学校が終わり、マネージャーである鈴木さんの運転で仕事に向かう。
 俺、日向(ひなた)は高校生アイドルである。
 俺は、体は女、心は男のトランスジェンダーアイドルとして男性アイドルグループのピースに所属している。
「日向くん、ファンレターが届いてるから時間があれば見ててね」
「ありがとう、鈴木さん」
 俺は満面の笑みで答える。いわゆるアイドルスマイルだ。
 鈴木さんがわざわざ、まとめてくれた輪ゴムを外し、目当ての名前を探す。
「あ、あった」
 『美月より』
 封筒に書いてある綺麗で丁寧な字。
 封筒を丁寧に破き、手紙を見る。

『日向くんへ
いつも応援しています。
ライブに行けないのも、実際に会えないのも悲しいですが、それを吹き飛ばしてくれるくらいに日向くんに元気を貰っています。
いつも本当にありがとうございます。
日向くんは同い年だとは思えないほど魅力があり、勉強も運動もできて、歌もダンスも上手なので尊敬しています。日向くんの笑顔に元気を貰っています。
そして、ドラマの主演もおめでとうございます!
私には想像できないくらいにお仕事が大変だと思いますが、無理せずに頑張ってください。
日向くん、本当に大好きです。いつも応援してます。
                  美月より』

「はぁ、」
「ファンレター見てため息付くなんて、ファンの方に失礼だぞ」
「別に、そう言う意味のため息じゃないから」
「そうか。美月ちゃんか?」
「そーだよ」
「なんだよ、日向が美月ちゃんのファンレターでため息なんて、珍しいな。いや、始めてか?」
「そうか?そーかもな」
 いつもは心の中でため息を付いていた。
 俺は美月ちゃんの事が大好きだ。ファンの1人とかそんなの関係なく大好きなのだ。
 美月ちゃんは、俺の事を勉強も運動もできて、歌もダンスも上手で尊敬すると言ってくれている。
 しかし、俺はみんなの理想100%アイドルを演じている。そんな、俺が嫌だった。
 オタクな事を隠したい人もたくさんいる中『日向くんが好きだ』と自分の意見をしっかり持ち、俺の事を全力で応援してくれるし、完璧じゃない美月ちゃんの事を俺は尊敬している。
 そんな、美月ちゃんの事が大好きだ。
 しかし、俺らは会う事もできない。ファンレターとその返事でしか会話が許されないのだ。
 美月ちゃんはかなり頻繁にファンレターを送ってくれるので嬉しくて仕方がない。
 でも、美月ちゃんのファンレターには必ず『大好きです』の後に『いつも応援しています』とある。
 美月ちゃんにとって俺はアイドルの1人であり、ただの推しなのだ。
 俺との恋愛なんて眼中にない。
 だから、いつもファンレターを読んでため息を付く。

 車から降りて、仕事現場へ。
 行くと、メンバーの海斗と陸が喧嘩していた。
 陸が海斗に友達と喧嘩してしまったと相談したらしい。
 味方になってくれると思っていた陸は海斗が「陸が悪い」と言った事に対し、すごく腹が立ったそうだ。
 俺としては、悪いことは言ってくれた方が良いので海斗に味方したいが、そんな事はできない。
「陸も海斗も一回落ち着いて」
 俺は笑顔の仮面を貼り付けて2人の仲裁に入る。
「陸は海斗が味方になってくれると思って相談したけど、味方になってくれなくて悲しかったんだな」
「うん」
「確かに、味方になってくれなかったのは悲しいけど、自分の悪いところを指摘してくれたんだし、メンバーならまだしも他人にそう思われたら嫌だろ?
たがら、陸は悪いところを直すチャンスをくれた海斗にありがとうとゴメンを言った方が良いよ」
「うん」
「で、海斗
海斗は陸のダメなところを指摘したのは良いんだよ。でも、言い方がキツかったんじゃないか?
まずは、陸の意見を肯定した上でダメなところを指摘した方が良かったんじゃない?」
「そーだな
ごめん、陸」
「俺こそ、ゴメン」
 この件は一件落着。
 はぁ、美月ちゃんみたいに、自分の意見を言えるようになりたいなぁ。