魔法樹脂を使うリースト伯爵家には、一族の重要人物が不慮の事故に遭ったときに自動発動して、透明な樹脂の中に封印する術式が伝えられている。

 そうして魔法樹脂の中に封印されたまま、解術されていない人物が数名残っていて、領地の本宅の地下で大切に保存されている。

 その中の一人が、かつて奴隷売買組織に誘拐され、身を穢される寸前に魔法樹脂の術式を発動させた一族の若い女性だった。

「我が一族は、青みがかった銀髪と湖面の水色の瞳が特徴で、麗しく美しい。彼女も一族特有の容貌で生まれた、大変美しい女性でした」

 とヨシュアが補足する。
 リースト伯爵家の一族だから、魔力量は文句なしに多い。その上、これ以上ないくらい美しいときて、奴隷商に目を付けられてしまった。

「記録によると、誘拐されて他国で人身売買オークションにかけられ、落札された先で慰み者にされる直前に術を発動したようです」

 透明な魔法樹脂の中で、青みがかった腰まである長い銀髪を大きく背後に散らし、緑色のドレスの胸元が破られ、慎ましい胸が片方、乳首まで剥き出しになっている。
 ドレスの裾も破れていて、太腿にも鞭で叩かれたような赤いミミズ腫れがあった。
 明らかに陵辱寸前とわかる状態だ。
 それでも透明な樹脂の中の彼女に絶望した様子は見えず、湖面の水色の瞳は冷徹に目の前を真っ直ぐ見据えていた。

 長らく行方不明だった彼女が再発見されたのは、ほんの三十年ほど前のこと。
 アケロニア王国から遠く離れた国での芸術品オークションにオブジェとして出品されていたものを、たまたま現地に出張していたアケロニアの商人がカタログの中に見つけた。

 青みがかった銀髪と湖面の水色の瞳の組み合わせは、リースト伯爵家の一族に特有の特徴だった。
 商人はそれを知っていたから、慌てて母国のリースト伯爵家に緊急連絡を入れた。
 連絡を受けたリースト伯爵家の当時の当主は現地に飛び、金に糸目をつけず、出品されていた一族の娘、出品名“拒絶の乙女”を落札し祖国へと戻した。

「リースト伯爵家の男子は、年頃になると彼女を紹介され、そのエピソードを教えられます。そしてその扇情的な様子に初めての性の兆しを覚えてしまうんですよねえ……」

 魔法樹脂の中の彼女“オデット”の年齢は、まだ16歳。
 彼女を解術して自分のものにしたいと望む男は多かったが、まだ誰も成し得ていない。
 術を発動させた本人が、解術コードを誰にも残せない状況だったためだ。
 魔法でなく“魔術”樹脂ならば、彼女を上回る魔力を持つ術者であれば解術の可能性があるが、独自の術式を構築する魔法ではそれも難しい。
 とはいえ、魔法樹脂は永遠に生物を封入しておけるほど高機能な魔法でもない。
 あと数十年、あるいは数百年か、いつかは術が解けて、凌辱寸前だった娘は再びこの世に甦る。

 その“拒絶の乙女”を誘拐した者や組織を、いまだリースト伯爵家は許していない。



 学園の一学期末のお茶会の場で、ラーフ公爵令息ジオライドの出自を鑑定した学園長エルフィンは、彼の母方の祖先に“国際的奴隷売買組織オーナー”がいるのを見つけた。
 それだけではない。同じ母方を更に遡っていくと、何と旧王家ロットハーナ一族の末裔の者がいることが判明した。

「今、国内にロットハーナの者が入り込んでいることはエルフィン先生も知っているからな。それで内密にフォーセット侯爵家の者たちを鑑定したところ、確定した」

 その後、夫に不貞を咎められたラーフ公爵夫人ゾエの出奔から程なくして、フォーセット侯爵家に当主を始めとして行方不明者が続出。
 部屋に衣服だけが残されたり、血痕が残っていたりなど、他のロットハーナによる事件と手口が共通だった。

「……つまり、ロットハーナの末裔は国外からやってきたのではなく、国内貴族の中に紛れていたというわけか」

 何らかの要因によってロットハーナの邪法に目覚めたラーフ公爵夫人ゾエが、実家のフォーセット侯爵家を食い物にして黄金に変え、資金を手にして逃亡しているものと思われる。

 さすがにこの件はこれまでのように、王家のところで止めておくわけにはいかなかった。
 国民へ注意喚起とともに、逃亡中のラーフ公爵夫人ゾエは指名手配されることになったという。