カズンが家族で向かう避暑地は、王都から馬車で休憩数回を挟んで約半日ほどの場所にある、郊外の山麓だ。
標高が高い地域のため冬はぐっと気温が下がるが、夏は逆に気温が上がりにくく、涼しく過ごしやすい。
山頂付近に残る雪が雪解け水となって麓の湖となり、一部の地域には温泉が湧き出している。
アケロニア王国の王都も山や森に囲まれた都市で自然は多いが、やはり人口の少ない山間部は空気が澄んでいる。
今回、カズンが初めて来た避暑地の別荘は王家のものではなく、ヴァシレウスの私物で建物は平屋の木造建てだった。
驚いたことに瓦の屋根で、どこか日本の和風建築の趣がある。
中に入ると木の爽やかで良い香りがした。嗅ぐだけで健康に良さそうな場所だ。
部屋数は使用人のものを含めて十部屋ほど。敷地は広かったが、大貴族の持ち物にしては建物のサイズが小さめだ。
その代わり、屋内に大きな浴場が設置されている。
ヴァシレウスが大病を患ったとき、湯治用に作られた施設ということだった。
まだ彼がセシリアと出会う前の話だ。数ヶ月単位で滞在していたらしく、建物を見て懐かしそうな目になっている。
別荘を訪れて、落ち着きかけていたカズンの解放感や爽快感は、逆にいや増した。
大好きな両親と朝から晩まで一緒ということもあるし、何より温泉が素晴らしい。別荘に湧き出ている温泉は重曹泉で、一度で全身がしっとりすべすべになった。
朝起きて一番に飲む水が美味い。身体の隅々まで染み渡り、細胞のひとつひとつが喜んでいるかの如くだった。
そして食事がこの上なく美味い。集落の村長の家から派遣されてくる料理人の腕が良いのもあるし、雪解け水で育った野菜や動物など食材の新鮮さは格別だった。
特に温泉の源泉近くの熱湯で作る、半熟の温泉卵の濃厚さには愛を囁きたくなったほどだ。
(楽しい。すごく楽しい!)
毎日、午前中は父と山登りしてそこから見える光景を眺めながら、様々な教えを受けた。
昼にはまた別荘に戻り、母も一緒に昼食を楽しむ。
それから午睡を楽しんだり、あるいはまた温泉に浸かったり。
午後は家の護衛騎士たちに混ざって剣や体術の鍛錬をする。父のヴァシレウスからも色々コツを教わってと、とにかく充実していた。
そうこうしているうちに、避暑地への滞在もあっという間に残り二日となった。
最終日の明日には、領地から戻る途中のヨシュアも合流する予定である。
今日も朝から充実した一日だった。
明後日には王都へ戻るから、別荘を出て集落の村長らに挨拶したり、土産を物色したりしていた。
もちろん夏だから外は暑いのだが、標高の高い地域なので朝晩は涼しく快適だった。
王都の屋敷にいたときとは段違いに空気も良いから、身体も動かしやすい。
夕食を終え、軽く休んでから父と温泉へ入って、また居間で家族の団欒を過ごして。
日付が変わる前に眠気が襲ってきて、カズンは両親に就寝の挨拶をしてから自室へ入った。
異世界風の和風建築の部屋で、床は木の板やタイルでなく畳に似た仕様だ。寝具はそこに厚手の敷き布団を二枚重ねと、夏用の薄手の掛け布団で休む。
布団の間に潜り込むなり、瞼がとろん、と落ちていく。
別荘に来てから毎日活発に動いているから、眠りに就くまでは秒の速さだった。
明日は何をしよう、ヨシュアも来るからまた何かこの地の名産品を使って調理実験でも……などと考える間もなく夢の世界へ。
夜中にカズンはふと目を覚ました。
(ん……?)
魔石の常夜灯で薄暗いはずの室内が、妙に明るい。
まだ夜明けにはだいぶ早い時刻のようだ。
「なっ、何だこれ!?」
明かりの光源は自分だった。
自分の身体、胸の辺りに、胴体をくぐる帯状のフラフープのように光の輪が浮かんでいる。
室内が明るいのは、この光の輪から放たれる光のせいだ。
「お、お父様、お母様!」
両親の寝室に慌てて駆け込んだ。
既に休んでいた二人は、深夜にやってきた息子に揃って跳ね起きた。
「何ごとだ!?」
「お父様、こ、こんなものが僕に……!」
「それはまさか」
両親の部屋も薄暗かったが、カズン自身がランプのように明るく室内を照らしていた。
「環ですわね。話には聞いてましたけど、見るのはあたくしも初めて」
魔力使いの“新世代”に特有の、魔力の光化現象だ。
「リンク、ですか」
初めて聞く名称だった。
「セシリア、カズンのステータスを鑑定してみてくれるか」
「やってますわ、旦那様。でも……見えません。能力値がすべてエラーになってましてよ」
ほら、と言ってセシリアはカズンのステータスを目の前に可視化させた。
--
カズン・アルトレイ
:アケロニア王家王族、王弟、アルトレイ女大公令息、学生
称号 :-
スキル:
人物鑑定(初級)、調理(初級+)、身体強化(初級)、防具作成(初級、盾剣バックラー)
体力 -
魔力 -
知力 -
人間性 -
人間関係 -
幸運 -
--
カズンは幼い頃受けた呪詛の影響で、ステータスのうち魔力値が2まで低下している。
その魔力値だけでなく、他の一般的な能力値全てがエラーとなって表示されていなかった。
以前通り表示されているのは、氏名と出自や身分、スキルだけだった。
母親のセシリアは人物鑑定スキルの特級ランク持ちだ。その彼女ならもっと詳細な情報を読み取れるはずなのだが。
「えっ。ま、まさか全能力値まで無くなったとか!?」
「いいえ、多分そういうことではないわ」
恐らく発現した光の輪が、カズンのステータスに対して何らかの影響を及ぼしているのだ。
「これは私たちの手には負えない。王都に戻ったら専門家に連絡を入れるから、彼らが来るまで判断は保留だ」
このまま部屋に戻ろうとしたが、両親に引き止められて二人の間で眠ることに。
「うふふ、一緒に眠るのは久し振りね」
「学園の高等部に入ってからは、とんとご無沙汰だったな」
優しく両側から髪や肩などを撫でられているうちに、すぐにうとうととして瞼が重くなってくる。
(リンクとやらの話し、もっと詳しく聞きたいんだけど……眠い……)
両親の暖かな体温に包まれて、幸せな気持ちのまま夢の中へ旅立っていくカズンだった。
標高が高い地域のため冬はぐっと気温が下がるが、夏は逆に気温が上がりにくく、涼しく過ごしやすい。
山頂付近に残る雪が雪解け水となって麓の湖となり、一部の地域には温泉が湧き出している。
アケロニア王国の王都も山や森に囲まれた都市で自然は多いが、やはり人口の少ない山間部は空気が澄んでいる。
今回、カズンが初めて来た避暑地の別荘は王家のものではなく、ヴァシレウスの私物で建物は平屋の木造建てだった。
驚いたことに瓦の屋根で、どこか日本の和風建築の趣がある。
中に入ると木の爽やかで良い香りがした。嗅ぐだけで健康に良さそうな場所だ。
部屋数は使用人のものを含めて十部屋ほど。敷地は広かったが、大貴族の持ち物にしては建物のサイズが小さめだ。
その代わり、屋内に大きな浴場が設置されている。
ヴァシレウスが大病を患ったとき、湯治用に作られた施設ということだった。
まだ彼がセシリアと出会う前の話だ。数ヶ月単位で滞在していたらしく、建物を見て懐かしそうな目になっている。
別荘を訪れて、落ち着きかけていたカズンの解放感や爽快感は、逆にいや増した。
大好きな両親と朝から晩まで一緒ということもあるし、何より温泉が素晴らしい。別荘に湧き出ている温泉は重曹泉で、一度で全身がしっとりすべすべになった。
朝起きて一番に飲む水が美味い。身体の隅々まで染み渡り、細胞のひとつひとつが喜んでいるかの如くだった。
そして食事がこの上なく美味い。集落の村長の家から派遣されてくる料理人の腕が良いのもあるし、雪解け水で育った野菜や動物など食材の新鮮さは格別だった。
特に温泉の源泉近くの熱湯で作る、半熟の温泉卵の濃厚さには愛を囁きたくなったほどだ。
(楽しい。すごく楽しい!)
毎日、午前中は父と山登りしてそこから見える光景を眺めながら、様々な教えを受けた。
昼にはまた別荘に戻り、母も一緒に昼食を楽しむ。
それから午睡を楽しんだり、あるいはまた温泉に浸かったり。
午後は家の護衛騎士たちに混ざって剣や体術の鍛錬をする。父のヴァシレウスからも色々コツを教わってと、とにかく充実していた。
そうこうしているうちに、避暑地への滞在もあっという間に残り二日となった。
最終日の明日には、領地から戻る途中のヨシュアも合流する予定である。
今日も朝から充実した一日だった。
明後日には王都へ戻るから、別荘を出て集落の村長らに挨拶したり、土産を物色したりしていた。
もちろん夏だから外は暑いのだが、標高の高い地域なので朝晩は涼しく快適だった。
王都の屋敷にいたときとは段違いに空気も良いから、身体も動かしやすい。
夕食を終え、軽く休んでから父と温泉へ入って、また居間で家族の団欒を過ごして。
日付が変わる前に眠気が襲ってきて、カズンは両親に就寝の挨拶をしてから自室へ入った。
異世界風の和風建築の部屋で、床は木の板やタイルでなく畳に似た仕様だ。寝具はそこに厚手の敷き布団を二枚重ねと、夏用の薄手の掛け布団で休む。
布団の間に潜り込むなり、瞼がとろん、と落ちていく。
別荘に来てから毎日活発に動いているから、眠りに就くまでは秒の速さだった。
明日は何をしよう、ヨシュアも来るからまた何かこの地の名産品を使って調理実験でも……などと考える間もなく夢の世界へ。
夜中にカズンはふと目を覚ました。
(ん……?)
魔石の常夜灯で薄暗いはずの室内が、妙に明るい。
まだ夜明けにはだいぶ早い時刻のようだ。
「なっ、何だこれ!?」
明かりの光源は自分だった。
自分の身体、胸の辺りに、胴体をくぐる帯状のフラフープのように光の輪が浮かんでいる。
室内が明るいのは、この光の輪から放たれる光のせいだ。
「お、お父様、お母様!」
両親の寝室に慌てて駆け込んだ。
既に休んでいた二人は、深夜にやってきた息子に揃って跳ね起きた。
「何ごとだ!?」
「お父様、こ、こんなものが僕に……!」
「それはまさか」
両親の部屋も薄暗かったが、カズン自身がランプのように明るく室内を照らしていた。
「環ですわね。話には聞いてましたけど、見るのはあたくしも初めて」
魔力使いの“新世代”に特有の、魔力の光化現象だ。
「リンク、ですか」
初めて聞く名称だった。
「セシリア、カズンのステータスを鑑定してみてくれるか」
「やってますわ、旦那様。でも……見えません。能力値がすべてエラーになってましてよ」
ほら、と言ってセシリアはカズンのステータスを目の前に可視化させた。
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カズン・アルトレイ
:アケロニア王家王族、王弟、アルトレイ女大公令息、学生
称号 :-
スキル:
人物鑑定(初級)、調理(初級+)、身体強化(初級)、防具作成(初級、盾剣バックラー)
体力 -
魔力 -
知力 -
人間性 -
人間関係 -
幸運 -
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カズンは幼い頃受けた呪詛の影響で、ステータスのうち魔力値が2まで低下している。
その魔力値だけでなく、他の一般的な能力値全てがエラーとなって表示されていなかった。
以前通り表示されているのは、氏名と出自や身分、スキルだけだった。
母親のセシリアは人物鑑定スキルの特級ランク持ちだ。その彼女ならもっと詳細な情報を読み取れるはずなのだが。
「えっ。ま、まさか全能力値まで無くなったとか!?」
「いいえ、多分そういうことではないわ」
恐らく発現した光の輪が、カズンのステータスに対して何らかの影響を及ぼしているのだ。
「これは私たちの手には負えない。王都に戻ったら専門家に連絡を入れるから、彼らが来るまで判断は保留だ」
このまま部屋に戻ろうとしたが、両親に引き止められて二人の間で眠ることに。
「うふふ、一緒に眠るのは久し振りね」
「学園の高等部に入ってからは、とんとご無沙汰だったな」
優しく両側から髪や肩などを撫でられているうちに、すぐにうとうととして瞼が重くなってくる。
(リンクとやらの話し、もっと詳しく聞きたいんだけど……眠い……)
両親の暖かな体温に包まれて、幸せな気持ちのまま夢の中へ旅立っていくカズンだった。