~冒険者ギルド~

「――おい、聞いたか? ルカの野郎、あの使えない奴と組んだらしいぜ?」
「え、それってこの間話していた子? なんか人の魔力吸って使えなくしちゃうとかいう……」

 チャイルドベアーの討伐が失敗に終わったグレイパーティは、また新たなクエスト受けるべく冒険者ギルドに集まっていた。

 グレイは昨日のイラつきと二日酔いが相まって、朝から冒険者ギルドに来るなり受付にいたマリアに当たっていた。何やらツブツと文句を言っていたが、リアーナが帰る時にたまたま居合わせ、困っていたマリアはリアーナに助けられたのだった。

 そしてリアーナが上手く話を済ませると、納得したグレイは大人しく離れた椅子に腰を掛け、そのまま眠りについていた。

「グハハハ! 雑魚は雑魚同士で引き寄せ合うものだ!」
「確かに、間違いないわね」
「雑用と訳アリでパーティ組んで何するんだよな全く!」

 ギルドに集まったラミア達はゆっくり休めたのかいつも通りのテンションだ。ルカとレベッカの噂話をして盛り上がっている。何時しか眠っていたグレイもその話し声で目が覚めラミア達の元に行ったが、どうも話しに入るテンションではない様子である。

 その時、ギルドにいた他の冒険者達の話がグレイ達に聞こえた――。

「なぁ、お前も聞いたか⁉」
「何がだよ」
「あのFランクのルカって言う冒険者がここ最近、グリフォンとベヒーモスを連続で討伐したらしいぞ!」
「え⁉ グリフォンとベヒーモスを⁉ そんなの何かの間違いだろ……。しかもルカってFランクの奴だろ?」
「ああ、そうだよ!しかもコレ本当の話らしいぜ!再診断でSSSランクになって黒色のタグをマスターから貰ったらしいんだよ! しかも更に驚け!何とどっかのSランクパーティが倒せなかったソンモンキーの突然変異個体を、いとも簡単に倒したらしい!」
「は⁉ 凄いなそりゃ!」

 会話を聞いたグレイ達は互いに目を見合わせていた。

「嘘でしょ……?」
「いやいや、そんな訳ないって。有り得ない」
「だったら今の話はなんなんだ?」
「それは分からねぇけど……」
「討伐したのはヤバい子の方じゃない?」

 グレイ達もまるで理解が追い付かない。彼らにとってはとても信じられない話だからだろう。

 徐にギルド内を見渡すと、よくよく見ればギルド中の冒険者達がルカ達の話題で持ちきりであった――。

「絶対有り得ねぇだろそんなの……!どんな卑怯な手を使ったんだ」
「そうよね。ルカは討伐どころかまともに戦える訳がないわ! 雑用しか出来ないんだから!」
「グハハハ、遂に何やら姑息な手を使い出したか」
「じゃなきゃ有り得ないわよ。……ってグレイ、何時まで黙ってんの?」

 終始黙っていたグレイにラミアが声を掛けた。
 だがグレイはまだ話す調子ではない。昨日の事と優れない体調のせいで体が重かった。しかもまだグレイは昨夜の薬草や素材の処理が出来なかった事にモヤモヤしている。

(くっそ……。俺だってあの程度本来なら出来るんだよ……。今までずっとやる機会がなかっただけだ。俺はパーティのリーダーで皆をまとめていたからな。
あんな雑用直ぐに覚えられる。役立たずのルカと違って俺は何でも出来るんだからよ……!)

 一心不乱に雑念を取り払ったグレイは、開き直ったお陰で何時も通りの調子を取り戻した様だ。勝手に傷ついたプライドも修復したらしい。

「悪い悪い、ちょっと酒が残っていてな。もう大丈夫だ!
なぁに、ルカの事は絶対に何かの間違いさ。お前らの言うようになにか卑怯な手を使ったんだろう。追い込まれればネズミも知恵を絞るからな。
普通に考えろよ、あのルカだぜ? ずっと俺達の雑用しかしてこなかったアイツが、どうやってモンスター討伐するんだよ。スライム1体召喚出来ない無能の召喚士がよ!」

 本調子に戻ったグレイの言葉に、ラミア達もすっかり納得した表情を浮かべていた。

「だよな! あのルカが倒せる訳ねぇ。一瞬でも疑った俺が馬鹿だったぜ!」
「キャハハ、全くだわ! 」
「他の奴らはルカの実力をまともに知らない。だからこんな根も葉もない噂に泳がされてるんだ」

 グレイ達はこれ以上ないくらい頷いて納得していた。

「その通りだ。俺達が倒せなかったソンモンキーを、どうやったらついで感覚で倒せるんだよ。しかもやっぱり突然変異の個体“らしい”じゃねぇか!
全く……誰だよこんな噂広めたのは? でたらめもいい所だぜ」
「下らない時間を使ったな。早く次のクエストに行こうぜグレイ」

 グレイ達はこの事実を信じる訳がなかった……。
 そして、この確かな噂を広めた者がリアーナである事も、当然グレイ達は知る由もないのだ――。

「次は確実に仕留めるぞ。回復薬も大量に持ってモンスター除けも買おう。万全の状態でクエストに行かねぇとな。もし失敗すればAランクへ“降格”になっちまうぞ」

 そう。
 パーティーランクはギルドで定められた基準値に沿ってランク付けされている。クエストの達成数や討伐実績などがパーティランクに反映される決まりになっているのだ。クエストを成功させればポイントが付与され、失敗すればポイントは減る。この獲得したポイントによってパーティランクも上がったり下がったりするのだ。

 グレイ達はSランクパーティになったものの、最近のクエスト失敗の連続でポイントはギリギリ。まさにこれから受けようとしているクエストで失敗してしまうと、Aランクパーティに降格してしまうのだ――。

 良くも悪くもSランクパーティは目立つ存在。
 もしAランクパーティに降格するような事になれば、たちまち今のルカ達の話題同様、ギルドや他の冒険者達の注目の的となってしまうだろう。

「今日は何がなんでもこのAランククエスト成功させるぞ!」

 こうしてグレイ達は目的のモンスターを討伐するべく、昨日同様ウォール湖へと足を運んだ――。

♢♦♢

~ウォール湖~

「――何やってんだお前ら!真剣にやれッ!」

 綺麗な湖を前に、突如グレイの怒号が響いた。

 今回の討伐対象はウォール湖に生息する“ネッシーマン”であった。
 湖の中に生息するネッシーマンは首の長いAランク指定のモンスター。

 湖まで辿り着き、目的のネッシーマンを見事見つけたグレイ達は何時もの連携攻撃を仕掛けた。そしてしっかりと攻撃は決まったのだが、またして倒しきるまでには至らなかった――。

 反対に、今度は攻撃されたネッシーマンが魔力を高め陸にいるグレイ達に突っ込んで行った。

『ギヴォォォォ』
「クソがッ! だから何で倒せねぇんだよッ! 真面目にやれ馬鹿共!
「何が馬鹿だ! こっちは真面目にやってるだろうがよ!」
「俺だっていつも以上に魔力を込めているぞ!」
「そうよ! アンタこそちゃんと止め差しなさいよグレイッ!」

 今回は回復薬も多く持ってきた。
 余計な出費だがモンスター除けも買った。
 ここまで来るのに体力も消費しなかった。

 それなのに倒せない現状に皆はただ焦り困惑し、その後も闇雲に必死で攻撃し続けた。暫く経って不意に冷静になったグレイが気付く。 

「おい、皆の攻撃がバラバラだ! もう1度しっかり連携を取って確実に決めるぞ!」

 グレイの指示で最後の連携攻撃を繰り出した一行は、これまで何百回とやってきた得意の連携攻撃を今度こそネッシーマンに決めた――。

「よし!これでどうだッ!」

 いつの間にか回復薬も使い切り、最後の魔力を振り絞って繰り出した連携攻撃。確実に攻撃は命中しネッシーマンにダメージを与え、その巨体は湖に静かに沈んでいった。

 ……かに思われたが、突如湖面がバチバチと光り出した。

『ギヴォォォォ!』
「なにッ……⁉」

 湖の中から勢いよく姿を現したネッシーマンは、倒されるどころか得意の雷攻撃を口からグレイ達に放つのだった。

「に、逃げろぉぉッ……!!」

 全員がその場から走り去った。全員が我先にと……。

 途中で誰かが躓いたが立ち止まらない。

 事もあろうか、リーダーであるグレイは誰よりも自分の命が大事であったのだ――。









 こうして、グレイパーティーはまたもクエスト失敗。

 Aランクへの降格が決まった――。