夏の暑さは今も変わらないというのに、なぜ僕は未だにあの夏を思い出すと身を震わせてしまうのだろう。
今年も夏が来た。日差しはカンカン照りでアスファルトを焼いている。
僕は夏という季節がたまらなく怖いあのひと夏を思い出すからだ。

あれはまだ僕が小学校の低学年ごろのことだったと思う。
大学生にもなるとその頃の記憶は曖昧だ。
たしか、父の実家へといかなくなったのはそのころだ。

僕はその日退屈していた。
父方の実家に一人で遊びに来て三日目のことだ。それはよく覚えてる。
都会っ子の僕に田舎の田んぼばかりの風景は何度も見ると、見飽きたものに変わる。
そして、遊び相手もいないのだ。
虫取りや川遊びも一人でずっとやっていれば飽きてくる。
本当に暇だった。
首から下げた水筒から麦茶を飲みながら、僕はその日河原で涼みながら何か楽しいことはないかと辺りを見回していた。

残念ながら特にそんなものは見つからず無為に時間を過ごしていた。
しかし暑い。遮る物のない河原は日が高くなるととてもじゃないが涼めやしない。
日の照りがきつくて少しでも涼める場所を探して僕は、河原を上流へと遡ることにしたのだ。
上流に行くと林のが見えてきた。
僕はすぐにそこへ避難する。

「ふー涼しい!」

僕は大きな声で叫ぶと、だれも見ていないだろうと丸裸になったのだ。
そしてそのまま川の水に入る。
冷たくてとても気持ちがよかったのを覚えている。
そして僕は川から上がると裸のまま石の上に寝転んだのだった。
生ぬるい風が川の水で冷えた身体をじんわりと温めてくれる。
それもまた気持ちがよかった。
その時僕は、まさに自由だと勘違いしていたのだ。

少し目を閉じ昼寝をしようかと思ったら、がさがさ藪から何かが動く気配。

僕はクマかとびっくりして立ち上がり緊張に強張った。
しかし、藪から出てきたのは少女だった。
背は僕より10cmは高い。小学校高学年ぐらいだろうか?
白いワンピースを着た少女、その肌は日焼けなどしたことがないように真っ白だった。

僕はその少女の前で裸で仁王立ちしている。
冷や汗が流れた。
捕まる!その時は本気でそう思い逃げ出した。
服も置きっぱなしで。

林から出たぐらいのところで、俺は後方から声を掛けられて、引き留められた。

「少年! 服ぐらいはきなよ!」

どうやら先ほどの少女のようだ。
彼女の反応は特に気にしていないようだ。

「ほーら、捕まっちゃうよ? こっち戻ってきなって~」

僕は少女の特に気にした様子がないことに、バツが悪くなり視線を合わせられずにいた。

股間に手を充て、もじもじしながら僕は服の近く戻るとひったくるようにして服を履く。
そして何事もなかったように、「それじゃ!」とだけ言って去ろうとした。
だがなおも少女は食い下がる。
勘弁してくれ、恥ずかしくて死にそうだった。

そんな様子の俺に少女はくすくす笑いながら、話しかけてくる。

「きみ、このへんの子じゃなかろ?」

少し訛りがある言葉だった。
僕は素直にうんと答えた。

「やっぱり~! この辺の子はこのへん近づかんから。 おばけやしきじゃー!って怖がるきに」

そういうと、視線を左後ろに動かす少女。
僕はつられて目線を動かす。
確かに白い古い洋館が見える。

その洋館を眺める少女は少し悲しそうに見えたのを覚えている。

「いちおうね。この林私有地ね。下手なことすると大人がうるさいから気ぃ付けてね?」

突然少女は目を洋館から目を話すと、僕に向かってそういってきた。

「わかりました。 ごめんなさい」

「よろしい!」

そういうと少女はおれの頭を撫でる。
その手は氷の様に冷たかったが、すごく柔らくて気持ちがよかった。
そのひやりとした感触を楽しんでいたが、すぐに僕は気恥ずかしくなり手をどける。
小学生男子など見栄の張りたがりだ。
その様子にまた彼女はくすくすと笑った。
見透かされていたのだろう。そう何歳も違う訳じゃないのにどうしてあの年代はあんなに違うのだろう。

「さて君? もしかして暇してるのかい?」

「まぁ、わりと」

「うんうんそっかそっか。 いつまでこっちいるの?」

「来週の頭まで」

どうにもぎこちなくぶっきらぼうに接してしまう。
おねえさんぶった態度が妙に腹立たしいのだ。

「そっかじゃあ私でよければあそんであげよう。どうせ私も来週でいなくなる。最後に思い出を作っても罰は当たらんでしょ」

笑顔がとても眩しかった。
少女の顔も今はもうおぼろげだが、ヒマワリの様に咲いた笑顔に、百合のような色っぽさが同居した。そんな不思議な魅力に僕はどきりとしたのを覚えている。
思えばあれが初恋だったのだ。

それから僕たちは毎日遊んだ。
というより彼女に僕は付き合ってもらったのだ。
どこか浮世離れした彼女の美しさに僕は夢中になり、セピア色だった田舎の毎日が、楽しく、そう楽しく過ごしっていった。

夕飯時ここ数日楽し気な僕にじいちゃんが僕に聞いてきた。
「最近楽しそうだけどどうした?」とぶっきらぼうに聞いてきた。
僕はなぜだか、あそこにいく事に後ろめたさを感じて、虫取りとか魚釣りとか都会じゃできんからと適当に嘘ついた。
何故だかあそこは僕だけの宝物で、夢幻のような感覚になっていたのを覚えている。

田舎での日々はもう残り三日となっていた。
僕はいつもの様にあの洋館の近くの林に向かう。
少女はいつものように、ぼくを待っていた。
今日は彼女は麦わら帽子をかぶっていた。
そういえば彼女は僕と遊びまわっていたいたが、全然日焼けしていなかった。
僕はこの数日で都会のもやしっ子から短パンの田舎の少年に変っていたというのに。
日焼け止めクリームでも塗っているのだろうが、それにしては変わらず真っ白なのだ。

あの頃はふと疑問に思っただけだが、すぐに彼女の笑顔でどうでもよくなった。
あの頃僕は単純でバカだったのだ。
今も大して利巧とはいえないのだが……。

今日は魚釣りだ。大量だった。
ニジマスが三匹ほど取れたのだ。
彼女は焚火を作りニジマスを焼いてくれた。
しかし二匹は逃がすように言う。

「私は食べないし、夕ご飯食べられなくなっちゃうよ?」

僕は誇らしげに見せて彼女に褒められたかっただけなのだ。
せっかくなら食べてほしかったがくしゃくしゃと彼女に撫でられるとどうでもよくなってしまったのだ。
本当に単純であった。
おやつ代わりに食べたニジマスの味は格別であった。
今思うとなかなかの贅沢をしたように思う。

そして彼女は焚火の火を消すと「絶対一人で焚火はしちゃだめだよと?」といたずらっぽく笑ったのだった。
そのあとは川遊びをした。
彼女の薄いワンピースは水に透けてすごくどぎまぎした。
あの記憶は鮮明に覚えている。
美しく艶めかしい記憶、今思うと僕はエロガキだった。
少し自己嫌悪に陥る。美しいだけの記憶ではないのだ。

僕たちは体が冷えると蒸し暑い日陰で身体に生暖かい風が当たるのを楽しんだ。
林の木漏れ日を眺めながら僕は仰向けになっていた。
そして気付く木漏れ日に遮る影が出来ていた。
それは彼女の麦わら帽子、そして気付くと彼女の唇が僕の唇に触れた。
一瞬のことだった。
最初僕はなにが起きたかわからない。
だが気づくと耳まで真っ赤になっていたと思う。
すごくからかわれた気がするのだ。
そして怒った僕は彼女を押し倒した。
仰向けに倒れる彼女、外れる麦わら帽子。
そして、閉じた瞳。
今度は僕から唇を重ねる。へたくそで少し歯をぶつけて痛かった。
彼女も少ししかめ面をした気がする。

僕たちはそのまま、ずっと唇を合わせてただただ時が過ぎ去った。
幸せだった。これ以上の幸せは二度おとずれない。
僕はそう感じていた。

夕方になると僕は彼女と顔を合わせることができなかった。
気恥ずかしが先ほどの多幸感を押しのけてやってきたのだ。
次の日僕は熱をだした。
のぼせていたのだ。
布団の上で彼女と会えない日に涙ぐみ明日必ず、行き先を聞こうと思った。

次の日、もう明日には僕は帰る。
するといつもの場所に彼女はいた。
しかしいつもの元気がない。
僕は座り込む彼女の横にちょこんと座る。

「昨日はなんでこなかったの?」

どうやら少し拗ねているみたいだ。
その横顔を覗くと涙の痕が見えた。
その横顔がとてもきれいだと感じた。

「ごめん熱だしちゃって……でもよかった。帰る前に会えて、ねぇ連絡先教えてよ!
僕会いに行くからさ!」

だがその言葉に彼女の答えは否定だった。

「ごめんなさい。 もう会えないの、あの屋敷が明日取り壊されるから」

僕は意味が解らなかった。
なぜ会えないのかも、なんで取り壊されたら会えないのかも……。
そしてなぜあんなひどいことを言って別れてしまったのかも……。

僕はその日泣きながら帰った。その姿にホームシックにでもかかったのだろうとじいちゃんたちは優しく慰めてくれた。
父さんたちは次の日朝に来ると、少し休んで夜に帰るという。
僕は昨日言ったこと、あんなに好きだったのに、大嫌いと口汚く罵った彼女に謝りたかった。
ちょっと出かけるといい僕は、洋館に向かった。
しかし、洋館に近づくと、もう工事の天幕が張られ中をうかがい知れない。
僕はダメもとで工事のおじさんに少女姿がないか聞いたのだ。
するとここはずっと無人だったという。
おかしな話だ。僕はそんなことはないと詰め寄ると、そういや……と一体のアンドロイドが
まだ電源が残っていたという話だ。
もうすでにそれは運び出されて初期化されてしまったらしい。

今になってわかる彼女はきっとセクサロイドだったのだろう。
工事のおじさんが口を濁すはずだ。
彼女は主のいない屋敷でずっと自分の出番を待ち続けたのだ。そして……。
僕は彼女の思い出になれたのだろうか、そしてあのキスの先を僕が求めるべきだったのだろうか?
なんだか益体もないことが浮かぶ。
ただ今でも思うことはただ一つ、彼女はとても美しかったのだとそれだけは自信を持って言えた。