「――お前もう要らねぇぞ」
これが今日1番最初に俺の耳に響いてきた言葉。
何気ない日常。何気ない風景。何気ない仲間。そんな何気ない今日という1日。俺は何時もの様に冒険者ギルドに足を運んでいた。これが何時ものルーティーン。
俺が冒険者ギルドに着くと、今日は珍しく皆の方が早かった。先日クエストを終えた俺達は、今日また新しいクエストを受ける為にギルドに集まっている。これも何時もの流れだ。
ただ唯一違ったのは、何時もは大抵俺が1番最初にギルドに着くにも関わらず、今日は何故か俺よりも早く仲間がいた。それも俺以外の全員が揃って。つまり俺が最後という事だ。
ここ数年こんな事なかったよな……。今日って何か大事なクエストだったか?それとも何か大事な予定?
「皆、おはよう。今日は早いね。何かあった?」
声を掛けても恐らく返事は返ってこないだろう。パーティのお荷物だと思われているであろう俺は無視されるのが殆ど。だが今日は何とも不思議な日だ……。皆俺より先に集まっているし、俺に言葉を返してきた。
それも全員がしっかりと俺を見て――。
「お前もう要らねぇぞ」
パーティのリーダーであるグレイがそう言った。これが今日1日の始まり。
「え……?」
「は? 何だよルカ。この距離で聞こえなかったのかよ」
いやそうじゃない。今なんて……?
余りに唐突過ぎて言葉が理解出来ない。要らないって、何が要らないんだ。
グレイの言葉とこの場の雰囲気に、俺の脳裏には一瞬“まさか”が過っていたが、当然の如くそんなのは信じたくない。突如吐き捨てるかの様に言われたその言葉に、俺は胸が締め付けられる思いで聞き返した。
「いや、聞こえたけどさ、要らないって……何が?」
「本当に鈍い奴だな。要らないって言ったら“お前しか”いないだろ? もうこのパーティーには要らねぇって言ってんだ! 目障りだから消えろ。これからは1人で勝手に生きろや!」
続いてそう罵声を浴びさせてきたのは槍使いのブラハムだった。
冗談だろ?
これはつまり、皆が俺をもう不必要だと……パーティーから出て行けと言われているのか? 何で?
「え、ちょっと待ってよ、俺1人って……!」
モンスターがそこかしこに蔓延るこの世界でパーティを組まずにソロで生きていくなんてあんまりだ。4、5人でパーティーを組むのが常識なのにさ。
「お前みたいなFランクの最弱冒険者なんて必要ないよ。しかも召喚士のくせにスライム1体も召喚出来ないなんて終わってるね」
「いや、だからそれはッ……「無能は勝手に喋るな! これは皆で話し合った決定事項なのさ、Fランクの召喚士君。ハッハッハッ!」
反論も虚しく、皆まで言う前に遮られてしまった。
確かに俺の冒険者ランクは最も低いFランク。冒険者は皆生まれ持った才能やセンスによって魔力値が定められており、この魔力値が高ければ高い程当然ランクも上がって実力も強いのだ。
そして魔力値は余程の事がない限り上がる事などほぼ無い。生まれつき体格が良かったり足が速かったりするのと同じ。努力したとしても限界がある。
「確かに俺はFランクだけど、でも……俺だって色々とッ……「はぁ? 色々って何よ。皆の荷物持ちとか旅の支度とか? それとも報酬の勘定の事かしら」
「グハハハ! そんなの戦闘に関係ない無駄な事ばっかじゃねぇか」
また俺の発言は遮られた。嘲笑う様に言ったのは魔法使いのラミアと拳闘士のゴウケン。
「まさかそんな雑用で役に立ってると思ってる訳? キャハハ、有り得ないんだけど!」
「幼馴染だからと、マスターに頼まれていたから今まで仕方なく組んでやってただけに過ぎないのさ」
リーダーであるグレイのダメ押しの言葉。まるでゴミを見るかの様な蔑んだ表情が、心の底からの本心だと感じられた。
そうだったのか……。あの時、誰も俺とパーティを組んでくれなかったから、マスターがわざわざ頼んでくれていたのか。
「まぁ無能なFランクのアンタがこのパーティーにいたって経歴だけでも十分過ぎる贈り物じゃない。上手く自慢話しでもして小遣い稼ぎな」
ラミアはヘラヘラしながらそう言った。これは今に始まった事じゃない。何時も俺を見下していたし馬鹿にしていたよな。
「何だかんだ俺達のSランクパーティーに5年もいられたんだ。例え雑用でも出来た事を感謝しろよクソが!」
ブラハムの言葉に、俺はグッと唇を噛み締めていた。
5年――。
そうか、俺はもう5年という歳月をこのパーティーに尽くしてきたのか。皆の対応は確かに良いとは言えなかったけど、結局は俺がFランクだからだ。そんな奴をパーティに入れてくれたからと、俺は俺なりに頑張っていたつもりだったけどな……。
「って事だからよ、今回の報酬からもうお前の分ねぇから。役にも立ってないしそもそも今までが可笑しかったからな」
今までの報酬だって俺は1番低かった。せいぜい皆の5分の1ぐらいだ。パーティに必要な消耗品も俺は自分の取り分から出していたんだ。少しでも役に立とうとな。残った金で生活するのはかなりギリギリだったのに、その報酬すら渡さないだって?
「待ってくれグレイッ! それじゃあ俺は生きていけない……!」
「人間そう簡単に死なねぇから大丈夫だ。これでも食っとけ!」
「やば、超ウケる!」
「グハハハ! うちのリーダーは寛大だな」
ゲラゲラと笑いながら、グレイは俺に腐った残飯の塊を投げつけてきたのだった。
皆の為にと尽くしてきた5年がコレか。俺は今何故こんな気持ちで足元に転がった残飯を見ているんだろう。元はと言えば、俺はちゃんと伝えた筈だぞグレイ。
5年前、俺はあの伝説ドラゴンの王である“竜神王ジークリート”を召喚したんだと――。
なのに全くお前は信じなかった。
いや、今の今だってずっと嘘だと思っているだろう。
グレイ、お前も他の奴らも全く信じてくれないから俺は今まで皆のサポートに回ったんだ。
自分がジークリートを召喚出来たと証明するよりも、何よりモンスターを討伐してクエストを達成し、皆で助け合いながら強いパーティを築ければとそう思っていたのに……!
俺のこの思いは独り善がりだったのか。
「……もういいや」
「ん? 何をブツブツ言ってんだ」
「そっちがその気ならもういいよ。本当に俺を捨てる気だな?」
「いちいちそんなの確認してんじゃねぇ。往生際が悪いぞ! 何度も言うが報酬もやらねぇ」
「分かった……。じゃあこの“薬草”だけ餞別に貰っていいか?」
俺は自分のバッグから薬草を取り出してグレイに聞いた。そう、これはただの薬草。だがこれはパーティの皆の為になればと俺が作った“オリジナルの薬草”だ。
治癒、回復、状態異常にも対応出来る結構便利な代物だ。自分で言うのもあれだけど。勿論オリジナルレシピだから普通では売っていないし。
「ハッハッハッ! とうとう頭までイカれたか! こんな薬草なんて何処にでもあるだろうが」
分かった。俺も薬草も要らないってか。
「じゃあ最後に俺からの餞別だけど……。ブラハムは槍の突きが少し甘い。ラミアは魔法に余計な魔力を込め過ぎ。ゴウケンは何時も攻撃が大振りで次の動作が遅れがち。
だからこれからは気を付けッ……『――ズガンッ!』
皆俺の言葉を遮るのが本当に得意だ。
何か癇に障ったのだろうか、皆“お前如きが何をほざいているんだ”と言わんばかりに俺を睨みつけている。
ブラハムに至ってはテーブルを蹴飛ばし胸ぐらまで掴んでいる次第。
「いいのか? 今言ってるのは最後の餞別のつもりだ。皆にここまで嫌われていたのを俺が知らなかった様に、皆も“俺の”サポートに助けられていたのを知らないだろ」
雑用だけでなく、俺は皆の戦闘もサポートしていたんだ。ジークリートの力によってな――。
「この期に及んでごちゃごちゃ言ってんじゃねぇゴミが!」
「やめろブラハム。まともに相手するだけ自分の価値が下がるぞ」
「もうさっさと消えな! 被害者面してキモいんだよさっきから」
まさかここまでとはな……。
ハハハ、何か急にどうでもよくなってきたわ。寧ろこんなに嫌ってくれると清々しいぜ。
もういい、本当にもういいよ。面倒くせぇ。
「今まで世話になった。じゃあな……」
そう言い残し、俺は冒険者ギルドを後にした――。
♢♦♢
~霊園~
「ああは言ったけど、やっぱショックだなぁ……」
今しがたパーティから追放されギルドを後にした俺は、少しずつ時間が経つにつれ胸の奥がズキズキと痛み出していた。さっきは突然の出来事にアドレナリンが出て麻痺していたみたいだけど、あそこまで明らかに拒絶されるとは正直ショックだ。
俺はこうして気分が落ち込んだ時、大抵無意識に何時も此処に向かっている。
―――――――――――――――――――――――――
『X.X.X ~エミリオ・リルガーデン永眠~ 』
―――――――――――――――――――――――――
「母さん、今日はいい天気だな。これさっきそこに咲いてた花。結構綺麗だろ?」
新しい花の1本も備えられなくてゴメン。今回の報酬も貰えなくて生活が厳しいんだ。
ああ……。思い返してみりゃ俺の人生ずっとダメだな。冒険者になると決めたあの時からずっと――。
♢♦♢
~5年前・王都~
物心着いた時から、俺は母さんと2人で暮らしていた。父さんは冒険者だったらしいが、俺がまだ赤ちゃんの頃にモンスター討伐のクエストで命を落としてしまったとの事だ。
全然父さんの事は記憶にない。母さんは1人になってからというもの、俺を育てる為に毎日夜遅くまで働いていた。それこそいつ倒れてもおかしくないぐらいに。
だから俺は絶対に冒険者となって富も名声も手に入れ、母さんを楽させてやると決めたんだ。
冒険者は確かに危険な職であるが、例え最低ランクの冒険者であっても、その収入は一般家庭より余裕がある。最初に伝えた時母さんは困った様な顔をしていたけど、俺がしっかり気持ちを伝えたら優しく微笑んで許してくれた。
父さんの事があったんだから、俺の事を余計に心配するのも十分理解出来るよ。でも絶対に心配させないから。
そうして、冒険者になると決めた俺はこの日13歳となり、ジョブの適性を診断してもらう為に冒険者ギルドを訪れた。
『ルカ・リルガーデン 魔力値:Fランク 適性:召喚士』
結果はコレ。
期待していたが、魔力値のランクは最低のF。適性ジョブは召喚士と出た。安易に思い描いていたAランクの勇者とかではなかったけど、これで少しは母さんを楽に出来ると思っただけで嬉しかった。
ランクは1番下だが努力すればきっと大丈夫。Fランクだから召喚出来るのもきっと強くはないだろうけど、しっかり特訓すればそこそこの冒険者にはなれる筈だ。
それから俺は召喚魔法を使える様に特訓した。毎日毎日汗水垂らして必死で特訓した。
「召喚魔法は凄いけどFランクじゃな』
「基礎魔法も全然出せてないぞアイツ……」
「そりゃFランクじゃ無理だろ。魔力ほぼ無いに等しいもん」
「努力しても誰もパーティー入れてくれないなアレは」
ぶっちゃけFランクが出た時は自分でも驚いた。逆に珍しいからな。皆低くてもEランクが一般の平均。周りでも唯一俺だけFランクだったから余計に悪目立ちした。
だかそんな外野の声は関係ない。俺でも受けられるクエストで生活費を最低限稼げた。クエストが終わった後も毎日毎日地道に特訓した甲斐もあり、魔力も本当に少しずつだが増えていった。
その他にも身につけられる魔法や薬草やモンスターの知識も勉強した。何でも無いよりマシ。出来て損する事なんてないからな。
冒険者としてはランクが低い。でも、小さな商売ぐらいならやれそうな気もしていた。兎に角少しでも母さんの助けになるなら何でも良かったんだ。
そしてその頃、幼馴染のグレイも冒険者となった。まだ誰ともパーティーを組む予定が無いからとFランクの俺なんかを誘ってくれた。
その後、ブラハムとラミアとゴウケンもパーティに加わったんだ。
母さんに話したら凄い喜んでくれていた……。今日グレイから言われた事を思い出すとまた胸が痛む。
パーティを組んで2年が経ったある日、俺達が住んでいた王都が突如襲来したモンスター軍に襲われた。王都は壊滅的被害を受け、冒険者だった俺達も緊急要請でそのモンスター軍の討伐に参戦していた。
まだ1体も召喚出来ていない俺だったが、同時に特訓していた剣だけで何とか弱いモンスターを倒していた。
だが、逃げ遅れた人を助けたその一瞬の隙を突かれた俺は、背後からモンスターの攻撃を食らい致命傷を負ってしまった。素人でも分かるヤバいダメージ。死ぬのは時間の問題だった。
人々が逃げ惑い王都が混乱に包まれた中、死期を悟った俺は最後に母さんに会おうと避難先の大聖堂へと向かった。
なのに。
辿り着いた大聖堂には、血に塗れて横たわる母さんの亡骸があった──。
母さんは逃げる途中、モンスターに襲われ殺されてしまったそうだ。
「う、嘘だろ……」
たった1人の家族。
こんな俺の唯一の理解者で、世界で最もかけがえのない存在。そんな母さんがいなくなった。
もう目を覚ます事も話す事も無い──。
怒り、虚無、絶望、憎悪。一瞬にして体中が様々な感情に涙を流しながら、ただ母さんの亡骸を抱きしめていた。
「くそモンスターがッ……!」
俺に力さえあれば1体残らず駆逐してやるのに――。
儚い思いの中、腕の中にはこれでもかと冷たい母さん。そして体からは血が流れ、傷口が燃えるように熱い。もう言葉にならない雄叫びを上げる事しか出来なかった。
「うあ゛ァァァァァ……!!」
だが、コレがすべての“始まり”――。
<今のは主か?>
何処からともなく聞こえてきた声。
ふと顔を上げると、辺りは何時しか暗闇に包まれており、俺の目の前に何故かドラゴンがいた――。
「は? なにこれ……」
ああ、ひょっとして俺も死んだのか……。
<どうやら主で間違いないようだな。ヌハハハ、まさか“封印”が解かれる日が来るとは――>
全く理解不能の状況だ。きっと怪我のせいでいつの間にか死んだんだな俺はやっぱり。そう考えればこの状況に全て合点がいく。
<覇気のない人間だが仕方ない。我はジークリート。全ドラゴンの頂点となる存在である>
「ジークリート……。それにドラゴンって……まさかあの……?」
古より、長きに渡って語り継がれている伝説のドラゴン。またの名を“竜神王ジークリート”。
それが目の前のコイツ?
「お、お前が竜神王、ジークリート? 本物か?」
<主は我を知っているのか。何を思っているか知らぬが、我は本物のジークリートである>
へー。どうやら本物らしい。
今起きている事が余りに非現実的で実感もないからか、驚く事も出来ない。ただ呆然とする事しか。
だって言い伝えられてきた通りなら、もう“2000年”以上前に滅んだとされる伝説のジークリートが何故ここにいるんだろう?
「で、何でドラゴンの王が急に現れたの? 俺もう死んでると思うんだけど。
それに、俺の記憶が正しければ……確かジークリートって既に滅んでいる筈じゃ……?」
<面白い事を言う奴だ。主は生きておる。そして我もまたな――。
人間達にどう伝わっているのかは知らぬが、我は他のモンスター共の裏切りによって封印されたに過ぎぬ。事実まだこうして生きておる。だから我の封印が解かれたのだ>
「全然意味分からん。まぁもうどうでもいいや。封印とやらが解かれたなら、当然裏切ったモンスター達殺すんだよね?
丁度いい。俺の代わりにこの世界のモンスター全部食い殺してよ。俺も恨みあるんだよ」
そう。もうどうでもいいんだ。母さんが死んじゃったんだから……。
<そうか。主の事は知らぬが、よほど奴らを殺したいようだな>
「本当はな……。でももう死ぬし、悔しいけど実力もない」
<潔いな。ならば我が“力を貸して”やろう。
主はモンスターを駆逐したいのだろう?それは我とて同じ。だが主は確かに相当弱いとみた。だが何故か我の封印を解いた……。
かれこれ“2000年”も解かれなかった、我のこの封印をな>
さっきから封印解いたとか言ってるけど、そもそもそれ本当に俺がやったのか……?
<しかし封印が解かれたと言っても、我は最早肉体を持たぬ魂の存在。主の力を貸してくれるならば、我も主に力を与えてやろう。一緒にモンスターを消し去ってやろうではないか――>
こうして、夢か現か……俺は伝説の竜神王ジークリートを召喚した――。
苦節15年――。
どういった因果かは分からないが、俺はあれだけ特訓してもスライム1体出せなかった召喚魔法を、人生の最後で何やら使えたらしい。
しかも召喚したのは伝説の竜神王ジークリートときた。
冒険者としてのランクも最低のFランク。そして召喚士であるのにどれだけ特訓しても召喚出来ない。加えてモンスター軍の敵襲により母さんは死に、俺ももう死ぬ直前だ。
何とも言い難い人生であったが、最後の最後で奇妙な物語が生まれたな。
まさかあのジークリートを俺が召喚出来るなんて……。
それもジークリートも何やら訳アリそうでモンスターを恨んでるらしい。本当に丁度良かったよ。唯一の無念を晴らしてくれる相手に死ぬ間際で出会えた。
これでもう心置きなく死ぬだけッ……<――何をしている>
え……?
今のはジークリートの声?
何だ、まだ何か俺に用があるのか……。俺はもう死ぬんだぞ。疲れてるんだから最後ぐらい静かに眠らせてくッ……<そんなに死にたいのか主は。だが目を覚ませ馬鹿者!>
俺は何故かジークリートにそう怒られた。
「何だよッ! よく分かんない状況にも関わらず、最後の最後で召喚魔法使ってあげただろ! それでお前を召喚した筈だ! 何か初めてボワっと魔力の輝きみたいの出たし、初めて召喚の手応えもあった!
俺はもう疲れたんだ。死ぬだけなんだから静かにしてくれ。そしてもう好きにしてくれ」
<いや、まだ好きに出来ぬから目を覚ませと言っている>
ジークリートの言葉は予想外のものだった。正確には今までの会話ずっと予想外なんだけど……。
「どういう事なのかさっぱり」
<これは呆れる。主、冒険者であり召喚魔法の使い手にも関わらず、本当に分かったおらぬのか>
「だから何が? しかもさっきも言ったけど、俺召喚出来たの多分今が始めたぞ。もっと分かりやすく言ってくれよ」
もしかして召喚したのはいいけど、俺が死ぬから折角召喚出来たジークリートもまた消えちゃうって事? だから好きに動けないって事なのかひょっとして。
<結論から言うと、召喚“自体”は成功している。だがダメなのだ。主に余程召喚の才能がないのか、はたまた逆にセンスがあったと言うべきか>
ジークリートは心なしか口籠った後、ハッキリと俺にこう言った。
<何故かは知らぬが、我は“主の体”に召喚されてしまっているようだ――>
「は……?」
ジークリートの発言に対し、また俺は直ぐに理解出来なかった。だってもう頭の中も状況もぐちゃぐちゃ。
<成程。既に我の肉体が滅び、魔力の魂のみとなっていたのも原因かもしれぬな。それでも実力のある冒険者ならば、召喚の際に体もセットだがな大抵>
これは遠回しに文句を言われてるのだろうか。
「それは何かゴメンな……。え、でもちょっと待って。それだとやっぱお前もまた消えるって事だよね。俺もう死ぬから」
何時からか体の感覚がもうない。母さんを抱いていた筈の腕も、酷い怪我の箇所も。もう何も感覚がなかった。
<それは違うな。主にとっては致命傷だったかも知れぬが、我にとってはあれしき問題ない。寧ろ掠り傷にも入らぬわ。その証拠に、既に我の治癒力によって主の体が治っているだろう>
え?
そんな馬鹿な……って、おいおい、本当に何か感覚を感じるんだけど。数秒前まで一切感じなかったのに。
暗闇だった視界も戻って来てるし、母さんを抱いてる腕の重みもしっかり感じる。それに何より、焼ける程扱った傷口が一切痛くない――。
「凄ぇ……。マジで治ってるよ……」
痛みがないどころか傷口も完全に塞がり元通り。服が破けて血が付いていたが、体からは一滴も流れていない。
<主に死なれたら我も今度こそ本当に終わりのようだ。それだけは絶対に避けねばならぬ。意地でも生きていてもらおう>
色んな意味で怪我の功名とでも言うべきか――。
絶望して死を受けれたのに、まさかこんな展開になるとは。
「つまり、俺はまだ死なず、寧ろお前が俺の体に入りながら生きてゆくと?そう言う事になったのか?」
<まぁそうであろう。幸い我の魔力は変わらず残ったまま。肉体がないのならば主の体を使うしかない>
「そんな事有り得るの……?」
<自分の召喚魔法の実力だ。どの道我はまだ死ねない。主も我に頼むのではなく、自分の力でモンスター共を殺せばよい。ドラゴンの王の我の魔力を思う存分使ってな。
どうだ、互いにメリットがあるであろう?>
成程。これはごもっともな意見だ。
「よし分かった。お前は俺の体を使え。その代わり魔力を貸してくれよ。俺Fランクだから」
<何処までも情けない者だ。だが我の封印を解いたのもまた事実。この数奇な運命を楽しむとしようか。そして時に、主の名は?>
「俺はルカ。ルカ・リルガーデン」
<ルカか。承知した。では行くとするか……ルカよ>
「ああ。なんか凄い流れになったが兎に角そうしよう。外ではまだモンスター達が暴れてるみたいだからな」
こうして、俺は竜神王ジークリートを己の体の中に召喚したらしい。勿論こんな事は見たことも聞いた事もない。実に奇妙な出来事だが、コレも何かの運命だろう――。
♢♦♢
~王都~
避難所である大聖堂を出た俺は、王都の更に中心部へ来ていた。街中のそこかしこから人々の叫び声が聞こえている。
国を守っていた冒険者達も随分やられてしまった様子。モンスターの数に対して冒険者の人手が足りていないのだろう。
「――なぁ“ジーク”、モンスター共の動きを止められる?」
<愚問である。そんなもの朝飯前だ。それより、ジークというのは……我の事であるか?>
「ああ。他に誰がいるんだよ。ジークリートって長いだろ」
<そうか。まぁ呼び方など何でも良いが……>
ジークは微妙に何か言いたそうな雰囲気であったが、今はそれどころではない。
「それで? どうやって止める?」
<簡単だ。もうルカは我であり、我もまたルカ。何も考えずに魔法を使ってみよ>
ホントに? そんな感じでホントに大丈夫?
全く信用出来なかったが、俺は兎に角思い付きで魔法を繰り出した。
――ブワァァァン。
俺は魔法で己の姿をジークリートへと変えた。
<おお、何だか懐かしい感覚>
「本当に出来たよ……。凄いなお前の魔力」
物は試しで本当に出来てしまった。浅はかな思いつきだが、全種族のトップに立つドラゴン、しかもその中の更に王であるジークの姿ならば、モンスター軍を一斉に威嚇出来るのではないかと考えたんだ。
漆黒の鱗に金色の瞳。1枚1枚が剣になりそうな鱗を身に纏い、全長70mは優に超えるであろうその神秘的且つ威厳のあるジークの姿になった俺はそのまま空高く舞い上がり、実に2000年ぶりであろう竜神王の雄たけびを上げた――。
『――ヴオォォォォォォォォッ!!』
その響きにより、王国中を襲っていた無数のモンスター達の動きがピタリと止まった。
俺が瞬時に思い描いたイメージでは、ジークのこの威嚇によってモンスター軍があわよくばビビッて撤退してくれたらと思ったのだが、現実は甘くない。モンスター軍は退くどころか一斉に俺の元へと集まってきた。
「げッ、マジかよ! ジークの声でビビッて逃げるかと思ったのに」
<明らかに格下でもモンスターはモンスター。敵だと察知すれば本能で向かってくる。勿論、来奴らが束になっても我には勝てぬがな>
「予定が狂った。どうしよう!?」
<慌てるな。我は王であるぞ。他の人間達を消したくないのならば、このまま王国から距離を取り、集まった奴らを一網打尽で片づけろ>
ジークに言われるがまま、困惑中の俺はその提案をしっかり参考にさせてもらった。
王都の上空にいた俺は数キロ離れた何もない荒野まで移動。そして狙い通り、モンスター軍は俺を追ってぞろぞろ集まってきた。
<後はまとめて蹴散らせ>
「簡単に言うなよ。まだ完全にこの力使いこなせてないんだから。見ろよ、いつの間にかジークのドラゴンの姿から元の俺に戻ってる」
そう。ここまで移動する間の僅かな時間で、俺はいつの間にか元に戻っていた。
<まだまだ魔力のコントロール不足だ。自分で感覚を掴むしかない>
「冷たい言い方だな」
<来るぞ>
ジークとそんな会話をしていたら、大量のモンスター達が直ぐそこまで迫って来ていた。
「おいおい、どうすりゃいいのコレ」
<騒ぐなみっともない。言ったであろう。考えず魔法を使え。コレはもう感覚的な話しである。兎に角やるしかないのだ>
そう言われた俺は、もうどうにでもなれといった気持ちで、モンスターを一気に吹っ飛ばすイメージで魔法攻撃を繰り出した。
――ズバァァァァンッ!!
「いッ!?」
俺の……いや、正確にはジークの一撃によって、数百体以上いたモンスターの4分の3が一瞬で葬られた。
何て言う危ない力……! 少しズレたら王国1つ余裕で消し飛ぶぞコレ。
運良く生き残ったモンスターの残党は、ビビったのか瞬く間に逃げ消えた。
「無理もない。俺が1番ビビってるからな」
<よし。片付いたな。この調子で残りのモンスター共を蹴散らせ>
放心状態の俺は無意識にジークの言葉に頷いていた。
~ドラシエル王国~
モンスター軍を全て退けた俺とジーク。王国はモンスターによって受けた甚大な街の被害の復興作業に追われていた。
大勢の命までも奪われてしまったドラシエル王国は、国中悲しみと絶望感で溢れ返ってしまっていた。
俺も気持ちは分かる。大切なたった1人の家族の母さんを失ったから……。でも、残された俺達はこれからまだ生きていかなければいけない。
俺は幼馴染でパーティーのリーダーでもあるグレイを探していた。連絡を取れない状況だったから、街中で行われている復興作業を手伝いながらグレイも探し、遂に見つけた。
「あ、グレイ……! 良かった、やっと見つけた!」
「は……ルカ? お前生きてたのかよ!?」
どちらとも取れる物言いだった。
だが俺は当然疑って等いない。Fランクの俺があの騒動の中生き残る訳ないとグレイは思っていたんだろう。気持ちは分かるさ。実際死にかけてたしね。
「う、うん、まぁ辛うじて……。それよりグレイも無事で良かったよ!」
「まぁな。ハハハ、取り敢えず……無事で何よりだなお前も。俺は当然だけどさ」
何処となく、俺が生きていて嬉しそうじゃないのは気のせいか?
いや、そんなの考え過ぎか。もしかしてグレイも誰か大切な人が襲われたのかな……。どこの復興作業も大変だから、それで疲れている様にも見える。
「そう言えばグレイに話しがあるんだけどさ。今時間大丈夫?」
「んー……まぁ。少しなら」
やっぱり作業が忙しかったみたいだ。
グレイは自分の持ち場を横目で確認しながらそう言ってくれた。丁度作業が一区切りでもしていたのだろうか皆座って休憩しているみたい。俺とグレイは少し場所を移した。
「ルカ、どこまで行く気だよ。この辺でいいだろ?」
「うん、そうだね、ここら辺ならもういいかな……」
別にやましい話とかではないけど、なんとなく公に話す内容でもない。俺が話そうとしている内容を全く知る由もないグレイは「早くしろ」と、気怠そうに壁にもたれ掛かりながら言ったきた。
これからはグレイやパーティの皆の役にもっと立てる――。
俺はグレイにそう伝えられる喜びを噛みしめつつ、話が話だけに少し慎重に伝えた。
「あのさ、唐突な話なんだけど……竜神王ジークリートって知ってるだろ? あの伝説の」
「まぁ名前は確かにな。でもあんなの大昔のお伽話だろ。それが何だ」
「ああ、実はこの間のモンスター軍の襲撃で俺死にかけたんだ。でも、その時にあのジークリートを召喚出来てさ、命も助かった挙句に相当強い力まで手に入れたんだ――」
グレイは一瞬驚いたような表情を浮かべ、俺をジッと見た。そして深い溜息と共にこう言った。
「はぁ~……。ルカ、お前さ、この大変な時にわざわざそんな下らない冗談言いに来たのかよ」
「え、いや、そうじゃなくてさ! 確かに信じ難いかもッ……「――しつこいぞ。お前本当に今の状況理解してるか? こっちは忙しいんだよ! 面白くもねぇし笑えもしねぇ。仮にジークリートとやらが存在していたとしても、お前なんかが召喚出来る訳ねぇだろ。スライム1体召喚出来ないんだからよ! モンスターに襲われて頭だけは更に可笑しくなったみてぇだな。用が済んだらとっとと帰れ」
グレイは吐き捨てるようにそう言い、元の作業場所へと行ってしまった。
「ち、違うんだよッ……! グレイ!」
話を信じてもらうどころか怒らせてしまった。まぁこんな話しいきなり信じろなんて言うほうが無理あるもんな……。それにしても、何もあんなに怒らなくてもいいだろ。忙しいのはグレイだけじゃなくて王国全部なのにさ。
<ほお。主、仲間に信頼されていないのか>
突然放たれたジークの一言。しかも何故か心をグサッと抉られた気がした。
「そんな事無い! グレイだって疲れているだけだ。他の皆だってしっかり話せば分かってくれる。仲間なんだから」
そうだよ。まだ王国中が大変の時なんだ。俺の個人的な話なんて後でいい。どの道俺達の最終目標はモンスター共の殲滅だ。俺がジークを召喚出来た事よりも、パーティとしての成果が最も重要なんだから。
<そうか。まぁ我の知った事でない。だが今の……いや、ルカが今まで通りの生き方をすればよい。死にさえしなければ我も無事だからな>
「ありがとう。皆には色々落ち着いてからもう1度話すよ」
この時はそう思っていた。
それから数ヶ月が経ち、王国中の復興が徐々に終わりに近づいた頃、久々にドラシエル王国の冒険者達が皆一斉にクエストを受け始めた。
暫く本業からは離れていた事もそうだが、俺達冒険者……いや、王国中の人々が、モンスターの殲滅を今まで以上に強く願っていた。
多くの冒険者達は毎日クエストを受けまくり、モンスターを狩って狩って狩りまくっていた。王国を襲った事、大切な人を殺された事、皆の平和を脅かした事。
大半の者達がきっと恨みや憎しみを上乗せしていた事は言うまでもないだろう。
「――行くぞッ!」
「「おお!」」
そんな中で、俺達のパーティーもモンスターを討伐しまくっていた。
初めてグレイにジークの話をしてから数日して、パーティ全員が集まった日があったが、俺は皆が集まる前にもう1度グレイにジークの事を話していた。だがやはり信じてもらえなかった上に、「何時までもそんな事言ってるならパーティを抜けてもらう」とまで言われてしまった。
だから俺は他の仲間にも一切話をしなかったし、もうどっちでも良かった。だって俺達の目的はモンスターを倒す事だから。そして、久々にクエストを受け始めた日から、俺は徹底して皆のサポートに回ったんだ。
この時の俺達のパーティランクはまだE。俺がサポートを始めてからというもの、俺達はモンスターの討伐に失敗しなくなった。毎日毎日モンスターを狩りまくり、パーティランクも順調に上がっていったんだ。
「めちゃくちゃ調子いいな俺達!」
「キャハハ。調子が良いだけじゃなくて元々強いのよ」
「最近は強いモンスターばかりと戦っているが、余裕で勝てるもんな!」
「当たり前だろ。この俺がいる限り、負けは有り得ねぇ」
モンスターを倒す程、皆の士気も勢いも高まっていた。
「おいルカ、後頼んだぞ!」
そう言って、今日も無事1つのクエストを終えたグレイ達は眠りについた。
サポートの俺は何時も野宿の準備をする。
寝床を見つけ火を起こし、ご飯の準備をしてその後片付け。そして皆が寝ている間の見張り役もサポートの俺の仕事になっていた。
最初は色々手間取ったが、今となっては結構上達している。それに見張りはジークの魔力で周囲を威圧しておけば、弱いモンスター達は全く襲ってこないから楽だった。
「ねぇグレイ! 今日は凄い報酬だからアレ買ってもいいわよね!」
「ああ、全員で好きに使え!」
クエストで収穫した薬草や素材も、ジークのお陰で鼻が利くのか今までより短時間で効率良く回収出来ていた。しかもジークは強さだけでなく知識も凄くかなり助けられていたんだ。
そして……。
「――ハッハッハッ!とうとう俺達がSランクパーティになったぞ!」
「いやっほーう!」
「グハハハ、俺達が1番だ!」
「もう最高!ねぇグレイ~、今日も私を激しく抱いてぇ」
「あぁ? 当たり前だろ。立てなくなるまで犯してやるよ」
俺達は遂にSランクパーティにまで上り詰めた。
俺も嬉しかったし、何より皆の喜ぶ姿が最高に嬉しかった。皆のサポートを出来て本当に良かった――!
……と、思っていたのは数時間前の話だがな――。
♢♦♢
~霊園~
モンスターもグレイ達ももう許さねぇ。
俺が一体何をした……? そんなに俺から全てを奪いたいのか……。
なら俺がお前達の全てを奪ってやるよ。
「ジーク、サポートはもう止めだ。俺はここから好き勝手に生きる事を決めた」
<やっとか……。遅すぎるわ。グレイとか言うあの小僧、初めて見た時から信用ならん奴だと思ったがやはりだったな。他の連中も同様だ。
まぁルカが本物のアホじゃなくて我も救われた>
一から始める為にこの王国を出よう――。
その為には旅の支度が必要だな。討伐のクエストで金を稼ごう。今の自分の実力も気になるし、一旦冒険者ギルドに行くとするか。
「そう言えば“今の状態”で診断受けたらどうなるんだろう?」
ふと頭を過ったが、考えても分からない。
最後に俺は母さんの墓に触れて誓いを経てた。
『母さん、少しの間来られないかもしれないけど、待っててくれよ。俺がこの世界のモンスター駆逐したやるからな。見守っててくれ――』
静かに心に誓い、俺は冒険者ギルドへ向かった。
**
俺はつい今しがた去ったばかりの冒険者ギルドに再び戻った。扉を開け中に入った瞬間、気まずそうに視線を逸らされた。
無理もない。ここには俺達以外の冒険者も多く出入りしてるんだから、さっきのを見ていた人も多くいるだろう。まぁ俺はもうどうでもいいと思っているから全く気にならない。
「すみません。魔力値の再診断をしたいんですけど」
周りの視線な無視し、俺は受付のお姉さんにそう言った。
「え、再診断ですか?」
「はい」
「それは勿論大丈夫ですが……。でも“余程”の事がないと変化はありませんよ?」
分かっていますよお姉さん。もう3年前に既に余程の事が起きていたんです実は。
「ちゃんと分かっていますよ。それでもお願いしたいんです」
受付のお姉さんは若干戸惑いつつも、再診断の手続きを進めてくれた。
冒険者は皆、晴れて冒険者になった時に適性の診断を受けると同時に、冒険者の証である“タグ”を貰う。これにはランクや適性職や名前等の個人情報は勿論、受けたクエストの実績や報酬の入金、パーティメンバー同士でお金の受け渡し等も行える、冒険者にとっては欠かせない必須の物だ。
このタグは色でランクが直ぐ分かる様になっている。全冒険者の僅か0.1%しか存在しないと言われるSSSランクは黒色。当たり前だが珍し過ぎて見た事はない。因みに俺はFランクで白色。コレもある意味珍しいんだよな……。
「――ルカ・リルガーデン様」
首に掛かる自分の真っ白なタグを見ていると、ギルドの奥から係りの人に名前を呼ばれた。案内に付いて行くと診断用の部屋に通され、中では既に診断をする係りの人が準備を終えていた。
「ルカ・リルガーデン様ですね。どうぞ、そこにお掛けになって下さい」
「お願いします」
部屋を入って直ぐに置いてあった椅子へと促され、俺はそこに腰を掛けた。
「今日は魔力値の再診断との事で宜しいですね?」
「はい」
「ではこちらに手をかざしてみて下さい」
係りの人に言われ、俺はテーブルに置かれていた真四角の石に手を置いた。コレはその人の魔力値を測定できる魔石。魔力を流し込めばここにランクが映し出される。
さて、ジークの魔力ってどれくらいのものなんだろう。
そんな事を思いながら、俺は置いた手から石へと魔力を流し込んだ。
『ルカ・リルガーデン 魔力値:SSSランク』
映し出されたランクに、見ていた係りの人が固まった。数秒フリーズした後に1度俺の顔を確認すると、何も言わずにまた映し出されているランクに視線を落とした。
「あのー……何か魔石が上手く反応しなかったみたいですね……。すみませんがもう1度お願いしてもいいですか?」
「え、ああ……はい」
なんとも言えない空気が漂っている。
俺も流石にちょっと驚いた。まさかSSSランクが出るとは……。やっぱジークの魔力は半端じゃないな。
<当たり前だ。人間レベルで我を測るなど無礼極まりない>
止めろ。今は話せないから喋りかけるな。
「では再度こちらでお願い致します」
再びテーブルの上に用意された別の魔石に、俺は手かざして魔力を流し込んだ。
『ルカ・リルガーデン 魔力値:SSSランク』
結果は同じ――。
診断していた係りの人は見間違いでも魔石の不具合でもないと理解したのか、慌てた様子で他の人を数人呼び出し、皆で俺の診断結果を確認し合っていた。
「嘘でしょ……?」
「でもコレ見て下さいよ」
「SSSランクなんて有り得ないぞ……」
「しかも元がFですよね?」
「直ぐにマスターに確認を取ってくれ」
一気に慌ただしい様子になっちゃったな……。ジークの魔力のお陰で基本的な身体機能も向上してるから、少し意識を集中させただけで小声の会話も聞こえてしまう。
まぁそりゃ驚かれるよな。元々Fランクの野郎がまさかSSSランクになるなんて普通なら有り得ない。
わざわざギルドのマスターまで呼ばれて何を聞かれるんだろう……。俺は普通にクエストを受けられればいいんだけどな。ジークの事話すのめんどうだし、どうしよう。
「ルカ様!お待たせして申し訳ありません。再三お手間を取らせてすみませんが、より詳しく診断を行いたいのでこちらの精密魔石でもう1度だけ診断させて頂いて宜しいでしょうか」
係りの人にそう言われ、仕方なく俺はまた診断を受ける事にした。コレはさっきよりより詳しい数値や能力を測れる魔石らしい。これ以上大事にならないでくれと願いながら、俺は魔石に魔力を流し込んだ――。
『ルカ・リルガーデン 魔力値:SSSランク
適性:召喚士(覚醒)
使用魔法:古魔法
身体・特殊:全身体能力値上昇(+100%)
魔力感知(S) 治癒能力(S) 状態異常無効
性質:王の資質 王の魔力 王の知恵 王の覇気』
結果を目の当たりにしたギルドの人達は完全に言葉を失っている。
無理もない。
俺からすれば当然の結果だけどね。この3年でジークの凄さは俺が1番良く理解しているし体感しているから。
召喚士が覚醒してるのにはちょっと驚いたな。それでジークを召喚出来たのか?それに性質って、王の資質とかも出てくるんだ。へぇ~。って、そんな事より話を進めてくれないかな皆。俺は旅用の資金を稼ぎたいんだけなんだけど。
俺が「すみません」と固まっている係りの人達に声を掛けると、正気に戻った皆がまたバタバタと動き始めた。
「ル、ルカ様。何度も診断を受けて頂きありがとうございました。それでですね、すみませんがSランク以上の冒険者の方にはギルドのマスターと1度面談をして頂く決まりになっておりまして……。今からお時間大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
そう返事をして、俺は冒険者ギルドの責任者であるマスターのいる部屋へと案内された。
**
~冒険者ギルド・マスターの部屋~
ドラシエル王国の王都にある冒険者ギルド。ここのマスターを務めているのは、元冒険者でありかつて“雷槍の英雄”と呼ばれたSSSランクのゼイン・シルバーという男だ。
年齢は50歳過ぎであり、ここのマスターをもう10年以上務めている。現役の時は鬼の様に恐れられていたと聞くが、実際に見るととても優しくいつも穏やな雰囲気を纏っている。多くの人から尊敬され信頼される人格者だ。
「――君がルカ・リルガーデン君だね。最近Sランクまで上がったグレイと同じパーティ“だった”子だねぇ」
「え、ええ、まぁ……」
マスターは穏やかな笑顔を浮かべそう言った。そう言えばこの人がグレイに俺をパーティーに誘うよう頼んでくれたんだよな? 確か。
それに過去形って事は俺が追放されたのをもう知っているのか……。こんな俺を気にかけてくれていたのに何か申し訳ないな。
「そんなにかしこまる必要はない。楽にしてくれ。私は定められた規則に従って面談を行っているだけだからね」
「はい……。それで、一体俺は何の面談をすれば……」
「ハハハ。簡単な質問に答えてくれれば終わるよ」
なんだ、そんな感じなのか。
「え~と、これはもう5年前の結果だけど……あれからかなり成長しているの様だね。何かあったか?」
別に悪い事をしていないが、一瞬ドキッとした。ジークを召喚した事はグレイ以外に話したことがなかったから。
「いえ、特にコレと言った事は何も……。毎日のがむしゃらな特訓が実ったんですかね……ハハハ」
負い目はないが嘘を付く事に少なからず抵抗がある。まぁ話してもどうせ信じてもらえないだろう。
「そうかそうか。ではちょっと質問を変えよう。君は古来より伝わる、竜神王ジークリートを知っているかね?」
余りにピンポイントな質問に、俺は驚いて思わず咳込んだ。
マズいな……。我ながら分かりやす過ぎだ。今の絶対バレたぞ……。
ゆっくりと呼吸を落ち着かせ、俺はマスターの顔を見た。すると、今までずっと穏やかだったマスターの空気が一変していた。
――ゾクッ。
一瞬で体中の鳥肌が立った。目の前に座るマスターから発せられる凄まじい殺気に……。
「どうやら知っているね?」
嘘を言ったら殺される――。
直感でそう思った俺は正直に話した。
そもそも悪い事何もしてないけどな……。
「あの、知ってるというか、その……。ジークリートを召喚しました――」
「何……?あの竜神王ジークリートを召喚しただって?」
「はい。なんか黙っててすみません……」
気が付いたら俺は謝っていた。……なんで?
「ほぉ。その召喚したジークリートは何処に?」
「ここです」
俺は自分の体を指差しながら言った。
すると次の刹那、マスターから発せられていた殺気が更に濃く鋭くなり、俺に向けられた。
おいおいおい……! 何故そうなる。やっぱ何か面倒な事なのか? 俺はただ普通にクエスト受けてモンスター討伐したいだけだぞ。
「いや、ちょっと待って下さい! 一旦落ち着いて話を整理させてもらってもいいですか?」
「……うむ、確かにそうだな。1度事態を把握しようか」
危ない人だなぁ。なんとか話を聞いてくれるみたいだけど、まずその殺気を向けないでくれ。
「ありがとうございます。えーと、じゃあ俺から説明させてもらいますね……。事の始まりは3年前のモンスター軍襲撃の日です――」
俺は当時の事をマスターに話した。母が死んだ事、自分が死にかけた事、そしてジークを召喚した事からさっきの追放まで……。思い出したくない事も多々あったが、嘘を付いてしまったお詫び代わりに俺は全てをマスターに話した。
♢♦♢
「――成程……。ルカ君、君の話はよく分かった。先ずは一言謝らせてくれ。あのモンスター軍の襲撃、当時私にもっと力があれば、被害を抑えられたに違いない……。
私の実力不足で辛い思いをさせてしまった様だ……。誠に申し訳ない」
話を聞き終えたマスターは、さっきまでの殺意が嘘かの如く俺に深く頭を下げた。
3年前……確かにあの戦いで全ての指揮を取っていたのはマスターであるゼインさんだ。そんな事は俺も当たり前に知っている。だがマスターのせいだなんて微塵も思った事はない。
「え!? や、止めて下さいよ! マスターは何も悪くないですから!
寧ろあんな数のモンスターの侵略なんて誰も止めきれません。その中でも貴方は多くの人を守ったじゃないですか!」
この人が頭を下げるなど以ての外だ。王国中の人々に調査したって誰1人マスターを責める人なんていない。それにマスターだってあの時奥さんを亡くしてる筈……。確か娘さんを守る為に犠牲になったとか……。
あのモンスター軍の侵略で被害に遭わなかった人の方が少ないって言うのに。
憎むべきはどう考えてもモンスターのみ――。
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。でもまさか本当にあのジークリートを召喚するとはな。しかも体の中に」
「ええ、初めは俺も驚きました」
「話を聞いた限り、どうやらジークリートの力を上手くコントロールしている様だが……。私も冒険者を最低限管理するマスターとして、王国等に報告する際の確かな“証明”が欲しいところだ――」
「と、言いますと?」
「試すような事をして悪いが、君が確実にジークリートの力をものにしているか証明してもらいたい。
だからその為のクエストを1つ受けてくれんか?」
そりゃマスターも大変な仕事だからな。それで証明代わりになるなら、俺にとっても都合のいい話だ。
「分かりました。勿論お受けします。ただ……」
「どうした?」
「言いづらいんですけど、その……お恥ずかしながら生活費が底をついてまして、そのクエストって報酬貰えます……?
「ああ、それは勿論さ。グレイのパーティから追い出されてしまった事も聞いていたからね。
今回のクエストは先に前金で3割渡すつもりだ。残りは成功してからでどうかな?
おっと、思いがけない破格の条件。前金自体珍しいのに3割も貰えるのか。
「前金で3割も? それってもし失敗しても前金は……」
「返す必要はない」
マジか! なんと素晴らしい条件だ!こんな好待遇初めてだ。
「もし失敗した場合は、君とジークリートを葬らねばならんからね――」
怖っっわ。
急に寒気がしてきた。
「それは当然さ。主が操れない竜神王の魔力など、王国にとっても人々にとっても危険極まりないからね。それなりの対応は取るさ」
凄い優しい顔して言う事じゃないですよマスター。この人本当に恐ろしいな。
<我を殺すとな? たかが人間の分際で小癪な>
マスターには聞こえないのが功を奏したな。
「分かりました。そのクエスト受けます」
「そうか。期待しているよ」
こうして、俺はマスターからのクエストを受ける事にした。
流石と言うべきか、マスターの力によってもう今回のクエストの手続きは済んでいるらしい。
俺はギルドの受付でクエストの内容が記された紙と前金、3,000,000Gを受け取った。
「嘘……これで前金?」
3割で300万。一般的な年収分ぐらいあるぞ。
急に怖くなった俺は、渡されたクエスト内容を慌てて確認した。すると、その内容はモンスターの討伐……。しかもSランク指定の危険モンスターだった――。
ちょっと待て。確かにランクも内容も確認しなかった俺が悪い。だけどコレは酷くないか? いきなり1人でSランクのクエストなんて前代未聞だぞ。
「って、今更もうしょうがない。一応薬草も多めに……非常用の食料も多めに用意しておこう」
俺はクエストの準備の為、ギルドを出て買い出しに向かった――。
♢♦♢
~冒険者ギルド~
俺がギルドを後にした数分後、マスターはギルドで働くある1人の女性と話していた――。
「お疲れ様」
「あ、マスター、 お疲れ様です! ルカさんはどうなりました?」
「ああ、彼かい? 彼にはSランクのクエスト受けてもらったが、彼の実力なら問題ない。私だって大事な冒険者に無理をさせるつもりはないからね」
「そうですよね。安心しました」
「君は確か以前、ルカ君に助けてもらったと言っていたね」
「はい! もうかれこれ4年程前になりますが、モンスターに襲われていた所を助けてもらいました」
「そうかそうか。成程、それが“4年前”の話しか。じゃあやはりジークリートを召喚する前の事だな――」
「え? 何か言いました?」
「いやいや、私の独り言だ。ハハハハ、ジークリートの力か……。君はその力に頼らなくても、こうして人を救っている強い人間だよ――。
(グレイのパーティの報告内容を良く見れば、彼らではない別の力が働いていたことは明らか。彼らの実力だけではSランクなど到底不可能だからな……。
グレイ本人達に悟られる事無く、ルカ君は3年という歳月でパーティーランクをSまで上げた。しかも前線ではなくサポートとしてだから尚驚きだ。
己を犠牲に出来る強さや危険察知能力に判断力……。そして常に動くメンバー達を相手に的確なバックアップをする魔力コントロールや洞察力に観察力。
これら全てが紛れもない彼自身の強さであり、努力の賜物――。
幾らジークリートの魔力を持っているからと言って、同じSSSランクの私でもそこまで出来るかな……?)」
「――どうしたんですかマスター。急に黙り込んでしまって……」
「いやいや、何でもない。年を取ると独り言も増えるし考え事も増えてしまっていかん。
それより、ルカ君が戻ってきた時の為に新しい冒険者タグを用意しておいてくれ。勿論“黒色”のな――」
「分かりました!」
「それと、ジークリートの件は君しか知らない。だからね“マリア”君、この件は絶対に他言してはならない。分かってくれるね?」
「は、はい!勿論です! ルカさんにご迷惑が掛かるなら尚更言うつもりはありません!」
「ハハハハ、ありがとう。では私は部屋に戻るよ」
「お疲れ様です!」
部屋に戻ったマスターは1人、当時の事を思い出していた。
(やはりあの時空に現れた黒龍、あれがルカ君であったか……。
突如響き渡ったあの雄叫びによって、私もまた“彼に救われた”な――。
あの瞬間、雄叫びでモンスターの意識が逸らされていなかったら間違いなく私も殺されていただろう。
同じ冒険者の私には直ぐに分かった。あれが単なるモンスターの雄叫びではないと。そしてあの正体が竜神王ジークリートだと分かり、大聖堂の封印が解かれている痕跡を見つけた時はまさかと思っていた……。あれから行方を追っていたが、こんな近くにいるとはな。
本部や国王への報告は彼が戻ってきてからにしなくてはならん――。
それまでにどう報告するか手を打たねばな……。正直に伝えたらルカ君に及ぶ危険は計り知れない。それはだけは絶対に避けなければいかん。
マスターとしては間違っている。
だが私もまた、あの3年前の悲劇で彼に命を救われた1人だからね。
彼は命の恩人……。私は出来る限り彼に恩を返したいのだ――。)