突然の婚約発表にざわめくパーティ会場。
 しかし王の口から直接出たのだ。これは紛れもなく王命である。
 誰も反論することはできないし、許されない。

 運の悪いことに、ここには全国から貴族が集まっている。
 つまり彼女はほぼ全ての貴族に、次期王妃として認知されてしまった。


 その場に居た令嬢は当然、ミーアを羨望の眼差しで見つめていた。
 だが彼女にとって、それは唐突に引き起こされた悲劇でしかない。

 幼いながらに(あわ)く燃え始めた、初めての恋心。
 それを大人の都合で踏み(にじ)られたのである。


 国や貴族の事情でそう決まったから、と言われて到底納得できるものではない。
 彼女は会場から帰る馬車の中で、父親である侯爵に(なぐさ)められながらポロポロと大粒の涙を(こぼ)し続けた。


 泣き疲れてしまったのか、やがて寝息を立て始めるミーア。
 彼女の頭を優しく撫でながら、侯爵は少し疲れた様子で馬車の外を眺めていた。

 外はまるでミーアの心中を表すかの(ごと)く荒れ模様となっていた。
 星空は厚い雲に覆われ、冷たい雨は吹き荒れる風に乗って馬車を激しく打ち付けている。


「ああ、どうにかしてやれないものだろうか。私に、もっと力があれば……」

 ――可愛い娘の為ならば、なんだってしてやりたい。だが相手は王家で、しかもあの神獣人だ……

 不穏な考えが一瞬、脳裏をよぎる。
 だが、それは駄目だと(かぶり)を振った。


「……ん? なんだ、急に」

 もうすぐ我が家に着くというところで、馬車が急停止した。
 何か問題が起こったのかもしれない。馬車の外が何やら騒がしい。

「すみません、旦那様。実は……」

 しばらくすると、御者が侯爵の元へやってきた。
 彼によれば、道端に行き倒れが転がっていたので慌てて馬を止めたのだと言う。

「そうか、なら仕方がない」
「お手を煩わせてしまい、大変申し訳ありません……」

 普通の貴族であれば部下に任せて処理させるか、そのまま()き殺していくだろう。
 しかし彼は貴族には珍しい、心優しき善人だった。
 雨に濡れることもいとわず、彼は馬車の外へと降り立った。

「おい、まだ幼い子じゃないか!!」

 御者に案内された先を見てみれば。地面に転がっていたのはなんと、まだ幼い子どもだった。
 全身が泥まみれで着ている服もボロボロだが、間違いなく生きた人間の女の子だ。

「……ミーアとよく似た顔をしているな。まるで双子のようだ――だが」


 ミーアとは身体つきがまるっきり違う。
 服の隙間から見える肌はガサガサで、あばら骨も浮き上がるほどに痩せていた。
 明らかに栄養が足りていない状態。雨に濡れて衰弱もしている。

 放っておけば、すぐに死んでしまうだろう。
 この、冷たい雨の降りしきる嵐の暗闇の中で。

「可哀想に……おい、誰か手伝ってくれ! 急いで我が家で治療するぞ!!」