朝ごはんを月岡と食べる。そんな幸せなことがこれから毎日できることを知って、珈涼は嬉しかった。
珈涼は月岡と暮らすことになった。実は彼の家は珈涼に与えられたマンションの一階下のフロアだったらしく、今まで珈涼のところで過ごした後はそこに戻って仕事をしていたのだそうだ。
澄んだ朝の空気の中、月岡は少しだけ眠そうに、でも安らいだ顔で珈涼をみつめている。
「お体は辛くありませんか?」
珈涼に焼けたトーストを差し出して、向かいの席から月岡が問いかけてくる。
昨夜、触れてほしいと言った珈涼に、月岡はせめて珈涼の怪我が治ってからと告げた。けれどどうしてもと珈涼がぐずるので、月岡は大切に抱いてくれた。
「大丈夫です。月岡さんに触れられるのは……心地いいんです」
甘い痛みというものもある。月岡と出会って、珈涼はたくさんのことを知った。
「私、進学しようと思います。今まで狭い世界のことしか知らなかったから、外のことを学ぼうと思って」
「ええ。私も応援いたします」
ゆっくり食事を進めながら、月岡と話をする。
珈涼はためらいがちに切り出す。
「父の組のことは、これからどうなるのでしょうか?」
月岡は思案したようだった。
「そうですね。私が珈涼さん欲しさに事を性急に進めすぎましたから、すぐには片付かないでしょう。これから多少忙しくなりますね」
「私にできることがあれば……」
「珈涼さんが私の側にいらっしゃるのが、私にとって最大の助けです」
月岡はほほえんで、落ち着いた声音で告げた。
「珈涼さんのおかげで、お父様や真也さんと和解できます。真也さんの補佐に戻るのであれば、姐さんも納得してくださるでしょう」
「月岡さんは、組の後継者でなくていいのですか?」
月岡は少しだけ意地悪に告げる。
「珈涼さんが姐として立たれるのであれば、喜んでその夫となりますが。あなたを独占できるのですから」
びっくりして珈涼が息を呑むと、月岡は喉を鳴らして笑った。
「好きな女を独占する。そういう野心は持っている男です。私も極道ですのでね」
珈涼は胸がどくどくと鳴るのを感じた。珈涼にとって月岡はいつも優しいが、彼は父と同じ「奪う」世界の住人なのだ。
それは少し怖い。珈涼のそういう思いが伝わったのか、月岡は表情を和らげた。
「珈涼さんと結婚したいという思いは変わっていません。でも今はまだ、その時ではないのでしょう」
月岡は穏やかに目を細める。
「たとえば普通の恋人のようなことをしましょう。買い物に行ったり、誕生日を祝ったりして。その中で少しずつ、組のことや私の仕事のこともお話しましょう。珈涼さんが怖くなくなるように」
月岡は珈涼が恐れで自分の殻に閉じこもっていたことに気づいていた。どうにか珈涼の心に近づこうといつも手を差し伸べてくれていたのに、珈涼は戸惑ってばかりだった。
「私……」
珈涼ができることは何だろう。きっと問いかけたとしても、月岡はすぐには答えない。珈涼だって、月岡に嫌われたらとずっと望みを口にできなかったのだから。
珈涼は悩んで、一つの言葉を導いた。
「たとえば月岡さんにコーヒーを淹れて差し上げたら、飲んでくださいますか?」
月岡は決まって夕食の後にコーヒーを飲んでいた。珈涼も母の店を手伝っていて、コーヒーを淹れるのは得意だ。
月岡はほほえんでうなずいた。
「もちろんです。とても嬉しいです」
「それで……」
珈涼はちょっと目を逸らして、小声で問う。
「……二人だけの時は、あきひろと、呼んでもいいですか?」
ふいに珈涼は引き寄せられてキスをされた。
昨夜の熱が蘇るような、甘く激しいキス。
月岡は顔を離して、少しだけ悪い顔で言った。
「私をただの男にしたいのでしたら、いつでも」
母と二人だけで暮らしていた頃と比べたら、きっとこれから大変なことがたくさんあるのだろう。
でも彼がくれた甘い痛みに満ちた未来を想像して、珈涼は愛しい人の背中に腕を回した。
珈涼は月岡と暮らすことになった。実は彼の家は珈涼に与えられたマンションの一階下のフロアだったらしく、今まで珈涼のところで過ごした後はそこに戻って仕事をしていたのだそうだ。
澄んだ朝の空気の中、月岡は少しだけ眠そうに、でも安らいだ顔で珈涼をみつめている。
「お体は辛くありませんか?」
珈涼に焼けたトーストを差し出して、向かいの席から月岡が問いかけてくる。
昨夜、触れてほしいと言った珈涼に、月岡はせめて珈涼の怪我が治ってからと告げた。けれどどうしてもと珈涼がぐずるので、月岡は大切に抱いてくれた。
「大丈夫です。月岡さんに触れられるのは……心地いいんです」
甘い痛みというものもある。月岡と出会って、珈涼はたくさんのことを知った。
「私、進学しようと思います。今まで狭い世界のことしか知らなかったから、外のことを学ぼうと思って」
「ええ。私も応援いたします」
ゆっくり食事を進めながら、月岡と話をする。
珈涼はためらいがちに切り出す。
「父の組のことは、これからどうなるのでしょうか?」
月岡は思案したようだった。
「そうですね。私が珈涼さん欲しさに事を性急に進めすぎましたから、すぐには片付かないでしょう。これから多少忙しくなりますね」
「私にできることがあれば……」
「珈涼さんが私の側にいらっしゃるのが、私にとって最大の助けです」
月岡はほほえんで、落ち着いた声音で告げた。
「珈涼さんのおかげで、お父様や真也さんと和解できます。真也さんの補佐に戻るのであれば、姐さんも納得してくださるでしょう」
「月岡さんは、組の後継者でなくていいのですか?」
月岡は少しだけ意地悪に告げる。
「珈涼さんが姐として立たれるのであれば、喜んでその夫となりますが。あなたを独占できるのですから」
びっくりして珈涼が息を呑むと、月岡は喉を鳴らして笑った。
「好きな女を独占する。そういう野心は持っている男です。私も極道ですのでね」
珈涼は胸がどくどくと鳴るのを感じた。珈涼にとって月岡はいつも優しいが、彼は父と同じ「奪う」世界の住人なのだ。
それは少し怖い。珈涼のそういう思いが伝わったのか、月岡は表情を和らげた。
「珈涼さんと結婚したいという思いは変わっていません。でも今はまだ、その時ではないのでしょう」
月岡は穏やかに目を細める。
「たとえば普通の恋人のようなことをしましょう。買い物に行ったり、誕生日を祝ったりして。その中で少しずつ、組のことや私の仕事のこともお話しましょう。珈涼さんが怖くなくなるように」
月岡は珈涼が恐れで自分の殻に閉じこもっていたことに気づいていた。どうにか珈涼の心に近づこうといつも手を差し伸べてくれていたのに、珈涼は戸惑ってばかりだった。
「私……」
珈涼ができることは何だろう。きっと問いかけたとしても、月岡はすぐには答えない。珈涼だって、月岡に嫌われたらとずっと望みを口にできなかったのだから。
珈涼は悩んで、一つの言葉を導いた。
「たとえば月岡さんにコーヒーを淹れて差し上げたら、飲んでくださいますか?」
月岡は決まって夕食の後にコーヒーを飲んでいた。珈涼も母の店を手伝っていて、コーヒーを淹れるのは得意だ。
月岡はほほえんでうなずいた。
「もちろんです。とても嬉しいです」
「それで……」
珈涼はちょっと目を逸らして、小声で問う。
「……二人だけの時は、あきひろと、呼んでもいいですか?」
ふいに珈涼は引き寄せられてキスをされた。
昨夜の熱が蘇るような、甘く激しいキス。
月岡は顔を離して、少しだけ悪い顔で言った。
「私をただの男にしたいのでしたら、いつでも」
母と二人だけで暮らしていた頃と比べたら、きっとこれから大変なことがたくさんあるのだろう。
でも彼がくれた甘い痛みに満ちた未来を想像して、珈涼は愛しい人の背中に腕を回した。