アケロニア王国の貴族家には、それぞれ伝統的に伝わる名物料理がある。

 ホーライル侯爵家の代表料理は、自領で取れる魚介類をふんだんに使ったサフランスープで米を炊き上げた、いわゆるパエリアに近い米料理だ。
 大切な来客を迎えるときには大きな鉄のフライパンを使って炊き上げる。底にできる香ばしいお焦げの匂いが空腹を刺激して堪らなかった。

「今回は突然の来訪にも関わらず、このような歓待を受け感謝する。……乾杯!」

「「「かんぱーい!!!」」」

 やはりこういうときは、王子のユーグレンがいると挨拶など楽でいい。
 乾杯用の炭酸入りぶどうジュースのグラスに口をつけながら、カズンは内心ほくそ笑んでいた。
 これでユーグレンがいなければ、次は王弟の自分にお鉢が回ってきてしまう。

 調理実験と昼食を終え、商業ギルドを後にしてからは適当に漁港の街を散策し、露店などを冷やかしながら各々が家族への土産を買い求めていた。
 ライルが土産にと勧めてきたのは、海産物のオイル漬け瓶詰めだった。海老や魚、貝などを加熱してオリーブオイルのような食用油を注いだものだ。
 ニンニクや唐辛子、香草といったハーブ類と一緒に漬け込んだものなど様々あって面白かった。
 ホーライル侯爵領で育ったライル本人の一押しはイワシのニンニクオリーブオイル漬けで、これで作ったパスタが子供の頃からの好物だという。
 ところが、このイワシのオイル漬けなるもの、茹でたパスタと和えるとどうにも見た目がよろしくない。

(貴族の食卓に“猫まんま”を載せるわけにはいかんものなあ)

 イワシのような赤身で脂の強い魚は、瓶詰めや缶詰めにして保存すると脂身部分が黒っぽくなる。パスタと和えると、料理全体が黒っぽく雑多なものになってしまう。
 庶民なら気にせず日常的に食事に出すのだろうが、貴族の会食には不向きだ。
 しかしライルは是非とも! とごり押しして、カズンやヨシュア、ユーグレンに中瓶を一瓶ずつ買わせた。よほどのオススメ品と見た。

 そのイワシ、晩餐ではスープの具として登場した。
 切り身ではなく、すり身をスプーンで掬いやすいよう一口大に丸くまとめて、塩味でリーキ(ネギ)だけを具にしたシンプルで透明なスープに仕立てられている。いわゆる“つみれ汁”だ。
 イワシのすり身には生姜のすり下ろしも臭み消しに入っていて、爽やかな芳香がスープから漂う。
 口の中でとろけるイワシのつみれの脂と旨味に、皆相好を崩している。

(イワシのつみれ汁……前世ではよく食ったな)

 イワシが安い季節になると母親がよく作ってくれた。
 もっとも、前世では味噌仕立てで食すほうが多かった。
 今世、アケロニア王国に転生してからは、母親の名前も顔も不鮮明なままなのだが、そういうことだけは覚えている。

 ちなみに他のオイル漬けは、三人とも店の売れ筋を一通り購入して、王都まで配送してもらっている。

 加えてカズンは、更に燻製牡蠣のオイル漬けを数瓶追加した。
 これも前世で食したことがある。家族が他所から貰ってきて、家族で取り合いになった記憶が思い出される。

 燻製した牡蠣のオリーブオイル漬け、晩酌を楽しむ父への土産として間違いない逸品だ。



 さて、晩餐も終えて腹も膨れた。
 これが大人たちなら、ワインをウィスキーやブランデーに変えていくところだが、主賓は現役学生ばかり。
 そのまま食堂で食後のお茶をいただきながら、今後の話をした。

「疲れたならこのまま部屋戻って休んでくれてもいいぜ。余裕があるなら、風呂入った後はサロンに集まろう」

 ライルが言うが、晩餐を終えてもまだ時刻は夜の七時前後。夜はこれからだ。
 茶を飲んで一息ついてから、各自入浴を済ませ次第サロンに集合することにした。