「夜空ってきれいだなー・・・・・・」

毎日病院のベットにいる僕は常にそう思っていた。

幼くして病気になり、いつ悪化して死ぬかも分からない。

毎日が退屈で仕方がなかった。

星空(せら)くん、もう21時になるから早く寝てね」

看護師さんはそう声をかけて、病室を出ていく。

僕はもう高校生なんだ。

なのになんで21時に寝ないといけないのか。

いつもそうは思っても言い返せずに眠っている。

言い返しても何にもならないと思うから。

布団に潜り目をつぶる。

だけど今日はすぐには寝付けなかった。

一度外の空気でも吸おうと窓を開ける。

窓から体を乗り出し、外を見ると遠くに病衣を着た女の子がいた。

こんな時間に何をしているんだろう?

病衣を着ているからきっと患者だろう。

疑問に思ったが気にせずに僕は眠りについた。

次の日もまた次の日もその女の子は同じ時間にその場所にいた。

毎日外にいる女の子に僕は少し興味を持ち、こっそりと病室を抜け出した。

病院の人にバレないように僕は外へと行く。

女の子の方へ近づくと彼女は座って空を見上げていた。

「こんな時間に何をしてるの?」

僕が声をかけると彼女は驚いたような顔でこちらを見る。

「星を見てるんだよ」

すんなり答えてくれた彼女は僕と同じくらいの歳に見えた。

「そういう君こそなんでここに来たの?」

彼女の問に僕はなんと答えるべきか考えた。

正直に答えるべきなのか。

考えた挙句、僕は正直に答えることにした。

「ここ最近、病室の窓から君の姿が見えてて、少し気になってね」

そう答えると彼女は手のひらを頭に乗せながら「まじかー!」と言う。

「バレないように来てたのに、まさかめちゃくちゃ見られてるとは」

彼女は焦る様子などもなく、笑いながら言う。

「そういえば自己紹介してなかったね、私は星夜(さや)。星の夜って書いてさやって言うよ」

星夜・・・・・・僕は彼女にとても親近感を感じた。

「いい名前だね。すっごい素敵だよ」

「ありがとう、君の名前は」

「僕は星の空って書いてせらだよ」

言った瞬間、彼女は弾けるような笑顔になった。

「えー! 星の夜と星の空ってめっちゃいい組み合わせじゃん! もしかして私たちって運命とか!?」

すごく楽しそうに話す彼女はまるで子供のようだ。

「たしかにすごくいいね。でも運命ってことは無いんじゃないかな」

僕の返しに、彼女はつまらなそうに、

「そこは運命だねとか言ってよー、星空くんつまんなーい」

僕はいまいち彼女についていけなかった。

彼女はまるで僕とは別世界にいるような人だ。

「僕はこういう人だから仕方ないです」

彼女は「はぁ」と小さくため息を吐き、空へと視線を移す。

僕も彼女の横に座り空を見上げる。

「すっごい綺麗」

今までは病室の窓から見ていたが、生で見る星はとても綺麗だった。

「夜の空って心が落ち着くんだよね」

僕も深く共感した。

なんでこんなにも夜の空は落ち着くのだろうか。

その後も僕らは話し続けた。

気がつけば時間が23時になろうとしていた。

「そろそろ戻ろっか」

彼女はそう言って立ち上がる。

僕は帰る前に彼女に質問をした。

「なんで君はそんなに明るくいられるの?」

僕がずっと感じていた疑問。

彼女も病気のはずなのに、何故こんなにも明るくいられるのか。

僕の場合はいつ悪化して死ぬかも分からない。

だから明るくいるなんて無理だ。

彼女はなんでこんなにも明るいのか。

「明日また同じ時間にここに来て! そしたら話してあげる!」

彼女はそう言って答えは言わずに、病院の中へと戻ろうとした。

病院に戻る前にこちらを振り返り、

「また明日ね! 星空くん! おやすみ!」

彼女と別れたあと、僕も病室へと戻る。

病室に戻るとすぐにベットに入る。

久々に長時間も話したので疲れてしまった。

そのせいですぐに眠りについた。

次の日も夜になると僕はこっそりと病室を抜け出す。

夜になると見回りの目も薄くなるので、抜け出しやすい。

昨日と同じ場所に向かうと、星夜はいつものように座っていた。

「今日も来たよ」

僕が声をかけると彼女は振り向き笑顔を見せる。

「待ってたよ、星空くん」

僕はまた彼女の横に座り、昨日と同じように星空を見上げた。

今日は昨日より天気も良く、空一面に綺麗な星たちが輝いていた。

僕らの間には無言が続く。

しかし、そこに気まずさなどは無かった。

「昨日君が聞いた事について話してあげる」

先に口を開いたのは彼女の方だった。

彼女は僕の方に体を向ける。

「星空くんはさ、人は死んだら何になると思う?」

彼女の口から出たのは昨日の答えではなく、僕への質問だった。

「そんな哲学的な質問をされても僕には分からないよ」

「例えば死んだらまた人間に生まれ変わるとか、動物に生まれ変わるとかもあるかもね!」

自分で質問しておいてノリノリになっている彼女に僕は、少し困惑していた。

「まあそんなことは置いておきましょう」

そう言って彼女は少し真面目な顔をした。

「これは私のおじいちゃんが昔言ってたんだけど亡くなった人はね、星になるんだよ」

「あー・・・・・・はい・・・・・・?」

僕はよく分からずぽかんとしていた。

「星空くん絶対何言ってんだこいつとでも思ってるでしょ」

僕の表情を見て思ったのか彼女は少し残念そうにしていた。

でも急に亡くなった人は星になるんだと言われても、信じることなんかできない。

そんな感じの話を僕も聞いたことはあるが、信じたことは一度たりともない。

「生きてる時に元気で明るかった人はすっごく綺麗な星になるの!」

「そうなの・・・・・・?」

いまいち彼女の話は理解できなかったが、熱心に話している彼女を無視することはできなかった。

「そう! だから私はいつでも明るくいたいの!」

そういう彼女の顔は笑顔に溢れていた。

その笑顔は空にある星よりも輝いているように見えた。

「星空くんももっと明るい人になろうよ!」

「僕はそういう性格じゃないんだ」

彼女の誘いを僕はきっぱり断る。

「たしかに君は明るい系じゃ無さそうだもんね」

彼女にしては珍しくすんなり諦めてくれた。

僕らはその後も星を見ながら多くの話をした。

好きな星座やなぜ星を見るのが好きなのかなど。

時間など忘れてしまうくらいに僕らは意気投合していた。

「やば! もう日付変わっちゃうよ!」

時計を見ると23時55分を指していた。

「もしバレたらやばいから早く戻ろう」

「そうだね! じゃあまたね星空くん!」

僕らは互いに手を振り自身の病室に戻っていく。

次の日もまた次の日も僕らは共に星を見た。

次第に僕はそれが日課になっていたのだ。

星を見ている時だけは、病気のことなど忘れられるからだ。

そして彼女との会話が楽しいと思えるからだった。

そんなある日、僕はいつものように待っていても彼女は現れなかった。

「何かあったのかな」

空に向かい僕は一人呟く。

彼女のいない今日はいつもよりとても寒く感じた。

『亡くなった人は星になるんだよ!』

ふとそんな言葉を思い出した。

空には多くの星。

まさか・・・・・・そんなことはないよな。

僕は一瞬寒気がした。

まだ会って数日しか経っていないのに、彼女が居なくなることに寂しさを感じる。

僕はいつもより早く病室に戻り眠りについた。

明日は星夜がいますように。

そう思いながら僕は眠った。

次の日彼女は何も無かったかのように、その場所にいた。

彼女がいるだけで僕はなぜかほっとしていた。

「星空くん昨日は来れなくてごめんね!」

第一声は謝罪の言葉だった。

「全然大丈夫だよ」

理由を深く追求しようとは思わなかった。

僕らは互いに病気持ち。

お互いそのことは重々把握していた。

だからこそ一日でも来ない日があると不安になってしまう。

彼女の様子を見るといつもとは変わらないように見えた。

「星空くんってさ、冷たそうだけど優しいよね」

「えっ・・・・・・?」

予想外の発言に僕はアホみたいな声が出てしまった。

「急にどうしたの?」

「昨日ずっと待っててくれたでしょ。私病室から見てたんだよね」

「待ったりなんかしてないよ。ただ空が綺麗だったから見てただけ」

僕は彼女の言葉を全て否定した。

優しいと言われるのがなんだか気恥しかったから。

「君は可愛くないねー」

「別に僕は男なんだから可愛さなんていらないよ」

僕の発言に諦めたのか彼女はため息を吐き、空を見上げる。

「そういえば星空くんってさぁ好きな人とかいないの」

空を見上げたまま彼女は僕に問う。

恋バナなんて僕はしたことがなかった。

「そんなのいないよ」

僕には人を好きになるという感覚が分からない。

今までに好きな人が出来たことがないからだ。

「逆に君はいないの? 好きな人」

そっくりそのまま僕は彼女に質問し返した。

「私はねー・・・・・・君だよ」

「え?」

僕は思わず固まってしまう。

「なーんてね! 冗談だよ! 本気にしちゃった!?」

彼女は僕の方を見て笑いながら言う。

「別に信じてなんかいないし。そういう嘘はやめといた方がいいと思うよ」

からかってくる彼女に向けて、僕は至って真面目に返す。

「ごめんごめん! ちょっとからかって見たくなってね」

僕は彼女のことなんか放ってほいて一人で星を見た。

少しして彼女が僕の横へとやってくる。

「星空くん! お互い元気になったらさ、もっと綺麗な星が見える場所で一緒に星を見よう!」

「いいよ、忘れていなかったらね」

僕らは元気になったら一緒に星を見る。

そう約束したのだ。

しかしその約束が叶うことはなかった。

約束した矢先の話だった。

君はいつもの場所に現れなくなった。

君が来なくなって1週間が経つ。

空には相変わらず無数の星。

どれもが美しく輝いている。

そんなある日、どの星たちよりも輝く星があった。

「君の言っていたことは、本当だったんだね・・・・・・」

その星を見て僕は呟く。

独りになった僕は、輝く星を見ながら涙を流した。