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沙耶へ。一度、手紙が欲しいとか、そういえば俺の書いた文字を見たことがないとか、そういうことを言ってた時がありましたね。なので大サービスで手紙を書くことにしました。手紙なんて、五歳の時に母親へ感謝の気持ちをしたためた以来です。っていうかあんまり字を書いたことないから、下手なんだよね。まともに学校来てたのは小学二年生ぐらいまでだったからさ。
ってまあ、そんなことはどうでもいいか。最後の練習、できなくてごめん。どうせバレちゃうことなんで先に言うと(田中先生の口が軽いのを忘れてました)、俺はちょっとハードな病気で、文化祭の日は手術の予定が入ってるんだ。だからその前日には入院しなきゃいけなくて――でも、前日の放課後ギリギリまでは、練習に付き合える予定だった。「スケジュールも完璧」なんて言ったのはこういう事情があったから。ただ、ちょっと状況が悪化したせいで、入院も手術も一週間早くなっちゃって、結局間に合わなくなっちゃった。これについては、改めて本当にごめん。
ピアノの話をします。
俺のピアノを真っ青だって言ってくれたことがあったけど、沙耶のピアノは桜色だと思います。少し臆病で、遠慮がちな、沙耶の性格がよく出てる。これって悪いことじゃなくてさ、俺の大味のピアノに比べて、沙耶の音色はすごく繊細に響くと思う。
沙耶が俺のピアノを青色だと言ったとき、音を色に例えるなんて洒落てるなあって感心しました。いや、違うな。もっと率直に、なんていうか面白いなあって思った。この子がピアノを弾くとしたら、どんな色になるんだろうって。沙耶とピアノを弾いているうちに、俺にもピアノの色が分かるようになってきて、鍵盤はパレットみたいで、弾くのがより一層楽しくなりました。自分の話ばかりしてごめん。
俺は沙耶のピアノが好きです。
だからさ、別に沙耶のピアノの腕に不満があるとか、頑張ってないように見えるとか、そういう青春要素は、俺が本番見に行けないことや、最後の一週間練習に付き合えなかったこととは、全然関係ないから安心してよ。
俺は普通に沙耶のピアノ演奏を見に行きたかったし、多分沙耶がこの手紙を読んでいるその時も、同じように思っています。
文化祭の日に、俺がこの世界のどこにいたとしても、心から応援しています。
牧野 累
