彼女を見守るのが僕の使命なので、仕事が終わるのを外で待つ。時々「やほー」とか「今日は暑いねぇ」などと話し掛けられる。適当に返事をしながら一日を過ごすのが僕のルーティンだ。クワッと欠伸をすると、ホコリかゴミか分からないものが目の前でふわふわと踊った。

 彼女の仕事時間は朝八時から夕方五時までらしい。たまに残業をして遅くなる日もある。僕はいつも職場から彼女が出てくるのを待って、出てきたら先回りして家に帰る。そして玄関で「おかえりなさい」と待つのだ。

 職場を出た彼女の顔は割といつも暗いのだが、家に帰ってくると「猫氏~」と言って顔をとろけさせる。その瞬間が僕はすごく好きで、思わず彼女を抱き締めたくなる。

 そんなことは到底叶わないけれど。

 あーあ。生まれ変われるのならやっぱり人間がいいな。どうしてこんな姿になっちゃったんだろう。まぁ快適でいいんだけど。自由気ままだし。このままで大丈夫かな、という不安はあるけれど。

 夕方になるのはとても早い。彼女の会社から続々と人が出てきた。定時上がりが多い会社だと前に彼女が言っていた。「ホワイト企業に勤められてよかった」とも言っていたが、僕には何のことだかさっぱり分からない。

 彼女が出てきた。いつも同期の女の人と出てきて「また明日」と言って会社前で別れるのだが、今日は並んで駅方面に歩き出した。

 あ、飲んで帰るんだ、と僕は察した。

 時々二人はこうして、活気溢れる駅前通りを歩いて美味しそうな香りのするお店に入っていく。どうやらたくさんお喋りをするらしい。

 こうなると僕もついて行かざるを得ない。

八十郎(はちじゅうろう)でいいよね」
「うん。私ここの焼き鳥大好きなんだ~。安いし美味しいし最高だよね!」

 女性二人は楽しそうに歩いて八十郎という居酒屋に入っていった。僕もスルリと身を滑らす。

「らっしゃいあせぇー! 二名様カウンターへどうぞ~!」
「どうぞ~!」

 ハチマキを巻いた威勢のいい店員さんたちが二人をカウンターに案内する。誰も僕には気づいていないようだ。

 店内は二人だけでなくたくさんの人で賑わっていた。陽気に喋る男の人、顔を真っ赤にした大きな男の人、笑い声が大きな女の人……みんな楽しそうで薄暗い店内も明るく感じる。

 彼女と同期の子は「とりあえずビールで」と飲み物を注文した。

「どうよ最近。向坂(さきさか)、何かいい話ないの?」

 向坂、とは彼女の名字である。彼女は同期に苦笑いを返した。

「ないよ、全然、全く、ビックリするくらい何もない」
「なにそれー。超絶つまんない」
「そういう田辺はどうなのさ。彼氏とはうまくいってんの?」
「ったり前でしょー。うちらが終わったら他のカップル即全滅よ」
「……どういう意味?」

 他愛のない話が、二人の間には割って入れないようなスピードで展開されていく。僕はボーッと二人の様子を眺めていた。彼女が楽しそうなら僕も楽しいのでずっと眺めていたいような気もする。