その日の放課後は、カズン、ヨシュア、ユーグレンの三人でカズンのアルトレイ女大公家に寄って、今後のことを話し合うことにした。

 特に、三人が共にいることによる貴族間の勢力図への影響について。
 アルトレイ家のサロンに集まり、一番奥の上座にはユーグレン王子、カズンとヨシュアはテーブルを挟んで向かい合わせに座る。

 現時点で、次世代の王族に対し、ユーグレン王子派と王弟カズン派がある。
 全ての貴族が分かれているわけではなく、国内の貴族の一部分に過ぎない。
 しかし、それぞれ有力な貴族が属すので、無視はできなかった。

 ユーグレン王子派は、先王ヴァシレウスの曾孫であり、現王テオドロスの孫。そして現王太女の実子という、正当な王統を継ぐユーグレンが正しく王太子となり、即位して王になることをサポートするための派閥だ。

 王弟カズン派は、カズンが先王ヴァシレウスの実子で、“ユーグレン王子よりも、偉大なヴァシレウス大王に近い血”の持ち主であることから、ヴァシレウス信奉者たちが中心となって結成されている。

 王家としてはどちらの派閥も認めていない。
 現時点で王家の王子はユーグレン一人であるし、カズンは王族で現王の弟ではあっても王子の称号を与えられていない。
 比較するまでもなく、次世代の王となるのはユーグレンなのだから、というスタンスである。



 さて今回、ユーグレン、カズン、ヨシュアの三人で親しく交友すると決めたことを契機として。

 カズンとヨシュアがまとめてユーグレン派に参入してはどうか、とヨシュアが提案した。

 即ち、実質的にカズン派の消滅を狙う。

「すごいこと考えるな、おまえ」

 幼馴染みの頭脳がキレッキレである。
 学園の1年生のときの竜討伐の後遺症で、長らくローテンションな姿ばかり見ていたが、そういえばヨシュアは本来、こういう鋭い知性の持ち主であり遠慮のない性格だった。

 切れが良いだけでなく、本人も楽しそうだ。

「そもそも、仲の良いカズン様とユーグレン様が独自派閥を持って対立するって無意味じゃないですか? 王族派や貴族派というならともかく」

 三人のうち、誰が対外的に“両手に花”をやるかヨシュアは考えたという。

「オレの場合だと、ますますオレへの周囲からの風当たりが強くなるでしょう。かといって、カズン様だと、次世代の王太子の座を狙っているのかと余計な邪推を招きます。なので」
「そうだな。ユーグレン、おまえが僕とヨシュアを手に入れたことにしておけ」

「というと?」

「殿下は元々、オレに憧れてくれていたのでしょう? それに加えて、実はカズン様にも惹かれていたのだとか何か適当な理由を作って、日頃から公言して下されば良いのです」

 たとえば、以前思い出を語ってくれたように、『初めて会ったときカズンを自分の婚約者と勘違いした』エピソードを語るなどして、とヨシュアが言う。

「ユーグレン、おまえ……」

(え、そういう目で僕のことを見てたとか?)

 思わず身を守るように両腕で自分をガードしてしまったカズンだ。

「し、仕方ないだろう、当時のお前はすごく可愛かった! 女の子だと思ってたんだ!」
「そ、そうか……?」

 ユーグレンとカズンが出会ったのは4歳のとき、まだカズンが呪詛をかけられて魔力を封じられる前のことだ。
 当時の絵姿や写真がアルトレイ家にあるが、両親は今と同じで長身でスタイルが良い。
 父親の腕に抱かれていた幼児のカズンは、まん丸な顔に真っ赤な頬、むちむちのハムのような両腕や両脚、ギリギリ肥満体ではないというぐらいのふくよかな体型だった。

(あれが女の子に見えたとは。こいつ視力は大丈夫か???)

 ちなみに、翌年5歳になったときの絵姿では、丸かったはずの顔も身体も“シュッ”と引き締まっていた。
 一年の間に己に何が起こったか長年謎だったのだが、魔力封じの呪詛が体型にも影響を及ぼしたということなのだろう。



「ま、まあそれはともかく。そう上手くいくものだろうか?」
「殿下の疑問ももっともです。ですが、最初から思う通りにならなくても良いのです。カズン様と殿下、二つの派閥があることで国内の貴族が割れることは好ましくない。神輿のお二人がそれを善しとしないことは、すぐ知れ渡るでしょう」

 ついでに、王弟カズンに侍るヨシュアに余計な圧力をかける者も、ぐっと減らせるだろう。

「オレはどんなちょっかいかけられても、かまわないんです。リースト伯爵家は政争に強い者も多いですし。オレ自身、最近では敵対派閥に報復するのが楽しくなってきたところなので」
「政争に強いというと……ルシウス様か」

 ヨシュアとよく似た、リースト伯爵家が持つ子爵位を継いだ叔父の名前だ。

 リースト伯爵家特有の青みがかった銀髪に湖面の水色の瞳、白い肌を持つ美貌に鍛えられた長身。
 優美な印象の甥ヨシュアと違って冷徹な印象を与える人物だが、見た目に反して情熱の人だ。ただ、物事に万事徹底して取り組むため容赦ない言動が多い。

 現在は、まだ未成年のヨシュアに代わり、リースト伯爵領で家令とともに領地の運営を代行してくれているという。

 このルシウスが、子爵でありながら王太女グレイシアの懐刀と呼ばれていて、貴族社会において発言力が強く、リースト伯爵家の存在感を強めることに一役買っていた。

 カズンたちより一回り近く上の世代の実力者の一人だ。
 その彼が、王族二人の派閥問題を好ましく思っていない。

「ルシウス殿か。そういえばここしばらく、見ていないな。今は領地にいるのか?」
「ええ、父が亡くなってすぐ領地入りして、現地の配下たちを統制してくれています」

 彼が王都にいれば、前リースト伯爵の後妻と連れ子の暴挙はなかったかもしれない。
 そう思えるほど有能な人物だった。



「えー、それでですね。実はその叔父に、今回三人でいろいろあったことを、まだ報告していません」

 カズンとユーグレン、二人の紅茶のカップを持つ手がぴたりと止まった。

 現役の伯爵となったヨシュアがどの陣営に与するか。
 特に若い王族二人との関わりについて。
 周囲を巻き込んでトラブルに発展しかけたことなどを、だ。

「そ、そそそそそ、それは、不味いのではないか?」
「そそそ、そうだなユーグレン。甥のヨシュアではなく、他から情報が入ってきたときルシウス様がどう反応されるのか恐ろし過ぎる……!」

 ぷるぷる震える指先で、カップを取り落とさないよう必死だった。

 リースト子爵ルシウスは、いわゆる説教魔神なのだ。
 カズンもユーグレンも、王宮で顔を合わせるたび、ど正論でどれだけ圧をかけられたことか。

 現王のテオドロスや先王ヴァシレウスにも同じ態度を崩さない人物で、むしろ本人の奏上した意見で国益をもたらしたことが幾度もある。
 そういった多くの功績から、今彼と同じ三十代の中では飛び抜けて、王宮内を含む貴族たちの中で強い発言力を持つ人物だった。

「叔父が王都に来たときは、一緒に怒られて下さいね?」

 ルシウスが怒るとは、手を上げるなど暴力ではなく、長時間説教で拘束されることを意味する。
 今の王族たち5人の中で、彼の一時間以上の説教を免れた者はいなかった。