「はぁ〜、推しが尊い」
 もう10回は見ているピースの新曲MV。
 ピースとは、私の推しである日向(ひなた)くんが所属している男性アイドルグループ。
 日向くんは高校生トランスジェンダーアイドルとして活動している。
「ほんと、美月(みつき)は好きだね〜、日向くんのこと」
「そりゃ、もう!同い年だとは思えないくらいの魅力があるよ!
カッコいいし、可愛いし、成績優秀、スポーツ万能、その上性格も良い!
 こんな最高な人はこの世のどこ探したって見つからないよ、マジ最高!
 運命の人だよ〜」
 親友である光莉(ひかり)に日向くんの話しを振ってもらい嬉しくて思わず早口で話してしまう。
 推しの話になると早口になるのはオタクの特性だ。
「それは良かったね〜」
 光莉はわかりきったような慣れた対応で私の話を流す。
 光莉だって、日向くんの事が好きなのに、あんまり私に語ってくれない。
 一緒にオタ活したいのにな〜。
「そんな事よりさ美月、今日ヒマ?
駅前に美味しいと噂のパンケーキ屋があるんだけど、一緒にどう?」
「あ〜、ゴメン。今日は日向くんが……、」
 本当に申し訳ない。最近、一緒に遊べていない。私も遊びたいから、今度は私から誘おう。
「そうだよね、ゴメン。日向くん、仕事多いもんね」
「うん、本当にごめんね
次は、私から誘うから!」
「うん、ありがとう」
 キーンコーンカーンコーン
 丁度そこで、予鈴がなり光莉が去っていった。

 授業が始まる。
 黒板にスラスラと書かれている暗号のような、文字を必死に写す。
 けれど、こんな事をしたって、日向くんのように頭が良くなるわけではない。
 日向くんは才能ではなく、必死に勉強している事は知ってる。
 私は日向くんの才能ではなく、努力する姿に魅了されたのだ。
 またまた、チャイムが鳴った。

 6時間目は、代表員が中心となり、文化祭の内容を決めるらしい。
「お化け屋敷が良い〜」
 クラスの常に中心にいる、男子が言う。
 それに、みんなは賛同する。
 私は、お化け屋敷なんてありきたりな出し物は嫌だった。
「え〜、他に意見はない?」
 代表員が問う。
 これで、みんな決定という雰囲気だ。
「はい」
 私は、手を挙げる。
「え、っと、じゃあ、佐久間さん」
 私は、起立し自分の意見を、伝える。
「お化け屋敷は他のクラスも行う可能性が高いので、他の出し物がいいと思います」
 まず、否定から入った事にクラスメイトは少し驚いている。
「そこで私から提案するのは脱出ゲームです。謎解き要素などを詰め込み、普段過ごす教室ならではの見落としがあったりと、かなり凝った脱出ゲームができると思います。」
「それ、めっちゃ良いじゃん」
 先程の男子が反応し、みんなも納得してくれた様子で脱出ゲームが決まった。

「佐久間美月、マジでウザくない?」
 6時時間目が終わり、トイレから教室に戻り、ドアを開けようとした時、聞こえてしまった。
 思わず私はみんなから見えないようにしゃがみ込んでしまう。
「それな。せっかく高尾くんが意見を言ってくれたのに、あり得ないわ」
 高尾くんとは、あの男子だ。
「あいつ、調子乗ってるよな」
 私は、自分の意見を貫き通すあまり、こういう事が度々ある。
 一軍でもないくせに、なに発言してるんだよ。的な事が。
「はぁ、」
 心底のため息を付き、教室へ入る。
 あの女子達は何事もなかったかのように別の話題について話している。
 あぁ、日向くんみたいに、笑顔でなんでも受け入れられる人になりたいなぁ。