「……キャッツレイ侯爵。貴殿は今日、僕以外に誰か客人を招いたか?」
「――は? い、いえ!! 今日は殿下をお迎えし、そのまま私たちも城へ向かう予定で……なっ、誰だ!?」

 何かを察した侯爵が思わず大きな声を上げた。

 突然窓が割れ、誰かがこの部屋に侵入してきたのだ。
 廊下からも悲鳴が上がり、大勢がここへと押し寄せてきた。

「賊か!? くそっ、よりによってこんなタイミングで……!!」
「……いや、違うな。僕が居ると分かっていて寄越したな?」

 自虐を込めた台詞(せりふ)を吐きながら、口元を布で巻いた男たちを睨みつける。
 侵入者たちは一様にして、手に怪しい道具を持っていた。

「それは一体……?」

 その道具をシルヴィニアスたちにではなく、床に向かって一斉に投げつけ始める。
 瞬間、薄い紫色の煙がもくもくと部屋を埋め尽くした。

「コレはおそらく……()()()()か」
「なっ、貴族殺しですと!? 貴様ら、禁忌に手を出したのか!?」

 特に嗅覚の鋭いシルヴィニアスは、これが何なのかを瞬時に判別することができた。


 ――貴族殺し。

 初代国王と神獣が出会い、共に暮らしていたと言われる聖地がこの国のどこかに隠されている。
 その聖地でのみ自生する薬草を使って作られるのが、この貴族殺しだ。

 貴族殺しの名の通り、神獣の血を持つ者に対してのみ効果を示す毒薬でもある。
 つまりこれは、神獣人であるシルヴィニアスにとっては――。


「どうやら狙われていたのは僕の方だったようだね……恐らくは兄上か、従兄弟か。いや、全員か? ははっ……どちらにせよ、僕の存在が相当邪魔だったようだ」

 家族の裏切りに、シルヴィニアスは心が張り裂けそうになる。


 だが今はそれどころではない。

 どうにか意識を保ちながら、一人、また一人と敵をなぎ倒していく。
 それでも次第に剣を握る手が(しび)れ、視界はボヤけてくる。


「くっ、手ごわいな……」

 相当訓練されている。
 仲間が倒れようとお構いなしに襲ってくる。
 善戦していた彼も遂に床へ膝を突いてしまった。

「ここまでか……」

 目を開けているのも(つら)くなってきた。
 頭を項垂(うなだ)れさせ、最期の瞬間が訪れるのをじっと待つ。

 ……が、その時が何故か一向にやって来ない。


 いったいどうしたのか。
 おそるおそる顔を上げてみる。

 やがて立ち込めていた煙もようやく晴れてきた。
 すると、そこには――

「どうして……どうしてキミが!!」
「シルヴィ……ニアスさ、ま……」

 視界に入ったのは、シルヴィニアスを庇うようにして腹部を短剣で貫かれている、身代わりの少女ターニャの姿だった。


「わた、し……貴族じゃ、ないから……動け……」
「そうだがっ、そんな事を言っているんじゃない! どうして逃げなかったんだ!! どうして僕なんかを庇った!!」

 痺れる身体を引き()りながら、ドサリと床に倒れゆく彼女の元へ()っていく。
 そして赤いドレスを更に自分の血で赤く染めていく彼女を抱き寄せた。


「だって、しるヴぃ、さまは……私の、家ぞくだ、から……」
「おいっ、ターニャ……しっかりしろっ!!」

 ターニャは震える両手で、愛するシルヴィニアスの顔を優しく撫でている。
 彼は涙を流しながらその手を必死に掴み、彼女の名を何度も叫んだ。

「死んじゃダメだ、ターニャ!!」

 残酷にも彼女の瞳は次第に光を失っていく。
 それでも何かに(すが)る様に、シルヴィニアスは願い続けた。

「たのむ神獣様……僕の家族を、ターニャを助けて……」


 ――彼のその悲痛な願いが通じたのだろうか。

 彼女の指に()まっていた指輪が、ぼんやりと淡く光り始めた。


「これは……解毒の指輪!? どうして、これをターニャが?」

 これは侯爵の本当の娘であるミーアが、嫁いで行くターニャに譲り渡した母の形見だ。
 普段は弱い力しか持たないただの宝飾品だが、今この場にいるシルヴィニアスにとっては違った。

「……ありがとう、神獣様。これで僕は――家族を救うことができる」