残ろう。相手がドラゴンだからって逃げたら意味がない!」
<安心しろ。主にはそのドラゴンの王がついているのだからな>

 確かに。それにしても不思議な感覚だ。ジークの言う通り、俺はドラゴンの王ともう何年も一緒にいるのに、人生でちゃんとドラゴンを見たのはこれが初めてだ。

「よし! 集まった僕達で奴を止めよう」

 この場にいたSランクは全員で6人。俺達王都から来たフリードさん、リアーナさん、ドルファンさんの3人に加え、他の街から合流した3人のSランク冒険者の人達。

 王都の俺達が1番冒険者の数も多くSランクが3人いた。王都以外の大都市3つからそれぞれSランクが1人ずつ。これがドラシエル王国が誇るSランク冒険者の面々だ。勿論まだ何人かいるが当然この場にはいない。

「1番人数の多い僕達王都組が前方から攻撃をしよう。君達は後方から頼む。そしてルカ君とレベッカさんも僕達と一緒に前方から来てくれ。いいかな?」
「「はい!」」
<それにしても“妙”だな――>

 今から攻撃を仕掛けるという瞬間に、ジークが何やら意味深な発言をした。

「どうしたジーク」
<確かに奴はルージュドラゴンに似ているが……。魔力が微妙に違うな>
「魔力が違う……?それは突如こんな所に現れたのと関係しているのかな?」

 先の訓練のお陰だろうか、ジークはフリードさんや他の人達ともいつの間にか馴染んでいた。

<もしかすると“竜石”を取り込んで進化したモンスターかもしれぬな――>
「竜石だって?」

 ジークの言葉に皆が驚いた。
 今ジークが言った竜石とは、とても珍しい石である。それを使うと大幅に魔力が増幅するし、武器に取り込む事でより強力な武器とする事も可能だ。そして何より、その竜石を稀にモンスターが体内に取り込む事案が確認されているのだが、竜石を取り込んだモンスターは進化する事も確認されている。

<元の魔力を探った感じ、アレはガーゴイルが竜石を食べたな。うむ、間違いなくガーゴイルだ>
「成程。それならこの状況にも合点がいくね」
「でも竜石なんて何処から口にしたのかしら? ここら辺で確認はされた情報はありません」
「まぁたまたま見つかっていなかったか、もしくは誰かが故意に与えたとか? それは考え過ぎか」

 ドルファンさんの何気ない発言に数秒の沈黙が流れた。
 確かに考え過ぎかもしれないが、可能性はあると皆が思っている様だ。

「一先ず詮索は後にしよう」
「そうね。奴が来るわ」

 皆が一斉に戦闘態勢に入った。
 
『ギギャャャャ!』

 再び雄叫びを上げたルージュドラゴン……正確には竜石を飲み込んだであろうガーゴイルが上げた雄叫びが合図かの如く、皆が瞬く間に魔法を放った――。

 リアーナさんの氷魔法、ドルファンさんの土魔法。そして他の人達もそれぞれ一斉に攻撃を放ち、フリードさんも奴の大きな体目掛けて斬りかかった。

 ――ガキィィンッ!
「ぐッ、硬いな!」

 フリードさんの斬撃でも奴の鱗に僅かな傷しかついていなかった。

「でも十分だ……。食らえ!」

 皆に続いて俺も雷魔法をルージュドラゴン目掛けて放った。直撃した落雷によりルージュドラゴンは全身が痺れて動けずにいる。この隙をついて後方に回っていた他の街のSランク冒険者達も一斉に攻撃を仕掛けた。

 偽物とはいえかなり頑丈だ。余計な被害を出さない為にも一気に止めを刺そう。

「フリードさん!このドラゴン、討伐しても問題ないですよね?」
「え、討伐……⁉ ハハハハ。いいよ、ルカ君の好きにして。その代わり確実に頼むよ」
「はい、ありがとうございます!」

 訓練を経て俺の実力を少しは認めてくれたのか、フリードさんは俺に任せてくれた。期待に応える為にも、そして国王や他の人達全員を守る為にも、久しぶりにちょっと本気で攻撃しよう。竜石の力とは言え、目の前のコイツはドラゴンだ。

<偽物だが久々に骨があるな>
「ああ。何時も以上の力で行く……⁉」

 魔力を練り上げ威力の魔法を放とうと思った瞬間、風に乗って僅かな匂いが運ばれてきた――。

 ちょっと待て……。
 もう他の冒険者達は既に離れている筈だ。

しかもこの匂いはッ……! おい、嘘だろ? 何故“お前達”がそこにいる! 避難したんじゃなかったのかよ……“グレイ”――!

「フリード!あっちに誰かいるぞ!」
「何だって⁉」
『ギギャャャャャッ!!』

 ルージュドラゴンが痺れから意識を取り戻した。その間に与えていた皆の攻撃のダメージが一気に押し寄せて来たのか、雄叫びと共に暴れ出した。

 そしてルージュドラゴンは怒り狂うままに、再び炎の咆哮を放つべく口を大きく開いていた。

<ドラゴンブレスが来るぞ>

 ジークの声に全員が身を護る態勢に入った。
 奴の口から放たれた豪炎はあっという間に山の一角を焼き焦がし、跡形も無く消えていた。真っ黒に焦げた跡と臭いだけを残して。

「危なかった……」

 痺れから動き出したルージュドラゴンと、まさかのグレイ達に呆気を取られ攻撃魔法を打ち込むタイミングを逃してしまった。

 何やってるんだアイツら! もしかして倒せるとでも思ってるんじゃないだろうな……⁉

 視線をルージュドラゴンから少し離れた岩場に移すと、その岩陰に隠れるグレイ達を見つけたのだ。しかもルージュドラゴンは事もあろうか既に次の攻撃態勢に入っていた。しかも標的は俺達ではなくグレイ達だ――。

「くそ……」

 一瞬でこれまでの事がフラッシュバックした。

 反射的にアイツらを助けようと体が反応したが、助けてもいいのかという迷いが俺の体を止めていた。

 アイツらは俺を毛嫌いしている。仮に助けたとしてもまた文句を言われるのがオチだ。それに今となっては俺もアイツらと関わりたいと一切思っていない。

 だが……。

 フラッシュバックした中で、俺はマスターの言葉も思い出していた――。



『……私の管理下で最も重い罪は、仲間や家族を裏切り見捨てる事だ!そんな奴らは冒険者を名乗るでないッ――!』


 
 もう仲間や家族だなんて到底思っていない。お互いにな。だがやはり見殺しにも出来ない……!

 覚悟を決めた俺は魔力を一瞬で練り上げ、ドラゴンの姿に変化した――。

 もうこれじゃないと間に合わねぇ。

「フリードさん! 奴の注意を引きつけて下さいッ!」
「了解!」

 咄嗟の事にも関わらず、察したフリードさんは援護に回ってくれた。
 ドラゴンの姿になった俺はバチバチと音を鳴らしながら雷の如き速さで瞬く間にグレイ達の所に向かった。

 ――バチバチバチバチッ!
「うわッ……!」
「な、何だ⁉」
「またドラゴン……⁉」

 突如目の前に現れたドラゴンの俺に、グレイ達は目を見開いて驚いていた。このドラゴンの正体が“俺”だとは分かっていないだろう。

「何してるんだ!ここから離れるからしっかり捕まってろ!」 

 俺はグレイ達を直ぐに背中に乗せ、ルージュドラゴンの咆哮が放たれたとほぼ同時にその場を離れ回避した。

♢♦♢

「――よし。ここならもう大丈夫だろ。直ぐに皆の所へ行けよ」

 間一髪奴のドラゴンブレスを躱した俺はそのまま山を下り、安全な所でグレイ達を降ろした。既に避難していた討伐隊はもう目と鼻の先だからグレイ達はもう大丈夫。フリードさんが相手してくれているから俺も早く戻らないと。

「……じゃあな“グレイ”」

 俺は無意識にそれだけ言い残し、急いでフリードさん達の元へ向かった――。


~ガメル山脈~

 時間は少し遡り、転移魔法でガメル山脈に着いた頃――。

 グレイ達はガーゴイル討伐の為組まれていた隊列の半分から後ろにいた。この隊列は1番先頭と最後尾に実力のある者が配置されており、フリードや他の街のSランク冒険者、そしてルカとレベッカはこの先頭グループに配置されていた。最後尾も同様にリアーナや他の街のSランク冒険者が配置している。

 そして、それ以外の討伐隊は特に決まりはないが、自然と実力順に並んでおり、グレイ達は半分よりも後ろの隊列に配置されていたのだ。

(畜生ッ、何で俺達がこんなに後ろに配置されてるんだよ……!しかも何故ルカがあんな先頭にいるんだ! アイツは一体何をしてやがるッ!)

 グレイはもう全てが気に入らなかった。ルカの事も今の自分達の現状も……。何故こうなったと考えると、いつも最終的に辿り着く答えがまたルカだ。そこでまたイライラが募る、余りに見当違いな負の無限ループにハマっていたのだ。

 そんな調子でも一行はどんどん山を登っていき、頂上を捉えた辺りで当然先頭の方が何やら騒がしくなったのに気付いた。

 覗き込む様に前方を確認するグレイ達。
 すると、紅色に輝く大きな物体が動いているのを僅かに視界に捉えた。

「ド、ドラゴンだ……⁉」
「――マズイ!全員下がれッ!!」

 先頭からフリードの声が響き渡った。それと同時に聞こえた“ドラゴン”という言葉。場は瞬く間に戸惑いと困惑が生まれ、状況を瞬時に悟った皆が一斉に避難を始めるのだった。

「うわぁぁぁぁ!」
「ドラゴンが現れた⁉」
「早く下がれぇぇ!逃げるんだ!」

 ドラゴンの相手などSランク冒険者でも非常に困難。最早ほぼ全員が逃げると言う選択肢以外なかったのである。だが……グレイは全く逃げる素振りを見せなかった――。

(コレは願ってもないチャンスじゃねぇか……!あのドラゴンを討伐すれば一気にランクアップも夢じゃない!それどころか、国王がいるこの場で実力を認めさせれば、直属の護衛や騎士団に入る事も出来るぞきっと!)

 ピンチはチャンスなどとはよく言ったものだ。これは決して都合の良い言葉ではない。ピンチという逆境を乗り越えられる力がなければ、時にそれはただの無謀であり、勘違いも甚だしい滑稽な話となる――。

「おい、お前ら! あのドラゴンを俺達で討伐するぞ!」
「は⁉ 何言ってるんだよお前」
「そうよ、相手はドラゴンなのよ⁉ 勝てる訳ないでしょ!」
「それは無謀過ぎるぞグレイ!」

 グレイ以外の3人の判断はこの時確かに正しかった。いや、グレイの判断が可笑しいのだ。その証拠に、他の者達は全員が避難しよう今まさに慌てて下っている最中。

「それは俺も分かってる!だがよく考えろ、ここでもし俺達がドラゴンを討伐すれば、一気に俺達の実力が知れ渡り、地位も名声も戻るんだぞ!
しかも今は国王もいる。もし認められれば一生遊んで暮らせる未来がまってるんだ!俺達なら絶対に出来る!」
「それはそうかもしれないけど……相手はあのドラゴンだぞ……⁉」
「ドラゴンだから認められるんだろうが! お前らは逆にこのままでいいのかよ? ギルドに戻る度に笑われたり避難されてよ。ずっとこの状況で生きてくのか?」

 グレイの言葉もまた正しかった。
 ラミア達も今の自分達の状況から一刻も早く抜け出したかった。他の冒険者達から白い目で見られ、肩身の狭い思いをしていたからだ。クエストも失敗続きでもう本当に余裕がない。こんな現状を打破するには確かに一発逆転の大チャンスをものにしなくては到底不可能。

 そして……。

 逃げ一択から葛藤が生まれ。グレイの言葉に心が揺らいでしまった――。

「……くそ、分かったよ。行けばいいんだろ……」
「お前まで行く気になったのか? だったらしょうがねぇ。俺も行くぞ」
「え、本当に皆行くの?なら私も行くわよ」
「決まりだな! なら直ぐに行くぞ。幸い身を隠せる岩場が多い。ギリギリまで近づいて奇襲を掛ける――」

 こうしてグレイ達はルージュドラゴンの元へと向かった。

 そしてその事に気付く冒険者は誰もいなかったのだ……。

「……よし。かなり近づいたぞ」

 上手く身を隠しながらルージュドラゴンに近づいたグレイ達。もう自分達の目の前という所まで来たが、ドラゴンはその大きな巨体と岩場が相まって完全に死角の位置だった。

 今はSランク冒険者達が総攻撃を仕掛けている。

 ルカの攻撃で痺れているルージュドラゴンを見たグレイは、それが誰の攻撃かは知る由もなかったが、動けないそのドラゴンの姿を見て“攻撃が通じる”と思っていた。

「近づいたはいいが、ここだとドラゴンのケツ部分しか攻撃できないな」
「やっぱ一撃で仕留めるなら頭狙わないと」
「取り敢えず攻撃出来る場所狙えばいいんじゃない? 私が遠距離から攻撃してこっち向かせるわよ」
「よし、じゃあ奴がこっち向いた瞬間を狙って何時もの連携ッ……『――ブオォォォォッ!』

 グレイ達が作戦を練っていると、突如猛烈な熱波が4人を襲った。
 焼ける様なルージュドラゴンの炎がすぐ側を通り過ぎ、辺り一帯を消し飛ばしてしまった。

「「……ッ⁉⁉」」

 圧倒的な格の違い――。
 見せつけられてしまった余りの恐怖に、最早グレイ達は言葉を失い動けずにいた。ただひたすらガクガクと小刻みに体が震えている。

 今のドラゴンブレスによって隠れる岩場が何もなくなってしまったグレイ達は、突如暴れ出したルージュドラゴンに見つかった。だが当の本人達は呆気に取られそれにすら気付いていない。

 次の瞬間何とか我に返ったグレイであったが、時すでに遅し……。

 グレイ達を見つけたルージュドラゴンは大きな口を開け、既に次のドラゴンブレスを放つ直前であった。



(やべ……。死ぬ――)




 グレイはそう悟るのが精一杯だった。

 諦める1秒すら与えられない。

 もう何も考える事すら出来なかったグレイ達。

 ただ死を受け入れるしかなかったまさにその刹那、ルージュドラゴンの炎より先に“何か”が突然目の前に現れたのだった。



「――何してるんだ!ここから離れるからしっかり捕まってろ!」 



 これは夢だろうか……。
 奇しくもグレイ達は全員が同じ事を思っていた。

 突然現れたのは光り輝くドラゴン。しかも人の言葉を話したかと思いきや直ぐに腕で捕まれドラゴン背に乗せられた。

 そして、グレイ達は気が付いたら山の何処かにいた――。

♢♦♢


「――よし。ここならもう大丈夫だろ。直ぐに皆の所へ行けよ」

 突如現れたドラゴンはそう言うなり、グレイ達を背から下ろした。

 未だに状況を理解出来ない4人は茫然としている。
 徐に辺りを確認したラミアは、視界の上の方でルージュドラゴンの姿を見つけた。反対方向には多くの冒険者達の後姿が。

「……じゃあな“グレイ”」

 ドラゴンは静かにそう呟いた瞬間、バチバチと音を鳴らしながら一瞬で消え去ってしまった。

「ルカ……?」

 ドラゴンの正体は当然知らない。だがグレイの口からは自然とルカという名前が零れていた。そして無意識ながら自分で口に瞬間、今までグレイの奥底で引っ掛かっていたモヤモヤがスッと解消された――。




『あのさ、唐突な話なんだけど……竜神王ジークリートって知ってるだろ?あの伝説の』
『まぁ名前は確かにな。でもあんなの大昔のお伽話だろ。それが何だ?』
『ああ、実はこの間のモンスター軍の襲撃で俺死にかけたんだ。でも、その時にあのジークリートを召喚出来てさ、命も助かった挙句に相当強い力まで手に入れたんだ――』




 グレイの脳裏に過る、あの日のルカとの会話……。

(あれは本当の事だったのか……? アイツは本当にあの竜神王ジークリートを召喚していたのかよ……。スライム1体召喚出来ない召喚魔法でか……? 嘘だろ……)

 信じ難いが、そう思うとどんどんモヤモヤが晴れていく感覚を感じたグレイ。

「何でかしら……。あのドラゴンが何でかルカに思えたんだけど私……」
「お、俺もッ……!ハハ、でも有り得ないだろ」
「俺も何故か感じたぞ。しかもアイツ最後にグレイの名を……」

 ラミア、ブラハム、ゴウキンの3人もルカを感じていた。理由も根拠も全く無い。仮にそうだと言われても逆に信じられないが、確かにそう思った。

 そしてこの3人が抱いた違和感を、グレイが一蹴するのだった。

「間違いねぇ。あれはルカだ――」

 全てを理解したグレイが、まるで付き物が落ちたかの如くそう言った。自分でも受け入れて口にした事で、今までのモヤモヤが解消されスッキリとした表情になっていた。

 そして――。

「俺達冒険者はモンスターを討伐する事が目的……。なのにあのルカの野郎、討伐どころかあのジークリートを召喚して、まるで自分の力の様に使ってやがるじゃねぇか……!」

 様々な感情が全てリセットされたグレイ。スッキリとした彼の心に新たに芽生えたのは、ルカに対する“怒り”であった――。