村一番の美姫、メイリンの婿捜しが始まったという噂は、瞬く間に周囲の街にまで広がった。
 黄金のユニコーンに守護された山奥の小さな村。
 村人も不思議とユニコーンの毛並みと同じ色を髪に宿す者が多い、謎の多い村。
 とりわけ、メイリンとその父テンライは、他とは一線をかく、太陽を宿したかのような豊かな金糸の髪と有名であった。
 
 麓の街に住むグエンは、あまりにも実直、あまりにも素直の若者だが、反面、その危うい真っ直ぐすぎる性格から、街では愚か者(ダンマ)と呼ばれていた。
 噂を耳にしたグエンは、ついにこの時が来たと、喜びに打ち震えた。
 婿の条件があると聞き、グエンははるばる二日かけ、メイリンの住む村までやって来たのだが、村中に溢れかえる人の数に、腰を抜かしそうになった。
 下手すれば麓の街より多いかも知れないその人だかりは、全てメイリンに求婚に来た男達であった。
 
 男達の大半は婿の条件を既に知っているらしく、殺気立ったような浮き足だったような、変な空気感があった。
 グエンは周りの男達をぐるりと眺めた後、メイリンの家へと急ぐ。
 屋敷の前も人に溢れていた。
 説明を受けているのか、屋敷の中にまとまって何人か呼ばれては出て、呼ばれては出てを繰り返していた。
 ようやくグエンの番となり、屋敷の中へと通された。
 小さな村に不釣り合いの大きな屋敷の中は、女中までみな金糸の髪をしていた。
 奥座敷に入るや、数多くいる金糸の中で、誰がメイリンかと一瞬で理解した。
 流れ落ちる金の髪はたっぷりと艶やかで、動く度に水面のように光を反射し目がくらむよう。
 鼻筋が通りはっきりとした顔立ちの美姫は、退屈そうに部屋の端に座りそっぽを向いていた。

「今日はこれで最後か」

 良く通る声の方を向けば、メイリンとそっくりな壮年の男が立っていた。
 それが父テンライなのだと、男達の背筋が自然と伸びた。
 テンライも些か疲れたように一度目を伏せたが、顔を上げ男達を見る目は力強かった。
 
「みなも疲れた事だろう。端的に言う。この村の守り神に認められた者を、我が娘メイリンの婿としよう」
 
 明らかに男達が難色を示した。
 村の守り神、黄金のユニコーン。
 極めて獰猛で力強く、勇敢であり、男はひと突きにするが、生娘を愛すると言われる生き物。
 そんなユニコーンに、男が認められるなど出来るのだろうか。
 男達の動揺をしばらく眺めたテンライは、想定内だとばかりに言葉を続けた。

「どんな手を使っても構わない。ひたすらに語りかけても良し、供物を供え続けても良し。守り神が認めれば良い」

 すっとメイリンが立ち上がった。
 自然と視線が集まる中、メイリンは男達に目もくれず、テンライの前を横切った。

「どこにいく」
「条件を伝えるだけなら、私居なくても良いでしょ。どーせ私の意思なんかない結婚なんだから、少しは好きにさせてよ」
 
 当然とは言え「私の意思はない結婚」と本人に言われた男達は、なんとも言えず各々視線を反らす。
 しかし、メイリンの声が聞けて有頂天なグエンは、気付けば一人立ち上がっていた。
 今度は一斉に視線がグエンに集まる。どこからかコソコソと小声で「ダンマだ」「麓のダンマだな」と聞こえてくる。
 気まずく座ろうとしたが、ふいにメイリンが振り返った。

「俺はグエン! 守り神さまに認められて、あなたを娶る男だ!」

 とっさに出た言葉に、グエンははっと口を抑え、小さく座り込んだ。
 顔を上げられずもじもじと男達の背に隠れる。
 耳も顔も熱を持ち、今すぐここから逃げ出したい思いだ。
 きょとんと目を丸くするメイリンは、同じ表情のテンライを一度見上げてから、思わず噴き出しそうになってしまった。
 
「グエン、グエンね。頑張って。楽しみに待ってる」

 グエンをにらみ付け小さく舌打ちをする男達の中で、グエンはメイリンしか見えていなかった。

 翌早朝、グエンは守り神がいるという、村から更に山に登った先の小さな湖に居た。
 沼と言うには綺麗だが、湖というには狭く雰囲気も悪い。綺麗な池と言い表すのが一番納得できる、守り神が居るとはとても思えない場所だった。
 守り神がいつ来るか分からず、他の男達も木の陰に隠れながらその時を待っていた。
 昼過ぎ、ようやくその時が来た。
 どこからともなく現れたそれは、まさに守り神と言うにふさわしい神々しい姿だった。
 普通の馬と変わらない大きさだが、額から伸びた一角とその輝かしい金色は、まさに神だった。
 守り神は湖の中をふらふら歩き回り、草をつついたかと思えば、今度は湖の反対側で水を飲む。
 なにをしているのか、意味があるのか。
 動物となんら変わらないその動作に、男達はざわざわとお互い顔を見合わせた。
 一人、見事な衣装に身を包んだ男が、下働きと思われる男を携え、湖のそばに出た。
 固唾を飲み見守る男達の前で、見事な衣装の男は、湖の側に反物や宝石を並べ始めた。

「見よ守り神よ。私には財がある。メイリンに不便はさせない」

 うんざりする金持ち思考に、見守っていた男達からため息があがる。
 やっかみにも聞こえるため息だが、みんな思いは同じなようだ。

「待て守り神! 見よ俺の筋肉を! そんな男より、俺の方がメイリンを守ってやれる!」

 今度は飛び出した男が、綺麗な反物の側で裸になるや、自慢の筋肉を見せ付け始めた。
 何を見せられているのだろうか。恋とは愚かだと、グエンは人ごとのように笑ってしまった。
 一人飛び出せばまた一人と、やれ薬だ知識だと、みな己の強みを守り神に見せ付けていく。
 自分の強みは何だろうと、今更グエンが悩んでいると、突然守り神が暴れ始めた。
 角に弾かれ飛ばされる男や、踏みつけられ湖に沈む男、力自慢であった男でさえ、後ろ足で蹴られ逃げてしまった。
 残ったのは、飛び出さなかった数人の男だけ。
 守り神は、男達を一瞥すると、またどこかへと消えてしまった。

 夜も遅いが、昼間の事が頭に焼き付き、どうにも寝れそうにない。
 あんな物を見せられ、どう認められろと言うのか。
 寝付けぬままふらふらと歩いていれば、気付けばメイリンの家の裏まで来ていた。
 村をぐるりと回ってしまったかと、戻ろうときびすを返すと、どこからか呼ばれたような気がした。
 きょろきょろと見渡すと、声は頭上から聞こえて来た。

「グエン、グエンったら」
「メイリン!?」
 
 すぐ上にあった窓から、メイリンがいたずらっ子のように目を輝かせ、身を乗り出していた。
 落ちまいかとグエンが手を伸ばせば、メイリンはにっこりと窓の向こうに戻ってしまった。

「今日はどうだった? 守り神様に会えた?」
「会えたには会えた、けど……」

 歯切れの悪いグエンの言葉を待つように、メイリンは黙ってグエンを見詰めていた。
 
「……こんなぼんやりした月明かりでも、あなたは眩しいほどに美しい」
「私を口説いても無駄よ。無意味な事はしないで」

 メイリンの言葉に、また気持ちがぐんっと落ち込む。
 そんなつもりでは無かったのだが、そう捉えられてしまってもおかしくは無い。
 
「私の意思は関係ないの。その気になっても、寂しいだけ」

 メイリンの寂しそうな声に、グエンはハッと我にかえった。
 落ち込みたいのはメイリンだ。自分では無い。
 無理矢理に笑顔を作ったグエンは、思い切り胸をはってみせた。

「俺はグエン。あなたを娶る男だ。あなたを娶る男だ!」

 闇に響く大声に、メイリンは慌ててシーっと口に人差し指を当てる。
 
「もう、誰か起きて来ちゃったじゃない。じゃあ、明日も頑張ってね」

 どこかで人が動く気配がしたのか、メイリンはそれだけ言うと、さっと窓を閉めてしまった。


 翌日も、その次も、グエンは湖に行き、結果を出せずにいた。
 
「あんなにいたのに、もう数える程度しかいないらしいわね」

 このたった数日で、求婚に来た男の八割り近くが諦めて帰ってしまった。
 湖にも行かず、噂だけ聞いて帰った者もいるとかで、メイリンはため息ばかりつく。

「本気で娶りたい人なんかいないのよ。自分が一番大事」
「俺がいる」

 毎日聞く「俺が娶る」に、メイリンも笑顔で受ける。

「今日、残った男達と話したんだ。難しい事はない。守り神の試練に勝てば良いんだって。勝つまで戦い続ければ良いんだって」
「ふふ。あなた達の中では戦いなのね」

 ギラギラと目を輝かせるグエンを、メイリンは眩しそうに眺め続けた。


「メイリン! メイリン!」

 あれから一週間。
 屋敷の中に響きわたる声に、メイリンは顔を跳ね上げた。
 騒然となる屋敷を走り抜け、メイリンは期待に胸を膨らませ、奥の部屋へと飛び込む。
 
「メイリン! ついにやった、守り神をとったぞ!」

 高らかに掲げたグエンの手には、美しい守り神の生皮がぶら下がっていた。

「っ! お父様ぁあ!」
 
 屋敷にメイリンの悲鳴が響きわたった。


 守り神であったテンライが殺され、メイリンをはじめ、村から金糸の髪の人間がいなくなった。
 それからしばらくもしないうちに、テンライにより清められていた村へと続く川は穢れ、瞬く間に人の住める土地ではなくなってしまった。
 グエンに知識を与えたのは、あの金持ちの男だった。
 金では手に入らない事に苛立った男は、守り神さえいなければどうにでもなると画策した。
 そして目を付けたのがグエンだった。
 『守り神に認められる』と言う条件を、徐々に違う意味へとすり替えられてしまった。
 恋に目のくらんだグエンは、本当の愚か者(ダンマ)だった。