時間になるとやって来る、看護師の食事と診察と掃除。それ以外は外部との接触もできないまま、三日の時が過ぎた。
 月岡を怒らせてしまったのかと珈涼は怯えたが、彼は前以上に甲斐甲斐しくなった。ドライヤーで髪を乾かしてくれたり、爪を切ってくれたりする。毎日花や装飾品の類を買ってくる。
 ただし珈涼には下着さえ身に着けさせなかった。室温はエアコンで調節されていて寒くはないが、やはり落ち着かない。
「あの……恥ずかしい、です」
 とても向き合って夕食は取れないとうつむいたら、月岡の膝に乗せられた。そのまま膝の上で食事を取らされる。
 長身の月岡の膝の上では、小柄な珈涼は子どものようだった。月岡は珈涼に食べさせて自身も食べながら、珈涼に繰り返し話しかける。
 具合はどうですか、欲しいものはありませんか、不自由があるなら何でも仰ってください。
 こうして裸で月岡の膝に乗っていること自体が珈涼には戸惑いだらけだったが、月岡の口調はいつも優しかった。
 夜の行為は今でも怖い。けれど月岡は必ず避妊してくれたし、珈涼を傷つけるようなことはしなかった。終わるといつも体を洗って、広い胸に包み込んでくれる。
 だから珈涼は何も言えなくなる。不満も希望も、喉の奥で詰まる。
 今も珈涼の心の大半を占めているのは、不安だった。これがいつまで続くのか、終わった後に自分はどうするのか、それが見えない。
 アルバイトもやめさせられてしまった。いろいろ教えてくれたマスターに申し訳なく思う。
 ただコーヒーを飲むまでの間は、月岡のまとう雰囲気は母親のようだ。こんな格好で男の人の膝に乗っている自分は恥ずかしくて仕方がないが、月岡の目はそういう色を持っていないからまだ安心できる。
 変わるのはいつも、月岡がコーヒーを飲み終わった時。
 月岡が触れる意味が違うものになる。珈涼を支えていた腕は肌を滑り、珈涼を別の世界に誘う。
 珈涼はただ貪られるだけなら、怖いという感情だけで逃げていられた。近頃の月岡はそれも許してくれない。珈涼が甘い痺れに震えて涙を滲ませても、月岡はそれを出来る限り長引かせようとしているようだった。
 ある日の夜、彼の腕の中で珈涼は問いかけた。
「つきおか、さん」
「彰大」
 電気の落ちた暗闇の中、珈涼は訴えるように問いかける。
「あきひろ、あの……」
 待つような間があって、珈涼は思わず本音をつぶやく。
「終わりは、いつ?」
 不安に押しつぶされそうになりながら毎日を過ごすより、いっそこの甘い日々が終わればいい。
 自分に飽きてどこか余所にやってしまうのなら、それでもいい。珈涼は究極的にはこの思うままにならない体の命がついえてしまっても、構わないとさえ思えた。
 月岡はそれを聞くと、奇妙に優しい目で見下ろした。
「言う通りにするなら、終わらせてもいいですよ」
「言う通りに……?」
 問うように珈涼が告げると、月岡は珈涼を抱き寄せて口づける。
「そう。約束しますね?」
 珈涼は次第に押し寄せてきた心地よい眠気に背を押される。
「……約束、する」
 そう言うと、月岡がほっとしたように息をついたのが聞こえた。
 次第に眠りの世界に誘われて行く。珈涼は彼の腕の中が心地よくてこくんとうなずいた。
 うん、言う通りにする……あきひろ、すき、すき……。
 どこまでが本音だったのかは、珈涼にもわからなかった。