「そういえば常務と香織先輩、デキてるっぽいよ」
「え、うそ、マジで? ヤバ、なに情報?」
「情報屋、田辺記者情報」
「信憑性ないよ」

 会社に仲睦まじい同期がいることはとてもいいことだ。彼女が明るく生きているのも同期のおかげと言っても過言ではない気がする。ありがとう、田辺さん。

 安心しきっていたところに、彼女の表情が急に暗くなった。

「でも私、やっぱり自分は幸せになるべきじゃないと思ってる。あの子を差し置いて自分が幸せになるのは……無理かな」
「え、あんたまだそんなこと言ってんの? 何年経ったよ? 五年? 六年? えーと、名前なんだっけ? トサカ? トクラ?」
「……戸田(とだ)一誠(いっせい)君だよ」
「そうそう、その戸田君もあんたを守れて良かったって思ってるって。お墓参りとかよく行くんでしょ? 私はもう充分恩を返してると思うけどなぁ」

 そう言って同期の子は店員さんが持ってきてくれたビールを呷った。一方で彼女は握りこぶしを作って膝の上に置いている。同期の子の言葉に、グッと力を入れたのが見えた。

「足りないよ、全然。私の身代わりになってくれた恩なんて、返しきれるもんじゃないよ」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
「戻りたいよ、あの日に。戻って、やり直したい。もう二度と同じ失敗は繰り返さないから」
「向坂……」

 下唇まで噛みだした彼女の背中を、同期の子が優しくさする。彼女の言葉に、僕は泣きそうになった。そんな風に思わせてしまっているのは紛れもなく僕で、僕もあの日に戻れるなら戻ってもう一度やり直したい。どうして過去に戻れないのだろう。

「…………っ」

 とうとう彼女は泣き出してしまった。

 僕は思わず声を上げた。

「そうだよ、同期の子の言う通りだ。もう充分だよ。もう充分、僕は返してもらってるよ!」

 こういう時に抱きしめて僕の鼓動で彼女の気持ちを落ち着かせたいのだけれど、彼女に触ろうとしても空を切るだけ。そして僕の声なんて微塵も届かない。

 幽霊の僕にできることなんて、何もないのだ。