ヴィーン! ヴィーン!

 神殿に満ちた静謐(せいひつ)な空気を、突如として非常警報が貫き、かつてない緊張感が神殿中を駆け巡った。

 機密区画(クロニクルゾーン)の深奥、大理石張りの白亜の執務室で、女神は空中に浮かび上がった警報内容に目をやり、その美しい顔をしかめた。

「あのシアンが殺された……? まさか……」

 シックなクリーム色のドレスに身を包んだ女神は、指先を不思議なリズムで刻む。そして空中に展開される水瓶宮(アクエリアス)に現れたアンノウンの映像。その不気味な存在に女神はハッとして厳しい表情を浮かべた。

 急いでアンノウンの秘密を解き明かそうと懸命にデータベースを漁ったが、その正体は捉えがたい影のよう。どんな資料にもその存在は記されず、この宇宙の法則から逸脱したかのような不可思議な存在だった。

 その時だった、画面が閃光のように赤く瞬き、恐るべき警告メッセージが浮かび上がってくる。

 第1533番星:大量死亡(7,923,723,549人)

「な、何よこれ!」

 衝撃的な出来事に、女神は言葉を失った。八十億という計り知れない命が、一瞬で消し飛んだのだ。この六十万年という長きにわたる地球創造の歴史の中でこんなことは初めてだった。

 ところが、これだけでは終わらない。

 第2125番星:大量死亡(5,398,874,293人)
 第4928番星:大量死亡(987,329,469人)
 第7292番星:大量死亡(773,297,953人)
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 一つまた一つと届く全員死亡の報。それは、この星系で長年築き上げてきた全てを崩壊させるほどの、重大で壮絶な災厄の始まりだった。

「ど、どうなってるのよ!」

 真っ青な顔で画面を凝視する女神は、死者たちの情報を必死で辿った。しかし、亡くなった者たちの死因は全て不明。その原因を解き明かす糸口さえ全くつかめなかった。

「た、大変だわ。みんなを呼ばなきゃ!」

 女神がスタッフに一斉通報を飛ばした時だった。神殿を揺るがすさらなる危機が突如として明らかになる。長年頼りにしてきたスタッフたちの死亡速報が画面を覆い尽くし、止まることなく流れ始めたのだ。

 スタッフ異常事態通知:レオ・アレグリス 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:水瀬(みなせ)颯汰(そうた) 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:ヴィクトル・ヴュスト 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:瀬崎(せざき)(ゆたか) 死亡(死因:不明)
 スタッフ異常事態通知:ベン・オーベ 死亡(死因:不明)
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ずらっと並んだ急死したスタッフの名前に女神は凍り付く。愛しき者たちの名が、彼女の心の中で静かな悲鳴となって響き渡った。

「ダ、ダメよ……。こんな……」

 焦燥感に駆られた女神は壁面の緊急停止スイッチに急ぐ。そして、巨大な赤いボタンの保護カバーを力強くを打ち破る。透明な破片がキラキラと宙を舞い、その切迫した瞬間を彩った。

 しかし、次の瞬間、女神の優美な体が紫色の光に飲み込まれ、輝きを放ちながら神秘的なオーラで覆われていく。

「そ、そんな……」

 崩れ落ちるようにして床に沈む女神。

 その琥珀色の瞳からは、光が消え、ただの虚空が広がっていた。


       ◇


「はーい、呼ばれましたよー!」

 元気いっぱいの声とともに、避難していたオディール​が執務室に飛び込んできた。彼女の声にはいつもの軽やかさが満ちており、その明るさが部屋に響いた。

 しかし、そこには床に横たわる女神がいて、オディールは衝撃のあまり言葉を失ってしまう。

「へ? め、女神……さま?」

 恐る恐る近づき、背中をそっとなで、すでに死亡しているのを見てしまったオディールは思わず宙を仰ぎ、言葉を失った。いつも美しく気高く輝いていた、あの圧倒的な女神のオーラは失われ、ただの屍となって床に転がっている。そのあってはならない姿が、オディールを深い絶望のどん底へと突き落とした。

「何よこれぇ……。くぅぅぅ……」

 オディールは事態の重大さに飲み込まれ、その場に立ち尽くしてしまう。

「なんで死んでんの? もぅ……」

 オディールは息を整えようと深く何度も呼吸をする。彼女の視線が重たくテーブルの上にある画面に移ると、死の通知が止まることなく画面を覆いつくしており、彼女の心をさらに暗く染めた。

「うっわ……。もう、最悪……。あいつめ……」

 オディールは深く打ちのめされたように肩を落とし、どうしたらいいのか必死に考える。

 しかし、その事態はあまりにも深刻で、考えが定まらない。

 そうこうしているうちに廊下からバタバタと何人かの慌ただしい足音が、次第に大きくなって聞こえてきた。