生チーズことモッツァレラチーズをゲットするべく、冷却瓶用のミスリル銀調達のため、カズンたちはグレンとダンジョンに潜ることになった。
ダンジョンには冒険者登録しないと入れないので、まずは冒険者ギルドで先に登録することに。
まずは全員、学園が休みの週末に朝一で現地のギルドに集合することとなった。
利用するギルドはブルー男爵領支部だ。
赤レンガ造りの三階建て建物で、冒険者ギルドは本部も支部も概ね同じ建物と設備を持つ。
一階は受付と依頼掲示板、武器防具や備品など冒険者活動に必要な物品の売店、討伐品の売却・換金所、食堂がある。
二階は会議室とギルド職員の仕事場と休憩所、三階はギルド長ら支部の責任者の執務室と倉庫だ。
これから向かう第4号ダンジョンは、未成年が冒険者として活動する場合は、Dランクに上がるまでは冒険者ランクB以上の保護者最低一名が必要と決められている。
そして現れた保護者がカズンの父ヴァシレウスで、ライルとグレンは顎を外しそうになるほど驚いた。
ヨシュアは「ちょっと予想はしていました」と苦笑している。
黒髪と黒目の大男が、白い綿シャツに冒険者らしい焦げ茶色の革ベストとブーツに身を包んで現れた瞬間、ギルド内は騒然とした。
アケロニア王国の国民で、彼の姿を知らない者はいない。どんな小さな集落にも業績を讃える絵姿があるし、子供たちは学校でその軌跡を一から習う。
カズンやユーグレン王子とよく似たその人物こそ、偉大なる大王の称号を持つ先王ヴァシレウス・アケロニアその人だった。
2メートル近い巨躯に、緩い癖のある黒髪と短い顎髭には白髪が混じるが、年を感じさせない黒い瞳は力強く輝いている。
「何で一番の大物連れてきちゃうんですか! おうちの冒険者証持ちの使用人とかで良かったのに!」
グレンがピンクブロンドの髪を掻きむしって頭を抱えている。
ヴァシレウス曰く、
「うちの妻に、『旦那様、あたくしも美味しい生チーズ食べたいですわあ』とおねだりされてね。男ならやるしかなかろう」
「アッ、ハイ、愛妻家で有名でしたねヴァシレウス様……」
ハッと我に返って、グレンは慌ててその場で膝を折った。
「し、失礼しました、偉大なるヴァシレウス大王にご挨拶申し上げます。先日ご自宅に伺った際はありがとうございました。改めまして、ブルー男爵家のグレンと申します。今日はよろしくお願い致します!」
学園で習う略式の『王侯貴族への挨拶』だ。ぎこちないが、カズンたちの目から見て一応及第点は出せる。
「ははは、そんなに畏まらないでいいぞ、グレン君。王宮で会ったときだけしっかりやってくれれば良いのだ。今日の私はカズンの父親で、君たちの保護者だからね。よろしく頼むよ」
「はいっ。カズン先輩のパパさん、よろしくお願いします!」
先王陛下だと思うから緊張するのだ。早々にグレンは彼を先輩の親父さんとして対応すると決めた。
切り替えの早い後輩にヨシュアは感心し、ライルは俺もそれで行く! と追随するのだった。
ダンジョンに向かう前に、冒険者ギルドの若い女性職員から冒険者証の説明を受けることになった。
身分の高い者は魔力や攻撃力も高いことが多いので、魔力測定と過去の実績を加味して最初のランクが決定される。
「まず最初に、冒険者に身分は不問なので、私たち冒険者ギルドの職員も皆様をお名前でお呼びすることを、あらかじめご了承ください」
一同、頷く。ギルド職員は冒険者をすべて、敬称は“さん”付けのみで呼ぶ。
だがヴァシレウスに対してだけは、やはり大きな躊躇いと葛藤があるようだ。
すると受付カウンターの奥から様子を窺っていたギルドの上司がやってきて、受付職員嬢に何やら耳打ちした。
「そ、それではヴァシレウス様は先王陛下として偉大な業績に敬意を表し、ヴァシレウス様とお呼び致します! 上の許可が出ましたので!」
ホッとした表情になっている受付嬢に、グレンがわかる! としきりに頷いている。
冒険者志望者の初期ランクは、冒険者ギルドが持つステータス判定用の魔導具を用いることで決定される。
カズンとライルはランクEだった。一番下のFより一段階上なのは、王侯貴族で平民と比べれば魔力が多いからだ。ただし、実戦経験がないためEランクが適切と判断された。
グレンは間もなくDランクのEランク。彼は以前から冒険者活動しているので、今回は特にステータス判定は行わない。
ヨシュアはC。これはさすがに魔力量の多いことで知られる現役のリースト伯爵の面目躍如といったところだろう。
そして、何と王子時代に冒険者登録だけしていたヴァシレウスは、今回改めてステータス判定したところAランクだった。
定期的に更新していたようで、失効することもなく現在進行形で有効な冒険者証だった。
「お父様が王子だった頃って何年前です?」
「即位したのが十代後半だから、ざっと八十年前だな。私も学園生だったときに同級生たちと冒険者登録したのさ。懐かしいな」
豊かな魔力の持ち主で外見も六十代ほどで若々しいが、ヴァシレウスは九十代後半の高齢者だ。
この国の人間の平均寿命は65~70歳前後。
当時一緒に冒険者登録した仲間たちは、ほとんどが故人となっている。
冒険者証は魔導具の一種だ。本人の魔力を流せば保有スキルや適性スキルと分野、称号なども表示される。
ライルは得意な剣の保有スキルがあるし、ヨシュアはスキルに魔法剣士、称号に竜殺しがある。冒険者の初期ランクがCランク評価だったのはこの辺りが理由だろう。
グレンは探索や短剣術、弓のスキル持ちだ。適正スキルに魅了があったのには一同笑ってしまった。
どうも以前、ライルがグレン扮する可憐な女生徒アナ・ペイルの罠に嵌まったのは、未発達の魅了スキルの影響もあったらしい。
カズンは王族の血が持つ各種の基本スキルの他、適性スキルに『徒手空拳』があった。刃物の武器を持たず、素手で戦うスキルだ。
防具では盾剣バックラーを左手に出せるが、基本は手甲を拳に嵌めての肉弾戦向きらしい。
一応剣は持って来ていたが、ギルド内の売店で鉄の板が入った手甲を買い求めて装備することにした。
パーティーのリーダーは、ヴァシレウスは保護者枠のため遠慮した。
経験を考慮して、学生組の中の中で最も冒険者キャリアのあるグレンに決まった。
「では行こうか」
「えっ、ちょっとお父様!?」
ダンジョンに入るなり、カズンを子供のように抱き上げるヴァシレウスに一同は呆気に取られた。
だが、すぐに気を取り直したヨシュアに指を指されて爆笑される。
「あはは、よくそうやって抱っこされてましたよね、カズン様。懐かしいなあ」
思春期に入る頃まで、ずっとヴァシレウスに抱かれて持ち運ばれていたカズン。
幼馴染みのヨシュアには慣れっこの光景だ。
「お父様! 僕はもう子供じゃありません、降ろしてください!」
「ははは、何だもう親離れかカズン? もう少し可愛い僕ちゃんでいてほしいのだが」
「もう! いつまでも甘やかさないで!」
賑やかに騒いでいるパーティーメンバーたちを遠巻きにして、他の冒険者たちはどんどんダンジョン内部へ入場している。
「お二人とも、早く行きましょう。……うわあっ!?」
軽くたしなめようとしたヨシュアも、気づいたらヴァシレウスのもう片方の腕で抱き上げられた。
「えっ、ちょっとヴァシレウス様!? まさかこのままダンジョン進むつもりですか!?」
「それでも構わんぞ、ヨシュア。相変わらず細っこいな、きちんと毎食食べているのかい?」
「細くないです、オレは平均的な体格です! まだまだ身長も伸びてるし体重も筋肉も増えてます! あと食事だって取ってます!
ひとしきり騒いだ後で、ようやくカズンもヨシュアも解放された。
「ダンジョン進む前にがくっと疲れました……」
「うちの父が……すまない……」
子供たちの引率で張り切っているヴァシレウスが止まらない。
ちなみに、グレンとライルは盛り上がってる三人を置いて、早々に先に進んでしまっている。
まだ低層階で危険な魔物も出ないため、先行して様子を探ってくれているようだ。
ダンジョンには冒険者登録しないと入れないので、まずは冒険者ギルドで先に登録することに。
まずは全員、学園が休みの週末に朝一で現地のギルドに集合することとなった。
利用するギルドはブルー男爵領支部だ。
赤レンガ造りの三階建て建物で、冒険者ギルドは本部も支部も概ね同じ建物と設備を持つ。
一階は受付と依頼掲示板、武器防具や備品など冒険者活動に必要な物品の売店、討伐品の売却・換金所、食堂がある。
二階は会議室とギルド職員の仕事場と休憩所、三階はギルド長ら支部の責任者の執務室と倉庫だ。
これから向かう第4号ダンジョンは、未成年が冒険者として活動する場合は、Dランクに上がるまでは冒険者ランクB以上の保護者最低一名が必要と決められている。
そして現れた保護者がカズンの父ヴァシレウスで、ライルとグレンは顎を外しそうになるほど驚いた。
ヨシュアは「ちょっと予想はしていました」と苦笑している。
黒髪と黒目の大男が、白い綿シャツに冒険者らしい焦げ茶色の革ベストとブーツに身を包んで現れた瞬間、ギルド内は騒然とした。
アケロニア王国の国民で、彼の姿を知らない者はいない。どんな小さな集落にも業績を讃える絵姿があるし、子供たちは学校でその軌跡を一から習う。
カズンやユーグレン王子とよく似たその人物こそ、偉大なる大王の称号を持つ先王ヴァシレウス・アケロニアその人だった。
2メートル近い巨躯に、緩い癖のある黒髪と短い顎髭には白髪が混じるが、年を感じさせない黒い瞳は力強く輝いている。
「何で一番の大物連れてきちゃうんですか! おうちの冒険者証持ちの使用人とかで良かったのに!」
グレンがピンクブロンドの髪を掻きむしって頭を抱えている。
ヴァシレウス曰く、
「うちの妻に、『旦那様、あたくしも美味しい生チーズ食べたいですわあ』とおねだりされてね。男ならやるしかなかろう」
「アッ、ハイ、愛妻家で有名でしたねヴァシレウス様……」
ハッと我に返って、グレンは慌ててその場で膝を折った。
「し、失礼しました、偉大なるヴァシレウス大王にご挨拶申し上げます。先日ご自宅に伺った際はありがとうございました。改めまして、ブルー男爵家のグレンと申します。今日はよろしくお願い致します!」
学園で習う略式の『王侯貴族への挨拶』だ。ぎこちないが、カズンたちの目から見て一応及第点は出せる。
「ははは、そんなに畏まらないでいいぞ、グレン君。王宮で会ったときだけしっかりやってくれれば良いのだ。今日の私はカズンの父親で、君たちの保護者だからね。よろしく頼むよ」
「はいっ。カズン先輩のパパさん、よろしくお願いします!」
先王陛下だと思うから緊張するのだ。早々にグレンは彼を先輩の親父さんとして対応すると決めた。
切り替えの早い後輩にヨシュアは感心し、ライルは俺もそれで行く! と追随するのだった。
ダンジョンに向かう前に、冒険者ギルドの若い女性職員から冒険者証の説明を受けることになった。
身分の高い者は魔力や攻撃力も高いことが多いので、魔力測定と過去の実績を加味して最初のランクが決定される。
「まず最初に、冒険者に身分は不問なので、私たち冒険者ギルドの職員も皆様をお名前でお呼びすることを、あらかじめご了承ください」
一同、頷く。ギルド職員は冒険者をすべて、敬称は“さん”付けのみで呼ぶ。
だがヴァシレウスに対してだけは、やはり大きな躊躇いと葛藤があるようだ。
すると受付カウンターの奥から様子を窺っていたギルドの上司がやってきて、受付職員嬢に何やら耳打ちした。
「そ、それではヴァシレウス様は先王陛下として偉大な業績に敬意を表し、ヴァシレウス様とお呼び致します! 上の許可が出ましたので!」
ホッとした表情になっている受付嬢に、グレンがわかる! としきりに頷いている。
冒険者志望者の初期ランクは、冒険者ギルドが持つステータス判定用の魔導具を用いることで決定される。
カズンとライルはランクEだった。一番下のFより一段階上なのは、王侯貴族で平民と比べれば魔力が多いからだ。ただし、実戦経験がないためEランクが適切と判断された。
グレンは間もなくDランクのEランク。彼は以前から冒険者活動しているので、今回は特にステータス判定は行わない。
ヨシュアはC。これはさすがに魔力量の多いことで知られる現役のリースト伯爵の面目躍如といったところだろう。
そして、何と王子時代に冒険者登録だけしていたヴァシレウスは、今回改めてステータス判定したところAランクだった。
定期的に更新していたようで、失効することもなく現在進行形で有効な冒険者証だった。
「お父様が王子だった頃って何年前です?」
「即位したのが十代後半だから、ざっと八十年前だな。私も学園生だったときに同級生たちと冒険者登録したのさ。懐かしいな」
豊かな魔力の持ち主で外見も六十代ほどで若々しいが、ヴァシレウスは九十代後半の高齢者だ。
この国の人間の平均寿命は65~70歳前後。
当時一緒に冒険者登録した仲間たちは、ほとんどが故人となっている。
冒険者証は魔導具の一種だ。本人の魔力を流せば保有スキルや適性スキルと分野、称号なども表示される。
ライルは得意な剣の保有スキルがあるし、ヨシュアはスキルに魔法剣士、称号に竜殺しがある。冒険者の初期ランクがCランク評価だったのはこの辺りが理由だろう。
グレンは探索や短剣術、弓のスキル持ちだ。適正スキルに魅了があったのには一同笑ってしまった。
どうも以前、ライルがグレン扮する可憐な女生徒アナ・ペイルの罠に嵌まったのは、未発達の魅了スキルの影響もあったらしい。
カズンは王族の血が持つ各種の基本スキルの他、適性スキルに『徒手空拳』があった。刃物の武器を持たず、素手で戦うスキルだ。
防具では盾剣バックラーを左手に出せるが、基本は手甲を拳に嵌めての肉弾戦向きらしい。
一応剣は持って来ていたが、ギルド内の売店で鉄の板が入った手甲を買い求めて装備することにした。
パーティーのリーダーは、ヴァシレウスは保護者枠のため遠慮した。
経験を考慮して、学生組の中の中で最も冒険者キャリアのあるグレンに決まった。
「では行こうか」
「えっ、ちょっとお父様!?」
ダンジョンに入るなり、カズンを子供のように抱き上げるヴァシレウスに一同は呆気に取られた。
だが、すぐに気を取り直したヨシュアに指を指されて爆笑される。
「あはは、よくそうやって抱っこされてましたよね、カズン様。懐かしいなあ」
思春期に入る頃まで、ずっとヴァシレウスに抱かれて持ち運ばれていたカズン。
幼馴染みのヨシュアには慣れっこの光景だ。
「お父様! 僕はもう子供じゃありません、降ろしてください!」
「ははは、何だもう親離れかカズン? もう少し可愛い僕ちゃんでいてほしいのだが」
「もう! いつまでも甘やかさないで!」
賑やかに騒いでいるパーティーメンバーたちを遠巻きにして、他の冒険者たちはどんどんダンジョン内部へ入場している。
「お二人とも、早く行きましょう。……うわあっ!?」
軽くたしなめようとしたヨシュアも、気づいたらヴァシレウスのもう片方の腕で抱き上げられた。
「えっ、ちょっとヴァシレウス様!? まさかこのままダンジョン進むつもりですか!?」
「それでも構わんぞ、ヨシュア。相変わらず細っこいな、きちんと毎食食べているのかい?」
「細くないです、オレは平均的な体格です! まだまだ身長も伸びてるし体重も筋肉も増えてます! あと食事だって取ってます!
ひとしきり騒いだ後で、ようやくカズンもヨシュアも解放された。
「ダンジョン進む前にがくっと疲れました……」
「うちの父が……すまない……」
子供たちの引率で張り切っているヴァシレウスが止まらない。
ちなみに、グレンとライルは盛り上がってる三人を置いて、早々に先に進んでしまっている。
まだ低層階で危険な魔物も出ないため、先行して様子を探ってくれているようだ。