餃子はあと焼くだけなので、もうひとつの料理に取り掛かる。
蒸し器二台で、カップ5ずつ米を浸水させたものを蒸し上げてもらっていた。
蒸し器の蓋を開けると、ぶわっと勢いよく湯気が噴き上がる。
「カズン様、眼鏡を預かります。それじゃ前なにも見えないでしょ」
「た、頼む……!」
蒸し器の蓋を持ったまま、湯気で真っ白になった眼鏡をヨシュアに外してもらう。伊達眼鏡なので、外したから見えないということもない。
蒸し布を広げて中身の米飯の蒸し具合を、少しだけスプーンですくって味見する。
芯も残らず、程よい噛みごたえに蒸し上がっていた。
米飯は蒸し布の四方を掴み、大型の鍋に移して軽くかき混ぜて空気を含ませておく。少し水分を飛ばしたいので、あえて蓋はしないまま置いておく。
「フライドライス。炒飯という、米を具と炒めた料理を作ります。これも餃子と並んで人気の料理でした」
「米を炊くのでなく、蒸すのは何か理由があるのですか?」
こちらも、カズンに付き合っているうちに調理スキル初級を獲得したヨシュアが質問してくる。
隣でエルフィンも、自分も思ったという顔でうんうんと頷いている。
「本来なら、固めに炊いたものでいいのだが、一度冷まして適度に水分を抜いたもののほうが調理するとき扱いやすいんだ。だが、冷やご飯はこの国では一般的ではないだろう?」
アケロニア王国は食生活の豊かな国なので、作りたてが温かく最もおいしい米飯を、わざわざ一度冷まして使うという文化がない。
パン食優勢の食文化のこともあって、カズンの前世にあったような握り飯の類もさほど食べられていなかった。
「蒸した米なら最初から適度に弾力があって固いから、冷ます工程が不要になる。まあ、これは作って食べてみればわかるさ」
カズンの調理スキル初級では、餃子はともかく、この手の料理の場合、一度に多量は作れない。頑張れば作れなくもないが、手際が悪くなる。
とりあえず一人前の分量で材料を準備することに。
ボウルに卵を一個割り入れ、軽く菜箸で撹拌しておく。
また別のボウルには、ライルから貰ったカニ肉の足肉を五、六本ほど出し、粗めに解しておく。
ネギの白い部分を5cmほど薄い輪切りにした後で、みじん切りにしたものも、ボウルに用意する。
米飯は一人前程度を椀に入れておく。
調味料には、醤油、少しの砂糖を使う。
熱する前の鉄のフライパンに、刻んだネギと油を大さじ1ほど入れて、コンロに魔石の火で弱火を出す。
「前世では、旨味を足すための調味料を使う家庭が多かったようです。この世界にはまだないようなので、低温でネギを焦げない程度にじっくり炒めて、油にネギの香味を移します」
ふわ、とコンロの上のフライパンから、加熱されたネギの甘い匂いが漂ってくる。
「そうしたら、火を強火にして卵を投入。ここからはスピード勝負なので、よく見てて下さい!」
強火にしてネギの色が変わる寸前くらいに、溶き卵を一気にフライパンの中に流し入れていく。
すぐにフライパンの上で、じゅわっと音を立てて大きな泡がたつように外側から卵に火が通っていく。
卵はかき混ぜず、まだ半熟のうちにその上へ蒸した米飯を投入、すかさず木べらで卵ごと全体を、米の粒を潰さないよう気をつけながら混ぜていく。
ある程度全体が混ざったところで塩少々を足し、フライパンの中身を少し端に寄せ、空いたフライパンの鍋肌に醤油を垂らしていく。
じゅわーと大きな音を立てて醤油の水分が飛んでいく。すぐ、家庭科室に香ばしい醤油の焦げた香りが漂う。
「わあ、匂いだけでもう美味しいのがわかりますね」
「間違いないわね。カズン君はまたすごい料理をアケロニアにもたらしてくれたわ……」
途中で、粗く解したカニ肉を入れ、砂糖を小さくひとつまみと、ミルですった黒胡椒を入れて最後にまた刻んだネギを混ぜ、完成である。
餃子作りからここまでで、10分と経っていない。調理スキル持ち三人で手分けするからこその時短調理だ。
「まだユーグレン殿下たちも来ないようだし。先に炒飯だけ試食しましょう」
「「待ってました!」」
午前の授業を終えた後の昼休み時間で、全員空腹である。
最初に作った一人前の炒飯を、取り皿に三等分する。
各自、スプーンを手にいざ実食。
レンゲのような形の食器はないため、大匙のテーブルスプーンですくって食べる。
「………………わ、すごい」
思わず、といったふうにヨシュアが声をあげた。
口の中に入れた途端、もう米の香りがすごい。いや、むしろ爆発したといっていい。
いつもなら、あれこれコメントし合いながらの実食タイムが、無言のままに進んでいく。
誰もスプーンを運ぶ手を止めない。
ネギや油の風味、少し遅れてカニの旨みと甘さ、卵のまろやかさ。全体を包む醤油の香り。食べ進めるにつれて、すべてが口の中で渾然となっていく。
それでいて、はらりと一粒一粒が際立ち弾力のある米の感触が楽しい。そうか、この感触を作るために米を蒸したのかとわかる。
ひとつひとつの食材は何ということのないものなのに(カニという高級食材があるとはいえ)、味付けや温度も含めたすべてのバランスが絶妙に調和していた。
かたん、と誰かが皿にスプーンの当たる音をたてた。
一人前を三人で分けた三分の一の量だ。すぐに食べ終えてしまう。
誰からともなく顔を見合わせる。
三人の間に言葉は要らなかった。頷き合って、各自必要な行動を起こす。
カズンは少し冷めてきて固まりかけていた米飯を再び簡単にかき混ぜておく。
その後で、残りのカニ肉も粗くほぐしてボウルに移していった。
ヨシュアは白ネギ数本まとめて揃えてから小口切りにして、みじん切りまで淡々とこなした。残りの米飯の量を確認し、中サイズのボウルいっぱいにネギのみじん切りを作る。
エルフィンは卵をまずは三つ、ボウルに割り入れた。
先程のカズンの調理を見ていて、強い火力勝負の料理と看破したため、フライパンや大鍋の温度を保ちながら作るには卵三個分即ち三人分ずつ作るのが限度と判断してのことである。
カニ肉をあらかたほぐし終えたカズンが、コンロの隣の調理台に醤油の瓶、塩入れと砂糖入れを的確な位置に置き直した。
その隣に、ヨシュアも切ったネギの入ったボウルを、調理するエルフィンが手に取りやすい位置に置く。
ふー、と呼吸を整えるようにエルフィンが大きく息を吐く。
「カズン君。この炒飯とやら、他に何か作るときの注意事項はある?」
「具はカニだけじゃなく、海老を入れても旨いです」
「いや、そういうことじゃなくて」
「はい、カズン様! カニの代わりに我が領地特産の鮭は合うでしょうか!?」
「……最高だと思う」
「いやいや、そういうことでもなくて!」
まったく、まだまだお子様ねえとエルフィンが嘆息する。
「すいません、先生。冗談言ってるうちに昼休みが終わってしまいますね。真面目に言うと、油の量を工夫することで、また風味が変わります」
「さっき君が作るとこ見てた感じだと、卵が油を吸ってる感じの料理よね?」
「ええ、卵が一度油を吸って、その後で加えた米や他の具と混ぜるときに、その油が全体に回るような感じです」
「そうよね……となると、カズン君が使ったのと同じ油の量を三人前にそのままかける3するのは多すぎるかしら……」
調理スキル上級持ちの頭脳が、的確な配合を弾き出していく。
少しだけ油の量を引き算して、完全に米を油でコーティングはしないようにしたほうが、食材の風味が際立つかもしれない。
「カニ肉は溶き卵の後に入れて、最後の盛り付けのとき用に取り分けておいて、少し飾りに上にのせるのがいいかもしれないわ。ほぐし具合は今の感じで問題ないと思う」
「エルフィン先生。オレが気になったのは、溶き卵に味付けしないことなんです。こちらには塩や胡椒で味付けは不要なんでしょうか?」
オムレツ好きのヨシュアが、普段食べているオムレツの感覚で味付けを比較しての質問である。
「うーん、卵にお塩入れちゃうと、米やネギから余計な水分が出ちゃうかも。この料理は、ネギの香味と火加減がポイントね。濃いめの味付けが好きなら、最後の醤油を少し増やせばいいと思うわ」
あまり長話をしている時間の余裕はない。
そろそろ、生徒会室に寄っているユーグレンや、1年生の教室にグレンを迎えに行っているライルもやってくる頃だろう。
蒸し器二台で、カップ5ずつ米を浸水させたものを蒸し上げてもらっていた。
蒸し器の蓋を開けると、ぶわっと勢いよく湯気が噴き上がる。
「カズン様、眼鏡を預かります。それじゃ前なにも見えないでしょ」
「た、頼む……!」
蒸し器の蓋を持ったまま、湯気で真っ白になった眼鏡をヨシュアに外してもらう。伊達眼鏡なので、外したから見えないということもない。
蒸し布を広げて中身の米飯の蒸し具合を、少しだけスプーンですくって味見する。
芯も残らず、程よい噛みごたえに蒸し上がっていた。
米飯は蒸し布の四方を掴み、大型の鍋に移して軽くかき混ぜて空気を含ませておく。少し水分を飛ばしたいので、あえて蓋はしないまま置いておく。
「フライドライス。炒飯という、米を具と炒めた料理を作ります。これも餃子と並んで人気の料理でした」
「米を炊くのでなく、蒸すのは何か理由があるのですか?」
こちらも、カズンに付き合っているうちに調理スキル初級を獲得したヨシュアが質問してくる。
隣でエルフィンも、自分も思ったという顔でうんうんと頷いている。
「本来なら、固めに炊いたものでいいのだが、一度冷まして適度に水分を抜いたもののほうが調理するとき扱いやすいんだ。だが、冷やご飯はこの国では一般的ではないだろう?」
アケロニア王国は食生活の豊かな国なので、作りたてが温かく最もおいしい米飯を、わざわざ一度冷まして使うという文化がない。
パン食優勢の食文化のこともあって、カズンの前世にあったような握り飯の類もさほど食べられていなかった。
「蒸した米なら最初から適度に弾力があって固いから、冷ます工程が不要になる。まあ、これは作って食べてみればわかるさ」
カズンの調理スキル初級では、餃子はともかく、この手の料理の場合、一度に多量は作れない。頑張れば作れなくもないが、手際が悪くなる。
とりあえず一人前の分量で材料を準備することに。
ボウルに卵を一個割り入れ、軽く菜箸で撹拌しておく。
また別のボウルには、ライルから貰ったカニ肉の足肉を五、六本ほど出し、粗めに解しておく。
ネギの白い部分を5cmほど薄い輪切りにした後で、みじん切りにしたものも、ボウルに用意する。
米飯は一人前程度を椀に入れておく。
調味料には、醤油、少しの砂糖を使う。
熱する前の鉄のフライパンに、刻んだネギと油を大さじ1ほど入れて、コンロに魔石の火で弱火を出す。
「前世では、旨味を足すための調味料を使う家庭が多かったようです。この世界にはまだないようなので、低温でネギを焦げない程度にじっくり炒めて、油にネギの香味を移します」
ふわ、とコンロの上のフライパンから、加熱されたネギの甘い匂いが漂ってくる。
「そうしたら、火を強火にして卵を投入。ここからはスピード勝負なので、よく見てて下さい!」
強火にしてネギの色が変わる寸前くらいに、溶き卵を一気にフライパンの中に流し入れていく。
すぐにフライパンの上で、じゅわっと音を立てて大きな泡がたつように外側から卵に火が通っていく。
卵はかき混ぜず、まだ半熟のうちにその上へ蒸した米飯を投入、すかさず木べらで卵ごと全体を、米の粒を潰さないよう気をつけながら混ぜていく。
ある程度全体が混ざったところで塩少々を足し、フライパンの中身を少し端に寄せ、空いたフライパンの鍋肌に醤油を垂らしていく。
じゅわーと大きな音を立てて醤油の水分が飛んでいく。すぐ、家庭科室に香ばしい醤油の焦げた香りが漂う。
「わあ、匂いだけでもう美味しいのがわかりますね」
「間違いないわね。カズン君はまたすごい料理をアケロニアにもたらしてくれたわ……」
途中で、粗く解したカニ肉を入れ、砂糖を小さくひとつまみと、ミルですった黒胡椒を入れて最後にまた刻んだネギを混ぜ、完成である。
餃子作りからここまでで、10分と経っていない。調理スキル持ち三人で手分けするからこその時短調理だ。
「まだユーグレン殿下たちも来ないようだし。先に炒飯だけ試食しましょう」
「「待ってました!」」
午前の授業を終えた後の昼休み時間で、全員空腹である。
最初に作った一人前の炒飯を、取り皿に三等分する。
各自、スプーンを手にいざ実食。
レンゲのような形の食器はないため、大匙のテーブルスプーンですくって食べる。
「………………わ、すごい」
思わず、といったふうにヨシュアが声をあげた。
口の中に入れた途端、もう米の香りがすごい。いや、むしろ爆発したといっていい。
いつもなら、あれこれコメントし合いながらの実食タイムが、無言のままに進んでいく。
誰もスプーンを運ぶ手を止めない。
ネギや油の風味、少し遅れてカニの旨みと甘さ、卵のまろやかさ。全体を包む醤油の香り。食べ進めるにつれて、すべてが口の中で渾然となっていく。
それでいて、はらりと一粒一粒が際立ち弾力のある米の感触が楽しい。そうか、この感触を作るために米を蒸したのかとわかる。
ひとつひとつの食材は何ということのないものなのに(カニという高級食材があるとはいえ)、味付けや温度も含めたすべてのバランスが絶妙に調和していた。
かたん、と誰かが皿にスプーンの当たる音をたてた。
一人前を三人で分けた三分の一の量だ。すぐに食べ終えてしまう。
誰からともなく顔を見合わせる。
三人の間に言葉は要らなかった。頷き合って、各自必要な行動を起こす。
カズンは少し冷めてきて固まりかけていた米飯を再び簡単にかき混ぜておく。
その後で、残りのカニ肉も粗くほぐしてボウルに移していった。
ヨシュアは白ネギ数本まとめて揃えてから小口切りにして、みじん切りまで淡々とこなした。残りの米飯の量を確認し、中サイズのボウルいっぱいにネギのみじん切りを作る。
エルフィンは卵をまずは三つ、ボウルに割り入れた。
先程のカズンの調理を見ていて、強い火力勝負の料理と看破したため、フライパンや大鍋の温度を保ちながら作るには卵三個分即ち三人分ずつ作るのが限度と判断してのことである。
カニ肉をあらかたほぐし終えたカズンが、コンロの隣の調理台に醤油の瓶、塩入れと砂糖入れを的確な位置に置き直した。
その隣に、ヨシュアも切ったネギの入ったボウルを、調理するエルフィンが手に取りやすい位置に置く。
ふー、と呼吸を整えるようにエルフィンが大きく息を吐く。
「カズン君。この炒飯とやら、他に何か作るときの注意事項はある?」
「具はカニだけじゃなく、海老を入れても旨いです」
「いや、そういうことじゃなくて」
「はい、カズン様! カニの代わりに我が領地特産の鮭は合うでしょうか!?」
「……最高だと思う」
「いやいや、そういうことでもなくて!」
まったく、まだまだお子様ねえとエルフィンが嘆息する。
「すいません、先生。冗談言ってるうちに昼休みが終わってしまいますね。真面目に言うと、油の量を工夫することで、また風味が変わります」
「さっき君が作るとこ見てた感じだと、卵が油を吸ってる感じの料理よね?」
「ええ、卵が一度油を吸って、その後で加えた米や他の具と混ぜるときに、その油が全体に回るような感じです」
「そうよね……となると、カズン君が使ったのと同じ油の量を三人前にそのままかける3するのは多すぎるかしら……」
調理スキル上級持ちの頭脳が、的確な配合を弾き出していく。
少しだけ油の量を引き算して、完全に米を油でコーティングはしないようにしたほうが、食材の風味が際立つかもしれない。
「カニ肉は溶き卵の後に入れて、最後の盛り付けのとき用に取り分けておいて、少し飾りに上にのせるのがいいかもしれないわ。ほぐし具合は今の感じで問題ないと思う」
「エルフィン先生。オレが気になったのは、溶き卵に味付けしないことなんです。こちらには塩や胡椒で味付けは不要なんでしょうか?」
オムレツ好きのヨシュアが、普段食べているオムレツの感覚で味付けを比較しての質問である。
「うーん、卵にお塩入れちゃうと、米やネギから余計な水分が出ちゃうかも。この料理は、ネギの香味と火加減がポイントね。濃いめの味付けが好きなら、最後の醤油を少し増やせばいいと思うわ」
あまり長話をしている時間の余裕はない。
そろそろ、生徒会室に寄っているユーグレンや、1年生の教室にグレンを迎えに行っているライルもやってくる頃だろう。