14歳中学三年生、余命0日。もういつ死んでもおかしくない状況。そんな時、私の前に神様が現れた。いや、もしかしたら死神だったのかもしれない。

「君の病気を治してあげるよ。条件は、もう二度と両親と担当医と担当看護師に会わないこと。ただそれだけ。じゃあ、早速今から君の病気を治・・・・」
「ちょっと待って・・・・!」
「どうしたんだい?」
「両親にも担当医にも看護師にもう二度と会えないの!?」
「ああ。それがどうしたんだい?これから先、生きていけるならそれくらい容易《たやす》いことだろう?」
「皆んなは私のことを忘れるってこと?」
「ああ。君は彼らとは赤の他人になる。ああ、そうか。その後の生活費が気がかりなのか。気にするな。君が就職するまでは、私が補助してやろう」
「そういうことじゃない・・・・!」

私が大きな声で叫ぶと、その神様は呆れた様子で大きなため息をついた。

「君はこれから沢山の人に出会う。生きてさえいれば。両親や担当医、担当看護師などこれから先、会わなくても困らないだろう?もし次に病気になったら、別の医者に診て貰えばいい」
「違う・・・・」
「何が違うんだ?」

「私にとっては、両親と担当医と看護師さんが全てなの・・・・!生まれてからずっと病室にいた。友達も他に親しい人間もいない。その人達と会うことだけが人生の楽しみ。それ以外の楽しみなんてない。それが叶えられないのに、生きる意味なんてない・・・・!」

 私の叫びを、その神様は心底面倒臭そうに聞いていた。

「くだらないな。君は、いわばくじ引きに当選したんだ。病気が治れば、これから先新しい楽しみなどどれだけでも見つければいい」

 神様の言葉に私は静かに涙を溢《こぼ》すことしか出来なかった。

「・・・・違う。私にとってはそれが世界の全てなの。馬鹿みたいなのは、分かってる。それでも、そんな世界生きられない・・・・」
「じゃあ、死ねばいい。君は、あと数日もすれば勝手に死ぬだろう。そうすれば、私はこのくじの当たりを次の人間に渡すだけ。それだけの仕事だ。まぁ、また数日後に来る。それまでに決めておけ」

 ボロボロと涙は止まらない。
 くだらないだろうか?病気が治るなら、その手をすぐに取る者は沢山いる。私だって、病気を直したかった。
 歌手や画家を夢見ていた者が死にかけた時、その夢を諦めれば生きられると言われたとしよう。それでも、その人達は生きることを選ぶのだろうか?
 分かっている。生きていれば、幸せになれる可能性があることは。

「・・・・そんなの綺麗事じゃない」

 二度と世界の全てだった人達に会えないで終わるのならば、このまま生を終えて死ぬ間際まで手を握っていてほしい。きっと、両親も担当医も看護師も怒るだろう。皆、私が生きられることだけを祈ってここまで頑張ってきたのだ。
 最低な娘だ。でも、これだけ知っていてほしい。

 大好きな人達と元気に笑い合うためにここまで頑張っていた。それだけのために頑張っていたの。

 毎日の様に病室に来てくれる両親が、神様に会った翌日も当たり前のように私の前に現れる。

「歌香《うたか》、大好きよ。元気になったら、いっぱい歌香の好きな場所に行こうね。美味しいものだって沢山食べなきゃね。お母さん、奮発しちゃうわ」
「じゃあ、お父さんも歌香の好きなものプレゼントしないとな」

 優しくて甘すぎる両親。病気の娘に過保護で、甘くて、私の一番の味方。私を怖い病気から、怖い世界から守ってくれる。甘えてばかりでは、いけないのも分かってる。
 私はあまりにも小さな世界を両手で一生懸命守るように生きてきた。

「ねぇ、お母さんお父さん。もし私の病気が治る条件がもう二度と私に会えないことだとしても、私の病気を治したい?」

 あまりに急すぎる不思議な質問に両親は顔を見合わせたが、すぐに私の方を向き直った。

「寂しいけれど、歌香の病気が治るならそれだけで十分だわ」

 きっと両親が正しい。分かっている。それでも、私には貴方達しかいないのだ。その後、病室に訪れた担当医にも看護師にも同じ質問をした。

「歌香ちゃんの病気を治すのが僕たちの仕事だからね」
「歌香ちゃんが元気になるのなら、それが一番だわ」

 私があまりにも幼すぎるのだろうか。このまま放っておけば、私は勝手に数日で死ぬ。そうしたら、両親はどうするのだろう。
 
 その瞬間、あることに私はやっと気づいた。

 私が神様の手を取らなければ、両親も医者も看護師も私を看取るということだ。大事な人を失う悲しみを世界で一番大切な人達に味わわせるのだ。
 
 最低すぎる自分、小さな病室で病気と闘う日々の中で、私は一体何をしていたのだろうか。病気と闘う自分を可哀想だと思っていた。いや、頑張って生きなくて良いことにも安堵していた。
 皆んなが勉強している中、しなくても良かった。出来ないのだから、仕方ないと思えた。今更、生きられるとしても他の人よりスタートも遅い。

 簡単に言えば、本当はずっと生きることを諦めていた。

「私は、怖がりなだけだね」

 そう呟いた自分が今まで一番愚かに感じた。あんなに出て行きたかった病室に、私はある意味守られていた。小さな世界しか知らなくて良かったの。
 その時、見回りの看護師さんが、病室の扉を開けて起きている私に気づいた。

「歌香ちゃん?眠れないの?」

 いつも通り優しい看護師さんに気づいたらボロボロと泣いていた。

「歌香ちゃん、どうしたの・・・・!?」
「病気を治したかったの・・・・ずっと・・・・でも、この病室を出ていく勇気もない。本当はこのままこの小さな世界で死にたいのかもしれない。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・!皆んな、私が元気になるために頑張ってくれているのに・・・・!」

 看護師さんはゆっくりと私の背中を撫でてくれた。

「たまにね、いるの。小児科病棟で病気が治ったのに、この場所を離れるのが寂しいって子供が。その時は、私はいつも思うの。居心地が良い場所を作れて良かったけれど、外の世界に希望を持たせてあげられなかったって。ねぇ、歌香ちゃん。外の世界はそんなに怖い?私たちが居なかったら、生きていけない?」
「・・・・怖い。皆んなが私の世界の全てなの」
「そっか。じゃあ、一つ教えてあげる。どこにいようと私は歌香ちゃんの味方だわ。でもね、外の世界では私はきっと歌香ちゃんのピンチに駆けつけてあげられない。ごめんね。私、スーパーヒーローじゃないの。もし、ヒーローだったら歌香ちゃんの病気をすぐに治してあげられるのにね。歌香ちゃんが笑っていてくれます様にって願うことしか出来ない」
「違うの・・・・それで、私は十分なの。でも、そんな優しい人達に外の世界でもう一度出会えると思えないの・・・・!」

 すると、看護師さんがクスッと笑った。

「そうね、中々難しいわ。世の中は優しい人ばかりではないもの。それに、怖いことだってきっとあるわ。でもね、歌香ちゃんには絶対に生きてほしい」
「どうして・・・・?」
「そうね、私の我儘《わがまま》だわ」
「我儘・・・・?」
「そう、ただの私の我儘。もし私のことを好きでいてくれるのなら、この願いを叶えて欲しいわ」

 なんの根拠もないその言葉が、私にはとても響いた。涙が出るほど、その我儘が嬉しかった。

 数日後、現れた神様に私は頭を下げてお願いした。

「・・・・生きたい。お願いします。治してください」

 その後、死神が何と言ったのかは聞こえなかった。ただ優しく微笑んだ気がした。

 それから先の人生は、あまりにも普通で幸せだった。
 怖がっていた世界は、怖くない人もいて、優しい人もいた。両親に守られなくても、生きていけた。両親も医者も看護師も私のことを忘れてきっと今頃幸せに生きているだろう。
 私だけが忘れられない。それでも、心の中で何度も伝えるのだ。

「生きて良かった、幸せです」、と。

 怖いことがあっても、ゆっくりと乗り越えて行った。
 あの日、あの神様は何と言ったのかな。微笑んでくれていたから、きっと喜んでくれていたのかな。



「本当にくじを引いたのは、君の両親だよ。それが当たりか外れかどうかは分からないが」



 そう神様が述べたことを私は知らない。
 神様が始めに訪れたのが、両親であることを私は知らない。

「貴方達の娘を生き返らせてあげよう」

 突如現れた死神とも神様とも天使とも分からない男は私たちにそう言った。彼が誰でも私たちにはどうでも良かった。娘の病気を治してくれるのなら。

「お願いします・・・・どうか・・・・」

 二人で地面に着くほど頭を下げた。

「条件がある。君たちの生命力を娘に移すだけだ。君たちが『死ぬのならば』叶えよう」

 悩むこともなかった。私たちはすぐに頷いた。ただ一つ心配なことがあった。

「娘はまだ中学生です。私たちがいなくなった後、生活費や学費が心配です」
「貯金があるだろう?誰かに少しずつ振り込んで貰えば良い。私は、そこまで人間に干渉出来ない」
「しかし、私たちは親族とは絶縁状態で・・・・」

 その場を娘の担当医と担当看護師は見ていた。娘の担当医と看護師は、私たちの選択をずっと反対していた。それでも、意思を変えなかった私たちに、最後にはお金を振り込むことを約束した。神様はお金を振り込む役割を担う人間も、娘に会わないことが条件だと言った。

 それからは、娘が見ていた景色の通りで。

「君の病気を治してあげるよ。条件は、もう二度と両親と担当医と担当看護師に会わないこと」

 ごめんね、寂しい思いをさせて。

「歌香《うたか》、大好きよ。元気になったら、いっぱい歌香の好きな場所に行こうね。美味しいものだって沢山食べなきゃね。お母さん、奮発しちゃうわ」
「じゃあ、お父さんも歌香の好きなものプレゼントしないとな」

 叶えたかった夢を最後に伝えることを許して欲しい。

「歌香ちゃんの病気を治すのが僕たちの仕事だからね」
「歌香ちゃんが元気になるのなら、それが一番だわ」

 お医者さん、看護師さん、嘘をつかせてごめんなさい。

「そうね、中々難しいわ。世の中は優しい人ばかりではないもの。それに、怖いことだってきっとあるわ。でもね、歌香ちゃんには絶対に生きてほしい」
「どうして・・・・?」
「そうね、私の我儘《わがまま》だわ」
「我儘・・・・?」
「そう、ただの私の我儘。もし私のことを好きでいてくれるのなら、この願いを叶えて欲しいわ」

 最後に伝える勇気がなくて、看護師さんに伝言を頼んだ。

 そう、これはただの私たちの我儘なの。ごめんなさい、怖がりの貴方を一人ぼっちにして。

 怖がりの娘へ。
 幸せに生きてほしい。ただそれだけなの。貴方が幸せなら何も要らない。

 最後にもう一度だけ伝えるわ。


 愛しています。


 fin