「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。」
4月5日、高校生になった「さら」。
さらの気持ちは、楽しみと不安が4;6だった。
それもそのはず、この学校には中学の同級生が誰もいない。
ほとんどは地元の高校に進学していったが、さらは父親の転勤もあり、地元から離れた学校にするしかなかった。
「地元が良かったな...」
こんなことを言っても無駄なのは分かっているが、知り合いが一人もいないのがこんなにも孤独だとは思わなかった。
入学式が終わり向かったさらの教室には、35人のクラスメイトがいた。
このクラスは学年でも一番多い、36人クラスのようで、教室が賑やかだ。
自分の名前の書いてある席を探し、席に着くと、隣に座っていた男の子がさらに声をかけた。
「あの、初めまして。僕れおって言います。よろしくね」
にこにこしながら話しかけてきたのは、「れお」と名乗る子だった。
「私は山崎さらです。こちらこそよろしくね。」
少し堅いかなと思ったが、最初から心を開けるわけもなかった。
「僕、この学校に中学の友達とかいなくて。だから早く誰かと仲良くなりたいなーって!」
そう話すれおは、高校生活を楽しみにしているように見え、眩しかった。
不安だらけの私は、れおが羨ましかった。
私もすごく楽しみにしていた。
でも中学であんなことになるなんて。
廊下では、保護者が世間話をしながら私たちの帰りを待っていた。
そこに私の母の姿は無かった。
もう会えないのに、すぐそこにいる気がしてしまうのは何故だろう。
父も仕事が忙しく、入学式には来られなかった。
皆は幸せそうだった。そんな皆を少し恨んでしまう自分がいる。
もちろん皆のせいではないけれど、私ばかりがこんな思いをしなければならないなんて。
神様は、時に試練も与えるみたい。
そんなことを考えながら歩く帰り道。
すると後ろから、私の名前を呼ぶ声がした。
「さら!一緒に帰ろうよ!」
れおだった。
せっかく誘ってくれたので、一緒に帰ることにした。
男の子と並んで歩くことなんて今まで無かったので、不思議な気分だ。
「そういえば高校に中学の友達とかいないって言ってた...よね?」
教室での会話を思い出し、れおに尋ねた。
「あ、そうなんだよね。ここから2時間くらいのところに通ってたから」
「それでもここが良かったの?」
「うん。」
れおは短く答えた。
「じ、実は私も、ここに知り合いいなくて。」
自分のことを話すのは、少し緊張する。
「え、そうなの?仲間だね!笑」
「うん、だからちょっと安心した」
意外な共通点が見つかった私たちは、学校の最寄り駅まで一緒に帰った。
「ただいま」
ドアを開けると、小学2年生の弟が駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんおかえり!」
この無邪気な笑顔を見ると、1日の疲れも吹っ飛んでしまうので不思議だ。
リビングに行くと、お父さんがお昼ごはんの準備をしてくれていた。
「さら、おかえり。」
落ち着いた声でそういうお父さん。
やっぱり家が一番だな。
「せーのっ!」
弟の元気な掛け声に続いて「いただきます!」と言うのが我が家のルールだ。
今日も3人で食卓を囲めることに感謝して、ご飯を食べる。
私の隣に弟、斜め前にお父さんが座り、前の席には食事だけが置かれている。
前まではここにお母さんがいた。
お父さんが「母さんも皆で食べたいだろう。」と言って、毎日4人分の食事をテーブルに並べる。
お母さんが家に帰らぬ人となって、もうすぐ2年が経つ。
事故だった。
会社帰りに歩いていたお母さんに、飲酒運転をしていた車がぶつかり、重症をおった。
すぐに病院に運ばれたけれど、そのまま帰らぬ人となってしまった。
最後の会話は
「いってきます」
「さら、気をつけてね」だった。
あまりにも突然だった。
弟は当時、まだ何が起きたか分からずに、ただ泣いていた。
こんな幼い弟がいるのに、私がメソメソしている場合じゃない。
「さら、はるとの面倒お願いね。」
お母さんの言葉も思い出し、今はなんとかやっていけている。
「きょうはがっこうで、おりがみつくったんだ!」
そういって一生懸命折ったのであろう折り紙を、私とお父さんに自慢気に見せる弟。
「おぉ、上手に出来てるね」
この会話が微笑ましい。
いつまでもこの小さな幸せが、続きますように。
「いってきまーす」
次の日、そう言って私と弟は家を出た。
小学校まで弟を送ったあと、電車に乗って学校へ向かう。
今日の一時間目は英語。
私は昔から英語が大の苦手で、授業が苦痛で仕方なかった。
「それでは、この音読を2人ペアでやってください。近くの人で組んでね」
先生は簡単にそう言うけれど、中学の時はこれで私が余ってしまって、先生とやる羽目になったことがある。
どうしようと思っていると、
「さら一緒にやろ!」
またれおが声をかけてくれた。
「うん...でも私、英語ほんとに苦手で全然分かんないんだよね...笑」
「大丈夫、僕も分かんないから!」
あまりにも楽しそうに言うので、思わず笑ってしまった。
「分かんない同士でやったら、会話成り立たないよ笑」
私がそう言うと、れおは「あ、確かに!」と言って笑った。
れおは天然なところもあるみたいだ。
なんとか2人で乗りきった英語の後の授業は、あっという間に終わってしまった。
帰りの会で、先生から
「明日の朝に、委員会と係を決めるので、何をやるか考えてきてください」
という話があった。
私はお父さんの帰りが遅い日は弟のことを見ないといけないので、何もやらないつもりでいた。
いつの間にかれおと帰るのが日課になっており、誰かが隣にいてくれることの嬉しさを感じるようになった。
「れおは、係とかやる?」
「えー、どうしよ...体育委員やろうかな」
「体育委員か、似合うね」
「運動好きなんだ。ていうか、何かやったら成績上がるとかないかな笑」
「下心しかないじゃん笑」
れおと話す時は、自然と笑顔になる。
「れお、私と話してて楽しい?」
疑問に思ったので、唐突だけど聞いてみた。
「え、なに急に!笑」
驚いた様子でそう言ったけれど、「もちろん楽しいよ!」と答えてくれた。
「あの、いつも笑顔にさせてくれて、ありがとう」
「さら、頭打った?」
勇気を出して言葉にしたのに、真面目な顔で聞いてくるれおを見てまた笑ってしまった。
「だ、だって!言いたい時に言わないと、後悔しそうだから...」
いつまでも大切な人がそばにいてくれるかなんて、誰にも分からない。
お母さんが亡くなってから、「もっとありがとうって言っておけば良かった...」とものすごく後悔した。
それから、その時その時にちゃんと口にしようと思うようになった。
「僕もいつも楽しいし、こんな僕と仲良くしてくれてありがとね!」
照れ臭い気持ちもあっただろうけど、れおは私にしっかり伝えてくれた。
それから私は、さらにれおと打ち解けられるようになった。
今ではれおが一番の友達といえる程の仲だ。
すっかり気温も上がり、日差しが強くなってきた。
「もう夏だね」
今日も私は他愛ない話をしながら、れおと歩いている。
でも、こういうちょっとした会話、日常が大切な思い出になっていくのだろう。
そう思うと、一瞬一瞬がとても貴重なものに感じる。
「さら、長袖で暑くない?」
何気ないこの言葉が、私をドキッとさせる。
「あ、うん。日焼けしたくないから」
とっさにそう答えた。
「へー、女子って大変だね」
私が夏でも長袖を着ている理由。
それは、生まれつきある右腕のアザを隠すため。
小学生の時は気にせず過ごしていたが、中学に上がると周りの目が気になるようになった。
そして、恐れていたこと。いじめが起きた。
私を見て、冷たい言葉を言ってくるクラスメイト。
中にはかばってくれた子もいたが、時間が経つといじめっ子に飲み込まれ、私は一人になった。
「もう学校来ないでよ」
「一人だけ変だよ。なんでここにいるの?きもいからどっかいって」
毎日のようにこのような言葉を言われ、私は耐えられなくなり、保健室登校にした。
保健室の先生は本当に優しくて、親身になって話を聞いてくれた。
しかし、お母さんが事故に遭ったのもちょうどその頃。
学校にすら行けなくなり、一時期は不登校になった。
このいじめにあってから、私は腕を隠すことに決めた。
夏はやっぱり暑いけど、もう辛い思いをしたくないので、これくらいどうってこと無かった。
おかげでその後は何も言われなくなり、「いじめが無いのってこんなに楽なんだ」と感じた。
自分の本当の姿を隠すのは、正直あまりいい気分では無い。
いつか。いつか、れおにも言わないといけないのかもしれない。
「さら?」
気がついたら、ぼーっとしてしまっていた。
「あ、ごめん!」
「急に立ち止まるから、どうしたのかと思ったー」
「ごめんね、何でもないよ」
「ふーん?」
少し疑うように言われてしまいまたドキッとしたが、平然を装い何とかごまかした。
もう高校一年生も残り3ヶ月となっている。
入学してからの時の流れが早くて、時々夢の中にいるような錯覚に陥る。
よく「楽しい時間はあっという間に過ぎる」という言葉を聞くが、高校に入りこれを実感した。
たぶん、れおが居なかったらこんなに楽しい高校生活を送れていなかったと思う。
「れお、放課後、時間ある?」
「もちろん暇だよ?笑」
「良かった笑。ちょっと言いたいことがあって。」
「えーなになに?!」
そんな会話をしながら、私たちは人が少ない駐輪場の奥まで歩いてきた。
「さら、」
私が話し始めようとするのと同時に、れおが口を開いた。
「ごめん、先に言いたいことがあるんだ。」
少し間を空けて、こう言った。
「入学した時からさらが好き。唐突でごめん。でも僕の気持ち伝えたくて」
予想もしていなかった言葉に固まっている私を見ながら、続けた。
「付き合って、ほしい。今すぐじゃなくていいから返事くれたら嬉しい」
いつものおちゃらけているれおとは違ってどこか真剣で、本当の気持ちなんだなと思った。
しかも、そんな前から私のことが好きだったという事実に驚きを隠せない。
でも...
「れお。私も、れおのこと好き」
「は、まじで言ってる?!」
「あ、でも言わなきゃいけないことがあるの。長くなるかもだけど、聞いてほしい」
れおは力強く頷いた。
「私ね、生まれつき右腕にアザがあるんだけど、ずっと隠してた。早く言わないとって思ってたけど、なかなか言えなくて...ごめん」
「知ってた!」
思わぬ返事が返ってきて、「え?」という声が漏れてしまった。
「ずーっと長袖だから、なんかあるのかなって薄々思ってた。でも、それがどうかしたの?」
「どうって...こんな私、嫌でしょ?」
生まれつきとはいえ、この見た目でれおの隣には並べない。
「何言ってんだよー!僕はどんな姿でも、さらが好きだよ」
次の瞬間、私の目からは涙が溢れてきた。
「ちょっ?!なんで泣いてるの」
なんでこんなに優しいのだろう。
「れおが、優しすぎるから。ばか!」
「ばかって言われた、えーん」
そう言って泣く真似をするれおは、私を笑顔にしようとしているように見えた。
まんまと笑ってしまった私を見て、「笑った!僕の勝ち」と言って私に抱きついた。
「勝ったから、いいよね!」
この日は、忘れられない日になった。
「山崎さらです。好きな教科は英語です。よろしくお願いします」
4月、私は新しいクラスメイトの前で自己紹介をしていた。
去年は英語は大嫌いだったけど、れおと勉強して今では得意教科になった。
れおがあの時「どんな姿でもさらが好きだよ」と言ってくれてから、私は自分を隠さずに過ごせるようになった。
その後、私とれおは彼女と彼氏になった。
しかし、れおは今この学校にはいない。
1年生の終わりに引っ越してしまったからだ。
それでも、れおに出会えたから、私は自信を持てるようになったと思うし、明るくなれた。
突然の引っ越しで、言いたいことはたくさんあったが「今までありがとう」としか言えずに終わってしまった。
今日は、れおに電話をしようと思う。
感謝を伝えるために。
4月5日、高校生になった「さら」。
さらの気持ちは、楽しみと不安が4;6だった。
それもそのはず、この学校には中学の同級生が誰もいない。
ほとんどは地元の高校に進学していったが、さらは父親の転勤もあり、地元から離れた学校にするしかなかった。
「地元が良かったな...」
こんなことを言っても無駄なのは分かっているが、知り合いが一人もいないのがこんなにも孤独だとは思わなかった。
入学式が終わり向かったさらの教室には、35人のクラスメイトがいた。
このクラスは学年でも一番多い、36人クラスのようで、教室が賑やかだ。
自分の名前の書いてある席を探し、席に着くと、隣に座っていた男の子がさらに声をかけた。
「あの、初めまして。僕れおって言います。よろしくね」
にこにこしながら話しかけてきたのは、「れお」と名乗る子だった。
「私は山崎さらです。こちらこそよろしくね。」
少し堅いかなと思ったが、最初から心を開けるわけもなかった。
「僕、この学校に中学の友達とかいなくて。だから早く誰かと仲良くなりたいなーって!」
そう話すれおは、高校生活を楽しみにしているように見え、眩しかった。
不安だらけの私は、れおが羨ましかった。
私もすごく楽しみにしていた。
でも中学であんなことになるなんて。
廊下では、保護者が世間話をしながら私たちの帰りを待っていた。
そこに私の母の姿は無かった。
もう会えないのに、すぐそこにいる気がしてしまうのは何故だろう。
父も仕事が忙しく、入学式には来られなかった。
皆は幸せそうだった。そんな皆を少し恨んでしまう自分がいる。
もちろん皆のせいではないけれど、私ばかりがこんな思いをしなければならないなんて。
神様は、時に試練も与えるみたい。
そんなことを考えながら歩く帰り道。
すると後ろから、私の名前を呼ぶ声がした。
「さら!一緒に帰ろうよ!」
れおだった。
せっかく誘ってくれたので、一緒に帰ることにした。
男の子と並んで歩くことなんて今まで無かったので、不思議な気分だ。
「そういえば高校に中学の友達とかいないって言ってた...よね?」
教室での会話を思い出し、れおに尋ねた。
「あ、そうなんだよね。ここから2時間くらいのところに通ってたから」
「それでもここが良かったの?」
「うん。」
れおは短く答えた。
「じ、実は私も、ここに知り合いいなくて。」
自分のことを話すのは、少し緊張する。
「え、そうなの?仲間だね!笑」
「うん、だからちょっと安心した」
意外な共通点が見つかった私たちは、学校の最寄り駅まで一緒に帰った。
「ただいま」
ドアを開けると、小学2年生の弟が駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんおかえり!」
この無邪気な笑顔を見ると、1日の疲れも吹っ飛んでしまうので不思議だ。
リビングに行くと、お父さんがお昼ごはんの準備をしてくれていた。
「さら、おかえり。」
落ち着いた声でそういうお父さん。
やっぱり家が一番だな。
「せーのっ!」
弟の元気な掛け声に続いて「いただきます!」と言うのが我が家のルールだ。
今日も3人で食卓を囲めることに感謝して、ご飯を食べる。
私の隣に弟、斜め前にお父さんが座り、前の席には食事だけが置かれている。
前まではここにお母さんがいた。
お父さんが「母さんも皆で食べたいだろう。」と言って、毎日4人分の食事をテーブルに並べる。
お母さんが家に帰らぬ人となって、もうすぐ2年が経つ。
事故だった。
会社帰りに歩いていたお母さんに、飲酒運転をしていた車がぶつかり、重症をおった。
すぐに病院に運ばれたけれど、そのまま帰らぬ人となってしまった。
最後の会話は
「いってきます」
「さら、気をつけてね」だった。
あまりにも突然だった。
弟は当時、まだ何が起きたか分からずに、ただ泣いていた。
こんな幼い弟がいるのに、私がメソメソしている場合じゃない。
「さら、はるとの面倒お願いね。」
お母さんの言葉も思い出し、今はなんとかやっていけている。
「きょうはがっこうで、おりがみつくったんだ!」
そういって一生懸命折ったのであろう折り紙を、私とお父さんに自慢気に見せる弟。
「おぉ、上手に出来てるね」
この会話が微笑ましい。
いつまでもこの小さな幸せが、続きますように。
「いってきまーす」
次の日、そう言って私と弟は家を出た。
小学校まで弟を送ったあと、電車に乗って学校へ向かう。
今日の一時間目は英語。
私は昔から英語が大の苦手で、授業が苦痛で仕方なかった。
「それでは、この音読を2人ペアでやってください。近くの人で組んでね」
先生は簡単にそう言うけれど、中学の時はこれで私が余ってしまって、先生とやる羽目になったことがある。
どうしようと思っていると、
「さら一緒にやろ!」
またれおが声をかけてくれた。
「うん...でも私、英語ほんとに苦手で全然分かんないんだよね...笑」
「大丈夫、僕も分かんないから!」
あまりにも楽しそうに言うので、思わず笑ってしまった。
「分かんない同士でやったら、会話成り立たないよ笑」
私がそう言うと、れおは「あ、確かに!」と言って笑った。
れおは天然なところもあるみたいだ。
なんとか2人で乗りきった英語の後の授業は、あっという間に終わってしまった。
帰りの会で、先生から
「明日の朝に、委員会と係を決めるので、何をやるか考えてきてください」
という話があった。
私はお父さんの帰りが遅い日は弟のことを見ないといけないので、何もやらないつもりでいた。
いつの間にかれおと帰るのが日課になっており、誰かが隣にいてくれることの嬉しさを感じるようになった。
「れおは、係とかやる?」
「えー、どうしよ...体育委員やろうかな」
「体育委員か、似合うね」
「運動好きなんだ。ていうか、何かやったら成績上がるとかないかな笑」
「下心しかないじゃん笑」
れおと話す時は、自然と笑顔になる。
「れお、私と話してて楽しい?」
疑問に思ったので、唐突だけど聞いてみた。
「え、なに急に!笑」
驚いた様子でそう言ったけれど、「もちろん楽しいよ!」と答えてくれた。
「あの、いつも笑顔にさせてくれて、ありがとう」
「さら、頭打った?」
勇気を出して言葉にしたのに、真面目な顔で聞いてくるれおを見てまた笑ってしまった。
「だ、だって!言いたい時に言わないと、後悔しそうだから...」
いつまでも大切な人がそばにいてくれるかなんて、誰にも分からない。
お母さんが亡くなってから、「もっとありがとうって言っておけば良かった...」とものすごく後悔した。
それから、その時その時にちゃんと口にしようと思うようになった。
「僕もいつも楽しいし、こんな僕と仲良くしてくれてありがとね!」
照れ臭い気持ちもあっただろうけど、れおは私にしっかり伝えてくれた。
それから私は、さらにれおと打ち解けられるようになった。
今ではれおが一番の友達といえる程の仲だ。
すっかり気温も上がり、日差しが強くなってきた。
「もう夏だね」
今日も私は他愛ない話をしながら、れおと歩いている。
でも、こういうちょっとした会話、日常が大切な思い出になっていくのだろう。
そう思うと、一瞬一瞬がとても貴重なものに感じる。
「さら、長袖で暑くない?」
何気ないこの言葉が、私をドキッとさせる。
「あ、うん。日焼けしたくないから」
とっさにそう答えた。
「へー、女子って大変だね」
私が夏でも長袖を着ている理由。
それは、生まれつきある右腕のアザを隠すため。
小学生の時は気にせず過ごしていたが、中学に上がると周りの目が気になるようになった。
そして、恐れていたこと。いじめが起きた。
私を見て、冷たい言葉を言ってくるクラスメイト。
中にはかばってくれた子もいたが、時間が経つといじめっ子に飲み込まれ、私は一人になった。
「もう学校来ないでよ」
「一人だけ変だよ。なんでここにいるの?きもいからどっかいって」
毎日のようにこのような言葉を言われ、私は耐えられなくなり、保健室登校にした。
保健室の先生は本当に優しくて、親身になって話を聞いてくれた。
しかし、お母さんが事故に遭ったのもちょうどその頃。
学校にすら行けなくなり、一時期は不登校になった。
このいじめにあってから、私は腕を隠すことに決めた。
夏はやっぱり暑いけど、もう辛い思いをしたくないので、これくらいどうってこと無かった。
おかげでその後は何も言われなくなり、「いじめが無いのってこんなに楽なんだ」と感じた。
自分の本当の姿を隠すのは、正直あまりいい気分では無い。
いつか。いつか、れおにも言わないといけないのかもしれない。
「さら?」
気がついたら、ぼーっとしてしまっていた。
「あ、ごめん!」
「急に立ち止まるから、どうしたのかと思ったー」
「ごめんね、何でもないよ」
「ふーん?」
少し疑うように言われてしまいまたドキッとしたが、平然を装い何とかごまかした。
もう高校一年生も残り3ヶ月となっている。
入学してからの時の流れが早くて、時々夢の中にいるような錯覚に陥る。
よく「楽しい時間はあっという間に過ぎる」という言葉を聞くが、高校に入りこれを実感した。
たぶん、れおが居なかったらこんなに楽しい高校生活を送れていなかったと思う。
「れお、放課後、時間ある?」
「もちろん暇だよ?笑」
「良かった笑。ちょっと言いたいことがあって。」
「えーなになに?!」
そんな会話をしながら、私たちは人が少ない駐輪場の奥まで歩いてきた。
「さら、」
私が話し始めようとするのと同時に、れおが口を開いた。
「ごめん、先に言いたいことがあるんだ。」
少し間を空けて、こう言った。
「入学した時からさらが好き。唐突でごめん。でも僕の気持ち伝えたくて」
予想もしていなかった言葉に固まっている私を見ながら、続けた。
「付き合って、ほしい。今すぐじゃなくていいから返事くれたら嬉しい」
いつものおちゃらけているれおとは違ってどこか真剣で、本当の気持ちなんだなと思った。
しかも、そんな前から私のことが好きだったという事実に驚きを隠せない。
でも...
「れお。私も、れおのこと好き」
「は、まじで言ってる?!」
「あ、でも言わなきゃいけないことがあるの。長くなるかもだけど、聞いてほしい」
れおは力強く頷いた。
「私ね、生まれつき右腕にアザがあるんだけど、ずっと隠してた。早く言わないとって思ってたけど、なかなか言えなくて...ごめん」
「知ってた!」
思わぬ返事が返ってきて、「え?」という声が漏れてしまった。
「ずーっと長袖だから、なんかあるのかなって薄々思ってた。でも、それがどうかしたの?」
「どうって...こんな私、嫌でしょ?」
生まれつきとはいえ、この見た目でれおの隣には並べない。
「何言ってんだよー!僕はどんな姿でも、さらが好きだよ」
次の瞬間、私の目からは涙が溢れてきた。
「ちょっ?!なんで泣いてるの」
なんでこんなに優しいのだろう。
「れおが、優しすぎるから。ばか!」
「ばかって言われた、えーん」
そう言って泣く真似をするれおは、私を笑顔にしようとしているように見えた。
まんまと笑ってしまった私を見て、「笑った!僕の勝ち」と言って私に抱きついた。
「勝ったから、いいよね!」
この日は、忘れられない日になった。
「山崎さらです。好きな教科は英語です。よろしくお願いします」
4月、私は新しいクラスメイトの前で自己紹介をしていた。
去年は英語は大嫌いだったけど、れおと勉強して今では得意教科になった。
れおがあの時「どんな姿でもさらが好きだよ」と言ってくれてから、私は自分を隠さずに過ごせるようになった。
その後、私とれおは彼女と彼氏になった。
しかし、れおは今この学校にはいない。
1年生の終わりに引っ越してしまったからだ。
それでも、れおに出会えたから、私は自信を持てるようになったと思うし、明るくなれた。
突然の引っ越しで、言いたいことはたくさんあったが「今までありがとう」としか言えずに終わってしまった。
今日は、れおに電話をしようと思う。
感謝を伝えるために。