(そうか、僕は兄さんの側にいないほうがいいんだ)

 その考えをすぐ実行に移したかったので、ルシウスはまだしばらく修行を続けてはどうかと勧めてくるフリーダヤたちに丁重な断りを入れ、旅を終えてアケロニア王国へと戻った。

 すると兄と義姉の間には子供が産まれていた。
 ヨシュアという名前の、とても愛らしい男の子だった。
 そのとき、(リンク)に目覚めたばかりで魔力に満ちていたルシウスに天啓のような直観が訪れた。

「ああ、そうか。兄さんの妻も、兄さんの一部か」

 そして生まれた甥ヨシュアにも何ともいえない愛情を感じた。

「兄の妻も子も、すべて兄と思って愛そう」

 最愛の兄しかいなかったルシウスの世界が広がった、決定的な瞬間だった。
 それまでは、兄か、兄でないかの区別しかなかったルシウスの世界は、兄と身内か、それ以外かに広がった。



 帰国すると、一年近くも無鉄砲な冒険者活動を続けたことを、父親や兄に散々絞られた。

 だがルシウスは心配させたことを詫びた上で彼らに相談し、リースト伯爵家が従属爵位として持つ子爵位を受け継いで、王都にある別宅ひとつを貰い受けて、兄とその家族から離れた。
 まだ15歳のときのことだ。
 そして爵位を持ったことで成人扱いとなった。
 この国の成人年齢は学園を卒業する18歳だから、3年も早いことになる。

 ルシウスが離れたことで、兄のカイルは少し落ち着いたようで、妻ブリジットとの関係も良好、間もなく王都の魔法魔術騎士団という魔力使いを率いる騎士団の副団長に抜擢された。
 当時まだ兄カイルは22歳。大出世だ。

 対するルシウスはそのまま、一年のブランクなどものともせず学園の中等部を卒業して、高等部へと進学した。

 それから兄カイルの妻ブリジットが亡くなるまでは、ルシウスは彼らとは付かず離れずの絶妙な距離を保った。

 兄は、ルシウスが息子ヨシュアに会いに来てあれこれ魔力の使い方のレクチャーなどをする分には嫌がることもなく、むしろ感謝していたのがまた良かった。
 間にヨシュアやブリジットを挟むと、ルシウスがいても兄カイルは穏やかだった。
 それが悔しく悲しかったが、仕方がない。

 ルシウスは兄が大好きだったが、自分たちは相性が悪かったのだ。



 ルシウスは大変に力のある魔力使いで、幼い頃から内外に知られていた。

 また、「自分がやれと言ったことはやるべきだし、駄目だと言うものは本当に駄目なのだ」という持論の持ち主だった。

 実際、その言うことに従うと良い結果になり、反抗すれば破滅的な結果になることが多い。
 今にして思えば、それこそがフリーダヤたちが言っていた“聖者”特有の能力だったのだろう。

 ヨシュアの父でルシウスの兄だった先代リースト伯爵カイルは、自分より優秀な弟ルシウスを厭うところがあった。
 もちろん、表面的、対外的には仲の良い兄弟だったのだが。

 弟ルシウスは大層力のある人物で、彼の言葉はその通りに実現することが多かった。
 だが兄カイルは、そんな弟の助言を否定することに己の力を注ぎ込むようなところがあった。
 周囲から嗜められても決して改めなかった。
 最たるものは、紹介された男爵家出身の未亡人とその連れ子を「あれは駄目だ、我が家に入れてはいけない」と警告してきた弟に猛反発して、即座に再婚してしまったことだろう。

 結果として彼は後妻に毒殺されて四十にもならない若い命を散らし、残された息子ヨシュアの命まで脅かされることになった。



「私が嫌いなら、それはそれで良かったのだ。兄さん。でも、あなたがもう少しだけ私の話を聞いてくれたらと思ったことは、何度もあるよ」

 聖者が人々に向けて発する助言や忠告は『聖者の忠告』と呼ばれて、そのまま受け取り実行すると良い結果に、抵抗したり無視したりすると悪い結果になりやすい。
 この能力はアケロニア王国では『絶対直観』とも呼ばれていた。

 ただ、ルシウスは帰国して以来、一度も、誰にも己が新世代の(リンク)や聖者に覚醒したなどと話したことはなかった。

 またそれで己を超えたのかと兄カイルの機嫌を損ねることはわかりきっていたので。