「こちらです」

 化け狐さん達に案内されたのは、里の最奥に建つ大きな屋敷だった。 

 赤茶色の屋根に、赤い柱や建物。
 まるで沖縄の首里城を思わせる様な素晴らしい建物だ。

「これは……」

 さすがに見惚(みと)れざるを得ないが、すぐにハッとしたように目的を思い出す。
 そうだ、今はとにかく「姫様」と呼ばれる方の元へ行かなければ。

「この部屋になります」
「ありがとうございます」

 そうして化け狐さんに案内されるがまま、俺達は一番大きな部屋へ。
 その中央には、ベッドに一人の女性が横たわっていた。

「姫様、お連れ致しました」
「ケホッ、ケホッ。ありがとう」

 ベッドに半身を入れて起き上がる彼女は、とても美しい。
 輝く黒髪をしたその清楚(せいそ)な容姿は、美形ばかりの化け狐族の中でも、最も整っていると言っても良いだろう。

 しかし、俺たちが来た時からも咳が止まらず、顔はやせ細っている。
 容態が良くないというのは本当のようだ。
 それでも上に立つ者としての責務なのか、姫様は俺たちを前にして歓迎する様子を見せる。

「伝承にあるフェンリル様に、お使いの方まで。わざわざありがとうございます。私は『コノハ』と申します。ぜひコノハとお呼びください。ケホ、ケホッ」
『大丈夫か、無理をするのではない』
「は、はい。ありがとうございます」

 彼らはフェンリルを崇拝しているので、俺たちが付き人ということになっている。
 こちらの方が都合が良さそうなので、このまま話を進めようと思う。
 フクマロもここに来てから随分ノリノリだし。

『今からこのエアルという者がお主を少し調べる。良いか?』
「はい。フェンリル様と一緒にいる者ならばぜひ」

 了承を得られたので、俺は早速そっと姫様──コノハの手に触れる。
 まずは、魔力の流れを感知して異常がないかを探ることからだ。

「!」

 すると、異常はすぐに分かった。

「これは……」

 姫様の体内の魔力が弱すぎる(・・・・・)んだ。
 俺の五十分の一以下、下手したら人間の赤子よりも少ない可能性すらある。
 これは病気と言うより“衰弱”だ。

「失礼ですが、普段は何を食べているのでしょうか」
「里で()れる物でございます」

 コノハがそう言うと、先ほどの兵長さんが即座に食物を持ってくる。
 すごく気が利くな。

「うーん。特に問題はないか」
 
 持ってきたのは、俺たちの住処でも獲れる野菜や魚、肉などもある。
 決して悪い物には見えない。

 ならば、ここは実際に見てみるしかない。
 実際に食事をしてもらうことで、その後の魔力の流れを掴むべきだ。

「すみません、お腹が減っていないかもしれませんが、少し食べてもらうことは出来ますか?」
「は、はい。構いませんが……」
 
 不思議そうにしながもら、コノハは用意された物を口に運ぶ。
 その間、俺はコノハに触れたままだ。

「!」

 そうして理解する。

 やはりか……。
 俺の推測は当たっていたようで、みんなへ向けて説明をする。

「コノハは、食物から効率的に魔力を摂取出来ないようです」
「「「……!」」」

 俺の言葉に、化け狐族の皆さんは驚きを示す。

 この世界の食事とは、魔力の摂取とほぼ同義。
 もちろん空いたお腹を満たすためでもあるが、生物はそれと同時に魔力を摂取して日々のエネルギーにしている。

 今分かったことは、コノハは「食べ物に含まれる魔力を体に入れると同時に、そのほとんどを逃がしてしまっている」ということ。
 つまり、食物による魔力供給がうまくされていない。

 これは、常に極度の貧血状態みたいなものだ。
 そうなってしまう原因までは突き止められないが、これでは危ない。

一先(ひとま)ず、俺の魔力を分け与えます」
「魔力を、分け与える……?」

 ドラノアを鎮めた後にも行った魔力の分け与えだが、実はかなり高度な魔力操作の精度が()る。
 俺以外で出来る者は見たことないし、コノハが疑問に思うのも無理はない。

「ちょっと刺激が強いかもしれませんが、どうか我慢を」
「刺激?」

 一つ注意を入れて、コノハに魔力を流し込む。

「……!」

 姫様は驚いて目を見開くと、段々と顔が(ほう)けていってしまう。

 やはり俺の魔力は、甘く誘惑するようなものらしい。
 合法的に()れさせようとかではないので、勘違いはしないでほしい。
 これは助けるためにやっていることなんです!

「このぐらいで良いかな」
「……はっ!」

 そうして手を離したところで、コノハはようやく我に返る。
 だけど、その声の調子に現れている様に、先ほどまでとは打って変わって元気に見える。
 顔色もかなり良くなった。

「姫様!?」
「あれ……私、なんだか元気みたいです」
「「「姫様ー!」」」

 その様子を見た兵士さん達が、一斉に駆け寄った。
 
「さすがね、エアル」
『信じておったぞ』
『あたしの指示通りね!』

 最後に一人訳の分からない事を言っているドラゴンがいるが、みんなも信じてくれていたようだ。
 
 けどこれは、完全な解決ではない。
 魔力は生活すれば消費してしまうからだ。

 今のはあくまで一時的な応急処置であって、俺も常にコノハの隣にいてあげられるわけではない。
 ならば、他に何か策を考える必要がある。

「どうするか……」

 そう頭を悩ませる中で、ふいに足元の方から声がした。

『方法ならありますよ』
「!?」

 その姿には思わず目を見開いてしまう。
 下に目線を向けた先、何かをモグモグしながらそこにいたのは──

「モグりん?」

 見た事のある小動物だった。